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SS2.3_魔石拾い

――魔石拾いは珍しい魔石を収集する種族。

狡猾な彼らに先制するのは、困難を極めるだろう。


セツナとアイは、大自然の洗礼を受けて死亡した。

大自然の生存競争において、知らなかったは通用しない。


ゆえに、存分に死に、存分に学び、そして存分に戦うと良い。

プレイヤーの命とは、この世界で最も価値の無い資源なのだから。



電脳の身体が砕けたあと、リスポーン地点で肉体が再構築される。

再構築中に表示される、TIPS(ティップス)(ヒント)を読み終える頃には、プレイヤーの次なる人生が始まる。


森の前、整備された道が途切れている場所に、セツナとアイはリスポーンした。

宙に魔法陣が描かれて、再構築された肉体が森から吐き出されるように姿を現す。


アイは、暗い顔で濡れた地面に着地。

セツナは――、なぜか背中から着地した。


「‥‥‥‥。」

「ぐへぇ゛!?!?」


じんわりと、衣服が地面の水を吸う。

――冷たッ!!


慌てて立ち上がり、背中とお尻をはたく。

現実ならば、ビショビショドロドロ間違いなしだが、電脳の世界ではすぐに乾く。


服とズボンを伝っていた水気が、立ち上がるとすぐに消えて無くなった。


パンパンと、服をはたいて一呼吸。


下を向いているアイの顔を、少し身を屈めて覗き込む。


「アイ、大丈夫?」


彼女は、セツナと同様に、心霊系のホラーが苦手なのである。

ゾンビはただの的としか思っていないが、オバケは全くもってダメなのである。


暗い顔がすんとして、いつものすました表情に戻る。


「ふふん。全然、たいしたこと――。た、た、た――。大した事――。」

「アイ、効いてる効いてる。ボディにガッツリ入ってるよそれ。」


ガクガクと、脚を震わせているアイ。

確かに、あの初見殺しは、性質が非常に悪い。


メインシナリオには関係ないからって、やりたい放題である。


M&Cにおいて、攻略に役立つスキルやアイテムなどは、全てメインシナリオのクリアで開放されていく。

サイドミッションや、イベントミッションでは、家具や装飾品やクレジットくらいしか手に入らない。


そのためか、サイドミッションの類いは、開発陣の趣味趣向に偏った物が数多くある。

今回は、セツナとアイのような、心霊嫌いが()()を引く羽目になった。


ビデオゲームのアクションゲームであっても、ホラー系の敵に初見殺しをされると、精神的なショックを受ける。

何の脈絡も無く現れて、何をされたか分からずに死ぬ


それをバーチャルなリアリティでは、五感を全部使って経験できるのだから、心霊嫌いには堪ったものでは無い!

‥‥堪ったものでは無いのだが、ゲーマーとは負けず嫌いな生き物。


負けたままでは終われないのだ。

例え、相手が苦手なジャンルの敵であっても。


――難儀である。


「さ、さあ、セツナ。リリリ――。ぃベンジに行きますよ!」

「‥‥‥‥。よし来た! さあ、行こう! すぐ行こう!」


アイの手首を手に取って、前に進もうとする。

ピシり――。アイがフリーズしてしまった。


(‥‥怖いなら、素直にそう言えばいいのに。)


セツナも心霊系が苦手だが、今回は冷静である。

‥‥自分以上に怖がる友人が居るおかげもあって。


助け船を出すことにする。


「あぁ――。アイ、やっぱり怖いから止めとこ? オレ、夜眠れなくなっちゃうから。」


それを聞いたアイの表情は一転、すんとした表情になる。


「何言っているんですか? ゲーマーがここで退いて良い訳ないでしょう。

 許しませんよ、セツナ。」

「コイツ‥‥ッ!!」


助け船に、泥船にて突進してくるアイ。

だのになぜ、こちらが沈まねばならんのか?


――難儀である。


「――そもそも、今日のセツナはやけに冷静ではありませんか?

