3.8_ロックフェイス・ランブル
森を抜けた先は、深い谷と、大きな岩山だった。
なるほど、山の裏側はこうなっていたらしい。
自然豊かな今までの順路とは異なり、一気に殺風景な道に様変わりした。
前方には、石・岩・山。
岩山地帯が広がっていて、山の裾を覆うように森林に囲まれている。
目的地の遺跡は、谷を越えた向こう。
谷には、石で出来た橋が掛けられている。
石橋の幅は5メートル程度、2人で歩く分には充分な広さ。
長さは300メートルほど、結構長い。
ちらりと断崖絶壁の谷から顔を出せば、石橋は厚さが10メートルから7メートルのアーチ状になっている。
また、ところどころに、ぽっかりと穴が開いている。
膝を着いて、石橋の路面をじっくり確認。
手触りは、ざらざらとしていて、よく見ると小石や砂利でこの橋が出来ていることが分かる。
セメントに、大量の石や砂利を混ぜた建材で造った橋。
セツナの目と知識では、そう見えた。
膝を着くセツナに、ダイナが興味深そうに近寄る。
「なんか、セツナってよくそうしているよね?」
「ん? ああ‥‥、えっと、何か分かるかなって。」
「へぇ~。こういうの、詳しいの?」
「詳しい――、っていうよりも好きなだけ。」
意外かも知れないが、セツナは動植物が好きだったりする。
森の木の立ち方に違和感を覚えたり、マッドウータンの群れる習性に違和感を覚えたのは、それに由来する。
「まあ、この橋に関してはお手上げかな。何にも分かんないや。」
「おや? 環境博士にもお手上げ?」
「それほど博識な訳じゃないよ。
ちょっと、小っちゃい時の夢が、ペンギン屋さんだったってだけ。」
「ペンギン屋さん! いいじゃん、ペンギン可愛いし。」
幼い日の、可愛らしい夢に、ダイナは口元を綻ばせる。
談笑を交えつつ、周囲を調べる。
露骨な石橋を前に、2人で見つけられそうな罠や奇襲を調べたが、結局何も見つけられず。
いよいよ、2人は橋に足を踏み入れる。
橋に足をつけた途端、橋と山の間に、透明な白味を帯びた壁が出現する。
壁に触れて押してみるけれど、壁はビクともしない。
撤退不可エリア。
この橋に待ち受けるギミックを突破するまで、この橋を渡ることも、退くことも叶わない。
セツナは、ポーションを取り出して、自分に使用。
甘ったるい味が口いっぱいに広がった。
ポーションは、180秒のクールタイムに入る。
回復アイテムの使用により、パッシブの「精霊の調味料」が発動。
セツナにバリアの効果が付与されて、100ダメージ分の体力を吸収してくれるようになる。
不意打ちをされても、これで大丈夫。
2人は、横に広がり、距離を取って歩く。
明らかに、何かを警戒しているフォーメーション。
100メートルほど歩いたところで、敵影。
前方の遺跡のある岩山の山頂から、鳥が音も無く飛び立ち、2人の前に現れた。
鳥の正体は、赤い羽毛を持った、大きなフクロウ。
人を鋭い爪で捕まえて、余裕で運べそうなほどに大きなフクロウが現れた。
赤フクロウが、音も無く羽ばたき、空中で静止する。
魔法陣が構築されて、炎が噴く出していく。
噴き出した魔力はゴボゴボと地上へと零れ落ち、瞬く間に炎が橋を覆って表面を焼き焦がし始めた。
火炎の津波が、縄張りへの侵入者を襲う。
「ほいきた。」
橋での待ち伏せは、言ってしまえば、お約束である。
これは、予期できていたトラップ。
2人は、橋から飛び降りて、ワイヤーで橋の横べりに張り付く。
火炎をやり過ごしつつ、パルクールスキルの「ウォールラン」を使用。
岩肌を忍者のように疾駆して、赤フクロウに近づく。
インベントリから、魔導コイルガンを取り出す。
もう、存在を忘れることはしない。
壁を蹴って飛び上がり、2人で赤フクロウに射撃した。
トリガーを引くと、銃口から甲高い音が響いて、魔石で作られた弾を射出する。
