3.7_調査の理由。
森の住民による、とても友好的な歓迎会で、もてなされた天蓋の大瀑布調査隊。
2人は再び、調査目標である山の上に建てられた遺跡を目指す。
目的地への道のりは、もう半分を超えている。
調査隊のメンバーである、ダイナとセツナは、先ほどの戦闘の感想戦をしていた。
振り返りと反省会は大切である。
横目で、ダイナとマッドウータンのハイライト動画を視聴しつつ、2人は森を歩いて行く。
「――っていう感じの、オランウータンみたいなボスだったよ。」
「へぇ~、それは厄介そうだな~。
オレとは相性が良く無さそうだから、結果論だけど、良い役割分担だったね。」
マッドウータンは、攻撃のリーチに優れ、強力な遠距離攻撃手段を持つボスだった。
リーチが短く、防御性能が貧弱な、セツナの魔導拳士だと厄介な相手だっただろう。
(オランウータンは群れない動物なのに、小猿と群れていたのか。珍しい。)
ダイナの話しに相槌を打ちつつ、そういう考えがよぎった。
ここで、2人の反省会に、ぞろぞろと別のメンバーが加わってくる。
『みんなにはナイショだけど、ここで1回やられましたすいません。』
『落とし穴はガチでビビるから、マジやめて欲しい。』
調査隊のメンバーは2人だけでは無い。
ダイナの配信にやって来ているリスナーも感想戦に加わって、振り返りをする。
「う~ん、爆風の広い火球攻撃かぁ。魔導拳士だったら、どうやって凌ごう。」
セツナは、ダイナから聞いた情報と、彼女のサポットが編集してくれた動画をもとに、脳内シミュレーション。
自分ならどうやって戦ったのかを考える。
脅威となるのは、やはり酒ブレスだろう。
アサルトシールドで無効化はできるだろうが、アサルトゲージを吐かされるリターンと釣り合わない気がする。
『あのブレス、ノックバック型の無敵技で反射が可能。』
『3発目を無敵技。』
「――! ああ、なるほどね!」
コメントで、おすすめの攻略法が提示される。
その手があったか!
一部の遠距離攻撃は、反射させることができる。
積極的に狙うほどの物では無いが、特定の場面で役に立つことがある。
「いや~、持つべきものは優秀なリスナーですわ~。」
「ふふん。どうだ、ボクのリスナーは。」
参ったかと胸を張るダイナ。
集合知による数の暴力。
それこそが、ゲーマーという群れが持つ最大の能力だ。
「じゃあじゃあ、遠距離攻撃を装備していないビルドで、大ダウンを取るにはどうする?」
無敵技の反射も無しで。
仮想のビルドを想定して、大猿を木から落とす方法を考える。
ビルドとは、常に変化する。
ビルドによっては、遠距離攻撃が無いとか、無敵技が無いとかもあるかも知れない。
敵の行動に対して、複数の解答を用意しておくというのも重要である。
敵も戦場も、こちらの都合には合わせてくれないのだから。
セツナの質問に、ダイナは少し考える。
歩きながら、腕を組んで、左手の人差し指を口元に置く。
「う~~ん、テレポートだけじゃ届かないよね?」
「振り子ジャンプを使えば距離は足りるだろうけど‥‥、ブレスを捌きながらジャンプは出来ないかも。」
テレポートの移動力だけでは、木にぶら下がる大猿まで届かない。
ワイヤーを使った振り子ジャンプなら届くが、振り子ジャンプは準備動作が長い。
ブレスの加害範囲からも逃げられないし、得策ではない。
う~~~ん。
2人して、腕を組む。
『あの‥‥、魔導コイルガン。』
『コイルガン< 俺をお探し?』
『2人とも、記憶が‥‥。』
魔導コイルガン。
言われてみれば、そんな物が支給されていた気がする。
「「あ~、それだ。」」
2人とも合点がいき、納得したように互いを指差す。
アリサの、困った感じの苦笑いが通信から聞こえた。
『エージェントは、話しを聞けない。』
『アリサちゃんが、テレポートと魔導コイルガンに言及してただろ! いい加減にしろ!』
「違うのみんな、言い訳をさせて! お願い。」
「普段使わない武器がいきなり使える訳ないでしょ! いい加減にしろ!
