表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
4章_夢の跡地

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/231

4.07_スモールジャイアント

カンガルーは、オーストラリア大陸に広く見られる哺乳類だ。

哺乳類の中でも、有袋類(ゆうたいるい)と呼ばれる珍しい種で、メスの個体には赤ちゃんカンガルーを育てるための育児嚢(いくじのう)という袋を持つ。


オーストラリアの国鳥であるエミューと同様に、豪州を代表する動物、それがカンガルー。


独特な生態系を築く豪州大陸において、カンガルーの生態系的な立場は、他の国でいう鹿に該当する。


中型の草食動物。

人が住む場所に現れては悪さを働いたり、その裏では肉食の捕食者との生存競争に明け暮れたり、そういう立ち位置。


しかし、カンガルーには、鹿のような被捕食者には見られないような特徴がある。


それが、異常に発達した筋肉と運動能力。

体内に筋肉を発達させる酵素を多く持ち、さらには筋肉を動かすために必要なエネルギーを生産するためのミトコンドリアという細胞を数多く有している。


飛び跳ねて移動するという、大量のエネルギー消費する進化を遂げたことから、跳躍に耐えうるだけの筋肉を発達させ、筋肉にエネルギーを供給する能力を獲得したのだろう。


カンガルーは、進化の過程において、被捕食者の追跡を振り切るための健脚だけでなく、捕食者をも返り討ちにできるだけのフィジカルを手に入れた。


そのため、彼らの天敵であるイヌ科のディンゴたちでも、群れているカンガルーには迂闊に手を出せないという。


逃げるだけでなく、戦う進化を遂げた草食動物。

それが、カンガルーという動物だ。


セツナに強襲を仕掛けたカンガルーも、筋骨隆々としており、二の腕には血管が浮き上がっている。

腹部に育児嚢が確認できず、オスの個体であると予想できる。


腕には、なぜかボクシンググローブを装備しており、両脚と尻尾を使って、サイドステップを踏んでいる。

その姿を見て、交戦の意思があるのは明らかだった。


ルーンカンガルー。

楽園が人の手を離れて久しいため、人類が知りようのない、新たな種族。


脳に、魔法野という魔法の力を扱うための領域を獲得した、魔力で汚染された大陸にカンガルーが適応した姿。


魔力は感情に感応し、また共鳴する性質がある。

魔力の共鳴は、天啓をもたらす。


そも、魔力とは物質世界の上位に位置する空間のエネルギーである。

そのことから、魔力と天啓は、中々どうして相性が良い。


上位空間にて、神と呼ばれるような存在と、何かの偶然で魔力が共鳴すれば、その存在の全知全能の一端に触れることが叶うのだ。


ルーンカンガルーは、全智ではなく、人智と共鳴し、天啓を得た。

人間の、武術と呼ばれる技法を学び、自分たちに取り込んだのだ。


この世界において、知識による進化とは、もはや人類の専売特許では無くなっている。

だからこそ、人も獣に学ばなければならない。


知恵による進化によって退化した、本能の使い方。

これを、彼らと共鳴することで学び、思い出し、呼び起こし、落とし込むのだ。



セツナと、ルーンカンガルーが睨み合う。

どちらも、仕掛けるタイミングを計っている。


亀裂の入った大剣に、陽の光が反射して、地面にガラス片が散らばったような模様を描いている。


カンガルーは、筋骨隆々ではあるものの、体格はセツナよりも小さい。


成人男性よりは低く、成人女性よりは高い。

しかし、筋肉の厚みが、彼を実測値以上に背を高く見せている。


遠くからでは、セツナと同じくらいの身長と錯覚してしまいそうだ。


サイドステップを踏んでいるカンガルーに、空からの乱入者。

拠点防衛用のドローン2機が、射撃を開始した。


生存競争に、ルールも卑怯も無い。

生き残った者が、正義なのだ。


無粋な乱入者に、セツナは少し不満顔。

プレイヤーは不死であるが、他の人間はそうではない。


プレイヤーにとって、電脳世界での命の奪い合いは、エンターテインメントに過ぎない。

死なないのだから、それはスポーツと同義だ。


だが、この世界の住人にとって生存競争で、正々堂々などと言っている場合では無い。

人間の倫理を持ち出せば、自然の理不尽によって死ぬだろう。


ドローンは射撃で弾幕を張り、弾幕は地上に鉄の雨粒を降らし、局所的な集中豪雨を生み出した。

雨粒が、乾いた地面を叩いて土煙を上げさせる。


――しかし、その豪雨の中に、カンガルーの姿は無い。

まるで、雨の中に溶けるように、姿が揺らいで消えてしまった。


第七感が反応する。

魔力の流れを電脳野が受信、それを肌感覚に変換して、意識に知覚させる。


カンガルーは、上に居る。


セツナが視線を上に向けると同時、ドローンのひとつが、撃墜された。

自然の中で鍛え上げられた両脚のキックが、ドローンを豆腐のようにバラバラに破壊した。


(――アサルトステップ。)


