表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
3.5章_サイドミッション

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/227

SS3.5_ゴールドラッシュ ~血の洗浄~

「ポーター2、ポーター3、ポーター5。ダウン。」

「アサルト5、ダウン。」


両陣営、簡潔に被害の情報を通信で共有する。


結果とは残酷だ。

過程は省かれ、死んだということだけが報告される。


そこに感情が入る余地は無い。


車3台で、戦車1両を破壊できれば大金星だとか。

守るもののための戦いとか、散り際のロマンとか。

道路で転がる甘いタバコのとか。


それらはノイズとして切り捨てられ、結果のみが簡潔に語られる。


それは、あまりにも合理的で、あまりにも短い。

人の最期を、人の一生を語るには、あまりにも短い。


――だがこれはゲーム。

次がある。


だから良いのだ。


死の美徳なんて、生き残った者のエゴでしか無い。


ゲームだからこそ、死は美徳として成り立つ。

現実では、死は犠牲でしかないのだから。


三度目の世界大戦は、あまりにも愚かで、あまりにもくだらない争いだった。

――人類は、その余りある代償を、今も払い続けている。


‥‥‥‥。

‥‥。


ダイナを乗せるPL車は、感慨に耽るでもなくタイヤを回し続ける。

ダイナも、いきなり味方車両が戦車に突進した時は驚いたが、すぐに気持ちを切り替えてこれからどうするかを考える。


彼らは、自分の仕事をした。

それだけだ。


なら、自分も自分の仕事をするだけだ。

この荷物を守り、ゲームに勝利する。


ダイナは、セツナとJJに通信を入れる。


「セツナ、JJ。ボクの位置が分かる?」


JJが通信に答える。


「見えてるよ。今、そっちに向かってる。」

「そっか、待ってるよ。」


JJが、覆面パトカーのドライバーを懐柔したのは、空に居る時に聞いた。

セツナも、屋上を飛び移りつつPLに向かっているのは通信で確認済み。


2人は短く言葉を交わす。

が、セツナからの返答が無い。


「セツナのことは気にするな。歩けば棒に当たる人間だが、あれでいて強い子だ。」

「うん、そうだね。」


JJは、ダイナとセツナが別れて行動することになったことは聞いている。


そして、セツナが腕の立つことも知っている。

セントラルの主人公たちが何百人と集うこの場所でも、そう簡単に倒れる人間では無いはずだ。


彼も、きっと今PLに向かっている。

2人は、そう信じることにする。


ダイナが通信を終えたところで、PL車の助手席に座る通信手――、このポーターグループをまとめるボスが新たな指示を出す。


「ポーター4、4時の戦車を相手しろ。8時の敵はこちらで相手する。」

「了解。」


縦列で後方を走るトラック車から返事が返ってくる。

トラックが指示を受け、PL車の右手側に移動する。


縦列陣形から、横列陣形に変更。

味方車両が減ったので、横列で並んでも、魔法のシールドに隠れることができる。


それに――。


「撃て!」


2両の戦車から、同時に砲撃が放たれ、それをトラックのシールドジェネレータが発生させたシールドが吸収する。


生成器の出力が上がり、稼働音が高くなるも、先ほどよりは幾分か余裕があるように見える。

まだ、耐えられそうだ。


主砲が1つ減ったため、敵の火力が落ちたのだ。

こちらは3台の車を失い、多くの手数を失ったが、敵は火力を失った。


PL車のトランクが自動で開く。

室内に風が入り、ダイナの髪がなびく。


外の光が入り、車の後ろに積んだ武装が青い日差しを浴びる。


(こちらの主砲は、まだ生きている。)