 ズルいですよ! もっと怖がってください!」


抑揚の少ない声で詰め寄るアイ。

どうどうと、なだめるセツナ。


「んー。まあ、何というか、オバケの正体見たりってヤツ?」


考え込んでしまって、リスポーンの着地に失敗してしまったが、ひとつ、攻略法を思いついた。

どうどうと、なだめられていたアイだが、堰を切って顔を近づける。


「ヤツらを倒せるなら、何でも構いません。試してみましょう。」


詰め寄るアイに、のけぞるセツナ。


「もしもだけど、失敗したらどうなる?」

「私、泣いちゃいます。」


それは責任重大。

アイに、自分の考えを共有して、考え違いが無いか確認をする。


ゲーム内の設定や、倒したことのある敵の生態を確認できるテキストブックまで取り出して、覚え違いが無いかもチェックして、攻略法の虫食い穴を補強していく。


雨に濡れる死の森は、冒険者が踏み入る瞬間を、黙して待ちわびている――。



2人は、再び森に脚を踏み入れた。

さっきの人生において、自分たちが死亡した場所を通り過ぎて、森のさらに奥へと進む。


この世界において、プレイヤーが死しんでから生き返るための代償は極めて低い。

アイテムのロストも無ければ、能力の低下も無い。


チェックポイントまで戻され、何事もなくリトライができる。

デスペナルティは、無いに等しい。


プレイヤーは、膨大な失敗を経験することで、この世界で主人公となり、英雄となるのだ。


森に薄い霧が立ち込めて、立ち入った者を迷わせる。

セツナとアイは、はぐれないように縦一列になって進む。


セツナが前、アイが後ろという配置。


「‥‥あの、アイ?」

「‥‥‥‥。」

「アイさんや。」

「‥‥なんでしょう?」

「歩きにくくない? それ?」


アイは、後ろからセツナの両肩に手を乗せて黙々と歩いている。

セツナから表情は見えないが、肩に乗せられた長い指の強張り(こわばり)が伝わってくる。


攻略の糸口は得たが、それでも怖い物は怖いらしい。


「ホラーってジャンルは、理不尽だよねー。

 最も楽しめる人間は、それが苦手な人なんだから。」


自分が常々思っていることを、口にする。

両肩に、ギュッとした感触が伝わった。


「セツナ、何かお話しをしてください。」

「そうは言われてもなあ。」


気を紛らわせるために、話題を求められる。

その時――。


ピピピピピピッ!


