SS2.2_死と憂鬱
大雨が降り、天蓋の大瀑布の森は、姿を変えた。
期間限定のイベントとして、大雨時のマップが解放されている。
そこにあるはずの無かった沢が流れ、鮮やかな紅葉は光沢を失い、重い雲の下では艶消しをされた陶器のようだ。
目に刺さるほどの明るさが、落ち着きを得て、はからっている。
濡れた落ち葉の絨毯の上を、セツナとアイは歩いて行く。
かつて、マッドモンキーと戦った森が目的地点。
そこでやるべきことは2つ。
1つ目は、ストームアンバーという魔石を採取すること。
何でも、嵐の力が結晶化した、貴重な魔石らしい。
2つ目は、天候の変化した森の調査。
報告によれば、大雨が降り始めてから、森の生き物が姿を消したらしい。
調査隊は、この異変を察知して現在撤退している。
この原因を究明することが、2つ目の目的となっている。
2人は、森に向かうため、ここに初めて来た時から整備されていた道を歩いて行く。
濡れた地面は、晴天時よりも柔らかい。
しかし、ぬかるむほどでもない。
ただし、降り積もった落ち葉や木の根が滑りやすくなっているので、そこは注意したいところだ。
注意すべきは、そんな風に変化した環境くらいで、報告にあった通り、敵性生物の気配はまるで無い。
動物は眠り、森は雨音を奏でて騒いでいる。
敵に遭わないから、必然的に雑談の量が増えてくる。
「しっかし、採取任務とはね。まるでファンタジーのゲームだ。」
道の端をちろちろと流れる沢の際を歩きながら、セツナが呟く。
「セントラルだけが舞台の時は、採取なんてありませんでしたからね。」
セツナの呟きに、アイが答える。
確かに、コンクリートで塗り固められた街では、採取なんて任務は存在しなかった。
天蓋の大瀑布という、異界のロケーションにアクセスできるようになったことで、任務の種類に幅が出てきた。
採取・環境調査・危険生物の討伐。
これらのセントラルでは受けようも無かった任務も、今後は増えていくだろう。
やるべきことが増えるのは、良いことだ。
‥‥それが、自分の好みに合わなくとも。
セツナは、両手を頭の後ろで組んで、道を歩く。
そんな彼を、チラリと見て。
「セツナは、採取任務やクエスト、あまり好きじゃありませんよね?」
「採取はね~、どうにも作業感が強くてね~‥‥。
そういうアイは、けっこう採取が好きだよね?」
「ええ、手と脚を動かせば終わりますからね。
ちょっと、戦いの気分じゃないな~、でもゲームはしたいな~って時に、捗ります。」
両手を胸の前でギュッと握るアイ。
こういうのは、性格が出てくる。
「でも、お使いクエストはいけません。終わりが見えませんから。」
「それには同感。」
お使いクエストとは、読んで字のごとく、あっちに行ったりコッチに行ったり、クエスト主の御用聞きに走り回るクエストのこと。
採取クエストは、規定数の採取をすれば終わるというゴールが分かりやすい。
しかし、お使いに関しては、何回もたらい回しにされるし、いつ終わるのか分かりにくいので、けっこう精神力が持っていかれる。
与えられたタスクを処理して、終わる目途がついてきた時に、タスクが追加されたらどうだろう?
