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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
2.5章_ボーイ・ミス・ガール「破れ鍋に綴じ蓋」
28/91

SS1.2_セーフハウス巡り

「最初に紹介する物件は――、こちらです。」

「おお――。」


アイに先導されて、セツナはセーフハウスを見て回る。

アイは、一応シグレソフトの社員でもあるので、この辺りの情報は押さえているらしい。


セーフハウスは、自己満足要素が強いコンテンツではあるが、公式からもオススメの場所や利用の方法が、動画でもレクチャーされている。


通されたセーフハウスは、普通のマンション。

日当たり良好、防音性良好、1階に併設のコンビニあり。

3LDKで、お風呂とトイレは別々。


立地の治安も良く、1人暮らしをするには、上等な物件となっている。

そして、一番のセールスポイントは――。


「この物件のポイントは、CCC支部に徒歩1分の立地というところですね。」

「‥‥‥‥。」


ベランダから飛び出して、パルクールすれば、ひとっ飛びですよ?


それはそれは、治安が良いのも頷ける。


セツナが、ガラリとベランダに続く扉を開けて、外に出る。

目の前には、CCCの三階建ての建物が眼下に見えていた。


CCC支部の裏手にあるマンション。

アイが案内してくれた物件の立地である。


「勤務地まで徒歩1分。空の便で30秒。ぎりぎりまで2度寝が可能。治安も良し。

 ――カンペキなセーフハウスですね!」

「違っがうでしょ!」


アイの淡々とした説明に、セツナのツッコミが入る。


わざとらしく、アイはきょとんと首をかしげる。

とぼけるアイに、セツナが身振り手振りも加えて、セーフハウスが男の子に取って何たるかを語る。


「こう、セーフハウスっていうのは、ひっそりとね?

 交通の便とか合理性とかを無視した――。」


セーフハウスに求める、男の子の要件を何とか伝えようする。

アイはそれを見て、口元を少し緩める。


「ふふ――。任せてください。私は、男の子のロマンに理解のあるAIですから。」


それでは次の物件に行きましょう。

そう言って、ベランダから飛び降りて、CCC支部の3階屋根に飛び移った。


施錠とかは気にしなくても良いらしい。

セツナも後を追って、飛び降りる。


次の物件の場所には、3分もせずに到着した。

2人は、CCC支部の前に居る。


「‥‥あの、アイさん?」


どうして、頑なに支部付近の物件を勧めるのか?

疑惑の視線を向ける。


「大丈夫です。今度は男の子が喜びます。」


冗談か本気か分からない、真顔で抑揚の少ない声で話すので、判断に困ることがある。


もしかして、遊ばれてる?

ここまで振り回されっぱなしなので、お返しに少し()()をかけてみることにした。


「もしかして、マンホールを下りた地下に、セーフハウスがあるんです。

 どうですか、カッコイイでしょう! ――とか、やろうとしてる?」

「‥‥‥‥。気が変わりました。別の物件に行きましょうか。」

「ちょいちょいちょいちょい――。」


急に(きびす)を返すアイを掴まえて、引き止める。


「むぅ~。サプライズは、分かっていてても知らないふりをするのが、マナーだとは思いませんか?」

「それは~‥‥、そうかも? ごめんなさ‥‥い?」


どうやら、セツナに非があるらしい。

非があるらしいので、あやまっておく。


「では、からかうのはこれくらいにして、こちらです。」

「返して、オレの謝罪と罪悪感を返して。」


軽口を叩きつつ、CCC前の歩道を少し歩き、マンホールの前に到着した。

セツナがマンホールの蓋を開け、アイが先に下りて、セツナが蓋を閉めて彼女に続く。


地上からの梯子を下りると、そこは水路のようになっていて、コンクリート造りの空間が広がり、水路が一本通って(かよって)いる。

この水路は、雨水などを排水するための水路でありスペースらしい。


いわゆる、雨水排水路という施設だ。


排水路の区画はかなり清潔で、コケなども生えておらず、カビ臭くもない。

地上の喧騒が噓のように、ただただ水が流れる音だけが響き、目を閉じると河原に居るような錯覚を覚える。


迷路みたいな水路を歩いてほどなく、通路の脇に木の扉があって、そこを開けるとセーフハウスになっていた。


地下のセーフハウスは、3LDKみたいは開放感は無いが、武器を置くスペースや、休めるスペースなど、セーフハウスとして求められる機能は一通りできるだけの設備が用意されている。


広くは無いが、逆にこの閉塞感が良い。


非常時、敵に追われているシチュエーション。

そこで、このセーフハウスに逃げ込んで、反撃の手筈を整える。


コンクリートの床に、武器を隠すのだって良いだろう。

一見すると大した物を置いていない、只の物置に見えるが、床には物々しい銃器がしまわれたガンロッカーが埋まっている。


――カッコイイ。


窮地に対して、この地下の泥中から反撃の狼煙を上げる。

そうなれば、地下特有の閉塞感すら、味のある物に変わる。


大は小を兼ねるというが、セーフハウスは広ければ良いというものでもない。

雰囲気、すべてはここにセーフハウスの価値は集約される。


部屋の様子を確かるセツナ。

一通り確認を終えたところで、「やはり、隠し武器のスペースはマスト」だと考えを固める。

安置しておく武器は、実用性よりも、雰囲気重視で。


このセーフハウスなら、チンピラが担いでいるような装備が望ましい。

かつてソ連で生まれたアサルトライフルとか、ロケットランチャーとか、手りゅう弾とか。


エージェントという制服組が、いざという時に引っ張り出すのが、泥臭い戦場でも問題なく動く単純な火器。

――イイ!