ボスは、自分のポケットからタバコを取り出し、火をつけてドライバー渡す。

ドライバーは、手を挙げて礼をして、タバコを受け取って一服。


ボスが、ダイナに話し掛ける。


「仕事を頼めるかな? お嬢さん。」

「うん、任せて。」


ダイナは車の後部に移動。

そこに備え付けられた、進行方向に対して後ろを向いている銃座に座る。


後ろの戦車を睨みつける、車内にマウントされた銃のグリップを握り、照準を覗く。


フルオート・ヘヴィグレネードランチャー(FHGL)。※

対物グレネードを連射できる、異質な銃が、戦車を狙う。


※この世界では、個人で運搬する場合に、移動力にペナルティが発生する火器を、重火器(ヘヴィ)属性としてカテゴライズしている。

 電脳世界では身体能力が向上しているため、武器重量ではなく、移動力ペナルティの制約により火器の重量を表現している。


トラック側では、アンチセンチュリオン・ヘヴィライフル(ACEHR)という、対CE機用の兵装を2丁取り出す。


重量約60kg、全長2.5m、口径20mm。

銃というよりも、砲の類であるライフルの銃口を、トラックの後アオリに乗せて、戦車を狙う。


FHGLと、ACEHR。

それぞれのトリガーが絞られ、銃口が火を吹いた。


FHGLが、連続で爆発物を戦車に叩きつける。

サイズの大きな擲弾(てきだん)(GLの弾のこと)を、正面の装甲に浴びせる。


最大2kmの遠距離狙撃ができるほどのパワーを誇るランチャーが、標的の戦車だけでなく、PL車のボディも震わせる。


ACEHRは、硬質な弾丸を戦車に叩きつけ、命中した戦車の車体を揺らす。

単発式ライフルのボルトを引くと、閉鎖されたチャンバーから20mm口径弾の薬莢が排出される。


そこに、射手の傍に控えた仲間が素早く次弾を装填。

射手がチャンバーを閉めて、照準し、射撃を繰り返す。


両陣営に、砲弾と銃弾が飛び交う。

シールド1枚を挟んで、火力の応酬を繰り返す。


生成器から煙が上がり始める。

シールドの耐久に、限界が迫っている。


戦車に火力を浴びせることで、戦車に効果的なダメージを与えつつ、砲撃の妨害をしているが、ダメージレースで押されている。


こちらの火力が低いのではない。

すでに、半端なCEであれば、スクラップにできるほどの火力を撃ち込んでいる


単純に、センチュリオンという戦車が固すぎる。


「こちら汎用ヘリ(フライヤー)、限界が近い。」


更に悪い報せが通信から入る。


味方のヘリは、今2機の攻撃ヘリの相手をしている。

そちらも、限界が近いようだ。


戦車の相手だけでも手一杯なのに、空からの攻撃が来たら――、とてもじゃないが凌げない。


勝負の天秤が、徐々に傾き始める。

秩序側の方へと、少しずつ、しかし確実に傾いていく。


‥‥‥‥。


「どけどけ! ノロマ共! ちんたらオレの前を走るんじゃねぇ!」


青い街の風を裂いて、交差点を急カーブで曲がる車両が、戦車の後ろから躍り出る。

銀行から逃走する時、ダイナたちの前に立ちふさがった、覆面パトカーのドライバーの声が響く。


ダイナの表情が明るくなる。

JJから通信。


「よっ! ()()()()()()の登場だ。」


JJが車から上半身を乗り出して、単発式のロケットランチャーを戦車の尻にぶっ放す。

正面装甲の時には有効なダメージが入らなかったが、背面からは充分に通るようだ。


戦車の主砲が旋回し、突如現れた覆面パトカーを狙う。

狙うが、主砲を回転させた頃には、もうパトカーは居ない。


そして、後ろを向いた主砲に、空からのアンブッシュ。


「こっちは、()()()()()()()()だ!」


空からセツナが降ってきて、ドローンを戦車に叩きつけた。

ドローンは粉々に砕け、しかしダメージは与えられていない。


パトカーにマジックワイヤー撃ち込み、戦車の上から離脱する。

セツナが、JJとダイナに通信を入れる。


「ごめん2人とも、ドローンにストーカーとジャミングされてた。」


セツナはダイナと分かれた後、PLにドローンを使って移動しようと考えた。

それまでは良かったのだが、そのドローンをハッキングされてしまい、今の今まで処理に手こずっていたのである。


ハッキングされ、ドローンの裏切りに遭い、どこからともなくドローン仲間の集まって来て、ドローンの大群に追いかけ回されていた。


「2人とも~。よかった~。」


安堵するダイナ。


パトカーがPL車の横に移動する。

3人集合。


別行動をしていたのは、時間的には少しの間だったが、なんだか久しぶりに会ったような錯覚を覚える。


