1.4_赤い町
「ぷぷぷ――。
セツナさん、左ハンドルです。セツナさん、ミッション車です。だってさ~~!」
マルは、声を低くして格好をつけた口調で、通信越しに聞こえたアリサの言葉を復唱する。
「いや~、格好がつきませんね~。」
「うっさいな!? 頻度の問題だよ! 左ハンドルの車に乗ることなんて少ないんだから!」
「じゃあ、ギアをニュートラルで吹かしたのは?」
「それは、単純にやらかした。」
CCC支部から車を運転し、セツナとマルは、指示のあったレッドタウンに向かう。
セントラルシティは、都市部こと煌びやかではあるものの、その所々に、無法地帯が存在する。
レッドタウンも、無法地帯の1つである。
煌びやかなセントラルを築き、今は廃れた工場群が立ち並ぶ区域である。
無法地帯の深部と、法が機能しているシティの緩衝地帯でもある。
つまり、青い街の淀んだ部分、その浅瀬にあたる箇所だ。
セツナたちの乗る車が、赤信号を受けて停止する。
信号を待つ間、セツナはキョロキョロと、車内から周囲を見渡している。
「お? やってるやってる。」
右側通行の道路の先で、前の任務で崩壊したビルの改修作業が進められている。
解体ではなく、改修である。
陸上を走行する無人機、車止めのポールのような形状をしたローバードローンが交通規制をし、そこに作業車が入っていく。
ちなみに、セツナは前回の任務からここまで、通しでゲームを遊んでいるのだが‥‥。
ゲーム内の時系列的には、現在のゲーム内時間は、前回の任務から一夜明けた日時らしい。
マルが教えてくれた。
確かに、ビルから下りて車に乗ったら、夕暮れ空が暗くなって青空になったのを、セツナも見ている。
車中泊。
もっとちなみに、崩壊したビルの支柱は、植物のような性質を持っており、接ぎ木が可能らしい。
異界の技術の産物で、植物の名を、ストーンエグドラシル。石の世界樹。
マルが教えてくれた。
もっともっとちなみに、ストーンエグドラシルは、イネ科の植物らしい。
マルが教えてくれた。
世界樹に、一気に親近感が湧いてきた。
そんな、かつての摩天楼。
そこを改修するため、作業場では汎用人型装甲機「センチュリオン」が建材を地上から折れたビルの頂上まで空を飛ぶことで運搬している。
「おお! あれPVで見たやつだ! いつか、あれに乗れるんだ!」
ハンドルから手を離して、窓に張り付くように、働くセンチュリオンを見上げる。
そうこうしているうちに、信号が青になった。
ハンドルを握り、運転を再開、クラッチを踏んでギアを――。
「痛っったい!?」
左ハンドルなのをすっかり忘れていた。
普段のクセで、左手でシフトレバーを操作しようとして、扉に指をぶつけてしまう。
「何をやっているんデスか?」
「言わないで、そっとしておいて。」
車が動き出す。
「そもそも、小型船舶のライセンスを取る時にも思ったんだけど、船舶は右ハンドルがグローバルスタンダードでしょ?」
「まあ、海の法律では、右側通行が基本デスね。」
「じゃあな~んで、海外は地上と海上でハンドルの位置を変えちゃうの?
