2.10_ワルなヤツら。
時計塔、ラジオ局。
時計塔の3階にある、広くて狭いスタジオ。
宮殿のような建物の3階のほとんどが、ラジオ局のスペースとなっている。
こんなに広いスペースがあるのに、どうにもこのラジオ局は、狭苦しい。
それもそのはずで、ラジオ局を大半を占有しているのは、古今東西の名曲を集めたレコードディスク。
あの、レコード盤を使用して再生する、CDよりもうんと大きくて、うんと古い骨董品である。
骨董品だが、音が良い。
人間の可聴域を超えた音まで録音できる。
可聴域外の音が、音楽に影響を与えることは、ミュージシャンの間では昔から知られていた。
音楽とは、料理や味覚に似ている。
一見するとノイズに見える音でも、全体を通してみると、必要不可欠である場合だってあるのだ。
科学的な話しをするのならば、超音波にあたる音域は、ヒトの脳にアルファ波の発生を促し、リラクゼーション効果を与える。
これによって、料理で例えるなら、肉料理にワインや酒を加えるのと似たような効果がでる。
音楽がやわらかく、音に奥行きが出てくるのだ。
レコード全盛期だった頃のミュージシャンは、経験則的にそれを知っていた。
不可聴な音がもたらす力を、肌で理解していたのだ。
だから、録音が始まった瞬間に、わざと演奏に関係の無い音を入れて、音楽全体の雰囲気を調整していたなんて逸話だってある。
レッドツェッペリン。ピンクフロイド。
レコードの性質と、不可聴な音が視えていたミュージシャンは、枚挙にいとまがない。
レコードに録音されるのは、0と1の電気信号では無く、生の音だ。
だからこそ、服の衣擦れ音や、人の咳払いまで、音楽として成立する。
中には、キース・ジャレットのように、音楽は無の静寂から生まれるというポリシーを掲げていたジャズ・ミュージシャンも居る。
しかし、その裏には、やはり「生の音」というレコーディング技術がバックボーンとしてあるのだろう。
そんな生の音、生の音楽をお届けしているのが、ここBBBラジオ。
レコード音源は、アナログ音源なので、電子情報に加工しようとすると容量が無限大になってしまう。
そこの限界を、魔法の技術で超えることに成功し、レコードの音源をラジオでお届けできるようになった。
セントラルのワルたちが持っているラジオがあれば、いつでも生の音を聞くことができる。
生の音を楽しんでもらうために、広いスペースのBBBラジオは、やっぱり今日も狭苦しい。
「Hey! Hey! He~y! 楽しんでるかい? そろそろ夕暮れ時だ~。なら、夕日の似合うナンバーをお届け。さあ、車のキーを持ってドライブにいこうぜ~。」
BBBラジオのメインパーソナリティーを務める、ファンキー☆ヤマダは、軽快なトークでラジオを盛り上げつつ、自分のチョイスした音楽を流していく。
彼がセントラルで頭角を現すまで、セントラルのワルたちは荒んでいた。
暴力・酒・ギャンブル・女。
来る日も来る日も、暴力三昧、酒池肉林三昧。
ファンキーヤマダは、そんな裏の社会が嫌だった。
腐った世界と、腐った社会で、心まで腐ってちゃあ、おしまいだ。
だから、ヤマダは銃ではなく、マイクを手に取った。
腐った気分を吹っ飛ばすような、音楽を流すことにした。
音楽には、人を動かす何かがある。
それを信じて、マイクとラジカセを手に、裏の世界を歩き回った。
最初は苦難の連続だった。
お気に入りのサングラスや、カセットテープが何枚も割られた。
でも、協力者も現れた。
自分を応援してくれるファンも現れた。
嬉しかった。
嬉しかったから、恩返しをしようと思った。
裏の組織同士での不毛な潰し合いを少しでも避けるため、BBBを結成した。
今では、こんな立派な一等地にラジオ局を用意してもらって、みんなには感謝しかない。
感謝しかないから、今日も、ごきげんな音楽を提供する。
◆
窓から差し込む、夕日が目に眩しい。
「ノッてるかベイビ~? この曲を聞くと、つい思い出すんだが――。」
次の曲への繋ぎのトークを切り出そうとした瞬間、オンエア室の扉が蹴破られる。
ブース室の向こう、音声などを調整するスタッフが居る、オンエア室に侵入者が入り込んで、スタッフに両手を挙げさせる。
それからほどなく、パーソナリティーのヤマダが居るブース室にも入り込む。
ガァァン!
