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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
8.5章_ワン・マン・アーミー!

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SS15.02_王女様の言う通り 2

セントラル。

港の町、洋上カジノ。


セントラルの紳士淑女が、夜の刺激を求めて集う、社交場。


豪華な船でセントラルの海をクルージングしながら、遊戯に興じる。


スロット・ルーレット・トランプ。

ダーツ・ビリヤード・プール。


射撃場・コロシアム・バーチャルCEシミュレーター。


品揃え豊富なお酒に、美味しい料理。


教育の行き届いたスタッフに、清潔に保たれた船内。


セントラル指折りの安全地帯であり、大人の遊び場。



安心安全な、国営カジノ。

胴元は、我らがCCC。



治安の維持において、暴力に勝る抑止力は無い。


運営はある程度、CCCに自由な裁量が許されている。


しかし、金回りのことに関しては、厳格なルールがある。

カジノに富を蓄積させぬよう、内部留保は厳しく管理されており、運営費は全て民衆に公表されている。


犯罪天国であり、汚職が常態化しているセントラルにおいて、海に浮かぶカジノは、驚くほどホワイトでクリアな運営がされている。


暴力に、富を与えぬよう、細心の注意が払われている。

反面、富の保守には暴力が必要だし、暴力の維持には富が必要だ。


暴力が、それを担保に富を築いてくれるのであれば、国家としても何かとラク。


一定の合理的判断と、大人の事情。

それらの理由により、洋上カジノはCCCによって運営されている。


運営スタッフは、退役したエージェントやエンジニア。

それから、優秀な元犯罪者。


カジノで得た利益は、社会福祉や、兵器の研究開発などに使われる。


警備ロボットや、自動迎撃システム。


洋上カジノは、いわばCCCの庭。

来場者に、CCCの力をパフォーマンスする場でもあるのだ。


特に、舞台の裏方であるエンジニアの仕事や役割は、普段人々の目に触れる機会が少ない。

だから、この庭を借りて、彼らが何をして、どういう貢献をしているのか、知ってもらう。


機械化や自動化が進んだ社会では、エンジニアなくして組織は立ち行かない。

彼らだって、セントラルを守る、カッコイイヒーローなのだ。


カジノでは、CCCお抱えのエンジニアが開発した発明品が、トライアルと評して試運転されることもある。


それを、愚かにもカジノに楯突いた犯罪者どもにぶっ放し、効果測定をする。

効果のほどは、船内でリアルタイムで中継される。


他のカジノでは味わえない、スリリングなライブ体験が、商売繁盛の秘訣。


また、新人オペレーターの試験として、このカジノのサーバーにハッキングするという科目が存在する。


先輩オペレーターたちが築いた強固なセキュリティを掻い潜り、システムをハックする。


セントラル人は、善良な市民も、チンピラな市民も、お祭りが大好き。

新人オペレーターの登竜門を見物するために、わざわざテストの日に乗り込む者も少なくない。


なお、このサーバーハックを成功させたオペレーターは、歴代で数えても、両手の指で足りるくらいしか居ない。


最近だと、アリサの同期である、カエデが成功させた。

その前だと、カエデの上司である、がり勉メガネが成功させた。


だいたい、10年から15年のペースで1人、逸材が大業を成す。


カエデの攻略方法は、以下の通り。


彼女は、教育のために派遣された数名のオペレーターを観察していた。


講義の仕方、話し方、質疑応答の仕方。

身振り手振り、身だしなみ。


それとなく、好きな食べ物や色などの情報も集める。


情報を元に、シミュレート。


オペレーターの性格、クセ。

そこから導き出される、その人が仕掛けそうな罠を予想。


カエデは、システムではなく、人間をハックすることにより、サーバーへのバックドアを構築したのだ。


セキュリティの脆弱性が、ハッキングを招くこともある。

脆弱性がバレてしまえば、そこから入り込まれる。