火薬を使用しない、魔力で生み出した電気で放つ弾丸は、音も反動も無く飛んで行く。
銃の電磁加速をさせる駆動音だけが、甲高い独特な音を立てている。
射撃を受けたフクロウは、少しだけ空中でよろめいて、空に飛び立ち、どこかへ行ってしまった。
トリガーから指を外し、銃口を下に向けて、互いに近寄る。
「これで終わり?」
ダイナの言葉に、セツナは肩をすくめて答えた。
これで終わってくれるのならば、とても有り難い。
しかし、橋を遮る白い壁は消えてはいない。
――パリパリ。
音がした方へ、咄嗟に銃口を向ける。
橋の左側から聞こえたので、左側に銃を構える。
‥‥何もいない。
――パリパリ。
次は、右側から聞こえてくる。
――パリパリ。
――パリパリ。
「ねえ、セツナ。これってもしかすると――。」
「うん。敵は、足元に居る。」
石橋の横から、巨大なアリが現れる。
1匹、1匹と――。
人間の下半身ほどの体高を持つアリが、次から次へと橋を登り、自分たちの巣を踏み荒らす侵入者を排除しようと敵意を向ける。
セツナとダイナは、近くに居るアリに対して銃口を向けて、引き金を引いた。
◆
岩山に住むアリ、マインアント。
岩に含まれる魔石を食べて生活する巨大なアリ。
石を溶かす、特殊な蟻酸で岩を掘り進み、巣の拡張と魔石の採掘を行う。
魔石とは、魔力が何らかの要因により結晶化した物。
人間は動力や素材として使い、魔物の一部は食糧としている。
また、マインアントはアリ塚を形成するために、セメントに似た物質を作り出すことができ、原料を遠方に調達するために、蜂のように羽を持つ個体も居る。
環境を作り変えるほどの建築能力と、石を溶かすほどの酸を使うため、マインアントの巣ができた土地は荒れる。
もし、アリを避ける術を確立することができたのなら、例えば、アリが敵味方を判別するための匂いを、それと同じ香りの香水を調合することが出来たのならば、マインアントの巣と山は、自然の要塞となるであろう。
――セツナとダイナに、マインアントの群れが襲い掛かる。
「魔法いくよ。」
魔法は銃よりも強し、ダイナが左手に杖を呼び出して、魔法を発動させる。
自分たちを守るように、稲妻と竜巻を起こした。
範囲殲滅能力は、線で攻撃する銃よりも、面で制圧できる魔法に分がある。
しかし。
マインアントは、魔法に怯まずに魔法を潜り抜けて、石を掘るために特化した太く短いアゴで攻撃してくる。
素早く、魔法の壁を抜けたマインアントを2人の銃撃で処理していく。
マインアントは、強靭属性という、遠距離攻撃で怯まない特性を持っている。
体力自体は低いのか、ダイナの起こした竜巻で処理できている個体も居るが、落雷の多段攻撃は制圧力が足りずに、多くの個体の突破を許してしまう。
魔法を抜けたアリの1匹が、立ち止まり、頭を上に向ける。
頭を振りかぶって、蟻酸を吐きかけた。
「熱っつ!?」
蟻酸のしぶきがセツナにかかって、じわりと熱が肌を伝う。
ダメージはバリアが吸収してくれたが、さすがのセツナも、蟻酸を拾って投げ返すことはできない。
銃で捌き切れなかったアリを、ダイナは ≪ブレイズキック≫ も交えて処理する。
マインアントは、近接スキルであれば、問題なく1撃で倒せるようだ。
右手でコイルガンを構えて射撃する。
左利きではあるものの、右手での射撃も練習しているので問題なく行える。
シューティングゲームで拾った武器を使う時、不便だったので練習した。
魔導コイルガンの装弾数は100発。
発射レートは、600rpm。
一見すると、100発のマガジンは大容量に見える。
が、この銃は1分間に600発の弾丸を吐き出すスペックを持つ。
例え100発あったとしても、引き金を引ける時間は約15秒程度しかない。
つまり、この群れを前にしては、じきに息切れを起こしてしまう。