盛大に扉を蹴破って、今日のゲストが生放送に登場する。
「ホワッツ!?」
「「賞金首のお出ましだ! 大人しくしろ!!」」
ブース室に、セツナとJJが乗り込んできた。
2人とも、銃を構えている。
ヤマダは大慌てで、2人を静止する。
「待て待て待て待て――。ここで銃は無しだ! よせよ、撃つんじゃない!」
すぐさま両手を挙げて、抵抗の意思がないことを伝える。
銃を発砲されて、スタッフやレコード、機材に影響がでたら大変だ。
セツナとJJは、互いの視線を合わせて、銃をしまった。
ほっと一息のヤマダ。
セツナが、インベントリから手提げ袋を取り出し、ヤマダに渡す。
「今日は非番だったのに、素敵なゲームに招待してもらって――、そのお礼。」
Oh センキューと言って、受け取る。
中には、ワインとチーズと葉巻が入っていた。
葉巻を手に取って、香りを確認する。
良い香りだ。
ガツンと効くヤツじゃなくって、ほんのりバニラのフレーバー。
ワインとチーズの口直しに良さそうな一本だ。
ヤマダの仕草を見て、JJが話しかける。
「おや、DJさんは、葉巻を嗜むのかい?」
「たまに、酒の席でね。酒も葉巻もやり過ぎはラジオに差し障るが‥‥、酒のネタはウケがいい。
蘊蓄もウケるけど、一番は失敗談だな。これはハズさない。」
へぇ~。と、感心するのは、セツナとJJ。
音声さんも、うんうんとブース室の窓越しに頷いている。
「ワインに、チーズに、葉巻っと――。この品揃えは――。そうか分かったぞ、3番街のガラス張りの店で買っただろ。」
ほら、白髪のショットガン爺さんのとこ。
セツナが、指を鳴らして、当たりだと答える。
このファンキーヤマダ、地元愛には自負がある。
川の街は、庭みたいなものだ。
剣呑だったスタジオの空気が、マイルドになっていく。
さらに、このファンキーヤマダ、伊達に裏社会をマイクひとつで成り上がっちゃいない。
川の街で大暴れした狂犬二頭にも臆せず、自分のペースとフィールドに引き込む。
声の抑揚、間の取り方、身振り手振り。
そして、イカしたグラ☆サンと、真っ白に輝く白い歯。
彼のパフォーマンスが、狂犬2人を大人しくさせる。
トークを提供して、暴力で解決という選択肢に、意識を向けさせない。
穏やかな(?)談笑で雰囲気も柔らかくなった。
柔らかくなったので、セツナが本題に入る。
「今日はね、聞きたいことがあって、お邪魔したんだ。」
「OKベイビー、オレに答えられることなら、ゲストの質問に答えるぜ。」
ズバリ、端的に質問する。
「このゲームの主催者は誰?」
自分たちに賞金を懸けた黒幕、その正体を聞く。
ヤマダ、少し困った表情。
トレードマークのサングラスが、より暗く曇る。
「あぁ~、その、一応確認だが‥‥。それを聞いてどうする。」
「「ぶっ飛ばす!」」
どうやら、この2人は主催者を、とっちめる気でいるらしい。
首を横に振って、質問に答える。
「YO、ボーイ。いいか、よ~く聞くんだ。――主催者の正体は言えない。」
顔を合わせるセツナとJJ。
発破をかけるために、腰の銃に手を伸ばすセツナ。
「銃を出してもダメだ。
詳しくは、主催者の正体に関しては、オレも良く分からない。
ただ、この街の連中じゃないぜ。」
「ん? ここの貴族が、チンピラを焚きつけたんじゃないの?」
貴族? おそらく、丘陵の屋敷に住まう人たちのことを指しているのだろう。
「その答えは、ノーだ。オレたちは、言うなれば傭兵さ。」
「ほう、詳しく。」
ブース室の3人は、室内の椅子に腰かける。
パーソナリティーのヤマダがマイクの前に座り直し、楕円形の机を挟んで向かい合うように、セツナとJJが座る。
ヤマダが事のあらましを語る。
「さっきも言ったが、このゲームの主催者は、この街の人間じゃない。OK?」
こくりと答える。
「OKだな。じゃあ、誰が企画したのか? 気になるよな?」
こくり。
「主催者の正体は、オレにも分からない。
分からないが、今日のゲームのことを、街の連中に大々的に流していた。
それも、オレが企画を受ける前にな。」
血の気の多い連中の事だから、猟犬狩りのゲームがあるなんて知ったら、二つ返事で返すだろう。
つまり、主催者はヤマダにゲームを持ち込む前に、すでに外堀を埋めていたのだ。
人心を汲み取って、独自の社会構造や社会性を理解し、有効な手段を行動に移す。
黒幕は、根回しができるくらいの知性と行動力がある。
オモチャを弾いて無邪気に遊んでいる、チンピラの仕業ではない。
ヤマダが続ける。
「オレもそこで気になって調べてみた。するとそこで、不可解なことを見つけた。」
「不可解なこと、とは?」
ヤマダは、両肘を机に立てる。
2人も、それにつられて、自然と前のめりの姿勢になる。
彼の口から出る言葉が、今後の手掛かりになりそうだ。
「オレのネットワークで調べて、たどり着いた先。それはな――、ボルドマンだ。」
セツナが勢い良く椅子から立ち上がる。
ボルドマン。ヤツは生きている?
