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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
8章_堕落の弾丸

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8.23_人は、夜の空に月を見る。

現実世界、にのまえ市。


日常を取り戻した日本の社会に、女神は姿を見せた。

新月の女神、レイ。


青い火球を手に浮かべ、刹那に話し掛ける。



「少し、私と遊びましょう。

 もちろん、あなたに断る権利など、ないのだけれど。」



月の結界を展開。

水鏡の結界と呼ばれる魔法により、レイと刹那は、亜空間領域に移動する。


現実世界と極めて近い、しかし、現実世界へは干渉しない、まるで湖の水面に映し出された世界。


水鏡の領域でどれだけ暴れようが、現実には影響を与えない。

好きなだけ、力を使える。



たとえ、この地球には存在するはずの無い力であっても。

好きなだけ使える。



‥‥‥‥。

‥‥。



刹那は、物理空間よりも上位の空間から、魔力を汲み上げる。


心臓から、魔力が身体中に巡る。

魔力が血液と共に流れ、血は力となる。


血の流れを拡張する。


魔力は、物理的な制約を受けない。

身体の外に、悪魔の血を通していく。


血を通し、骨を、筋肉を、皮膚を構築していく。


魔力は、物理的な制約を受けない。

ゆえに、魔力という血が創るのは、有機物だけに限らない。


刹那の右手に、銀色のガントレットが装備される。


腰に、タクティカルベルトとホルスターが巻かれる。

ホルスターに、リボルバーが装備される。


刹那は、セントラルでの装いに変わる。


その様子を見て、レイは僅かに口角を上げる。

ひな鳥が自力で飛ぶ姿を見て、固い表情が動いた。


レイが、右手の火球を放つ。

刹那に向けて、青い炎が飛来する。


魔力野は、火球の強さを肌感覚で知覚させる。


――弱い。

見せかけだけの攻撃。


前に走り出す。

籠手で火球を受ける。


火球は籠手に直撃すると、消え失せる。


常人なら確実に火傷を負う攻撃。

しかし、魔力が流れる肉体には通用しない。


火球を無効化されても、レイは動かない。


刹那の攻撃を、正面から受けるつもり。

彼我の距離が、近接戦闘の距離となる。


左手に魔力を流す。


血が、手の平に流れる。

血に、骨肉を与える。


セツナの左手に、カランビットナイフが――。

銀色の、月の爪が構築される。


それは、電脳の世界では、AGを消費してソードコアを使わないと装備できない武器。


しかしここは、ゲームの世界ではない。

正真正銘、現実世界だ。


ゲームの制約は、現実世界を制限しない。

ナイフに加護を付与しないのであれば、コアレンズの助けは要らない。


カランビットナイフを振るう。


人差し指をリングに通し、逆手に持ったナイフ。

レイの首筋を狙い、刃を滑らせる。


相手は神だ。

この程度で死ぬはずが無いのは、経験として知っている。


レイは、首を狙うナイフを払おうとする。

首の右側を狙う攻撃を、右手で払う。


刹那のナイフを握る手の、手首を払おうとして‥‥、空振る。


刹那の腕がしなり、軌道を変える。

下から迫っていた白刃は、レイの腕を躱し、上から迫る。


上体を後ろに退き、ナイフを躱す。

‥‥うっすらと、白く細い首に、赤い線が浮き上がる。


月の爪は、執拗にレイを狙う。

ナイフを、逆手から順手に持ち替える。


人差し指に通したリングを中心に、ナイフが回転。

ナイフが猛獣の爪のように、掌の中から飛び出す。


逆手持ちの時よりも長くなったリーチで、上体を退いたレイを追う。

レイから見てナイフは、左方向から横向きに滑り込んでくる。


退いていた上体を、前に出す。

自分の首筋を、刹那の手首に当たる位置まで前に出した。


ナイフを素早く扱うために脱力をしていた刹那の腕は、レイの首によって動きが止まる。


――刹那がナイフを引っ張る。

ナイフを、手元に引き戻す。


三日月型の刃は、レイの方を向いている。

手元に引き戻すだけで、レイに攻撃できる。


月の爪が、レイの首を舐める。

ナイフのグリップを通して、彼女の首を撫でる感覚が伝わる。


手の皮膚感覚は、刹那に攻撃が失敗に終わったことを伝える。



(――!?)



