4.12_女神と権能。
「‥‥‥‥。オレたちってさあ、そこそこ動けるプレイヤーだよね?」
うつ伏せに寝そべっている、ディプロトドンの顔の下。
そこからセツナが顔を出して、地面に頬杖をつきながらそう言った。
「どうした? 突然。」
JJが、ディプロトドンの毛並みをブラッシングしながら答える。
空を飛んでいたドローンが、突然ブラシを寄越して来たので、それでディプロトドンの毛並みを整えている。
ダイナは、そのディプロトドンの横に座っている。
夢心地のディプロトドンの横で、小動物たちの相手をしながら、セツナの問いに答える。
「自惚れるつもりは無いけど、ボクたちは平均よりは上だと思うよ。」
「やっぱりそうだよねー。」
彼女の、「平均より上」という言葉に、セツナは相槌を打つ。
そこから、さらに会話が続く。
「E-REXの群れにだって勝てたし。」
「余裕――、とはいかないが、まあワンミス・ワンデスは慣れっこだしな。」
「その後のボスにだって、良い動きができたよ!」
ダイナが、クオッカに頬ずりしている。
彼女の膝の上では、ウォンバットがくつろいでいる。
それから、セツナの方を見てニッコリ笑った。
「‥‥オレ、さっきの戦いで、ブレイブゲージ2つ使っちゃった。」
「OK。そこはみんなで、フォローするから安心して。」
「ありがとう。よろしく。」
ブレイブゲージは、ミッションをクリアするか、死亡してリトライするまで回復しない。
遠征早々、貴重なリソースが残り1つになってしまっている。
長丁場になる場合、ブレイブゲージを使うタイミングは、よく考えていなければならない。
JJが、両手でブラシを持ち、全身を動かしてブラッシングをしながら、なぜセツナがこんな話題を振ったのかを察して、口を開く。
「セツナはつまり、輸送機の中での出来事が気になってるんだな?」
パチンと指を鳴らす音。
JJの言葉を肯定する。
輸送機で3人を襲撃した、歪んだ三日月。
レイの背丈を伸ばしたような姿をしている女性に、3人はあっさりと負けてしまった。
ここには、これまで平積みした謎の答え合わせに来たのに、任務早々、問題を更に平積みした女性。
彼女は何者だったのか?
その問題が、先ほどの戦闘のせいで宙ぶらりんになったままになっている。
それを、今のうちに何かしらの形にして消化しておきたい、そうセツナは思ったのだ。
「そんなわけで‥‥、センセーお願いします。」
そう言って、ダイナに話題を振った。
「ふふふ‥‥。よかろう。」
どこからともなく、縁の無い眼鏡を取り出して、すちゃりと身に着ける。
「では、おさらいです。レイちゃんの正体、そのモチーフになっているのは、誰でしたか?」
「はい先生!」
セツナが、ディプロトドンの下に寝そべったまま、手を挙げる。
「はい、セツナくん。」
「ケルト神話の、アリアンロッドです。」
「正解。」
以前、話した内容を思い出し、ダイナの質問に答えた。
正解を貰えたセツナは、挙げた手を握ってガッツポーズ。
ガッツポーズついでに、その手でディプロトドンの顔を撫でる。
ダイナが、引き続き生徒たちに問題を出す。
「それじゃあ、神話において、アリアンロッドはどんな女神だったでしょう。
――JJくん。」
「あの後、気になって調べてみたんだが、どうやら神話でのアリアンロッドは、けっこうヤンチャをしてるっぽいな。少なくとも、善神とは言い難い。」
「その通りです。JJくん、花丸。」
JJは、「どうも」と答えて、ブラッシングを続けている。
体が大きいから、ブラッシングをする箇所が多い多い。
銀の車輪、アリアンロッド。
銀や月という美しさの象徴である彼女は、神話においてもその美貌を称えられている。
称えられている反面、彼女の逸話は散々なものだ。
処女であると偽り、時の王に取り入ろうとし、嘘が暴かれて逃げ、自身の産んだ子を呪い続けるという逸話。
ひと言で説明するならば、アリアンロッドとは、そんな女神だ。
子どもに、母である自分以外が名をつけてはならぬと呪い、その次は武具を身に着けることてはならぬ(元服できない)と呪い、最後には人間の妻を娶ることができぬと呪った。
銀月などという名前からは想像もつかないほどに、彼女は苛烈で、また悪女であった。