紛らわしくない?」
「ふむ――、ワタシは日本製のAIなので、その問いには、そうかも知れませんね、と答えましょう。」
他愛の無い話しをしていると、車内の通信機を通じて、通信が入る。
通信機からは、男性の声が聞こえて来た。
「ははは――。最近注目のエージェントは、左ハンドルがお気に召さないかい。」
落ち着きがありつつも、子どものような無邪気さを内に秘めた声だ。
「おっと、名乗るのが先だったな。俺はエンジニアのブレッドだ。よろしく。」
「ブレッド。エージェントのセツナだ。よろしく。」
「お目付け役の、マル。以後お見知りおきを。」
軽く挨拶と紹介を済ませて、ブレッドは通信の本題に入る。
「ジャッカルから、あんたの話しを聞いてね、一度声を掛けとこうと思ったんだ。
あんたたちが扱う武器や乗り物は、俺たちが管理している。
リクエストがあったら、遠慮なく言ってくれ!」
ブレッドは、ずいぶんとフランクな性格なようだ。
顔も見えず、声だけのやり取りだが、人の好さが伝わってくる。
「それで、セツナ。何かご注文は?」
「ありがとう。それじゃあ、今度からハンドルは右で頼むよ。」
「了解だ! イチバン良い奴を用意しておくから、さっさと仕事を片付けて、次の仕事を楽しみにしてな!」
セツナは、ブレッドにもう一度お礼を言って、通信を切った。
そろそろ、仕事の現場が近づいてきた。
◆
車を走らせ、街の風景が変わって来た。
摩天楼が消え、信号機には黒い丸が3つ並び、道路を歩く人間の顔つきも変わる。
赤錆た廃屋と工場が立ち並び、それらは過去は栄えていたであろう、昔の栄光を現在に伝えている。
また、道行く人物、車ですれ違う人物。
皆、一様に銃を携行している。
ピストルのような自衛用の銃ではなく、両手で扱いフルオート射撃が可能なライフルを、流行ものファッショングッズのように携行している。
「レッドタウンに、入ったようだね。」
セツナは呟いて、車のナビを頼りに、初めての土地を走る。
そう時間を要せず、暗殺対象が訪れるであろう、廃工場の近くに到着した。
さすがに、車で乗り込む訳にはいかないので、気取られない場所に車を止めて、ここからは生身で移動する。
車を降りると、オペレーターから通信が入る。
「セツナさん、レッドタウンに到着したようですね。」
「うん。これから、現場に向かうとこ。」
「それなら、車のトランクを調べてください。仕事の役に立つ武器が積まれています。」
マルに車のトランクを開けてもらう。
ガチャリと、鍵が外れた音を確認して、トランクを上げた。
すると、中には、黒いアタッシュケースが入っていた。
ケースの中身は分からないが、一般的なサイズのケースにはスナイパーライフルとだけ、セツナの視界に表示された。
開錠権限がまだ付与されていないので、詳細は分からない。
――ふむ。と、セツナは少しだけ逡巡。
プランを頭で組み上げて、行動に移す。
「マル、プランBの準備を頼む。」
「かしこまりッ!」
ビシッと擬音が聞こえてきそうな、しゃんとした返事がマルから帰って来た。
セツナはマルに指示を出しながら、歩を進める。
向かう先は、大きな鉄骨の送電線。
レッドタウンの名に違わず、塗料が剥げて赤いサビが所々に入っている。
セツナは、アタッシュケースを片手に、送電線を起用に登っていく。
点検用のために用意された、太く飛び出たボルトを掴んで、ひょいひょと登る。
あっという間に、その辺の建物よりも高い場所に登る。
高所に出たことで、風を遮る建物が無くなり、前髪や服を揺らしはじめる。
途中、ボルトが折れて掴めない場所があったので、鉄骨に足を移動させつつ、迷いなく進んでいく。
そう時間をかけず、電線の点検用に用意された足場までたどり着いた。
アタッシュケースを足場に置いた際に、視界の隅に地上が映る。
高さにして、30メートルはあるだろうか?
