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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
8.5章_ワン・マン・アーミー!

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SS15.01_王女様の言う通り 1

セントラルの首都、センター。


天まで伸びる摩天楼。

窓ガラスに反射する青い空。


科学と魔法により発展した、美しき街。

終末世界のオアシス。


多くの人々が、この地で文明的な生活を送っている。


しかしオアシスには、危険な猛獣もいっぱい。

青い街の路地裏は、暴力の世界。


オアシスの底に溜まった、汚い沈殿物で腐っている。


この街で育った人間であっても、路地裏には行かない。

そこは、危険がいっぱいで、危険が危ないから――。





「あんまり、オレを困らせないで欲しいな。子猫ちゃん。」



路地裏に、子猫が連れ込まれた。

雪のように白い髪、湖のように澄んだ青い瞳、黒いドレス。


子猫は、スーツ姿の狼に、路地裏へ連れ込まれた。


彼女があんまりにもワガママだから、腕を掴んで、人目の付かないところへ。


少し強引に、子猫を壁に押し付ける。

子猫は腕力で敵わない。


狼は、捕まえた猫の頬を撫でる。



「怖がらなくていい。大丈夫、安心して。

 オレに任せて。」



猫の喉元へ指を置き、顎をクイと持ち上げる。

頭ひとつ分、身長差のある子猫の目が、狼の目と交わる。



「‥‥‥‥!」



無言のビンタ。

子猫が、右手で引っ掻いた。


――可愛い戯れは、簡単に止められてしまう。



「ふふ。悪い子だ。」



手首を捻られる。

右手を背中側に回され、拘束される。


さっきよりも強く、壁に押し付けられる。


反射的に顔を後ろに逸らす。

胸から、壁にぶつかる。


女性特有の柔らかさが、壁によって潰れる。


狼が、非力な子猫の耳元で囁く。



「キミのそういうところ、嫌いじゃないよ。」



子猫の腕を拘束したまま、彼女の髪に触れる。


新雪のように柔らかい髪に、吸い込まれていく。

手も、視線も、心も。


狼は思う。

――これが欲しい。


耳元で、甘く囁く。



「そんなに抵抗されると‥‥。イジワル、したくなっちゃうじゃないか。」


「‥‥‥‥。」



――スチャリ。

狼に、銃が向けられる。


護身用の、非殺傷スタンガン。

インベントリから取り出した。


左手で、背後の狼を狙う。



「――へ?」



猫がテーザー銃の引き金を引く。

銃から音も無く、裁縫針のような弾が射出される。


チクリ。


スーツの上から、針が刺さった。

裁縫針が、青白く放電する。



「あばばばばばば――――!?!?」



狼が雷に打たれて、感電する。

通電し、子猫にもダメージ。


しかし、狼のダメージに比べれば、微々たるもの。


拘束を振りほどく。

振り返り、引き金を引く。


スタンニードルを、もういっちょ。



「あばばばばばば――――!?!?」



狼が倒れる。


追撃の追撃。

倒れた狼を見下ろす。

スタンガンが、狼の頭を狙う。


反撃の子猫が、引き金を引こうとして――、動きが止まった。


指と身体が、固まる。

動けなくなる。


狼の手には、紙切れが握られている。

インベントリから取り出した――、デート券。


クリスマスイベントにて、ネタバレサンタが配った、不思議なデート券。(※)

魔力を帯びたデート券は、相手に強制力を持つ。


※7.5章_恐怖! 恐怖のクリスマスシャーク! のときに貰ったアイテム



――反撃の反撃。

狼が、デート券の強制力を発動させる。



「自分を、スタンガンで撃ちなさい。

 ――セツナ。」



子猫――。

もとい、女性アバター姿の、セツナが動き出す。


スタンガンを握る左手が、自分の方へと向く。

必死に抵抗し、右手で左手を静止しようとするが、止められない。



「いや~。必死に抵抗する姿も可愛いですよ、セツナ。」



狼――。

もとい、スーツ姿のアイは、すっかり鑑賞モード。


低いアングルから、セツナの抵抗を高みの見物。


セツナが、アイを睨む。



「クソ――! 覚えてろよ、アイ!」


「あらあらセツナちゃん。レディがそんな言葉使いをしちゃ、めっですよ。」



‥‥セツナは、スタンガンの引き金を引いた。

自分に対して。


チクリと針が脚に刺さり、針が放電する。



「あばばばばばば――――!?!?」



白髪(しらかみ)白肌(しらはだ)の、儚い見た目とは似ても似つかない。

素っ頓狂な悲鳴が路地裏に木霊した。



‥‥‥‥

‥‥



――時は遡ること、たぶん30分くらい前。



「今日のアイちゃんは、セツナの()()です。」



‥‥アイが、また面白いことを言い始めた。

白い視線を、アイに向ける。


空飛ぶ拠点、ブルーホエールに集まったセツナとアイ。

挨拶もほどほどに、アイは突然、そんなことを宣う(のたまう)のである。


頓珍漢な文章に、言葉を返せない。

白い視線しか、返せない。


‥‥彼氏? 彼氏とは?