弾かれた。

刃が、肌に食い込んでいない。


髪の毛だ。

彼女の銀髪が、刃を防いだ。


レイが、鳩尾に掌底を叩き込む。

刹那を吹き飛ばし、ナイフに舐められた首筋を手で触れる。


はらはらと、彼女の頭から、ナイフで切られた髪が道路に落ちていく。

髪をひと(ふさ)、切り落とされた。


立ち上がる刹那を気にせず、落ちた髪の毛に視線を落とし、触れる。

魔力が髪に流され、レイの右手に集まる。


集まり、編まれていく。

厚く、三つ編みに編み込まれて、銀髪を使った武器となる。


ナイフの間合いの外から、レイは右手で裏拳。

素早い裏拳により、髪を編んで拵えた鞭が、空気を破裂させる。


太いミサンガのような暗器が、刹那の右頬を撃つ。


痛みが、刹那を襲う。

電脳世界の比ではない、正真正銘、本物の痛み。


銀の鞭が肌を叩き、顔の薄い皮膚を裂く。

毛細血管が潰され、内出血を起こす。


戦意を挫くには、充分な激痛。


熱い――。


痛いというよりも、熱い。

熱された鉄を押し当てられたようだ。


戦いの心得が無い者は、うずくまって動けなくなってしまうほどの痛み。


刹那の表情が、痛みに歪む。

身体から力が抜けそうになりも、脳から分泌されるアドレナリンにより、痛みが和らぐ。


驚くほど痛みが引いて、身体に力が戻る。


呑気に怯んでいる刹那には、2発目の鞭が振るわれていた。

それが、左頬を打つ。


アドレナリンで痛みを耐え、右手で太陽を握りつぶす。


掌底。

ぶっきらぼうに振るわれた掌底は、爆発を伴う。


レイは、大きく後ろに跳び、爆発を躱す。



甘い。

魔力の練りも扱いも甘い。



刹那の様子を、無表情で観察する。

冷めた表情に、整った眉目。


灰色の瞳が、刹那の戦い方を評価し、吟味している。



――現実世界でのギアの操作。

それと、電脳世界でのスキルの使用。



それらの経験により、魔力の扱いに対する習熟は早いようだ。

だが現状、魔力を使うことで精一杯。


まだまだ、使いこなせている段階には程遠い。


魔法を身体の一部として使えていない。


習熟された体術のように、魔法を「隠す」ことや、魔法で「揺さぶる」ことができていない。

そんなに魔力の起こりを見せては、自分が何をするのか相手に教えているも同然だ。


魔力は目には見えないが、それは音が目で見えないのと同じ。

魔力は目には見えないが、魔力野が肌の感覚として知覚する。


聞こえている、見えている。

次にしてくるのは――。



刹那が、大地を踏み割る。

アスファルトがめくり上がり、岩塊が宙に浮く。


セントラルでは、グラウンドスマッシュと呼ばれているスキル。


刹那は、燃える拳で岩塊を殴る。

岩塊に魔力を流し込み、岩を内側から爆ぜさせる。


岩が爆ぜる。

散弾のように、レイに大小様々な石が勢いよく飛来する。


‥‥その攻撃は、良くない。


ここは、現実世界なのだ。

まだまだ、魔法戦術の理解が浅い。


レイの目の前に、見えない壁が展開される。

爆ぜて燃える弾丸を、1発残らず受け止める。


跳ね返す。

刹那に向けて、段階的に。


第一波。

跳ね返えされた散弾の一部を、刹那が横に躱す。


第二波。

間髪入れずに散弾の残りを放つ。

顔を守った刹那の身体に、燃え盛る石がいくつも命中する。


仰向けに倒れて、立ち上がろうとする彼の顔を、レイの操る石が殴りつけた。


側頭部を強打。

