4.09_ティラノサウルス
前線基地、西側。JJが担当する防衛地点。
「ふはははははは――ッ!!」
前線基地の南側、ダイナが担当する地点が夕暮れに染まる頃、西側では高笑いが響いていた。
声の主は、もちろんJJである。
‥‥それ以外に無い。
「最強――! 最速――!」
高笑いをする、ガタイの良いスーツ姿の男が、E-REXの群れを後ろから追い越した。
自動車の速度で走る烏合の群れを、生身で最後尾から追い上げる。
「最強――! 最速――! ‥‥最強ッ!!」
特に良い言葉が思いつかなかったのか、3つの節しかないセリフが早くも重複する。
著しい知能の低下が見られるが、低下する知能に対して、身体はぐんぐんと速度を上げ、群れを追いかけ追い抜く。
「ブースター、オン!」
群れの中腹まで追い上げた所で方向転換。
左拳を強く握って、火薬武器のカラクリを作動させる。
左手に装備しているのは、火薬籠手。
これを、スキル欄に装備されている「ロケットスターター」という、アクセントスキルによって性能を強化。
※アクセントスキル:スキル欄に装備するパッシブのこと。
装填されているショットシェルの雷管を、撃鉄が叩いた。
火薬籠手から、蒼い火が噴き上がる。
吹き上がるのではなく、噴き上がる。
この蒼は、巨人の蒼。
CEのロケットブースターにも採用されている、科学と魔法の最先端技術。
「火薬術士の奇跡」と呼ばれた、変人と狂人の集団が生み出した叡智。
蒼い火柱が、地面と水平に走る。
「ぬぅぅぅん!!」
烏合の脇腹に、火薬の力を込めた左ストレートが火を吹いた。
E-REXの群れへ直角に突っ込み、蒼い火薬と拳が、烏合の衆目を蹴散らしていく。
この拳は、無敵に守られていない。
無敵なのは、気分だけである。
それでも、CEという巨人に翼を与える蒼い炎は、無敵が付与されていなくとも、巨躯の怪鳥を蹴散らして余りある。
ロケットスターターによって強化された火薬籠手は、装弾数が2発追加されて、なおかつ使用する時にロケット推進を得られるようになる。
その機動力は凄まじく、生身で時速60km以上を出すことなんて余裕綽々。
余裕の音で、馬力の違いを見せつけていく。
ロケットシェル内の火薬が尽きる。
ロケット推進を失い、両足と地面に発生する摩擦が、速度を熱エネルギーに変換していく。
烏合の川に突っ込んだものの、未だそれを渡りきるには至っていない。
左手を素早く2回握る。
すると、籠手の甲部分と前腕部分の2か所が開き、ショットシェルがイジェクトされる。
スーツの裏に縫い付けてある、シェルホルダーから2発分のシェルを取り出して装填。
手の甲部分に装填して、チャンバーを閉めた。
――9時の方向から、E-REXが接近。
火薬刀を取り出す。
レバーをコッキング。
くるりと身を翻しながら、引き金を引き、抜刀。
同時に、アサルトゲージを消費。
「飛燕刃!」
スキル ≪飛燕刃≫ が発動。
火薬刀の飛燕刃は、火薬の力を纏ったまま2回連続で攻撃する。
通常は1回目・2回目ともに、通常の抜刀攻撃よりも威力が低下するが、AG版はその威力の低下が起きなくなる。
鞘から、威力100%の爆炎と、煤けた刀が走る。
刀は、E-REXの側面を横に薙ぎ、一太刀で仕留めた。
爆炎の余力を使い、さらにくるりと身を翻す。
ポジションを調整しつつ、刀を大上段に構えて、振るう。
煤けた刀身に付着していた火薬が発火し、2度目の爆炎。
