3.1_紅一点登場?
M&Cには、PvP用のワールドが用意されている。
ワールドの種類は複数あり、対人要素の強度も強弱がある。
味方勢力には攻撃が当たらない、フレンドリーファイアが無しのルール。
なんでも壊せる、仲間であろうと誰にでも攻撃ができる、なんでも有りのルール。
基本的にプレイヤーは、エージェントとヴィランのどちらかの陣営に所属して、秩序を守るために、あるいは秩序を破壊するために行動をする。
通常のモードだと不可能である、ヴィラン側として銀行強盗や、エージェントたちの襲撃をできるのが最大の特徴。
それどころか、第三の勢力を名乗って、更なる混沌と火種を生み出したって良い。
マップは、1週間ごとにリセットされるため、うっかりセントラルが崩壊してしまっても安心。
デスペナルティも、無いに等しい。
各勢力の状況によってリスポーン地点が変わるため、リスポーンしてから前線への復帰に時間がかかるくらい。
そもそも、装備がスキルやパッシブ性なのでアイテムロストをすることも無いし、戦利品として鹵獲の価値があるのは戦車とか戦闘ヘリとかの類いである。
無いに等しいデスペナルティ。
1週間経てば環境リセット。
PvPサーバーでは、存分に死に、存分に殺し、存分に学ぶことができる。
そして、存分に戦えばよい。
◆
セツナとJJは、今日はPvPサーバーにお邪魔していた。
サーバーのルールは、ピースフルというルール。
一応、プレイヤー同士がコミュニケーションを図るための、憩いのサーバーということになっている。
このサーバーでは、エージェントかヴィラン、どちらかの勢力にも属していない間は、他者から攻撃されることは無い。
そのため、セントラル由来の治安を悪さを肌で感じつつ、プレイヤー同士のいざこざを野次馬しつつ、いつもよりもちょっぴり過激なセントラルを味わうことができる。
今、2人の目の前を、黒いスポーツカーとパトカーが、銃撃戦をしながら通り過ぎていった。
その上空では、プレイヤーが駆るセンチュリオンと、プレイヤーの操る戦闘ヘリがドッグファイトをしている。
センチュリオンが撃墜されて、ビルの青い窓を突き破って、ビルから黒い煙と真っ赤な炎が上がった。
あちこちで銃撃の音が聞こえて、あちこちで煙が上がっている。
いつもよりも、治安の悪いセントラルだ。
‥‥いや、いつもこんな感じだったかも?
M&Cプレイヤーは、戦いとエンタメに飢えているため、これくらい騒がしいのは平常運転かも知れない。
「いやー、初めてこのサーバーに来たけど、みんな元気だね。」
「ああ、この騒がしさには、安心感がある。」
念を押しておくが、このサーバーは、プレイヤー間のコミュニケーションのために設けられたサーバーである。
そのサーバーで、これだけドンパチやっているという事は、つまりプレイヤーとしては、このドンパチこそがコミュニケーションということなのである。
血の気が多い。
郷に入っては郷に従え、先人はそう仰ったので、セツナたちもこの騒乱に加わることにする。
「‥‥で、どっちに味方しよう?」
「そりゃあ当然、――旗色の悪い方。」
スマートデバイスで、陣営のパワーバランスを確認してみると、どうにもエージェントサイドが押され気味らしい。
JJが、「決まりだな」とセツナに了承を取る。
「うん、それじゃ、いつもみたいに悪党を取っちめます――。」
――ピンポーン!
家のインターホンのような音が響いた。
さあ、対人戦だと息巻いた勇み足が挫かれて立ち止まる。
立ち止まって、JJの方を見ると、なぜだか冷や汗を流しているように見える。
彼のサポットのハッカクが、八角形のホログラム体で現れる。
「JJ、合鍵による開錠を確認。」
ギクリ!
動揺が、確信に変わる。
JJは、ハッカクに何も答えず、スマートデバイスを操作して、彼のホログラム体を消した。
じーっと、セツナは冷や汗を流すJJを見る。
これは、風向きが怪しくなってきた。
「あの、JJ。お客さんらしいけど?」
「ようし、セツナ! 悪党どもを取り締まりに行こう! セントラルの平和のために戦うの――。」
――カチャリ。
扉の開く音が聞こえた。
「‥‥あの、JJさん?」
「気、気にするな! ほら、マップを見てみろ、銀行の方で強盗が――。
あ゛ふんッ!!」
素っ頓狂な声を上げると、JJは自身のお腹周りを抑えて、身震いし始める。
「アハハ! まてまてまて、脇腹は反則だって! くすぐるなッ!」
JJは、笑い転げ始めた。
どうやら、JJの生身の方を、こちょこちょされているらしい。
セツナは、だいたい察した。
おそらく、ゲームに現を抜かし過ぎて、彼のガールフレンドが痺れを切らしたのであろう。
「待って、話し合おう! あと1時間――、いや90分待って!」
こちょこちょは止まらない。
スーツを着ている、ガタイの良い筋肉ダルマが、笑いながら地べたをのたうち回っているのを見て、周囲から視線が集まる。
強盗もエージェントも、カーチェイスを止めてJJとセツナを見ている。
‥‥視線が痛い!
