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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
3章_異世界からの招待状

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3.12_冒険の成果。

天蓋の大瀑布を舞台にした冒険から数日後。


セントラルの青い空の下で、エージェントたちは、今日も思い思いに時間を過ごす。

――たまには戦いを忘れて、この街の景色に溶け込んで、ゆっくりと過ごすのも悪くない。


セツナは、都市部(センター)にある、赤龍によって破壊された改修中のビルに居た。

建物の建材として使われている石の世界樹を接ぎ木して、改修の工事が進み、元の高さを取り戻しつつある。


その、いま一番高い場所、青い屋根が広がる屋上に寝転がり、屋根を伝う白い雲を眺めている。


今日はビルの改修工事もお休み。

なのでエージェント権限で入らせてもらって、英気を養っている。


落下防止の柵も無い、安全性を無視した屋上の端っこで寝転がり、ぼーっとする。


安全策が講じられていないのは、人間が作業をしないから。

危険な場所の作業は、機械が受け持つので、作業区画の安全管理水準はけっこう緩い。


地上の銃声が、いつもよりも小さく聞こえる。


‥‥‥‥。

‥‥。


JJは、川の街を車でドライブしていた。

ド派手なオレンジ色をしたスポーツカーで、街に敷かれたレンガの道をタイヤで切りつけて、街の外に出る。


川の街にある、緩やかな丘陵が寝そべる山道のルートへハンドルを切る。

海に面した港の町に繋がる、山道へと車を向かわせて、山の曲がりくねった道を楽しむ。


港の町に行くルートは様々あるが、山道が一番の遠回りだ。

だが、ドライブするなら、最高の道だ。


道の敷かれている山は、日本では中々見ることができない、草原が広がる山になっている。


日本は高温多湿、そして土壌が肥沃であるがために、山は森となり藪になりやすい。

ゆえに、山師のような者が山に入り、管理をしなければ、人の住む領域が森や藪に飲まれてしまう。


かつて、日本の人口減少が叫ばれた時代には、害獣の被害と同じく、藪の拡大に悩まされた地域もあったそうだ。


だが、川の街の山は違う。

西洋は、日本よりも少雨で、また土壌も痩せていた。


西洋はパンが主食と思われがちだが、西洋の歴史で最も食されていた食べ物は、家畜の肉であった。

理由は、土地が瘦せていて、作物が充分に育たなかったから。


よって、人間の食用に向かない雑草を飼料に家畜を育て、育てた家畜の肉を生きるための糧としていたのだ。


畜産は、農耕よりも面積当たりの収量が低い。

しかも、日本のように高温多湿でないから、家畜のフンや人糞を使った土壌改良もできない。


だが、畑にクローバーを植え、それを飼料にしつつ土壌改良をする技術は知られていたようだ。

これは、畑がすぐに雑草まみれとなる日本では出来ない技術だ。


痩せた土地で、肥えた家畜を育てるためには、その方法とは?


