SS5.2_地上の戦艦と、青い血。
ある日、ファンキーヤマダからコンタクトがあった。
内容は、月に1度、川の街にて開催されるイベント、フロスコロシアムへの打診。
近ごろ、セントラルを賑わせているエージェントの実力を、大衆の前で披露して欲しいというものだった。
これは言わば挑戦状。
エージェントとCCCは、証明する必要と義務がある。
空を赤く焦がす龍の翼に影を落とす、セントラルの権威を。
ヤマダからの挑戦状は、エージェントに届き、オペレーターに報告され、局長に上申された。
局長は、コロシアムへの参加を許可。
以前あった猟犬狩りのあと、川の街関係者による犯罪件数の低下が見られた。
その効果と影響の再現性を確かめる目論見がある。
また、祭りの開催中は、祭りに参加している者は犯罪を起こさない。
毎時毎分、犯罪が発生するこの都市で、数時間に渡って犯罪が起きないのは素晴らしいことだ。
エージェントやCCCの究極的な使命とは、犯罪を取り締まることではなく、犯罪を起こさせないようにすることだ。
ならば、犯罪者の余興に付き合ってやる事も、吝かではない。
それから――、使えるものは何だって使うべきだ。
秩序や平和を維持するために、手段を選ぶ必要は無いであろう。
◆
「ヒーローとワルのエキシビションマッチ。
エージェントの相手をするラッキーボーイは、コイツ等だァ!」
ヤマダがマイクを握り、対戦相手の入場を告げる。
空に三段雷が飛び交い、空に号砲が鳴り、号砲につられてギャラリーの視線が空に行く。
号砲に当てられて観客は口をつぐんだ。
そのため、三段雷が鳴りやむと会場はウソのように静かになった。
静かになったことで、小さな音が目立つようになる。
空に向かった意識が、静寂に慣れた耳が、小さな音を拾う。
――羽音。
川の方から、複数の羽音が聞こえてくる。
大きな翼で大空を漕ぎ、こちらに向かってくる音が聞こえる。
徐々に――、徐々に――、羽音は大きく近く。
川を越え、木と石の家屋を越え、その正体を現す。
空から現れたのは、6頭のデミワイバーン。
‥‥と、彼らによって吊り上げられた、鉄の船。
デミワイバーンが、スタジアムの上空に到着するや否や、足で掴んでいるワイヤーを離し、船を投下する。
船は、音も無く空を降下し、大音声を立てて着地した。
帆の無い船は自走し、エージェント3人組の方を向く。
船の正体は、ランドシップと呼ばれた、世界最古の戦車。
第一次世界大戦において、イギリス陸軍が農業用トラクターから着想を得て、海軍が陸上戦艦として開発を推し進めたという、不可思議な経歴を持つ戦車。
それを、科学と魔法の力で近代化改修。
全長8.05m・全幅4.12m・全高2.64m。
ひし形のキャタピラが特徴。
現代の一般的な戦車とは異なり、非常に大きなキャタピラを持つ。
左右のキャタピラが、人が乗る本体部分を挟んでいるような外観で、高さ2メートルを超えるキャタピラを持っている。
キャタピラの側面には左右それぞれに砲撃用の砲門を搭載。
砲門は、キャタピラから突き出るように取り付けられており、この突き出た部分には出入口も設けられている。
巨大な陸の船が、エージェントの前に立ち塞がった。
戦車の上には、西洋甲冑を纏った3人の騎士が、仁王立ちをしている。
彼らは以前、猟犬狩りの時に、デミワイバーンを駆り戦った騎士たちである。
ヤマダが、ランドシップと騎士の登場に、口上を添える。
「青い街の猟犬に相対するは、川の街のブルーブラッド(貴族)!