今しがた目の前を通り過ぎた、別のE-REXの背中に、唐竹割り。
1撃目と同じく、一太刀でもってこれを仕留めた。
烏合の川を渡りながら、残身。
怒涛のように聞こえる足音を聞き分けて、川の流れを読みつつ、刀を鞘に戻す。
そして――。
「ブースター、オン!」
左手の籠手が、蒼い炎を噴く。
「ぬぅぅぅん!!」
ロケットブースターが、JJを川の対岸まで連れて行った。
渡り際、目に付いたE-REXを辻斬って、蒼い炎と赤黒い爆炎を立てながら、E-REXの群れを処理していった。
決着がつくのも、時間の問題であろう。
◆
しばし、時が流れた。
エージェント3人は、それぞれでE-REXの群れを片付けた。
対処の仕方は、三者三様。
セツナは、群れを側面から相手取る、正攻法の戦い方。
ダイナは、群れを正面から叩き潰す、強クラスにのみ許された戦い方。
JJは、群れを背後から追いかける、何かがおかしい戦い方。
最初はJJも、セツナと同様に側面から対処をしていたのである。
側面から、火薬銃でE-REXを撃って仕留める。
数の暴力に対して、面での制圧は相性が良い。
50頭はくだらない集団なのだから、適当に引き金を引けば、カモもキジも撃ち放題な状態だった。
だがしかし――。
だが、しかし、but――。
そのような、横からチクチク攻撃するような戦い方では、せっかくの良質な火薬が湿気ってしまう。
火薬が湿気っては、武器を魔法に掛けることができない。
それは、火薬術士にとっては死活問題。
そんな故あって、蒼い炎で地上を爆走しながら、E-REXを処理することにしたのである。
本来、蒼い炎の扱いは、困難とされている。
生身を、場合によっては時速100kmに迫る速度まで加速させるロケットシェルの扱いは、使い手のバランス感覚と、体幹の強さを要求される。
だが、しかし、but――。
JJは、火薬と心が通じ合ってる(?)。
心が通じ合っているからこそ、火薬の力の流れを感じ取ることができ、ロケットシェルの力強くも繊細なハートを理解できる‥‥らしい。
何を言っているのか、皆目わからないが、つまりはそういうことだ。
JJは、戦いで消費した火薬を装填する。
その表情は、とても満足気。
アクセントスキル「ロケットスターター」。
これは、可能性の香りがする!
火薬の世界に吹く、一陣の蒼い薫風となるだろう。
今回の実戦で、それを確信した。
火薬術士は、立ち回り最弱のクラス。
装備しているスキルの数が少ないため、慣性に頼った機動力の確保が難しい。
その問題を、ロケットシェルは克服するだけに収まらず、他の追随を許さぬほどの速度を手に入れた。
使用感としては、連続使用できるテレポートに近い。
弾数制限があるものの、連続で高速機動ができるアドバンテージは大きい。
機動力とは、攻撃力と防御力に影響を及ぼすステータスなのだ。
進むも退くも、その主導権を得られる恩恵は、計り知れない。
今後しばらくは、この強化された火薬籠手を中心に、ビルドを考えていこう。
そう考えるJJであった。
するとそこに――。
地響き。
大地が震える。
第七感に反応。
足の裏を圧迫されるような感覚を、肌に覚える。
敵の接近、対象は地面から。
火薬籠手だけを装備して、臨戦態勢に入る。
敵が地表に現れた。
乾いた大地にヒビが入り、割れて、第七感の知覚領域を占有する敵の正体が明らかとなる。
(‥‥恐竜?)