プレイヤーが使用するアサルトアクションは、敵も使用してくる。

ルーンカンガルーは、相手の攻撃を回避して瞬間移動するという、アサルトステップを発動したのだ。


アサルトステップでの回避に成功すると、アサルトラッシュ状態となり、攻撃のノックバック性能が強化され、連続でテレポートが使用可能になる。


アサルトラッシュ状態になったカンガルーは、残りのドローンの前に瞬間移動し撃墜。

バルクアップした二の腕が振るわれて、粉々に砕かれて、乾燥した大地の一部になった。


さらに瞬間移動、セツナの目の前に現れる。


尻尾で地面をしっかりと捉え、体重とバランスを保持。

両脚に力を込めて、幅跳びで7メートルを飛べるほどの脚力で――、時速70kmで跳ぶことができる脚力で、セツナの腹を蹴っ飛ばした。


魔力の力が無くとも、人間の内臓を破壊できるほどの剛脚。

それが、魔力と武術の力で、さらに強化されている。


第七感が魔力の流れを捉えてくれていたおかげで、セツナのガードは間に合う。

大剣を身体の前に突き立てるように振り下ろして、カンガルーの攻撃を防いだ。


――ガラスの割れる音がして、満月の大剣が粉々に砕けた。


アサルトラッシュによって、重いノックバックがセツナを襲う。

月の破片を土煙に混ぜながら、身体が後退していく。


カンガルーは、地面を滑りながら後退するセツナを追いかける。

テレポートはせずに、両脚で跳ねながら追う。


その健脚を持ってすれば、あっさりと追いつくことができた。


再び、両脚によるミドルキック。

今度は助走の勢いも乗っている。


威力は、先ほどとは比べ物にならない。

尻尾に体重を預けて、踏み込ん――。


瞬間、セツナの手元から銀色の光がするりと伸びる。

銀月の剣、新月の姿。


砕けた満月は、二振りの剣となり、敏速の加護を与える。


彼の右手からエストックの突きが放たれる。

カンガルーも、エミューと同様に、方向転換に難がある生き物。


逆に、人間のように四方八方に自由に動き回れる種は、非常に少ない。

人間は進化の過程で、筋力よりも柔軟性を獲得する道を選んだのだ。


その昔、ヒトの祖先が森を追われた時、道具を使って投擲で身を守ることを選んだ頃から。


種の特徴を知り、種の特徴を活かした攻撃は、しかしカンガルーを捉えるには至らない。


この世界には魔法が存在する。

骨格的に方向転換が難しいのならば、それを魔法で補えば良い。


地球の生態系は、魔法さえも青い海と緑の大地に取り込んで、人類が絶滅に瀕してもなお、その揺りかごは変わらずに生命を抱き続けている。


カンガルーは、セツナの突きを、魔法の力で躱す。

体が、野球の変化球のナックルボールのように、軸が動かずに軌道だけがブレて変化する。


軌道が読めない。移動先が読めない。

第七感と視覚の情報が一致しない。


突きが空を切る、カンガルーは、伸びきった右腕の側面を取る。

エストックの死角に潜り込んだ。


太い二の腕が、セツナに組み付こうとする。


カンガルーのキックは本来、相手に組み付いてから放たれる。

二本の腕で組みつき、尻尾でバランスを取ることで、安定して強力なキックを撃つことができるのだ。


組み付かれてしまっては、得物のリーチは活かせない。

それどころか、返って邪魔になってしまう。


側面を取られたセツナは、バックステップをするのではなく、逆にカンガルーの方へとタックルをする。

身を少しだけ屈め、組み付きを潜り抜けるように懐に飛び込んで、右肩からのショルダーチャージを放った。


ショルダーチャージは、カンガルーのすでに放たれてしたキックと相打ちになる。

タックルはカンガルーの胸に、キックはセツナの腿に命中した。


