4.13_緑の都市
前線基地、生態緑園。
そこで休息を取っていたセツナたちに、アリサから通信が入る。
「皆さん、出発の準備が整いました。集合をお願いします。」
――待ってました。
休憩は終わり、冒険を再開する。
3人とも立ち上がり、彼らを引き留めようとする動物たちに、別れの挨拶をする。
緑園の上空に控えていたドローンが3機、高度を下げて来た。
ドローンが、マジックワイヤーが届く距離まで下りて待機している。
これに掴まって集合場所まで移動する、ということだろう。
3人はそれぞれ、マジックワイヤーをドローンに撃ち込んだ。
ドローンが少しだけ下に揺れるも、すぐに姿勢を修正し、出力と高度を上げる。
エージェントの足が、地面から離れていく。
地上から1メートルほど浮いて、そこからドローンは上昇しつつ前進を始めた。
ドローンが目的地へと搭乗者をキャリーする。
‥‥セツナを除いて。
「‥‥あれ~~。」
JJとダイナの背中が、どんどん遠くなって行く。
「あの‥‥、マルさん?」
自分のサポットに声を掛ける。
この世界のドローンなどは、だいたいサポットの力を借りて操作を行う。
プレイヤーの電脳野を使って操作することもできるが、ドローンの扱いはAIの方が上手であることが多い。
反対に、CEは圧倒的に人間の操作に分がある。
同じく、バイクの運転も人間の方が上手い傾向にある。
車や戦車、ヘリコプターなどの操縦は、基本的にAIの方が上手く、一部の凄腕プレイヤーがそれを凌駕している。
一般的には、そういう認識がされている。
なので、セツナが今掴まっているドローンも、サポットのマルに操縦して欲しかったのだが、いつまで経ってもドローンは動かない。
困惑するセツナ。
彼の左腕に装着しているスマートデバイスが、電子音声で彼と意思の疎通を図る。
「サポットのマルは、ただいま留守にしております。」
デバイスに内臓されているOSが言うには、マルは今、離席中らしい。
マル、最近は自分の出番が無いからって、フリーダムである。
ここはサイバーがパンクな世界。
サポットであれば、世界中に張り巡らされたネットワークを介して、世界のあちこちを巡ることができる。
M&Cは、サポットも遊べる世界になっているのだ。
「ま~ったく、何処をほっつき歩いてんだか。」
「申し訳ありません。それは返答を致しかねます。」
用意周到。
念入りに、OSに口止めまでしているらしい。
フリーダムである。
本当に、誰に似たのか?
「マルの留守中は、彼に代わりまして、スマートデバイスOSである、わたくしESSがエージェントセツナをサポートします。」
「うん、手間を掛けるね。よろしく頼むよ。」
「はい、かしこまりました。」
そうESSが言って、ドローンが上昇をし始める。
「お任せください。マルより最低限の引継ぎは受けております。
わたくしが、快適なエージェントライフをお約束しましょう。」
それは心強い。
‥‥同時に、とても不安だ。
「あの、マルから引継ぎを受けてるって‥‥。」
「エージェントセツナは、強い子だと伺っております。――これより、前の2人に追いつきます。
シートベルトを、いま一度お確かめください。」
「シートベルトなんて無いんだけ――どぉおぉおぉ!?」
ドローンはホバリング状態から急加速。
掴まるセツナを置いていく勢いで加速して、セツナの肩に打撃を与えつつ、先行する2人を追いかけるのであった。
飛び立つセツナを、動物たちが見上げて、その姿が見えなくなるまで、彼らは空を見上げていた。
◆
前線基地、指令母艦。
ドローンは、基地の中枢となる施設へと舵を切り、到着した。
空中戦艦、「グレイオルカ」。
空を飛ぶ戦艦が、前線基地の一角に鎮座していた。
基地や要塞の構築は普通、膨大な手間と資源を要する。
何も無い場所に、資材を運んで、建築機械を組み立てて、建物を建てて、建物内の機材を搬入して――。
それを、大陸を渡った地でやろうとすると、現代の技術でも半年はかかる。
それに、基地の設備が充分でない間は、満足に外敵との戦闘もままならない。
基地構築はともかく、満足な戦闘が出来ないというのは、崩壊した世界では死活問題だ。
自衛が出来ぬならば、崩壊した世界では生きていけない。
そこで開発されたのが、空中戦艦や指令母艦という新たな兵器。
つまり、布陣構築に必要な設備を一通り搭載した空飛ぶ船で現地に向かい、そこを中心に作戦を展開すれば良いという考え方だ。
グレイオルカもまた、指令母艦のひとつ。
