3.9_石の武器庫と、石の遺跡。
ソードコア。
スキルの力を引き出すコアレンズ。
ソードコアは、スキルの力を具現化する。
「潰すッ!」
鎖で繋がれた棺桶を振り回し、襲い来るアリの波を粉微塵にした。
灰色の石を彫って造られた棺桶。
船型(コフィン型)の棺桶で、頭を安置する場所よりも、足元の方が幅が狭くなっている。
ドラキュラの寝台としてのイメージが強いそれに、横幅が最も広い部分に鎖を巻きつけるとこで、封印と運搬の役割を持たせてある。
重く、丈夫なそれは、そのまま武器として使用できる。
西洋武器のフレイルを巨大化させたようなこの武器は、圧倒的な破壊力を持つ反面、圧倒的な隙を生み出す。
――それを、火薬の力で補う。
重量級の一撃を横に薙いで、反動に振り回されるセツナを、アリの第ニ波が襲う。
鎖を持つ両手に力を込めて、未だ腕の中で暴れる大蛇の尾を逃がさぬように捕らえる。
右手の魔導ガントレットから赤い魔力が漏れ、勢いよく、黒い煙が吹き上がる。
ガントレットの内部で魔力が爆発し、遠心力で暴れる棺桶を、力づくで反対方向に振り回す。
「耐えてみろッ!」
重量と速度が乗った一撃は、アリ如きが何匹束になろうと、群れになろうと止める術は無い。
第ニ波は、第一波と同じ末路を辿った。
火薬の石棺(Gun rocker)、石の武器庫。
火薬武器の知見を、魔導拳士に取り入れたEXスキル。
巨大な石棺を振り回し、6回まで使用できる魔法の火薬で、重量級の連続攻撃が可能。
棺桶を握りしめたまま、横に回転させ続け、遠心力に物を言わせてアリを駆逐する。
これは、火薬の力を使ったあとの、フォロースイング。
力を逃がすための動作でさえ、アリたちには致命的な動作になる。
大蛇が寝返りをうつだけで、木々は倒れ、草葉は潰れる。
アリに対する殲滅力が飛躍的に上昇した。
ダイナも、攻め時と考えてアサルトゲージを使用する。
「サンダーボルト!」
AG版の ≪魔導書サンダーボルト≫ を発動。
即死効果を持った巨大な落雷が地面を走り、アリを消滅させる。
即死であれば、怯まない特性など関係ない。
≪魔法書サルベージドロー≫ 、体力をコストにスキルを使用。
群れの勢いが弱まった。
そこに新手。
今度は、大型のカマキリのような魔物がどこからともなく現れて、橋に足をつく。
カマキリはジャイアントマンティスという魔物。
この個体は、マインアントと共存関係にあり、この橋を舐めることで、巨大で頑丈な甲殻を維持するための栄養を得ている。
代わりに、マインアントの手に負えない外敵を排除する。
2メートルを超える巨躯がセツナに近づき、二振りのカマを振り下ろす。
それを、棺桶を盾にすることで凌ぐ。
棺桶から火花が走るが、それでも傷ひとつ付かない。
石棺の戦術的な優位点とは、ソードコアのタクティカルアドバンテージとは、防御性能の向上。
一時的に武器を手にすることで、敵の剣戟を凌ぐ得物を、徒手の両手に握り戦う。
攻撃を仕掛けるカマキリの横合いに、ダイナが回り込む。
「飛燕衝。」
掌からの衝撃波を、柔らかい腹部分を狙って放った。
カマキリの攻撃の手が緩まる。
魔法火薬を炸裂。
少しだけ棺桶の頭を下げて、ヘッドスピードを確保するため空間を確保。
火薬の力で、眠りこける大蛇を叩き起こし、カマキリの胸にアッパーを撃ち込む。
重量と速度の乗った一撃は、カマキリの巨体を宙に投げた。
ブレイブゲージを消費。
ブレイブキャンセルを発動。
ブレイブキャンセルは、あらゆる行動をキャンセルして、即座に行動が可能になる。
同時に、パッシブ「英雄願望」が発動し、アサルトゲージが1本分、回復する。
スイングをした後の、大きな隙が消える。
暴れる蛇が、一瞬にして大人しくなり、慣性が消えてセツナの動きに従うようになる。
棺桶を背負い、カマキリの落下地点向けて走り出す。
セツナよりも少しだけ早く、ダイナが落下地点に到達した。
足元に、青白い炎を纏っている。
「ブレイズキック。」
サマーソルトキックで下から攻撃。
ダメージを与え続けることで、敵の自由を奪い、態勢を整えさせない。
ダイナが素早くテレポートで移動。
セツナの攻撃の邪魔にならないようにする。
鎖を短く持ち、棺桶を振り上げてアッパー。
黒い煙を上げた一撃が、カマキリを捉える。
棺桶がぐるりと一周して、セツナの足元に転がる。
火薬の残弾は、残り3発。
更に火薬を炸裂させ、追撃。
足元に転がった大きな岩の塊を、大上段に振りかぶって、後ろから前へと叩きつける。
炸裂音が鳴り、爆発音が起き、衝撃音が響いた。
カマキリの体が地面に叩きつけられて、勢いを殺し切れずに、また宙に跳ねる。
(トドメだ!)