それだけ、今日は色んなプレイヤーに出会った。


PL車に、Jボストンバックを2つ投げ入れる。

窓越し身体を出したダイナが、バッグを受け取った。


中には大量の現金と貴金属が入っている。


「1つは、タクシーの運び賃に。」

「オッケー、帳簿に付けとく。」


そのあと、ダイナはセツナのリュックサックを受け取った。

荷物が増えたことで、資金洗浄に掛かる時間が延長され、ロンダリングゲージが低下する。


仲間と合流し、戦力は増加した。

が、以前として戦局は予断を許さない。


ダイナは端的にセツナとJJに状況を話す。


「2人とも聞いて。シールドがもう持たない。あと、空からヘリが2機来る。」


思ったよりも、戦局は芳しくないらしい。

ダイナの報告を受けて、セツナとJJは少し沈黙。


短い沈黙の後、セツナが口を開く。


「空に関しては問題ない。」


ノイズ交じりの通信が味方に入る。


「こちらフライヤー、いまCEの増援が来た。敵機はそちらに行かせない!」


味方ヘリの方には、CEが増援として向かっていた。

CEは、ドローンに追いかけ回されていたセツナを助け、そのまま戦列に加わってくれたのである。


増援に駆け付けたCEのボディには、弾痕や煤が付き、フレームが歪んでいる箇所が見られる。

おそらく、別の仕事を請け負っていた帰りだったのだろう。


それでも、セツナの逃避行を手助けし、乗り掛かった舟ということでゲームに飛び入り参加してくれた。


辻ヒール(※)ならぬ、辻CEである。


※辻ヒール:見ず知らずのプレイヤーを回復する行為。辻斬りを文字ったスラング。


空の問題は解決した。

ならば、残りは2両の戦車を残すのみである。


シールドの生成器がついに火を吹き、稼働が停止する。

砲撃から守ってくれていた盾が失われてしまう。


だが、もう盾は必要ない。

ダイナが、声を張る。


「倒そう! みんなで!」

「「「オウ!」」」


彼女の一声に、そこに居る者全員が答える。

すぐさま、皆が行動に移る。


JJが、セツナに声を掛ける。


「セツナ、俺たちと一緒に来てくれ。アレをやってみよう。」

「お、いいね! 乗った! フォーメーションBB。」


そう言って、セツナは車を器用に飛び回り、トラックからバリスティックシールドを1枚拝借する。

ポーターに断りを入れると、彼らは快くバリスティックシールドをセツナに譲ってくれた。


曰く、「死ぬ前に使っとけ」らしい。

お礼を言って、シールドを貰い受ける。


魔法の力で強度を強化できるバリスティックシールド。

かつて、セツナがカーチェイスで使ったことのある物よりも高性能で、正面から受けた攻撃を反射する機能が備わっている。


それを手に取りながら、独り言のように呟く。


「やっぱり、乗り物っていうのは、乗る物じゃなくて壊す物だよね。」


自分がハンドルを握るのが苦手だからって、こういう時は人一倍イキイキしている。

その言葉を聞いて、ポーター勢の方々は、彼にロックオンした。


――素質あり。


JJは、その隙に作戦をドライバーに説明していた。

JJから聞かされた作戦は、とてもバカげた作戦だった。


「マジ! そんなことデキんの!?」

「貴方が相棒を信じるように、俺もコイツを信じているのさ。」


火薬籠手を左手に装備して、それを右人差し指で軽く叩く。


この作戦はバカげている。

だが、面白い。


ドライバーはJJの作戦、フォーメーションBBに乗ることにする。


「任せな! 目的地にはキッチリ届けてやる。」

「助かる。」


JJが窓から身を乗り出して、車の天井(ルーフ)に立つ。


彼にセツナがバリスティックシールドを投げて渡す。

JJは、それをマジックワイヤーを使いつつ回収する。


戦車の砲撃が路面を穿ち、互いの車同士の距離が離れていく。

サムズアップして、互いの幸運と健闘を祈った。


JJは、シールドを左手で構え、右腕からマジックワイヤーを車のリアに撃ち込む。

車の後ろにワイヤーで掴まり、車に牽引されるような形になった。


それを確認したドライバーは、アクセルを吹かせる。

ハンドルの奥にあるメーター類が、一気に振り上がり、車の生み出すパワーと速度に追従する。


これでも充分にノロマ共を置いていくには充分だが、今回はもっと速度が必要だ。

この作戦の成否は、圧倒的な速度から生み出される、()()に賭かっている。


切り札を切る。

ハンドルについてあるボタンのカバーを外し、赤い小さなボタンを押し込んだ。


――火散(カチリ)

