SS1.3_ほら~・おぶ・ぽるた~がいすと
チカチカと明滅する照明が、カウンターテーブルを挟んで身を寄せる2人を照らす。
アイが、ひそひそとセツナに、このセーフハウスの裏設定を教えてくれる。
「じつは‥‥、このセーフハウス、出るんですよ。」
「出るって‥‥、ネズミが?」
もぐりの酒場だし、地下にあるし、衛生管理には問題があるかも知れない。
「そうじゃありません。出るんですよ。ほら、これが。」
そう言って、両手を前に出して、オバケのジェスチャーをする。
ホラー系のドッキリ要素は、VR世界でされると正直シャレにならないので、見過ごせない要素である。
自分のセーフハウスに、プレイヤーでもNPCでもない存在が腰かけていたら、滅茶苦茶こわい。
覚えの無い先住者の存在に固まる自分。
色素の薄い先住者が、音もなく振り返って、感情の無い瞳でギョロリとこちらを一瞥したあと、音もなく消えていく。
ホラーゲームでもないジャンルのゲームで、そのような演出をされたら、泣いちゃう自信がある。
アイの言うことが本当ならば、このセーフハウスの購入を検討し直さなければならない。
‥‥決して、断じて決して、セツナが心霊系のホラーが苦手という訳では無いのだ。
あくまでも一般論。一般論として、精神衛生上よろしく無いというだけなのだ。
思考で固まるセツナに、アイが更に近づいて、彼の耳に裏設定を吹き込んでいく。
「昔、ここは酒場じゃなかったんです。何に使われていたと思いますか?」
「‥‥‥‥。」
ごくり、固唾を飲む。
「昔はですね、ある裏の組織が使っていた墓場なんです。特別な、ね。
組織に歯向かった者を処刑して、死体をこの下に埋めて、死体が見つからないようにして。
そんな逸話が――。」
「もういい! もういいから!」
アイの語りに割り込んで、話しを無理矢理に遮った。
アイのせいで膨らんでしまった、イヤな妄想を払うように、セツナが口を開く。
「だいたい――、シグレソフトさんがそんな悪趣味な設定を――。」
ガチャン!!
不意に、大きな物音が響く。
「ひっ!?」
咄嗟に、セツナはアイの肩に抱きついてしまう。
アイは、全く動じた様子は無く。
「あっ、すいません。テーブルの下に置いてあるグラスが――。」
などと、天板の下にある棚の方をちらりと見たあと。
じゃ~ん、ドッキリ大成功。
無表情のまま、両手の手の平を開いて見せる。
今のは、全部アイの作り話。
どうやら、アイに担がれてしまったらしい。
セツナから、大きな大きな、安堵のため息が漏れる。
「なんだ、脅かさないでよ~。もう――。」
ドン! ドン!
突然、セーフハウスの入り口を叩く音が響く。
「――――っ!?」
「‥‥‥‥。」
音にビックリして、咄嗟にアイはセツナの肩に抱きつく。
「アイ。今のは、気圧差による物音だと思うんだけど。」
室外と室内の気圧差によって、壁や扉が叩かれた音がする。
ポルターガイスト現象を起こす、オバケの正体の1人である。
先ほどと打って変わって、アイが、ゆっくりとセツナから手を離す。
それから――。
じゃ~ん、ドッキリ大成功。
そう、何事もなかったかのように、無表情のまま、両手の手の平を開いて見せる。
「さすがに、ムリがない? それ?」
もしかすると、アイもけっこう怖がりなのかも知れない。
怖がりなのに、なんでセツナにこんなドッキリを仕掛けたのか?
純粋に疑問である。
「なんで、自分も苦手なのに、こんなイタズラをした――。」
――プツン。
部屋の照明が消えて、部屋が真っ暗になった。
「ひぃ!?」
「――――っ!?」
テーブルを挟んで、互いに互いの肩を抱き合う。
照明の光が元に戻り、視界に明るさが戻ってくる。
ゆっくりと、互いの顔を見合って、ゆっくりと離れる。
――パタリ。
ガタッ、と、2人とも勢いよく、音がした方に視線を向ける。
音の正体は、カウンター席から転げた、クマさん人形であった。
「あ、あれ~。飲みすぎちゃったのかな?」
セツナの、ぎこちないおとぼけに対して、アイが首を横にガクガクと振って否定する。
セツナにミルクを奢ってくれたクマさんが、椅子から落ちてしまった。
パッチリお目目が、床の方をじーっと見つめている。
セツナとアイは、互いに目を合わせる。
テーブルの上の銃を持って、スライドを引いてチャンバーに弾を送って、発砲できるようにする。
送弾したら、スライドを少し引いて、チャンバーチェック。
チャンバー内に、弾があることを確認。
その後、ゆっくりとセツナがクマさんに近づいて、彼を手に取ろうとする。
固い足音が響いて、恐る恐る手を伸ばす。
彼の手が、クマさんに触れる瞬間――。
ギロリ。クマさんと目が合う。
セツナは、驚いて後ろに尻もちをついてしまう。
尻もちをついたまま後ずさりして、震える脚で立ち上がる。
ふわり、ふわり。
クマさんの体が宙に浮き、2人を見下ろす。
見下ろして――。
「みぃ~、たぁ~、なぁ~‥‥!!」
不気味でくぐもった電子音声が、クマさんから流れた。
「うああああああああああ!!」
「――――っっっ!?!?」
ズドン! ズドン!