石は砕け、刹那は倒れる。



「か゛っ――! あぁ――‥‥!」



立ち上がろうとするが、力が入らない。


息が、勝手に肺から抜けていく。

吸おうとしても、言うことを聞かない。


顔の右側の感覚が鈍くなる。

まつ毛が湿っぽくなったことにより、自分が出血していることに気付く。


レイが、刹那の目の前に瞬間移動する。


腹を――、蹴り飛ばす。

ガードすることもできず、小さな足が食い込み、身体が浮く。


背中から地面に落ち、後頭部を強打する。


刹那の左手から、カランビットナイフが消えてしまう。

血の流れを維持できず、ナイフが形を失った。


籠手とタクティカルベルトにノイズが走り、何とか形を維持する。


魔力の出力を高め、身体を無理やり動かす。

筋肉ではなく、血管を使い身体を動かす。


身体が耐えられる魔力量を超えたことにより、身体が痛む。


魔法の世界では、魔力痛(まりょくつう)と呼ばれる症状。

血液の中に、針を流れるような痛みが、刹那を襲う。


左手に、魔力を集める。


コアレンズを生成。

ガントレットに装填。

アドベントラ・アドバンス。



ストライクコア × ヘックスコア × 魔女の一撃 = 銀腕の一撃



レイは、溜め息を吐く。


あれが、刹那の全力。

確かに、威力だけでみれば、フロド大陸の猛者にも匹敵する。


刹那が地面を蹴る。

アスファルトを砕く。


魔力の圧力が、周囲の建物の窓を割る。


距離を詰め、拳を構える。

レイの握る鞭が顔に向けて放たれたるも、左腕で受ける。



――銀色の一撃を繰り出す!



拳は唸り、道路の細かい砂や小石を震わせ、消滅させる。

魔力との摩擦が、物質を分解する。


レイは、避ける素振りを見せない。

攻撃をする様子も無い。


拳は唸り、咆哮し、レイの――。

小さき女神の手で軽々払われた。



刹那が、悪魔として目覚めた夜とまったく同じ展開。

まったく同じ結果。


暗い月に、そうされたように、軽々払われた。


レイが、刹那の胸倉を掴む。

膝蹴りを、腹に入れる。


強烈な吐き気に襲われながら、レイの足元にうずくまる。

口から、生唾が垂れて道路を濡らす。


追撃をする様子は、レイには見られない。



‥‥当たり前と言えば当たり前だが、魔力の使い方がなっていない。


魔法とは、電脳世界のように、大きな力をぶつければ良いというものではない。

魔力を効率よく加工し、型に嵌めて頑丈にすれば良いというものではない。


魔力は武器ではあるが、それだけではない。

それらを扱う手足としての役目もある。


武器は立派だが、手足の力が足りていない


魔力の扱いとは、この世界でいうところの、合気や縁起に近い。


天・地・人。

その理に触れ、力を借りる。


確かに、魔力は可能性の力であり、偽を真に変える力がある。

不可能を可能にすることこそ、魔法の本質であり、真髄であり、真骨頂だ。


しかし、それもすべては、この世界や宇宙があってこそ成立するのだ。

宇宙万物のすべては、個として存在ができない。


それができたのは、創世以前の女神だけ。


この世界は、神でさえも、自己とは別の「個」や「他」によって成立している。

自己とは、自分以外の何かと比較することでしか、存在を証明できない。


ゆえに、魔力の理解や使用にも、この合気や縁起の理合いが必要なのだ。


‥‥だが、これをどう彼に説明したものか?