「つまり、顔が良いだけの神様ってことだよね?」
「‥‥う~ん。それは~、そうなんだけど~‥‥。」
セツナの、あまりにもあんまりな言い方に、ダイナは困ってしまう。
そうなんだけど――、そうなんだけど、そうじゃない。
JJが、助け舟を出す。
「だが、輸送機で戦った――。ああ‥‥、仮に裏レイとしよう。
裏レイの方が、神話のイメージには近いと考えられるな。」
「なるほど。」
アリアンロッドは、その優雅な呼び名とは裏腹に、悪女であった。
仮にレイが、アリアンロッドをモチーフしているのであれば、その本質は、輸送機で戦った歪んだ三日月の方が近しい。
「じゃあ、オレたちは、あそこで神様と戦ってたの?」
「おそらく、だけどね。」
なるほど、相手は神様だったのか。
それなら負けても仕方ない。
‥‥とはならないのが、ゲーマーである。
「――くっ! なら余計に勝ちたかった!」
セツナが、ディプロトドンから這い出ようとする。
それを、ディプロトドンが顔を動かして、再びセツナを顔の下に埋めてしまう。
埋まったセツナが、また顔だけ出して、話しを続ける。
「しかも、圧倒的な神様パワーで叩きのめされた訳じゃないのが、余計に悔しい。」
それには、他の2人も同感なようだ。
2人とも、渋い顔をしている。
歪んだ三日月の女性、裏レイと仮称されている女性は、3人を前に特別な力など一切使用していない。
その技術のひとつひとつは、プレイヤーだって使えるものだ。
それらを駆使して、1対3という数の不利など涼しげにいなして、3人を圧倒した。
ダイナとJJが、各々、自分がされたことを口々に呟く。
「これみよがしに、左手で銃を使っちゃって――。お腹も大変なことになってたんだからね。」
「きれーいに、背負い投げされた。火薬鎚は痛かった。」
セツナも、自分がやられた時の状況を思い返す。
「フェイント、全然通じてなかった。むしろ、やり返された。」
裏レイの戦い方には、ある共通点があった。
それは、3人の得意分野で、3人をそれぞれ圧倒したこと。
自分の実力を誇示するために、あえて人の身まで自分の格を落とし、あえて相手の土俵で戦う。
その上で、相手を圧倒する。
「――なんか、そうやって裏レイの背景が見えてくると、ますます性悪さが浮き彫りになるね。」
セツナの呟きに、2人が頷く。
これは、いつかぶっ飛ばすリストに加えておかなければ。
そんな思いがよぎった時、セツナの妄想センサーが反応する。
両手をポンと鳴らした。
「分かった! 裏レイの能力って、物真似なんじゃない?」
サブカルチャーにおいて、神様は何かしらの権能を有している。
それがお約束。
そして、その権能を攻略することで神殺しを成す。
それもお約束。
セツナの閃きに、ダイナが答える。
「セツナ、その考えは良い線を突いてると思うよ!」
「ふふん。先生と同級生が優秀なおかげですとも。」
JJは、ブラッシングを続ける。
巨体に失敬して、背中に乗って、そこをブラッシング。
「じゃあ、その優秀な同級生から質問だが、物真似が権能だという根拠は?」
「え? それは‥‥、その~。」
根拠? はて根拠?
「――よく分かんないけど、たぶん頭数が増えるほど勝てなくなる相手だねきっと!
たくさんコピーされると、全能になって勝てなくなっちゃう。」
「‥‥結論じゃなくて、前提を聞きたいのだが?」
話しが、もう戦う場面になっているセツナに、ツッコミを入れる。
「ちなみに、俺も分からん。」
ツッコミを入れた後で、素直に白状するJJ。
自分も、物真似が権能だとぼんやり思っているのだが、根拠が無い。
この世界が、物語のカギを握る女性の能力を、なんとなくで決めているはずは無い。
何か、理由があるはずなのだ。
セツナとJJの視線が、今しがたウォンバットに押し倒されたダイナの方に向く。
「先生、助けて!」
生徒の疑問に答えるべく、ダイナが上半身を起こす。
メガネのズレを直して、寄りかかって来るウォンバットを撫でながら、自分の考えを述べる。
「たぶんなんだけど、アリアンロッドが、車輪の女神なことと関係してるんじゃないかな?」
「「車輪?」」
生徒2人が、疑問符を浮かべる。
車輪‥‥、車輪‥‥?