セツナは、蹴られて態勢が崩れることを利用して、そのまま地面に倒れ込む。


カンガルーは、足元への攻撃を苦手とする。

人間のようにローキックは放てないからだ。


カンガルーのキックは骨格上、両脚でしか打てない。

両脚でしか打てないから、尻尾を支えにする必要があるし、低い位置を蹴ることができない。


地面に伏せてやり過ごす。

オーストラリアでカンガルーに襲われた場合の対処法としても知られる方法だ。


足元に倒れた標的を狙うために、カンガルーは魔力を使い地面の上を滑って距離を取る。

カンガルーの体が、重力を忘れたように後ろの方へと退いていく。


――それを待っていた。


背中を下にして、 ≪ブレイズキック≫ を発動。

炎の慣性を使ってダンシングムーブ。披露するのは、フロアムーブのバックロックキック。


肩を支点に、上半身を捻り、遠心力を乗せたスピニングキックを撃ち出す。

カンガルーは、それを尻尾で体を浮かせることでやり過ごす。


武術の天啓を得て、紙一重で躱すという技法を学習・会得している。


セツナは素早く立ち上がる。

紙一重で避けようが、下がった時点でエストックの死角から離れている。

刺突剣を前に構えるだけで、彼奴は迂闊に手を出せない。


今度は、セツナがカンガルーを追いかける展開となった。


さしものルーンカンガルーであっても、苦手を克服するには至らない。

魔法の力で後退が可能になっても、当然ではあるが前進に匹敵するほどの速度は出せない。


新月の剣によって、敏速の加護を得ている相手ならばなおさら、振り切ることは不可能だ。


カンガルーの足元に滑り込む。

左手に持っている、逆手持ちのカランビットナイフを地面に突き刺して、支点を作る。


ナイフを支点に、エストックで回転斬り。

カンガルーの脚を狙って、斬撃を放つ。


刃はやはり、カンガルーには当たらない。


今度は、横っ飛びに回避された。

横に避けたのは、反撃に転じるためであろう。


支点にしていたナイフを、地面から抜き取る。

猛獣の爪のように湾曲したナイフが引き抜かれて、身体は低空を滑空、カンガルーとの距離が離れる。


地面に足を付けて、中腰の姿勢になり、反撃に転じたカンガルーを迎え撃つ。

健脚が一息で、彼我の距離を拳と脚の距離に縮める。


カンガルーから拳が振るわれた。

浮き出た血管が太くなり、勢いの乗った右ストレートがセツナを目前に迫り来る。


――カランビットナイフの出番。

このナイフの、本来の使いどころがやってきた。


迫り来る拳を、ナイフで上から撫でて軌道を逸らす。

逆手に持った刃で、袈裟斬りをするように、斜め上から斜め下へと撫でて、拳の軌道を逸らした。


それだけでない。

新月の剣は、猛獣の牙と爪。


爪であるナイフは、刀身の背にも刃を持つ。

背についた刃が、カンガルーの攻撃をいなすと同時、皮膚を切り裂いた。


筋肉を裂く必要は無い。

浅く、舐めるように、それでも体力は奪われる。


新月の猛獣は、攻撃の手を止めない。


カランビットナイフには、人差し指を通せるリングが、ナイフのエンド部分に空いている。

そこに指を通すことで、素早く逆手と順手の持ち替えが可能。


カランビットナイフは、軍人が装備として用いられることがある。

その理由は、このナイフが凶悪な攻撃性を帯びているからだ。


このナイフは、一度の動作で二度、攻撃することができるのだ。


セツナの左手に、拳をいなした重い衝撃が伝わる。

この衝撃は、そのままナイフの攻撃力に変わり、カンガルーの腕に傷をつける。


――追撃。

リングに通した人差し指を軸に、ナイフを逆手から順手に持ち替える。


