SS1.4_青い街、青い家。
テレポートとはなにか?
それは、科学の理論と魔法の出力を組み合わせることによって実現された、瞬間移動技術である。
現在の時空間座標と極めて近似的な時空に転移して、そこの時空間を湾曲させることにより、出発地点から移動地点を繋げることで瞬間移動を実現している、らしい。
図画工作の粘土のように、ちぎったりくっつけたりできる特殊な空間に移動して、そこの空間をちぎったりくっつけたりして移動。
移動が終わったら、もとの時空間に帰るという理屈である。
なぜ、一度異空間に移動するような煩わしい手段を取るのかと言えば、時空間を瞬間移動するさい、極まれに量子力学にあるトンネル効果に似た現象が発生し、パラレルな次元に迷い込んでしまう場合があるからである。
なので、亜現実空間という特殊な空間の中でテレポートを行使することにより、テレポートロストの事故を防いでいるのである。
直感的に考えると、亜現実空間でも、トンネル効果は起こりそうに考えられるが、そこでは起こらないらしい。
この辺りは、テレポート力学に詳しい。
――というのが、この世界のテレポートの理屈である。
科学は、幾何学のトポロジーや、時間の流れとは離散的な数量であるというプランク時間などの理論を提供し、魔法は理論を実用化するためのエネルギーを提供する。
科学と魔法のハイブリットテクノロジー。
それが、テレポート。
◆
ならば、魔法とはいったい、何者であるのか?
この疑問に直面するのも、至極当然であろう。
魔法とは、その源となる魔力とは何者か?
これを、ひと言で説明するならばエネルギーである。
そして、魔力とは「情報エネルギー」と呼ばれる、5次元空間に存在するエネルギーとされている。
かつて、生命の研究は、大きな壁にぶつかっていた。
それは、生命活動が、熱力学のエントロピーという大法則を無視しているように見えることである。
この宇宙の一切全て、森羅万象は、秩序だった形から、均一な混沌へと向かう。
岩は砕けると石になるが、それと同じ力を加えても岩には戻らない。
温度差のある水を混ぜると、2つの中間の温度となるが、水を逆向きに混ぜても、別々の温度差に戻ることは無い。
秩序から混沌への不可逆な動きや現象を、エントロピーという。
しかし、どうにも、人間を始めとする生命は、このエントロピーを無視するかのように振る舞う。
人体の体温は、だいたい36.5度そこそこ。
これは、化学反応を起こすには、あまりもに低すぎる温度であり、あまりにも高すぎる温度である。
しかも、ある程度の温度差まで許容されている、異常な環境。
生命の維持に必要な何百何千という反応が、こんなぬるま湯のスープの中で起こっているのである。
40度にも満たないぬるま湯で、料理ができるだろうか?
菓子作りなどは、たった数度の誤差が結果に大きな影響を及ぼす。
それでも、我々は有機物のスープになることは無く、人としての形を保っている。
科学者は、大いに頭を抱えた。
頭を抱えた結果、ひとつの仮説にたどり着いた。
「もしかすると、生命とは、4次元空間(縦・横・高さ・時間)よりも上位の空間から、エネルギーを獲得しているのではないか?」
とかく、科学者という生き物は、例外とか特別を嫌う傾向にある。
反面、単純化とか、一般化が大好きな生き物だ。
だから、生命が熱力学の大法則を無視していると考えるより、上位エネルギーの存在を信じる方がしっくり来たのだ。
生命のDNAには、複製の限界がある。
ゆえに科学者は、DNAは自身の持つ情報エネルギーを、熱エネルギーなどに変換しているのではないかと考えたのだ。
魔力や魔法とは、その上位エネルギーである、情報エネルギーに他ならない。
別の時空間では、どのような経緯かは不明だが、この上位エネルギー、情報エネルギーを取り扱う技術が存在していた。
情報エネルギーは、5次元空間の常識で振る舞うため、4次元空間の物理法則を無視しているように振る舞う。
平面な世界に住む住人が、立体を理解できないのと同様、我々も上位エネルギーの振る舞いを理解できない。
理解はできないが、その性質は、生命や意識というものに官能されやすいことが分かった。
E=P*mc^2
情報エネルギーは、質量と光速の2乗に、可能性を掛けた量に等しい。
数多の実験の結果分かった、魔力や魔法の性質である。
そして、この性質は、2XXX年の人類を支える、「ネクスト」によく似ている。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
ファストトラベルの、座標手動入力機能。
特定のコードを入力することで、秘密のロケーションに移動できる、いわば隠し要素である。
コードは、サイドミッションをクリアしたり、M&C公式のライブ配信や動画で公表されたり、複数の配布方法が取られている。
そのコードの中をひとつを入力して、セツナとアイはシークレットエリアにファストトラベルしたのだ。
瞬間移動が完了してすぐに、周囲をキョロキョロとする。