そのため、場合によっては、セキュリティを施していないシステムの方が頑強である場合もある。


メールを開くことで感染するウイルスは、メールソフトを持っていないPCには、何の悪事も働けない。


オペレーターだって、セキュリティを構成する要素のひとつだ。

ならば、人間の脆弱性をハックし、そこから切り込む。


名実ともに天才なハッカーは、人間の脆弱性という盲点をつき、サーバーハックを成功させた。


カエデの同期、真面目なアリサには、絶対に出てこない発想だ。


常に、自分ならどう対策するとか、自分ならどうハックするとか、寝ても覚めてもそんなことばかり考えている人間だからこその発想。


主観性と主体性。

そして、手段に囚われない、自由なアプローチ。


荒唐無稽で飛躍した論理を、実現に落とし込む卓越したセンスと手腕。


ディフィニラの目に狂いは無く――。

なるほど、現場で叩き上げの彼女が、好みそうな人材である。


カエデは奇想天外な方法でサーバーの乗っ取りに成功した。

そして、船に保管されている一番高い酒を、客にご馳走した。



――ディフィニラの名義で。



自分を(スカウト)して、一歩間違えれば死ぬような訓練を幾つも課した局長に対し、ささやかな仕返し。


恩師であり、仇敵であるディフィニラに一杯食わせて、気持ち良く彼女の部下となったのだった。



閑話休題。

ともあれ、セントラルの洋上カジノは、CCCの庭。


秩序の番人が管理する、市民が合法的に火遊びをできる場所。


刺激こそが、明日を生きる心の栄養となる。


善良な市民も、悪埒なチンピラも。

どちらも、同じ人間だ。


善人にも、刺激は必要だ。

羽目を外すから、自制が利く。


だって――。

大人とは、大人のフリができるようになった、子どもなのだから。



‥‥‥‥

‥‥



「足元、気を付けて。」

「はい、ありがとうございます。」



ハルは、ソフィアに連れられて、洋上カジノに来ていた。


船のヘリポートに、ドローンタクシーで着陸。


ドローンの中から、スーツに着替えたソフィアが出てきて、ハルの手を取る。

ソフィアに続き、紺色のイブニングドレスに着替えたハルが出てくる。


慣れないドレスに、慣れないヒール。


ドローンから、ソフィアに抱きつくような形で降りる。

そのまま2人、腕を組んで船内に。


日本ではお目に掛かれない、大人の遊具の数々を、天井の絢爛なシャンデリアが照らしている。


お上りさんみたく、周囲をキョロキョロとする。

周りには、スーツ姿の紳士と、ドレス姿の淑女。


卓上を回るルーレットを囲んでお喋りをしたり、お酒を片手に立ち話をしている。


慣れない雰囲気に、ちょっと酔ってしまいそうだ‥‥。



「こういうとこ、初めてかい?」

「はい。ちょっと、ビックリしてます。」


「ふふ。それは、エスコートのし甲斐がありそうだ。」

「お、お手柔らかに――。」



ソフィアに連れられて、ダンディでムーディなカジノを進む。

時折、カジノ客がソフィアに対し、軽く手を挙げたり会釈をしている。


知り合いが、いるようだ。



「ここには、よく来られるんですか?」


「週に1回は来るね。

 研究に行き詰まると、頻度が増える。」



カッコイイ女性のソフィア。

趣味は、ギャンブル。


ハルは、ジト目で彼女の顔を見上げる。

日本人の価値観が、そうしてしまう。



「傭兵の趣味なんて、酒にタバコに女。

 誰でも、そんなもんさ。」



明日、死ぬかも知れない仕事をしていれば、自然と趣味は即物的な物になる。


それは、ハルにも分かる気がする。


自衛団に入るためのトライアル。

過酷で孤独な訓練。


その最終訓練。

街のライフラインがストップした場合の想定訓練。


ナイフと地図だけ持たされて、ロボットやドローンが警備する訓練用の市街地で、サバイバルをするのだ。


訓練には、身体能力を強化する、ギアの持ち込みすら許されない。


武器や道具は、全て現地調達。

地図と地理、建物の大きさから、物資の場所の目星を付け、行動していく。


訓練は正午から始まり、そこから72時間、市街地で生き残る。


これが、トライアルの最終科目。

3日間のサバイバル。


物資を、機械の目を盗み、奪い、生き延びる。


緊張、疲労、眠気。

空腹感、飢渇(きかつ)