一歩踏み込み、距離の調整。
大地に破壊衝動を逃がし、転がっている重い蛇の尾を、鎖の根元を握って持ち上げる。
重尾を持ち上げ、構える。
ガントレットが赤熱し、力を溜める。
赤熱は、たちまち黒い煙に覆われて、腕に渾身の力を与える。
この火薬の一撃を、そのまま敵に叩き込む!
パッシブ「火薬の欠片」の効果。
火薬の石棺を装備時に限り、特殊なEXスキルが発動可能。
吸血鬼狩りの石棺は、火薬の力によって、魔を討つ煤けた杭となる。
煤けた蛇は、巨獣となり、大空に雄々しい角を振り上げる。
「パイル――、バンカァァァ!!」
火薬の杭が、宙の敵を穿つ。
EXスキル ≪パイルバンカー≫ が、石棺の猛獣が、ジャイアントマンティスの生命力を食い尽くした。
◆
魔導ガントレットが煙を吹き、手の甲から役目を終えたソードコアがイジェクトされる。
地面に落ちてカラカラと、薬莢に似た音を立てて、消えていった。
同時に、石棺も消失して、徒手空拳の状態に戻る。
マインアントの残党は、ジャイアントマンティスが討たれると撤退していった。
橋の両端を塞ぐ、白い壁も消滅しする。
脅威は去り、道が開ける。
「見たか! これが、魔導拳士の力だ!
‥‥‥‥痛っっっつ~~~~!?!?」
骨が軋み、関節が悲鳴を上げている。
火薬の反動は、余りにも大きかった。
痛みを逃がすように、セツナは右手をプラプラと振る。
そこに、ダイナが駆け寄ってきて、サムズアップ。
「ナイスリーサル! カッコイイじゃん!」
「ありがとう。ナイスアシスト、ダイナ。助かったよ。」
セツナもサムズアップで返す。
コメントでは、2人の連携を見て大盛り上がりである。
『やっぱ、2人とも強いっすね~。』
『カマキリ出落ち。』
『バカな!? 火薬術士の技術は、ネタのハズでは!?』
『魔導拳士が強く見える不思議。』
「魔導拳士は、強いんだよ。
‥‥どっかの火薬クラスと同じことを言うようで不服なんだけど、ハマれば強いのよ。」
「ね! それは、今日セツナといて思ったかも。
マイナークラスだから、中々一緒に遊べる機会がないんだよね~。」
魔導拳士、前作では優秀な姉クラスに隠れて存在感が薄かったが、今作ではコアスキルを使った戦闘スタイルで、明確にメイジと差別化がなされている。
アサルトゲージが2本貯まった時の対応力と爆発力は、他のクラスに無い長所である。
中でもソードコアは、状況に合わせて様々な武器を選択して使うことができる。
対応力と爆発力という魔導拳士の二本柱の、対応力を担うスキル。
各武器の練習は必須であるものの、戦術の幅がグッと増える、頼れるスキル。
ただし、ソードコアは他のコアスキルと異なり、瞬間火力や即効性に欠けるのが弱点。
どんなに優れた武器も、当たらなければ意味が無い。
どちらと言うと、盤面を動かすキッカケとなる、ゲームコントロールに優れるスキル。
魔導拳士、現在では過去作のイメージが先行しているが、今作では使い手が増えるのではないかと、セツナは予見している。
『なお、今作でも防御最弱。』
「そのための、パルクール。囲まれたら、袋にされてボコボコにされるから、常に退路の用意が大切。」
「ああ、なるほどね。途中、橋から飛び降りたのは、そういう理由があったんだ。
ボク、ビックリしちゃった。 そこ‥‥、飛び降りるんだ、ってね。」
「オレもダイナにビックリしたけどね。そこ‥‥、ついて来るんだ、って。」
「だって、そっちの方が面白そうじゃん!」
にこ~っとダイナ。
セツナは、彼女の笑顔に「違いない」と返した。
アドリブは、戦闘の華。
型を守り、反復し、その経験が型の外へとプレイヤーを引き上げる。
武術や芸能の、守破離に通じるものがある。
