2.9_海原と時計塔
~ 我らは誇り高き戦士である。
我が父、我が子。先祖、子々孫々に渡り、勇猛な戦士である。
我らの血は炎のように熱く、その意思は鉄のように堅い。
一体、誰が、我らを止められよう。
友よ、兄弟よ、家族よ、武器を取れ。
我らの神に、我らの雄姿を。
我らの神に、我らの勝利を。 ~
◆
デミワイバーンの翼によって、セツナとJJは、一気に街のランドマークである時計塔までたどり着いた。
デミワイバーンは、空中で2人を降ろすと、旋回して丘陵に建てられた屋敷へと帰っていく。
「ばいば~い! ありがとう!」
2人で手を振って飛竜にお礼を言う。
飛竜は、あっという間に見えなくなった。
時計塔へと振り返る。
川の街、建物の屋根に登ればどこからでも見えるというだけあって、近くで見ると見上げるほど大きい。
時計の文字盤が地上60メートルの高さ、塔の全長は100メートルはあるのではないかと思う。
時計塔の針は、すでに良い子はお家に帰る時間を刺している。カラスが鳴く時間だ。
それでも、外はまだ十分に明るいが。
街のモデルとなっているヨーロッパは、日本とは日照時間が異なるので、そこを再現しているのかも知れない。
川の街も同じセントラルなのに、日照時間が異なっているとはこれいかに?
演出上のハッタリなのだろうか?
あるいは、魔法がもたらす情報災害とやらで、本当に日照時間に差があるのかも知れない。
時計塔の足元には、時計塔にも負けない立派な建物。
立派な宮殿や、立派な教会を思わせるような3階建ての建物が建てられている。
時計塔と宮殿の前方には、大勢が集まって、祭りや催し物をできるくらいの、円形の広場が広がっている。
家屋がきゅうきゅうと並んでいた住宅街に比べ、かなり開放的に見える。
傾いた日差しを横に浴びつつ、セツナとJJは宮殿にお邪魔しようと歩き始める。
デミワイバーンに降ろしてもらった広場を抜けて、宮殿の扉まであと少しのところになった頃、やっぱり乱入者がやって来る。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
空から、川のある方角の空から、木や金属を叩く音が聞こえてくる。
2人は立ち止まって、広場に戻る。
空を見上げた。
空には、船が――、帆をたなびかせ、オールを漕ぎ、竜骨(※)にドラゴンの鉄細工が施された、古い時代の船が、空を漕いで近づいて来る。
※竜骨:日本家屋の大黒柱みたいなもの。船の底面を縦に伸びる、大きな木材。船の背骨にあたる。
木材で造られた船は、横に丸盾が拵えられており、外敵との戦いを想定したものだということが分かる。
さらに特徴的なのは、金属製のリベット(釘)が使われていることだ。
古い時代、船に使われる釘は、木の釘が多かった。
その方が錆びて腐食しないし、水を含んで膨張するため、浸水しない。
オマケに安価。
だのに、鉄を使うということは、その船はかつて鉄が豊富に採れる地で造られたものであり、なおかつ、鉄の釘を使って木材の変形を防ぐ必要があったほど、過酷な海で使われる船だったということだ。
「アイコー! オー! エイ!」
「アイコー! オー! エイ!」
何の言語かは分からない。
だが、掛け声に合わせてオールが漕がれ、船は広場の真ん中に止まった。
空を漕ぐ船からロープが垂らされて、乗組員が降りてくる。
降りてくるのは、男の戦士たち。
鎖帷子の上に皮の鎧を着こみ、目の深さまで被るスパンゲンヘルムという兜。
防具の統一感は無く、通気性の良い綿を詰めた厚手の服の者、上裸の者、獣の頭のような兜を被る者も居る。
武器は斧に丸盾。斧は片手で扱える物から、両手で振るう物まで。