妄想に耽っていると、アイが話しかけてくる。


「この物件の最大の目玉を紹介しましょう。それはですね――。」

「それは――?」



「おぉ~! セツナ、魚がヒットしました。アミの準備をお願いします。」

「はいは~い。おっ! これは、大きそう! がんばれ!」


キリキリと、アイの握る釣り竿が、餌に掛かった魚を巻き上げる。

セツナは自分の竿を置いて、彼女の横でアミを持って、応援をする。


「がんばれがんばれ! あと少し! あと少し!」


くぅ~、う、う~。――ザバァン!


魚が釣り上げられた。


「おぉ! 大きい!」

「ふふ、魚拓を取りましょう。」

「その前に写真写真!」


はい、チーズと、魚を釣り上げたアイの姿を、スマートデバイスで撮影する。

写真は自動でアイにも送られた。


「いや~、おめでとう。たまには、まったり釣りも良いな――。て、ちがーーーう!!」


セツナの声が、地下に反響して、曲がりくねった通路に吸い込まれていった。

彼らは、セーフハウスをちょっと進んだ先にある場所で、釣り糸を垂らしていた。


水路が上下に分かれていて、高低差で滝ができて、湖みたいなスペースが広がる場所で、釣りをしていた。


「――? 釣り、男の子は好きでしょう?」

「そうだけど! そうだけど、そうじゃない!」


小首をかしげるアイに、ツッコミを入れるセツナ。

まさか、サイバーパンクな都市のど真ん中で、スローライフをするとは思ってなかった。


彼の盛り上がった妄想を、ぴちぴち跳ねる魚が崩していく。


ちなみに、アイが釣り上げた魚は、セントラル・ホールフィッシュと呼ばれる魚。

現実のアジに似た味がして、刺身・焼き魚・フライ、なんでもいける万能プレイヤー。


この他にも、引きが強い魚が生息しており、釣り好きなプレイヤーに、このセーフハウスは人気らしい。

地下にはチンピラも居ないし、銃声も聞こえないので、静かに釣りを楽しめる。


‥‥なぜ、排水路で魚が釣れるのかを疑問に思ってはいけない。

ここは、科学と魔法が共存する世界なのだから。


一応、裏設定としては、ここの魚たちは雨に含まれた微量な魔力を食しており、水質の魔力汚染を防ぐ役割があるらしい。

適度な釣漁は生態系維持に不可欠だが、乱獲注意。


だがしかし、セツナは釣りをそこまで嗜まない。

リアルでは小型船舶のライセンスを持っているけれど、船をレンタルして家族で海上バーベキューをするのが精々だ。


「アイ、次の物件をお願いします。」

「そうですね。釣りの勝負にも勝って気分のいいので、次に行きましょう。」


‥‥勝負だったんだ。

セツナの釣果は0匹、ボウズだった。



3軒目の物件。

3軒目にして、やっとCCCの周辺を離れ、今度は都市部から少し離れた、ちょっと治安が悪そうなところに来た。


大きな道からひとつ離れた場所に、ビルとビルに挟まれて、さびれた廃ビルがひとつ建っている。


「ここが、3軒目です。」

「おぉ~、お?」


なんか、年季が入っている。

素直に感想を述べた。


「問題ありません。中は新しいですよ。言うなれば、新築の廃ビルです。」

「‥‥なにそれ?」


新築の廃ビル、中に入ってみると、確かに新しい。

電気などのライフラインも通っているようだ。


ちらりと内装を確認したあと、アイがビルの外に手招きする。


彼女の元に歩いて行くと、そこにはビル中へと入る、もうひとつの入り口があった。


こちらは、地下に続いているようで、階段を下ると、陽の光が届かなくなってしまう。

階段を照らす光源も弱く、昼間なのに薄暗い。


階段を下りると、その先には、少しさび付いた重そうな鉄の扉があった。

扉には、ノックをするためのドアノッカーが付けられており、その上に、中の人間が外を見るための四角いシャッターがある。


ビルの外装も相まって、いかにも裏の住人が出入りしていそうな建物である。


鉄の扉を開けて、アイは「少し待っていてください」と言って、先に中に入っていった。

――しばし待って、アイからお呼びがかかる。


「セツナ、コンコンしてみてください。」


通話機能を介して、アイから合図があった。


言われるまま、ドアノッカーに手を掛けて、扉をノックする。

すると、四角い覗き穴のシャッターが、カシャリと横に開く。


穴の向こうには、アイの赤い瞳がこちらを覗いている。


「合言葉は?」

「‥‥すいぞくかん。」


合言葉は、別段なんでもよかったらしい。


ガシャンと(かんぬき)が外されて、ガチャリと重い扉が開いた。

アイが、首をくいっとして、中に入るように促す。


地下室の内装は、酒場のようになっていた。

薄暗い部屋に、カウンター席とテーブル席が並べられており、机の上にはトランプカードが散乱していたり、サイコロが転がっている。