視線が痛いので、マルにお願いをする。
「マル、電脳保安局に連絡してくれるかな?」
「もう繋いでます。」
さすが、できるサポットである。
ほどなくして、docに電話が繋がる。
「ハイ、こちらdoc、ダイバーオペレーションセンターの担当AIです。」
「すいません、ダイバーのセツナです。えーっと、プレイヤーの強制ログアウト権限の付与をお願いします。」
docとは、電脳野に関するライセンスを管理する公の組織である。
ライセンスを所持するダイバーの管理だけでなく、電脳世界のでの警察のような役割も果たしている。
また、有事の際には、ダイバーに治安維持のための権限委譲をすることもあり、電脳世界の治安維持はダイバーの義務でもある。
セツナの通報、及び上申にAIが返答する。
「ダイバーセツナさん。強制ログアウトを執行する、その理由をお聞かせください。」
「え~‥‥。そう、痴情のもつれです。」
「了解しました、痴情のもつれですね。」
docのAIさんは、けっこうフランクであった。
電脳世界での違和感は、なんでも集めたいという意向らしく、痴話ケンカの仲裁をすることもある。
その辺りも、現実の警察と同じである。
AIが、セツナの上申の妥当性を判断する。
「ダイバーの座標を特定、前後の状況を確認。マザーコンピューターからの解答――。
セツナさん。あなたに、ダイバーJJの強制ログアウト権限を付与します。
ダイバー緊急出動、プロトコル01、任務を遂行してください。」
AIの解答後、セツナの右手に手錠が転送されてくる。
強制ログアウトをさせるためのツールである。
セツナは、「はいはい、アッセンブルアッセンブル。プロトコル01。」と、軽い調子で復唱。
その後、屈んでから、JJの片方の手首に手錠をかけた。
手錠をかけられたJJは、身体が光の粒子になって、消えていった。
「ばいば~い!」
笑い転げながら冷や汗をかいている筋肉マンを笑顔で見送り、周囲を見渡して、大きく腕で丸を作った。
すると、周辺の時が再び動き出す。
事態は去った、平和が戻った。
車を止めていた強盗とエージェントは、再びアクセルを踏んでカーチェイスを始める。
彼らを手を振って見送る。
見送って見えなくなると、今度はマルがピロリンと目の前に出てくる。
「JJさんの彼女さんからメッセージです。
JJを捕まえてもらい、ありがとうございます。
勝手ではありますが、今日はJJをお借りします。
また後日、一緒に遊んであげてください。とのことです。」
――先方のサポットから、返信は不要と承っております。
――そう、ありがとう。
マルに感謝を述べると、彼は不意に疑問に思ったことを口にする。
「JJさんの彼女さんは、おしとやかな印象を受ける方だったのですが‥‥。」
セツナも、何度かボイスチャットで会話をしたことがある。
‥‥主に、JJを電脳世界から引っ張り出す件で、会話したことがある。
ご飯が出来たというのに、一行にログアウトしなかったことが何回かあり、その縁で話したことがある。
その時の印象としては、マルの言う通り、物腰柔らかな口調の女性であったと記憶している。
益荒男と、手弱女カップルだなんて思ったものだ。
「それが、こちょこちょ――。意外とアグレッシブ デス。」
「まあ、それは、ほら。大好きな彼だけに見せる一面、みたいな?」
それっぽいことを言って、答えてみる。
マルは、「へぇ~」と、身の無い相槌を打って返す。
「‥‥本音は、どう思ってます?」
「‥‥オレの経験則だけど、男子の集まりに混じって遊んでいた女性は、勝気な性格になる。」
――でも、愛嬌という、猫の皮を被るのは上手くなる。
自分の妹を見て、そう思う。
今度の答えには、マルは納得したようだ。
◆
そんな他愛の無い雑談をしていたら、また道路をパトカーと強盗車。
今度は、パトカーが強盗に追いかけられているらしい。
一体、何があったのか?