仕事が増えて喜ぶ、殊勝な人間は居ない。
それが例え、労働が娯楽と呼ばれる時代であっても。
娯楽であっても、娯楽であるからこそ、他の予定を圧迫するようなことは許せないのである。
そのような話しをしていると、セツナの頭にある考えが浮かぶ。
視線が上を向くセツナに、アイが近づいて彼の顔を覗く。
「――もしかしてだけど、雨の日の採取ってシチュエーションは、プレイヤーに対する気遣い?」
セツナの予想に、アイは不敵に笑う。
「ふっふっふっ――。気づいてしまいましたか。
景色が変われば、同じマップでも新鮮な気持ちで採取ができますからね。」
採取任務が退屈である理由。
それは、代わり映えのしない、見慣れたマップを今さら歩き回されるところにある。
代わり映えしない地形、代わり映えしない敵。
その中を散策したって、今さら思うところは無い。
アクション好きのプレイヤーは、そういう傾向が強い。
だが、今回のように、ロケーションの雰囲気が変わっていたらどうであろう。
現実世界だって、時間や天候、季節が変われば同じ場所でも雰囲気が変わる。
特に、自然環境はその違いが顕著で、慣れた里山でも雰囲気が変わると、道が分からなくなってしまうことも珍しくない。
セツナは今一度、周囲を見渡す。
曇寄り湿っとりとした空、薄っすら霧が折り重なって、迷子になった山の山頂。
ちろちろと遊ぶ沢の音に、ぐしぐしと靴を掴んでくる地面。
確かに、雰囲気が変われば、気持ちも変わる。
知っている場所なのに、まるでそこには無いようだ。
「うん。こういうシチュエーションでの採取なら、良いかも。」
採取だから、様相を変えた景色を楽しむことにも注力できる。
思わぬ発見である。
セツナの好評を受けて、アイは両手でピースを作る。
「ちなみにこれ、私のアイデアです。」
チョキチョキと、さり気なくアピールしてくる。
「いや~、さすが私。有能過ぎて困っちゃいますね。」
「自分で言っちゃった!? いま、素直にスゴイって言おうとしてたのに!?」
「セツナからのスゴイも、随時受け付けてますよ。」
チョキチョキしながら、身体をセツナの方に寄せていく。
「さあ、褒めてください。いますぐ、褒めてください。」
「やめいやめい! 分かったから! スゴイって思い知ったから!」
「ならば良いでしょう。」
チョキチョキを止めて、今度はインベントリから、何やら取り出して手に持つ。
「セツナには、 ”アイちゃんコスプレ写真集 in M&C” を購入する権利をあげましょう。」
――ぐしゃり。
沢の、ぬかるみに足が入ってしまった。
スニーカーが、くるぶしの下くらいまで埋まってしまう。
濡れることは無いので、気にすることも無く足を引っこ抜いて歩を進める。
セツナの方に身体を向けて、アイが販促をする。
写真集のロケ地は、電脳の世界。
バーチャルなリアルのおかげで、コスプレの難易度と敷居は、大きく下がった。
「今回は、新しい試みとして、ヒロインピンチ集も収録してみました。」
「‥‥‥‥。」
「悪の組織に捕まってしまったシチュエーション。遺跡のボスに敗北したシチュエーション。」
「‥‥‥‥。」
「有識者の協力を得て、収録しました!」
「‥‥‥‥。」
ぐしゃぐしゃと、ぬかるみが酷くなって来た。
沢の近くを歩くのを諦めて、道の真ん中の方へと戻っていく。
アイがリアクションを待っているので、とりあえず口を開くことにする。
「‥‥収録は楽しかった?」
「ええ、とっても!」
「そう。なら良かった。」
「‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥。」
――ガシッ!
セツナの両肩が強く握られる。
「買うって! 買うって言いなさい!」
「あぁ~、あぁ~! 揺らさないで! 揺さぶらないでってヴぁ!」
アイは、セツナの肩を掴んでブンブンと前後に揺さぶる。
それに対して、セツナは口で抵抗する。
「そもそも! 友人のコスプレ集を買うって、どうなの!?」
「私は気にしません! 私のような美人には、愛嬌を振りまく義務があるんですッ!」
友人を振り回しながら持論を語るアイは、自己愛が強めな黒髪の女性。
取り出した持論を展開して、まくし立てる。
「バーチャルライバーだって、知り合いのボイス集や、楽曲を購入しています。
だからセーフです。合法です。」
「それはビジネスだからでしょ! オレたちの関係には当てはまらないでしょ!」
「もう! ああ言えばこう言う!」
「もう! こう言えばああ言う!」
――わかってない。わかってません。
――分かってる、分かってる。
――わかってません!
――分かってる!
