SS2.4_赤い黒薔薇
天蓋の大瀑布、遺跡に至る黒い谷。
白く深い霧に包まれたそこでは、生存競争という名の殺戮が行われていた。
マインアントの雪崩が、魔石拾いの魔物を飲み込み、彼らが身に着けている魔石を奪っていく。
魔石拾いが狡猾であっても、いや、狡猾であったからこそ、彼らはあっけなくアリの犠牲になった。
魔石の採取場へ不用心に踏み込んだ、セツナとアイを弄ぶことばかりに意識を取られ、自分が狩られるなど、思いもしなかったのである。
この魔石拾いの群れには、時を長く生きた老齢の個体が居なかったのであろう。
あるいは、それは若い個体の野心に討たれたか。
いずれにしても、山の頂の脅威について知りようが無かったのだ。
知識であれ、経験であれ、本能であれ、生存競争において無知は罪なのだ。
罪を犯したものを、自然は一切の情も無く裁いていく。
咎人に、祈る神の一柱でもあるのなら、別のことだけど‥‥。
‥‥‥‥。
‥‥。
セツナとアイは、採掘アリの狩りを目の当たりにしていた。
数で押し流し、奪い、殺していく。
濁流と雪崩は落ち着きを取り戻し、狩りの成果を咥えて引き返していく。
森の毒気にあてられた個体の何匹かはその場でひっくり返り、脚をピクピクと痙攣させている。
倒れた兵士を気にも止めず、生き残った兵士が宝石を漁り、略奪していく。
引き返すアリたちと目が合うが、襲い掛かって来ることは無かった。
冒険者たちが持つ魔石はインベントリに収められており、それにアリが干渉することはできない。
むしろ、森の毒気をたっぷりと吸った彼らは、アリにとっては百害あって一利無い。
手を出されないのであれば、互いに不干渉を貫くのみである。
2人は、霧で湿気る空気を肺に送り込んで、ため息。
緊張がふわりと緩む。
セツナは、森の方に向いた身体を、橋が架けられた山頂方面へと向ける。
アリが思い思いの帰路を歩き、巣に帰っていく。
濁流が山頂に引いていく。
ほっと一息。
安堵の心を映すように、空が明るくなってくる。
(太陽? 空が晴れた?)
立ち込める霧の上で、太陽の光が照りつける。
燃える天体の光が霧に乱反射して、一帯が光に包まれて溶けていく。
白い霧は、橙色に染められて、太陽の光を地上に縛って離さない。
霧が光を地上に閉じ込めるから、地上は山の上に燦然とする太陽に、負けないくらい輝いていく。
太陽は、霧幻の太陽を見て、自分も負けじと益々輝いていく。
太陽は輝き、その熱を大きく、その姿を大きく――、落ちて――。
太陽が、空から落ちてくる。
「マズい!!」
「いけない!」
セツナとアイは、自分の身を白い奈落の谷に投げ出した。
すかさず、マジックワイヤーを射出。
岩肌に張り付く。
間もなく、地上に太陽が落ちてくる。
落ちた太陽は、岩に覆われた地上を焦がし、そこに居た生命を燃やし尽くす。
殺戮を繰り広げていたマインアントは、膨張する太陽の犠牲となり、燃え尽き消えた。
膨れ上がった太陽が、一帯の霧を払っていく。
霧は谷に押し込められて、地上と空を明け渡した。
◆
2人は、頭上の太陽を見上げる。
辺り一帯を焦がすそれを岩に張り付きながら眺め、夕暮れを待った。
白い闇の奈落で太陽をやり過ごし、焦土の地上へと登る。
地上は、熱気で陽炎が立ち込めている。
雨の水気も、霧の湿気も、全てを焼き尽くして、曇り空の下を太陽が飛んでいる。
橋の上を、赤いフクロウが飛んでいた。
初めて遺跡の調査に来た時、橋上で冒険者に火計の不意打ちを仕掛けたフクロウである。
丸く大きな目の上には、角のように見える羽角が生えている。
フクロウの中でも、ミミズクという種に見られる特徴。
ミミズクは、森棲のフクロウと異なり、草原や砂漠などの環境に適応した種がいる。
角のような羽角に見られる外見的な特徴に、環境適応能力に秀でる生態的な特徴。
それが、ミミズク。
眼前のそれの、大きさは3メートル。
大型の魔法生物の中では小柄なサイズ。
しかし、体長は低い分類であっても、迫力は段違いだ。
フクロウとは、大きな翼を持つ鳥である。
翼を広げた翼開長は、体長の3倍にも迫る。
その翼は、幅5メートルの橋を優に覆えるほど広がっており、魔力の力でゆっくりと、されど雄々しく空に羽ばたいている。
翼をひと漕ぎする度に、火炎の粉塵が舞い、揚力を得るために漕いだ空の空気を、熱と共に地面に叩きつける。
