SS2.1_雨の森
セントラルシティ、青い街。
そこには、決してエージェントたちの戦いには必要のない施設が数多く存在し、また立ち寄ることが可能である。
大きなショーウインドーのアパレルショップ。
苦みの少ない、浅煎りのコーヒーが楽しめる喫茶店。
ダーツやビリヤード、カードゲームを楽しめる遊技場。
これらは立ち寄らなくても、エージェントの使命を全うするだけならば、何の問題も無い。
しかし、ここは人が暮らす街、セントラルなのだ。
だからこそ、この世界の主人公たるプレイヤーが利用しなくとも、様々な施設が用意されている。
プレイヤーが見えないところでも、この世界の住民は自分の生活を送っている。
善良な市民も、ワルな悪党も、プレイヤーの仲間たちだって同じだ。
それぞれが、思い思いに施設を利用し、生活をしている。
この街は戦場でもあるが、同じく、暮らしの場所でもあるのだ。
もちろん、興味があるのならば、プレイヤーだってそこに立ち寄っても構わない。
◆
「それにしても――。なんで、待ち合わせ場所がゲームセンター?」
「わかってない。セツナはわかってません。
ゲームセンターの雰囲気って、なんだかワクワクしませんか?
‥‥あっ、そのバーストは読んでます。」
――Slash。
セントラルの一角で、ひっそりと営業しているゲームセンター。
ちょっと怖いお兄さんたちが、たむろしているゲームセンターで、セツナとアイは筐体を挟んでゲームに興じながら会話をしている。
棒状のレバーを倒す音と、ボタンの打鍵音が、ゲーム音に負けないくらい忙しなく聞こえる。
Duel2――。Let's rock!
「どうですか、セツナ? 同じビデオゲームでも環境が変われば、新鮮に感じるでしょう?」
「それは確かに。‥‥後ろで、強面の腕組みお兄さんたちに見られてる環境は、中々新鮮だね。
――あっ、ごめん、コンボルート間違えた。いま、リーサルあった。」
一緒に遊ぼうとアイを誘ったセツナ。
すると、アイはこのゲームセンターを待ち合わせ場所に指定してきた。
筐体を挟んで向かい側に座っているアイ。
黒いドレス姿で筐体前に座る彼女は、この景色の中ではかなりの異色を放っている。
――Slash。
「どうしたんですか? こっちを見て。」
「――なんでもない。」
Duel3――。Let's rock!
「本当のことを言うとですね。これは、プロモーションと調査なんです。」
「ん? どゆこと?」
「実はですね。集計しているデータによると、低いんですよ、ゲームセンターの利用率。」
「ああ~。言われてみれば、これまで使ったこと無かったな。」
「プレイヤーの皆さん、アパレルショップとかはたくさん利用してくれているんですけど――。
ゲームセンターの方は‥‥。」
「閑古鳥が鳴いてるわけだ。」
「ガランって鳴いてます。開発陣はガラガラになるまで泣いてます。」
「‥‥そう。」
――Slash。
セツナは、がっくしと頭を落とした。
アイは、筐体の横から顔を出して、両手を頬っぺにピース。
2人とも筐体の前から立ち上がる。
「セツナは、どう思いますか? ゲームセンターの利用率が低い理由について。」
「んん~、あえてセントラルでする必要性を感じないかな~。」
現実世界での、ゲームセンターの需要はある。
また、ビデオゲームの需要もある。
VRゲームは超長時間のプレイに向かない。
なので、VRゲームに疲れたらビデオゲームを遊ぶというプレイサイクルが、広く確立されている。
そして、VRゲームの中でビデオゲームを遊ぶというメリットも存在する。
VR世界でのアクションにつかれた時の休息になるし、何より長時間座っていても電脳の身体は疲れない。
このことだけを見ると、エージェントの業務に疲れたら、ゲームセンターに立ち寄って休息をするというのは、プレイヤーの動線として理に適っているように見える。
しかし、現実問題として、M&Cの開発元に勤めるアイからすると、ゲームセンターの利用率は芳しくないらしい。
アイは広報担当だが、施設が利用されないのでは、開発陣が浮かばれない。
アイが、UFOキャッチャーの前で立ち止まる。
100クレジット硬貨を虚空から取り出して、筐体に投下する。
アームが動き、筐体の中の巨大クマさん人形を狙う。
アームを見つめつつ、アイがセツナに話し掛ける。
「ふむ――、セントラルでする必要性を感じない。その心は?」
「疲れたら、そのままログアウトしちゃう。」
アームが、巨大クマさん人形をわずかに動かして、元の位置に帰ってきた。
「むむむ‥‥。」と唸るアイ。選手交代して、セツナが硬貨を投下する。
「逆に聞くけど、アイは任務で疲れたら、何してるの?」
「そのままログアウトしちゃいます。」
クマさん人形が、横に倒れた。
パタリと、セツナも肩を落とす。
「答え、出てるじゃん。」
「サンプル数と、生の声も大切ですよ?」
アイが、硬貨を入れる。
「せっかく用意したのに、利用されていないと、開発者さんがメソメソしちゃいます。」
「そうは言ってもな~。」
クマさんが、落とし口に少し近づく。
セツナが、硬貨を入れる。
「どうすれば、利用者が増えると思いますか? どうなれば、利用してくれますか?」
「‥‥例えばだけど、過去のプロゲーマーをAIで再現するとかできる?」
コトン。柔らかくて重さのある音が、筐体の下で聞こえた。
筐体下の受け取り口を開けて、アイにクマさん人形を渡す。