セツナの手の平で握られていたナイフが、するりと回転し、手の平から飛び出す。


握りしめていたナイフが、人差し指から伸びる爪になった。

人差し指の第2関節の下、指輪を身に着ける位置に刃が止まり、指に猛獣の爪が生える。


カランビットナイフの順手持ち。

順手持ちとなったナイフが、カンガルーの皮膚を再度削いだ。


逆手持ちで一撃、順手持ちで一撃。


ナイフを回転させることで、腕を振り上げることなく、カランビットナイフは最小限の動きで2度攻撃することができる。

扱いは難しいが、1本で2倍の手数を持つナイフは、例え訓練された兵士や武人であっても、完全に捌くことは至難。


近接戦闘において、凶悪な威力を誇るのだ。


たった一回の袈裟斬りで、2度の斬撃、2度の傷を与えたナイフは、今度は逆袈裟の位置を取る。


手の平を上に見せて、右下から左上に逆袈裟を放つ。

順手持ちのナイフは、カンガルーの首筋を湾曲した内側の刃で狙う。


カンガルーはこれを、尻尾に体重を預けることでやり過ごす。

魔法の力で体の向きを整え、尻尾に体重を預けて上体を引っ込める。


紙一重のところで、新月の三日月は首筋の前を通り過ぎた。


しかし、猛獣は執拗だ。

銀月の剣は、月の女神の剣。女神の嫉妬や恨みは、この世の何よりも執拗だ。


セツナの手元で、ナイフが順手持ちから逆手持ちになる。

カランビットナイフは、リングに指を通す都合上、得物を握り込む必要が無い。


握らないから力まないし、力まないから素早く振るえる。


ナイフが横一文字に首を狙う。

左から右へと、物言わぬ銀の爪が獰猛に、執拗に追いかけ回す。


肉食な嫉妬狂いを前に、カンガルーは危機的状況。


だが、それもまた良し。

ピンチとはチャンスでもあるのだ。


尻尾に体重を預けているということは、こちらもキックが放てる。

ナイフを扱うために、意識が上に向いているならば、足元から繰り出すキックの通りは良くなる。


カンガルーは、自慢の両脚キックをためらわずに放った。


――ナイフよりも先に、キックがセツナに届いた。


自然の力は伊達では無い。

安心と安全に満ちた社会で暮らしている一般人が、覚えたての技でどうこうできるほど、甘くは無いのだ。


両者の距離が離れる。


カンガルーは上げた両足を地に降ろして‥‥、少しよろめいた。

腹に痛みがある。


カンガルーの体には、刺し傷ができていた。


首を狙うナイフはブラフ。

本命は、エストックでの一撃。


セツナは、エストックの柄を握るのではなく、刀身を短く握り込むことで、長物を密着距離で扱えるようにしていたのだ。

右手には魔導ガントレットを装備しており、多少刀身を握り込んでも、手傷は追わない。


中世の時代では、ロングソードの切っ先近くを握り、柄と鍔の方を攻撃に用いる技術があった。

重心と遠心力が乗る、柄と鍔の部分を振り回し、フルプレートメイルの装甲を砕いていたのだ。


刀身を握り込むという手法は、西洋甲冑の文化においては、日本よりも常識的に行われていたのだ。


殴り合い、騙し合い、互いの技術の応酬が、地平線が広がる大地の真っただ中で、たった数メートル数十センチの距離で交される。

現在、両者は相打ちに相打ちを繰り返し、戦況は拮抗している。


セツナが、新月の二刀を構える。

西洋剣術の、オックス・スタンス。雄牛の構え。


剣を顔の横まで持ち上げ、刃を横に寝かせ、切っ先を相手の顔に向ける構え方。

日本武術の、(かすみ)の構えに似た構え方である。


剣術においては、相手の上段攻撃を抑制し、切っ先を向けることで間合いを計りづらくし、相手の攻め気を削ぐ、守りに秀でた構え。


