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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
3章_異世界からの招待状

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3.13_理外を臨む乙女

「――すまないが、助手席に座るなら、シートベルトを頼む。」


トンネルを抜けると、無人だった助手席に、白いワンピースを着た女性が座っていた。

一瞬、見た目で少女だと思ったが、どうにも雰囲気が少女のそれでは無い。


儚い、彫刻のような容姿は、少女のあどけないそれでは無い。

居住まいは、森の中にあるひっそりとした泉のようで、静ん(しん)としている。


女性は、JJに言われるまま、シートベルトに手を伸ばし、締める。

シートベルトを締めたタイミングで、JJが会話を切り出す。


「まずは、自己紹介をしよう。俺はJJ。貴女の名前は?」

「‥‥レイ。みんなは、私をそう呼んでいるわ。」


ポツリと、鈴を転がす声でレイが答える。

自己紹介は終わった、次は、レイが質問をする番。


「‥‥猟犬狩りは、楽しんでもらえた?」


川の街での一件を思い出す。

どうやらこの女性は、あのゲームの首謀者と関係があるらしい。


「ああ、最高のゲームだったよ。オチを含めてね。」

「そう‥‥、なによりだわ。」


山から海が見える景色の上を、車は2人を連れて運ぶ。


「レイ。あんたは何者だ?」

「‥‥あなたたちの敵ではないわ。味方でもないけど。」


「ボルドマンについて、何か知っているな?」

「彼は私の友人。そして、私の子ども。愛しく愚かな我が子。」


レイの言葉に思案を巡らせる。


友人であり子どもである。

そう、レイは言った。


子ども、というのは比喩か何かだろう。


「おいおい。神様みたいなことを言うんだな。それか聖女様だ。」

「‥‥そう。だけど、本当のことだもの。」


抑揚の無い、感情の機微さえ感じない。

だが、心が無いようには思えない。


レイは、淡々と会話をしている。


「あなたには、私が何に見える?」

「そうだな‥‥、銀髪が綺麗な美人さんとか、かな?」

「――そう。」


自分から聞いたのに、抑揚が無いせいで、まるで他人事。

‥‥これは、ドライブの()()()相方になりそうだ。


「ところで、車は好きか?」

「‥‥良く分からないわ。私の世界には、無かった物だから。」


――今、しれっと、とんでもないことを言った気がする。

ハンドルを握ったまま、レイの方を見てしまう。


「レイ、もしかしてキミは――。」

「その予想は当たりよ、JJ。私は、あなたたちが魔法界と呼んでいる場所から来た。」


なんてこったい。

気ままにドライブしていたら、ドデカい発見に直面してしまった。


犬が棒に当たるどころの話しではない。


「‥‥私に興味があるみたいね。いいわ、少しお話ししましょう。

 車の旅は、それが醍醐味。なのでしょう?」



港の町、クルーザーの2階デッキ、オープンバーに来客が訪れる。


「いらっしゃい、席は空いているから、好きな席に座っちゃって。」


ダイナは、顔を下に向けて、氷を割りながら来客へ応対する。

銀髪灰瞳の女性が、カウンターの真ん中の席に座った。


軽く自己紹介をした後、ダイナはレイをもてなすためのドリンクを作り始める。


小さな氷の板を、アイスナイフで割って四角い氷を作る。

ナイフで割った方が、ヒビが入らずにキレイな氷になる。


氷を作って、氷入れのアイスペールにしまう。


手を動かすダイナに、レイが話しかける。


「‥‥あなたたちは、龍を追っているのでしょう? あの赤い龍を。」

「そうだよ。――もしかして、耳よりの情報を教えてくれたり?」


冷蔵庫からオレンジを取り出し、2つに切る。

このオレンジは、日本で生まれたオレンジ。


早生(わせ)ミカンと、アメリカのオレンジを掛け合わせたハーフ。


日本品種の母と呼んで相違ないオレンジに包丁を立てると、皮の油分が弾けて酸っぱい香りが広がり、次に果肉のジューシーな香りが広がる。


鮮やかな果皮の中から、オレンジ色の太陽が咲く。

レイの眉が、華やかな香りにあてられて、ピクリと僅かに動いた。


「‥‥龍を追っているのなら、この世界の、楽園と呼ばれた場所に向かいなさい。

 まあ、今は楽園の跡地だけども。」


切ったオレンジを、手で絞るタイプのジューサーにかける。

果肉と果汁が、ジューサーに蓄えられる。


「そこに、あなたたちが知りたいことがあるはずよ。」


オレンジを2つ絞って、果汁をカクテルを作るためのシェイカーに入れる。

氷を入れて、蓋をする。


「でも、気を付けなさい。そこは、2つの世界が交わる場所。

 魔法がこの世界を侵食した場所。」


カロカロとシェイカーが音を立てる。


オレンジジュースに空気を含ませることで、口当たりを柔らかくする。

果汁の酸味を抑え、甘味をまろやかになる。


