3.2_メイジのダイナ
プレイヤー、ダイナ。本名、大田 直人。
性別、男。
彼の初恋は、甘酸っぱい後味を頬に残して消えていった。
以来、乙女心を理解すべく、ゲームで女性キャラを使うようになった。
VRゲームでは、アバターの性別も任意に選ぶことができる。
今日も彼は、電脳の世界で、身も心も乙女になりきって過去の経験から未来の糧を得る。
◆
「やっほ~! ダイナ&マイトチャンネルの、ダイナだよ~!」
ダイナは、サポットのマイトの前で、笑顔を作る。
笑顔を作り、手を振る。
ゆったりとしたセーターの袖口から、細くて白い手首がちらりと覗く。
「今日はね、M&Cのオンラインサーバー、通称ピースフルサーバーにお邪魔してまぁす!」
そう言い終わると、空からダイナ目掛けて、戦闘ヘリコプターが墜落してきた。
それをテレポートで躱して、火の手の上がるヘリを気にした様子も無く続ける。
「うん、今日も平和だね。――セントラル基準だけど。」
ダイナは今、M&Cのライブ配信をしていた。
VRゲームのライブ配信は、サポットが様々な画角からカメラを回して撮影が行われている
至る所でカメラを回して、もっとも見栄えの良い角度からの映像を流す。あるいは、複数のカメラの映像を分割して流すなど、昔の生放送テレビもかくやという体制で撮影と放送がされていく。
配信は、現実世界でPCやホログラムディスプレイで視聴したり、電脳世界でのプライベート空間で視聴することもできる。
VRゲームは、仮想の肉体を使用するという都合上、スポーツに似た疲労感が蓄積する傾向があり、ビデオゲームと同じように超長時間のプレイができない。
そのため、休息の時間を使ってライブ配信を視聴するというゲーマーライフスタイルが築かれており、配信の需要は高い。
娯楽が飽和し、労働の義務が無くなった世界では、ライブ配信で注目を集めることは、数少ない自己表現の場である。
ライブ配信業界は、もはやレッドオーシャンどころかブラックオーシャンと化し、玉石混交が極まっている。
その中で、ダイナはチャンネル登録者数が5000人規模。
主にライブ配信で活動しており、同時接続数は100ほど。
可愛いアバターで、可愛いロールプレイをして、けっこうガチめなアクションで攻略していくというスタイルが一部のゲーマーに刺さって、一部の界隈を賑わせている。
また、ダイナと同じく、電脳世界の乙女たちからの支持も得ており、趣味のライブ配信にしては大規模なコミュニティを築いている。
「今日はね、いつもとは違って、企画物のライブをしたいと思うよ~。
今日の規格は~――。」
デデン! 配信に効果音が挿入される。
「オンサーバーで、逆ナンしてみた! 企画ぅ~~~!!」
どこからともなく、拍手の音が聞こえる。
「と、言うわけで、その辺の男を引っ掛け――、じゃなかった、声を掛けてみたいと思いま~す。」
それじゃあ、いってみよう!