セツナは左半身になり、エストックの切っ先を相手に向け、刀身の下に左腕を添えて構えている。

いわば、変則オックス・スタンス。


切っ先を相手に向ける威圧感は失われるが、エストックを握り込まないので、素早く突き攻撃が放てる。

そして、仮にエストックの攻撃を潜られようとも、左手に逆手持ちしたカランビットナイフで迎え撃てる。


オックス・スタンスや、霞の構えとは大きく性格が異なる構え方。

得物の刃渡りを小さく見せて、相手に撃ち込ませることを目的とした構え方になっている。


眼前のカンガルー相手に、下手に刀身を前に伸ばして見せれば、最悪、剣を蹴り飛ばされる。


野生の筋力と膂力を危惧し、自身の「動と虚」を活かせる構え。

それが、この変則的なオックス・スタンス。


静かに風が吹いて、地面から土煙が舞った。

じりじりと、絶妙な間合いの図り合いが始まる。


リーチに分があるのはセツナの方。

リーチの差は、主導権の差。


彼の方から積極的に、足を地面に擦りながら近づいていく。


じりじり――、じりじりと――。

詰め寄り、にじり寄り、一息で突ける距離に入り、タイミングを計り、大きく一歩を踏み込む。


同時に、ニードロップのステップ。

左の膝裏に、右の膝をぶつけて屈みこむ動きを見せる。


彼の動きを見て、脳裏によぎるのは、回転斬り。

新月の爪を地面に突き立てて、足元を狙う回転斬り。

カンガルーの注意が、一瞬だけ足元に向いてしまう。


しかし、それは虚の動き。


本命は、混じりっ気無しの、最短距離を走る突き攻撃。

脱力したエストックに殺気がこもり、穿たれる。


カンガルーがスウェーバック。


突きを前に避けるのではなく、後ろに避ける。

あえて距離を取る。


体を左右に振って刃をやり過ごし、魔法の力でバックステップ。

エストックのリーチが届く、ギリギリのところで攻撃を避けつつ、エストックを殴り飛ばした。


脚力の力を、腰・背中。腕に伝えて、ボクシンググローブから強烈なアッパーカットが繰り出される。

本来、動物が持ちえない人間のような動きで、エストックの一撃にカウンターを入れた。


大剣よりも幾分も軽いエストックは、下から上に殴られたことで、刀身が上に大きく跳ねる。

セツナは、反射的にエストックから手を離した。


あのまま握っていては、エストックに振り回されて態勢を崩してしまう。

銀色の光が、宙に大きく舞った。


リーチの優位が崩れた。

カンガルーが素早く踏み込む。


セツナも、右手の拳と、左手のナイフで応戦する構えを取る。

魔導拳士はもとより徒手空拳のクラス。


得物を失ったからと言って、平常心が乱れることは無い。


互いの右ストレートが繰り出されて、互いにそれを左側へのスウェーで避ける。


――コンビネーション。

右ストレートの後の、左ストレート。


左手のナイフが順手持ちとなり、セツナの拳が先に相手を捉える。


カンガルーは、被弾承知でそれを受ける。

左から右の斬撃が、頬に傷を付けた。


――こっちの番。

反撃の、右ジャブ。


カンガルーは組み付かない。

下手に組み付けば、ナイフで腹を滅多刺しにされてしまう。


ナイフの脅威を理解し、密着距離では無く、近接距離で戦い、拳と蹴りが打てる距離で戦う。


カンガルーのジャブがセツナを捉える。

気にせずに、彼も右のジャブを返す。


ジャブに対して、カンガルーの左クロス。

ジャブを遮るように、カンガルー拳が上からジャブを抑え込みながら、セツナの顔面を捉える。


セツナも負けじと、左手でフックを放つ。

ナイフを逆手持ちにして、腹の皮膚を薄く裂いた。


セツナの足が、炎に包まれる。

スキル発動!


カンガルーが、体重を尻尾に預ける。

野生発動!