少数ではあるが、片手で扱う剣を持つ者も居る。
幅広で肉厚、剣の重心を取るために、柄頭が大きく膨らんでいる。
彼らの正体は、西洋の歴史に少なくない影響を与えたにも関わらず、その正体の多くが謎に包まれている、ヴァイキングという戦士たちだ。
ヴァイキングたちは地上に降りた後も、自身の鎧や盾を叩き、音を鳴らす。
打楽器の代わり、戦士たちを鼓舞する音色を奏でる。
「「「Åh! Åh! Åh! ――――。」」」
ウッ! ウッ! ウッ! と、防具を叩く音に声を合わせ、自らと仲間を鼓舞する。
そこには、恐れを知らない、誇り高き戦士たちが居た。
その数、約30名。
セツナとJJは、臆することなく彼らに近づく。
このまま時計塔に駆け込むこともできるが、そこまで無粋では無い。
戦士には、相応の礼で持って応える必要がある。
「背中は任せるよ。」
「振り落とされるなよ。」
軽くひと言を交わして、構える。
セツナは右手に魔導ガントレットを装備して、下段に構える。
JJは、火炎鎚を取り出し、両手で持って構えた。
「「「Valhallaaaaaa!!」」」
勇猛な戦士の雄たけびと共に、広場での大乱闘が始まった。
◆
セツナとJJは、互いに付かず離れずで、互いをフォローできる距離で戦おうとする。
戦おうとするが、混線での立ち回りは難しいので、できれば近い方が好ましいくらいの優先度で立ち回る。
斧を持った2人の戦士が、セツナとJJに襲い掛かる。
JJは、振り下ろされた斧を懐に入り込んで捌く。
そのまま皮のチェストアーマーに手を引っかけて、柔道のように片手で背負い投げをする。
セツナは上段から振り下ろされた斧を身体を半身にして回避。
懐に入り込んで、脚を踏みつける。
そのまま、頭突きをして怯ませて、斧を左手で取り上げ、右手で素早く顔にジャブを放って倒す。
奪った斧を横に振り、回転しながら前進。
襲い掛かって来る敵との距離を測りながら遠心力を強める。
頃合いを見計らったところで、遠心力の乗った横薙ぎ。
後ろに引いて躱される。
でもそれは計算済み、本命は追撃にあり。
斧を使って溜めた遠心力をそのままに、跳躍。
宙で回転しながら、十八番の回し蹴りを放つ。
ヴァイキングが盾で受けるも、盾もろとも横に吹き飛ばした。
地に足をつけて走り出す。――そしてスライディング。
敵の足元を斬りつけて攻撃、怯んだヴァイキングの首根っこを捕まえて、盾にする。
盾を見て、攻撃を躊躇した相手に向かって、盾にしたヴァイキングを ≪ブレイズキック≫ で吹き飛ばす。
クラス「魔導拳士」はリーチが短い。
だから、使えるものは何でも使う。
1人のヴァイキングが、盾を構えて突進してきた。
斧を横に振って迎撃、斧の刃が盾の守りをすり抜けようとする。
これをヴァイキングは、盾の横部分である”へり”を使って受け止める。
木材で作られた盾に、斧の刃が食い込んで取れなくなってしまう。
ヴァイキングは、盾を横に振るう。
テコの原理で引っ張られて、斧を持つセツナの身体が振り回される。
それを側宙でやり過ごして、力を逃がす。
斧を手放して、後ろにジャンプしながら、ソバットキックを放って、距離を取った。
すかさず、マジックワイヤーを射出。
盾に撃ちこむ。
ワイヤーの力で、盾を引っ張ってヴァイキングを引き付ける。
同時に、セツナも走り出し、 ≪ブレイズキック≫ の慣性で加速。
盾は、テコの原理で武器を奪える反面、自分も盾を掴まれることに弱くなってしまう。
ワイヤーに盾を引っ張られて、防御が取れなくなってしまった。
そこに、セツナの勢いを乗せたラリアットが、首を刈り取る。
ラリアットで、ヴァイキングの脚が地面を離れたのを腕の感触で確認。