オーと、腕を挙げて、片足をちょんと曲げてポーズ。
電脳世界だからこそできる、あざといポーズ。
仮想の世界なのだから、仮想の女性像があっても良いのだ。
幻想とは、電脳世界においては現実なのだから。
ダイナは騒がしくピースフルな、オンラインのセントラルをてくてく進む。
少し歩くと、周囲の注目を集めている2人組を見つけた。
パーカーを着た男性の足元で、スーツを着たガタイの良い男性が、笑い転げのたうち回っている。
彼らの様子はライブ配信の映像でも流れ、視聴者に困惑の感情を抱かせている。
ダイナは、お目目を大きな袖でごしごし。
何かの見間違いでは無いかと、ぱっちりと瞳を開いて再度確認する。
――分かってはいたけれど、見間違えでは無かった。
(あっ、スーツの人が強制ログアウトさせられた。)
笑い転げていた男性が居なくなり、パーカーの男性だけが残った。
何やら、サポットと談笑している様子。
そこから、炎上するパトカーに突っ込まれて、それを回避。
パトカーに乗っていたプレイヤーに、自分の回復アイテムを差し入れしていた。
(へぇ~。)
ちろりと舌を少し出して、イタズラっぽい表情。
オンラインで、袖が触れ合うのも多少の縁。
彼と袖が触れ合うと、面白そうな気がする。
ライバーではなく、ゲーマーとしての勘がそう言っている。
「よし! きめた! ボク、あの人をナンパしてみる。
‥‥ボクの配信でボクより目立つなんて、許せないし。」
ダイナは、爛々と燃え盛るパトカーをまじまじと眺める男性の後ろから、声を掛けた。
「ちょっと、ちょっと、そこのお兄~さん♪
ボクとデートしない?」
男性は、ノータイムで首を縦に振った。
◆
電脳世界では、現実の性別とは別のアバターで遊ぶことができる。
M&Cを始めとした、マジックシリーズのプレイヤー人口は、公式の調べによると男女比が8:2となっている。
男性が圧倒的に多い。
しかも、8:2という数字は、四捨五入してこの数字であり、実際はもっと男性プレイヤーの方が多い。
マジックシリーズは、油断すると、野郎と筋肉とハゲが量産される傾向があり、とにかくむさ苦しい。
そこに舞い降りる、電脳の乙女たちは、まさにこの男所帯の清涼剤。
彼女たちのおかげで、アバターの男女比は、6:5までバランスが取られている。
なぜ、6:5になっているかと言えば、気分によって漢と乙女を頻繁に切り替えるプレイヤーが居るから。
さて、オンラインゲームでは、昔から男女の人間関係による問題が度々世間に知られることとなっていた。
その問題を回避するために、プレイヤーは自身の現実での性別を任意で公表することができる。
ダイナは、現実では男性であるということを公表しているプレイヤーである。
女の子の姿をしていて、男の距離感で接することができるプレイヤー、それがダイナ。
ダイナとセツナは、建物に突っ込んで燃えるパトカーの横で自己紹介をする。
「ボクはダイナ。クラスはメイジ。」
「オレはセツナ。クラスは魔導拳士。」
ダイナがフランクな応対をするので、セツナも砕けた口調で話す。
「へぇ~、魔導拳士って珍しいね。」
セツナは、ちらりと道路の方を見る。
「あぁ‥‥。さっきのアレ、見てた?」
「うん。なんか楽しそうだったね。」
JJの強制ログアウト劇が、2人の記憶から出てきて、脳内で映像化される。
「さっきの友人は、火薬術士なんだ。」
ダイナは、口元を袖で隠して、驚いた仕草をする。
「えぇ~! 2人とも珍しいクラスじゃん! しかも、設定では双子のクラス。」
「そう、前作では吸血鬼狩りの狩人たちが築いた技術体系で、後に魔法と火薬に分派したっていう。」
前作では、魔導拳士と火薬術士は、同じ門下で培われた技術で、それが時代が下って分派したという設定がある。
いわば、双子の兄弟なのだ。
火薬術士はシリーズ1作目からの登場で、魔導拳士はシリーズ2作目からの登場のため、生き別れの双子の兄弟と呼んだ方が正しい。
そして――。
「ふふん。ボクはメイジだから、その2人のお姉ちゃんって訳だ。」
「そうだね。何だか親近感。」
魔導拳士は、メイジから派生して生まれたクラス。
