SS14.13_異界化する現実世界の中で――。
ハルとグレイは、落とし子となったチューズデイを倒した。
また、チューズデイを落とし子にした巨岩も破壊した。
これで、この街の異界化は収束する。
結晶に病んだ人々も、徐々に快復へと向かうだろう。
街を覆う結晶も、次第に消えていくだろう。
そして――。
ハルの背中に、人の重みがおぶさる。
子ども1人の、軽いくも重くもない、人の重み。
「‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥。」
グレイが、ハルの背中に乗った。
その重みは徐々に、薄くなっていく。
「貴様との戯れ、悪くはなかったぞ。」
「そういうのは、目を見て、同じ目線で言いなさい。」
「ふん、我が褒めてやったのだ。
有り難く喜んでおくがいい。」
「はいはい。」
異界化の終わり。
それは、夢の終わり。
異界武器たちは、目覚めるときが来た。
自分たちの姿を思い出し、目覚めるときが。
「ドリーもありがとう。さっきは庇ってくれて。」
「い、いえ。お役に立てて何よりです。」
チューズデイとの戦いで、身を挺してハルを守ったドリー。
ハルのお礼に、実体化して答えた。
強さを見せた彼に、グレイも得意げだ。
「うむうむ。流石は我の家臣。
見込んだ通りだ。」
「えへへ――。」
グレイとドリー。
2人の姿が薄れていく。
存在が、希薄になっていく。
名残惜しそうに、眉を下げるドリー。
「そろそろ、みたいですね。」
ドリーとは、1時間とか2時間くらいの付き合い。
だけども、今、名残惜しい。
そう感じる。
「夢みたいな時間でした。
僕が、人のお役に立てるなんて。」
「ドリー‥‥。」
「また気が向いたら。僕のことも使ってくださいね。
――その時は、回復魔法は使えないですけど。」
そう言って、ドリーは夢から覚めた。
ハルの視線の先には、誰も居ない。
背中の重みも、いよいよ消えかけている。
ただ、人のぬくもりが、重さも無くハルの背に乗っかっている。
「背中から降りる気は?」
「無い。」
重みが無いから、ハルは気が付かない。
‥‥フリをする。
グレイは、空の方を向いている。
ハルは後ろを見ない。
絶対に。
彼が、さよならを言う気が無いことだけは、伝わった。
それで充分。
「また、いつでも我を召喚するが良い。
いつでも、お前と遊んでやろう。」
「ええ。頼りにしてる。」
言葉を交わし、温もりが消えた。
息をつき、空を見上げる。
セツナが、ハルの元に戻って来る。
彼1人。
腰にリボルバーを携帯している。
「帰ろっか?」
兄の言葉に、ハルは頷いた。
時間にすると、半日にも満たない冒険。
それでも、今日を共に旅した仲間との別れは、名残惜しいものだった。
期間限定イベント「ワン・マン・アーミー」、クリア。
‥‥‥‥‥‥‥‥?
◆
――3日後。
セントラルは、今日も平常運転。
青い空、青い日差しに照らされた、青い街。
自分たちの住んでいる街が、異界化に飲まれようとも、チンピラの皆さんは元気いっぱい。
子どもは風の子と言わんばかり、お外を元気に信号無視。
赤信号をフルスロットルでぶっちぎる。
ぶっちぎって、車は爆発炎上した。
対向車線の方で、運転席から身を乗り出していたハルが、車内に戻る。
ショットガンをコッキング。
銃から排莢されたショットシェルを空中でキャッチ。
銃とシェルをインベントリにしまい、ハンドルを握る。
‥‥横断歩道の信号が、赤になった。
ブレーキを踏み、サイドブレーキを外す。
車のギアを入れ、微速前進。
信号が青になる。
車は交差点を、交通ルールを遵守して通過する。
「おい――。おい――。」
ハルは、車のドアに肘をつく。
手の上に、頭を置く。
開いている窓から、気持ち良い風が髪をなびかせる。
「おい、次の交差点を右だ。」
車内にあるカーナビは、次の交差点を直進だと言っている。
仕事の目的地へは、真っすぐだ。
「ドリー、お前も何を注文するか決めておけ。
これがメニューだ。」
「え? あ、うん。」
「ちょっと――!?」
やっと、ハルがツッコミを入れた。
ドリーが後部座席で、申し訳そうな顔をしている。
グレイは、助手席で偉そうにしている。
「なんで!? なんでいるの!?
しんみりしてたじゃん!