「楽園は暴かれて久しいのだけれど、今のあなたなら、終わった夢の話しを聞いてくれるでしょう。」


シェイカーの中身を、氷の入ったグラスに移す。

最後にミントを乗せて、ストローを刺してレイの前に提供した。


レイがグラスに手を伸ばし、ジュースが陶器のように白い喉を通っていく。


機械で圧搾されておらず、果皮の濁りも、水などの混ぜ物も無いジュース。

それは、フルボディのワインを思わせる、重く濃厚な甘さが広がる。


「‥‥そこは、夢の跡地と呼ばれる場所。今はもう、捨てられた楽園。」


ダイナのスマートデバイスが、操作もしていないのに、強制的に出現する。

画面が起動しホログラムが形成され、地球の地図が表示される。


十中八九、レイの仕業なのだが、彼女は歯牙にもかけないで、振る舞われたジュースを堪能している。


立体で表示された地球儀が回転し、そして、ある地点を赤い点が指し示す。

話しの流れからすると、そこが夢の跡地。


ダイナが口を開く。


「そこには、何があるの?」

「‥‥それを調べるのが、エージェント。なのでしょう?」


無表情のレイに、ダイナはニコッと笑顔で返す。

とりあえず行ってみろと、そういう事らしい。


あい分かった。

それを示すためのスマイル。


「‥‥用心をしなさい。絶滅の原因は、人間の愚かな欲望。どこの世界も。

 侵略者は、全てのきっかけに過ぎない。」


ダイナは、聞きたいこともが山ほどあるが飲み込み、レイの話しに耳を傾ける。


「‥‥気を付けなさい。青いオルギンが、二度目の絶滅をもたらさぬように。」


オルギン。

ケルト神話の言葉で、殺戮を意味する言葉。


青いオルギン、何かの記号? 暗示? 兵器という線も――。


考え込むダイナ。

レイは、ジュースを飲み干して、席から立ち上がる。


「‥‥ごちそうさま。美味しかったわ。」


また、会いましょう。

そう言って、レイは消えて居なくなった。


まるで、夢でも見ていたかのよう。

レイの存在なんて、最初から無かったのように、船の上は静かになった。


――ただただ、空になったグラスに残った氷だけが、太陽の熱で小さく溶けていく。



海から舞台は変わって、こちらは山の道。


「ああ‥‥、つまり、話しをまとめると、レイは魔法界の住民で、この世界に迫る危機を助けるために来たってことか?」

「‥‥助けるのでは無いわ。私はただ、助言するだけ。可能性を見た者に、道を示すだけ。」


海へのドライブ、道中の雑談は静かに、けれども盛大に盛り上がった。

盛り上がり過ぎて、正直、頭の中で整理がついていない。


運転中に、そんな大切な話しをしないで欲しい。

かと言って、自動運転に頼るのは、なんだか違う気がする。


――ままならない。


「レイの言葉を信じるなら、俺はお眼鏡に適った?」

「‥‥‥‥。」

「よし分かった。その沈黙は、肯定の沈黙だな。」


なんとなく、無表情な彼女の、感情の機微が分かるようになってきた。

無口で無表情だが、纏う気配はかなり饒舌で、お喋りな性質なようだ。


「‥‥乙女を不躾に探るのは、失礼では無いかしら。」


バレていたらしい。


「すまない、それは悪かった。」


素直に謝罪する。


車は軽快に走り、トンネルに入った。

このトンネルは短く、この車のスピードなら、すぐに抜けるだろう。


窓の外を、レイが見る。


「そろそろ、お別れね。」

「そうなのか? 何なら、もう少し乗って行っても構わないぞ。」

「遠慮しておくわ。‥‥ドライブ? と言ったかしら。楽しかったわ。」


トンネルを抜ける。

車に太陽光が降り注いだ瞬間には、レイの姿は車に無かった。


シートベルトがカチャリと外れて、スルスルと巻き取られて収納される。


JJは、肘掛けに片手を置いて体重を預ける。

肘をついた手で、口元をなぞる。


――これは、面白くなってきやがった。



海から山へ、山から空へ。


セツナも、JJとダイナと同じく、レイとの邂逅を果たしていた。


「‥‥お話しは、これでお終いよ。」


話した内容は、JJとダイナたちとだいたい同じ。


「‥‥お喋りできて、楽しかったわ。また会いましょう。

 ‥‥外の世界から来た、理外者よ。」


「――!? レイ、キミは――。」

「ごきげんよう、ナハトシャッハ(理外者)。」


ビルの屋上に大きな風が吹き、顔を腕で覆う。

風が止む頃には、レイの姿はすでに無かった。


セツナは空を見上げる。

今日も変わらず、青い空を、白い雲がゆっくりと歩いている。


理外者、セツナたちプレイヤーの正体を、レイは知っている。

彼女の正体は? またまた、分からないことが増えていく。


‥‥‥‥。


だが、目指すべき場所は分かった。

3人の心は、ひとつになる。


(((目指すは、夢の跡地!)))


レイと名乗る女性からの招待状。


彼女は、理外者に道を示す。

理外者は導かれ、捨てられた楽園へと旅立つ。


科学が魔法に浸食された土地にある、この世界の秘密を求めて!


――第3章、異世界からの招待状、完。

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