議論と攻防は、平行線に終わった。
‥‥平行線で終わらせるために、話題を逸らす。
「そう言えば、有識者の協力を得たとか言ったけど、それって誰?」
露骨な話題逸らしではあるが、アイもそれに乗ることにする。
「開発のスタッフさんです。」
「ふ~ん。‥‥ヒロインピンチに明るいスタッフとは?」
しばし、脳内で逡巡。
過去の記憶のフィルムから、映像を抜粋。
「この、雨の森とかもそうだけど、マジックシリーズって、けっこうこだわりが強いところあるよね?」
M&Cに限った話しでは無いが、シグレソフトのゲームは、妙なところで妙な設定にこだわっている部分が随所に見られる。
例えば、魔物の生態。
マインアントと、ジャイアントマンティスの共存関係であったり、マッドウータンが葉巻を吸ったりアルコールを嗜んだり。
動物好きが聞くと、ニヤリとできそうなネタが仕込まれている。
他には、火薬術士クラスが握っている火薬武器。
彼のギミックにも、妙なネタが仕込まれている。
火薬鎚の、柄のエンド部分を捻ると、撃鉄が持ち上がるギミック。
火薬刀の、残弾が空になった状態でレバーコッキングをすると、シリンダーがイジェクトされるギミック。
火薬籠手の、拳を強く握ると、内部の撃鉄が装填された弾の雷管を叩くギミック。
ただ、火薬の爆発力を利用する武器というだけでなく、「火薬で動く武器」としてのギミックが搭載されている。
マジックシリーズは本当に、妙なところにこだわりが強い。
そして、セツナは思い出す。
自分の無惨な最期の数々を。
膝下くらいの浅い沼地で、底なし沼に脚を取られて溺死した過去。
スチームパンク風のロボットが放出した、超高熱の蒸気を吸って、肺が火傷して炎症し、徐々に気道が塞がっていき窒息した過去。
体力ゲージがじわじわと減ったあと、みるみる加速度的に減少量が増えていく過去。
「‥‥スタッフさんに、死亡集おじさんでも居るの?」
セツナの問いに、アイは人差し指で「ちっちっちっ」とジェスチャーをする。
「セツナ、セツナ。お兄さん、あるいはお姉さんです。」
否定では無く、訂正ということは、本当に居るらしい。
「ここだけの話し‥‥と言う訳でもありませんが、開発者の知らないボスとかも居るらしいですよ?」
「開発者の知らないボスって何!?」
「マッドウータンと、遺跡のボスだった ”カゥ・ツアの黙馬" は、開発者の知らないボスらしいですよ?」
詳しくは、週刊エージェントを読んでください。
ということらしい。
とりあえず、シグレソフトが自由な社風というのは、伝わってきた。
セツナは知る由も無いが、シグレソフトは元々、研究畑の組織から分派した企業である。
なので、研究者肌の人間と気風が集まりやすい傾向にある。
そのため、「必要と実用」を重んじるビジネスシンキングでは無く、「自由と没頭」なサイエンスマインドで組織が動いている。
よって、妙なこだわりと、妙な無関心が寄り集まった、妙なゲームが完成するのである。
全ては、科学者特有の「只々、何となくそうなっているは、気持ち悪い」という感性から生まれている。
アイが、セツナに質問をする。
「黙馬の――、騎兵の拘束攻撃を受けてみましたか?」
「受けてみたってなによ!? 受けては無いけど、見たことはある。」
一緒に冒険したダイナが、不幸にも拘束攻撃の餌食になってしまった。
後から知ったのだが、あれはいわゆる「経験者殺し」の技で、抵抗すれば抵抗するほどドツボにハマる攻撃だったらしい。
危うく、ダイナはドツボのフルコースを受ける寸前だったという訳だ。
「あの攻撃、こう――。グッときませんか?」
「‥‥アイ?」
「騎兵の握力で身体を握りつぶされながらも、強い意志と瞳で騎兵を睨みつけて、抵抗するんです。」
「‥‥あの、アイさん?」
「ですが、触手に飲み込まれ、触手の圧力で咀嚼されちゃうんです。」
「‥‥‥‥。」
「知っていますか? タコの触手は、全部筋肉で出来ているんですよ?」
「‥‥‥‥。」
「圧力と筋肉で圧し潰されて、ボロボロになった姿で吐き出されるヒロイン。
強い意志の宿った瞳は、濁りきって虚空を眺めて焦点が合わない。
そして――、騎兵の振りかざされた拳が地面に叩きつけられて――。