初期作にて、遠距離攻撃をせずに近接スキルで固めたメイジのビルド「ステゴロメイジ」が、魔導拳士の源流。
ステゴロメイジにインスパイヤされて、2作目で登場したのが、魔導拳士と言う訳だ。
奇しくも、設定やシリーズの歴史で接点のあるクラス同士が集まった(集まっていた)ことになる。
優等生のお姉ちゃん。頭と武器のネジが飛んでいる双子の兄。世渡り上手な双子の弟。
魔導拳士は、お姉ちゃんの良い所と、お兄ちゃんの悪い所を見て育ったクラス。
そう、プレイヤーからは揶揄されている。
共通の話題で場が温まったところで、ダイナがそろそろ本題を切り出す。
「ところでセツナ。今、ボクはライブ配信をしているけれど、大丈夫?」
「大丈夫、問題ないよ。」
そう言って、ダイナのサポットである、マイトに手を振った。
配信画面にも、手を振るセツナの姿が流れる。
セツナ自身も、たまに動画を投稿しているので、撮られることに抵抗は無い。
基本的に、マジックシリーズのユーザーは、エンタメと戦いに飢えているので、ライブ配信に自分が映ることへの忌避感は薄い。
むしろ、自分の部活動を、別の部活の女子にチラチラ見られて、やる気が出るタイプ。
単純である。
「よし! じゃあボクと、どこかに遊びにいこう!」
「OK! エスコートは‥‥、お任せてもいいかな?」
――と、そこに通信が入り、ダイナの前にホログラムのディスプレイが表示される。
画面には、CCCのオペレーターである、アリサの姿があった。
「ダイナさん、お休みのところ申し訳ありません――。」
セツナも、ダイナの後ろから画面を覗き込んだ。
「あっ! セツナさんもいらっしゃるのですね。丁度良かった。」
ダイナとセツナは顔を見合わせる。
「これって‥‥、もしかして。」
「渡りに船ってヤツ?」
きょとんとするアリサ。
かぶりを振って、気を取り直して――。
「ダイナさん、セツナさん、お二人にお願いしたい仕事があるのです。」
◆
CCC支部、地下5階。
ガランとした無機質な空間の中に、森と湖が広がっている、異様な室内がそこにはあった。
この世界が魔法の技術を持ち帰った、異世界へと繋がるゲートがある部屋である。
ゲートは、科学の世界の空間を塗り替えるように、黄色や赤色に色づく森の世界をこの地下室に生み出している。
異世界は、様々な名前で呼ばれている。
魔法界、ノウ・ラの大地、ウーラの地。
科学界の人類はかつて、エネルギー資源の枯渇の打破を、異世界に求めた。
異界への扉を開き、そこから資源を調達することを目論んだ。
その結果は、予想以上の成果を上げた。
異界から、魔法や魔力の技術を持ち帰ることに成功したのだ。
魔力は、尽きることの無い、無尽蔵なエネルギーだった。
科学界の人類は、科学の理論と魔法のエネルギーで大いに発展した。
しかし、魔法が日常に溶け込んだある日、文明は滅びた。
異界からの侵略者、ディヴィジョナーの侵略を受けたのだ。
ゴブリン・吸血鬼・ゴーレム。
おとぎ話や伝承の住民が、科学界を、緑と青の天体を、血と炎で染め上げた。
そして、世界中に広がった血だまりを、ドラゴンが全て焼き払って、世界は終わった。
辛うじて絶滅を逃れた人類は、ディヴィジョナーたちの侵略に備えて、異世界の調査を行っている。
その調査に、セツナとダイナが抜擢されたということだ。
アリサが任務の説明をする。
「今回の任務は、異世界の探索です。
お二人は、一次調査の先行調査部隊、危険度の高い任務です。」
「ふふ~ん、やっとボクたちも評価されてきたってことだね。」
「危険度の高い任務、テンション上がる!」
臆する様子が無い2人に、アリサは安心して、でもちょっぴり不安。
「お二人に探索して頂く場所は、作戦コード4055地点。通称 ”天蓋の大瀑布” と呼称している場所です。」
天蓋の大瀑布‥‥、なんだか映えそう。
ダイナは心の中で、ほくそ笑んだ。
セツナは、大瀑布の意味をマルにこっそり教えてもらっていた。
「異世界では何が起こるのか、どんな敵が出てくるのか分かりません。
武装の準備は、そのことも想定してお願いします。
それと――。」
「「それと――?」」
殺風景だった部屋に、突然ガンロッカーが現れる。
