SS5.3_コンバット・クラッシュ・コロシアム
川の街の、驚異的なメカニズム!
違法改造とチューニングを施されたランドシップを、取り締まるための戦いが始まった。
全長8m・全幅4m・全高2.5m。
巨大な地上戦艦を、生身の人間3人が挑む。
セツナとダイナが、魔法で先制する。
セツナは足に銀色の魔力を纏う。
1歩踏み込んで、身体に勢いを付けてロンダート。
側転をしつつ身体を捻るロンダートで、後ろ向きになりつつ勢いつける。
後ろ向きになった状態から、片足だけを伸ばすバク宙、フラッシュキックというムーブで更に助走。
フラッシュキックから左脚で着地。左脚が、次の技の軸足になる。
溜めた勢いを使ってそもまま跳躍。
頭を上に向けたまま、地面と45度の角度に身体を傾けながら横に2回転。
溜めた力を遠心力に変換。そこから右脚を伸ばし、遠心力で脚を上から下に蹴り下ろす。
スイングサイドキック。
キックの軌跡に三日月が顕れる。
スキル ≪シルバームーン≫ 、銀色の三日月がランドシップを狙う。
ダイナは魔法の杖を取り出し、前に掲げて魔法を発動。
「フレアボール。」
スキル ≪魔導書フレアボール≫ が発動。
スキル名を唱えると同時に、巨大な火球が顕れて、地面を焦がしながらランドシップを狙う。
セツナの、ムービングをトリガーに発動させた魔法。
ダイナの、発声をトリガーに発動させた魔法。
スキルの共鳴。2人の放った魔力の波長が同調し、強力な1つの魔法となる。
三日月が炎の高熱に包まれて、夜を照らす黄金の陽月となり、地面を一閃。
大地を唸り声で震わせる戦艦に襲い掛かる。
それを前に、ランドシップは不動の構え。
ジェネレータの音だけ轟かせるも、高さ2メートルを超えるキャタピラは微動だにしない。
たちまち、黄金の銀月が戦車を捉えた。
燃える月は戦車の装甲を斬りつけ、焦がし――、しかし跳ね返された。
魔法が反射され、魔法を放った2人の元に返って来る。
特性:反射。一定の強度以下の技を、反射して跳ね返す。
跳ね返ってくる魔法に、2人は顔だけでリアクション。
驚いた顔をしつつも、地面と水平になり、翼を広げて滑空する三日月を回避する態勢になる。
その間に、JJが割って入り込む。
火薬鎚の撃鉄を起こし、三日月に目掛けて、上段からフルスイング。
月を叩き割るように、爆炎が魔力の塊を上から押さえつけ、駄々をこねる三日月を宥めて、もう一度ランドシップの方へと跳ね返した。
反射の反射。
2度の反射によって、勢いが衰えるどころか、熱と鋭さを増した陽月が、こんどはランドシップに突き刺さり装甲に傷を負わせる。
衝撃で、キャタピラが地面を滑り、わずかに後退する。
最初の立ち合いは、エージェント側に軍配が上がった。
しかし、ランドシップが持つ、反射の特性は厄介だ。
下手な攻撃をしても、逆にこちらの首を絞めてしまう。
こういう手合いの敵は、まともな方法で戦っても無意味。
普通とは異なる立ち回りが求められる。
いわゆる、ギミックボスだ。
反射を持つボスは多くの場合、ボスの攻撃を回避できたときのアサルトゲージ回復が大きい。
ボスの攻撃を躱し、アサルトゲージを貯め、AGスキルやEXスキルなどの、反射ができない強度の攻撃でダメージを取るのが定石だ。
この手のボスは、ボス自身の攻撃も激しく、プレイヤー側も強力なスキルを連発できるため、普段よりも派手な戦いになる。
まさに、コロシアムを四方八方から囲む声援に応えるには打ってつけのボスであり、ギミックであろう。
攻守交替。
今度は、ランドシップ側が動く。
第七感が、膨れ上がる魔力を認める。
キャタピラから突き出た2つの砲門から、強風が起こり、それが顔にぶつかるような感覚を覚える。
砲撃の予兆。
砲門が動き、狙いを定め、二門同時に発砲。
砲撃の余波が、戦車の周囲の小さな砂や埃を舞い上げる。