カウンター席の奥には、酒の入ったボトルや、グラスなどが所狭しと並んでいる。

‥‥なぜか、カウンター席の、入り口から一番遠い席に、クマのぬいぐるみが腰かけている。


その他にも、ダーツボードが壁に立てかけられていたり、ジュークボックスが置かれていたり、いかにもな雰囲気を味わえる。


天下往来の目や耳を避けるようにひっそりと営業される、もぐりの酒場。

雰囲気としては、まるでアメリカの禁酒法時代、裏の住人が経営していた非合法バーである。


全体的に、セーフハウスというよりは、アジトとか、隠れ家の装いのように感じる。

こうゆうのも、全くもってアリである。


室内を見渡したところで、カウンターテーブルに片腕を置いてみる。

過ぎ去りしジャズ・エイジの香りに当てられたのか、それっぽいことをしてみた。


初めて酒場に入って、キョロキョロしてみたけど、勝手が分からずに、カウンター席の隅に知らず知らず追いやられてしまった感じ。


すると、追いやられた新参者に対して、飲み物が入ったグラスが、するするとカウンターを滑ってきてセツナの手に当たった。


アイの方を見る。

いつのまにか、カウンターテーブルの越しに移動していて、バーテンダーのように振る舞っている。


「あちらのお客様からです。」


うやうやしく礼をして、腕を使い、飲み物をセツナに寄越した客人を指し示す。

その先には、カウンター席に座っていた先客、クマのぬいぐるみがあった。


アニメ調の3頭身のクマさん。パッチリお目目に、どぎついピンクの体毛。

シルクハットと燕尾服でオシャレをして、方眼鏡(モノクル)を身に着けている。


なるほど、ドレスコードは完璧だ。


セツナは、グラスを手に取り、グラスを持ち上げて、ジェントルクマさんに礼の意を示す。


「‥‥で、これ中身は何?」

「ミルクのロックです。」


一気に飲み干した。

飲み干して、テーブルにグラスを置き、カラカラと酔いの覚めたグラスが音を立てる。


‥‥うん。これ、豆乳。

それも、調整豆乳。


味付けをして、豆の香りを抑えて飲みやすくした豆乳である。

牛乳と異なり、たくさん飲んでもお腹がゴロゴロしないのが、日本人に優しい。


「おかわりは、いかがですか?」


アイの言葉に、手を軽く上げて、いらないと意思表示する。

アイは気にした様子もなく、話題を変える。


「どうですか? もぐりの酒場をイメージしたセーフハウス。人気の物件です。」

「確かに、けっこうイイかも。」


やや薄暗い照明の中で、カウンターテーブルを挟んで会話をする。

雰囲気は、とても良い。


あと気になるのは――。

セツナは、アイの奥に設置されてある、酒棚に視線をやる。


視線に気づいたアイは、「ふっふっふっ。」平坦な調子で言って、テーブルの下で何やら操作をする。

すると――。


酒棚の中腹よりも上部分が横にスライドしはじめる。隠し棚である。

横にスライドして現れた、隠し棚の中には、銃器を始めとした武器がズラリと並んでいる。


隠し棚、隠し武器。

男のロマン。


「おお!!」


アイは、棚に据え付けられているセミオートピストルを2丁取り出して、カウンターテーブルに置く。


「奥の部屋には、簡易の射撃場もありますよ。」


ピストルの1つをセツナは手に取って、マガジンを確認。

スライドを引いて、チャンバーに弾が入っていないことを確認。


慣れた手つきで、セーフティチェックを行って、テーブルに置き直した。


簡易射撃場は、セツナから見ると、正面にある扉の向こうだろう。

カウンターテーブルの、一番入り口に近い席、そこの向こうに扉がある。


妄想が広がる。


扉の無効では、法外なギャンブルをするスペースがあったり、シューティングレンジがあるのかも知れない。

無くても、増設できそうな気がする。


‥‥‥‥。

イイ、すごくイイ!


「どうですか? 気に入りましたか?」


勢いよく、元気に首を振った。

アイは、それにニコリと表情を変える。


そして、セツナの方へ少し身を乗り出して、ひそひそ話しをするように語り掛ける。


「それなら、セツナには特別に、このセーフハウスの裏設定をお話しましょう。」


アイのひそひそ話しに、セツナもカウンターテーブルに寄りかかるようにして、興味を示す。


2人の談笑を、クマさんが聞き耳を立てることなく、椅子に座り、空気に混じる酒気を味わっている。

薄暗い照明が、そんな2人と1匹の上で、チカチカと瞬いた。

すいません、あと2話くらい続きます。

1万文字くらいで終わると思ってたのに、どうして‥‥。

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