「ディフィニラ局長からです。上手く使えと。」
ダイナがスマートデバイスをガンロッカーにかざす。
ロッカーの扉が開き、中を見ると、2丁のライフルが入っていた。
1丁ずつ手に取って、使用感を確認してみる。
ライフルは、大きさ的にサブマシンガンや、PDW (プライベートディフェンスウェポン)くらいの大きさ。
アサルトライフルよりもコンパクトで、閉所でも使いやすい大きさとなっている。
鬱蒼とした森で使う場合でも、銃口のコントロールがしやすいのは良いことだ。
手に取ったPDWは、レトロ時代にベルギーで開発された、P9O短機関銃に似ている。
ヴァイオリンと呼ばれる、SFチックで特徴的な外見。
射撃に関わる機関部が、グリップ一体式のストックに囲まれており、これがP9Oの独特なデザインを生み出している。
マガジンは、銃の上部分に装填するという、これまた独特な形式。
バレルに這うようにしてマガジンを装着するので、大容量のマガジンを装着することができる。
また、弾の排莢は銃の下部分で行われるため、利き手を選ばずに使用が可能。
――と、思ったけれど、この銃には弾の排莢口が無い。
疑問に思っていると、アリサから説明が入る。
「その銃は、コイルガンです。魔力で生み出した電気の力で、魔石の弾を撃ち出します。」
ダイナが、ガンロッカーの下にあった、紙の箱を取り出す。
中には、メダル状の、黒曜石に似た黒い魔石が入っていた。
硬貨の10円玉くらいの大きさの弾を撃ち出して、攻撃をするらしい。
「装弾数は、100発×2ロール。」
「2ロールっていうのは?」
「弾が2層式になっていて、マガジンの前後を入れ替えることで素早く装填できます。」
「へぇ、面白い。」
ダイナとセツナは、マガジンの前と後ろを入れ替えて、装填し直してみる。
カチャリと音がしてマガジンが銃に装着され、問題なく使えることが分かった。
「ワンマガジン200発、予備のマガジンを4本で、合計1000発を支給します。
銃のスペックは、ファイヤレートが分間600発、有効射程が約300メートルです。」
レートはやや低め、有効射程はこの世界基準では、短機関銃のわりに長めである。
メダル状の弾丸のため、本来ならば空気抵抗が大きく、射程が短くなるはずだが、それを魔法の物理法則を無視する特性で弱点を踏み倒している。
「魔石の弾は、通常の弾よりも情報容量が大きく、威力があります。
セントラルでは、周囲の被害を考慮して所持と使用が制限されていますが、異世界にこの法律は適応されません。」
つまり、非人道的な兵器も、異世界ではルール無用という事だ。
アリサの説明を受けて、2人はコイルガン、正確には魔導コイルガンをインベントリにしまった。
最後に、セツナは腰に差したリボルバーを手に取り、リロード。
暴発防止のために、1発だけ空にしていた弾倉に弾を詰めた。
充分に戦闘が想定され、いつ戦闘が起こるか分からない。
愛銃であるリボルバーも戦闘状態にして、ゲートの前に立つ。
「じゃあ、準備もできたし! しゅぱ~~っつ!」
オー! と、2人で腕を掲げる。
2人並び、空間を塗り替えているゲートの元へと向かい、ゲートの向こうに見える世界へと――。
魔法と冒険の世界へと、足を踏み入れた。
――ガタンッ!
顔が壁にぶつかった。
「イったい!?」
「ぐっへぇ!?」
静まり返った地下室で、揃って顔を押さえる。
「うぅ‥‥、なんで~?」
ダイナが、鼻を押さえてごちる。
セツナが、うんうんと同調する。
ホログラムの画面から、困ったような声が聞こえて。
「‥‥あの、ダイナさん、セツナさん。転送しますので、ゲートの前に立ったままでお願いします。」
どうやら、ゲートに表示されていた景色は、転送先の景色を投影しているだけだったようだ。
足元が光り、魔法陣が描かれる。
これで移動するらしい。
ゲートなんて名前だから、てっきりダイレクトに向こうへ行けると思ってしまった。
「転送まで、3――、2――、1――。転送。」
まばゆい光に包まれて、地下室から2人が居なくなる。
ゲートの向こう、森と湖が広がる先で、冒険が待っている。