コロシアムを覆うシールドが音で揺れ、プリズムのように光る。
3人は、砲撃をテレポートで回避。
背中を爆風が撫で、衝撃と音が腹に響いた。
ド派手な砲撃に、観客たちは盛り上がる。
ランドシップは、ジェネレータを高鳴らせる。
今まで沈黙を貫いていたキャタピラが回転し始めて、火花を散らせる。
全長8メートル、幅4メートルの巨体が、まるでスポーツカーのように加速する。
加速し、3人に迷わず突進してくる。
JJは空中に退避。
空中ですれ違いざま、火薬銃に武器を持ち換えて、射撃を行う。
天板に攻撃が命中し、弾かれることなくダメージが通った。
火薬の一撃は、反射特性を貫通する。
火薬術士とかいうネタクラスが誇る、数少ない手放しで誉めることができる強み。
残弾はこれで4発。
セツナとダイナは、横っ飛びで戦車の突進を躱し、通り過ぎていくランドシップを視線で追う。
攻撃を回避したことで、アサルトゲージが大きく回復した。
かたや、回避をされたランドシップは、我が道を行く。
前方に誰も居なくなった、サッカーコートよりも一回り大きなコロシアムを爆走する。
避けられてなおも加速し、コロシアムのストレートをひた走る。
あっという間にコートの端に到達するも、まだ加速を止めない。
観客席に突進せんばかりの戦車を、鉄の塊が目前まで迫る迫力を、観客は自分の身など気にせず熱狂している。
ランドシップが蓄えた、そのまま観客席に突っ込む勢いが、コロシアムを覆うシールドに受け止められた。
薄い透明な膜が太陽光を反射して、虹色に色彩を変える。
ランドシップとシールド、両方に強烈な衝突エネルギーが発生する。
ここで、ランドシップの特性、反射が発動。
かつて、PvPサーバーにて、JJがセンチュリオンに対して行った、逆ギレシールドバッシュと同じ原理が働く。
戦車の装甲が、自身の衝突によって引き起こされた衝撃を、攻撃されたと認識。
衝突エネルギーを、シールドに向けて反射する。
すべては、ランドシップを駆る騎士たちの想定通り。
このランドシップは、コロシアムで使うことを想定してカスタムされた車両なのだ。
いくら、ランドシップの巨体であろうとも、高性能シールドジェネレータの守りを抜くには至らない。
戦車の有する致命的な速度にシールドが反応し、彼らの前に立ち塞がり、反射の力もろとも押し返す。
シールドは抜けない――。
否、抜けなくて良い。
反射の反作用を利用し、ランドシップは高速で後退。
後ろに弾かれるように、ピンボールのように、コロシアム内を爆走する。
突っ込んだ時と同じか、それ以上の速度で後退するランドシップのキャタピラを操作。
3人のうちの1人に狙いを定め、跳ね飛ばそうとする。
ランドシップがセツナに襲い掛かり、彼はそれをフロントフリップで躱す。
戦車は減速せずに、壁に再び突っ込み、シールドから速度を貰いに行く。
シールドに跳ね返されて、3度目の突進。
今度は、ダイナとJJに狙いを定めた。
高速で後退しつつ、砲門を横に向ける。
すると、砲門から火炎放射が発生して、真横を火柱で薙ぎ払いながら高速軌道を続ける。
ダイナは回避ができたものの、反撃の構えをしていたJJが、不意打ちの火炎に巻かれて若干のダメージを負った。
戦車はまだまだ止まらない。
またまたシールドに激突して、またまた突進を――。
と、いったところで、戦車の側面を巨大な岩が殴りつけた。
車両が減速し、シールドから十分な加速を得られずに、よろよろと後退する。
よろめくの側面に、太陽を懐に抱え込んだセツナが瞬間移動で現れる。
彼は、スキル ≪グランドスマッシュ≫ で地面から抉り取った岩を、AG版のチャージスキル ≪炎撃掌≫ で殴り飛ばしていたのだ。
壁にぶつかっていくのであれば、軌道の予測はやりやすい。
戦車の大きな体には、偏差射撃だって容易だ。
「爆ぜろ!」
両手で抱えた火球を、鋼鉄の車体に捻じ込む!
