8.3_ガサ入れ
「おい! CCCや!」
「開けんかい! オラァ!」
「わん! わん!(ジャーキーだ! ジャーキーをよこせ!)」
「宗教なら、人々を救わんかい! 入れんかいワレェ!」
「黙っとったら分からんやろ! 銃の1発でも撃ってこんかい!」
「‥‥あの、‥‥ダイナさん、これ。」
「あはは‥‥‥‥。」
セツナとJJのチンピラムーブ、なぜか合流した柴犬のシバ。
シバは、白昼堂々、賄賂を要求。汚職エージェント。
あまりにも混沌とした状況に、アリサがドン引きして、ダイナが引き攣った笑みで返している。
センターの一等地。
人々の往来が多い、商業区域。
エージェントの一行は、終末教のガサ入れのため、彼らの事務所を訪れていた。
数ある拠点のひとつに、ガラの悪いエージェントがぞろぞろと陣取る。
‥‥なぜか、シバも来ている。
蝶とハーマンの一件 (5章)でセツナたちに同行した、先輩エージェント。
彼女は、子分である地元猫のチーターを3匹伴って、後輩のガサ入れに帯同している。
調査に来た事務所は、オフィスビルの中にあった。
商業区域という、新たな信者を捕まえやすい場所、そこのビルの1室を借りて、人々を導いているようだ。
信者と書いて、儲かると書く。
この新興宗教は、羽振りが良いらしい。
まあ、何を信じるのかは、人の自由。
しかし、違法な薬物を使っているとなれば、話しは別。
神の裁きすら恐れないエージェントとが、胡散臭い宗教家を成敗する。
ドンドンドン! と、事務所の扉を、叩いて蹴っているセツナとJJ。
一行が入ろうとすると扉にロックを掛けられた。
ロックを掛けるという事は、やましいことがあるという事なので、強気な態度で宗教家たちをビビらせていく。
ドンドンドン! ガンガンガン! などとやっていると、ビルのエレベーターがチンと鳴る。
人が2人ほど降りて来る。
若い男が2人。
どこか、瞳がキラキラした男性に、終末教のチラシを持った男性。
事務所に入ろうとしていた2人組は、事務所にたむろする、柄の悪い連中に足を止める。
人間3人と、柴犬1匹と、チーター3匹。
混成の大所帯に空気に気圧されて、足を止めるのは、平常な判断と言えるだろう。
JJが、エレベーターから出てきた2人に気が付く。
「あぁん?」
「「‥‥‥‥。」」
スーツを着た、身長190cmを超える大男が、2人の方に歩いて行く。
明らかにカタギではない大男の雰囲気に、思わず固唾を飲み、後ずさってしまう。
JJの横に、ホログラムが出現。
エージェントのライセンスを提示。
「すいません。CCCの方から来ました。
ちょっとお話し良いですか?」
「ヒぃ!?!?」
チラシを持っていた男は、逃げ出した。
チラシを捨て、エレベーターの下ボタンを連打して、急いで扉を閉めて、テレポートした。
「な、なんだね君たちは!
CCCが、何のようだ!」
JJに突っかかるのは、目をキラキラとさせた男性。
国家権力の横暴に屈することなく、勇敢に立ち向かう。
JJは、男性に捜査への協力を求める。
「ああ。貴方、終末教の方ですか?
いやね? ちょっと協力してくれれば、すぐに終わります。」
どことなく、関西訛りのイントネーションで話しかけるJJ。
ホログラムの表示を変更。
令状と、魔薬の画像を表示。
「いやね? 手荒なことはしたくないんです。
上の連中が、オタクらがなんやきな臭い言うから、無実を証明するために来たんです。」
「‥‥柴犬と、野良猫を連れてか?」
「ああ、あれね? あの方らは、先輩とその子分です。
怒らせたら、僕らでも手を付けられんので、注意してください。」
「‥‥‥‥。」
「先輩は、ジャーキー (意味深)が大好きなんです。
今日は、おやつの時間を押してここに来てます。」
シバが、こちらを向いた。
口を開き、口角を上げ、牙を見せる。
尻尾を振りながら、男の元にダッシュ。
「――うわ!」
思わず後ずさってしまう終末教の男。
面白がって、威嚇をするシバ。
JJが、シバと男のあいだに立つ。
割って入って、シバの視線を切る。
「すいませんねホント。
すぐ終わるんで、ちょっと協力してくれませんかね?」
「‥‥CCCは信用ならん!