実戦が手っ取り早いからそうしたのだが、このまま続けては彼の身体が持たない。


心臓の拍動さえ自在に制御ができない蒙昧(もうまい)に物を教えるのは、骨が折れる。


悪魔を見下ろす新月は、再び溜め息。

ままならない、そのことに対して。



「はあ‥‥。気合いを入れて、絞り出すだけが、魔力ではないのよ?」



精一杯、彼に分かるように噛み砕いたアドバイス。


刹那は、震える脚で、立ち上がる。

高くなる彼の視線を、レイは灰色の瞳で追っていく。



「生憎‥‥、今のオレには、これしかないんでね‥‥。」



霧散してしまった銀の魔力を、拳に溜め直す。

拳が唸る。


勇ましくも弱弱しい拳を、レイが受け止める。


レイの背後、アスファルトの道路に、1本の深い亀裂が走る。


彼女の片眉が、拳の届く距離ですら分からぬほどだけ動いた。

魔力の質が変わったことに、固い表情がわずかに反応した。



魔力をぶつけるのではなく、流すように変えた。



血管を、レイの奥に通すイメージ。

魔力の指向性が強くなり、受け流しにくくなった。


独りよがりの魔法ではなくなった。

初めて、彼の魔力が、レイを知覚できるようになった。


そこに合気と縁起ができて、魔力が伝わりやすく変わった。


ここまでできるのならば、取り合えずは上出来だろう。



彼が得た知見は、彼の悪魔としての能力が、地球の人間に伝播させる。

集合意識に、浸透させる。


それが久遠(くおん) 刹那。

進化の悪魔の力。



レイは、刹那に魔力を通す。

血管を彼の腕に、彼の身体に這わしていく。


不思議な力で、刹那の拳がレイの手に吸い付く。


レイが手を下げると、刹那の膝は砕け、態勢を崩す。

つんのめった彼に、膝を合わせる。


顎に膝蹴りを当てて、刹那が宙に浮く。


‥‥今度は、宙で姿勢を整え、両足で地面を掴んだ。


足がふらつく。

脳が、魔力の合気を処理しきれていない。


処理のキャパシティを越えて、消耗している。


魔力の合気を理解したことにより、見えるものが一気に増えた。

その取捨選択が上手くいっておらず、脳に負荷が掛かっている。


だが、刹那は戦いの構えを取る。

まだ、折れるつもりは無いらしい。


‥‥その根性だけは、評価する。


刹那が、不意に口を開く。

目の焦点は朧気で、レイに合っていない。



「ひとつ‥‥、聞いていいか?」


「‥‥何かしら?」


「ネメシスは、レイの仕業?」


「ネメシス‥‥?

 ああ、あの子たちのこと。」



昨年、日本に侵攻したテロ組織、ネメシス。


彼奴等は、レイの差し金。

刹那はそう考えて、彼女に聞いたのだ。


聞いたのだが‥‥。



「いや、やっぱり答えなくていい。」


「‥‥そう。」



思考を切り替える。

価値観を、切り替える。


不要を捨て、研ぎ澄ますのだ。

なぜなら自分は――。



「‥‥なら、私からの質問よ。」



レイが瞬間移動をする。

刹那の左手に、そっと――、手を置く。



「なぜ? あなたの才能を使わないの?

 気付いているのでしょう?」



女神に触られた左手が暴れ出す。

爪が伸び、肌が黒く、皮膚から泥のような油が滴る。


――悪魔の左手。



「あなたの心、考えていること。

 神である私に分からないとでも?


 私を、殴りたいのでしょう?

 なら、使いなさい、その力を。」



刹那は、本性を現した左手を、右手で押さえつける。

女神へと向かっていく左手を、地面に叩きつける。


呼吸が速くなり、瞳が赤くなっていく。



‥‥渇く。

‥‥干上がってしまいそうだ。



殺せ。

その女神を、殺せ。



血が見たい‥‥。

女神の血が‥‥。



その白い肌を裂き。

臓物を外に引き摺りだし――。



ドロドロと流れる衝動と願望に、刹那は渇く。

渇きを否定しようと、我慢しようと、うずくまり左手を抑える。


‥‥左手が、レイの足首を掴む。

白い肌を、泥で腐らせ爛れさせる。


女神は囁く。



「さあ‥‥、その力で、私の腹を裂いてみせなさい。

 命乞いをさせるほどに、痛めつけてみせなさい。


 お前の前にいる女神は、悪人を誑かし、お前を悪魔にしたのだから‥‥!

 お前から平穏と尊厳を奪い、この国から平和を奪ったのだから‥‥!