「リロード!」
セツナの残弾が尽きた。
ダイナに、リロードの意思を伝える。
地上でのリロードは危険と判断。
ジャンプから空中ジャンプ、 ≪ブレイズキック≫ の順番で使用。
小ジャンブレイズという、空中でのホバリングテクニックを使って比較的安全な空中でリロードする。
銃身の上に取り付けられているマガジンを取り外して、マガジンの前後を入れ替えて装着し直す。
2層式の弾倉が入れ替わり、即座に100発分の給弾を終える。
実用性よりもギミック性を優先したコイルガンの仕様が、今はもどかしい。
装填を終えて、空中を降下しながら射撃。
今度は、ダイナがリロードをするために、空中へと逃げて行った。
セツナは、ダイナのリロードを受けて1人で戦線を維持する。
コイルガンを左腕で抱えて腰だめに撃ち。右手でリボルバーを引き抜く。
絶え間なく押し寄せるアリを押し返すのは、射撃だけでは不可能と判断して、近距離戦闘に特化した武器の持ち方に変更する。
腰だめでコイルガンの弾を適度にばら撒きつつ、自分を襲う敵をリボルバーの一撃で仕留める。
リボルバーの照準は、親指でターゲットを指すように。
インスティンクト射撃(本能射撃)の直感的な射撃で、脅威を処理していく。
使い慣れたこの武器ならば、近距離であればサイトを覗く必要は無い。
押し寄せる群れに対して引き撃ち(※)をして、橋の脇に移動するようにポジショニング。
※引き撃ち:後退しながら射撃を行う事。主にPvEのシューティングで使用される。
コイルガンの弾倉が空になる。
アリの勢いが強まる。
処理に手間取れば、橋を覆いつくさん勢いで新手が増えていく。
アリに背を向けて走り出す。
コイルガンをインベントリにしまい、リボルバーをホルスターに収める。
橋のアーチを登って突っ込んで来たアリを蹴飛ばして、サイドフリップ。
側宙で方向転換、続けてバックフリップで――、橋から飛び降りた。
アリたちは、標的が橋から居なくなったことで立ち止まり、触覚を忙しく動かす。
そこに――。
「フレアボール。」
ダイナの ≪魔導書フレアボール≫ が、セツナに寄って集っていたアリを一網打尽にする。
単発威力に秀でる魔法であれば、怯まない特性など関係ない。
ダイナはテレポート。
ぽっかりと空いた群れの空白に移動して、彼女もセツナの後を追って飛び降りる。
セツナは、飛び降りたあと、アーチの下部分にワイヤーを撃ちこむ。
ワイヤーが、振り子のように振れて、身体を橋の反対側へと運ぶ。
ワイヤーを切り離し、身体が宙に放り出され、頭が谷底を向く姿勢になる。
≪炎撃掌≫ を発動。右手に炎の力をチャージする。
チャージが終わったら、ワイヤーをアーチの横部分へ。
ワイヤーが、橋から離れていく身体をガシリと引き止める。
空中ジャンプを使って横に飛ぶ。
空中ジャンプでワイヤーの巻き取る動作を手伝う。
それから、テレポート。
ワイヤーとテレポートで、橋をぐるりと一周して路面に戻ってくる。
アサルトゲージを1本使い、右手に込めた炎を解き放つ。
「炎撃掌!」
AG版の炎撃掌は、手元で大きな爆発を起こすようになる。
両手を構えて重心移動と共に突き出して、アリを一網打尽にする。
パッシブ「双子の火星が」発動。
もう一度、 ≪炎撃掌≫ を放つことができる。
路面に戻った自分を襲おうとしたアリの集団の背後にテレポート。
「爆ぜろ!」
手元で起こった爆発が、アリを塵芥とする。
地上では、アリの軍勢に飲み込まれてしまう。
ならば、こちらは空中を利用して戦うだけである。
空を飛べば、隙の大きなチャージ動作だって安全にすることができる。
それは、セツナだけでなく――、ダイナだって同じ。
「フレアボール!」
魔導書スキルを、体力をコストに回復させたダイナが、AG版のフレアボールを放つ。
爆風の加害範囲が直径4メートルに及ぶ魔法が、アリの群れを焼き尽くす。
