SS14.02_姿変わりの異変
現実世界。
昼下がりの、にのまえ市。
セントラルで期間限定イベントが始まる、数日前。
新現代は、人々が労働から解放された社会。
旧現代とは、人々のライフスタイルに、必然的に差が生まれる。
午前は、勉学や創作など、頭脳を使うことに時間を当てる。
高校や大学などの授業や講義も、だいたい午前中で終わる。
新現代は、AI教師による自習が教育カリキュラムに組み込まれている。
AIによる、教育の効率化と細分化。
無限の労働力のおかげで、旧現代とは比べものにならないほど、効果的な教育が施されている。
午後は、スポーツや鍛錬など、肉体を使うことに時間を当てる。
地域や地元に根差した様々なサークルが存在し、年齢の垣根を超えた交流もある。
サークルの運営は、新現代の大人が担う、大切な役目のひとつ。
夜は、フリータイム。
働く人も、自己研鑽に励む人も、世に溢れかえる娯楽から、自分が好きな物を選び、余暇を過ごす。
それが、ネクストの技術が普及した新現代の、普通。
豊かで幸福な社会の、常識。
1月の午後、遥花 (ハル)はトレーニングジムで、ボルタリングをしていた。
訓練とは、1日で成らず。
遥花も、兄と同じく、自衛団の資格を持っている。
自衛団とは、私服を着た武力。
住民の生命と財産を守るため、日々、たゆまぬ鍛錬が求められる。
自衛団のライセンスは、言わば国家資格である。
それを持つ者の技能と人格を、国が保証している。
だから、労働から解放された社会において、一定の社会的な信用を得ることができる。
昨年あった、テロ組織との戦いに駆り出されるなどの、社会的な責任を負う代わり、社会的な特権も与えられる。
そのひとつが、訓練施設の無料利用。
自衛団が管轄する射撃場や、格闘訓練のためのロボットやスペース。
他にも、一部のトレーニングジムや、車のサーキットなども無料で利用することができる。
心身を鍛えたいのであれば、これほど便利な資格は無い。
そのため、自衛団やVRゲーマーの風土は、体育会系のノリに近い。
とりあえずバカがやれて、とりあえず酒が飲めれば、人気者になれる。
遥花は、トレーニングジムで1人、ボルタリングをしている。
壁に取り付けられた岩や石を手掛かりに、壁を登っていく。
ボルタリングは、体幹やボディバランスを鍛えることができる。
遥花は昔、バトミントンをしていた。
ボルタリングでは、昔に鍛えた握力が役に立つ‥‥、ことは無かった。
握力にも、種類があるのだ。
バトミントンで求められる握力とは、最大出力、クラッシュグリップと呼ばれるタイプの握力。
クラッシュグリップとは、物を握る、物を握りつぶす力のことだ。
一般的に握力と呼ばれているのものは、このクラッシュグリップを指す。
対して、ボルタリングに求められるのは、ピンチグリップや、クリンプグリップという握力。
手を握り込まず、五指や指先で体重を支える力が求められるのだ。
競技の違いによるカルチャーショックを、最初こそ受けたが‥‥。
今では、ボルタリングは、遥花のお気に入りのトレーニングとなっている。
ウエイトトレーニングよりも、実戦向きな身体操作が要求される点が、とても良い。
ウエイトトレーニングとは、無理をするためのトレーニング。
対して、ボルタリングは、楽をするためのトレーニングだ。
なるべく少ない力で、身体をホールドする。
指の引っ掛け方、壁への張り付き方。
力の入れ方、固定させる関節。
知れば知るほど、興味深い。
不安定な手掛かりを頼りに壁を登るため、無意識のうちに、楽な身体の使い方が身についていく。
豊かさと便利さを極めた、日常生活を送っているだけでは絶対に気付けない、人体の構造の美しさを知ることができる。
自分の身体に備わった、小さくも大きな力。
それに出会えるボルタリングは、遥花のお気に入り。
――小さな石に、左手を伸ばす。
現在の高さは、3メートルほど。
床に敷かれた安全マットが、小さく見える。
ギアを装備しているので、この程度の高さから落ちても怪我はしない。
今は機動させていないが、いざとなったら使えば良い。
壁の傾斜は、約110度。
手前に倒れている壁を、身体を壁に張りつかせるようにして登る。
左手でアプローチを掴む。
人差し指と中指で、体重を支える。
左手首を右手で掴み、身体を挙上。
左膝を曲げ、足を薄く細い石のに置く。
右手を左手首から離し、石を掴む。
丸い石に対し、手の平だけで包むように‥‥。