金網の下の景色は、高所恐怖症には酷な光景だ。
廃工場の方に目をやれば、ゴロツキどもがたむろしている様が見える。
工場は、どうやら車のスクラップ場のようで、積み上げられた車の山が点々と存在している。
こちらの死角にターゲットが逃げられたら厄介だなと、セツナは思った。
一発で決めよう。
弾丸一発でケリが付けられる、とても簡単な仕事だ。
サラッと下見を終わらせて、狭い足場に腰を掛けた。
タイミングを見計らったかのように、アリサから通信が入る。
「セツナさん、ケースを開錠するための、ワンタイムパスワードを発行しました。
スマートデバイスを、ケースにかざしてください。」
言われた通りに、デバイスをケースにかざした。
カチリと音がしたので、錠前を開けて、中身を確認する。
中に入っていたのは、普通のリボルバーだった。
ケースの真ん中に銃が寝かされ、その脇に使用する弾丸が入っている。
「これが、スナイパー‥‥ライフル、デスか?」
マルが困惑した声を上げる。
「多分‥‥、こういうことじゃ無いかな?」
セツナは、緩衝材の端っこを掴んで、持ち上げた。
すると、リボルバーの下には、狙撃用のレンズを始めとしたアタッチメントの数々が並んでいた。
「おぉ! 二重底!」
「こういうの、男の子は大好きだからね~。」
ケースの前に胡坐で腰掛け、両手をスリスリと擦り合わせる。
「じゃ、組み立てますか。」
リボルバーを手に取って、分解する。
ナイフを使って、パーツを止めている金具を外していく。
外した金具は、ケースの中に。
バレルと、ハンマーを分解する。
一通り外したら、リボルバーのバレルを換装。
通常のバレルから、二重底の中にあったロングバレルに換装する。
これで、銃の精度と射程が上昇した。
分解したハンマーを取り付けて、金具を固定し直して、元に戻す。
次に、リボルバーのグリップに、ストックを装着する。
ストックの内部が空洞になっている、スケルトンストック。
それをグリップに取り付けた。
これで、銃身を肩で固定できるようになり、射撃の安定性が上昇する。
最後に、スナイパースコープをリボルバーの上部にマウントする。
本来なら、取り付けた後に微調整をしないといけないのだが、そこはゲームの世界なので問題なし。
ロングバレルに、スケルトンストック、そして高倍率のスコープ。
何の変哲も無かったリボルバーが、リボルビングスナイパーライフルへと姿を変えた。
シリンダーに弾を込め、シリンダーを閉じる。
ハンマーを少しだけ浮かして、それを回転させてみる。
シリンダーの薬室と銃口が噛み合う、小さなパーツの機構の作動音。
なんとも言えない心地よい音が、レッドタウンの上空に木霊した。
セツナは、少しだけうっとりとしてから、ストックを肩につけ、スコープを覗く。
肉眼では小さく見えたゴロツキ達が、スコープのおかげでよく見える。
酒やタバコを口にする者、銃を片手に巡回をしている者、座ってナイフを触っている者。
見る者、見る者――。
ものもの、いかにも悪党といった仕草で、廃工場に入り浸っている。
すると、そこに風格のある人物が現れる。
サビと砂塵立ち込めるレッドタウンに似合わない、スーツを着込んだ男性だ。
その人物こそが、今回の暗殺対象であると、即座に分かった。
此度のターゲット、ボルドマン・ボルディ。
風格のある人物は、見事なスキンヘッドであった。
服装もさることながら、髪型も非常に分かりやすい。
スコープでボルドマンと捉えると、アリサから通信。
「見つけましたね、彼がボルドマン。暗殺対象です。
セツナさん、仕掛けるタイミングはお任せします。」
ボルドマンは、工場内部をウロウロと動いている。
ウロウロとして、死角に入ったり、ゴロツキ達と会話して影になってしまったり、中々チャンスが訪れない。
右手の人差し指でリズムを取りつつタイミングを待っていると、ボルドマンが立ち止まる。
人差し指を止め、トリガーに運び、肺の息を出し切って呼吸を止める。
射撃体勢に入る。
照準を標的の頭に合わせ、そこから誤差の修正。
弾道の落下を加味して、少しだけ上に。
残るは、手振れとの戦い。
手振れのクセを読んで、スイートスポットに照準が収まる瞬間を狙う。
過度に力まず、生理的な揺動を肌で感じて、思考よりも速く、機を肌が感じ取った瞬間に撃つ。
そこに迷いは存在しない、してはいけない。
‥‥‥‥。
‥‥。
今ッ!!
火薬が爆発する音が響き、反動がセツナの肩を打つ。
遮る物が無い高所からの一撃は、赤い街に大きく響いた。
その音は、秒速300メートルを超える速度で空気を伝い、伝播していく。
送電線の上から、建物から建物へと。
そして――。
廃工場に射撃音が届く前に、ボルドマンは倒れた。