車輪とは? JJは、自問自答を繰り返し‥‥、思考に突如として閃きの光が意識の底に灯る。
灯った光は、水中の気泡のごとく、一気に思考と意識から浮上して、水面で弾けることなく、言語という輪郭を得る。
「そうか‥‥、車輪は左右同じ大きさじゃないと回らない。」
ダイナを再びウォンバットが押し倒し、小動物もそれに続いてダイナを寄り集まる。
小動物の合間から、彼女の声が聞こえる。
「そう。アリアンロッドは月は月でも、太陽の対としての女神なんだよね。」
ウォンバットが、ダイナの胸に乗っかる。
体重30kgの動物が胸に乗るには、重そうだ。
ネコでさえ、それをされると息苦しいというのに。
「――うぎぎぎ‥‥。だから、アリアンロッドは、太陽のあり方に影響を受けやすいんじゃないか‥‥な?」
もみくちゃにされながら、ダイナが自分の考察を教えてくれた。
アリアンロッドは、車輪の女神。
車輪とは、ケルトでは太陽のことである。
車輪は通常、ふたつの対で使われる。
だからこそ、車輪の女神は、太陽の対である月の女神なのだ。
アリアンロッドは、それ自身で独立した神ではなく、黄金の太陽があって始めて、銀の月の女神となる。
ダイナは続ける。
「ケルト神話でも、太陽は最高神に近い位置づけをされているんだよね。
ケルト十字っていう、キリスト教以前からあるケルトのシンボルには‥‥、円環の太陽が描かれているんだ。
そこから分かる通り、ケルトでは丸い形っていうのは太陽の象徴なんだ。
とくに、車輪っていうのは、空を移動する太陽と月を表すには、ピッタリなんだよね。
‥‥太陽の光を映した姿、太陽と対になる姿。
それが月の女神が持つ権能。なんじゃないかなぁ‥‥? ガクリ。」
生徒を前に力説を終え、ダイナはモフモフの過剰摂取により、力尽きた。
車輪の女神、太陽の対としての月。
なるほど、裏レイが持つ権能の根拠が分かってきた。。
JJの、ブラッシングの手が止まる。
「つまり、裏レイは自分と相対する人間を、太陽に見立てている訳だ。」
JJの要約に、小動物の群れから、サムズアップが生えてきた。
そういうことらしい。
セツナが、ディプロトドンの下から出てきて、ダイナをモフモフから救出する。
モフモフを半分個して、致死量を免れる作戦だ。
セツナが、クオッカを撫でながら、2人にお礼を言う。
「ありがとう。良いこと聞けたよ。」
「これは、先生が良かったな。」
「ふふ、優秀な生徒を持てて、先生うれし♪」
神話に語られるアリアンロッドの逸話。
そこから推察できる、裏レイの権能。
置いてけぼりの宙ぶらりんな疑問が、解消された。
そんな気がする。
考察好きなダイナとしては、このタイミングで、もっと踏み込んだ内容も語りたい。
例えば、神話のアリアンロッドが持つ寓意 (ほのめかした表現のこと)。
彼女の振る舞いが意味する、女神の本質とか。
名付けの呪い、元服の呪い、婚姻の呪い。
これは、裏を返せば、彼女はどうしようもなく――。
「はい! 考察もひと段落したし、先生、オレあれが見たい! 先生の、内に秘めた闇の力!」
――その授業はまた、彼らに求められた時にしよう。
ダイナは、その場に立ち上がる。
「ふふふ‥‥。汝、夕暮れの禁忌を望むのか? 良いだろう。見せてやろう。
刮目せよ!」
そう言って、心の中の中学生が叫ぶままに、ダイナはポーズを取った。
セツナも、真似をして同じポーズを取る。
夕暮れの禁忌こと、魔導異書は、闇堕ちロールプレイに便利。
優等生が闇堕ちするとかは、大きなよい子たちに大人気。
最強にカッコイイポーズの開発を始めるダイナとセツナ。
それを、ディプロトドンの背中から見ているJJ。
「‥‥なんか、一気にIQが下がったな。」
さっきまで、物語の核心の、それもかなり深い部分まで潜っていたはずなのだが、一気に歯が浮くような残念な空気になってしまった。
だがそれも、この3人ならでは、なのだろう。
「はい、JJくん。宿題に出したカッコイイポーズを披露してください!」
ダイナが唐突に、こちらに殺人変化球を投げて来た。
‥‥本当に、IQの乱高下が激しい。
「よし。なら俺が小っちゃい時に考えた、オリジナルの変身ポーズを――。」
JJは、心地よいIQの高山病を覚えながら、ディプロトドンの背を下りた。
変身ポーズの評判は‥‥、取り合えずウケは良かったとだけ、言っておこう。