ランドシップは ≪炎撃掌≫ の威力で、完全に速度が死んだ。
セツナは素早く、車両から離れる。
火薬銃を構えたJJと、杖を上空に突きつけているダイナが待機している。
「飛燕衝。」
「サンダーボルト!」
火薬銃から、3点バーストの花火が撃ち出されて、面で戦車を捉える。
残弾は残り1発。
また、天からの雷撃が戦車の天板を穿ち、キャタピラが石畳を削った。
残りのスペルは2つ。
3人は、敵からの攻撃に備える。
AGを貯める必要があるため、不用意に追撃を行うことはしない。
それを知っているのか、ランドシップも悠々と後退し、3人を正面の視覚から捉えられるように向き直る。
仕切り直して、次の立ち合い。
先に仕掛けるのは、当然ランドシップ。
車両の後方から、何やら聞き慣れない音がする。
ミサイルドローンが、ミサイルをリロードしている音に似た、ガコガコという騒音を立てる。
怪訝に思っていると、車両の後方から、大きな車輪? が転がってくる。
高さは2メートルほど。
軸と輻(スポーク)を持つ車輪は、馬車のタイヤに似ている。
木製に見えるそれは、太い一輪の体で自走し、車輪にくくりつけたロケット推進剤を頼りにコロシアムを珍走する。
この車輪はまるで――。
(((パンジャンドラムだ! これぇー!?)))
イギリス史において、いや、世界史が誇る珍兵器、パンジャンドラムがランドシップから解き放たれた。
パンジャンドラムとは、ホビン状の巨大な兵器で、1トンの火薬を積み、2輪をロケットモーターで直進させ、敵の要塞を破壊するために開発された兵器である。
無人兵器の先駆け的な存在なのだが、開発されたのは第二次世界大戦のころ。
アイデアに技術と時代がついて行けず、この兵器はイギリス軍の技術者や報道者を危険に晒す戦果のみを残し退役した。
そのインパクトのある見た目、小学生の妄想をそのままグレートサイジングしたような発想。
そして、路面の影響ですぐにヘソと進行方向を曲げる最悪な走破性。
数々の不幸という名の奇跡が重なって、ミリタリーをかじった物ならば、必ずどこかで耳にしたことがある、愛すべき珍兵器がパンジャンドラムなのだ。
そんな珍兵器でも、科学と魔法の力を得れば、珍兵器から凶悪兵器に。
時代が、英国に追いついたのだ。
全部でパンジャンドラムが、6機放たれた。
1輪型の自走無人兵器は、エージェントを自動で補足し、質量と速度でもって轢き潰そうと追いかけ回す。
1人に対して2機が付け狙い、小癪にも小回りと時間差による連携でエージェントを追い詰める。
下手に空中に逃げたり、テレポートしたり、無敵技を使ったりすれば、たちまち追撃の餌食となるだろう。
欠陥兵器のクセに、生意気である。
ダイナは、迫り来る1機のパンジャンドラムを回避。
すかさず、前方から迫っている、追撃の2機目を向かい打つ。
杖を長く握り、右半身になり、右脚を上げる。
バッター左打席に構えて――、打ったぁぁぁぁ!
杖がパンジャンドラムを捉えて、彼奴の質量と速度を物ともせずに押し返す。
打球はショート方向に流れて――、流れて――、流れるはずだったのだが‥‥。
瞬間、パンジャンドラムは勢いを取り戻して、再びダイナに襲い掛かって来た!