ネックブリーカーに移行。
自身も脚を空中に投げ出す。セツナとヴァイキング、両者の背中が地面と平行になり、一瞬静止してから地面に落ちていく。
「ぬんッ!」
ジャンピングネックブリーカー。
刈り取った胴体を地面に静めた。
しかし、戦場で寝そべるような愚か者には、当然、お仕置きが待っている。
機動力が大きく削がれたセツナに、斧が横薙ぎに迫る。
横腹の部分から切断するつもりなのだろう。
咄嗟に、脚を頭の方へと持ち上げて、やり過ごす。
同時に、脚の重みと反動を使って、ネックスプリング。
寝そべった状態から身体を跳ね起こして立ち上がり、側頭部目掛けて回し蹴り。それを2回振るう。
躱されて意識が上に向いたところで、くるりと身体を回して、下から股間を蹴り上げる金的。
動きが止まったので、側頭部に回し蹴りをして仕留める。
彼の武器を拝借。
JJを背後から襲おうとしているヴァイキングに投げつけて、その背中に刺す。
セツナを取り巻く、ヴァイキングたちが少なくなった気がした。
しかし、倒した数に比べて、人の密度が薄すぎる。
はっとして、周囲を確認すると、魔法の槍を右手に構えた5人ほどの集団があった。
槍を投げて、投擲してくる。
空中で身体を捻りながら槍を避ける。
さらに、もう一投されたので、同じ要領で躱す。
近づこうする――、これがいけなかった。
投槍部隊に意識を取られたせいで、周囲への意識が疎かになる。
上空から魔法の雷が落ちて、セツナの身体を電流が駆け抜けた。
動きが止まってしまう。
そこに、盾を構えたヴァイキングが突撃してくる。
突撃され、シールドバッシュで態勢が崩れる。
ヴァイキングソードが縦に振り下ろされるのを、ガントレットで無理やり受け止める。
削りダメージが発生した。
ヴァイキングの攻撃は止まず、剣を受け止めると見るや否や、盾を横に振り、シールドで顔面を殴る。
シールドでの殴打が命中し、たたらを踏む。
もういちど、シールドの殴打を受けた後、ヘッドバットを受けて、地面に仰向けに倒れてしまう。
無防備なセツナに、剣の刺突攻撃が――。来るその前に、はらりと火薬が舞う。
黒い粉末は、宙を漂ったあと、爆発を起こし、セツナを窮地から救った。
◆
JJは、火薬刀のスキル ≪飛燕衝≫ でセツナの窮地を救った。
時間差で起爆する粉塵を撒くスキル。
タイムラグがあり、扱いにはクセがあるが、頼れるスキルである。
弾は残り2発。
乱戦でリロードする余裕は無い。
――が、派手に行きたい。
クラス ≪火薬術士≫ 。
宵越しの火薬を握っていては、男が廃る。
刀を鞘に納める。
隙を見て斬りかかってきたヴァイキングに、右手の掌打で応戦。
拳を握らずに、耳・ノド・鼻と素早く攻撃。
握らない分、力まないので素早く繰り出すことが可能。
鎧の上からの攻撃なので幾分かダメージが削がれても、勢いを削ぐには充分。
追撃の当身を繰り出して、ヴァイキングを跳ね飛ばした。
ヴァイキングの密度が高そうな場所を探して、そこにアサルトダッシュを使用して、一気に詰め寄る。
さらに、アサルトゲージを使用。
「飛燕衝!」
AG版の ≪飛燕衝≫ が発動。
爆炎を纏った煤けた刃が鞘から抜き放たれて、横一文字に火炎斬りを見舞う。
AG版の飛燕衝は、粉塵が即時起爆する。
通常版の弱点を克服した、スキルである。
火炎斬りで敵集団を一刀両断。
刀を鞘に戻し、鞘のレバーをコッキング。
一連の動作を走りながら行い、残兵に踏み込む。
残りの弾は1発。
ヴァイキングも、JJの勢いにたじろぐことなく、2人がかりで斧を振る。
JJのスキルが発動。
「飛燕刃。」