そして、味方のアドリブに、自分もアドリブで答えるのは、プレイヤースキルがダイレクトに求められる。
自分の土俵ではなくって、人の土俵に上がってパフォーマンスをする必要があるのだから。
知識と経験、それを直感的に組み合わせるセンスが求められる。
味方のアシストや後方支援というのは、自分がメインや前線を張るよりも難しい。
前線の流れを熟知していなければ、十全な援護は不可能だからだ。
支援や援護とは、自己満足の押し付けではダメなのだ。
味方が欲しい支援をして、なおかつ自分も普通以上の戦闘力として機能する。
そんなプレイヤーは、中々お目に掛かれない。
「やっぱ、ダイナって強い人だよね?」
「そう? ありがと!」
2人は、休息もほどほどに、再び遺跡を目指す。
目的地は、目と鼻の先だ。
◆
岩山の道を登り、2人は山頂に到着した。
黒い殺風景な岩山に、コケの生した白っぽい遺跡が建っている。
高さは3階建てくらいの高さで、長方形の形をした建築物。
魔法の世界の遺跡と言えば、古い民族が神を祀っていたり、太古の武器を安置していたり。
そんなストーリーが思い浮かぶ。
しかし、眼前の遺跡は、そんな過去のロマンを欠片ほども思わせない。
何の神秘性も感じない、何の飾り気のない、ただの無機質な長方形。
「‥‥豆腐建築。」
「言っちゃった! ボクもそう思ってて黙ってたのに、言っちゃった!」
『これは豆腐。』
『ナイス豆腐。』
『素人には分からないでしょうねぇ、この機能美が。』
『開放感が足りない。』
揃いも揃って、散々な言いようである。
「まあ、そんなことよりも――。」
「うん、先にコッチから調べよ!」
遺跡に背を向ける。
無機質な遺跡の前には、無機質な残骸が――。
機械が――、科学界の住人であるはずのセンチュリオンの残骸が何体も転がっていた。
センチュリオンは、ところどころ風化して錆び付き、体の一部が欠損している。
セツナとダイナのサポット、マルとマイトが、センチュリオンの残骸を調査する。
調査のデータは、アリサの元へと送られる。
アリサが、送られてきたデータを参照して、機体データを照合する。
「これは‥‥、旧式の――。
厄災時代に製造運用されていた機体のようです。」
アリサによれば、古い機体であるようだ。
「なんで、旧式のセンチュリオンがこんなところに?」
「分かりません。しかし、ディヴィジョナーたちが運んだ? それ以外には‥‥。」
「アリサちゃん、他の場所で似たような事例を見たことはある?」
「いえ、いま過去の情報を調べていますが、このような事例は一度も。」
推測は手詰まり。
ならば、するべきことはひとつ。
セツナは、右手にガントレットを装備する。
「なら、事情を知っている人に聞いてみよう。」
次の手掛かりは、遺跡の中にある。
ダイナは頷いて、杖を呼び出す。
2人で、石の扉を押して開ける。
長年、扉を叩く者は居なかったのだろう。
建材が風化してできた砂が、はらはらと舞い落ちてくる。
更に力を込めて、扉を押し込む。
扉をこじ開けて、石に閉ざされた歴史に、晴天の光を当てる。
――晴天の光を当てる。
――当てる。
‥‥‥‥。
「ふぅ゛ぅ゛ぅぅぅぅん゛ッ!!」
「うぎぎぎ――。重い~ッ!」
しかし、扉はビクともしなかった。
反作用で押し返されて、門前払いされた足が虚しく地面を滑る。
アリサは呟く。
「‥‥あの、お二人とも。‥‥引き戸です。」
扉を押す力が、すんっ、と抜ける。
何も言わず、左右それぞれの扉を横に引いた。
質感と大きさに反して軽い力で動き、外の光と風が、いの一番に入り込む。
遺跡は眠りから目覚め、大きなあくびをしたまま、冒険者を語り部なき歴史の暗闇へと誘う。
天蓋の大瀑布、岩山の遺跡。
カゥ・ツア遺跡にて、この任務最後の戦いが待っている。