4.03_海の上。
ブレッドが操縦するハミングバードは、エージェントを3人とオペレーターのアリサを乗せ、セントラルの空を飛び立った。
静かに羽ばたく輸送機は、セントラルの領海に存在する、トラベルポイントへと移動している。
トラベルポイントとは、地球の任意の位置に瞬間移動するための設備。
意外かも知れないが、テレポートは次元の壁を越えて異世界に行くよりも、同じ次元内を渡航する方が大量のエネルギーを消費する。
地球から魔法界へ行くよりも、地球から地球へ移動する方が、大量のエネルギーを使うのだ。
テレポート技術は、時間 (t)の持つ離散的な性質を利用して行われる。
時間はプランク時間という、最小単位が存在する。
時間とは連続した数値ではなく、小数点の下に0が44個も並ぶような極小時間が断続的に並んでいる現象なのだ。
いわば、時間とは数字の集合である整数(Z)と同じなのだ。
連続する整数は、一見すると絶え間なく、そして隙間無く並んでいるように見える。
しかし、数直線上において、整数と整数の間には、コンマ以下の大きさを持つ数字、小数が存在する。
整数の集合は、数学的な宇宙空間においては、互いが離散的に並んでいる。
つまり、整数と整数の間には、空白や隙間が存在する。
物理的な宇宙空間に存在する時間という単位も同様だ。
時間には、コンマ以下44桁の、極めて僅かな途切れ目が存在する。
テレポートは、この時間の途切れ目に潜り込む。
潜り込んだ先は、通称で「亜空間」と呼ばれ、時空間の支配や制約が曖昧になるため、空間を切り取ってくっつけるという、常識外れなことができる。
テレポートとは、この亜空間の性質と、時空の持つ引力を利用して行われる。
時空は、亜空間に飛び込んだトラベラーを、自分の時空に引き戻そうする引力を持っているのだ。
同じ時空内の超長距離移動では、この引力の力を強く受けるため、大規模な設備とエネルギーが必要になる。
逆に、科学界から魔法界に移動するような場合は、引力の弱い空間をトラベルすることになるので、地球間トラベルよりも小さな設備で転送が可能となっている。
地球間トラベルは、気安く何処から何処へでも行けるという訳では無いのだ。
大量の魔力を消費することによる、魔力汚染(※)や生態系への影響も考慮し、超長距離移動は海上から海上へのトラベルが常識となっている。
※
魔力汚染
科学の世界に魔法を持ち込んだ弊害のひとつ。
もともと地球は、魔法の概念無しに生態系が築かれていた。
そのため、長期間による魔力暴露や、高濃度の魔力暴露によって環境に様々な影響を与えることがある。
それらを総称して、魔力汚染と呼んでいる。
セントラルでは、水や地中に蓄積した魔力をろ過する生物を生態に取り込むことで、汚染を浄化している。
※
よって、一行はセントラル領海に浮かぶ人工島、トラベルポイントを目指している。
「それでは皆さん。これより、夢の跡地調査のブリーフィングを行います。」
移動時間を利用して、アリサがブリーフィングに入る。
アリサとブレッドは、輸送機の操縦室に座っている。
そこには、操縦席だけでなく、オペレーターや技術者のためのコンソールや機材が用意されている。
操縦席にブレッドが座り、彼を副操縦席のロボットが補佐をしている。
アリサが座っているのは、その後ろ。
進行方向に対して、左を向いて座っているコンソールの前に座り、持ち込んだ資料を広げながらブリーフィングに当たっている。
操縦席は、大小さまざまな機材とコンピューターが並んでおり、輸送機の4割ほどの面積を占めている。
その4割の面積の大半を機材が占有しているため、与えられた面積に対して、さほど広さは感じない。
窮屈と言うほどでは無いが、広くも無い。
そんな塩梅。
「本任務の主目的は、夢の跡地の先行調査で明らかになった、同地点で観測された魔力場の揺らぎ。
これを、皆さんに調査してもらいます。
なお、現場の指揮に関しては、私アリサが、CCC支部局長ディフィニラより権限の委譲をされています。」
アリサのブリーフィングを、セツナたちは輸送室にて聞いている。
輸送室の方は、操縦室とは打って変わって伽藍堂。
機体横の壁に沿うように折りたたみ式の座席が伸びていて、それ以外の物は置かれていない。
そこにポツンと3人でいるものだから、かなり広々としている。
ちょっとした室内トレーニングくらいなら、難なくこなせてしまいそうだ。
機体にいくつか設けられている小さな丸い窓から、日の日差しが差し、高い空とセントラルの街並みを小さく映している。
セツナは、アリサの説明を聞きながら、その窓から外の様子を覗いている。
「夢の跡地は、オーストラリア大陸、その内陸にあります。
かつて、厄災の後、人類の再起を図るために築かれた楽園。
そこが目的地です。」
輸送室に乗っている3人は顔を合わせる。
