4.08_夕暮れの禁忌
夢の跡地を調査するための前線基地。
楽園が人の手を離れ、大地が野生の物ととなった地において、前線基地の四方は生存競争に晒されていた。
基地防衛において、セツナは東側を担当。
拠点防衛を無事に達成。
それでは、ダイナとJJはどうであろうか?
ダイナは南側、JJは西側の防衛に当たっている。
取り除かねばならないのは、エミューが先祖返りの進化を遂げたE-REX。
群れで狩りを行うように進化した、走鳥類を駆除が基地防衛の条件。
個の持つ重量と速力で獲物を跳ね飛ばし、集団で獲物を轢き潰して狩りを行うE-REX。
赤茶けた大陸での初戦闘は、わずかなミスが大惨事を招く状況下での戦闘となった。
楽園の真実に触れるには、まずはこの自然の脅威に打ち勝てることを証明しなければならない。
でなければ、この大陸に足を踏み入れる資格すら無いのだ。
――し・か・し。
ダイナとJJの戦闘は、危なげなく順調に進んでいた。
2人とも、セツナよりも一対多に適した手札を豊富に持っている。
クラスの相性が、攻略の難易度に影響を与えていた。
◆
「フレアボール。」
魔法を唱えると、正面に大きな火球が生成される。
火球は直進し、自分目掛けて突っ込んで来るE-REXに直撃した。
すかさず、横方向にテレポートを行い、群れから距離を取る。
前後左右、絨毯のように広がる、羽毛を纏う恐竜から一旦離れる。
烏合の軍勢は、火球が命中して戦闘不能になった群れの一員を器用に避けつつ、ダイナが先ほどまでいた場所を狙い駆ける。
駆けると言っても、自動車ほどの速度がある。
突進を受けるだけで、電脳の身体をどうにかできるだけの殺傷能力がある。
群れの先頭陣の突進はテレポートで逃げられて空振りに終わり、中衛陣も先陣に続いて空振り、後続はダイナのテレポートに反応できた。
軌道修正、後続の群れの一部が、テレポートしたダイナに目掛けて進路を変える。
数頭が群れを離れて突進してきた。
ダイナは、スキル ≪魔導書アイスランス≫ を発動。
馬鹿正直に正面衝突を狙うE-REXの一頭を、氷の槍で串刺しにした。
串刺しにしたE-REXが盾となり、他の突撃隊員の突進は不発に終わる。
さすがに、前を走る同胞を跳ね飛ばしてまで直進するような習性は持っていない。
ダイナの横を通り過ぎるように、3頭ほどのE-REXが脇を通り過ぎて行った。
氷の槍が消える。
魔法の槍は、物理的な武器と違い、刺して抜けなくなるということが無くて良い。
普通の武器、魔法の武器、それぞれ一長一短である。
杖を振るう。魔法の標的を杖で照準。
自分の横を通り過ぎた3頭の個体を狙う。
新たに覚えた魔法を試そう。
好奇心を、実戦の大地に解き放つ。
――好奇心が、心に昏い帳を下ろしていく。
杖の先に、無数の小さな黒い球体が出現する。
同時に、右手に持った杖に、身体の血液を抜かれるような脱力感が襲う。
右手を伝って、杖に生命力を奪われていく。
脱力感に追従するように、ダイナの体力が減少した。
体力が、50ポイント減少する。
血を受け取った杖は、満足そうに魔法を発動させる。
『「魔導異書ダークボール。」』
ダイナの魔法を唱える声が、くぐもる。
少女の声が、何かの干渉を受けている。
彼女とは別の声が、魔法の詠唱に混ざった。
掠れていて、それでいて何十人もの声が重なっている声。
杖先に収束している魔法は、ダイナが唱えているのか、何かが唱えているのか、分からない。
魔法が発動する。
杖先の黒い球体が消えて、E-REXの前に瞬間移動した。
黒い星が、群れから離れた3頭の前に広がった。
ピンポン玉ほどの小さな球体は、E-REXの前で星空のように広がり、球体の内側から圧されるように膨張し、一瞬白く輝いてから、爆発した。
爆発によって黒い星は、自身のドス黒い中身をぶちまけて、E-REXに襲い掛かる。
黒い小惑星は、絨毯爆撃となり、黒い星空の中へと地を駆ける鳥を招待した。
星空に招かれた鳥たちは、青い空の下に戻って来ることは無い、永遠に。
多方向からの黒い爆発に、圧し潰されて即死した。
黒い星の膨張は、生物の神経回路を走る電気信号よりも速かった。
E-REXたちは、痛覚が反応する前に絶命。自分の身に何が起こったのかすら分からずに姿を消した。
これが、魔導異書の力。
禁忌や禁呪に分類される力。
魔導書スキルとは、似て非なるスキル。
捨てられたはずの知識は、封印されたはずの知識は、それでも好奇の手から逃れられず、夕暮れの魔法使いたちを、これらの虜にしている。
なぜ、知識や力を放棄する必要があるのか?
なぜ、有るものを無いと否定する必要があるのか?
禁忌が相応の対価を求めるのならば、くれてやればよい。
代償の味は、流れる血の味は――、それが自分の物であっても、甘美なのだから。
魔導異書のスキルは、発動に代償を伴う。
そして、それに見合った強力な効果を持つ。
E-REXの本隊が切り返し、ダイナを再度補足する。
50頭余りが、土煙と地響きを伴って小柄な少女を狙う。
このまま、遠距離攻撃とテレポートを繰り返せば、群れは壊滅させられるだろう。
そしておそらく、それがE-REXを攻略するための常套手段であると考えられる。
だが、それでは面白くない。
この世界の摂理は近強遠弱。前に出られる者が偉く、前に出られる者が強いのだ。
――ならば迎え撃つ!
