3.10_トロイの木馬
遺跡の扉は開かれた。
さあ、冒険者よ。
汝の勇気で、悠久の時が沈殿し遺物となった泥塊から、栄光の光を掴むのだ。
◆
セツナダイナは遺跡に踏み入れる。
乾燥して埃っぽい空気が、ノドと鼻腔に張り付いて、心を乾かせる。
四角い簡素な形状の外観と同じく、内装も簡素なものだった。
少なくとも、戦闘になった時に屋内であるという環境を考慮しなくても良いくらいには、広い。
広く、暗く、何もない。
石で囲まれた四角い空間が、呆然と広がっている。
歩を進め、歴史の泥の深みまで、足を埋めていく。
遺跡の入り口から光が差し込み、目が遺跡の暗さに順応し、中の様子が暴かれる。
暴かれ掘り起こされた歴史の墓場には、1体の騎兵が眠っていた。
動く気配は無く、馬は立ったまま沈黙し、騎士はだらりと意識を溶かしている。
その騎士の外観、大きさに、セツナとダイナは立ち止まる。
すぐさま戦闘態勢に入り、物言わぬ騎士を前に警戒を強める。
「これは‥‥ッ!」
「なんてこと‥‥。」
漏れた声は、絶句の沈黙に消え、石の檻に吸い込まれた。
後方で、不気味な音が聞こえる。
それと同時に、空の光が失われていく。
遺跡はうめき声を上げて、冒険者をその腹に飲み込み、閉じ込めた。
一瞬、完全な暗闇が遺跡に訪れて、遺跡に光が灯る。
内装の石が青く光り、ひとつしかない部屋を明々と照らす。
部屋の最奥にいた騎兵の姿が、空の光だけでは捉えられなかった姿が、ありありと立ちふさがる。
遺跡の騎兵。
その姿は、半人半馬のケンタウロスに酷似している。
上半身が人の姿をしており、馬の胴と足を持つ。
体高は4メートルほどになり、見上げるほどの巨大な人馬一体の騎兵。
それだけならば、数多の世界を冒険してきた2人が言葉を失うことはしない。
その姿は、彼らがかつてまみえたことも無い、異質な異形であった。
特に、馬の胴体に2人は、強い嫌悪感を抱く。
鎧の騎士が跨る馬は――、センチュリオンだったのだ。
センチュリオン、科学世界の利器であり、人類の盾であった兵器。
それを四つん這いに跪かせ、頭を切り落とし、空になった首から騎士の上半身が生えている。
センチュリオンの後ろ脚は、膝から下を切り落とし、前足と長さを揃える。
しかし、それでは、後ろ脚の座りが悪かろうと考えて、切り落とした脚の足首から下をを無理やり履かせている。
膝と足首の接合部からは、痛々しい黒い血が流れている。
高さが8メートルあった人類の盾は、無様な姿となり、上半身のみの騎士に踏みつけられて、高さが2メートルほどになっている。
その首に跨るのが、黒い甲冑を纏った騎士。
甲冑は、馬上槍試合という、中世ヨーロッパの騎士による競技に使われていた意匠に酷似している。
トーナメントアーマーと呼ばれる、実戦の鎧よりも更に重厚な鎧で、かつ丈夫であるものの、視界と関節の可動域に難のある鎧。
その右腕に、骨の槍を大きな布で乱暴に撒いている。
粗雑に取り付けられた槍は、覚えがある形で、ソードリザードの骨格だと推測される。
大型のソードリザードの白骨化した亡骸。
その口から腕を突っ込んで、肋骨の空間に手を通して、簡単な加工のみを施して腕に括りつけている。
左手には、前腕から回転式の機関銃、ガトリング砲に似た武器が籠手から生えている。
よく見ると、バレルが歪んでいる。
銃口こそ正面を見据えているが、銃身は歪み、直線と正気を保てていない。
黒甲冑の槍騎士に、風化し汚染された戦車。
カゥ・ツアの黙馬 (カゥ・ツア・チャリオット)。
この冒険の終着点。
そして、この遺跡を、冒険者の墓場に変える者。
――魔法界から奪ったのだ。
奪われる覚悟が、当然あるのであろう?