全長約300メートル、深さ(底から甲板までの高さ)約20メートル、高さ約50メートル。
通常飛航速度、マッハ0.5(約600km/h)最大飛航速度、マッハ0.8(約1000km/h)。
この母艦であれば、トラベルポイントからのテレポートをしなくとも、セントラルからオーストラリア大陸まで、だいたい1日のフライトで到着できる。
新天地においても、最低限の活動と自衛ができるほどの設備を保有したまま、行動が可能になるのだ。
これにより、前線基地の建設は急ピッチで進み、現在は要塞を思わせるほどの立派な陣地にまで至っている。
また、科学者たちも指令母艦と同様に、調査母艦を保有している。
指令母艦よりも幾分か小さいが、現地に到着してからすぐに調査が始められるくらいの設備を搭載しており、調査母艦の設備のおかげで、夢の跡地の先行調査も上手く進めることができたのだ。
3人は、指令母艦の甲板に足をつける。
そこには、3人をここまで運んで来た輸送機と、アリサとブレッドが居た。
‥‥ジャッカルは、この場には居ない。
3人が到着したのを確認して、アリサが全体の指揮を執る。
「皆さん、全員集まりましたね。」
セツナ・JJ・ダイナ・ブレッド。
4人がそれぞれに首肯する。
首肯を確認して、アリサがブリーフィングを行う。
「それでは、これより我々は、夢の跡地にて実地調査を行います。
夢の跡地は、ここより南南西に約100km。
私たちが乗る輸送機であれば、15分ほどで到着します。
夢の跡地では現在、魔力場の乱れが発生しています。
調査部隊から最新のデータを先ほど受け取りましたが、力場の乱れは徐々に大きくなりつつあります。
その影響で、ロボットを使った実地調査が進められずにいます。
よって、不測の事態にも対応できる優秀なエージェント、セツナ・JJ・ダイナにて、実地の調査を行ってもらいます。
現地では、私が指定したポイントに向かってもらいます。
力場の乱れが特に大きなポイント、そこに異変の原因があると想定し、その地点の調査が目的となります。
現地で得た情報は、エージェントの電脳野を介して輸送機のコンソールに受信され、それを私が解析を行います。
以上、ここまでで何か質問はありますか?」
セツナ・JJ・ダイナ、特に質問は無し。
ブレッドが先に輸送機に乗り込み、離陸の準備を始める。
アリサは、最後に一言、3人に耳打ちをする。
「こちらに来る前にもお伝えしましたが、本部からの妨害も考えられます。
ディフィニラ局長が、現在も目を光らせていますが、つい先ほど、不自然な物流の記録を確認したと連絡がありました。
妨害はあるものとして行動してください。」
いよいよ、きな臭かった本部連中も、本腰を入れて来るらしい。
それはそれで、こちらも望むところである。
JJが、肩を回して身体をほぐす。
「上等。遠足は、みんなで行った方が楽しい。」
3人とも、やる気は満々。
気分は上々。
「お気を付けください。もし、不審な勢力が現地に現れた場合は、通信の傍受も考慮して、コールサインの使用をお願いします。」
コールサインと聞いて、少しテンションの上がるセツナ。
「コールサイン――、なんかカッコイイ!」
「はい。コードネームの割り振りは、CCCの規則通りにお願いします。
セツナさんがE1 (エージェント1)、JJさんがE2、ダイナさんがE3。
そして、私はオペレーター、ブレッドさんのことはメカニックと呼称してください。」
テンションが上がっている横で、ダイナが控えめに手を挙げる。
質問があるようだ。
「相手が身内なら、コールサインで秘匿する意味って薄いんじゃ‥‥?」
「確かに、いつもよりは効果は薄いですが、それでも充分に有効です。
名前が分かれば、皆さんのクラスなどの情報も特定されてしまいます。
名前とコールサインが紐づくまでの時間は、それを防げますから、かなりの戦術的な価値がありますよ。」
「なるほどね。OK、わかったよ。」
質疑の返答をアリサから貰って、にこやかに返すダイナ。
にこやかに返しながら、内心で考える。
JJとセツナも、たぶん同じことを考えているのだろう。
2人とも視線がわずかに下を向いて、すぐに元に戻った。
その2人の表情を、にっこり笑顔のまま眺めるダイナ。
(たぶん、特定されるのは、クラスだけじゃないよね~。)
自分が反対の立場だった場合を考える。
特定の個人を警戒し、特定の個人を始末するのであれば、自分ならどうするか?
