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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
4章_夢の跡地

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77/230

4.??_◆◆#‘@。 ――タイトル不詳。

残酷な描写注意。

宇宙は、マルチバースで成り立っている。

宇宙には、パラレルワールドが明確に存在している。


それが科学の見解。

確率という自然現象を説明するためには、この世は無数に分岐を繰り返し、無限に並行世界が生まれていると考えた方が、妥当であったのだ。


もし、宇宙がただひとつであった場合、ユニバースな世界では、確率という概念は存在できない。

宇宙がただひとつであったなら、「ありえた未来」や「ありえた分岐」などは存在しないからだ。


これは、確率の否定に他ならない。

しかし、ユニバースが確率を否定しても、宇宙には確率は歴然と存在している。


であるから、科学はユニバースを否定し、マルチバースを肯定した。


観測する手段は無いが、この宇宙とは別の宇宙が、パラレルな世界が存在している。

それが科学の見解。


M&Cは、このマルチバースに順じており、パラレルな地球が舞台となっている。


人類が、新エネルギー「ネクスト」ではなく、「魔法」を手にした世界。

三度目の世界大戦ではなく、人類絶滅の厄災が起こった世界。


魔法を手にした人類が絶滅するきっかけとなったのは、ディビジョナーという侵略者が原因だった。

彼らは突然現れ、爆発的に増え、ある時を境に増殖が止まり、そして居なくなった。


――彼らは、今どこに?



――???

時空間座標、不明。


決して明けることのない、永遠の夜の街。


マルチバースによって広がる並行世界は、いったいどこまで広がって広がっているのだろうか?