アイは受け取り、クマさんを後ろから抱きかかえる。
「――! ありがとう。良いアイデアかも知れません。」
抱きかかかえたクマさんの手を取って、セツナに向かって手を振る。
セツナは、周囲をキョロキョロする。
少し怖いお兄さんが、さっきまでセツナたちが座っていた筐体で遊んでいる。
お兄さんは負けたのか、筐体に拳を振り下ろして、向かい側の相手に灰皿を投げつけた。
「親から聞きかじった話しだけど、レトロ時代のゲームセンターって、けっこう殺伐としてたらしいよ。」
「なるほど、治安の悪いセントラルの雰囲気にはピッタリですね。」
お兄さんたちは、格闘ゲームでは無く、リアルファイトを始めた。
セツナの両親もゲーマーで、特に2000年代前後のレトロ時代と呼ばれている時期のゲームを遊ぶことを趣味としている。
彼もその影響でレトロゲームを少々遊んでいる。
右腰にリボルバーを装備しているのは、自分と同じ名前のキャラクターに影響されたから。
「ゲームが競技となった、黎明の時代を生きた戦士たちを再現する。ロマンがあるじゃん?」
「ふむふむ。この混沌としたゲームセンターに、ひっそりと佇む歴戦の戦士‥‥、良いですね。」
アイが、セツナにクマさんを渡す。
それから、両手で長方形を作って、リアルファイトをするお兄さんを撮る。
撮って、絵になる風景のイメージを膨らませる。
その横でセツナは、クマさんの手を取って、「やれやれ~!」とリアルファイトを煽る。
ひと段落したところで、クマさんをアイに返した。
「ふふ――。いい絵が撮れました。」
「それは良かった。」
セツナの提案が、お気に召したらしい。
「これは、ゲームセンターが賑やかになりますよ。
完全な本人の再現は難しいですが。」
「それでも、過去の偉人と戦えるっていうのは、ゲーマー心に刺さると思うよ?」
アイがおもむろに、片手でピースをする。
「勝利した暁には、景品として、アイちゃんのコスプレ写真集をプレゼントです。」
「それは、やめといた方が良いと思う。」
――わかってない。わかってません。
――分かってる、分かってる。
――わかってません。
――分かってる、分かってる。
‥‥‥‥。
‥‥。
「では、そろそろ冒険に出掛けましょう!」
「了解!」
他愛のない会話のあと、2人は冒険に出掛けるのであった。
期間限定のイベントを遊ぶために、一行は天蓋の大瀑布へ。
◆
天蓋の大瀑布。
空から大きな滝が降り注ぎ、紅と黄色に染まる森林が広がる緩やかな山岳地帯。
山の頂上は、黒い谷と岩山となっており、黙する歴史を語る遺跡が鎮座している。
異界のゲートを超えて、セツナたちは魔法の大地に立つ。
ゲート周辺は、初めて来た時よりも整備されており、簡易的な拠点になっていた。
科学界から物資を送り、効率的に調査ができる環境が整っている。
調査隊が利用する、テントや機材が設置されている。
しかし、現在、調査は一時中断。
調査隊は設備をそのままに、科学界に撤退している。
セツナとアイは、空を見上げる。
秋を思わせる陽気は、重い雲に隠れてしまっている。
落ち葉の積もった地面は濡れて、拠点の近くから、水の流れる音が聞こえる。
遺跡の調査に来た時は、水の音なんてしていない。
2人は顔を見合わせる。
ヒールの無い靴に履き替えて、目線がちょっと低くなった赤い瞳と、目が合う。
拠点の外に出て、チラリと横の森を覗いてみる。
そこには――、秋空の頃には無かった、見えなかった沢が広がっていた。
森の木一枚踏み込めば、紅葉を水滴が叩く音が木霊する。
「おお! 川ができてる!」
「涸れ沢、というらしいです。」
状況を見るに、この森に大雨が降ったのだろうと予想ができる。
現在の天候は曇り、空模様は小康状態。
どんより雲が重く広がって、空気は少し肌寒い。動くには丁度いい気温でもある。
今日の森は、サラサラポタポタ、水と遊びたい気分。
紅葉が敷かれた、なだらかな斜面の少し窪んだところを、透明な水が流れている。
沢は浅く、また広い。
葉っぱの船を漕ぎ出せば、石の小島に近づいたり、倒木のトンネルを潜ったり。
旅する船を、小さな滝に招いてみたり、薄い霧が撫でてイタズラをしてみたりして――。
森が、いつもは見せない表情を、冒険者たちに見せている。
そこに無かったはずの、しとしと流れる川に、セツナとアイは目を奪われていた。
これが自然の力というのだろうか?
天気が変わるだけで、これほどまでに景色が変わろうとは‥‥。
秋空の時に感じた、悠久の穏やかな雰囲気はそこには無い。
今は、精霊でも住んでいそうな、秘境めいた装いに衣替えがなされている。
鮮やかな紅葉が与える印象が、いつもとは変わっている。
なぜだろう、紅葉よりも、色の無い流水に心を奪われる。
沢の水が流れているのに、まるで時が止まっているかのような錯覚を覚える。
時が止まっているのに、森が生きているという、確かな生命力を感じる。
なるほど、これを見れば、先人たちが自然に畏怖と敬意を持っていたのが実感できる。
自然がたまに見せるこの表情には、心を動かされざる得ない。
2人はしばし、今だけそこにある沢の前で、ただただ時間を忘れて立ち尽くしていた。
――日本人とは、諸行無常を美とする民族だ。
久遠無窮の永遠よりも、一瞬の刹那こそ美しい。
天の大瀑布に、大地の枯山水。
饒舌な感性は沈黙を語り、雨が魅せる一時の現に恍惚としていた。