「待て待て、早合点するな。ボルドマンは、お前たちに倒された、そうだろ?」
椅子に座り直す。
「ヤツなら本当に生きてる可能性はあるが‥‥。今回、気になったのは、ヤツの金だ。」
話しが見えてきた。
「懸賞金の出所、金の流れを洗ってみた。すると、ボルドマンの手つかずの遺産にたどり着いた。」
セツナとJJは、ため息をついて背もたれに身体を預ける。
ヤマダは続ける。
「――だが、オレはどうにもこれが気になって仕方ない。
なぜヤツが? 自分の敵討ちでもさせるつもりか? オレが知る限り、アイツはそんなヤツじゃない。」
亡霊の敵討ち、なんてゾッとしない。
幽霊が企画した? お金が勝手に動いた? バカバカしい。
「これはオレの想像に過ぎないんだが、あんたら、目を付けられているのかもな。」
「ラジオのおかげで、1日にして人気者だけどね。怖いお兄さんたちに。」
セツナがとぼけてみせる。
「そうじゃない。ボルドマンの遺産を動かせて、なおかつオレたちが顔を知らない連中。
そいつらに、マークされているんじゃないかと思ってんだ。」
なるほど。
ディフィニラ局長と、内部犯が潜む可能性を示唆していたら、今度は全く別の勢力の存在まで出てきた。
ボルドマン‥‥、キミはどれだけ問題を増やすつもりなのか?
重くなった空気を払うように、JJがポツリと尋ねる。
「何か、心当たりは?」
ヤマダは少し考えて。
「そう言えば、ヤツには懐いていたペットがいたはずだ。
ボルドマンの拠点やセーフハウスを回っても、ペットが居なかった。」
ペット、あの灰色の狼のことだろう。
それが居ない。懸賞金を用意した連中が匿っているのだろうか?
狼はプライドが高く、上下関係に厳格だ。
彼らを匿えるということは、ボルドマンと只のビジネスパートナーとして組んでいたような連中では無い。
ボルドマンの従者が、ついて行くに値すると判断するくらいには、関係が深いと予想できる。
「オレが話せるのは、これくらい。
‥‥あ~、その、なんだ。
こんなこと言うのは可笑しいと思うんだが、あんた達に話せて良かったよ。」
自分の中のモヤモヤを、誰かに聞いてもらって、少し楽になった。
「とんでもない、助かったよ。」
「ありがとう、参考にさせてもらう。」
各々お礼を言って、席を立つ。
礼を言って、席を立ち、ブース室を後にする。
――そうしようとした時、2人の足が止まる。
ヤマダが不思議そうな表情をする。
セツナが背を向けたまま、話す。
「そう言えば‥‥、今日のゲーム、オレたちの勝ちってことでいい?」
「あ~、明確な勝ち負けを決めてなかったんだが、良いんじゃないか、勝ちで。
もう、良い子はお家に帰る時間だ。」
DJ権限にて、今日の追いかけっこは、2人の勝利であるということが決定した。
「そう――。それを聞いて安心したよ。」
ヤマダの方に振り返る。
2人は、それはそれは、とてもとても良い笑顔をしていた。
「にひひひひひひ――。」
「にへへへへへへ――。」
◆
夕日が差す川の街を、一台の車が走っている。
左ハンドルの運転席にはJJが座り、助手席にセツナが座っている。
後部座席には、アタッシュケースが2つ転がっている。
セツナが、上機嫌で答える。
「いや~、帰りの車まで貰えちゃった。」
2人に掛けられた懸賞金、総額2億クレジットは、猟犬狩りを生き延びた2人の物となった。
ヤマダ曰く、ワルたちの良いガス抜きになったとのことだった。
みんな、ボルドマン死後の締め付け強化に、ピリピリしていたらしい。
久しぶりの楽しい祭りだったということと、祭りはトロフィーが誰かの手に渡らないと締まらないということで、懸賞金はCCCの猟犬の元に転がり込んできた。
濡れ手にアワ、笑いが止まらない。
車のラジオを着けると、ヤマダが何事もなかったかのように、パーソナリティーを続けている。
ちなみに、2人が乗り込んだシーンも、バッチリとノーカットで放送されていた。