羽ばたく羽は赤く、その者が火の魔法に長けていることをありありと主張する。
赤ミミズクは、退くつもりは無いようだ。
地上の生き残りを品定めするかのように、空から睥睨している。
その戦い、受けて立つ。
武器を構える。
アイのドレスのスリットを覆っていた薄い生地が消えて、機動性が確保される。
左手首にリストブーケという、造花をあしらった装飾品が装備された。
巨大な赤ミミズク、「六本爪の天啓」との戦いが幕を明ける。
さあ、冒険者よ。
太陽を騙る偽りの翼を、調伏するのだ。
◆
セツナとアイは、目配せで意思疎通。
手短に疎通を済ませて、谷を跨ぐ橋に駆け出す。
橋に足を踏み入れた瞬間、橋の入り口や崖を炎の壁が覆う。
逃がすつもりは無いらしい。
2人は、背中を撫でる赤い熱を気に留めることもなく、前に進む。
逃げるつもりは無いらしい。
知恵の象徴とも呼ばれるフクロウ。
彼は、自分自身の強みを知っている。
だからこそ、自分の有利な場所で戦う。
自分の強み。それは、熱量による広範囲攻撃。
それは足場の狭い所で有効だ。
太陽に近づけば、生物は死ぬ。
太陽とは、恵みの根源であり、死の根源なのだ。
翼をはためかせる。
空気が橋の上に叩きつけられて、熱風の波となって地を這う人間に迫る。
セツナたちの体力が、熱に煽られてちりちりと削られる。
セツナはダメージを嫌い、橋の路面から飛び降りる。
アーチ状になっている橋の横を、パルクールスキルのウォールランで駆け、赤ミミズクに接近。
アイは、クラス「ベルセルク」の得物である、ドラッカーハチェットという大鉈を肩に担ぎ、ハンドアクスを左手に握り、橋の上を突進。
熱風の熱源に、最短距離で近づく。
必然、皮膚を焼く熱波は、アイの体力を奪っていく。
アイの体力が減っていくにつれて、セツナの体力が回復していく。
パッシブ「光と闇のルーン」、及び、EXスキルに装備している「氷の炎のルーン」の効果。
2つ合わせて、自分の受けたダメージの20%分だけ、味方を回復させる。
そして、味方の対象には、自分自身も含まれる。
アイは、自分が負ったダメージを、自分が負ったダメージで回復しながら、熱波を突き抜ける。
赤ミミズクは、奇妙な行動に首をかしげる。
接近する奇妙な愚か者に、かぎ爪を振り下ろす。
やっぱり、この奇妙な愚か者は避けるそぶりを見せない。
アイは、肩に担いだドラッカーハチェットを下ろし、地面を擦るようにして駆ける。
スキルを発動。かぎ爪を――、顔面で受ける。
1023 - 119 + 23.8 = 927.8 / 1200.0
かぎ爪から、骨肉を捉えた感覚が伝わる。
だかしかし――。はて、気骨を折った感じが無い。
手応えはするのに、歯ごたえを感じない。
アイの右腕から、大鉈が振るわれる。
自分を踏みつけた足を跳ね飛ばし、足裏を深々と切り裂いた。
「飛燕刃。」
927.8 + 76.3 = 1004.1 / 1200.0
大鉈が、赤ミミズクの生命力を、体の外へと吹き流す。
大鉈は、その生命力を浴びて、アイの傷を癒す。
クラス「ベルセルク」。
ヴァイキングをして、狂戦士と呼ばれるそのクラスは、火力とリゲイン能力に秀でたクラス。
火力とリゲインを、ハイパーアーマーで怯みを無効にしつつ、無理やり相手に押し付ける。
敵の攻撃を正面から受けて、大鉈と斧で敵を叩き潰す。
例え傷を負い血を流そうとも、敵により多くの血を流させればよい。
誇りと復讐の戦士、それがベルセルク。
変則二刀の武器は、竜の牙と爪となり、嵐を起こす!
赤ミミズクは、アイの狂気的な攻撃に怯む。
怯んだ体に、天に伸びた2撃目がこちらを狙っている。
コイツは頭がおかしい。
生物として、大事なものが欠落している。
自傷を鑑みない化け物から、赤ミミズクは距離を取る。
翼をはためかせ、熱波を撒きつつ、橋の奥へと退いていく。
熱波で、アイの体力が削られる。
≪飛燕刃≫ をFキャンセル。
2撃目の攻撃をキャンセルして、そのまま ≪嵐と冬の剣≫ を発動。
地面を足で踏み鳴らす。
スリットからわずかに脚が覗いたかと思うと、彼女の周囲に暴風が吹き荒れる。
この技は、魔導拳士の ≪ブレイズキック≫ に似たスキル。
すなわち、攻撃技であり、移動技である。
≪嵐と冬の剣≫ をFキャンセル。
しかし、スキルをキャンセルしても、彼女を覆う暴風は収まらない。
この暴風を、脚に集約し――、解き放つ!