リベンジに燃える、ランドシップだァァァ!!」
ブルーブラッドと呼ばれた人物は、ヤマダの不敬な態度を気にも止めない。
この街の貴族とは、要は蛮族の頭目。
強き血こそが尊く、青いのだ。
ランドシップは、ヤマダの口上に答えて、砲門から空砲を放つ。
大きな音が地を震わし、衝撃が観客の腹にずしりと響く。
迫力満点の戦車の登場に、ギャラリーは大盛り上がり。
騎士たちに、砲撃にも負けない割れんばかりの声援が送られる。
ギャラリーの勢いに、ヤマダはご満悦。
「イイねぇ! みんなのボルテージもMAX、スタジアムの中も外も大盛況!」
対する、エージェント3人組はというと――。
「あれは!? ‥‥菱餅?」
「おお。ありゃあ、100人分はあるな。」
ランドシップの存在を知らないセツナに、悪ノリするJJ。
「ランドシップだよ。」
情報を調べ、2人の前にホログラムディスプレイを表示して、ランドシップの史上におけるデータを表示するダイナ。
ダイナがくれたデータを3人で確認。
データをまじまじと読むセツナ。
その横で談笑するダイナとJJ。
「センチュリオンの次は、ランドシップだって!」
「イギリスが続くなぁ。」
JJが、十字を切るジェスチャーをする。
データを確認していると、、セツナの左腕に装備しているスマートデバイスからアラートが鳴る。
法律の規定を超える魔力量をランドシップから検知したのだ。
しかし、スマートデバイスが検知するまでもなく、3人は目の前の船がまともな代物では無いことを認識している。
拡張されたモーダルチャンネル、第七感が魔力を捉え、それを触覚に変換する。
肌全体を圧されているような圧力を覚える。
この圧迫感は、法定のそれを軽く上回っている。
この世界の戦車やヘリコプター、それからCEなどの兵器は、エンジン部分を担う魔導ジェネレータの出力が、スペックのほとんどを決定する。
魔力が生み出すエネルギーとは、E=P*mc^2。
この膨大なエネルギーを、機動力や耐久力、火力に配分することでスペックが決定するのだ。
この点において、CEは、複雑な人間の運動を模すために多くのエネルギーを食われるため、戦車やヘリなど各戦域に特化した兵器には、同じ土俵でスペック的に勝てない。
また、魔力は人間の感情に感応する性質があり、機械よりも生身の人間の方が魔力の生成と扱いに優れる。
この世界の戦いが、銃撃戦にならず近接戦闘が主体になっているのは、ヒトが魔力の扱いに長けることが影響している。
物理エネルギーの粋である銃撃よりも、魔力を乗せた拳の方が威力が高いのだ。
人間は、最も効率の良い、小型魔導ジェネレータなのである。
この世界の兵士や戦士は、この高性能ジェネレータを「クラス」という規格に当てはめることで、さらなる高出力化と効率化をさせて運用している。
一般魔導ジェネレータの規格とは、クラスを駆使する戦闘訓練を受けた人間が、充分に制圧できる出力に規定されている。
人間が持つ、天然の出力と効率性を凌駕するために、ジェネレータを大型化するのは機械の特権ではある。
が、原材料の魔石や生産コスト、それと安全面の観点から、世に出回るジェネレータには出力のリミットが設けられている。
し・か・し――。
この世に完璧な法律など存在しないのだ。
何事にも、抜け道が存在する。
セツナが、違法兵器の存在を、主催者のヤマダに一応連絡をする。
通信を繋ぎ、ヤマダに確認。
「あの‥‥、ヤマダさん。一応確認するけど、あの戦車――。」
「ああ。あれは問題ない。法的な基準を全てクリアしている。」
機先を制するように、巨大モニターの表示が変わる。
戦車のスペックを公開する映像が流れ始めた。
この街の技師や職人さんが、丹精込めて設計製造してくれたのだ、プロモーションは怠らない。
ナレーションのお姉さんが、戦車のスペックを映像と共に解説する。
「ランドシップ モデルMMM、フロスシュタッド(川の街)が誇る驚異のメカニズム!」
「「「‥‥‥‥。」」」
エージェント組は、黙ってお姉さんの解説を傾聴することにする。
「モデルMMMは、法定基準を全て満たした、ホワイトでクリーンな車両です。
車内には、湯沸かし器と冷暖房搭載。」
仁王立ちしている騎士たちは、誇らしげに深く頷く。
「魔導ジェネレータには、一般CEに用いられるハイエンドモデルを採用。
高出力であっても、長時間の安定稼働を実現しています。」
ほうほう。
「さらに、車両の至る所に、川の街で多くを製錬している霊銀を使用。
ミスリルには、魔力を生成する特性があります。」
‥‥ん?