 そんな神を、許していいはずが無い。


 お前には義務がある。

 大義のため、女神を懲らしめる義務がある。


 大いなる力の、責務を果たせ‥‥!」



女神の甘言。

レイは、自身の行いと、罪を自白している。


刹那が、不気味に立ち上がる。

飢えた餓鬼のように、女神を食らおうと。



「う‥‥、が‥‥! アアアアアアアッ!!」



怒り、憎悪、復讐。

喪失、悲哀、空虚。


感情が爆発し、レイに左手を向ける。


左手は、レイの顔の横を空振る。


レイが左手を優しく掴み、自らの頬を切り裂かせる。



柔らかい。


甘い。


濃く、溶けて――。



ひどい高揚感と達成感が、刹那を支配する。


幼き日に、母の胸に抱かれたような安心感。

悪魔として生まれた夜に感じた、全てを支配する全能感。



――もっと深く。

――もっと強く。


何度も。

何度も。


この渇きが満たされるまで‥‥!



‥‥‥‥。

‥‥。





‥‥‥‥違う!






右手が、左手を止める。

レイから、離す。


左手に触れようとするレイに、右肩をぶつける。


女神の甘言を振り払う。

瞳に、正気が戻る。


夜を焼くように、赤く、右手が燃える。



右手に、太陽を――。

悪魔を焼く、太陽を――!



右手の炎が、左手を焼く。

淀んだ泥を焼き、渇きを祓う。



思考を切り替える。

価値観を切り替える。


不要を捨て、研ぎ澄ますのだ。

なぜなら自分は――。



悪魔の左手が、人の形に戻る。

太陽の右手から、籠手が消える。



(オレは――――!)



力強く、踏み込む。

右手を、握り込む。



(悪魔も、女神も――、正義も悪も関係ないッ!!)



女神を見据える。

こちらを下から見下す女神を、しっかと捉える。



(何も要らない。この一発、この一発だけがあれば良い。)



右手が振るわれる。

魔法の籠手も、魔力も纏わぬ、人の拳。



「オレは――! オレの意思で、お前をぶん殴るッ!!」



刹那の拳が、レイの顔面を穿った。

両足が地面から離れ、女神の小さな身体が、仰向けに倒れる。


傷ひとつ無い女神が、立ち上がる。


刹那が右手で、レイを指差す。



「これで――、チャラだ。

 お前がしたことは、この一発でチャラ。」


「‥‥‥‥。」



刹那は、後ろによろめく。

魔力の合気を悟っただけでなく、悪魔の力を封じた影響で、闘志も気力も限界を迎えている。


レイの瞳から光が消える。

口角を、吊り上げる。



「ふふ――。あはは――。あはははは――――!


 神を、人が裁く?

 神を、人が許す?


 あはははははは――――!!」



人格が分裂したかのように、腹を抱えて嗤うレイ。



「いいだろう。余興として、その不敬を許しましょう。」



新月は、悪魔を指差す。

悪魔の心臓を、指差す。



「それに、良い物を見れた。

 お前のその心、その悪魔。


 ふふ――、ふふふ――。

 どうやら、女神は眼中に無いらしい。」



そう‥‥、またアイツだ。

あの魔女が、悪魔を女神から奪っていく。


魔女に、また誑かされたか?

魔女の方が、女神よりも甘く、心地が良いか?