科学界の文明を弄ぶ異形を前に、マルが怯える。
「あば‥‥、あばばばば――。」
同胞の無惨な姿に恐怖し、震え上がる。
きっと彼には、この景色が冒険者の2人とは別の意味を持っているのだろう。
マルの臆病風が、冒険者の顔を強張らせる。
啖呵を口火を切ったのは、ダイナだ。
「この‥‥ッ! 戦士たちの戦いを侮辱して! 許せない!」
物に宿る魂を弄ぶ狂気に、憎悪から来る怒気が混じる。
遊びとは、真剣にするものだ。
ならば、立ち塞がる敵は、本気を引き出す存在であるべきだ。
「‥‥‥‥。」
セツナは静かに構える。
――深呼吸。平常心。
騎兵が動き出す。
油の切れた機械のように、自分の身体では無いかのように、ギクシャクと身体と脚を鳴らす。
小刻みに身体が震え、関節の節々からドロドロと、黒ずんだ液体が滴り落ちる。
震えは段々と大きくなり、液体が血の吹き出る如く滴り、兜の口が開く。
首まで隙間なく覆っている兜、トーナメントヘルム。
視界を確保するための僅かなスリットから液体が飛び散り、兜が開く。
兜が開き、首を失ったように見える騎士の頭から黒い触手が幾つも伸びて、2人に襲い掛かる。
躱して距離を取る。
触手は引っ込み、兜が閉まる。
兜が閉まると、胸と胴の部分が割れて裂けて開き、ドボドボとおどろどろしい音を立てて黒い塊が幾つも落ちていく。
塊は地面で泡立ち、形を成し、出来損ないの人型のロボットとなる。
動きはぎこちなく、ロボットと言うよりは、ゾンビと言われた方が納得する。
ゾンビは生まれ、立ち上がり、10数体の群れを成し、ゆっくりと侵入者に接近していく。
騎兵の鎧は、亀裂のひとつも残さずに、元に戻る。
ゾンビの後ろで身震いして、左腕の銃を構えた。
その引き金が、戦いの号令となる!
◆
騎兵が、左腕のガトリング砲を乱射する。
狙いはセツナのようだ。
しかし、狙いが相当甘い。
排莢を伴わない射撃は、彼奴が作り出したゾンビの群れに命中し、彼らを蹴散らしながらセツナにのろのろと迫る。
射撃をサイドステップで躱す。
マジックワイヤーを、前方の床にに撃ち込み、振り子ジャンプ。
ゾンビの群れを飛び越えて、鈍くさい木偶の坊に一発入れる。
ワイヤーの着弾点から円を描くように走り、慣性の力を溜める。
跳躍し、ワイヤーを外し、ワイヤーに溜め込んだ慣性が身体に流れて、ゾンビの群れを飛び越えて――。
地面を蹴ったセツナの前に、ゾンビ5体が現れた。
走ることも出来ぬゾンビが、一瞬の内にセツナとの距離をゼロにする。
(――テレポート!?)
騎兵のガトリング砲によって倒されたゾンビは、テレポートで瞬間移動し、セツナの前に移動したのである。
ゾンビの胴体が、内部から赤く変色していく。
体が熱を帯びて、煙を上げる。
(まずい。)
咄嗟に両腕を前に出して、防御姿勢を取る。
5体のゾンビが、セツナの目の前で爆発した。
「‥‥ぐぅッ!?」
腕を焼かれる感触、焦げた匂いがした後、背中に強い衝撃が走った。
地面を転がり、衝撃を殺す。
腕で爆風から身体を庇ったところで、たかが知れている。
今ので、体力が3割も削られてしまった。
素早く立ち上がり、ポーションの封を切り中身を飲み干す。
ポーションは、180秒のクールタイムに入る。
手の内が分かっていない状況で、いきなり回復手段が絶たれていては幸先が悪い。
騎兵が、セツナに追い打ちをしようと銃を構える。
その行動を、ダイナが魔法で咎める。
「フレアボール。」
火球が左腕に直撃し、照準がブレて射撃体勢が崩れる。
バランスを取るために、下半身の四本足で魔法の威力を逃がす。
騎兵の攻撃が止んでいるうちに、ダイナは連続で魔法を発動。
魔導書スキルは、別の魔導書スキルを続けて発動できる、エコーキャンセル(Eキャンセル)という性質がある。
ゾンビの放置は危険。
先に殲滅する。
「サンダーボルト。」
魔導書サンダーボルトを発動。
動きの鈍いゾンビは、幾つもの雷を受けて、力尽きる。
自爆特攻に備えてテレポートを構える。