「――――!?」


ギュウぅっと、肩が握られる。


「ん? 5分経ったね。アイ、回復アイテムを。」


2人は、回復アイテムを取り出し、使用する。

ポーションを取り出して、口に含んで服用した。


2人の体力は満タンなので、一見すると意味が無いように見える。


空になったアンプル瓶が、手の中から消えていく。

アイが、肩を握ったまま、前を歩くセツナに話し掛ける。


「アレロパシー‥‥、と言いましたか? これで、防げるのですか?」

「希望的観測も入っているけどね。少なくともオレが知る限り、この世界は理不尽だけど、ちゃんと解法は用意されている。」


今までの世界はそうだった。

そう言って、森の枝葉に覆われた空を見上げる。


枝の間から、重い空が覗いている。

それなのに、霧が雲の上の太陽光を乱反射させて、曇っているのに妙に明るい。


頭上では、ポタポタと、水と森が戯れている。


「この山の生態資料を見た時、疑問だったんだよね。

 なぜ、マインアントが近くに住んでいるのに、この森が荒れていないのか? ってね。」


マインアントは、地中の魔石を掘り起こすことで糧を得る魔物である。

石を溶かすための蟻酸は、植物には悪影響で、この石掘りたちが住み着いた山は荒れてしまう。


なのにこの森は、目と鼻の先にアリを住まわせておきながら、自然と生命を保っている。


「最初は、この森には魔石が無いから、アリたちが入って来ないと思っていたんだ。」


セツナは、インベントリからリスポーンする前に採取したストームアンバーを取り出す。

琥珀色の結晶の中に、雷が渦巻いている。


「だけど、このストームアンバーは、名前こそ琥珀だけど、分類は魔石らしいんだよね。

 不思議じゃない? 魔石が近くにあるのに、アリが森に入らないなんて。」


マインアントの生態に習うのであれば、このストームアンバーを求めて森に入って来てもおかしくは無い。

むしろ、そうであるべきだ。


しかし、森にはアリの一匹もいない。

それどころか、ここを縄張りにしている猿たちの姿も無い。


セツナたちは続ける。


「だから思ったんだよね。この森はもしかすると、強力な毒を有している死の森なんじゃないかなって。」

「それが、アレロパシーですか。」


「そういうこと。植物は、ウイルスや虫などを寄せ付けないために、揮発性の微量な毒素を持っているんだよね。

その毒素は、雨が降ると、雨水が木や葉っぱを伝って地面に流れて、地中に浸透する。」


セツナの肩に乗っけられている手から、「こくこく」という揺れが伝わる。

聞いてくれているようだ。


「――で、地中に浸透した毒素は、自分以外の植物の生育を阻害する、天然の除草剤にもなるってわけ。」


視線を左右に動かして、森の様子と木の立ち方を見る。


森に雑草は生えておらず、歩きやすい。

所々に、カズラが木の幹に巻き付いているのがせいぜいだ。


木々はまばらに点在して、大きく伸び伸びとして、それが森となっている。


雑草が生えていないのも、木々がまばらに立っているのも、アレロパシーの影響。

天然の毒素が雑草を抑え、同族が自分の近くに生えてくることさえ許してはいないのだ。


「昔の人たちは、山が荒れるとサクラが咲くって、言ってたらしいんだけど‥‥。

 科学的な知見によれば、これは順序が逆。

 毒性の強いサクラが咲くから、山が荒れちゃう。」


少々、自分ばかり話し過ぎだろうか?

一拍置いて、続けることにする。


「多分だけど、この木々のアレロパシーは、ストームアンバーが採取できる気候になると強まるんじゃないかな?」

「効率よく毒を撒くための、生存戦略だと?」


ポツリと出た、アイの的を得た発言に、なんだかセツナは嬉しくなる。

マニアックな話しにも、ちゃんとピントを合わせて相槌を打ってくれる人って、嬉しい!