見ろ、見事なカウンターで返した。」
コメントの切れ味に、ダイナとセツナは開き直る。
「そもそも、ボクたち以外にも、コイルガンの存在忘れてた人いるでしょ!
ボク知ってるんだからね!」
‥‥‥‥。
‥‥。
『ノ』
『の』
『さーせん』
『やめてくれリスナー、そのナイフはオレにも刺さる。』
『アリサさん、ごめんなさい。』
「ほらー!」
「あぁ! しかも『の』ってコメントした人、さっきオレらのことを、話し聞けないとか言った人じゃん!」
「な~~に~~! こら~~~!!」
集合知による攻略と開発。
プレイヤーは、時に足を引っ張り合い、時に手を取り合い、自己と相手を高めていく。
「――あははは‥‥‥‥。みなさん、とても仲良しのようで。」
その様子を、アリサが苦笑しながら眺めていた。
◆
「そう言えば、話題は変わるんだけど。」
すっかり、リラックスモードになったセツナが、ダイナに話し掛ける。
「うん? なになに?」
「オレたちって科学の世界の住人じゃん?」
「うん、そうだね。」
「なら、今回の調査だって――、機械の力を使っても良いんじゃない?」
「――。確かに、あえて生身の人間2人だけでする必要ないよね。
車は難しいけど、空から探索できるヘリとかは出しても良いような?」
それに、こういう時のための、センチュリオンでは無いのかなと、ダイナは付け加えた。
空を飛べて、地上でも活動できて、戦闘もこなせる。
汎用兵器であるセンチュリオンは、こういう時にこそ本領を発揮しそうな気がする。
地上では戦車、空ではヘリコプター。
センチュリオンは、魔法の技術を取り入れた各領域のスペシャリストには劣るが、それでも戦術的な価値を保てる汎用性がある。
想定外が想定内の調査任務こそ、センチュリオンの独壇場な気がする。
2人の会話を聞いて、ホログラムディスプレイの先で、オペレーターのアリサが困った顔をしていた。
「あはは‥‥、それは――。」
「おや? いつものアリサさんと違って、歯切れが良くないね。」
これは、何か裏がありそうだ。
普段はハキハキと応対するアリサが言い淀んでいる。
「少し、待ってください。」
そう言って、アリサは裏で何やら作業をし始めた。
キーボードを叩く音や、軽く会話をしている声がマイク越しに聞こえてくる。
そう時間を置かずして、「お待たせしました」と戻ってきた。
「局長から許可を頂いて来ました。
じつは、今回の任務ですが、本部が性急に成果を提出するよう、急かしてきている任務なのです。」
なんだか、きな臭くなってきた。
「ほう‥‥、詳しく。」
セツナが、続きを促す。
「はい。そもそも、魔法界の調査には、3つの目的があります。
1つ目は、魔法界に存在する資源の調達。主に魔石や魔物の素材ですね。
2つ目は、魔法界に栄えた文明の調査。私たちが使っている魔法は、魔法界の文明を紐解くことで得られた技術です。
3つ目は、我々人類が絶滅の危機に瀕した、ディヴィジョナーたちへの対策。
彼らが何処から来て、どのようにして生まれているのかを調べる必要があります。」
現在の私たちは、魔法という力を得てもなお、魔法界にあまりにも無知であると、アリサは説明を締めくくった。
魔法界調査の意義は理解した。
ならば、それと本部がどんな風に関わってくるのか?
そもそも、本部とは何か?