5強と呼ばれるメイジには、それだけのポテンシャルが、常套手段から外れられるだけの手札がある!
杖を両手で握り、構える。
両手から血が抜かれ、杖に吸い取られる。
樹の幹を削り出して拵えた白い杖に、葉脈のような赤い模様が浮かぶ。
代価の支払いは終わった。
次は、力を受け取る番。
黒い稲妻が、杖の周囲に迸る。
E-REXの群れが、自動車を追い抜かん勢いで走り、接近する。
その場を動かないダイナとの距離は、一気に1メートルを切った。
『「ブラックパイル。」』
声が重なり、歪む。
地上を一直線に、黒い稲妻が走った。
鳥の流れに、土煙の流れに、真っ向から逆らって逆走していく。
稲妻に触れた鳥は、宙に跳ね飛ばされた。
100kgの巨躯を、稲妻は悠々と宙に放り投げて、我が道を往く。
禁呪の前には、野生の怒涛など、取るに足らない。
禁呪とて、自然の一部。
人も、動物も、理性も本能も、知性も野生も恐れる、自然の一部。
大きな大きな、宇宙の因果の一部。
スキル ≪魔導異書ブラックパイル≫ は、黒い槍を番えて突進するスキル。
突進中は、黒い力に守られて、無敵となる。
黒い稲妻となったダイナは、群れの中腹ほどまでを、槍の突進にて穿った。
禁呪が対価分の仕事を終え、契約が解除されて、スキルが終了する。
未だ、烏合の怒涛が襲う中で、ダイナの身体は立ち止まってしまった。
それも、問題ない。
前に出られる者が偉く、前に出られる者が強い。
前に出られるメイジは強い。
魔法は強い。
器用万能。
出来ないことが無い、優等生。
‥‥優等生が、必ずしも良い子とは限らない。
青天の日中を、手入れの行き届いた書庫で過ごす者にほど、夕暮れの光は美しく見えるものだ。
左手で、左眼を覆って隠す。
この程度、プレイヤースキルを持ち出す場面ですら無い。
魔法で野生を叩き潰す。
代価を支払う。
左眼から、赤いダメージエフェクトが流れて消えた。
眼を覆う手の指を開く。
中指と薬指の間から、左眼が不気味に光る。
指の奥に覗く瞳は、普段の茶色い瞳から紫色になっている。
『「見るがいい‥‥。」』
紫色は夕暮れの色。
夜が来る前の、青と茜が混ざる色。
スキル ≪魔導異書カースマイン ≫ 。
自分の周囲に居たE-REXに、紫色の瞳が呪いを付与した。
ダイナの後方で、魔法の竜巻が発生する。
スキル ≪魔導書マジックサイクロン≫ 。
竜巻がE-REXの前に立ち塞がり、風でその体を斬りつける。
手傷を負ったE-REXは、体力を削られ、風に煽られて――、呪いに飲み込まれた。
ダイナの瞳が、紫色から黄色く変色する。
黄色い色彩は、夕日の色。
夕暮れの太陽は、海に最も近づく。
ゆえに、最も明るく輝く。
‥‥眼を伏せていようと、瞳を焼くほどに輝く。
E-REXの、腹の底に沈んだ呪いが起爆し、体内から弾けて外に出る。
紫色の光が体が漏れ、黄色い光が弾けた。
≪導異書カースマイン≫ は、自分の周辺にいた敵に呪いを付与する。
呪いは、ダイナのスキルに反応して爆発を引き起こす。
爆発のトリガーは、ダイナのスキルであれば、種類は問わない。
それが、呪いの弾けた残滓であったとしても――。
ダイナの背後で、2度目の爆発が起こった。
カースマインの爆発に巻き込まれたE-REXの体内に埋め込まれた呪いが、爆発に当てられて誘爆したのだ。
この呪いは連鎖する。
自分を呪い、他者を呪い、他者が他者を呪う。
ダイナの前にE-REXが迫る。
群れには、まだまだ後続が居るのだ。
しかし――、今の状況にあっては、数の暴力はE-REXにも牙を剥く。
3度目の爆発。
ダイナの両側面で起きた爆発は、彼女の目前に迫ったE-REXの羽毛を優しく撫でて、腹の底に沈んだ呪いをそこから引き摺り出した。
目の前で、4度目の爆発が起こる。
彼女の目前に迫ったE-REXが、夕暮れに消えた。
爆発がダイナの顔を焼く。
至近距離での呪いの起爆が、容赦なく襲い掛かる。
爆風の中で、ダイナは立ったままでいる。
今までの魔法では得ることの無かった大きな力に、高揚感を覚える。
弾幕を張るメイジの時代は終わった。
夜の到来が、新たな時代の始まりを告げる。
煙の中から姿が現れると、ぬるりと振り返り、半透明の本を左手に浮かべる。
≪魔法書サルベージドロー≫ 、失った魔法書スキルと、魔法異書スキルが再度使用可能になる。
大勢は決した。
烏合の軍勢は、夜の帳に落ちていく。
夕暮れは、何処の空にも等しくやってくる――。
青い街であろうが、赤茶けた大陸であろうが、空に境界はありやしない。