結局、その方法とは、広大な土地を所有するほか無かった。

そうは言っても、知っての通り、土地と言うのは有限な資源であり、土壌や家畜のように肥やすことができない。


そのため、自分たちが飢えぬために土地を巡る争いが起き、それが西洋史を戦争の歴史にしたのだと、JJは考えている。


また、中世ヨーロッパでは、昔の日本では不浄とされていた、家畜の屠殺人の社会的地位が高かったりと、食の違いが文化の価値観に反映されていて、実に面白い。


そして、パンを主食にできるようになると、西洋でも屠殺人の忌避する価値観が生まれるのも、面白い。


――ロマンがある。

ゲーマーの陳腐な表現になるが、ロマンがある。


青々とした背の高い草葉が萌ゆる山の草原を、1人そんなことを思いながら車を走らせる。


現実世界では、もう技術の保存と趣味以外の役割を持たない、ガソリンで動く車。

水で走る車や、新エネルギーで走る車が主流となり、自動運転が当たり前の時代において、自分でハンドルを握って車を操る。


それは、サーキットにでも出かけなければ、ゲームの世界くらいでしか出来ない体験。


アクセルを踏むと、エンジンが吹き上がり、デジタル式のインターフェイスが一寸のラグもなく振れ動く。

ドライバーの意思を、シームレスに実現するハイエンドな車には、やはりデジタル式のメーターが良い。


この、駆動系のクイックレスポンスには、アナログの針ではついて来れない。


車の中枢たるエンジンが奏でる音は、エンジン音と呼ぶのでは無くって、サウンドと表現するに相応しい。

この音は、楽器を扱うメーカーがチューニングを手掛けており、車内にはエンジンの奏でる音色が心地よく響く。


マフラーには、自動車部品メーカーの粋が結集されており、3つの排気口が、エンジンの回転数に応じて閉じたり開いたりすることで、エンジン音を調整している。


暴走族や街のチンピラが施す改造のような、マフラーを外してエンジンの振動や燃料の爆発音を垂れ流すような下品な音とは一線を画する。


競技用の高馬力なエンジンを、マフラーの妙によって美しくチューニングしている。


まさに、この車は燃料で動く楽器。

管楽器と称しても良い。


エンジン音が、打楽器であるティンパニーの質感を思わせ、重厚で厚みがありつつも軽やかな音色を奏でる。


打楽器を弾く(はじく)音の上を、タイヤが切りつけて、ボディが風を裂く。

ティンパニーの伴奏の上を、風が吹くトランペットの音色が、高らかに駆け抜けていく。


車の窓を開けると、緑の香りに、潮の香りが混ざって来た。

目の前の大きな岩をくりぬいて造ったトンネルを抜ければ、じきに港の町が見えてくるだろう。


‥‥なぜ、緩やかな丘陵であるのに、迂回せずにトンネルを掘ったのか?

トンネルがあった方が、ドライブに変化が生まれるからである。


合理性ばかり求めては、リアルであってもリアリティは生まれない。

リアリティとは、エンターテインメントなのだから。


ド派手なスポーツカーは、潮風を追いかけて大きな岩穴の中へ、オレンジ色の電灯で照らされるトンネルへと滑って行く。


‥‥‥‥。

‥‥。


ダイナは、港の町に構えたセーフハウスでくつろいでいた。


港の町にある桟橋に停泊させている中型のクルーザー。

それが、彼女の拠点である。


最大で30人ほどが乗船できる船で、2階デッキがあるのが特徴。

彼女はここを簡易バーに改装し、酒やグラスなどの調度品を揃えている。


屋根付きの、オープンデッキ。

魔法の壁が張れるので、日頃の保守や荒天時でも安心。


カウンターの奥に立ち、足元の冷凍庫から、プレートアイスを取り出す。

扉を開けると、冷えた空気が足元を冷やして、曇りひとつない氷の板を手に取る。


取り出したら、アイスピックを右手に持つ。


右手を使えるように練習。

日頃の地味な練習が、いざという時に自分を助けてくれる。


お箸は使えるまでに1ヵ月かかった。

それから数年経っても、魚を綺麗に食べられない。

牛丼や卵かけご飯も、何気に天敵だ。


この、お箸の練習だけでは満足できない。


冷えた氷にアイスピックを刺していく。

曇りない板にヒビが入り、サクサクと小気味よい音を立てる。


大雑把にヒビを入れ、()()()を付けたところで、大きな亀裂に深くアイスピックを刺す。


ガコン、と音を立て、氷がまな板の上に落ちた。

繰り返して、氷の板を、氷の塊に砕いていく。


砕き終わったら、氷は1つだけ残して、氷入れへ入れる。

アイスペールという、氷を長持ちさせる入れ物へしまった。


まな板の上に、氷が1つ。

右手に専用のアイスナイフを持ち、氷の整形。


さすがに野菜を切るようにはいかないので、切るというよりも削る感覚で形を整えていく。

硬い物を切るために刃の背中部分が厚くなっているナイフで、氷を削りカットしていく。


目指す形は、ダイヤモンドアイスという、ダイヤの形を模したカット。


非利き手での作業は、小手先だけでの作業になりやすい。

その点、硬い物を切る作業は、自然と全身を使うようになるので都合が良い。


熟練のプロであれば身体を小さく動かし、大きな力で作業ができるだろう。

ただし、それは気の遠くなるような経験を経て、無駄が削がれた結果である。


今のダイナは、手元の不格好な氷と同じである。

粗が目立ち、無駄が多い。


削るべきを残し、残すべきを削ってしまっている。


プロの技には、やはり電脳の肉体であっても敵わない。

この肉体は、万能であっても、全能では無いのだ。


不格好で透明な、伸びしろを残したダイヤモンドアイスを、ロックグラスに入れる。


空気で満たされたグラスを、マドラーで掻き混ぜる。

グラスを冷やす。


溶けた水を捨てて、酒棚からウイスキーを取り出して注ぐ。


香りを楽しむ。

‥‥アルコールの匂いに、眉が眉間に寄る。


一気に飲み干す。

‥‥‥‥。


「うべぇ~‥‥。うひぃ~‥‥! ほえ~‥‥!?」


度数の高いアルコールの刺激に、我慢できずに舌を出す。

甘いも辛いも分からない。


強いて言えば、熱い! 痛い!