――しかし、ゾンビはピクリとも動かずに、黒いドロドロになって消えた。
((‥‥‥‥。))
2人は、ゾンビの特性を察する。
それから、特に示し合わせることもなく、互いに動き出す。
バランスを立て直した騎兵が、走り出す。
跨っているセンチュリオンの、元は背中だった部分からブースターが現れる。
魔力がロケット推進力を生み出し、バーニアを噴出させながら騎馬を走らせる。
前足と後ろ足で、戦車が走り、ゾンビを踏み潰してセツナの前まで駆け抜ける。
右腕に括りつけた、長さ3メートルに及ぶ槍を乱暴に横に振る。
セツナは、 ≪ブレイズキック≫ で加速。
横にも上にも、後ろにも避けない。
――活路は前にある。
右足を前に出し、スライディング。
騎兵の剣戟をやり過ごし、懐に潜り込む。
近強遠弱。
前のめりな戦闘システムにとって、回避も防御も回復も、すべては目の前の敵を倒すための攻撃手段に過ぎないのだ。
騎兵は前足を上げる。
小癪な虫を、巨体で踏み潰そうとする。
「マジックサイクロン。」
騎兵の足元に風が起き、吹き上がる。
魔法の竜巻が発生して、蹄での攻撃を阻害する。
上から下への攻撃は、竜巻で阻害される。
――ならば、下から上への攻撃は。
セツナの足を赤い炎が包む。
炎は、風に煽られて、さらに勢いを増す。
踏み込み、 ≪ブレイズキック≫!
「ブレイズ。」
風に乗り、馬の腹に炎の蹴りを叩き込んだ。
炎が地を駆ける前に進む力と、風が上に疾る力が混ざり、速く重い強烈な攻撃が馬を焦がす。
騎兵に轢かれたゾンビがセツナを追って、テレポートする。
ゾンビは、騎兵の攻撃で倒された時、プレイヤーに自爆特攻を仕掛ける。
しかし、テレポートした先は、セツナが駆け抜けた竜巻の中であった。
疾風のように放たれた火炎を、愚鈍なゾンビは捉えるに至らない。
地を駆け空を走る隼を、烏合の衆では触れることすらできない。
ゾンビたちの体が、竜巻に煽られて浮き上がる。
胸が赤くなり、溶けていく。
――轟音が響く。
爛れた爆弾は、爆発を引き起こし、それは馬の胸に直撃した。
ダメージを負った騎兵が暴れる。
足を踏み鳴らし、武器を振る。
馬の足元を落下しているセツナは、ワイヤーを馬の体に撃ち込む。
踏みつけの下敷きにならぬように、体に張り付く。
そして、ワイヤーとウォールランを駆使して、体を駆けあがり、背中に登る。
ワイヤーを撃ち込み、右手に火球を浮かべ、握り潰す。
右手に太陽が宿る。
騎兵の体が、気色の悪い水音と共に回転して、セツナの方を向いた。
「遅い! 炎撃掌。」
馬の背中に掌底を振り下ろす。
馬の前足が、くの字に開き、膝関節の機能が衰えた後ろ足が軋む。
騎兵は自傷を気にせずに、自身の背中に銃を乱射する。
照準の甘いそれを走って躱し、背中から飛び降りる。
騎兵がセツナに気を取られている間、ダイナは虎視眈々とチャンスを狙っていた。
テレポートで後ろ足に接近。
「アイスランス。」
氷の槍で左の足を攻撃した。
膝の弱い足では、衝撃を逃がすこと叶わず。
関節がショックアブソーバーの役目を果たせず、履いていた靴が脱げて、馬は前に倒れてしまう。
騎兵は背中を向き傾き、馬は倒れた。
――好機!
「「飛燕衝!」」
アサルトゲージを消費。
強化された ≪飛燕衝≫ を2人で打ち込む。
衝撃波は馬の巨体を左右から貫通し、ダメージを負わせる。
騎兵は、自分の胴体をぐるりと回転させて、槍を薙ぎ払い、銃を乱射する。
間合いから、テレポートで離脱。
脱げた靴から触手が生えて、膝の所まで戻ってくる。
騎兵が立ち上がり、力を溜め始める。
体から黒い魔力が噴き上がり、徐々に勢いが強くなる。
セツナたちの脳にアラーム音が響き、遺跡の壁が赤く表示された。
――全範囲攻撃。
フィールド全体を覆いつくす攻撃を仕掛けるつもりのようだ。
ダイナは、この隙に ≪魔法書サルベージドロー≫ を使用。
体力をコストに、消費した魔導書スキルが回復する。
ドロドロと魔力が膨れ、足元に魔力だまりが出来て広がっていく。
――――ッ!!!!