マルチバースとは確率による分岐なのだから、その広さは、こう記述できる。


0 < P ≦ 100


つまり、パラレルな世界が取り得る範囲とは、確率が0でない範囲。

存在の可能性が0でない限りは、パラレルとして存在しうるということが言える。


決して明けることのない夜の世界だって、充分に存在しうるのだ。

少なくとも、人智の想像が及ぶ範囲の世界は存在するし、人智を超える上位の存在であっても、その広さと可能性を完全に計ることはできない。


上位存在であっても、安易に確率や可能性というプログラムに干渉することはできないのだ。


今、観測している夜の世界だって、地球が取りえた可能性のひとつ。

何かが起こって分岐した、可能性のひとつ。


‥‥‥‥。

‥‥。


夜の静けさに、爛々と紅い月が輝いている。

それが、この世界では太陽なのだ。


紅い月が今宵も眩しいから、街の凄惨さがそれに掻き消されてしまう。


街には、血と死体。

人間もそれ以外も血を流し、血を失い、倒れている。


倒れている死体には、動く死体が群がり、それを食い千切る。

動く死体、グールだ。


グールは死肉を貪り、口に含み咀嚼し、飲み込む。

別に、彼らに食欲がある訳では無い。


ただただ、生物としての残り火が、死体を動かし、生前の真似事をしているに過ぎない。


そこには、生きるための糧を得るための執念も無ければ、生きるための糧に対する感謝も無い。

死んでいるのだから、当然だ。


彼らは体に灯る僅かな残り火にすがり、適当に貪って、貪っていたことすら忘れ、また彷徨う。


グールが、死体の食い残しを放置して、その場を後にした。

食い残された死体は、弔う者も無く放置される。


そして――、そう遠くない内に動き出す。

全ては、空に浮かぶ紅い月が、そうされるのだ。


そんな死臭が漂う街にあって、1人の女性が居た。

服の役割を成していない薄い服に身を包んだ、銀髪の女性。


セツナたち一行を襲撃した女性だ。


彼女の名を、リリィとしよう。

()()は、彼女のことをそう呼ぶ。


‥‥人の子は、決してこの名を呼んではいけない。

ましてや、本当の名を呼んではいけない。


月は、森の迷い人を導く灯りとなる。

月は、海の迷い人を惑わす灯りとなる。


月の名を口にするということは、そういうことだ。

満天の月は、小さき星の光など、瞬く間に掻き消してしまう。


――ダイナの考察は、当たっている。

この女性は神格を持つ。


だからこそ、彼女の前では、誰しもが口をつぐまなければならない。

神話において、女神は崇拝の対象であると同時に、恐怖の対象であったのだから。


リリィは、紅い街を我が物顔で歩いて行く。

この街の中心、この街で爛々と光る紅い月に最も近い場所、そこに用がある。


初めて訪れる場所ではあるが、気にせずに不躾に歩を進めていく。

空から、何やら蝙蝠(こうもり)がこちらを覗いているが、気にしない。


死んだ街に不釣り合いなほど身綺麗で、不相応な美貌を持つ女性が街の中心にある城を目指す。


グールが、まだ生きている新鮮な死体の香りに釣られて集まってくる。

肺が外に零れているというのに、うめき声を上げながら近づいてくる。


――邪魔だ。目障りだ。


花園を食う虫も華のうちと、見逃してやろうと思っていたのに‥‥、目の前に立ち塞がるのなら死ぬしかない。


虚空から、鎖の巻かれた石の棺を取り出して、片手で振るう。

棺が動く死体に命中し、動く死体を動かない死体に変えた。


棺にベッタリと、腐った油がこびりつく。


‥‥虫とは、こんなにも死に際まで低俗なものか。

憂さ晴らしをするつもりが、ますます虫の居所が悪くなる。


その八つ当たりを、別の死体にした。

別の死体も、やっぱり低俗な死に様を晒して、リリィはますます不機嫌になる。


ひたすらに虫を潰しながら、腹の底に鬱憤を貯め込みながら、リリィは城を目指した。



ほどなくして、彼女は城に到着した。

王様でも住んでいそうな、立派な城。


石造りの強固な城が、彼女を見下ろしている。


城門が、招かざる客を拒むように閉じられている。

短めの銀髪を人差し指でクルクルと弄んで、しばし逡巡。


結果、殴り壊そうと、石の棺を構える。

彼女が棺を振りかぶろうとした瞬間――、城門が開いた。


リリィの機嫌は、少しだけ良くなった。


城門をくぐると、そこには狼が控えていた。

黒い体毛をした狼。


犬はキライだ。

自分には尻尾を振らないからキライ。


可愛げがない。


黒い狼は、リリィの姿を認めると、彼女に背を向けて歩き始めた。

数歩進んで、後ろを振り返って、血みどろの棺を担ぐ女性を見る。


どうやら、狼はリリィについて来いと促しているようだ。


リリィは、狼に黙ってついていく。

汚れひとつ無い、身綺麗な服をなびかせて城内に入った。


硬質な石の廊下を、1人と1匹が進んでいく。


城の中は、異形の物であふれていた。

廊下には、至るところに蠢く肉塊が転がっており、通る通る部屋の奥からは、悲鳴やら叫び声が聞こえてくる。


ここの主は、ずいぶんと被虐的な嗜好をお持ちのようだ。

リリィの機嫌が、また少し良くなった。


自分の欲に忠実なのは好き。

欲に忠実な自分のことが好きだから。


月明かり以外は光源のひとつも無い、だけども夜目が必要ないほどに明るい城内を歩き、やがて大きな扉に行きついた。


石の廊下には知らぬうちに、絨毯が敷かれている。

他の所よりも豪華だから、この先はおそらく玉座の間、城の主が居るのであろう。


扉が一人でに開く。

狼は、扉が開くと同時に消えた。


影になって床に消えていき、扉の向こうへと伸びていった。

前に歩きながら、伸びる影を目で追っていく。


絨毯の上を影が走って、ひな壇を登って、玉座に座る者の足元に吸い込まれた。


影を追って、リリィの視線がひな壇の上を見る。

彼女の視界が、城の主を捉えた。


玉座には、青白い肌を持つ男が脚を組んでいた。


――吸血鬼。

死んだ街の主にして、紅い月の眷属。


ありえた地球を支配する、侵略者を統べる者の1人。

紅い双眸が、銀色の月を玉座から見下ろしていた。


リリィの機嫌が急転直下。一気に悪くなる。

今日は、見下ろされて喜ぶような気分では無い!