睡眠も、トイレすらままならない環境。


その極限環境で3日間、ナイフ1本で生き延びた者だけが、自衛団となれる。


そして、無事に訓練から生還すると、あったかい食事に、専用ギアの授与。

あったかいご飯に、思わず泣いちゃった記憶が蘇る。


まだ半年(※)も経っていないのに、随分と昔のことのように感じる。



※自衛団のライセンスを取得するまでにかかる期間は、通常1年。

 早くて半年。


 ハルは昨年の4月初頭からトライアルを開始。

 昨年の9月中旬に、トライアルをクリアした。


 余談だが、JJはこのサバイバルが終わったあと――。

 テンションが上がって、道場で稽古をしてた。

 行きつけの食堂で、唐揚げ定食を腹一杯食べて。

 道場で追い稽古をしてた。


 セツナとダイナは、家で死んだように寝ていた。

 ハルも似たような感じ。



その経験があるからか、ソフィアの言うことも、分からなくは無いのだ。


酒、タバコ、女。


タバコと女は分からない。

けれど、生き延びたあとのご飯は、美味しい。


‥‥お酒は、いつでも美味しい。


ソフィアの言葉を肯定するように、ハルは彼女の肩に頭を預けた。



「分かって貰えたようだね。」



賑わう遊技場を進む。


2人を視界に入れた紳士が、ソフィアに手を挙げた。

話し掛けようとしたようだが、連れが居ることに気付き、離れていく。



「ここに良く来る理由は、他にもあってね。

 色々な人と話をすると、思いもよらない収穫を得ることがあるのさ。」


「弱い紐帯(ちゅうたい)、というヤツですか?」


「お、難しいことを知っているね。その通り。

 ここには、色んな業界の人間が集まる。

 だから、私の研究に、新しい視点やアイデアをくれる。」



このカジノは、傭兵としても、研究者としても、有益な場所であるらしい。


繋がりの薄い人の方が、遠慮や偏見無しに意見できるし、畑が違えば、持っている知識も違う。

自分の盲点を打開するに、人が集まるカジノは打って付けという訳だ。



「こういう場所だからね、得難い情報も耳に入りやすい。

 本音が零れてしまうのさ。

 グラスの中から、揮発して、ね?」



――――大人だ。

なんかよく分からないけど、大人だ!


ハルは、そう思った。

彼女の中で、価値観の変化が起こる。


ギャンブルが、カッコ良く見えてきた!



ソフィアが立ち止まった。

トランプを使ったゲームをしている、テーブルの前。


ディーラーは、パフォーマンスも兼ねた手捌きで、客にトランプを配っている。



「ブラックジャックは分かるかい?」

「はい。カジノでは初めてですけど。」


「なら、このテーブルで遊ぼう。」



すでに3人が遊んでいるテーブルに、ハルとソフィアも混ぜてもらう。

スマートデバイスで、クレジットをコインに換金。


ディーラーが、2人の前にコインを用意する。

換金した額は、10万クレジット。


敏腕エージェントであるハルからすれば痛くも痒くもない額。

ソフィアからしても、大した額ではない。


今夜はデートが目的。

軽く遊べるコインがあれば良い。



「普段はね、負けが込んだら、ダーツやコロシアムで、荒稼ぎをするんだ。

 実力で勝てるゲームは、良いストレスの発散になる。」



悪い大人が、良くないカジノの遊び方をハルに吹き込む。

ダーツは分からないが、コロシアムなら得意分野だ。


ブラックジャックが始まる。

ハルとソフィアに、カードが2枚配られる。


1枚はオープンな状態で。

もう1枚は、伏せた状態で。


ソフィアは、裏になったカードを確認し、伏せる。

それから、ハルにこんな提案をした。



「クレジットを賭けても、キミには刺激が足りないだろう?

 だから、私とも賭けをしてみないか?」



――ブラックジャックを20ゲーム遊んで、コインが多かった方の勝ち。

――勝った方は、負けた方に何でも命令できる。



‥‥‥‥。

二つ返事で、Yesを返す。


俄然、ハルはやる気が出てきた。





ハルとソフィアが、夜のセントラルで、大人なデートをしている最中(さなか)