‥‥足場にしていた石を、踏み外してしまった。
右手を上げたタイミングで、重心の位置が変わり、身体のバランスが崩れた。
ほんの少しだけ、身体が壁から離れて、それが致命傷となった。
左手が、落ちる身体を一瞬だけ支えるも、ホールドの限界を超えて指が滑る。
角度が90度を超える壁の、高さ3メートルから落下。
1秒もしないうちに、遥花はマットに不時着。
を、しなかった。
「‥‥‥‥!!」
ふわふわと、身体がマットの上を浮いている。
足が、マットの50cm上を、漂っている。
ギアは起動している。
遥花の瞳の奥は、青い光を灯している。
しかし。
だがしかし。
ギアに、このような機能は無い。
ギアの扱いに熟達した者であれば、落下の速度をコントロールできるらしい。
が、遥花にはできない。
それでも、現実とは、事実を雄弁に語る。
遥花の身体は、重力を無視して、空中に浮いている。
事態の異常さを理解した瞬間、空中浮遊が途切れる。
両足が、柔らかいマットの上に着く。
ペタリと、そのまま尻もちを着く。
左手首に装備した、ブレスレット型のギアを見る。
そして、空中浮遊を、再度試みる。
未知への、好奇心と恐怖に駆られて。
‥‥結果として、その日はもう、空中浮遊を体験することは無かった。
まるで、夢の中で、空を飛ぶ夢を見ていたかのよう。
夢の中、自分が空を自由に飛んでいることを自覚すると、たちまち自分の身体は、翼を失ってしまう。
夢が現実に縛られて、翼が重くなってしまう。
あれだけ自由に飛べていたのに、街を見下ろすことも、山を越えることも、叶わなくなる。
自宅に帰ったハルは、電子書籍をあたる。
ネクストと、ギアに関する論文。
それと、ギアに関するオカルト。
手当たり次第に、情報を漁る。
目ぼしい情報は、得られなかった。
‥‥ひとつだけ、心当たりはあるのだ。
自分の、この奇妙な経験を、知っていそうな人物。
(‥‥兄さん。)
暗くなった窓の外を見ながら、自分の兄、刹那の顔を思い浮かべる。
自分の兄は昨年、危篤状態で病院に運ばれた。
面会と外出が許されたとき、刹那は、自分が肩を貸さねば歩けぬほどの重体だった。
それが、である。
次の日には、普通に日常生活を送れるまでに回復していた。
3日である。
3日で、危篤から回復したのだ。
病院と兄からは、ギアを用いた先進医療だと説明された。
遥花がいくら頭脳明晰だと言っても、知る手段が無い先進医療については、調べようが無い。
だがもし‥‥、もしも――。
それがもし、医療でも、科学でも無かったとしたら?
◆
セントラル。
空中セーフハウス、ブルーホエール。
「‥‥‥‥ぐっっへ!?!?」
魔法陣から吐き出されるように、セツナが背中から床に落ちる。
なんか、水晶の巨岩の光を浴びたら、強制転移させられた。
仰向けに倒れる彼は、見知った天井に、顔をしかめる。
視界に表示されたUIの情報によって、ここが自分のセーフハウスだと知る。
ため息をひとつ。
起き上がろうとするセツナに‥‥、重い尻が落ちてくる。
「‥‥‥‥ぶふぅぅぅぅぅ!?!?」
ヒップドロップが、腹に直撃。
ノックダウンされるセツナ。
「いたたたた――。何なのよ、もう。」
ヒップドロップをかました女性が、下敷きになっているセツナに気付く。
「――て? あれ!? あたし‥‥?」
女性は、目を白黒させながら、自分の両手を見る。
自分の服装をチェック。
頭には、カウボーイハット。
紺色のデニムジャケットに、裾の短い、ヘソを出したワイシャツ。
首元に、赤いスカーフ。
ボトムスは、ダメージの入った黒いジーンズ。
足元は、ダークブラウンのブーツ。
腰に太いベルトと、大きなリボルバー。
拳銃でありながら、携行性なんて度外視された大口径。
カウボーイハットに、スカーフとジーンズ。
それとリボルバー。
女性の恰好は、さながら荒野のカウガール。
身だしなみのチェック、良し。
尻に敷いている、呻くセツナに声を掛ける。
「セツナ! 起きて!」
女性は、ノックダウンしているセツナを起こす。
胸倉を掴んで上体を起こし(!)、両頬を往復ビンタ(!?)。
「――ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶッ!?」
セツナの、女性に対する第一印象は、最悪だ。
ヒップドロップは、事故だとして許せる。
だが、この起こし方だけは、解せない。
――ガサツ! あまりにも、ガサツ!