高速走行する車両の中でも、しっかりと無機質な音が聞こえた。


すると、パトカーは更なる速度を得て、カーチェイスの集団から抜きん出る。

警察の皮を被ったモンスターが、鎖を引き千切ってエンジンの中で暴走を始める。


ナイトロ(亜酸化窒素)のハイパーチューニング。


亜酸化窒素をエンジンに流し込み、エンジン内部の酸素濃度を高め、窒素の冷却効果で酸素の密度を高める。

これにより、車は一時的に驚異的なパワーとスピードを得る!


暴力的な加速が、街の風を置き去りにする。


「スリーカウントで行く! いいな。」


ドライバーが、騒音けたたましい車内から、JJに通信を入れる。

返答は無いが、返答を聞くつもりもない。


「スリー、ツー、ワン――。」


ガラ空きのストレートを、モンスターが真っ直ぐに暴れる。

モンスターの頭をカチ割るように、ブレーキを踏みドリフト。


ナイトロの加速力が、遠心力を大きな物へ増幅させる。

モンスターが、巨大な怪物となって車体本体に牙を剥く。


大きく外に滑り、怪物から逃げようとする車体を、ドライバーはコントロール。

JJを目的地へと運ぶために、速度を無駄なく彼に渡すために、ハンドルをコントロールする。


タイヤが路面を切りつけて、黒い爪痕を残し、車は大きく車体を振った。


銀行で弾丸の嵐に晒されていたのが祟って、エンジンの出力が弱まる。

だが、よく今まで堪えてくれた。


「――風になりな。」


遠心力を受け取ったJJは砲弾となり、戦車の方へと放たれた。



JJが来た道を凄まじい勢いで引き返していく。

あっという間にPL車たちとすれ違い、路面を穿つ砲撃の上を通り過ぎ、戦車が目前へと迫る。


少し軌道がズレているが、修正可能な範囲内。


左手を握りしめる。

火薬籠手の内部で、撃針が雷管を叩く。


黒い煙が噴き上がり、盾を構えた拳を前へと突き出す。

――この火薬は、人を魔法に掛ける。


「ぬん!」


JJと戦車が、正面衝突した。

両者の間に、車をスクラップにできるほどの衝突エネルギーが発生する。


JJの構えた盾は、それを感知。

受けた衝突エネルギーを、戦車の方に反射する。


盾の持ち手が起こした衝撃を、自分が攻撃されたと判断し、魔法の力で衝撃を跳ね返す。


逆ギレシールドバッシュ。

理不尽な反射攻撃が、装甲を凹ませる。


筋肉と火薬の砲弾、それと殺意を滾らせるシールドに圧され、戦車のキャタピラが空回りする。

路面に火花を上げながら、車体を前に滑らせる。


盾を握る拳を、もう一度強く握り込む。


黒い煙を吐き、火薬の力が戦車を勢いを更に削いでいく。

JJはガッチリと、戦車にスクラムを組み、勢いを殺していく。


ラグビーでは、スクラムが崩壊することは許されない。

自分より体格に勝る相手にも、臆してはならない。


筋肉の砦こそが、チームの道を開くのだから。

防御こそが、崩れぬ砦こそが、最大の攻撃なのだ。


「ソードコア × グランドスマッシュ――。」


トラックから飛び降りたセツナが、ただ1人道路に立っている。

火薬の詰まった、石の棺桶を構えて。


JJのスクラムで、戦車の勢いは死んだ。

これなら、守りの薄い底面を狙える。


「BB――、パイルバンカァァァ!!」


石棺の鎚が、戦車の車体を持ち上げる。

キャタピラがリア側を残して浮き上がり、戦車の底面が進行方向に露になる。


戦車は、進路妨害をした人間を、体格と質量で弾き飛ばし――。