あんなに美しく気高かったヒロインが、誰とも分からない遺跡の染みに変えられてしまう‥‥。
自分がなぜそうなったのかを、濁った瞳では知ることができず、肉体を失えば考えることも叶わず。
ああ! なんて可哀そうな私――! しくしく――。」
‥‥‥‥。
芝居がかった大仰な言い回しと身振りをした後、こっそりと懐から写真集を取り出す。
「しくしく――。チラッ。しくしく――。チラッ。」
「‥‥撮影、楽しかったんだね。」
「ええ、悲劇のヒロインっていうのも、味わいがありますね。」
――アイちゃん、可愛いので、どんな役でも様になります。
――溜め息。
そんなことをしていたら、整備された道が途絶え、目的地の森に到着した。
◆
森の中に入り、ストームアンバーと呼ばれる魔石を採取していく。
アンバー、日本語で琥珀。
その名の通り、森に立っている木に、たまに生成されている。
握り拳よりも少し大きいくらいの魔石で、琥珀の中に雷の力が渦巻いている。
魔石とは、魔力が何らかの影響で物質化したものらしいが、木の幹に生成されることもあるらしい。
(石、というよりも――。キノコだね、これ。)
幹に生成された魔石に指の力を加えると、根元から綺麗に採れる。
収穫したそれをインベントリにしまって、次の魔石を探す。
――ズルリ!
濡れた木の根に滑ってしまった。
根上がりして、地表に露出した木の根が滑り、あわや転びそうになってしまう。
先人たちが、「慣れた山でも気を抜くな」と言っていたのが良く分かる。
薄っすらとした霧のせいで、普段よりも視界が悪いし、足回りも劣悪。
滑って転んで怪我をしたら、現実ならば大事だ。
里山でも視界が悪いと、いつも目印にしている木や地形に気付かずに遭難してしまうことがあるらしいから、大変だ。
その苦労と恐ろしさが、電脳世界で少しだけ実感できた。
黙々と作業を――、この2人がするはずも無く、手と脚と一緒に口を動かす。
「セツナは、何かグッと感じた敵は居ないんですか?」
まだ、アイはその話しを続けたいらしい。
「私だけカミングアウトするのは、不公平だと思いませんか?」
「‥‥キミが独りで芝居を始めたんでしょ?」
アイを無視して、ストームアンバーをむしり取る。
むしり取って、次の木をあたる。
ここには、無い。
――じーっ。
次の木をあたる。
ここにも、なさそうだ。
――じーっ。
‥‥‥‥。
ガックシと、頭を垂らす。
擬音語を声に出して、こちらを直視してくる赤い瞳に、答えることにする。
「‥‥マッドモンキーって、チンパンジーの魔物だよね?」
「(こくこく)」
「チンパンジーって、見た目に反して凶暴で残虐な性格なんだよね。」
「(うんうん)」
「だから、もし戦闘不能になったら、腕とか脚の骨を折られて、木の槍を何本もお腹に刺されて、その辺に磔にされるかも。」
「‥‥‥‥。」
「あと、マインアントはアリだから、負けたら肉団子にされて、幼虫や女王アリのエサにされちゃうかも。」
「‥‥‥‥。」
2人の間に、妙な沈黙が流れる。
霧の森に、ポツリと木霊する声は――。
「‥‥ドン引きです。」
アイの冷たい声だった。
セツナから遠ざかるように、自分の身体を両手で抱きしめている。
「コイツ‥‥ッ!!」
拳に青筋を浮かべるセツナを尻目に、アイがストームアンバーを採取した。
チロリンと音が鳴って、2人合わせて指定された数を採取し終わった。
アイが、セツナに向かって片手でピースして、おすましスマイル。
セツナは、アイに対しての拳をしまって、お怒りスマイル。
採取は終わった、残りは調査だ。
森の異変を調べる必要がある。
アイに声を掛ける。
「よし、アイ。それじゃあ残りの調査を――。」
彼女に近づこうとした途端、大きな風が吹いた。
森に立ち込めた霧を払って、視界を遮る白い薄膜を山の上から下へと洗い流していく。
風は吹き降ろし、霧を払ったけれども、山頂に滞留していた濃い霧を運んで来て、返って霧が濃くなってしまう。
辺りを、10メートル先も見えないほどの、濃霧が覆った。
瞬間、身体に異変が起こる。
――身体が動かない。
アイもセツナと同じ状況のようで、歩き出そうとして、金縛りにあっているようだ。
2人向かい合った状態で動けずに居る。
視界の隅に、状態異常のアイコンが表示される。
(――麻痺!?)