火薬の爆発力を得た刀を、上に振り抜いて1人、返す刀を振り下ろして1人。
一息一間で、2人を切り伏せる。
火薬刀の ≪飛燕刃≫ は2回連続が可能。
1撃目も2撃目も威力は落ちるが、1発の火薬で複数回攻撃できるスキルである。
6発目の弾丸を使用したことで、鞘から火薬と弾の詰まったシリンダーが自動でイジェクトされる。
金属の甲高い音が、地面を転がっていく。
これで、火薬刀は、ただの煤けて切れ味の良くない刀になった。
だが、問題ない。
すでに、敵の数も大分減っている。
あとは、セツナが何とかするだろう。
回復アイテムの「サバイバルキット」を取り出して、自分に使う。
自動注射器の針が飛び出して、太ももに筋肉注射をする。
パッシブ「滋養と狂走」が発動。
回復アイテムを使用した際に、わずかな間、機動力が大きく上昇する。
左手に火薬籠手を装備。
スーツの袖の上を、籠手が覆う。
この武器は、弾丸が独立していて、他の武器が弾切れであっても使用できる。
装弾数2発。
「滋養と狂走」によって強化された移動力で、ヴァイキングの1人に一気に近づく。
左拳を思いっきり握り込む。
そうすることで火薬が発火、火薬の力を纏ったハードパンチがヴァイキングの腹を穿つ。
ヴァイキングが衝撃で後方へと吹き飛んでいく。
JJは、それを追いかける。
石の地面を穿って、吹き飛ぶ速度よりも速く、距離を詰める。
石火の間で拳の距離となり、脚の浮いたヴァイキングに両手でラッシュを叩き込む。
――「2進数の余白」という言葉がある。
脳科学と情報科学の上に成り立つ、電脳科学という学問の言葉である。
人間の思考は、AI技術の発展と共に、0と1での記述が可能になった。
しかし、意識の電脳化に成功してもなお、人間の意識には不可解な部分がある。
それが、2進数の余白と呼ばれる領域。
同じ、0と1の羅列であっても、ある個人によっては、意味や効果が異なるものがある。
それは、電脳科学の結晶である、VRゲームでも起こりえる。
――――。
――。
ヴァイキングの腹部に一発。
地面を穿つ勢いで接近して、ラッシュ。
拳の嵐を叩き込んで、最後に火薬の一発!
パッシブ「滋養と狂走」のカタログスペック、規定された「わずかな」や「大きく強化」を超えた連撃で、ヴァイキングを静める。
左手を、素早く開いて閉じる。
この動作を2回。
籠手の、手の甲部分が開いて、弾丸が排莢される。
スーツの裏側に縫い付けてある、弾丸ポーチから、ショットシェル状の弾を取り出して、籠手に込め直す。
2進数の余白。
これが決定的な格差を生むことは無い。
だが、移動速度を上げるようなアクションは、どうしても脳の時間認識に関わる演算と処理をする性質上、個人の電脳野に処理を委ねることになり、個人差の影響を受けてしまいやすい。
なので、カタログスペック以上の性能が出せてしまうプレイヤーも存在する。
これを、ロマンと受け入れるか、グリッジ(意図しない挙動)と非難するかは、個人の価値観による。
2進数の余白は、未だ人類が触れられぬ神秘であり、エンタメと公平性のグレーゾーンでもある。
JJがリロードを済ませると、空に大きな魔法陣が現れる。
「ヘヴィコア × ライトニングエッジ。」
スキルの力を引き出す、コア・レンズ。
ヘヴィコアは、スキルの”破壊力”を強化する。
セツナが右手を空に掲げる。
そうすると、右手に魔法陣から一鎚の、大きな稲妻が降り注ぐ。
稲妻は、セツナに襲い掛かろうとしたヴァイキングたちを吹き飛ばす。
稲妻を受けたセツナの右手に、雷撃の力が収束する。
その右手を、横に薙ぎ抜く。
「トールハンマー!!」
雷神の一撃は、生き残ったヴァイキングたちを焼き払った。