謎の女性の介抱に、セツナはお礼をする。
日本人らしく心を込めて、お辞儀をして、頭突き!
自分の腿に跨る女性を、頭突きでどかす。
両頬を真っ赤にしたセツナが、立ち上がる。
鼻っ柱を涙目で抑えている女性が、立ち上がる。
「「何しやがんだ! このボケナスぅ!!」」
‥‥‥‥。
一言一句、イントネーションまで同じ。
互いを指差して、互いの行いに、いちゃもんを付ける。
口喧嘩、1本勝負――。
ゴングが鳴る。
先手を打ったのは、カウガールの方。
指差したまま、セツナに詰め寄る。
セツナの「ボケナス」発言に、ご立腹。
「はぁ!? せっかく起こしてあげたのに、何よその態度!」
「あれが起こしてぇ? あげただぁ~!?
だったらオレもやってやる!
その寝ぼけたツラ、覚まさしてやる!」
指差して詰め寄るセツナに、カウガールは一歩も引かない。
詰め寄るセツナに、ノータイムで頭突きをかます。
ほぼ同じ目線の高さから繰り出された頭突きは、セツナの鼻っ柱をクリティカル。
黙るセツナに、カウガールが畳み掛ける。
「やってみないよ!
普段、あたしを雑に使って――!
この前なんか、あろうことか、あたしを道端に捨てて――!
この! 薄情者ッ!」
顎を抑えるセツナに詰め寄り、捲くし立て、カウガールの後ろ蹴り。
身を翻し、じゃじゃ馬もかくやの、強烈なハイキックが、セツナの顔に入る。
「びゅゆぅぅうう!?!?」
顔に、靴底の跡をつけて、風船から空気が抜けるような声を出しながら、セツナは吹っ飛んだ。
飛行船の窓を突き破り、上半身が白い雲の下にフライアウェイ。
「ふあぁぁぁぁぁ!?!?」
情けのない悲鳴を上げるセツナ。
下方向にフライアウェイしていく身体を、足で踏ん張って止める。
窓の枠の部分に、足の甲を引っ掛け、自分勝手にフライアウェイする身体を支える。
上体を起こし、マジックワイヤーを使い、船内に復帰。
船内には、得意げに鼻を鳴らすカウガール。
カウガールに、ゆっくりと指を向ける。
「やっつけてやる‥‥!」
カウガールに向かって歩き、右足を出したところ、セツナの動きが止まる。
右足が、軽い。
ホルスターに、手と視線をやる。
ない!
リボルバーが、ない!
‥‥シリンダーの、回転する音がする。
前から。
カウガールの方から。
視線を上げる。
カウガールの手には、リボルバー。
回転しているシリンダーを、スイングイン。
シリンダーがリボルバーに装填され、留め具がカチリと音を立てる。
銃口で、カウボーイハットを少し上げる。
それから、左手で銃の形を作って――。
「バァンッ‥‥!」
セツナに、左手の銃を撃った。
‥‥‥‥。
‥‥。
「キミのことは、何て呼べばいい?」
「そうね‥‥、ライザって呼んで。」
「じゃあ――、あのねライザ。
この世界には、ルシフェライザーっていう固有名詞があるんだよ。」
「だからなに?」
「紛らわしくない?」
「あたしだって、元ネタはデビルライザーガンなんだけど?