「うわぁ!? ダメダメダメダメ、こっち来ないでぇ~!」
身を翻し、後ろ向きに逃げようとしたところを、綺麗にパンジャンドラムに轢き潰された。
「うげっ!?」
轢き潰され、地面に平らにされたダイナ。
彼女の災難は続く。
平らになっているダイナを、もう1機のパンジャンドラムが襲い、しっかりと轢き潰してからその場を去って行った。
「うぅ‥‥、ヒドい‥‥。」
一方その頃JJは、ダイナと同じように、カウンターを試みる。
彼には、彼女には無い火薬の力がある。
「バッター、振りかぶって――。」
火薬鎚を構えて、右打席に立つ。
そんなことなんて露知らず、パンジャンドラムが、漢の直球ストレートで勝負を挑む。
タイミングを計り、左脚を前に出し、鎚を振るう。
ヘッドスピードの上昇を検知した火薬機構が撃鉄を下ろし、雷管に火をつけた。
「――打ったぁぁぁ! ピッチャー強襲ゥ!」
打球は、パンジャンドラムを解き放ったランドシップに直撃。
パンジャンドラムが爆発して火を吹き、砕けた破片が散らばった。
ピッチャー返しを受けたランドシップはというと、JJの方に超真地旋回。
キャタピラを左右別向きに操作して、その場で旋回した。
散らばったパンジャンドラムの残骸を踏み潰し、2つの砲がJJを睨む。
「ん゛ん!?」
火薬鎚を振り抜いで隙だらけのJJに、2つの砲撃が直撃した。
地に伏したJJの上を、残った1機のパンジャンドラムが通り過ぎて、しっかり平らにしていく。
「‥‥報復デットボール。」
強襲、即報復。
それが、川の街流ベースボールである。
別名、血のクリケット。
役目を終えたパンジャンドラムは、勝ち誇ったかのようにコロシアム内を走る。
ウイニングラン。
その後、テンションの上がったパンジャンドラムが、ギャラリーの方へとダイブ・モッシュ(ライブやコンサートで、演者が観客側に飛び込むこと)。
シールドジェネレータの警備をすり抜けて、観客席の方へと飛び出した。
高さ2メートル、太さ50センチはある質量兵器が、歴史と偉大な先輩にならい、観客までも巻き込もうとする。
そこに、クラス「ヘラクレス」のマッチョなお兄さんが登場。
ダイナを轢いた3輪の前に、3つの筋肉が立ち塞がる。
バックのポージングに自身のある、1番3番5番のお兄さんたちだ。
欠陥兵器に背を向けて、フロントリラックスの姿勢から、肩をすぼめて、筋肉に語り掛ける。
両方の上腕を上に挙げ、力こぶを作り、胸を張り、背中を反る。
腕と肩、それから背中をアピールするポージング。
スキル発動 ≪ダブルバイセップス≫ !
鍛えられた広背筋、僧帽筋、三角筋が、パンジャンドラムの質量を受け止める。
広い背中は、男性でもあるにも関わらず、腰回りにくびれを生み出し、逞しい色気を放っている。
さらに、筋肉による追撃。
力こぶを作るために上げている腕を解き、両手を脇腹へ。
ダブルバイセップスでは筋肉のカット、つまり筋肉のキレをアピールした。
ならば、次は筋肉の肥大、大きさや広がりをアピールするポージング。
スキル発動 ≪ラットスプレット≫ !
背中がエベレストみたいに隆起して、パンジャンドラムを押し返した。
受け止め、押し返されたパンジャンドラムは、勢いを失い、その場に転がり倒れた。
お兄さんたちは、白い歯を見せてから、サイドトライセップスのポージング。
丸太のような上腕三頭筋、ノコギリのような腹斜筋を観客にアピールする。
会場は、拍手に包まれ、筋肉に喝采が送られた。
拍手の最中、コロシアムの内部では、ダイナとJJが――。
「‥‥きゅ~。」
「‥‥くぅ~。」
2人はパンジャンドラムに良いようにやれて、撃沈。
PvPサーバーにてセンチュリオンを退けたエージェントたち。
歴史的な傑作車両との死闘を制した彼らを、センチュリオンの母であるランドシップと、人生において泥しか残さなかった失敗兵器、パンジャンドラムが追い詰める。