だが、それも一興。

気まぐれな女神を楽しませる余興として、充分であった。



周囲の結界が解けていく。

水鏡の領域が失われ、刹那は現実世界に戻されていく。



「与えるべきは与えた。

 見るべきは見た。


 悪魔よ、力を得なさい。

 女神を――、運命を殺してみせるほどに。」



レイの姿が消える。

水鏡の領域が失せる。


刹那の横を、何も知らぬ通行人が通り過ぎる。

傷を負った刹那の顔は、夜の薄暗がりで、他の者には見えていない。



「アイ‥‥‥‥。」



呟き、電話を掛ける。

3コールもしない内に、アイが電話に出る。


その声は、どこか泣いている。



「アイ? どうしたの?」


「刹那‥‥。私、暗い月に会って‥‥。」


「――!? 今すぐそっちに行く! 待ってて!」



電話が切れる。

デバイスのマイクを顔に近づけ、サポットのマルを呼ぶ。



「マル! 今から東京に行く準備を――!」



一方通行の道を抜けた先、大通りの方でタクシーが止まる。

無人のAIタクシーだ。


刹那が突然立ち止まり呆けたかと思えば、いきなり傷だらけになった。

うわ言のようにアイの名を呟き、電話を掛けた。


一連の動きで、マルは推察を行い、次の手を打っておいた。

優秀なサポットのおかげで、刹那は渡りに船を得る。



「ありがとうマル。流石だよ。」

「いえいえ。それほどでも。」



タクシーに乗る。

にのまえ市にある、最寄りのドローンエアポートに行ってもらう。


刹那の事情を知る、研究所にも連絡。

特例で、近場のヘリポートを利用できるように手配してくれた。


研究員に礼を言い、通話を切る。

刹那は、暗い月と接触したアイに、会うために東京へと向かう。



‥‥‥‥。

‥‥。



アイは、刹那との電話を切り、マフラーで口元を隠す。

マフラーが、彼女の呼気と吸気を温める。


温かい空気が肺に入り、冬の寒気から身体を温める。



(刹那が来てくれる‥‥。私のために‥‥。

 私のため――。

 私の、私だけの――――。)



常夜の都に迷い込んでしまったこと。

暗い月に遭遇してしまったこと。


今では、感謝さえしている。


刹那に会える。

私だけを見てくれる。


それが、たまらなく嬉しい。



‥‥刹那には、自分を見て欲しい。

自分が見ている世界を、見て欲しい。


刹那のことを知りたい。

彼が見ている世界を、知りたい。



この、胸に渦巻く、ほの暗い感情。


これが、人間の感情というものなのだろうか?

これが、人間らしい、という事なのだろうか?


善き(よき)隣人として生まれるAIが、決して獲得し得ぬ感情。


これで、もっと刹那を知れる。

これで、もっと自分を知ってもらえる。


上手く使わねば。

ズルく、悪く、上手く。


彼と、もっと仲良く、もっと近く。



なぜなら、私たちは人間では無いから。

人間のふりをする、機械と悪魔だから。



もしかしたら、魔法を使える者は、もっと増えるのかも知れない。


自分たちの他にも増えて、人間のふりをする者は、もっと増えるのかも知れない。



だけど――。

私とあなたは、魔女と悪魔だから。


喜びを、痛みを、分け合うため――。

もっと近くに。





夜は更けていく。

運命に翻弄され、因果は絡まっていく。


月に導かれ、月に惑わされ、悪魔と魔女を、強く絡め取る。


悪魔は、魔女に会いたいと願った。

魔女は、悪魔に会いたいと願った。



1時間ほどで刹那は東京に到着した。


ドローンが着陸するや否や、ビルの屋上から飛び降りる。

エレベーターなんて、待ってられない。


駅の近くにある、ヘリポートが備わったタワーの上から飛んだ。


世界が広く、小さく見えた。

人通りの無い住宅街の道に着地し、アイの元へ。



「‥‥‥‥刹那。」



アイは、確信する。

刹那が、自分の元に来てくれたのだと。


上着も着ないで、外に飛び出す。


間もなく、2人は出会う。


見つめ合った瞳には、暗い夜の中――。

互いの瞳に、自分の姿が映っていた。



夜は更けていく。

更けた夜は、やがて明ける。



冬の夜明けは遅く、最も寒い。


運命に2人は翻弄され、運命が2人を固く絡める。



女神の試練は、始まったばかりなのだ。


夜の寒さを乗り越え、夜の暗さにも勝ち――。






――運命を、自分たちの手の中に取り戻すのだ。

悪魔と魔女は、そのためにある。



電脳を旅し、龍を追い、女神を知れ。

それは、神の試練を越えた者の、追体験なのだから。



8章_堕落の弾丸 -完-

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