アサルトゲージを使用して、より高熱になった火球は、地面に延焼を残し、体力に乏しいアリの侵攻を食い止める。
広範囲攻撃の連続攻撃で、盤面に隙間が出来た。
2人はコイルガンを取り出し、マガジンを捨ててリロードし直して、攻勢を維持する。
橋の巣穴から、羽を持ったアリが出現する。遠征アリだ。
地上のアリと異なり、顎が長く発達しており、粘性のある糸を吐く。
一度の遠征でたくさんの物資を持ち帰れるように進化しているのだ。
遠征アリが、空から強襲、アゴで2人を挟みこもうとする。
それを避けて射撃。弾丸が命中すると怯み、格好の的となる。
体力は地上アリと同じなのか、弾が3発ほど命中すると力尽きて粒子になって消えた。
また、攻撃ヒット時や撃破時のAG回復量が多めなのか、一気にアサルトゲージが回復した。
空の相手をしていると、地上部隊が勢いを取り戻す。
セツナとダイナは、背中を守り合うように射撃をして、地上と空の敵に対処する。
(キリが無い。)
先ほど使ったポーションが使用可能になっている。
バリアは、有効時間が切れて消失した。
目まぐるしく変化する状況が、物凄い勢いで集中力を削っていく。
ソードリザード、マッドモンキー、マインアント。
連戦によって、わずかに鈍った集中力。
逃げ場が無い、手間取れば終わるという緊張感。
その隙間に、殺意が空から滑り込んで来る。
リロードをしようとしたセツナの胴体を、遠征アリが捉えて、空に連れ去った。
◆
「やっっっば!?」
セツナの身体が、橋を飛び出して谷の上に晒される。
リボルバーで反撃をしようにも、腕も拘束されているため、上手くいかない。
(ブレイブバーストも無理か‥‥。)
状態異常、拘束状態。
この状態では、プレイヤーの行動が大きく制限される。
アサルトアクションを始め、ほとんどのスキルの使用、ブレイブアクションなどに制限がかかる。
遠征アリの挟み込みであったり、ボスの強力な連携には、この拘束状態が付与され脱出が困難にされている。
マルチモードで戦う場合、敵の行動が一部強化される。
遠征アリの挟み込み攻撃は、複数人のプレイヤーがいる場合、拘束の状態異常を持つのだ。
このまま谷底に放り捨てられてしまったら、一発アウト。
‥‥‥‥。
‥‥。
だがしかし、マルチモードであるならば、ピンチをフォローしてくれる仲間がいる。
「マジックサイクロン。」
竜巻が起きて、アリが倒され、拘束状態が解除された。
重力がセツナを谷底に引きずり込もうとするが、その身体を魔法の竜巻が受け止める。
身体が吹き上げられて、復帰するに十分な高度を得る。
窮地を救ってくれた恩人に、通信でお礼を言う。
「ありがとう、助かったよ。」
「へへん、お互い様だよ。」
空中でセツナは、コアレンズを取り出す。
やはり、チマチマした削り合いは性に合わない。
「ここからは派手に――、火薬増し増しでいこう。」
コアレンズを、右手の魔導ガントレットに差し込む。
ソードコア × グランドスマッシュ = ――――。
――昔話をしよう。
ある、吸血鬼を狩る狩人の話しだ。
吸血鬼狩りに使われる道具は様々だが、中でも、棺桶は狩りに欠かせない。
闇の住人は、夜の世界では殺せない。
奴らを暗闇から引きずり出し、白昼晴天の太陽でもって、その魂と肉体を焼き祓う。
そのためには、棺桶が不可欠であった。
棺桶は、弱らせた吸血鬼を封印し、運ぶために用いられた。
その棺桶は重く、丈夫であった。
そして、ある狩人は天啓を得る。
「この棺桶を振るい、武器として用いれば良いではないか。」
ソードコア × グランドスマッシュ = 火薬の石棺 (Gun rocker)
地上に立ち、鎖で繋がれた棺桶を両手で振り回し、アリを力づくで薙ぎ払った。
圧倒的な重量は、大蛇となりて、地上に石の嵐を巻き起こす!