「と、いうわけでセツナ。――女の子になってください。」



頓珍漢な文章が、玉突き事故を起こした。

脳が言葉を処理する前に、次の爆弾が投下される。



「さあさあ、セツナちゃ~ん。

 たくさん、おめかししましょうね~。


 お洋服は何にしましょう?

 この黒いドレスはどうですか~?

 彼シャツならぬ、カ・ノ・服、ですよ?」


「待て待て待て! 待てやコラっ!」



グイグイとドレスを押し付けるアイに対し、ちょっと乱暴な言葉が出てしまった。

本能的な危機感が、ドレスをグイグイするアイの腕を、払ってしまう。


「あっ」と思うも、時すでに時間切れ。


スンっと、大人しくなってしまうアイ。

ポーカーフェイスの赤い瞳が、セツナの目をジッと見ている。


‥‥‥‥。


表情の起伏に乏しい彼女ではあるが、セツナには分かる。


こちらの目を覗き込むような、上目遣い。

あれは、良からぬことを考えている時の目だ。


――予想的中。

アイの小さな口が、横方向に伸びた。



「ふふふ――。そんなこと、私に言っていいんですかぁ~?」



平坦な調子で、挑発するアイ。

やはり、悪いことを考えているようだ。



「な、なんだよ~!? なにする気だよ~!?」



セツナは後ろに下がりながら、ファイティングポーズを取る。


アイは虚空から、何やら紙切れを取り出す。

赤い色の紙に、金色のハートが描かれた、名刺サイズの紙。


瞬間、セツナの記憶から、そのアイテムの情報が蘇る。


クリスマスイベント、そこで配られた、デート券。

アイは、それをセツナに使う気なのだ。


彼女は、デート券を複数枚、持っていた。

イベントで、いっぱいプレイヤーを殺したから、ネタバレサンタから何枚か貰えた。


そしてこれが、最後の1枚。



「効果は、ハルちゃんとのW(ダブル)デートで、実証済みです。」

「――は? Wデート? 何を言って――。」



デート券が輝く。

粉雪のような魔力が舞う。


アイが、セツナにデート券を向けた。



「さあセツナ! 女の子になっちゃえ~~~!」



デート券の魔力が、セツナを包む。

粉雪がふぶいて、雪化粧に包まれる。



「あ~~れ~~~!?」



‥‥‥‥。


セツナは、女の子になっちゃった。


アイに逆らった罰として、お化粧もさせられちゃった。

スリットの深いドレスも、着せられちゃった。


おめかし完了。

デートに出発。



「セツナちゃ~ん。恥ずかしがってないで、そろそろデートにいきますよ~。」


「待って! ムリ! ホンっトにムリ!」


「まあまあ――。まあまあまあ―――。」


「力つよっ!? ヒール歩きにく!?」



飛行船の扉が開かれる。

常春の風が、大空へと手招きをする。


陽気な風は、2人の後ろに回り込み、背中を押す。


細いシルエットのスーツに着替えたアイが、ドレス姿のセツナをエスコート。

セツナの手を引きながら、後ろ向きに飛行船から飛び降りる。


か弱い腕力になってしまったセツナは、アイに連れられるまま、されるがまま。

彼女に連れられて、大空へと投げ出された。



「いぃ~~!?」



いつもやっているスカイダイビングが、今日はこんなにも怖い。

自分の身体が、とても頼りなく感じる。


アイの腰に手を回し、ギュっと抱きつく。



「おお――!?」



セツナの行動に、アイは目を丸くする。

セツナの背中に、両手を回す。



(これは――! これはいいものですよ!

 さすがです‥‥。さすがです私!)