ひっくり返って動かなくなった。


静かに、通信が入る。


「アサルト3、ダウン。」

「ナイトロ1、ダウン。」


JJとセツナは、戦車に弾き飛ばされて、ストレートをごろごろズルズルと、制限速度を無視して転げ回る。

2人の身体が地面を擦れるたびに、受け身が取れていないことを知らせる赤いダメージエフェクトが発生する。


2人の身体は、エフェクトを道路にばら撒き、動きが止まる頃には、動ける体力が残っていなかった。


「バンディット2、バンディット3、ダウン。」


残るは、車2台と、戦車1台。

彼らに、今回のゲームの行方が託された。



ポーターのボスが指示を出す。


「500メートル先の交差点を右に、そこでケリを付ける。」


時速100kmを優に超えている車は、あっという間に右折ポイントに到達。

ハンドルを切って進路を変える。


車は、都市部の摩天楼が立ち並ぶ区域に入り込む。

高い高いビルが何本の立ち並び、逃げる車を見下ろしている。


逃走する2台の車を、戦車が追いかける。

時速100kmを超える速度で追いかけてくる戦車、数を減らしはしたが、1両だけでも充分に脅威だ。


何よりも、有効な火器が少ない。

戦史において誇った、装甲の厚さは伊達ではない。


だから、火器での突破は諦めた。


「ボクに任せて。」


ダイナが窓から身を乗り出して、ルーフの上に立つ。

転ばないように、左腕からワイヤー撃って、ルーフに突き刺す。


戦車の砲撃が車体の横を通り過ぎる。

ハンドルが反対方向に切られて、ダイナの姿勢が横に傾く。


それでも、ワイヤーのおかげで転倒には至らない。


魔法の杖を戦車に向けて構える。

火器がダメなら‥‥、魔法。


宙に、半透明な本が現れて、独りでにパラパラとめくられていく。

4つの魔導書(グリモワール)をコストとして消費する。


フレアボール

アイスランス

サンダーボルト

マジックサイクロン


4枚のカードが、本から取り出され、杖の先端に瞬間移動する。


上・左右・下。

ひし形を描くように、カード同士が線で結ばれる。


カードと線で結ばれた空間の中から、紫色の魔力が、暴走した魔力が膨れ上がり、大気が怯え始める。

魔法界からの、風の報せを知っているかのように。


魔法を唱えるダイナの横を砲弾が掠める。

服と髪が、砲弾の起こした衝撃に煽られるが、彼女は微動だにしない。


発動させる魔法は、魔導書エレメンタルブラスト。

魔法界の、秋色つく森の、地形を変えた大魔法。


魔力の圧力に耐えられず、車のルーフが凹み、ダイナの足が沈む。


魔法とは、E=P*mc^2のエネルギーを持つ力。

その本来の力は、核兵器に匹敵し、なおも青天井で出力を上げられる。


そんな力を、人類が平和的に扱えるギリギリのライン、優れた魔法使いの自滅寸前まで、魔力を上位空間から汲み上げる。


周囲の景色が、圧縮された魔力で、うっすらと歪む。

空が高くなり、それを追うようにビルも高くなった。


――今、魔力は収束した。


杖を動かし、力の進むべき方向を指差す。


「グリモワール――。エレメンタルブラストッ!!」


ダイナは、杖を自分の背中に向けて振るう。

杖を伴って、自分も身を翻して車の進行方向を向き、自分たちを見下ろす摩天楼のひとつを撃ち抜いた。


暴走した魔力が、ダイナの制御を離れて無尽蔵に駆け巡る。