ちょっと、しんみりしたお別れだったじゃん!」
ドリーは、苦笑いしながら頬をかく。
彼の手元には、グレイから受け取ったタブレット。
画面には、ファストフード店のメニューが表示されている。
車は、次の交差点へ。
車は、カーナビの案内に従い、直進。
‥‥グレイが助手席から、ハンドルを右に切った。
ウインカーも出さず、車線も無視して。
「な゛――!?」
「ハハハハハ――! 待っていろ! 我のテリヤキバーガー!」
「じゃ、じゃあ僕は、スパイシーチキンバーガーで。」
ハルは、グレイに拳骨。
危険運転をした彼に、鉄拳制裁。
鉄拳制裁したは良いが、ツッコミが追い付かない。
危険運転をしたハルの車の後ろ。
ぞろぞろと、車がついてくる。
交通ルールを無視して、5台くらいついて来た。
ハルのルール違反に触発されて、ワルの皆さんが、やる気になってしまったのだ。
後続車の窓から、銃を握ったチンピラが顔を出す。
ハルの乗る車を、銃撃してくる。
「ふむ。おやつの前に、軽く運動をしておくか。
やるぞドリー。」
「うん。グレイ君に教わった魔法、使ってみる。」
グレイが窓から車の屋根に登る。
ドリーが窓から身を乗り出し、両手を構える。
ハルは、ルームミラーを見たり、サイドミラーを見たり――。
車の屋根を見たり、ドリーを見たり――、てんやわんや。
「もう! 何がどうなってるのーー!!」
「カッカッカッ! そう狼狽えるな!
ここは、セントラルだぞ?」
叫ぶハルに、笑うグレイ。
担いでいた大剣を、地面に刺す。
‥‥車の屋根に、穴が開いた。
「あぁ‥‥‥‥。」
ハルの中で、何かが切れる音がした。
腰のホルスターに、手を伸ばす。
右手で銃を抜く。
銃口を上に向ける。
引き金を引く。
魔法の矢が、車の屋根に穴を開けた。
矢は、グレイに当たった。
「痛っっっつ!?」
何発も、何発も、車に穴が開く。
屋根の上の、不届き元を制裁する。
「痛っ!? ちょ――、痛っ!?
眷属! 何をする!?」
「うるさい黙れ‥‥!」
「う~ん‥‥。ポテトもいいけど、ナゲットもいいな~。」
‥‥‥‥
‥‥
――セントラルは、本日も快晴。
平常運転、異常なし。
期間限定イベント「ワン・マン・アーミー」、クリア。
info.異界武器が、1人のときの冒険をサポートをしてくれるようになった。
◆
グレイとドリーが正式に仲間となって、次の日。
ハル――、遥花が不思議な体験をしてから、1週間が経過した。
原因不明の空中浮遊を経験してから1週間後。
遥花は、兄の元を訪ねた。
兄に「大切な相談がある」とメールを送り、彼の家を訪ねる。
現実世界の、刹那のマンション。
リビングに通されて、上着を脱ぐ。
刹那が、ココアを入れて持って来る。
水色のマグカップと、黄色いマグカップ。
黄色い方が、遥花の分。
両手でマグカップを持ち、ふーふーとココアを冷まし、ひと口。
冬の寒気に冷えた身体が、あったまる。
自然と、表情がほころぶ。
刹那は猫舌なので、遥花よりも念入りにフーフーして、ココアをひと口。
‥‥悪魔として目覚めても、熱いものは熱いのだ。
カップを、テーブルの上に置く。
「それで、今日はどうしたの? 困りごと?」
さっそく本題に踏み込む刹那。
まあ――、あらかた見当は付いているが。
遥花。
彼女から、魔力を感じる。
電脳世界では感じ取れない、妹の変化。
遥花のサポット、マドカから内緒で連絡は貰っていたが‥‥。
今日、遥花に会って確信した。
遥花は、持ってきた買い物袋の中から、来るときに買ってきたリンゴを取り出す。
何の変哲もない、ただのリンゴ。
「あのね‥‥、兄さん。」
恐る恐る、そういった様子で、手に持ったリンゴを刹那の方に出す。
リンゴを前に、差し出しただけ。
しかし、それ以上の情報を、刹那は読み取る。
魔力の起こりを、彼の肌が感じ取る。
‥‥‥‥。
リンゴが、遥花の手から離れた。
手の、上に。
リンゴは、彼女の手を離れて、彼女の手の上で浮いている。
――1週間前、遥花は魔法に目覚めた。
トレーニング中、突然、覚醒した。
進化の悪魔の力が、彼女を目覚めさせたのだ。
その日は、それ以降、魔法が発現することは無かった。
だが、次の日。
眠りから目が覚めて、違和感に気付く。
自分の身体に、目に見えない、腕や脚が生えているような感覚。
うっすらと、血の通った、目に見えない、身体がある。
それは、自分の身体の一部ではあるが、自分の身体から切り離すことができる。
切り離しても、自分の手足のように動くし、感じ取れる。
日に日に、「見えない何か」の違和感は大きくなっていった。
そしてある朝。
違和感は、完全に身体の一部となって馴染んだ。
最初に「手」で触れたのは、目覚まし時計。
両手を状態で、遥花は目覚まし時計を持ち上げた。
違和感は、実感へ。
違和感は、魔法へ。
遥花は、見えない力を自在に操れるようになった。
ひとたび、出来るようになってしまえば、簡単だ。
むしろなぜ、今までこれが出来なかったのかとさえ、疑問に思えてしまうほど。
自分の身体の一部なのに、今までは動かすことは愚か、知覚することさえ出来ていなかった。
――人間の耳は、動かすことができる。
犬や猫ほど自由には動かせないが、動くのだ。
だけども、多くの人はそれができない。
やろうとしても、できない。
けれど、耳を動かそうと続けていくうち、出来るようになる。
ある日、突然、耳の筋肉を知覚できるようになる。
最初は違和感として。
耳の筋肉を知覚する。
そうすれば、もう耳を動かすなど容易い。
なぜ、今までこんな簡単なことが出来なかったのか?