ダイナが質問する。
「アリサちゃん、そのことと、本部がどんな風に関わってるの?」
「本部は、我々CCC支部の上位組織で、主に行政面の公務を担当しています。
それから、軍事力を持つ、私たち支部に対しての抑止力としての機能も担っています。」
CCC本部、セツナたちエージェントが属するCCC支部の上位に位置する組織。
本部の正式名称を、中央統制機構、セントラルシティコントロールと呼ばれている。
どちらも略称はCCCだが、区別が必要な場合は、本部やコントロール、管制などと呼称する。
エージェント属するCCC支部の方は区別が必要な場合、支部やコマンド、コマンドーと呼称する。
本部は、主にセントラルの行政を受け持っている。
国家や都市を維持運営するためには、3つの要素が必要とされる。
それは、「パン」と「剣」と「筆(法)」だ。
本部は、この筆を握っている組織。
また、剣に対する抑止力として、クローン兵による軍団を組織している。
法と、それを執行させられるだけの武力。
それが、本部という組織だ。
「――で、その本部がどうしたって?」
「それが‥‥。至急、天蓋の大瀑布を調査して、内容を報告せよと強制に近い指令が下りまして。」
うん、なんだかきな臭い。
「本来であれば、異界への門をトンネル部隊が開通させた後、周辺の安全を確認し、トンネルを拡張し物資を輸送し、拠点を設けてから調査を開始します。」
「わかってきたよ。つまり、今回はそれだと間に合わないんだ。」
「その通りです。‥‥すいません、エージェントの安全を確保するのが私たちの仕事なのですが、断り切れずに――。」
「――気にすること無いよ。だったら、電話帳くらい分厚い報告書を書いて、本部に叩きつけてやろう。」
本部は、いわゆる”制服組”で、現場の事情に疎いところがある。
クローン兵という、単価幾らの兵士を保有していることもあり、兵士の命や人権を軽視する傾向がある。
人間は、機械よりも魔法の扱いに長けている。
それぞれに得手不得手があり、一長一短。
それくらいの認識なのだ。
そんな本部の、そのふんぞり返った態度が気に食わない。
セツナとダイナの感情はひとつになった。
ゲーマーという生き物は、大なり小なり負けず嫌いな生き物だ。
負けず嫌いは美徳であり、また悪癖でもある。
アリサに、今回の上からの無茶振りを気にすること無いとフォローして、森を進んでいく。
ぼちぼち、森の終わりが見えてきた。
ダイナがセツナに近づいて、肩が触れ合うくらいの距離となる。
お互いに顔を近づけて、2人で内緒話。
「で、本部の狙いは何だと思う?」
「十中八九、オレらを始末するためでしょ?」
「だよねー。」
ディフィニラ局長が仄めかした、内通者の存在。
セントラルの犯罪数を増加させ、赤龍との繋がりも考えられる内通者の存在。
今回の突然の任務が、これらに関連しているとなれば、内通者の根城は本部である可能性は充分にあり得る。
現場を知らないという事情を逆手に取り、有能なエージェントを始末して、支部の力を削ぐ。
支部が任務を突っぱねるならば、適当に責任をでっち上げて、ディフィニラ局長を解任する。
それくらいの腹芸が出来なければ、セントラルの法を執行するなど不可能である。
無能を装う有能の相手は厄介だ。
目的のためにプライドを捨てられる強かな相手は、暴力での解決が難しい。
内緒話は終わり。
距離を開ける。
「まあ、本部にはいつかケンカを売るとして、今は目の前の仕事を片付けよう。」
「そうだね。」
森を抜ける。
森を抜けた先は、岩山だった。
黄色と赤色の生える景色が一転。
黒味を帯びた石や岩が広がり、深い谷が2人の行く手を阻む。
谷の向こう、そこを登ったところに、目的の遺跡はある。
なぜ、ゲートのあった場所から遺跡が見えていたのか?
それは、遺跡の周囲に、背の高い木々が茂っていないから。
紅葉の山と、黒い岩山。
谷の間を、石で造られた橋が繋いでいる。
2人は、真剣な表情となり、顔を合わせる。
この橋、渡るべからず。
もし渡るならば、用心せよ。
――これは、ただでは向こう側へ渡してくれなさそうだ。