魔法界の地面を抉り、森を消し飛ばし、環境を変えた一撃は、相手が変わろうとも容赦はしない。


ビルの壁を易々穿ち、衝撃で全ての窓を割り、隣のビルの窓も割り、軌道上に存在する全ての物質を魔力で溶解させながら、衰えることなく直進する。


それは、かつて龍の再演。

赤龍が摩天楼を燃やし、崩したように、ダイナもビルを穿ち崩した。


支えを失った前方にそびえるビルは、車に目掛けて倒壊してくる。


PL車を駆る運転手は、くわえたタバコを捨てる。

口の中の煙を吐き出し、本気(マジ)になる。


ルームミラーに投影されているバックモニターと、サイドミラーを睨み、敵の動きを視覚で追う。

アクセルを踏み、路面の状況を触覚で感じ取りながら、倒壊するビルに突っ込む。


ポーターにおいて唯一、死ぬことが許されないポジション。

それが、PL車のドライバー。


自分がヘマをすれば、味方全員の努力と犠牲が無駄になる。

PL車のドライバーは、チームの最後の砦なのだ。


例えるなら、サッカーのゴールキーパー。

ゴールキーパーは、中々目立たないのに、敵にゴールポストを割られた時は理不尽な誹り(そしり)を受けやすい。


貧乏くじのポーターポジションで、最低最悪の貧乏くじ。

それが、PLドライバー。


――このスリルがたまらない!

自分が終われば全てが終わるという、スリルと勝負の特等席。


この席は誰にも譲らない!


PL車が、砲撃を躱す。

右側のタイヤが浮いたが、すぐにバランスを取り戻し、倒壊するビルを通り抜けた。


PL車が一抜けした。

残るは、トラックと戦車。


問題は、速度に難があるトラックの方。

トラックと戦車が、ビルの下で闘争と逃走を繰り広げている。


戦車も退くという選択肢は無い。

ビルに道を塞がれれば、回り込んでいるうちに逃げ切られてしまう。


そうすれば、おそらく資金は洗浄され、犯罪者の手に渡るだろう。

突破を図るしかないのだ。


なりふり構わず加速する戦車に――、トラックが速度を緩めて横からぶつかってきた。

トラックは、追いつかれていたのではない、追いつかせていたのだ。


「ゲームセットだ。」


トラックの荷台が爆発し、それを覆うように、空からビルが降ってきた。

車を押し潰すほどの戦車を、ビルはいとも容易く踏み潰した。


「ポーター4、ダウン。」

「アサルト4、ダウン。」


‥‥‥‥。

‥‥。


倒壊したビルの起こした粉塵が、ダイナを後ろから押すように舞った。

空気が一気に塵っぽくなり、腕で視界を隠す。


粉塵が落ち着いて、後ろを振り向く。

そこには、横たわったビルが伸びるばかりであり、後続車はただの1台として居なかった。


孤立したPL車に通信が入る。


「こちらフライヤー。たった今、こちらは片付いた。

 そちらに急行――。待て――。」


汎用ヘリの機内にアラートが鳴り響く。

それが、通信越しに聞こえてくる。


「巡航ミサイルが接近中。落下地点をそちらに送る。落下まで27秒。」


最後の最後で、大どんでん返しが待っていた。


情報を確認すると、ダイナたちの居る地点一帯が、巡航ミサイルの爆発範囲に収まっている。

速く離脱しなければ。


着弾地点は、進行方向に対して11時の方向。

ミサイルの加害範囲は中心から約1km、全速力なら振り切れる。


しかし、あろうことか車は足を止めてしまう。

急ブレーキを踏まれ、ダイナの身体が前につんのめって、ルーフ上で転んでしまう。


なぜ、車は止まったのか?