ここに来て、実在の地名が出て来た。
M&Cは、人類が魔法界からの侵略者によって滅ぼされた地球が舞台である。
実在する大陸や国が出て来たって、なんら不思議は無い。
ちなみに、セントラルが存在する場所は、現実世界では陸地が無く、海が広がっている場所である。
日本とハワイの中間ほどの位置に、厄災の余波によって生まれた島国、それがセントラル。
一説には、龍のブレスが海を焼き払い、その大地を創ったと言われている。
乱れた世の記録なので、真偽のほどは確かでは無い。
が、魔法にはそれをするだけの力がある。
魔法と魔力がもたらした絶滅は、地球の地形を変え、天候を変え、時空を歪ませた。
魔導兵器がCCCに取り締まられる理由。
それは、魔力の生み出す莫大なエネルギーが情報災害となり、容易に地球のありようを変えてしまうからである。
「オーストラリア大陸は、厄災の以前、大地のほとんどは乾燥した地域でした。」
輸送室にホログラムディスプレイが表示され、オーストラリアの写真がいくつも展開される。
いずれも、現実世界で三度目の世界大戦が起きる以前の写真だ。
現在のオーストラリアは、新エネルギー「ネクスト」の力で、国土の緑化が進んでいる。
日本と同じく、ネクストの恩恵を強く受けている国だ。
日本もオーストラリアも、島国であったために、戦後に燻る残り火の影響を少なくして復興を遂げた。
アリサの説明が続く。
「厄災の影響が少なかったオーストラリアの地に、人類は科学と魔法の技術を持ち込み、再起を図りました。
それが、楽園計画。
現代まで続く科術連帯の社会基盤、科学と魔法が融合した社会の軸となる様々な発見と発明がなされました。」
ゲームに限らず、創作とは現実の出来事をモチーフに展開されることが良くある。
楽園計画も、大戦後のオーストラリアの発展をモチーフにしているのかも知れない。
「しかし、楽園はある日を境に崩壊しました。その原因は、はっきりとは分かっていません。
楽園に残された遺留品を調査した結果、崩壊の原因はいくつか考えられています。
1つ目は、社会の格差問題による暴動と衰退。
当初、優秀な者のみで結成された楽園のコミュニティは、世代を追うごとに優秀な者についていけない人間を増やし、ヒエラルキーの溝が原因によって滅びたとする説。」
人類史において、人類の天敵は長らく同じ人類であった。
人類が人間を屠った数は、もはや聖書に登場する神の比では無いであろう。
例えそれが楽園であっても、この事実は変わらなかった。
そう考える説は、確かに説得力がある。
――そして、なぜセントラルにチンピラと犯罪が跋扈しているかも納得できる。
要するに、人類が存続するためには、多少の毒が不可欠、という事だろう。
犯罪者が世に跋扈する間は、善良な市民は仲間同士で結束できる。
法令遵守の下に一丸となり、正義の力で悪を裁くことができる。
楽園からの学びと、教訓だ。
楽園は、毒のリンゴを人に与えよという寓意を、自身の後を継ぐ者に残した。
知恵の実には、毒の蜜が沁み込んでいるのだ。
その毒こそが、人類を生かし続ける。
「楽園が崩壊した2つ目の原因。それは、強大な天敵の出現。
厄災時代のドラゴンのように、到底人類では対処が不可能な天敵に襲撃され滅んだという説もあります。
その根拠として、現在もオーストラリアの原生動物たちは魔力の影響で凶暴化し、オーストラリアは広大な土地と豊かな自然を残したまま、人が立ち入ることを拒む大地と化しています。
この凶暴化と、楽園崩壊の時期とほぼ重なっていることが、よりこの説の有力性を強くしています。」
人類の天敵は、長らく人類であった。
しかし、魔法がこの世界に持ち込まれてからは、その生態にも変化があった。
何万年と続いて来た人間の生態は、魔法の出現によって、たった数年で様変わりした。
次元の侵略者、ディビジョナー。
彼らは間違いなく人類の天敵であり、長らく生態系の頂点で驕り高ぶっていた人類に、狩られる側の恐怖と身の程を知らしめた。
ディビジョナーの力は未だに未知数。
そして人類は未だ、彼らの脅威と恐怖を克服するに至っていない。
楽園を滅ぼせるとしたら、人の力か、魔法の力か。
その2つに行きつくのは、自然な考えである。
「そして、楽園崩壊の3つ目の原因。――集団失踪。」
「集団失踪?」
ここに来て、予想外な原因が出てきた。
思わず、セツナがオウム返しで聞き直す。
残りの2人も、予想外の原因に、腕を組んで考え込んだり、小首を傾げていたりしている。
アリサは続ける。
「はい、3つ目の原因は集団失踪です。
楽園には、確かに人々が争ったような、戦闘の痕跡がいくつも観測されています。
しかし、楽園の内部には、不自然なほどに争いの痕跡が存在しない場所も同時に観測されています。」
同じ街にあって、戦火の火が及ばない聖域。
そんなものが存在するのだろうか?