――電脳世界ならではの、デートが始まった。

そして、時は進み、冒頭に戻る。


アイの彼女 (彼氏)が、あまりにもデートに乗り気でなかったから。

痺れを切らして、人気(ひとけ)の無いところへ連れ込んだのである。



子猫と狼、路地裏でのひと悶着。

スタンガンに撃たれて、倒れ込むセツナ。


しなりと身体が倒れ、両手をつく。

脚を、女性のように横に流して倒れる。


‥‥身体が勝手に、女性のような振る舞いをする。

女性の振る舞いを、させられる。


身体から煙を上げているアイは、身体に刺さった針を抜く。

大の字に、その場に寝転がって起きない。



「ああ、セツナに撃たれて、痛かったな~~。

 苦しいな~。しんどいな~。


 ‥‥‥‥。

 膝枕、して欲しいなあ~。」



「こいつ‥‥!」


「喜んで膝を貸してくれるのも、イヤイヤ貸すのも――。

 私はどっちでも構いませんよ?」



どっちにしますかと言わんばかりに、デート券を見せびらかすアイ。


‥‥‥‥。

アイの元に、しぶしぶ擦り寄って、イヤイヤ膝を貸した。


ゴミを見るような水色の瞳が、アイを見下ろしている。



「ナデナデしてください。」



アイの心臓は、強かった。

自分の彼女 (彼氏)への信頼が、太すぎる。


セツナは、アイの頭を撫でる。


前髪を梳くように、細い指が頭を撫でる。

ゴミを見るような視線に反し、優しく、温かい手。


こんなのでも、彼氏 (彼女)なのだから、大切に接する。


セツナの献身を、アイは目を閉じ、味わう。


極楽気分。

気分は上々。



「‥‥膝枕。意外と首が疲れますね。」



――ペシン。

デコピンが、アイの額を小突いた。



「いたい――!?」



割れ鍋に綴じ蓋コンビ。

本日も通常営業。



‥‥‥‥

‥‥





川の街と港の町を繋ぐ、山の道。

なだらかな丘陵が続く、ドライブスポット。


たまには、時間や効率を忘れ、街から街へと遠回りで行くのも悪くない‥‥。


そういう人々のためのルートとなっている。


交通量の少ない、緩やかな登り道。

バイクが1台、進んでいく。


大型のオフロードバイク。

2人乗りだ。


舗装路だけでなく、悪路の走行にも対応した、オフロードバイク。

全体的にスリムなボディを持ち、大型バイクのドッシリとした印象を与えない。


タイヤは、スリムなボディに反して大きく、溝が深い。


路面からの衝撃を吸収する、サスペンションのストロークも深い。

おかげで、凸凹した道であっても、ドライバーに負担を与えない。


オフロードバイクが、山道を走る。

日本の山道とは異なり、雑木は生えてない。


道の左右には、膝くらいの高さの草が生い茂っている。


セントラルは、常春の乾燥地帯。

日本とハワイの中心に位置するにしては、特異な気候。


地球は、過去の厄災の影響で、気象変動が起こった。


その際、物理学的な気象情報が、狂ってしまった。

以後、地球の気象は、「天脈(てんみゃく)」と呼ばれる概念が支配するようになった。


厄災で覆われた地球の気象は、例え赤道直下の土地であっても、常冬の永久凍土なんてことがある。


地理学や気象学は、いまや魔力を前提とした学問に置き換わっている。


魔力とは、物理的な空間の上位に位置するエネルギー。

その力は、物理法則を捻じ曲げる。


セントラルも、天脈の影響を受けている。