魔力が放出される。
騎兵を起点に、魔力の波が、魔力の壁が、2人を押し潰そうと迫る。
「甘い!」
「当たらないよ。」
全範囲攻撃を、2人はテレポートの無敵判定で躱す。
危険な攻撃を回避したことで、2人のアサルトゲージが大きく回復する。
前のめりに、前のめりに。
とにかく前に進むことが、この世界では評価される。
騎兵に近づいて、今度はこちらのターン――、とは行かなかった。
2人の体力が削られる。
魔力の放出と共に地面に発生した、泥の魔力に足を取られて、体力が削られる。
2人の目の前に、騎兵の魔力放出で倒されたゾンビが1体ずつテレポートしてくる。
セツナはゾンビの顔面に目掛けて拳を振るう。
ゾンビは吹き飛ばされる。
ダイナは杖を振りかぶり、横腹を殴る。
ゾンビは吹き飛ばされた。
吹き飛ばされたゾンビは、騎兵の近くで爆発する。
2人は、マジックワイヤーを使い、泥から脱出。
四角い部屋の、別々の壁に張り付いたあと、ウォールランで攻撃のタイミングを計る。
ウォールラン中、地上の汚泥を回避している判定がされて、じわじわとアサルトゲージが増えていく。
過去の経験が言っている、この後が攻勢の好機だと。
騎兵が槍を構えて、ダイナに狙いをつける。
馬がバーニアを立てて加速。突進してくる。
人間では決して逃げ切れない速度のランスチャージを、ダイナは壁を蹴ってジャンプすることで回避。
騎兵の槍は、深々と遺跡の壁に突き刺さった。
槍を引き抜こうと、騎兵は四苦八苦している。
(チャンス到来。)
杖をしまい、ワイヤーを鎧で覆われた肩に撃ち込む。
右手で騎兵の肩を掴み、脚を掛けて、左腰のホルスターから銃を引き抜く。
銃口を、兜の隙間、視界を確保するためのスリットに押し込む。
押し込み、迷いなく、引き金を引く。
火薬が炸裂し、兜の装甲を無視して、内部を弾丸が蹂躙する。
2発、3発と、連続で撃ちこんでいく。
――――ッッッ!?!?
騎兵は後ろによろけて、兜からどす黒い液体をまき散らし倒れた。
頭からは、黒い触手が伸びている。
特殊ダウン。
床の泥が消える。
泥からは、またゾンビが生まれているが、今は無視。
セツナは、ホルスターから銃を抜く。
ダイナは、杖を構える。
「フレアボール。」
弱点であろう、伸びた触手を、鉛弾と魔法が穿った。
騎兵は、もがき苦しみ、四つ以上ある四肢を振り回す。
複数のゾンビを薙ぎ払って、立ち上がる。
倒されたゾンビは、健気にセツナたちに襲い掛かる。
だがもう、タネの明かされた攻撃は通用しない。
行動可能になった騎兵に注意しつつ、テレポートからの自爆特攻を回避する。
騎兵はもう一度、槍を前方に構える。
狙いはダイナ。
ダイナは、避けることはせずに、ランスチャージを迎え撃つ。
アイスランスの無敵で、ランスチャージにカウンターを取る。
セツナは、騎兵の意識がダイナに向かっていることを確認して、邪魔にならない位置でゾンビの駆除に回る。
馬の背中からバーニアが噴き上がり、足を食いしばり出力を蓄える。
ブースターの出力が高まり、駆動音が高く響く。
大地を捉える、足のブレーキを外す。
地面の縛りからブースターの推力が解かれ、出力を解放する。
4メートルもの巨体が一気に加速し、四つ足を忙しなく駆けさせた。
――槍を引き、構え、穿つ!
骨の矛先が、小さき抵抗者に、致命の軌跡を描く。
ダイナの足元が凍てつき、体内に魔力が収束。
一気に膨張させて、直線的な殺意を弾き飛ばす。
巨大で高速なランスチャージは、膨張した氷の盾の、横を通り過ぎた。
‥‥‥‥?
――空振った? いや違う!