あたしの方が、先輩なんだけど?」
「‥‥元ネタは先輩かも知れないけど、キミは若輩じゃん。」
ライザと名乗るカウガール。
彼女の正体は、セツナが愛用しているリボルバーだった。
D3-リボルバー、悪魔を呼び出すと言われている、大口径のじゃじゃ馬。
このリボルバーは、汎用データという規格で設計されている。
M&Cだけでなく、別の世界にも持ち込んで使用ができる。
この銃は、数多の世界を共に旅した、セツナにとって相棒とも呼べる銃だ。
それが、どういう理屈か分からないが、人の姿を持った。
人の姿に、人の人格まで持っている。
セツナは丸椅子に座り、ピストルのマガジンに弾を込めている。
リボルバーの代役が要る。
マガジンに、手作業で込めているのは、CCC特注の弾丸。
ディヴィジョナー因子を鎮静化できる、イニシャライザー。
腰掛けた目の前、机の上から弾丸を何発か手に取って、マガジンに詰めていく。
少しして、マガジンに向けている視線を、ライザに向ける。
作業を、横から見ているライザと、目が合った。
彼女は、床に膝をつき、両手で頬杖をついている。
机の横から、セツナの横顔と作業を見ている。
「なぁに?」
男勝りで勝気な瞳。
馬鹿みたいな反動で、使い手の顔を容赦なく蹴り上げる、足癖の悪さ。
そして‥‥、重い尻。
尻に対して、羽毛みたいに軽い引き金。
じゃじゃ馬の碧眼から、視線をマガジンに戻す。
「いや、何でもない。」
弾薬の装填が終わる。
マガジンを、机の上に置いたピストルに装填しようと、手を伸ばす。
机の上に置いてあるピストルに手を伸ばし、ピストルが机の上から消えた。
セツナの右手は、空気を掴む。
「‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥。」
飛行船に、微妙な空気が流れる。
左手に握っているマガジンを、机に置く。
左の腿から、バックアップリボルバーを引き抜く。
どこぞのじゃじゃ馬と異なり、ポケットに仕舞えてしまいそうな、小さなリボルバー。
9-Ni リボルバーを、机に置く。
ライザの勝気な瞳が、9-Niを見る。
セツナが、9-Niを取る。
シリンダーを横に開け、弾を確認。
一度、机の上に置いて、左腿のホルスターにしまう。
ライザは何もしない。
「‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥。」
インベントリから、ピストルを取り出す。
ライザに取り上げられたクロック18と互換性のある、クロック17を取り出し、マガジンを差し込もうと――。
セツナの右手から、ピストルが消えた。
足癖だけでなく、手癖まで悪いライザ。
奪ったクロック17のスライドを後ろに引き、スライドを抜いて、銃を分解する。
にっこりと、満面の笑みを浮かべるライザ。
にっこりと、満面の笑みを返すセツナ。
「ふふ~ん。」
「ふふ~ん。」
「「‥‥‥‥。」」
「「ふふ~ん。」」
ボケナス2人が、互いの持ち物に手を出した。
セツナは、ライザの持っているクロック18に、手を伸ばす。
ライザは、セツナの持っているマガジンに、手を伸ばす。
「返せ! オレの銃だぞ!」
「あなたこそ、それを寄越しなさい!」
「こいつ!?」
「ぐぬぬぬぬ――。」
「この――!」
「きゃっ!?」
ライザの持っているピストルのバレルを捻り、手首の関節を極める。
関節を固めて、密着状態からのタックル。
セツナは、ライザを突き飛ばした。
‥‥愛銃に相手に、容赦の無いセツナである。
一番気に入っているのは、強くてタフなところ。
ライザは強くてタフなので、タックルされたところで諦めない。
すかさず、彼の腰に組み付く。
セツナがホルスターに銃をしまえないようポジショニング。
ホルスターを死守しながら、セツナが握るクロックに手を伸ばす。
「ちょっと! あたし以外を使うなんて!
どういう要件よ!」
「うっさいなぁ!?
オレの勝手だろ、そんなの!」
「いいから! それを置きなさい!
よこしなさ、いぃ!」
「いぃ!? い・や・だ!」
子どもみたいなケンカを、成人男性と、見た目は成人の女性がしている光景。
2人とも、中身はクソガキ。
どんぐりの背比べ。
そして、そのケンカは、飛行船への来客によって中断される。
「‥‥‥‥うべっ!?!?」
セツナの妹、ハルが、転移魔法陣から吐き出された。
腹を床に打ちつけて着地。
‥‥彼女の上に、爬虫類の瞳を持った少年が落ちる。
此度のイベントは、らんちき騒乱騒ぎ。
らんちき騒ぎは、さらなる騒乱を呼ぶ。
‥‥‥‥。
‥‥。