「そういうこと! 動物たちもそれを知っているから、荒天が近づくと森から姿を消すんだと思う。」

「なら、先ほど私たちが麻痺したのは――。」

「森に入る前にも説明した通り、毒の蓄積によるものなんだろうね。

 少なくとも、オレは呪いの類いでは無いと思ってる。」


2人を突如襲った状態異常の麻痺。

その状況を鑑みれば、ややもすると、あの魔物たちの仕業に見える。


麻痺を負った後に、音も気配も無い魔物が現れたら、ゲーマーの先入観は呪術の類いを疑うだろう。

だが、呪術の類いであれば、麻痺を負った時に何かしらのエフェクトが発生するはずである。


黒い(もや)が身体を包むとか、呪いの瞳に凝視されているような警告が表示されるとか。


しかし、その類の演出は先ほど見られなかった。

ならば、マスクなデータで、森の生み出した毒が蓄積して、一定値を超えたことで麻痺が発現した。


セツナは、そう考えたのだ。


ここで、ポーションのクールタイムが終了する。

最後に使ってから、3分が経過した。


タクティカルベルトに自動で充填されたポーションを取り出す。


「森の毒を解毒するための解法。ポーションを使うっていうのは、正解だったみたいだね。」

「確かに、もうけっこう時間が経ちますが、麻痺にはなっていませんね。」


力尽きた前よりも遥かに長く、森に滞在できている。

もうじき、森を抜けて、黒い岩が広がる山に出るだろう。


「いや~、残念だよ。怖がるアイを見れなくなるのは。」

「‥‥くっ、覚えていなさいよ。負けたまま終わりはしませんからね。」


幽霊の正体みたり枯れ尾花。


心霊現象の肝は、得体が知れないところにある。

タネと仕掛けが分かれば、恐怖心は薄まる。


ゾンビパニックだって、ゾンビ化の理由や原因が分からない時が、一番怖いのだ。

そして、タネと仕掛けが分かれば、今度は恐怖の薄まった人類同士でのバトルロワイアルが始まる。


アイも平静を取り戻しつつあり、お互いに軽口を叩けるレベルにはメンタルが回復していた。

素晴らしきかな雑談の力。素晴らしきかな知識の力。


自分の知識が役に立つと、なんだか嬉しい。

成功体験が学習意欲になり、次の知識への呼び水となる。






――そうやって、安堵した時こそが、ホラー物では一番怖いのである。


視界の隅を、とんがり帽子と外套が横切った。


瞬間、胸への一突きを思い出し、緩んでいた精神が緊張で引き締まる。


アイは、すくみ上ってしまっている。

緩んだ緊張を糸を、急に引っ張ったものだから、張り裂けんばかりだ。


セツナの首が、少し後ろに下がった。


「セ、セツナ‥‥。」

「落ち着いて。このまま森を抜けよう。」


アイに見えるようにポーションを持ち上げて、軽く振る。

ポーションを飲み、身体の毒を中和する。


2人が前に進むたび、魔物の数は増えていく。

1匹、また1匹と、集まり隠れながら、2人の隙を伺っている。


「‥‥‥‥。」

「‥‥‥‥。」


2人は無言のまま、進み続ける。

あのショッキングな死亡の仕方を、繰り返したくは無い。


山頂が近づくにつれ、霧が一気に濃くなってきた。

5メートル先も見えないだろうか?


視界に表示されるガイドを頼りに森を歩く。


魔物たちは、霧の中に溶けて、彼らの背中を視線で刺していく。

霧の中からの視線に、針の筵にされてしまう。


心臓が緊張で膨れて、割けてしまいそうだ‥‥。


もし、自分の予想が外れていたら。

そう、イヤなイメージが頭をよぎる。


結局、最後は神頼みになってしまった。


緊張の面持ち、緊張の足取り。

2人は、何事も無く森を抜けることができた。


深い霧が、深い谷から吹き上がり、森に白い暗闇を供給している。


そして――。


サクッ、サクッ、サクッ、サクッ――。


森を抜けると、隠れていた獣人の魔物は隠密を止め、霧の中から姿を現した。

振り返り、敵の数を確認する。


10――、20――、足音はもっとあるように聞こえる。


セツナは、アイの手を取る。


「アイ、いこう。」

「――――。」


早歩きにて足を進めて、マインアントが築いた、谷を結ぶ橋状のアリ塚に差し掛か――。


「「――――ッ!」」


身体が動かなくなった。

状態異常、麻痺。


無情にも、2人はまた死の森の毒に侵されたのである。


動けなくなった2人に、魔物が近づく。

ぽたぽたと、帽子や外套から雨水が滴り落ちている。


――パリッ。


首には、魔石の装飾品がキラキラと、白い闇の中で瞬く。


――パリパリッ。


アイは黙ったまま、セツナの背中を見つめる。

彼が何を考えているのか、アイからは分からない。


けど、その背中はなぜだか、笑っているように見えた。


‥‥‥‥。


「気付かないかい? 魔石拾いさん。

 キミたちの体は相当、匂っているよ。」


――パリパリッ。

――パリパリッ。


――ザァァァァ。


石が割れるような音がして、霧が吹き上げる谷に、大雨の音が響いた。

ザーザーと、滝が打つような音が霧の中から聞こえてくる。


アリ塚の方から、深い霧を掻き分けて、大量のアリが軍団を率いて突撃する。


アリの群れは、セツナとアイを器用に潜り抜けて素通りしていく。

黒い濁流に、2人は隔離される形となった。


身体から麻痺が抜けて、自由が戻る。

濁流が流れる方へと、外套を羽織る魔物が居た方へと視線を向ける。


そこには、数の暴力を、更なる数の暴力で押し流す、弱肉強食の光景が広がっていた。


マインアントが、魔石拾いの匂いにつられて巣からで出てきたのだ。


宝の山を前にすれば、人も、獣も、虫も、皆同じ。

多少の危険など顧みず、大口を開ける死の森へと踏み入っていく。


マインアントは、魔石拾いが集めた石を奪い、殺し、飲み込んでいった。


セツナとアイは、魔物同士の生存競争を、濁流の中で見ていることしかできなかった。

雨粒に打たれ、身体から香る芳醇な死の香りが、2人を死から遠ざけて守っていた。

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