「ミスリルが生成する魔力を汲み上げ、動力として使用することにより、MMMはジェネレータの出力以上のスペックの実現に成功しました。」
‥‥‥‥。
「法律では、ジェネレータの並列利用にも制限がなされています。
しかし、”回路”に組み込まれていない動力に対する制限は設けられていません。」
‥‥‥‥。
「回路に組み込まれていないミスリルから、魔力を汲み上げる技術。
これこそが、我がフロスシュタッドが誇る驚異のメカニズムなの――。」
「「「通るか! そんなもん!(通らないよ! そんなの!)」」」
3人は息ピッタリ、同じタイミングでナレーションのお姉さんにツッコミを入れる。
回路外の魔力を汲み上げる技術。
それは法の抜け道ではなく、法の整備がされていないだけだ。
整備がされていないだけで、合法とは限らないのだ。
インターネット黎明期の、著作権や肖像権の解釈と同じである。
現に、スマートデバイスには法律を定めるAIからの判断が送られてきており、画面には大きくバッテンが表示されている。
セツナがそれを、印籠のように掲げて見せつける。
「ほら! 罰点だ!」
巨大モニターで、バッテン印の印籠が映し出される。
これにギャラリーは反発。
「「「「Boo~~~~!!」」」」
判決を下したAIに対して即座にブーイング。
ちゃんとお行儀の悪い街らしいリアクションが返ってきた。
ブーイングをされたスマートデバイスには、「‥‥。」と吹き出しが表示される。
観客席では、ただちに署名運動が始まり、スタジアムに向けて抗議の水鉄砲を撃つ者も現れた。
飲み物や食べ物を投げるのはダメだが、水鉄砲くらいは非戦闘中はOKなのだ。
スマートデバイスが、バイブレーション機能によって震える。
手元で振動するデバイスに、違和感を覚えるセツナ。
錦の旗である印籠を下げて、画面を見る。
無機質な電子音が響いて、表示が変わる。
『――判決。死刑ッッッ!』
散々煽られた結果、立法AIは、ちゃんとご立腹らしい。
怒り過ぎて、小学生みたいな事を言い始めた。
ご立腹の様子が、モニターを通して観客の知る所となる。
これは――、売り言葉に買い言葉。
「上等だよ! 掛かって来いやッ!」
「すっこんでろ! 本の虫がよォ!」
「紙でも食ってろ! テメェ、ヤギさんかよオメェ!」
「現場を知らない素人が遮々ってんじゃねェぞ、駄呆が!」
ちゃんと行儀が良くない方々が、ちゃんと行儀の良くない言葉で返す。
‥‥誰がヤギさんだッ!
スマートデバイスが、プルプルと震えている。
効いているようだ。‥‥‥‥。
人、非難轟々をして、これ空々寂々。
火に油を注ぎ合うAIと観客を、エージェント組は冷静に眺めていた。
『エージェント。強制執行を許可します。直ちに、あのガラクタを破壊してください。』
ついには、職権乱用に走り始めるAI。
もはや、権力の分立も何もあった物ではない。
騎士たちが、仁王立ちを解き、車体の上面にあるハッチから車内に乗り込んだ。
トラッシュトークによる、挑発的なパフォーマンスで、会場全体の闘争心にも火が付いた。
やはり、親善試合なんていうのは、CCCとBBBの間には似合わない。
こういう、ピリピリした空気こそが、互いが求めているものだろう。
ヤマダはマイクを握る。
「さあ! 戦う理由はできた! 演者の用意もできた!
エキシビションの予定はプログラムを変更。
ここからは、エージェントとワル、プロによる本気の戦いをお届け!
本場の空気を、腹一杯に吸ってくれよな!
――今、戦いのゴングが鳴るZE~~!!」
ヤマダが腕を振り下ろすと、戦いの合図が高らかになった。
エージェントたちは猟犬となり、無法と違法を裁くキバとなる!