同じ国土の中でも、大きな気候の違いがある。


日本のように、北と南で違うなんて縮尺ではなく――。

セントラルでは、街単位で違うなんてことも、珍しくない。


隣町に出掛けると、急に湿度が高くなるとか、ザラにある。

そのため、セントラルの街境(まちさかい)は、地理的な境界だけでなく、気候的な境界で区切られている箇所もある。


川の街や港の町は、旧ヨーロッパ (厄災が起きる前のヨーロッパ)のような気象と地質に近い。


乾燥していて、土地が痩せている。


だから、大きな雑木は育ちにくく、草地が広がりやすい。


雑木が無いから、道からの眺めは良い。

山を越えて、海が見えてきた。


バイクの後ろに乗る女性が、ハンドルを握るドライバーの腰に手を回す。

肩まで伸ばした金髪が、たなびく。


頭を、ドライバーの背中に預ける。


ヘルメットはしていない。

別にこけても、痛いだけで済むから。


ドライバーの服から、ほんのりとタバコの香りがした。

ミント感の強い、タバコの香り。


ドライバーが、後ろの相方に声を掛ける。



「ハル君、展望台で少し休憩をしよう。」

「はい、ソフィアさん。」



ソフィア。

オペレーター・アリサの師であり、元傭兵の科学者。


淡い金髪のショートカット、左眼の眼帯。

タイトなワイシャツにパンツルックの、シンプルな恰好。


傭兵の頃に鍛えた肉体を維持しているソフィアには、シンプルな服装が良く似合う。


ハルは、デート券を使い、ソフィアとデートをしていたのだ。


ソフィアとのデートは、2度目。

1度目は、アイとのWデート。


アイ・アリサ、ハル・ソフィア。

この4人2組で、デートをした。


今日は2人きり。


強くてカッコイイ女性に連れられて、バイクでドライブ。


海と草原の見える展望台で、少し休憩。

ソフィアは、展望台の手すりに背中を預ける。


駐車場と、展望デッキがあるだけの、簡単な展望台。

最も美しい眺めのために、ムダを削ぎ落した展望台でもある。


シンプルなのは良いことだ。

洗練された機能にこそ、美は宿る。


宝石だって、原石のままでは、ただの石ころだ。

極限まで磨き、削ぐからこそ美しい。


科学者は、単純さやシンプルさが大好き。

ゆえに、E = mc²は、最も美しい数式とされている。


ソフィアは、ベルトポーチから、シワの寄ったタバコ箱を取り出す。

ズボンのポケットからライターと携帯灰皿。


細いタバコに、火を点ける。


煙を味わって、吐き出す。

慣れた、自然な所作。


ハルは、ソフィアの所作を、しみじみと堪能している。

‥‥こういう、ワイルドな魅力にハマりやすいお年頃。


ソフィアの場合は、ワイルドなだけでなく、科学者としての知性も備えている。


大人としての立ち居振る舞いと余裕。

時折、瞳の奥に覗かせる、荒々しい光。


ハルは、成人したとは言え、まだ18歳。

※現代の日本は、3度目の世界大戦の時に制定された徴兵制度の名残で、18歳が成人。



子どもの頃は、成人すれば大人だと思っていた。

だけど、今年18になって分かった。


成人しても、自分はまだまだ子どもだ。


‥‥20歳(はたち)になったら、25歳になったら、自分のことを大人だと思えるのだろうか?

その頃の自分は、大人になっているのだろうか?


ソフィアと自分、見比べてみる。


経験――。

それは、どんな要素で構成されている?