JJの前に現れたのは、体高6メートル・体長12メートルの恐竜。
最もメジャーで、最も有名な恐竜、ティラノサウルス。
‥‥の、化石が現れた。
この地球には、魔力が充満している。
だから、骨が動くことだって、ままある。
もしかすると、目の前の動く化石は、ティラノサウルスでは無いのかも知れない。
しかし、二足歩行で大きな恐竜となると、JJはティラノサウルスくらいしか思いつかない。
セツナなら、もしかするとギガノトサウルスとか、スピノサウルスとか、別種の恐竜の判断が付くのかも知れない。
何でも、大腿骨の太さとか、頭蓋骨の形が違うらしい。
そのセツナは、残念ながらこの場には居ない。
なので、取り合えず、ティラノサウルスということにする。
そして、取り合えず、応援を呼ぶことにする。
「あ~、ダイナ。援軍を頼めるか?」
「OK。任せて、いまそっちに行く。」
「頼む。ティラノサウルスの相手は、1人じゃ荷が重い。」
‥‥‥‥。
通信越しに、疑問符が伝わってくる。
伝わってくるが、事実なのだから仕方が無い。
それよりも、戦いに集中。
目の前の骨竜が動き始める。
頭蓋骨を震わせて、カタカタと鳴き、轟々と吠える。
声帯を持たぬ骨の寄せ集めが、JJに向かって咆哮を上げた。
骨竜が、少しだけ身を屈める。
尻尾を、背中の上に持ち上げた。
筋肉も、靱帯も、皮膚も持たない骨は、本来の可動域を完全に無視して、背中の上に綺麗に並んだ。
尻尾の付け根は骨盤から離れて、宙に浮いている。
魔法がある世界では、何でもありである。
尻尾の先端がJJを捉える。
尻尾を構成する骨がカタカタと鳴いて、勢いよくJJに向けて射出された。
30本余りの骨で構成される尻尾がバラバラに分離し、砲弾の如くJJに襲い掛かる。
腐っても、恐竜の骨。
尻尾という細い部分であっても、人間の頭くらいの大きさはある。
火薬籠手が蒼い火を噴く。
射線から逃れるように、ブースターを吹かして砲弾の雨から逃れた。
尻尾の砲弾は、JJを追尾して弾道修正をするも、捉えるには至らない。
砲弾、最後の一発が地面に突き刺さった。
再度、ブースターを吹かせる。
ブースター、残り2発。
取り合えず、近づく!
骨竜は、それを見て自身も前に歩く。
尻尾を失っても、運動能力に変わりは無いらしい。
尻尾が無くなれば重心が崩れて、重い頭を脚だけでは支えられなくなるはずなのだが、骨竜の足取りは安定している。
彼我の距離が縮まる。
骨竜が、自身の頭蓋骨を上から叩きつける。
頭を振り上げて、倒れ込むように頭蓋を叩きつける。
――迎え撃つ。
火薬鎚を取り出し、撃鉄を肩に当てて押し上げる。
拳骨のように振り下ろされる頭蓋を、下から火薬で殴りつける。
下からアッパーを放つ要領で、火薬鎚を振り上げた。
撃鉄が落ちて、火薬が、武器に魔法を掛ける。
赤黒い火薬が、巨大な頭蓋を空にカチあげた。
骨竜の首から、1.5メートルほどの大きさを持つ頭蓋が取れて、空に飛んで行く。
首から頭を外したことで、火薬の一撃の衝撃が霧散する。
インパクトの瞬間に、打撃を与えた手ごたえが感じられなかった。
この一撃は、有効なダメージとなっていない。
その証拠とばかりに、尻尾と頭を失った骨竜が、JJを踏みつけようとする。
緩慢なそれを、テレポートで横に回避。
火薬籠手を使用、蒼い火炎で空を目指す。
ロケットシェルを使えば、今までは不可能だった、空中機動が可能になる。
蒼い火炎が、一瞬で骨竜の体高も、空を舞う頭蓋骨も追い越した。
火薬鎚を構える。
縦に1回振るって加速、宙で身体を1回転。
そこから、本命の打撃。
上から頭蓋骨に火炎鎚を叩きつけた。
鎚が火を噴いて打撃が通る。
確かな手ごたえが伝わる。
頭蓋骨が勢いよく地面に叩きつけられて、土煙を上げた。
それを追って、JJも着地する。
それでも――。
戦車を怯ませるような一撃を受けてなお、骨竜の動きは止まらない、鈍らない。
尻尾と首の無い骨の寄せ集めが、JJに向かって歩いて来ている。
(これは‥‥、骨が折れそうだな。)
骨のある敵を前に、気合を入れ直す。
夢の跡地を前に、ここで立ち止まっている暇は無い。