銀の月が怒髪天を突く。

吸血鬼に飛び掛かり、担いでいた棺を振り下ろす。


紅い眷属を、玉座もろとも粉々に砕いた。


吸血鬼は、飛び掛かるリリィをよける素振りなど一切見せず、砕かれる玉座と運命を共にした。

棺が、木の椅子を粉々にし、骨を砕き、肉を轢き潰す。


肉から溢れた血液が、リリィの顔にかかった。


――違和感。

石の棺が、顔の皮膚が‥‥、錆びていく。


棺を手放し、後ろに飛び、顔を服で拭った。


棺は錆びて、色が茶色く変色し、紅い月に焼かれて砕けてしまった。

顔の皮膚は、水分が失われて乾燥し、乾いて縮んだ皮膚が裂けて、裂傷を負う。


咄嗟に顔を拭った服の袖も同様に、錆びて変色していく。


このままでは、錆が服から肌に移ってしまう。

そう思ったリリィは、自身の服を破り捨てる。


薄い布の服は、細い指で簡単に裂け、破り捨てられた。

判断が速かったため、服の下の皮膚は無事で済んだ。


はらはらと服の残骸が舞って床に落ち、錆びた袖の部分はやはり紅い月の光に焼かれて、砂のように消えてしまう。


棺を捨て、顔を拭い、服を破り捨てたリリィ。

一連の動きを、吸血鬼は天井に足をつけて見ていた。


蝙蝠のように天井にぶら下がり、赤紅の錆に右往左往するリリィを見下している。


リリィが、右手を構える。

手のひらに銀色の火球が、生成される。


蝙蝠を叩き落とす。


これまで腹の内に溜まった鬱憤を吸い上げて、火球はみるみる大きくなっていく。

玉座の間に、銀色の太陽が昇る。


吸血鬼を焼き切るのには、太陽の光を反射し輝く、この銀光で事足りる。


腹の中の鬱憤、臓物にこびりついた怒り、それを全て吸い取って銀の太陽は膨張し、天井の蝙蝠に放たれた。

吸血鬼はやはり、それすら避けようとはしない。


――なら死ね。


銀の太陽が、吸血鬼を飲み込んだ。


リリィが、開いた右手を握る。

すると、膨張した火球は指向性を変え、その体を小さく圧縮し始める。


膨れ上がった憎悪は、手のひらで握り潰されて形を変え、太陽に捕らえた者を捻り潰そうとする。


魔力の圧力によって、吸血鬼の身体が、あっけなくひしゃげていく。

ひしゃげた身体から、大量の鮮血が絞り出る。


‥‥そう、大量の血が、憎悪の手のひらに飛び散る。


銀の太陽が、リリィの魔力が、錆びていく。

吸血鬼の血液に中り(あたり)、酸化でもしたかのように黒ずんでいく。


銀色の魔力は、内側の方から黒くなり、黒い球体を天井に作った後に霧散した。


霧散すると同時に、天井から血液が滴り落ちてくる。

血液が、リリィの晒された素肌に付着した。


顔、腕、脚。

至る所に付着し、急激に身体を錆びさせて、皮膚が裂けた。


切り裂かれる痛みに、リリィが悶える。


痛みは、特に顔が酷い。

顔の右頬の部分、裂けた皮膚の奥で、骨まで錆びてしまったのだろう。

割れたような痛みがする。


右手で顔を覆いながら、天井の吸血鬼を睨む。


相変わらず、彼は天井に張り付いたままだ。

リリィが負わした手傷は治癒し、傷ひとつ無い顔で見下ろしている。


吸血鬼の赤い眼が、妖しく光る。


直後、リリィの顔面に、衝撃が走る。

鈍器で殴られたような衝撃が彼女を襲い、後ろ向きに倒れてしまう。


大の字に倒れ込んだ身体を起こそうとする。

――が、身体は動かない。


リリィから見えないが、吸血鬼の影が伸びて、彼女の影を捕まえていた。

自分の影に縛られて、リリィは動くことができない。


床に仰向けになったままのリリィ。

その背中に、何か硬質な物が当たった。


固くて、細くて、尖った――。

直後、床から生えた赤い棘が、リリィの背中を貫いた。


背中を貫いた棘は、彼女の体内に留まり、天井へと伸びていく。

リリィの身体が、伸びる棘と共に、力無く天井へと運ばれていく。