ゲームの「慣れ」とは違う気がするのだ。

人生に、慣れなんてない気がする。


ソフィアは、煙を吹かす。

一般的なタバコの煙とは異なる、ミントの強い香りが、遠い海風によって霧散する。


ハルの鼻腔を、ほのかにくすぐる。



「タバコ、吸ってみるかい?」



悪い大人が、いたいけな女性に、悪い遊びを教えようとする。

「ありがとうございます」、そう言って、タバコを受け取る。


好奇心。

慣れない様子で、口にくわえる。


ソフィアに、火を点けてもらう。

ライターが火着(カチャン)となって‥‥、ソフィアの顔がハルに近づいた。



「――――!?!?」



シガーキス。

ソフィアのタバコと、ハルのタバコが触れ合う。


ソフィアのタバコから、火が移る。

ハルは‥‥、盛大にむせた。



「げほ――っ! げほ――っ!」



初めてのタバコにもむせたし、ソフィアの行動にもむせた。

初めてのタバコの味は、胸にいっぱい、メンソールの香り。



「もう、からかわないでくださいよー!」

「ふふふ。ごめんごめん。つい、ね?」



ハルは、再度タバコに口をつけてみる。


‥‥‥‥。

なるほど、分からん。


ソフィアみたいに、上手く煙を吐けない。

当の本人は、すまし顔。


シガーキスなんて軽い挨拶なんて言いたげに、タバコを味わっている。


ハルは、ジト目になる。

その目を、元傭兵の科学者へ向ける。



「こうやって、可愛い子を何人も泣かせてきたんですね?」

「さあ? どうだろうね?」



ソフィアは、手すりに肘を置く。

背中を預けていた手すりに、今度は両肘を置いてもたれる。


タバコをくわえたまま、煙を吐く。

タバコを、手に持つ。



「傭兵をしていると、悪い遊びばかり覚えるのさ。

 そして、悪い遊びは、クセになる。」



タバコを、携帯灰皿の縁で叩く。

灰が、灰皿に積もる。


灰皿をハルの方に差し出す。

ハルも、灰皿の上でタバコを叩いた。


ソフィアがタバコを吹かす。

海に向かって、煙が伸びて消えていく。



「どうだいハル君? 悪い大人で良ければ、キミの相談に乗るよ?」



――また、ハルは盛大にむせた。

口から、薄い煙が2度3度と出ていく。



「可愛い子を、何人も泣かせてきたから、分かるのさ。

 キミの年頃なら、誰でも悩みのひとつあるだろう?」


「‥‥うっ、それは‥‥。」



悩みごと、色々とある。


最近になって目覚めた、魔法の力と、どうやって向き合っていこうかとか。

女神から、何か大きな物を背負わされた兄や友人の助けになりたいとか。


‥‥言えない。

聞けない。


1人で何かを背負うって、こんなにも心が重い。


孤独なのだ、驚くほどに。

孤独を知り、兄の背中の遠さを、知った。


自衛団にもなった、強くもなった。

家族に大切にされてきた分、今度は自分の番だと、そう思っていた。


だけど、自分の目測は、想像以上に拙くて。


進めば進むほどに、みんなの背中が、遠くなっていくのだ。

追い付いているはずなのに‥‥。追いつけない。


才女が、聞いて呆れる。

才能で、覚悟は買えない。


ひとたび、人は覚悟を持ってしまうと、そこからは茨の道だ。


理想と現実、果てない自己批判に晒されることになる。

たぶん、死ぬまで。


孤独だ、苦しい。


兄は、母は、父は――。

この孤独を背負ってなお、笑っているのだ。

自分に、笑顔を向けてくれていたのだ。


人生とは、道である。

道は、探究すればするほどに、先鋭化されていく。


道は分かれ、最後には1人、道を行くことになる。


その孤独を、その覚悟を、自分は果たして、背負えるのか?