その兄と友人は、同時刻――。



「フッ。キミの名前を、教えてくれないかな? 子猫ちゃん?」



セツナは、視線を手元に落とす。

台本、カンニングペーパー。



「セツナ。大学生。」



アイが、セツナの肩に手を回す。

2人は、クラブハウスに来ていた。


この箱 (クラブ)で一番良い席に案内してもらって、ソファに腰かけている。


ハイテンポで大音量の音楽に、目に痛いほどの光。

ホールで熱狂する人々。


どんな喧騒でも、プレイヤーは通信機能によって、脳に声を送ることができるので、問題なく会話ができる。


箱の熱狂をそのままに、2人の世界に浸ることができる。

‥‥‥‥。



プライベート撮影会の最中(さいちゅう)、セツナは()()()()()によって死亡した。


だがしかし、ここはセントラル。

新鮮な死体は、蘇生が可能。


不運で不幸なセツナは、奇跡的に一命を取り留めた。

誰かの善意と施しにより、九死に一生を得たのだ。


得たのだが‥‥。


その対価として、法外な治療費を要求された。

治療費を稼ぐために、不運で不幸な美女は、自らの身体を売る。


――っていう設定。


今は、アイのお酒の相手をしてあげる。

っていう設定。


無遠慮に、セツナの身体をベタベタ触ってくるアイ。



「セツナちゃんは大学生かぁ~。

 その名前だと、日系のセントラル人だね?

 大学では、何を勉強してるの。」


「‥‥循環生物学 (※架空の学問)。」


「循環生物学? なにそれ?

 あ、あと敬語な? 敬語、使えな?」



アイは、セツナの髪を弄びながら、そう忠告する。


くしゃり。

セツナの手元、台本に縦皺が何本も入る。


小さな肩が、わなわなと大きく震える。


机に、スタンガンが置かれた。

水色の瞳が、赤い瞳を睨む。



「そんな怖い顔しないで~。ほらほら~。」



アイがセツナに引っ付く。

この状況‥‥、実のところ、セツナも悪い気はしていない。


恋人とのスキンシップ、嫌な訳が無い。


アバターは女でも、中身は男だ。

胸を触られるのは流石に恥ずかしいが、それ以外はどうってことない。



腰だろうが、脚だろうが、むしろカモンヒアである。(?)



主導権こそアイに握られているが、ベタベタされるのはウェルカム。


アイも、それを知っている。

だから、セツナの怒りゲージが上がる度、スキンシップを取っている。


男は単純で助かる。

完全に、ハンドルを握られているセツナであった。



――男は、単純なフリをする。



アイはセツナの肩に腕を回す。

もう片方の手で、彼女 (彼氏)の鎖骨をなぞる。



「ほらほら~、質問に答えて?

 循環生物学について教えて?

 ペンギン屋さんになりたいんなら、海洋学じゃないの?」



セツナは、シワの寄った台本を広げ直す。

薄暗い(クラブ)の中、UIの力も借りて、台本を読む。


台本には「アドリブでお願いします」と、書かれていた。


ページ送り。

台本を読み飛ばしつつ、めくって進める。


その後の会話も、なんか、フワっとした感じのことしか書かれていない。


1ページに、1行。

ずいぶんと、文章の余白が楽しめる台本だ。


――くしゃり。

台本が、横方向に潰れた。


すぅーーー。

深呼吸。



「循環生物学っていうのは、生態系を、マクロな視点で考える学問、です。

 食物連鎖を、地球の規模で考えます。」


「ふ~ん。例えば?」


「山が豊かだと、海も豊かになるんです。

 昔、農業従事者が減ったことにより、海の海藻が育たなくなったことがありました。」


「へー。それはなんで?」


「農家が減って、畑に使われる肥料が減ったからです。

 肥料が減って、海に流れる栄養が減ったんです。」


「はぁ~、なるほど――。面白いね!」


「はい、そうです。

 自然って、繋がっているんです。


 山が変われば、海も変わる。

 これって、すごくありませんか!


 学問としては当たり前でも、すごくありませんか!」


「ちょっと分かるよ。

 ――セミの羽化とか、感動するもんね。」


「‥‥セミの羽化?

 アイ、セミの羽化を見たことあるの?」


「公園で、姉と日が暮れるまで見てました。

 次の日には、セミさん居なくなってました。」



アイはサムズアップをして、自慢げに語る。


羽化したばかりのセミは、体が緑色らしい。

それが、時間が経つにつれて乾いて茶色くなるのだ。



「それよりセツナ、演技演技。」


「あ――、え――?」


「ってかさぁ。セツナちゃんの話しだと、山の栄養は、海に流れるんだよね?」


「え? あ、はい‥‥。」


「じゃあさ、山の栄養って、いつか無くならない?

 ほら、アレルギー保存の法則的な?」


「エネルギー保存の法則な?