やはり、お酒は日本酒を冷酒で ”くいっ” といくのが良い。

雑味の無い、大吟醸なら最高だ。


そう思うダイナであった。



「セツナさん、いまお時間よろしいですか?」


オペレーターのアリサから連絡が入り、セツナは上体を起こす。


「うん、大丈夫。ちょうど今、羊の数を数えそうだったところ。」


危うく寝落ちしそうだった意識が、一気に覚醒する。


「では、報告します。天蓋の大瀑布を調査して分かったことです。」


セツナは、黙ってアリサの報告を聞く姿勢になる。


「セツナさんとダイナさんが騎兵と戦った遺跡ですが、その後に派遣した調査隊が、地下室を発見しました。」


「地下室‥‥。そこには、何かあったの?」

「これを、ご覧ください。」


ホロディスプレイが目の前に表示され、映像や資料が映される。


「地下室には、厄災時代に使用されていた兵器が、大量に発見されました。」

「誰が持ち込んだかは分かった?」

「残念ながら、証拠となるものは何も残されていませんでした。」


しかし、とアリサが続ける。


「証拠は掴めませんでしたが、痕跡を発見することはできました。」


映像が切り替わる。


「これは遺跡の床に残っていた付着物や匂い、魔力の成分を分析した結果です。

 これらのパターンをAIに解析させた結果、遺跡を使っていた者の足跡を割り出せました。」


足跡の種類には、大まかに3種類あるようだ。

人間の履く靴に似ているもの、人間に近いが猿のものである足跡、それから魔物であろうと予想できる足跡。


「これらの足跡ができた順番を古い物から左に並べていくと、こうなります。」


足跡の映像が入れ替わる。

映像は、人間、魔物、猿の順番に並んだ。


「アリサさん。これはつまり、魔物が森に居たサルを‥‥。」

「専門家やオペレーターの意見も同じです。

 仮説としては、魔法界の人間が使用していた遺跡を魔物が占拠、そこで実験を行い、森に居たサルを創り出した。」


そして――。


「この魔物たちが持つ魔力の波長パターンは、科学界を侵略したディヴィジョナーたちの特徴と酷似しています。」


セツナは、頭を抱える。

今回の調査で、ディヴィジョナーたちの正体に近づいた。

とても最悪の形で。


「その仮説って、ともすればディヴィジョナーたちは魔法界の文明を滅ぼした。

 そう聞こえるのだけれど?」

「これはあくまでも、これは調査の暫定報告です。

 ‥‥ですが、最悪のケースは想定しておくべきかと。」


ディヴィジョナーは、魔法界の文明を滅ぼした。

そして、異界を繋ぐゲートで科学界を侵略してきた。


――なぜ?


どうして、異界門が繋がってすぐに侵略しなかった?

どうして、魔法界の文明を滅ぼした?

どうして、魔物が実験の真似事をしていた?


ひとつ問題が解決して、また問題が増えてきた。

ボルドマンの件だって問題と疑問が増えたのに、こっちはこっちで問題の金鉱を掘り当ててしまった。


「セツナさん、局長より伝言を預かっています。」


ディフィニラ局長の伝言に耳を傾ける。


「仲間と共に力を蓄え、有事に備えよ。とのことです。」


「了解。――ああ、それと‥‥。

 アリサさんも局長も、オペレーターのみんなも、頑張って。」


現場の人間も忙しいが、おそらく頭脳労働を担当する者はもっと忙しいだろう。


戦士は戦場に赴くのが仕事だが、参謀は戦場を調べ、整えるのが仕事なのだから。

戦いは敵を倒せば終わる。しかし、参謀の仕事に終わりは無い。


事前準備、戦いの支援、それが終われば事後処理。

キリが無い。


アリサは、「ありがとうございます。一緒に頑張りましょうね。」と、そう明るく答えてくれた。


通信が終わり、座ったまま大きく溜め息。


とりあえず、一歩前進。

進んだ先には、まだまだ降り積もった問題がそびえ立っている。


一歩一歩、進むたび、この山の高さにうちしがれる。

一人で登るには気の遠くなるほど、あまりにも高すぎる。


息を吐き出して、曇った心の換気をする。

吐いて~、吸って~。


青く冷たい空気にピシりとして、頭が冴えてくる。

換気して、冴えて、一拍おいて――。






――自分の後ろに居る人物に声をかけた。


「待たせたね。せっかく眺めも良いんだし、少しお喋りしていかない?」


‥‥‥‥。

‥‥。


「――すまないが、助手席に座るなら、シートベルトを頼む。」


‥‥‥‥。

‥‥。


「――いらっしゃい。席は空いているから、好きな席に座っちゃって。」


銀髪に灰色の瞳をした、儚いこの世を憂うような表情の女性が、3人の前に現れた。

青い屋根の屋上に、山を走る車の助手席に、海の上の開けた(ひらけた)酒場に。


銀髪灰瞳の小柄な女性は、彫刻のような相貌と、冷めた双眸(そうぼう)をエージェントに向けている。

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