状態異常、麻痺。
身体が硬直して、動かなくなる状態異常。
何が原因かは分からないが、麻痺を受けてしまったらしい。
麻痺のアイコンの横に、回復にかかる時間が表示される。
表示は60秒。相当長い。
「セ、セツナ‥‥。」
震える声で、アイがセツナの名前を呼ぶ。
その視線は、彼の後ろの方に向いており、怯えているように見える。
「う、後ろに‥‥。」
後ろと言われても、麻痺に罹かっているので、振り向くことができない。
だが、アイの狼狽を見るに、魔物が居るのだろう。
――足音もしなければ、気配すらしないが。
ということは、アイもセツナも苦手な、心霊系の魔物ということになる。
苦手なのだが、姿も気配もしないからか、変に冷静だ。
しかし――、その姿が見えたら、彼も冷静ではいられない。
「――!? アイ! キミの後ろにも!」
霧の中から、獣の姿をした魔物が現れる。
とんがり帽子に、外套のマントを羽織っているため、顔が見えず特徴も掴めない。
ひとつ確かなのは、この魔物も、ストームアンバーを求めてここに来たという事。
首に、加工したストームアンバーの大きな飾り物を巻きつけている。
また、水を弾いている帽子と外套の境目から、人のそれでない黒い鼻と、体毛が生えているのが確認できた。
魔物は、音も無く地面を滑るように、2人に近づく。
魔物が近づき、アイの真後ろに立つ。
それの息が、アイにの首筋にかかる。
「ひぃ‥‥!?」
掠れるような悲鳴が喉から漏れる。
そして、背中に硬質な、尖った感触が、着ているドレスの向こうから伝わってくる。
コツン――、コツン――。と。
それは、アイの心臓の場所を探しているようだ。
ガクガクと身体が震える。
動かない身体を無理やり動かそうとして、麻痺で硬直している筋肉が痙攣している。
コツン――、コツン――。
震えが――、震えが止まらな――。
「こんなの‥‥、そんな‥‥。」
コツン――、コツン――。
――グシュリ。
「――――!?!?」
アイの心臓を、大きな刃が貫いた。
脚が宙に浮き、魔物の膂力に吊るされる。
アイの胸から、赤黒い花が咲き、地面に種を滴らせる。
「あぁ‥‥ッ! ぐっ‥‥!!」
胸から生えた刃を引き抜こうと、右手で鋼の茎を握り込む。
しかし、それも敵わず、手の皮膚から赤い生命力が流れたところで力尽きてしまう。
状態異常、ゴア(心臓)。
心臓を欠損したプレイヤーは、即死する。
「‥‥‥‥。」
物言わぬ、動かぬ花となったアイから、凶器が引き抜かれる。
骸となった彼女は、足をつき、膝をつき、力無く、美しい顔を泥に埋めた。
生けた花は、枯れれば捨て、土に還るのみ。
「‥‥‥‥。」
アイの身体が砕けて、粒子となって消える。
あっけなく、いともあっけなく、死亡してしまった。
「アイッ!」
セツナが声を荒げる、だけども、身体はちっとも動かない。
――グシュリ。
セツナも胸を貫かれ、アイと同じ末路を辿る。
膝を着き、顔を地面に埋めた。
身体が砕けて、粒子に還っていく。
その僅かな時間で、土から顔を持ち上げる。
自分を屠った、魔物の顔を見上げる。
「‥‥その顔、覚えたからな。今だけは、勝ちを譲ってやる‥‥ッ。」
身体が青い結晶となって、粉々に砕けて消えていく。
2人は霧の森に吸いこまれるように、赤い生命力と、青い身体は消滅した。
自然とは美しく、残酷である。
その色彩が、表情を変えた時にこそ、最も警戒すべきなのだ。
恵みの自然とは、他者の死によって成り立っているのだから――。