 アレルギーって‥‥。アイ――、それ――、ふふふ。」



地味にツボに入ってしまう。

真顔でボケるものだから、不意打ちをくらった。


一瞬、ボケと気づかなくて、脳がアレルギー保存の法則について、真剣に考えてしまった。


脳が、地球のアレルギー総量が保存されている世界を想像してしまった。

花粉症が、誰から誰かに移る世の中を想像してしまった。


それはそれで、ちょっと見てみたい気もする。



『――はくしょん!』


『うわ~!? くしゃみで宿主から追い出されてしまった~~!』


『よ~し! なら、通りすがりのアイツに潜伏してやるぜ!

 お前の冬を、地獄にしてやるぜ~!』


ピュュュュン!


『な! なに~!?

 コイツ、もやしアレルギー持ちだ~!?』


『ややや。貴様はスギ花粉アレルギー。

 レア度コモンの雑魚が、オレに相乗りするんじゃね~!!』


『グワー!? ごめんなさ~~い!!』


『千人に1人の、もやしアレルギー様のチカラ! 思い知ったか~!

 世界中の食べ物が、もやしだけになれば、人類は絶滅するのだ~!

 わーはっはっはっ!』



‥‥‥‥。

スギ花粉が、もやしに負けた。


アレルギーカーストとか、アレルギーアイドルとか、ありそう。



――――ふふふ。



アイとしては、軽いジャブのつもりだったのだが‥‥。

思いもよらず、クリティカルヒットした。


あまりにも笑うものだから、セツナの胸に、頭をぐりぐりとさせる。



「もう――! そんなに笑って!」


「ごめんごめん。――――ふふふ。」


「ねえ、ほら! 山から流れた栄養は、海でどうなっちゃうの!」


「えっと――。それは、最終的に山に帰って来ます。」


「‥‥‥‥? どうやって?」


「分かりやすいのは、鮭ですね。」


「鮭? ――あと、鮭さん、な?」


「‥‥‥‥。鮭さんは、川で生まれて、海で育ちますよね?」


「うん。」


「それで、大人になったら、川に帰って来ます。」


「それで?」


「海の栄養で育った鮭さんは、川でクマさんに食べられり、川で死んで、山の栄養になります。」


「あー、なるほど。そうやって、海の栄養が山に戻って来るんだ。

 水として循環するんじゃなくて、生き物として循環する。」


「そうなんです。

 他にも、カモメさんなんかの海鳥も、魚を食べて、海の栄養を蓄えて。

 それが、カラスさんやワシさんに食べられて、山の栄養に帰ります。」


「うまくできてるんだね、地球って。」


「うまくできてるんです。

 オレ‥‥、私は、そんな循環する生態系に、ネクストが与える環境負荷を研究してます。」


「ネクストのおかげで、色んな資源が作れるようになったからね。」


「肥料の原料である、鉱物も作れるようになりました。

 現在は、増やし過ぎた資源は、宇宙に廃棄してますが‥‥。」


「日本だけがそれやっても、どうしようもないよね~。」


「それを、どうにかしようっていう、研究をしています。」



現実世界で、今から100年ほど前に発見された新エネルギー、ネクスト。


魔力と同じく、高位次元に存在する、無限のエネルギー。

それは無限であり、万能であった。


ネクストは、万能物質としての性質があり、既存の元素に変換ができた。

これにより、資源に乏しい日本は、3度目の世界大戦からいち早く復興し、鎖国を敷いた。


ネクストのおかげで、他国との交流を大きく制限しても、国が痩せることは無くなったのだ。


工業を支えるための金属もそうであるし、肥料の原料となる、カリウムやリンなどの鉱物に関してもそうだ。


だが、無から有を生み出す所業にも、代償が伴う。

そのツケを払うのは、地球であり、生態系だ。


現在、ネクストの使用による環境負荷が、地球を蝕んでいる。


人類は、100年経っても消えない戦火と、無限のエネルギーによって、緩やかな絶滅へと向かっている。


無制限の富で、地球を圧迫して潰している。

海は汚れ、死んだ水が雨となり、大地を枯らしている。


それを解決するための学問を、セツナは大学で修めている。

地球が青くなければ、ペンギンは生きられない。


力や技術とは、正しく使われる必要がある。

自分の身を、守るためにも。



――電脳の世界で、社会的な話しをしてしまった。


まあ、アイが話題を振ってきたのだから、何か企みがあってのことなのだろうが。