――互いの蹴りが交錯し、互いのボディを穿った。

互いに吹き飛び、転がり、土ぼこりを身体につける。


セツナはナイフを捨て、タクティカルベルトからコアレンズを取り出し、スロットに装填する。


「ストライクコア――。」


カンガルーは、筋肉をますます膨張させる。

体の細胞からエネルギーを作り出し、それを筋肉に送る。


筋肉がエネルギー受け取り、呼応して膨張。


カンガルーの呼吸に蒸気が混じり、躍動する筋肉は乾燥した大地に蜃気楼を立ち上がらせる。


互いに、必殺技を繰り出す準備が整った。


――ストライクコア × ブレイズキック = スーパーブレイズ。


セツナの周囲に舞う土ぼこりが、彼の服に付着した土汚れが、熱で焦げて消えていく。

足を前に出し、走り出す。


隼が、キックボクシングの猛者を狙う。


先に宙へと飛んだのは、カンガルーの方。

漲る筋肉、野生の本能、そして迸る(ほとばしる)魔力。


魔力を生態系に取り込んだ地球の力。

それが、厄災如きで絶滅に瀕した人類に、身の程を分からせる。


カンガルーは、地面にクレーターを作り、音を置き去りにして、宙に飛び立つ。

そして、音を置き去りにして、地を走る隼に襲い掛かる。


カンガルーに置き去りにされた音が、地上にソニックブームの置き土産を残す。

音速を超えた空気が圧縮されて、衝撃波を生み出す。


セツナの跳躍が遅れた。

衝撃波に脚を取られるも、魔力の流れを頼りに、大空目掛けて炎のキックを繰り出す。


「スーパーブレイズッ!!」


野生の力と、文明の力が激突した。

互いの魔力がぶつかり合い、大きな光と音を立てる。


魔力は、周囲の環境を変化させる。

強力な一撃の鍔迫り合いは、そこに存在しないはずの水を生み出し、空に雲を生み出した。


霧散した魔力が雲となり、衝突の余波に煽られてドーナツ状に空で広がる。


野生の力と、文明の力が激突。

譲れぬ激突を制したのは――、野生の力だった。


カンガルーを追って来た音が衝撃波となり、セツナの纏う炎を掻き消し、彼の必殺の一撃を上から圧し潰していく。


身体が、空を飛ぶ力を失い、重力に引っ張られていく。

野生の両脚が、身体にかかる重力と加速度を何倍にも増幅させる。


音に追い抜かれ、その音を身体が追い抜こうとする。


「――――!! まだだッ!」


ブレイブゲージを消費。

ブレイブアーマーを発動。


勇気の力で、大自然に打ち勝つ。


ブレイブアーマーにより、一時的にハイパーアーマーを得る。

セツナの身体は、大自然と野生と衝撃波に圧し潰されて、地上に叩きつけられた。


それでも、勇気の力を身体から振り絞り、勇気が肉体を凌駕する。

身体は怯まない。勇気が、再び立ち上がる力をセツナに与える。


2枚目のコアレンズをガントレットに装填する。


「ストライクコア × グランドスマッシュ――。」


一発で止められないなら、一撃で足りないなら、もう一発!

ただ、そうするだけだ!


地面がめくり上がり、大陸が震える。

めくり上がった大地が、セツナの右腕に集まる。


大地の力が、大陸の力が、魔導ガントレットを覆い、岩盤の拳を創り上げる。

空の力で勝てないなら、大地の力で挑む。


試行錯誤こそが、人類の強みであり、不死の身が持つ特権なのだ。

無限の命で、無限に学び、脆弱な人の身を主人公たらしめる。


空から野生と大自然が降って来る。

小さな巨人の地鳴らしを、大地の力でもって迎え撃つ。


――ストライクコア × グランドスマッシュ =‥‥‥‥。


「アース・ストライク!!」


両脚が大地に沈み込む。

乾燥した大地がヒビ割れて、クレーターができた。


それでも、セツナは立っている。

今度は、野生にも、衝撃波にも負けない。


負けていない――――ッ!!


岩盤の拳は、両脚に纏う野生と本能を受け止め‥‥、弾き返した。

拳が振り抜かれる。


カンガルーは、再び空へと飛び立ち――。

青い空の、地平線の彼方へと消えた。


右手の岩盤が崩れ去る。

腕からサラサラと砂になって、風に溶けていく。


赤茶けた荒野が静かになる。

薄い雲が太陽を遮って、束の間の曇り模様となって、空に散って消えていった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