セツナとアイは、クマさん目掛けて発砲した。
弾が数発、クマさんに命中して、白くもこもこした臓物をぶちまける。
「イッダ! イタイ! イタイイタイ! ちょっと、タンマ。タンマ~~~!!」
マガジンの弾を全て吐き出して、静寂が訪れる。
薬莢が甲高く鳴いて、火薬が白く立ち上がり慄いている。
被弾してボロボロになって、床に落ちたクマがよろよろと立ち上がる。
お腹から臓物が飛び出して、パッチリお目目の片方がビロビロしている。
「うぅ~‥‥、ヒドいデスよ。セツナさん、アイさん。」
クマさんからは、マルの声がしている。
マルの声を聞いて、セツナは床に座り込み。
アイはテーブルに体重を預けて、頭を抱える。
「マ~ル~。もう‥‥、脅かさないでよ~。」
ほっとしたように、マルに声を掛ける。
マルは、クマさんの体から抜け出して、いつもの球体の姿に戻る。
このクマさん、なんとハッキングが可能。
遠隔爆破機能があるため、そこに侵入できるのだ。
主に、プレイヤーがチンピラを、クマさんのキャワワな愛らしさで惹き寄せて、一網打尽にするためのアイテムである。
敵が使うのではなく、プレイヤー用のアイテムである。
悪役として登場する敵よりも、プレイヤー側の方が邪悪な戦い方をする。
ゲームあるある。
それにしても、マルのイタズラで、ぞっと肝が冷えてしまった。
セツナは、ボロボロのクマさん人形を拾い上げて、ホコリを払い、自身のクレジットを消費する。
クマさんの傷が癒えたのを確認してから、インベントリにしまった。
「アイ、提案があるのだけれど。」
「ええ、ここはやめておきましょう。」
2人は、セーフハウスを後にした。
扉が閉まり、セーフハウスに人の気配が無くなくなった。
‥‥本当に?
◆
青い空の下で、うんと背伸びをする。
深呼吸をして、身体の喚起、鬱屈とした薄暗い空気を入れ替える。
ひとつ分かったことは、地下のセーフハウスは無し、ということだ。
気分を切り替えて、アイに別の物件を紹介してもらうことにする。
「なら、次の物件は、ファストトラベルで移動します。」
ファストトラベル。
あらかじめ設定されたポイントに、一瞬で移動できる機能。
マップが広大なゲームであれば、メジャーな機能である。
「ファストトラベルしますので、スマートデバイスを立ち上げてください。」
セツナは言われるまま、スマートデバイスを取り出して、起動させる。
ファストトラベルの機能を選択すると、セツナとアイの目の前にホログラムが現れて、セントラル全域のマップが広がる。
青い街、赤い町、川の街。
行ったことのあるロケーションの目ぼしいランドマークに、ファストトラベルが可能になっている。
「では、座標の手動入力機能を選択してください。」
スマートデバイスの液晶画面を操作して、ファストトラベルの手動入力画面に移動する。
ホログラムのマップはそのままに、スマートデバイスの液晶画面には、アルファベットと数字が入力できる、仮想キーボードが表示された。
「合言葉は、GAEDCDCD、です。」
言われたまま、入力する。
「この合言葉って、何かの意味になっているの?」
「ヒントは、ピアノの音階です。」
疑問符が浮かぶ。
釈然としていないセツナに、アイはリズムを取る
小気味よく、肩と人差し指を横に揺らして、歌ってみる。
「そらみれ、どれどれ~。」
歌い終えて、手をおでこに当てて、空を見上げる。
――どれどれ?
セツナも釣られるように、手をおでこに当てて、空を見上げた。
空を見上げる2人は、青い光に包まれて、瞬きをする暇も無く、その場から一瞬にして消えて居なくなった。
ファストトラベルの座標手動入力。
隠しコマンドが認証されて、秘密のロケーションへと転送される。