ひと段落したところで、テーブルにお酒が提供される。


コーヒーとミルクの甘い匂い。

コーヒーのリキュールを、牛乳で割って作るカクテル。


カルーアミルク。

‥‥レディキラーの、一種。


お酒に詳しくないセツナも、カルーアミルクのことは知っている。


大学のお酒の席で、見たことがあるし、飲んだこともある。

うちの大学では、好意の表現として使われるという文化がある。


男から――、女からでも良い。


気になる異性に、このカルーアミルクを、飲み会の席で渡すのだ。


自分で頼んで、相手に渡す。

それが、好意のサイン。


告白なんて重い感じではなくて、もっと軽い感じ。


もうちょっと相手のことを知りたいから、「ちょっとデートしてみない?」くらいの感じ。


カルーアミルクを送った相手から、同じカクテルが返ってくれば、脈あり。

酒宴は盛り上がり、2次会の参加人数は、2人減ることになる。


断られても、それは友達のままでという意味。

酒で慰められるくらいのダメージしか負わない。


色ボケ民族のクセに、奥手な日本人には、これくらいの文化が丁度良い。


キッカケなんて、軽い感じで良いのだ。

恋愛小説や、恋愛マンガのように、ドラマチックである必要はない。


気が合えば、おのずと男女の仲という距離に近づく。

告白なんて、その確認くらいのノリで良い。


カルーアチャレンジは、色恋が絡んだ、酒の席のゲームなのだ。

色ボケの奥手には、これくらいで丁度良い。


酒の勢いを借りて、大人数の前で好意を表現する大胆さに、繊細で複雑で、臆病な気持ちを隠す。


和歌なんて読めないし送れないし、送られても困るから、酒が歌の代わりになってくれる。



そんな訳で、セツナはこのお酒を知っている。

これが、レディキラーの一種であることも、知っている。


アイが、大学の文化なんて知っているはずがない。

それはデータに残らない、口伝により継がれる文化なのだから。



「‥‥‥‥。」



怪訝な顔で、アイを見る。

相変わらず、調子の良い顔をしている。


‥‥脇腹に「ドクシュ」てしてやりたい、顔をしている。



「いや~、セツナちゃんって、賢いんだね。

 話して喉が渇いたでしょ?

 乾杯しよ!」



2人はグラスを手に取り、乾杯。


セツナの身体は、勝手にお酒を一気に煽る。


視界の隅に、見慣れないメーターが出現。

酔いを表す、メーター。


視界が、わずかに傾く。

アイの声が、少し遠くなる。



「このお酒、飲みやすいでしょ?

 いつも頑張ってるから、今夜は羽目を外そう。

 ‥‥‥‥ふふ、‥‥ふふふふふ。」



掠れる両目をこする。

クシャクシャになった台本を広げる。


めくる、後ろの方へ。


台本の最後、最後の一行。

そこで目が留まる。



――酔ったセツナちゃんを、お持ち帰り☆



テーブルに、2杯目のカルーアミルクが提供される。

乾杯して、一気に飲み干す。


セツナの視界でメーターが上昇し、身体が前後に揺れ始める。


ここは電脳世界なので、思考はクリアなまま。

だが、身体感覚は、酔いの症状を忠実に再現している。


現実では、味わったことのない、前後不覚の感覚。


※セツナは、酒豪の妹や母のそれよりも、さらに強い。

 ただ、酒の味は分からない。


ふらふらしているセツナを、アイが抱きしめる。

ドレスから覗く、鎖骨を指でなぞる。


ねっとり、絡みつくように。



「知的な女性が、お酒でダメダメになっちゃうシチュエーションって、いいですよね。」



アイが、セツナに大学の話題を振った理由が分かった。

つまり彼女は、セツナから、知性を引き出したかったのだ。


両手で、アイを突っぱねる。

反作用で、身体がアイから離れて倒れていく。


アイが腰に手を回し、起き上がらせる。


‥‥腰に回された手が、歩くように上方向へ向かって行くのを、手で追っ払う。


テーブルに両手をつき、身体を支える。

そこに、3杯目のお酒。


ペースが早い。

わんこそば感覚で提供してくる。


アイがグラスを持つ。



「はい、乾杯♪」



――結局。


セツナは、アイにされるがまま。

しこたま飲まされて、散々に遊ばれてしまった。



デート券の効果時間は、まだ続く。

まだ、もう少しだけ。




次回へ続く――。

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