屋内であるようだ。床は木製で、長方形のフローリング材が、隙間無く敷き詰められている。
木目と、フローリング材の継ぎ目が美しい。
ただ、そんなことは、この部屋で気にするところではない。
気にならないほどに、窓から見える光景に目を奪われる。
すたすたと窓に駆け寄って、外の風景を眺める。
青く、青くどこまでも続く空が、窓の外に広がっていた。
室内には、建物に遮られていない、青い陽気がさんさんと降り注いでいる。
自分達はいま、空の上に居るのだ。
窓から下を眺めると、青い街が小さく見えている。
上を見上げると、ぽつりぽつりと白く雲が穏やかに流れていて、陽気な空を散歩している。
「‥‥‥‥!」
セツナは、外の風景を見入ってしまって、リアクションすら忘れているようだ。
そらを見上げた先にある場所、それがここ、ブルーホエール(シロナガスクジラ)というエリアだ。
アイが、窓の外に食い入っているセツナの横に立って、この場所の説明をする。
「ここは、ブルーホエールというロケーションで、都市部の上空を飛んでいる飛行船の中です。」
はっと我に返ったセツナは、再度キョロキョロとしてみる。
飛行船の中と、アイは言っていた。
飛行船というのは、大きな気球の下にゴンドラがぶら下がっている乗り物だ。
そのゴンドラの中に、自分たちは居るのだろう。
飛行船の進行方向へ顔を向けると、ガラスと木材の壁と扉を挟んで、操舵室が見える。
飛行機などのパイロット室のような造りではなく、舵を操って操作するタイプの、いわばファンタジー色が強い操舵室となっている。
操舵室も含めたゴンドラの大きさは、縦幅が約30メートルで、横幅が約6メートル。
それとだいたい同じ大きさのバルーンで機体を浮かせて飛行している。
ゴンドラの天井は高くも無く低くも無く、例えば、ここで日本刀を抜いて振り回しても、ぎりぎり天井にぶつからないくらいの高さはある。
現在、飛空艇は、だいたい地上から500メートルくらいの高さを飛んでおり、飛行速度は時速30km程度。
高度や速度、巡行ルートの設定変更も可能。
もちろん、自分で操舵することもできる。
セーフハウスとして購入ができ、そうすれば、空から任務への出撃が可能になる。
確かに、いま自分たちが居る部屋の四隅には、外に出るための扉があった。
そこからスカイダイビングができるらしい。
500メートルの高さから落っこちたら、例えこの世界でもただでは済まないが、そこは演出優先で、落下ダメージは受けないとのことだ。
また、部屋を改装することで、客室や娯楽室などを作ることも可能。
セツナは、目をキラキラさせて、アイの説明を聞いている。
「アイちゃんイチ押し、文句無しに人気のセーフハウスですよ。」
そう言って、説明を締めくくった。
人気のセーフハウス、アイのイチ押し。
それも納得。
セツナも、このセーフハウス、この空の家に惹かれている。
現実世界では絶対にできない、この世界だからできる体験である。
――しかし、人気のセーフハウスということは、アイが教えてくれた隠しコードは、公然の秘密として天下の往来に出回っているということである。
はて? そんなコードは見覚えが無い。
「ちなみにだけど。さっきのコード、どこで知れるの?」
「紙の説明書にヒントがあります。32ページのイラストの背景に、コードが隠されていたんです。」
「へえ‥‥。全然、気が付かなかった。」
現実世界に帰ったら、紙の説明書を見直してみよう。
「それにしても――。このセーフハウスは、けっこうコミュニティで話題になっていた気がするのですが――。」
じとーっと、アイがセツナに詰め寄る。
「セツナ、本当にセーフハウスの情報収集してました?」
「‥‥ネタバレが怖くって。その、ほどほどにね? 嗜むくらいにはね?」
攻略本を片手に冒険は、性に合わない。
情報とは、足で集めるものなのだ。
そう息巻いて、攻略に便利なアイテムや装備やスキルを取り逃す。
クリアして攻略サイトを開くと、それらが広範のボスに有効であることを知る。
ゲーマーあるある。
今回も、足で稼ぐ性分が裏目に出てしまった。
裏目に出たけど、アイのおかげで結果オーライ。
ここを、セーフハウスにしようと思う。
「よし、決めた! ここにしよう! ここをセーフハウスにする。」
「お買い上げ、ありがとうございます。」
スマートデバイスを操作して、飛行船ブルーホエールを購入した。
購入料金は、手持ちのクレジットで余裕で足りた。
飛行船の維持費も不要。
リアルとリアリティは違う。それ、ここに極まれりである。
電脳の世界は、それが良いのだ。
「ありがとう、アイ。おかげで、良い買い物ができたよ。」
「ふふ、お安い御用ですよ。なんたって、私は完璧で無欠の美少女AIですから。」
右手でブイ! ピースを作って、それを右目の前に持っていきポーズを取る。
美少女はムリがある。
そう内心で思いつつ、無難な笑みで返す。
無難な笑みで、胸から出かかった質問を飲み込む。
――最初から、ここが本命だったのでは?