強盗は、助手席から身を乗り出して、肩に担いだロケットランチャーをぶっ放す。
ドォォォンと、大きな音を立てて、セツナの目の前でパトカーが火を吹いて、コントロールを失った鉄の塊がセツナに突っ込んで来る。
それをスルリと側宙で避けて、貰い事故を回避。
燃えたパトカーは建物に突っ込み、ロケットランチャーを撃った強盗は人差し指を上に突き立てて、目の前を通り過ぎていった。
(あれはおそらく、追跡を振り切るための攻撃役。ストライカーだな。)
なぜ、強盗がパトカーを追っていたのか、自分の中で整理をつけていると、パトカーからプレイヤーが2人降りてくる。
プレイヤーは、あやうく車で跳ねそうになったセツナに謝罪をする。
「すいません!」
「大丈夫ですか!」
勢力に属していないセツナはダメージを受けないが、それでも謝罪をしてしまうのが、人情というものだ。
「大丈夫! 平気ですよ。」
手を挙げて、自分は大丈夫だし気にしてないと伝える。
それから――。
「これ! 使って!」
ベルトのポーチからポーションを取り出して、運転席側のプレイヤーに投げた。
「ありがとう!」
「ファイト! エージェント!」
プレイヤーたちはマップを開き、強盗車の足取りを追う。
すぐに走り出し、テレポートとマジックワイヤーを駆使して建物の屋上に登り、パルクールで強盗たちの追跡を再開した。
――なんだか、短時間のうちに色々あった。
街を埋める銃声と黒い煙を感じていたら、JJが笑い転げたので通報して、パトカーが突っ込んできた。
これが、プレイヤーたちが作る世界、プレイヤーたちが作るセントラル。
セントラルは、プレイヤーに主人公であることを求める。
しかし、PvPの世界では、何者でもない、只の住民として振る舞うことができる。
人の人格とは、立場の影響を受ける。
主人公である立場を求められれば、プレイヤーは主人公にふさわしい振る舞いをするだろう。
PvPの世界では、それがない。
立場や年齢、その他もろもろ。
あらゆる隔たり無く、強盗やエージェントをスポーツ感覚で遊んでいく。
銃声と戦いの世界。
それが、主人公という枷を外されたプレイヤーが作る世界だ。
◆
建物に突っ込んだパトカーに近づいて、まじまじと観察する。
これは――、もうお釈迦だなと、そう思う。
ガタンッ! と、開けっ放しのドアが外れて落ちてしまった。
その様子に、肩をすくめてリアクション。
そんなことをしていたら、不意に女性の声で、話しかけられる。
「ちょっと、ちょっと、そこのお兄~さん♪」
人懐っこい声につられて振り返る。
そこには、小柄な女性の姿があった。
長い金髪を、サイドテールにまとめて前に流したヘアスタイル。
ぱっちりとした茶色い瞳。
大きな目は、若干つり目になっていて、ふわりとしたヘアスタイルに大人びた清涼感を与えている。
中背なセツナよりも、頭ふたつ分小さい、小柄に分類される背丈。
背丈相応に、線も細い。
トップスに、ゆったりとしたオーバーサイズの、薄い桃色のセーター。
袖口の部分が広いデザインで、袖もやや長い。
暖色寄りのぶかぶかとしたトップスとの対比が、女性の小柄さを強調させている。
ボトムスはパンツルックで、デニム生地のショートパンツに、黒いレギンスを穿いている。
足元は、脛まで覆う茶色いロングブーツ。
髪形や容姿、トップのふわふわした印象と、ボトムスは活動的な印象が混ざって、ふわふわキャピキャピした雰囲気がある。
そして、腰にはタクティカルベルトが巻かれていて、左腰に物々しいハンドガンが下げられており、ホルスターの中から存在感を放っている。
左腰に銃を身に着けているということは、左利きなのだろう。
セーターの下から、ちらりとベルトが見えて、小柄な体系に反するほど、ベルトの帯は太いのだろうと予想される。
全体的に、小柄な背丈に、大きな服、大きなアクセサリーを身に着けて、そのギャップで女性の可愛らしさというのを強調しているように見える。
そんな小柄な女性のプレイヤー名は、ダイナ。
セツナとは面識が無いプレイヤーである。
ダイナは、にこにこと笑みを浮かべて話しかける。
「お兄さん、ボクとデートしない?」
セツナは、二つ返事で首を縦に振った。
ダイナのプレイヤー名の横には、ダイバーライセンスに登録されている個人情報が、一部表示されている。
プレイヤー:ダイナ
アバター :女
性別 :男