嵐の猛獣が、逃げた獲物に飛び掛かる。
一息で、猛禽を間合いに収めた。
赤ミミズクは、素早く火球を生成し、アイに放つ。
948.1 - 76.5 + 15.3 = 886.9 /1200.0
猛獣は、火を前にしても、やはり怯まない。
大鉈が振るわれる。
赤ミミズクは、これを飛翔して躱し、事なきを得る。
事なき得て、好機が訪れる。
ベルセルクが扱う、竜の牙たる大鉈は、人間が扱うには重すぎる。
空振って無防備になったアイに、赤ミミズクはかぎ爪を使って強襲。
猛禽類の狩猟の本能でもって、アイを肉薄する。
巨体を、急降下の速力で強化して、爪を空から振り下ろす。
――しかし、それはアイを捉えるに至らない。
大鉈に潜り込むように武器と身体を操って、爪と鉈で鍔迫り合う。
竜の牙は、人間が扱うには重すぎる。
ふむ‥‥。
断じて否である!
なぜ、ベルセルクが大鉈を得物として選んだのか?
大物長物であるならば、大剣でも大斧でも良いはずである。
その考えも否である。
竜の牙とは、大鉈の形をしてなければならない。
ドラッカーハチェットは全長1メートルを超える大型武器。
だが、本質は鉈であるため、柄の部分が剣のそれよりも長い。
つまり、柄を長く持てば、斧の一撃を。
柄を短く持てば、剣の小回りを。
大鉈は、大型武器にあって、山羊のように軽やかな敏捷を持つのだ。
アイは、赤ミミズクの強襲を認めたあと、柄を短く持ち替えて地に伏した鉈を起こし、その影に潜ったのである。
左腕で、鉈の峰を支えて、赤ミミズクの攻撃を凌ぐ。
ミミズクが片足を地に付けて、翼を漕ぐ。
熱風が起きて、アイの体力を奪う。
スキルを発動、 ≪嵐と冬の剣≫ 。
熱風を、暴風で押し返す。完全には押し返せず、熱がアイの体力を奪う。
それでも、嵐は着実に力をつけ、勢いを増していく。
数秒の鍔迫り合いが続き、熱風と暴風の主導権の奪い合いは、暴風に傾く。
空の太陽を、地上の嵐が覆っていく。
嵐に大粒の氷が混ざり、熱を掻き消し、凍結させていく。
赤ミミズクは、形勢の不利を悟ると翼を大きく振る。
飛び立って、嵐をやり過ごすつもりだ。
鍔迫り合い止め、地上から足を離し――。
瞬間、大きな地鳴りが赤ミミズクを襲う。
橋が1度大きく揺れて、脚がふらついて、翼に溜めた揚力が明後日の方へ逃げてしまう。
2度目の地鳴り、先ほどよりも大きく揺れた。
翼を大きく広げて、バランスを取る。
「――グランドスマッシュ!」
3度、今度はついに地面が裂けた。
裂けた地面から力の奔流が吹き上がり、体が意図に反して浮き上がってしまう。
地面を流れる力の前に、大きな翼は用を成さず、体が地面に叩きつけられる。
セツナが、橋の裏にマジックワイヤーで張り付いて、橋上の敵目掛けて拳を振るったのだ。
大地を震わす拳は、裏から表へと衝撃を伝えて、地に足をついた鳥を空にカチあげた。
空を飛ぶのは骨身に堪えるのだ、それが鳥であっても。
だから、無意識に楽をしたがる。
人に慣れた鳥は、驚くほど地べたを歩きたがる。
広範囲の熱波を連発したおかげで、セツナのアサルトゲージが思いのほか貯まったおかげもあり、奇襲に成功することができた。
縁の下の仕事をした彼の顔に、はらはらと砕けた石の粉が降りかかる。
そして、地鳴りの後は、嵐と冬の時代がやってくる。
「――嵐よ。」
大鉈が振り下ろされる。
≪嵐と冬の剣≫ は、嵐を溜めることで3段階まで強化されるスキル。
その、3段階目。
暴風を纏った竜の牙は、いかなる手段をもっても止められない。
空に嵐が吹き荒れて、大地を冬の寒さが凍てつかせる。
その被害は全方位に及ぶ。
大きな嵐を前に、世界はその余波で、大地は凍てつき空が裂けていく。
竜の牙が、嵐を呼んでいるのだ。
竜は、己が最も強いと、信じて疑わない。
だから、彼の存在の前では、太陽であっても平伏しなければならない。
太陽が嵐に挑むとは――、頭が高い。
曇天が空を覆えば、太陽の光は無力なのだから。
我が鱗の凍てつきこそ、我が心臓の憤怒こそ、この星なのだ。
暴風と氷の渦は、太陽から熱を奪い、それを白い谷に突き落とした。
733.1 + 161 = 894.1 /1200
太陽は落ちていく。
奈落の底へ。