それは、悪い報せは、続くものだから。


「巡航ミサイルを、もう1発確認した。3時の方向。」


無情で残酷な通信が入る。

複数発のミサイルで、逃走経路を潰された。


11時と3時のミサイルから逃げられる、6時の撤退経路はダイナが自分で潰してしまった。


2発のミサイルは、どうあがいても振り切れない。

最後の最後で、犯罪者に裁きの鉄槌が振り下ろされた。


――万事休す。


「お嬢さん、車の中へ。」


そう言って、ポーターの2人は車を降りる。

手には、スマートデバイスが握られている。


スマートデバイスから、電子音声が流れる。


『センチュリオン、オーバードライブ。』


PL車の前に、2機のCEが降下してくる。

車の前に立ち塞がるように降下し、ポーターはそれに乗り込む。


テレポートで、片膝をついてかしずくCEのコア(胸)に乗り込んだ。


ダイナは、ポーターに言われたまま、車に窓から乗り込む。

すると、カギがかかり、窓が勝手にしまった。


車の前に、2機のCEがパイロットを搭乗させ、立ち上がる。

CEは、パラディン型と呼ばれる、運動能力と耐久力のバランスと、拡張性に優れた機体。


2機は、左腕のシールドエクスパンションを起動。

CE全体を覆える、大きなエネルギータワーシールドが展開される。


空が赤く焦げていく。

巡航ミサイルが肉眼で確認できるまでに迫った。


空が焦げて、青が赤に塗りつぶされたと思った瞬間――、爆発と轟音が青い街の一角を焦土に変えた。


建物も、乗り物も、そこで戦う無関係なプレイヤーも。

一瞬にして、全ては灰になり、街は色を失った。



「痛ったぁ‥‥。」


車は爆風に飲まれて、数度の横転を繰り返し、乗っていたダイナを上に下に振り回した。

運転席側の窓が、空の方を見上げている。


窓を割って外に出る。






外には、灰色の世界が広がっていた。

ダイナを守るために、簡易シェルターの役割を果たしたCEは、表面が真っ白になり機能が停止している。


護衛対象の無事を確認すると、CEはボロボロと崩れ始め、空になったコックピットを晒す。

空には摩天楼がそびえ、地上には入り組んだ道路が敷き詰められていた街は更地になり、白い大地を晒している。


ミサイルの被害に遭った場所だけがぽっかりと、忘れ去れたように姿を消してしまった。


視界の端で、ロンダリングゲージが最大値まで貯まる。

車に積まれていた資金が洗浄されて、ダイナたちの物になった。


このお金はもう、綺麗なお金。

白く漂白された、綺麗なお金。


空からヘリの音が聞こえる。

通信から声が聞こえる。


「飛んだ災難だったな。」


息が詰まる思いだったダイナとは違い、ヘリのパイロットはどこか飄々としている。

こんなこと、ここじゃ日常茶飯事だと言わんばかりだ。


日常茶飯事だからこそ、ポーターたちはギリギリまでCEを隠していたのだろう。

勝負の世界では、切り札を最後に見せた方が勝つ。


ここは、セントラルの主人公たちが何百人と集まる場所。

大いなる力が集まれば、必定、戦いも大規模になる。


飛んだ災難の労いに、ダイナはちょっと疲れた笑顔。


「うん。だけど、生き残ったよ。――みんなのおかげ。」


洗浄された資金がすべて、ダイナのインベントリに収納される。


大きな額だ。

彼女の小さな両手では、とても掬い(すくい)きれないほど。


インベントリに収納された巨額の資産に少したじろぐも、すぐさま気を持ち直す。


「送ってもらえるかな? 賞金の分配したいし。」

「なら、銀行からのタクシー代だけ払うといい。他は構わないさ。」


みんなで勝ち取った戦利品を、パイロットは事も無げに手放す。

ヘリのクルーたちも、ヘリの扉を開けて、親指を上に立てている。


「‥‥。いいの?」

「ああ。みんな、金欲しさにやっている訳じゃない。

 金も、命も、この街じゃあ価値は無いのさ。」


すると、ダイナの視界に移るユーザーインターフェースに、大量のコメントとスタンプが表示される。

味方も敵も関係なく、今回のゲームを称えるものばかりだ。


グッドゲーム。そして、ゲームが終わればノーサイド。

この街のゲームは、銃声と暴力から始まり、灰と拍手で終わる。


「この街で一番価値があるもの。それは、こういうものなんじゃないかな?」


PvP、多人数 対 多人数の戦い。

その醍醐味とは、もう2度と再現ができない、1回限りのお祭り騒ぎなのだろう。


またとない祭りを求めて、プレイヤーはここに集っているのかも知れない。

今まで、M&CであまりPvPをしてこなかったダイナに取って、新鮮で貴重な経験であった。


「ふふ、ありがとう。それと、やっぱり歩いて帰るよ。」

「そうか。なら、俺たちは次のゲームを探すとする。

 ここはゲームが尽きない。空からなら、それが良く見える。」


ダイナは、灰色の背景の中から、高度を上げるヘリコプターを見送った。

ヘリコプターはどんどん小さくなり、どんどん遠くに行ってしまった。


胸いっぱいに空気を取り込んで、深呼吸。


「うん、埃っぽい。だけど――。」






だけど、美味しい。


――PvP、ゲームルール「ゴールドラッシュ」。

あなたのチームの勝利です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