答えは出ず、自己批判は続く。



誰かに支えて欲しくて、寄る辺(よるべ)を求めて、逢瀬(おうせ)に逃避した。


孤独の溝を、埋めるように。

孤独の傷を、抉るように。



ソフィアは、灰皿にタバコの火を押し付ける。

半分ほど残っている、タバコの火が消えた。



「悩みごとにも、色々とある。

 気心知れた相手には、相談しにくいこととかね。」



遠い海に向けて、風が吹いた。

海の向こうにある、天脈がもたらした()()()()()()()爆弾低気圧が、山から風を持ち去って行く。


ハルも、タバコの火を消した。

赤い揺らめきが、灰の中に隠れていく。


ソフィアは、携帯灰皿をポケットにしまう。

大人しくなってしまったハルに、向き直る。



「分かるよ。秘密とは、隠しておきたいものだ。

 知って欲しいのに、なかなか明かせない。

 知って欲しい相手だからこそ、明かせない。」



そう言って、眼帯に触れる。

左眼を覆う、黒い眼帯。



「‥‥ハル君。驚かないで、見てくれ。

 私の秘密を、知って欲しい。」



ソフィアが眼帯を外した。


誰も居ない展望台。

ハルだけが知ることになる。


ソフィアの、秘密。



「‥‥‥‥え?」



言葉を失う。

その眼を、その瞳を、知っている。


紫色に燃える、左の瞳。

物憂げな、空色の右眼とは似ても似つかない、焼けた夕暮れのような左眼。


その眼を、その瞳を、知っている。


‥‥堕天使の瞳。

巨悪サウザントの最高幹部、ルフランと同じ瞳。


ソフィアの秘密に、ハルは言葉を失う。



「なん、で――?」



かすれた声が、細い喉から漏れた。


ソフィアは、両目で海の方を見る。

両肘を、固い手すりの上に置く。



「私はもともと、兼業科学者だったんだ。

 傭兵と科学者、両方の仕事をしていた。


 フィールドワークは、危険がいっぱいでね。

 戦う力があった方が、何かと便利だった。」



紫色の瞳に、左手で触れる。

そうすると、昔のことを、昨日のことのように思い出す。



「ある仕事をしていた時、私はディヴィジョナーに遭遇した。

 休眠からあぶれた、はぐれ個体だ。

 驚いたよ。昔話に聞く化け物が、目の前に現れたのだから。」



左眼で、左手を見る。

あの時の、戦いの感触を思い出す。



「仕事には、私を含め4人で出ていた。

 私以外、全員死んだ。

 私も、戦いで致命傷を負った。」



左手を握っては開いて。開いては握って。

身体が、当時のことを、今でも覚えている。



「救援も間に合わない状況だった。

 止まらない血に、失われていく体温。

 私はその時、死の恐怖に負けた。」


「‥‥‥‥。」


「傭兵なんてしてたんだ。

 当時は若くもあった。

 だから、死ぬなんて怖くないと思っていた。

 ‥‥けれど、現実は違った。」



ソフィアの両目が、遠くを眺める。


山の奥に広がる海。

その、もっと向こう。



「私は、生き延びるために‥‥、ディヴィジョナーを食ったんだ。」



――――絶句。

言葉が、出てこない。



「希望的な観測だったのかも知れないし、確信があったのかも知れない。

 ヤツを食えば、私は生き残れる。

 私だけは助かる、そう思った。


 一心不乱に、ヤツの死体を口に運んだ。

 人の形をした肉と血を、咀嚼して飲み込んだ。」



ハルが口元を抑える。

彼女の高い知性が、言葉を鮮明な映像に変換する。



「今となっては当然のことだが、私はディヴィジョナーと化した。

 だが、”救援”が到着する前に、奇跡的に正気を取り戻した。

 この眼は、その時の名残さ。

 瞳の移植をしてみても、どうやっても、この眼は切り離せない。」



ソフィアは、眼帯を付け直す。

左眼と、彼女の過去を、眼帯が隠す。



「それから、私は傭兵としては身を退き、ただの科学者となったのさ。

 仲間と弔いと、敵討ち。

 自分の生き延びた理由をそこに求めて、ディヴィジョナーの研究に生涯を捧げることにした。」



ソフィアは、名うての傭兵だった。

青石教会の司祭、オリーブ (ハルの上司)に将来を期待される腕利きだった。


だが、傭兵だった彼女は死んだ。

ディヴィジョナーとの遭遇によって。


傭兵として死んだ彼女は、科学者として生きることに専念する。


結果、ディヴィジョナーの休眠、アナザーデブリ仮説を提唱し、証明するに至る。


また、科学者として有望だったアリサを育て上げた。

優秀なアリサはいま、CCC局長のディフィニラにスカウトされ、オペレーターをしている。


オリーブからすれば、アリサのオペレーター入りは、弟子の弟子を、親友に盗られた形になる。

その埋め合わせのために、ディフィニラが苦労したのは、また別の話し。


ハルは、ソフィアの横顔を見つめる。

ソフィアの左側、左眼が眼帯に覆われている。



「ソフィアさん!」



左眼と右眼が、ハルの方を向く。



「‥‥そ、その。

 もう1回、見せてもらっても‥‥、良いですか?」



ソフィアは、再び眼帯を外す。

その下にはやはり、紫色に燃える、堕天使の瞳。


彼女の、左頬に触れる。


自分よりも背の高い彼女の、左頬。



「その眼も含めて――。ソフィアさんは、ソフィアさんです。」

「‥‥‥‥。ありがとう、ハル君。」



ハルは、ソフィアの握る眼帯を、そっと自分の手の中へ。

それから、ソフィアの眼を眼帯で覆った。


――秘密。


これは、ハルとソフィアの、秘密。

多くの者は知らない、隠し事。


ハルに付けてもらった眼帯を、ソフィアは少しだけ位置調整。



「30年と少し生きているが、まだ自分1人のことさえ、ままらないよ。」



指で、眼帯をゆっくりと叩く。

口元に、含みのある笑みと、余裕を浮かべる。



「思うに、大人とは、子どもの部分集合だと思うんだ。

 人はいつまでたっても、子どものまま。


 ただ、年を取ると、大人のフリができるようになるだけ。」



独り言のように、そんなことを言った。

ハルの方へ振り向く。



「すまないね。私の話しが長くなった。

 キミの相談に、乗るはずだったのに。」



海へと向かう風が吹く。

金髪が、なびく。


にひっ――!