ターゲットのクラスだけでなく、スキルやパッシブの構成まで特定するし、戦い方やウィークポイントまで調べる。
そして、戦闘データを学習させたAIを使って、想定戦闘をするだろう。
アリサもきっと、そのことを言いたいのであろう。
つまり、この世界はそういうことを、プレイヤーがプレイヤーに対して行うようなことをしてくるということだ。
これは、過去作には居なかったタイプの敵だ。
戦いを通じて、それに合わせてくる敵は珍しくない。
しかし、最初からこちらの手札を知りえる敵は居なかった。
情報社会が極まった世界。
そういう舞台だからこその、世界が持ち得る悪意。
世界の悪意は、アリサをメッセンジャーとして、それに備えよと言っている。
本部からの刺客は、これまでのチンピラの相手とは異なる。
相手はプロ。こちらも裏の裏をかくくらいで丁度いい。
戦闘員が各々、気を引き締め、アリサが出発の号令を出す。
「それでは、これより出発します。」
「「「了解!」」」
一行は輸送機に乗り込んだ。
‥‥‥‥。
その後、出発した機内にて。
「CEの申請、通ってたらなあ~。」
「あはは‥‥。本部が許諾を渋ってまして‥‥。」
いつまで経ってもCEに乗れないことが、ちょっぴり残念なセツナであった。
3人とも、素行に関して難癖を付けられて、CEへの機乗申請が通っていない。
本部からすれば、これから始末しようとしている連中に、百人力の手札なんて与える訳が無い。
その恨みも込めて、本部の連中に出会ったら、ぶっ飛ばすこととする。
一行を乗せた輸送機は、大陸の空に飛ち、舵を南南西へと取った。
◆
輸送機は、無事に夢の跡地まで到着した。
現在、跡地の上空を飛んでいる。
ブレッドが、操縦席の手元にある端末を操作する。
すると、輸送室の後部が開いた。
「よし。3人とも、行って来い!」
ブレッドの合図を受けて、3人は輸送機から飛び降りた。
彼らの足元には、かつて楽園と呼ばれた都市が広がっている。
その都市の雰囲気は、どことなくセントラルに似ている。
楽園都市――、エデンシティは、人類再起のための街だった。
言わば、厄災後の人間社会の雛形であるのだ。
都市のつくりがセントラルと似ていても、不思議では無いだろう。
この場合、エデンがセントラルに似ているのではなく、セントラルがエデンに似ていると言った方が妥当である。
しかし、楽園が都市であったのは、今は昔の話し。
現在は、周囲に群生する森林が都市に浸食し、楽園の跡地が残るのみとなっている。
都市の所々に木々が生え、廃屋にカズラが巻き付き、さながら今の楽園は「緑の都市」だ。
言うなれば、ポストアポカリプス。
人の住まなくなった街の姿。
セツナたちは、空を降下する。
楽園の跡地へ、夢が沈む、緑の都市へ――。
青い空から飛び立ち、着地まであと300メートルほどになった。
身体を青い光が包み、着陸態勢になる。
落下速度が、徐々に緩やかになり減速していく。
――あと200メートル。――150メートル。――100、90、80。
瞬間、3人の姿が、緑の都市から消えた。
輸送機で、3人のモニタリングをしていたデスクトップからも、3人の反応が消失する。
(消えた!?)
アリサが、大きく目を見開く。
エンジニアのブレッドが、異変を感じるや否や、輸送機のスキャン機能を使用。
素早く3人の足跡を追う。
「――3人の反応、ロスト。」
3人の足取りは追えなかった。
実地調査早々、アクシデント発生。
‥‥‥‥。
‥‥。
視界がいきなり真っ白になったかと思うと、目前の景色が変わった。
3人は、舗装が行き届いた道路に着地する。
周辺の空気が、先ほどまでとは異なる。
人――、ビル――、車。
‥‥車?
「危な!」
道路に着地したセツナの前に、車が突っ込んで来た。
反射的にテレポートを使用する。
テレポートで、歩道まで一気に移動しようとしたのだ。
瞬間移動が発動し、セツナの身体が消える。
そして、セツナの身体は、移動することなくその場に再度現れる。
(テレポートが発動しない!?)
なぜか不発に終わるテレポート。
車が、ブレーキも踏まずにセツナの目前に迫っている。
目前に迫り、せめてもの悪あがきに、その場で跳躍して衝撃に備え――、車は何事も無くセツナを通り過ぎて行った。
「‥‥‥‥ん?」
もう1台、セツナの前に車が迫る。
ブレーキを踏まない車に対して、セツナは無策で道路に立ち尽くす。
車が目前に迫り、やはり車は何事も無く、セツナを通り過ぎて‥‥。いや、透り過ぎて行く。
――なるほど、だいたい理解した。
鼻から息を吐いて、歩道に移動する。
JJとダイナが居た。
ダイナが、歩道を歩く通行人に対して手を伸ばす。
肩に触れようとした手は、通行人をすり抜けて、通行人は何事も無かったかのように歩いて行く。
何事も無い、というか、本当に何も起こっていないのだろう。
道行く人は皆、3人の誰とも視線を合わせない。
――茫然と、夢心地なまま、周囲を見渡す。
青い空に、白い太陽が浮かび、街を照らす。
街にはガラス張りのビルが立ち並び、空の模様を映し出している。
この雰囲気を、自分たちは良く知っている。
彼らの目の前には、青い街の光景が、彼らのことなんて気にも止めずに広がっている。
見渡せば、見上げれば、青い街がどこまでも広がっている。
――これは、楽園に沈んだ夢。
今はもう、覚めて消えて失せた夢。
エージェントは、楽園に沈んだ夢を見る。
緑の都市に眠る、埋もれた幻想に、覚めぬ真実の夢を見る。