棘は、天井の吸血鬼と同じ高さまで伸びて、止まった。


リリィの口から、鮮血が零れる。

自重でゆっくり、ゆっくりと棘が身体を貫通していく。


ゆっくり、ゆっくりと。


肺から空気が抜けて、口に溜まった血を一気に吐き出した。

同時に、身体が血で滑り、棘をずり落ちてしまう。


失血と痛みのショックで、朦朧とする視界の先に‥‥、リリィは自分の心臓を見た。


「‥‥‥‥。」


貫通した棘の先端、そこに、自分の心臓が残ったままとなっている。

震える手を、上へと伸ばす。


しかし、先端に腕は届かない。


そこに、天井を歩いて、吸血鬼がやって来る。

彼は、目の前にある心臓に手を伸ばし‥‥、それを口に含んだ。


蛇のように、手にした赤い果実を一飲み。

口から一筋の赤い線が零れて、口に含んだそれを喉をの下へと落とした。


それと同時、リリィの身体も天井から落ちていく。

赤い棘のアプローチを、抵抗も受け身も出来ずに落ちて、鈍い音を立てて、動かなくなった。



銀髪の死体は、グールに食わせてやった。

自分の影からグールを3体ほど呼び出せば、それらはたちまち死体に群がった。


美しかった彼女の肢体は、無惨にもグールに食い千切られて、彼らの口に入っていく。

口に入った肉は、喉を通り、食道を通って腹に入り、内臓を持たぬ腹から外へと落ちていく。


このグールの飢えが満ちることは、決して無い。


銀髪の残骸は、グールの腹から落ちていって、床に散らばる。

散らばった肉の塊は、ふるふると体を震わせている。


――貴様も見たであろう、廊下の肉塊を。


それは、こうやって出来ている。

元の身体を求めて彷徨い、別の肉と寄り合い、蠢く。


グールに食われた者は、グールになる。

それは、肉塊とて変わらぬ。


女神のように美しかった肉体が、醜悪な肉塊へと変わる。


それを見ながら、吸血鬼はワインを飲んでいた。

群がるグールの近くに安楽椅子を置いて腰かけて、眷属に酒を持って来させて、美酒に酔いしれていた。


やはり、美女の血というのは格別。

今宵は、とても良い夜だった。


食事を終えたグールが立ち上がる。


吸血鬼の前には、4()()のグールが立ち上がった。

それらは皆、ふらふらと玉座の間を後にする。


安楽椅子から立ち上がる。

眷属がちょうど、新たな玉座を置き終えたところだ。


退屈で長い夜に、良い余興であった。

余興は終わったので、また退屈な夜が続く。


‥‥‥‥。

‥‥。


――グールに背を向けた、吸血鬼の足が止まる。


彼の背中に、重みを感じる。

人ひとり、吸血鬼にとっては軽すぎるほどの重み。


それなのに、それだけなのに動けない。


こんなことをするのは、この城、この街では1人しかいない。

先ほどの女だ。






「――美味しかった? 私の心臓。」


リリィが、吸血鬼に後ろから抱きついている。

両腕を首に巻き付けて、両脚を腰に巻き付けて、彼の耳元で囁きかける。


今、彼女の身体は綺麗そのもの。

傷ひとつ無い玉の肌で、吸血鬼に抱きついている。


灰色の瞳が、ジッと吸血鬼の横顔を眺めている。

紅い月に照られた彼女の瞳は、瞳孔が開き、深海の如き暗さで、月の灯りを海の底に引きずり込んで逃がさない。


「――ねえ? 美味しかった? 私の心臓。」


何も答えない吸血鬼に、先ほどと同じ質問をする。

吸血鬼は、何も答えない。


「‥‥‥‥。そっか。」


彼の沈黙に対し、この狂った女は何を理解したのか。

耳元で優しく囁きかけたあと、青白い肌の耳に、優しく息を吹きかけた。


そして――。






口元に歪んだ三日月が昇り、首元に噛みついた。

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