槍の突進に気を取られたダイナを、馬の前足が捕らえた。
騎兵が跨る馬は、人間を模して造られた兵器。
人間の前足とは、すなわち前腕のことである。
そして、前腕とは、物を掴むためにある。
「うぐッ!? うあああぁぁぁ!!」
ダイナの身体を、巨人の腕が握る。
巨人の膂力の前には、彼女の身体など、いとも簡単に持ち上げる。
握る手に力が加えられ、肺の空気が抜けていく。
「げほっ‥‥。げほ‥‥。この!」
拘束の状態異常になって、テレポートもブレイブバーストも出来ない。
なんとか、左手を巨人の握力から抜け出させて――。
「飛燕衝。」
苦し紛れに放ったスキルは、手応えが無く、意味を成さない。
ダイナの窮地に、セツナが駆け付ける。
振り子ジャンプを使って、一気に騎兵の頭上を取る。
「ブレイズ!」
アサルトゲージを使用し強化された ≪ブレイズキック≫ を放つ。
出力と馬力が上昇した重い蹴りが、兜に突き刺さる。
――しかし、効果は無い。
「クッソ‥‥。」
騎兵に、元より魂など宿っていないのだから。
痛みも、苦痛も、心も、ありはしない。
怯んでいるように見えるのは、体が上手く使えていないだけ。
来ると分かっていれば、ダメージを耐えるくらい容易い。
ブランクが明けて、体の錆びも落ちてところだ。
キックの反動でセツナの身体は宙に浮く。
空を飛ぶ羽虫を、騎兵は上半身の左腕を振って叩き落とそうとする。
テレポートで回避。
地上に足を付ける。
――地上に瞬間移動した彼を、回転する銃口が睨んでいた。
セツナを機銃の攻撃が襲う。
アサルトシールドを展開、遠距離攻撃を無効にする。
それでも、ダメージを完全には殺し切れない。
大口径の砲撃や、強力な魔法には、強遠距離属性が付与されており、アサルトシールドでは完全に防げない。
(照準の精度が上がった!?)
機銃の掃射が、セツナを捉えて逃がさない。
アサルトシールドにヒビが入る。
(凌ぎきれない!)
あっけなくシールドが割れ、弾丸の嵐に晒される。
巨人の弾丸は、人間にとっては砲撃の威力がある。
砲弾の雨に晒されて、セツナは吹き飛ばされる。
吹き飛ばされて――、目の前に複数のゾンビが現れて、爆ぜた。
‥‥‥‥
‥‥
◆
「――セツナ! う‥‥、うあ、がぁ‥‥ぁぁ‥‥!!」
セツナはゾンビの爆発を受けて、壁に叩きつけられた。
幸い、まだ体力が残っているようで、よろよろと立ち上がる。
そんなセツナの心配を、ダイナは気にしている場合では無い。
馬の左手が、ダイナを騎兵の前に差し出す。
騎兵はダイナを睨み、小刻みに身震いする。
騎兵の頭が裂けて、触手が伸びる。
「飛燕――。」
触手に目掛けてスキルを放つ。
そうしようとした瞬間。
伸ばした左手を、馬の親指で潰された。
抵抗する暇も無く、あっけなく。
左手から、雑巾を絞るように、大量のダメージエフェクトが発生する。
赤いエフェクトは、巨人の手の平から、滲み滴った。
「――――ッ!?!?」
巨人と戦うには、その腕は細く非力すぎる。
突然の出来事に思考が停止したダイナを、触手が飲み込んだ。
裂けた頭からダイナを飲み込み、ノドを通り、胸に入る。
騎兵の身体が不気味に動き、鎧が窪む。
触手が鎧を引っ張り、捉えた得物を、胸と腹で咀嚼する。
――――ッッッ!?!?
――ッ゛ッ゛!!
‥‥‥‥。
‥‥。
騎兵の腹から、黒い液体が流れたあと、鮮やかな赤い液体が流れた。
赤く輝く、生命の火にも、心の情熱にも見える赤い液体。
さながら、水風船が裂けたみたいに、大量に零れる。
零れ漏れる度に、戦う力と意思が、身体から抜けていく‥‥。
赤く染まった腹が裂けて、ボロボロのダイナが吐き出された。
受け身も取れず、重い頭から落ちて、後頭部をぶつけて仰向けに倒れる。
(‥‥動け、ない。)
体力はまだ残っている。
動けはしないが。
馬が拳を振り上げる。
両手を合わし、拳鎚を構える。
華奢な女性を埋葬して、遺跡の染みにするには、過剰な威力。
知りたがりの冒険者を葬る無情の一撃が、振り下ろされた。
 