JJがアリサに質問する。
「その争いから逃れた場所っていうのは、教会とか、子どもを匿っている場所とかだったりする?」
「いいえ、そこに一定の規則性は認められませんでした。
ただの民家であることもあれば、お店、犬小屋である場合もあります。」
「それと集団失踪が、どう繋がる?」
「これは先の2つよりも根拠に乏しいのですが、楽園は滅びたのではなく、放棄されたと考えているのが3つ目の説です。」
「‥‥‥‥?」
「つまり、楽園での闘争は、ごく小規模であった。
闘争は、楽園を滅ぼすには至らなかった。しかし、楽園の人々はその地を手放した。
そして、自分たちの存在と真実を隠ぺいするために、楽園を破壊した。」
「なるほど、分からん。」
なぜ、出ていったのか? なぜ、わざわざ破壊する必要があったのか? それが分からない。
「そうなんです。その意図の理解に苦しむことから、この説は奇妙な破壊の痕跡を説明するために、奇妙な行動の矛盾を生み出してしまっているのです。」
「それが、今回の調査で分かるかも知れない、ということか。」
「はい。その通りです。」
取り合えず行って調べるまで、本当のことは分からない。
そういうことが分かった。
ダイナが、JJに話し掛ける。
「王様、登場しなかったね。ボク、JJの考察好きだったんだけどな~。」
「まあ、当たらずも八卦さ。」
JJは、肩をすくめて返した。
何にせよ、アリサの説明によって、夢の跡地に関するバックボーンは分かった。
となれば、気になってくるのは、レイである。
今度は、セツナがアリサに質問する。
「アリサさん、レイの追跡はどうなってるの?」
「それが‥‥、有力な情報を掴めていません。
セツナさんたちの視覚カメラや聴覚レコーダー、それと周囲のカメラの記録を確認しましたが、レイと名乗った女性の姿は確認できませんでした。」
「‥‥ん!? なにそれ!? 初耳なんだけど!」
「すいません。本部との折衝もありまして‥‥、この件は大変デリケートでして。」
セツナは、顔を両手で覆う。JJとダイナは苦笑いしている。
どういう理屈かは分からないが、レイはカメラで捉えることが出来ないらしい。
つまり、アリサやディフィニラ局長は、セツナたちの妄言に付き合ってくれていたという事になる。
調査に時間を要したのも、それが原因であろう。
アリサを始め、オペレーターのみんなに感謝する3人であった。
アリサが、ブリーフィングのまとめの段階に移る。
「最後に、本任務にセツナさんたちが赴くことは、本部の耳に入るのも時間の問題であると予想しています。」
「ああ、きな臭い本部の方々ね。」
いずれぶっ飛ばすリストに入っている、本部の方々。
彼らの妨害も充分に予想ができる。
遠征調査なんて、格好のシチュエーションである。
アリサからは、無言の肯定が返ってくる。
「OK。不慮の事故に遭わないように、用心しとく。」
「はい。皆さん、くれぐれもご注意を。
以上で、ブリーフィングを終了します。
これから、私たちはトラベルポイントを通過後、エージェントのジャッカルさんが指揮する前線基地にて補給と情報共有を行い、夢の跡地へと向かいます。」
「「「了解!」」」
色々と気がかりなことはあるが、言えることはただ一つ。
全ては、そこに行けば分かる!
情報とは、足で稼ぐものなのだ。
輸送機はセントラルの街を越えて、海に飛び出す。
海の海面は落ち着いており、静かにエージェントたちを見送る。
次の冒険の舞台は、オーストラリア。
人類が再起を図り、人類が棄てた楽園での冒険が始まる。
(‥‥カンガルー、居るかなぁ~。)
冒険の香りと熱に浮足立つ心の中で、ちょっぴり、現地の動物との触れ合いを期待するセツナであった。
 