そう疑問に思わずには、いられなくなる。
遥花の魔法も、それと同じ。
彼女は知覚したのだ。
今まで使って来なかった、自分の身体の一部を。
――遥花の手の上で、持ち上げられたリンゴ。
それを、刹那は受け取る。
リンゴは、彼の手の上に。
遥花の手から、刹那の手へ。
宙を横に滑り、肌に触れることなく、リンゴは受け渡された。
刹那が手を下ろしても、リンゴは一向に宙から離れようとしない。
物理法則を無視して、宙にそのまま留まる。
‥‥見える者には分かる。
刹那の魔力がリンゴに絡みつき、持ち上げている。
毛細血管のように魔力が伸びて、リンゴを引っ張っている。
リンゴの重さを魔力が支え、空中に留めている。
遥花は目を見開く。
半分は驚き。
半分は予想通り。
刹那の手に、リンゴが落ちた。
リンゴを、そっとテーブルに置く。
「ええっと‥‥‥‥。何から、説明しよう?」
「全部。全部話して。」
「そっか――。分かった。」
全部、話した。
全部、聞いた。
現実世界で、魔法が発見されたこと。
魔法は、新月の女神が持ち込んだこと。
新月の女神が、刹那を使って、魔法を広めたこと。
その事情を知っている科学者や研究機関があること。
刹那の彼女であり、遥花の友人であるアイは、その研究機関の関係者であること。
また、アイも魔法に目覚めたこと。
そして‥‥、刹那はすでに、人間と呼べるか怪しい身体になってしまっていること。
遥花は、魔法に目覚めても、強烈な飢餓に襲われることはなかった。
アイも同様、魔法に目覚めた副作用は、特に確認されなかった。
久遠 刹那。
彼だけが、魔力の副作用を患ったのだ。
魔力の獲得に、代償を払ったのだ。
女神が刹那を選んだ理由。
それは、科学者とは異なるのだろう。
悪魔の子、進化の悪魔。
女神は、彼の中に、悪魔を見たのだ。
そして、悪魔を使い、自らの願いを叶えようとしている。
絶滅の回避。
いつか楽園で聞いた、彼女の言葉。
新月の女神は、そのために、悪魔を目覚めさせ、悪魔を使うのだ。
‥‥‥‥
‥‥
――全部。
全部聞いた。
兄の口から、全部。
率直な感想として、ほっとした。
「ありがとう、兄さん。」
遥花は、兄にお礼を言った。
このお礼は、自分の相談に乗ってくれたことに対してでは無くって――。
それよりも、彼が正直に全部を話してくれたこと。
それに対しての「ありがとう」。
そっちの方が、大きい。
彼の背負った――、背負わされてしまった宿命。
そのひとつでもいいから、自分が持てたら。
そうしたら、やっと自分は、兄の横に並べる気がする。
凡人だった兄と、才女だった妹。
世間が2人を、どう見ていたかは関係ない。
兄は、自分が生まれた時から、自分の兄をしていて――。
天才と囃される自分の前を、いつだって歩いていた。
その背中から、私がひとつ、何かを背負えたら。
やっと自分は、兄の横に並べる気がする。
ヒーローと一緒に戦う、強い自分に、なれる気がする。
テレビの画面。
その向こうで見た、憧れの存在。
強い彼女みたいに、自分も、なれる気がするのだ。
だから私は、あなたの足元に。
そっと――、踏んで欲しい。
暗い夜道に迷わぬように。
冷たい夜風に凍えぬように。
私の大切な夢だから。