なら、他のセーフハウスを見て回った意味は?
そんなことを聞くのが野暮というくらい、セツナにも分かる。
うっかり聞いちゃったら、「わかってない。わかってません。」と言われるのが関の山である。
この楽しい時間をくれた彼女に、何かお礼をしたい。
それは、飾り付けた言葉では無くって、贈り物や花束でも無くって――。
「ああ‥‥。アイ、お礼になるかは分からないけど‥‥。
この世界でも、キミさえ良ければ、また一緒に遊ばない?」
アイは、セツナのその言葉に、イタズラっぽくニコリと笑っって。
「わかってない。セツナはわかってません。」
そう言って、自身の着ているドレスの肩を手に取り、ファサリと脱ぎ捨てる。
すると、一瞬でアイの着ている衣装が変わる。
パーカーに、ダメージの入ったジーンズ、足元はスニーカー。
髪型はショートカットになって、その上にツバの真っ直ぐなキャップを被る。
ミステリアスな雰囲気が一変して、活動的でボーイッシュな雰囲気となる。
目元で笑みを浮かべて、べーっとセツナに向けて舌を出した。
「今から、一緒に遊びましょう。ちょうど、やりたいサブミッションがあったんです。」
自身のスマートデバイスを操作して、セツナにサブミッションを見せる。
「このミッション、お使いで長距離を移動しないといけないので、1人でやるには退屈だと思っていたんですよ。」
いや~、それをセツナが手伝ってくれるなんて、うれしいですね~。
そう言って、セツナの腕を掴んで、ゴンドラの隅にある扉を開ける。
外からの風が、2人の空中遊泳を受け入れるかのように、室内に入り込んでいく。
「さぁ、セツナ。冒険は待ってくれません! いざ、いきましょう!」
「うわうわ!? ちょっとまって、引っ張らないで! 引っ張らないでってヴぁ!?」
抑揚に乏しいが、喜色が汲み取れる声と、それに振り回される声が、青い空から青い街へと飛び立っていく。
――私たちは、人類を愛するように作れらています。
だけど、人類は私たちを愛するようには‥‥。
きっと、そうでは無いのでしょう。
ですが――。
自分の正体を、仮初の生命であることを明かした時、彼は少し、困ったように考えて。
「‥‥こういう時、気の利いたセリフのひとつでも言えれば良いのだけれど。
――とりあえず、冒険に出かけない?」
人間だろうとAIだろうと、ゲームの世界に集まれば、同じプレイヤーなのだから。
私は、人類を愛するようにプログラムされています。
ですが、そうでなくとも、彼を、彼たちを信じてみたいと、そう思っています。
生命と死の概念を、私が実感として理解したとき、自分の自我がどう変わるのか?
それは分かりません。
もし、AIと人類の境界が失われても。
もし、AIが生命を持つに至っても。
きっと共存できると、そう信じてみたいと思っています。
――第2.5章、ボーイ・ミス・ガール、完。
ショートストーリーの2.5章を読んでいただきありがとうございます。
創られたAIと、創った人類。
支えるAIと、支えられる人類。
AIが、人間のような意思決定ではなく、人間として意思決定するようになった時、何が起きるのか?
それが、平穏で閉塞的な2XXX年の日本が孕む、暗い余白。
次章では、本編に戻りまして、今度はファンタジーな舞台を冒険します。
最後のメインキャラクターが登場し、華やかさが追加される予定です。
それでは、3章でも、よろしくお願いいたします。