ハルは、満点爛漫な笑顔を見せた。



「ありがとうございます。

 もう、ヒントはもらえました。」


「そうか。ハル君は聡明だ。

 悪い大人からは、失敗を学ぶと良い。」



ハルの、最近の悩み。


成人もしたし、そろそろ大人にならないといけないという、焦り。

成長するにつれ膨らんでいく、孤独に対する、恐怖。


だが、その悩みに対する、ヒントを得た。


当分はこれからも、兄や家族に甘えていこうと思う。

なぜなら、それが妹の特権だから。


妹として甘やかされながら、少しづつ、大人のフリが出来るようになっていけば良い。


ソフィアですら、まだまだ道半ばと行っているのだ。

焦ることは無い。


ハルは笑顔をまま、ソフィアの腕に、自分の腕を絡める。

彼女に、寄りかかる。



「私に、もっと悪い遊びを教えてください。ソフィアさん♪」

「ふふ。素直な甘えん坊は、好みだよ。」


ソフィアが、ハルの髪を梳く。


2人は、バイクに跨る。

休憩終了。


――日が傾いてきた。


丁度良い。

ハルのお望み通り、悪い遊びと洒落込むことにしよう。



「ハル君。運には、自信があるかな?」



‥‥‥‥

‥‥





セントラルは、繁栄と犯罪の街。

住民のおよそ半分が、何かしらの犯罪を犯したことのある、脅威の犯罪率。


人々は、携帯電話の感覚で拳銃を持ち歩き、PCの感覚でライフルを保有している。


さすがに、街中に死体が転がっているなんてことは無いが‥‥。

それでも、現実世界の日本よりも危険であることは、言うまでもない。


建物なんかは、しょっちゅう吹き飛ぶ。

車は、消耗品。

戦車や装甲車、それとCEは、民間人でも保有可能。


よしんば、変に資源に恵まれているから、いちいち犯罪のスケールが大きくなりがちだ。


セントラルよりも治安の悪い国は、電脳や現実を問わず、いくらでもある。


ただ、犯罪による単純な規模や被害額で、セントラルに勝てる国は中々存在しない。



美しく、薄暗い街、セントラル。



その毒牙に、今日もまた1人。

罪の無い、無垢な花が、散っていく。



‥‥‥‥。



パシャパシャ。

カメラのシャッターが切られる音。


カメラのレンズが高速で瞬きをして、被写体の姿を脳裏に焼き付ける。


海をイメージした背景。

そこかしこに並ぶ、レフ板 (光を反射させる板のこと)。


明らかに、カメラに撮られることに慣れていない、女性。



「は~い、セツナちゃ~ん。笑って笑って!

 こっちに視線くださ~い。」



呑気な声色で、アイはセツナに指示をする。

対するセツナは、お顔が真っ赤っか。


今のセツナは美女なので、どんな顔も絵になる。

‥‥って、アイは思っている。


顔の赤い美女は、呪言のように、何やらブツブツ呟いている。



「屈辱屈辱屈辱屈辱――――っ、屈辱っっっ!!」



今の自分の立場に強く、憤りを覚えている。

憤死せんばかりの勢いだ。



「セツナ、手で身体を隠さないでください。

 ほら、笑顔でピースですよ。」


「‥‥‥‥。」


「‥‥‥‥そうやって隠すなら、あなたが着ている布は、要りませんね。」



セツナに、デート券をチラつかせるアイ。


2人は、ちょっと危ないゲームセンターに来ていた。

治安の良くないところにあるゲームセンターを、レンタルして貸し切りに。


ビルの地下にあり、有刺鉄線や分厚い壁で覆われたゲームセンター。

ここは、犯罪組織同士の「勝負」に使われたり、「見せ物」で使われる。


セツナは、アイとゲームセンターで勝負をして、負けた。


この会場では、勝利こそが全て。

勝利こそが、正義。


手段や過程は問わない。


正々堂々?

スポーツマンシップ?


ケツを拭く紙にもなりはしない。


ここでは、格闘ゲームで対戦中、対戦相手へのダイレクトアタックだって可能。


スキルや魔力が使えないセツナは、格ゲーで、アイに腕力で物理的に捻じ伏せられて、負けた。


アイが体力リードをした瞬間、彼に組み付いて、スキンシップを敢行。

くすぐり攻撃をしたり、なでなで攻撃をしたり。


格闘ゲームはタイムアップした場合、基本的に体力が多く残っている方が勝ちになる。

だから、体力リードして、プレイヤーを黙らせれば、絶対に負けない。


そう、これは出来レース。

アイが勝つことが確定的に明らかな、出来レース。



負けたセツナは、アイに見せ物にされている。



ゲーセンに併設されている、罰ゲーム部屋へ直行。

罰ゲーム部屋で、プライベートな撮影会が始まったのだ。


顔の茹ったセツナが、アイを睨んでいる。

着ていた黒いドレスは、彼女にひん剥かれた。


いまは、頼りない布2枚が、セツナの衣装。


白い肌とは対照的な、白い肌を惹き立てる、黒い、水着。


‥‥‥‥。


水着には金の刺繍が入っており、高級感を演出。

首や手首にボリュームのあるアクセサリー身に着ければ、腕のシルエットが細く見える。


腕が細く見えると、相対的にバストが大きく見える。

バストが大きく見えると、相対的にウエストが細く見える。

ウエストが細く見えると、相対的にヒップが大きく見える。


足を細く長く見せるための、ガーターリングも忘れてはいけない。


ビキニ、髪飾り、ネックレス、ブレスレット、ガーターリング。

これが、水着のフル装備。(?)



‥‥‥‥。


ゲームやアニメや漫画。

これらの作中では、キャラクターが海に出掛けたり、温泉に出掛けることがある。


海に出掛ければ水着になるし、温泉に出掛ければ湯浴み姿となる。


海に行くことも、温泉に行くことも、物語の本筋には関係しない。

多くの場合は、寄り道だ。


寄り道だが、ユーザーからの需要はある。

需要があるから、用意される。


いわゆる、テコ入れというヤツだ。


みんな、海や温泉が大好きなのだ。


‥‥‥‥で、セントラルで初めて水着姿を披露したのが。






女体化した! 男!

しかも! 主人公!






みんな、水着が大好きなのだ。

よって、テコ入れ大成功である。(???)