ヤマダを筆頭に、スタッフ一同、プロ根性が据わっている。
もっとちなみに、CCCの狂犬2人から生き残ったとして、ヤマダは更にファンボーイを増やすことになる。
ペンは剣よりも強し。マイクは銃よりも強し。
ヤマダの今後を知る由も無い2人は、自分たちの今後の話しに話題が膨らむ。
1人1億クレジット。
これだけあれば、セーフハウスがうっはうっはである。
「セーフハウス、買っちゃうか?」
「一等地に、プール付き。」
「プライベートセンチュリオンなんて買っちゃって~。」
「車、車だな~。エンジンルームからはみ出るほどのエンジン積んで、ストレートを走りたい。」
ぬふふふふふふ。
楽しくて、良くない笑顔がこぼれる。
セツナが後部座席に手を回し、アタッシュケースを開ける。
中からは、お札の束がずっしりとした感触で、持ち主を歓迎する。
「あぁ、1億! まぶしい~! 輝きが違うっ!」
裏社会の人間は、大金を物理的なお札で持ちたがる。
大金を前にすると、その理由が良く分かる。
すなわち、口座に”0”が並ぶだけでは味わえない、快感があるのだ。
テンションが、車のエンジンの回転数よりも上がって、ハイになってオーバーヒートしていく。
札束をひとつ持ち上げて、束を止めている封を切る。
そして――。
「そ~れ! クレジットのシャワーだ~!」
ハンドルを握るJJに、クレジットの雨を降らせる。
「あー‥‥! いいね! いいね! もっと頂戴!」
1億クレジット分、浴びるほど頂戴!
ラジオから流れる愉快な音楽をBGMに、愉快な妄想で車を走らせる。
「そ~れ、ふぁさ~‥‥! ふぁさ~‥‥!」
遊ぶためのお金で遊び始める、上機嫌な一行。
そんな、セツナの目の前に、ホログラムの画面が現れて、ニュースが表示される。
せっかく、いい気分だったのに‥‥。
なになに、ニュースを読む。
『臨時ニュース。
川の街の邸宅で飼われているデミワイバーンが、厩舎を抜け出して迷子になった模様。
近隣住民は、空腹で気の立ったデミワイバーンに、ご注意ください。』
車の中で、舞っていたクレジットが、さらさらと散って床に落ちた。
高鳴っていた血の気が引いていく。
臨時ニュースを凝視したまま、隣のJJの肩を素早く叩く。
彼からのリアクションが無い。
彼の方を振り向くと、どうやら、ルームミラーを凝視して固まっているようだ。
恐る恐る、ルームミラーを覗き込んでみる。
ルームミラーには‥‥。
こちらに大きく口を開けて、マジックブレスを構えている、デミワイバーンの姿があった。
あれ、あれ、あれれれれれ――?
あら、あら、あららららら――?
夕暮れの河川敷を、真っ赤な炎が彩った。
◆
車は炎上し、速度を失い、道路の隅っこで停止した。
ドアを蹴破って、顔や服に炭をつけた2人組が出てくる。
道路の路肩で、横に隣り合って、燃え盛る車を眺める。
炎が周囲の空気を温めて、上昇気流を生み出す。
上昇気流にのって、車に積まれていた2億クレジットが舞い上がる。
舞い上がり、舞い落ちてきたクレジット札を1枚、セツナが掴む。
クレジットは、端の方から火が回って、手の中で炭化して、灰となって夕暮れ空に吸い込まれていった。
「‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥。」
2人は、舞い上がる2億クレジットを、ただただ呆然と眺めている。
沈黙して、呆然として、眺めて――。
うっすらと、口元が緩む。
緩んで、上がって、開いて――。
誰からでもなく、大笑いした。
大笑いし続けた。
祭りのフィナーレに相応しい。
川の街、夕日の空には、車の燃える炎が、クレジットと笑い声を空に運ぶのであった。
~ バッドボーイ・バッドボーイ、何処へ行く?
何処へ行って、何をする?
バッドボーイ・バッドボーイ、何処へ行く?
何処へ行って、何をする?
Bad Boys Bad Boys ――。~
――第2章、休日、完。