「セツナちゃん。はい、ポーズ!」



指示を出して、ポーズの見本を見せる。

片手を腰に当て、片手を頭の後ろに当てるポーズ。


セツナの身体は、アイのポーズを真似る。


夏のヒマワリにも負けない、眩しい笑顔。

今年の夏が、ずっと記憶に残るように、ウインク。


やられたい放題である。


パシャパシャと、高速でシャッターが切られる。

アイの握るカメラと、彼女の周囲を囲む、ドローンカメラ。


いくつもの単眼が、セツナの前でシャッターを切る。


顔が沸騰しそうである。

人の視線が怖い。


胸元とか、腰とか、脚とか――。

とにかく、アイがジロジロと見てくる。


休憩と称しては、近づいて触ってくる。


本来、男が突如として女の身体を手に入れたのなら。

自分の身体にできた谷間に、喜んだり、ドキドキしたり。


そんな、うれし恥ずかしなイベントが、あるはずなのだ。


だが――。

だが、しかし、But。


そんな余裕、セツナには無い。


鏡の中の自分に見惚れたり、食い入るように身体をガン見したり。

そんな余裕、一切無い。


ただただ、恥ずかしい。

アイのせいで。


蒸発する思考と感情。

シャッターの嵐が止む。


ひとしきりシャッターを切った変態(カメラマン)が、セツナの元へやってくる。

取った写真を、見せびらかす。



「可愛いだろ? これ、オレの彼女なんだぜ?」



カメラを取り上げようとする。

ひらりと避けられる。


アイの反撃。

顔に、水鉄砲をくらった。


拳銃サイズの水鉄砲から、容量を無視した量の水が発射される。

セツナの顔が、ビショビショになった。


それでも、顔の化粧は落ちない。


濡れて怯んだところに、追撃の水鉄砲。

身体もビシャビシャになった。


へたりと倒れ込み、下からアイを睨みつける。

小さくなった背丈のせいで、アイの瞳がいつも以上に、高い所にある。


――アイは、すごく楽しそうだ。


人間の感情の、男性的な部分。

支配欲や所有欲。


それらを彼女 (彼氏)に向けることへの、背徳感。


まるで、背中をくすぐられるような、こそばゆい感情。

胸が弾み、独りでに躍る。


反抗的なセツナの態度を見ると‥‥、もっとイジワルしたくなってしまう。



「そろそろ、撮影会はお開きにしましょうか?」



そう言って、セツナの後ろへ回り込む。

テレポートを使って瞬間移動。


魔力野が潰れているセツナは、テレポートを追えない。



――カチャリ。

腕を後ろに回されて、手錠をかけられた。


あっけに取られていると、お次は足枷をつけられる。


両足に、鉄球のついた枷を嵌められた。


手錠に足枷。

‥‥それと、ダイナマイト。


棒状の本体に、細長い導火線のついた、爆弾。


爆弾を、セツナの胸元に突っ込む。



「――――っ!!」

「人生逆転! 脱出ゲーム!」



1メートルほどある導火線を引っ張り、アイは水鉄砲を床に置いた。

インベントリから、ライターを取り出す。


無機質な、金属音が響いて、ライターに火が灯る。



「よーい‥‥。スタート!」



ダイナマイトの導火線に、火がつけられた。


火が迫る。

セツナに向かって。


立ち上がる。

前に走り出す。


火を消すために、水鉄砲を取ろうとする。


‥‥重い。進まない。

足に嵌められた鉄球のせいで、進めない。


走って、鉄球を引っ張る。

鎖が張り、そこに生じた反作用の力で、後ろ向きに倒れてしまう。


足掻くセツナを、アイは高みの見物。

椅子に座り、葉巻に火を点け、むせた。


ちなみに――。


導火線の火は、水で消せない。

そうでなければ、泥臭い戦場で使われない。


導火線には酸素供給材が含まれており、水に濡れても、水の中でも燃える。



悪い遊びに、悪い勝ち方。



楽しい。

不正(ズル)は、堂々としてこそ面白い。


ホラー映画と一緒だ。

ホラーは怖がって楽しむように、不正はバレると分かっていて、悪いことと知っていて楽しむのだ。


デート券による、チートモード。

勝利が約束された、不正に満ちたゲーム。


アイは、ほくそ笑む。

悦に浸る。



‥‥デート券の効果が切れた後のことも考えずに。



水着姿で拘束されているセツナが、前のめりに倒れた。

手を後ろに回しているせいで受け身が取れず、顔から行った。


‥‥‥‥導火線の火が、彼女の懐に潜り込んだ。


ゲーム大会と写真撮影は、お開きになった。






次回に続く――。

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