お前たちは、民間人の税金を使って、人体実験をしている!
この前のイバラの厄災だって! お前たちの仕業だろ!」
「‥‥チッ。民間人ってのは、チンピラよりも面倒だな。」
JJのイントネーションが、標準語仕様に戻る。
自分の後ろで、尻尾をフリフリしているシバの方に振り向く。
「協力しないっていうんなら、仕方が無い。
先輩、お願いします。」
「わん!」
シバがひと吠え。
子分が起き上がる。
セツナの横で寝転んで、毛繕いをしていた地元猫のチーターが立ち上がり、廊下を駆ける。
サバンナの最速王。
地上最速の動物がビルの廊下を走り、男に飛びつく。
3匹掛かりで飛びついて、男を廊下に倒す。
倒したら、1匹は男のお腹に座る。
1匹は、ザラザラとした舌で、顔をベロベロと舐める。
1匹は、毛繕いしたばかりの毛並みを押し付けてスリスリする。
男は、あっという間に、デカい毛玉に埋もれてしまった。
「くっ――! 何をする! 離れろ!」
「ふっ‥‥。そのまま猫派に改宗でもするんだな。」
男は子分チーターに任せて、JJは扉の前に戻る。
扉の前では、セツナがリロードを行っている。
主力火器であるグレネードランチャーの弾を換装。
通常の弾から、催涙弾に変更したようだ。
ダイナも、ショットガンの弾を非殺傷弾へと変更。
魔法や体術は、もしもとあるので、なるべく非殺傷兵器で対応をする。
セントラル製の銃は、安全なのだ。
単発ショットガンの薬室に入れた弾を入れ替えて、バレルの横に取り付けた、ローディングツールの弾も変更。
クアッドリロードという、4発の弾を装填するリロードテクニックを使い、準備完了。
セツナが扉の前から退いて、代わりにJJがポジショニング。
JJも、主力火器を取り出す。
主力火器、量産型パイルバンカー。
「――発射!」
巨大な杭が、充分なセキュリティが施された扉を破壊する。
分厚い防弾扉を、豆腐のようにぐちゃぐちゃにして、ブリーチング。
‥‥便利な、マスターキーである。
銀行の金庫だって、オールフリー。
JJが、素早く横にずれる。
後ろに控えていたセツナとダイナが、事務所に突入。
内部の制圧へと動く。
先ほどまでの茶番とは裏腹に、統率の取れた動き。
セントラルでエージェントをしている3人は、現実では自衛団。
軍事訓練を受けた一般人。
とくに、市街戦を想定した訓練を中心に受けた一般人。
この辺りの手際は、プロには及ばないものの、心得ている。
セツナが、声を張り上げる。
「CCCだ! 動くな!」
「全員その場で立って、両手を上げなさい!」
突入したセツナとダイナで、事務所内を制圧。
終末教徒に銃を向けて、両手を上げるように命令する。
その後ろをシバと、パイルバンカーを担いだJJがついていく。
――――。
悲鳴や、動揺の声。
しかし、教徒に抵抗の意思は無いようだ。
エージェントの指示に従い、全員大人しく、その場で立って両手を上げる。
事務所全域をクリアリング。
妙な動きをしている教徒も無し。
セツナは、グレネードランチャーの銃口を、天井へと向ける。
「なんだ‥‥。ちょっとくらい、抵抗してくれてもいいのに。」
物騒なことをのたまうセツナである。
彼の発言に、教徒たちは戦々恐々。生きた心地がしない。
‥‥CCCには、頭のおかしいエージェントが居ると聞いていたが、間違いない。
それは、コイツ等だ。
3人の悪名も手伝って、教徒は従順そのもの。
ダイナが、教徒を一か所に集めるべく、誘導している。
「はいはい、みんなこっちに集まって~。
捜査が終わるまで、こっちでジッとしててね~。」
ショットガンを握る、ちんまい女性の指示に従って、教徒たちは一箇所へと集合。
事務所内に居た教徒は、10人ほど。
ボウリング場くらいの広さがある事務所で、それぞれが色々としていたようだ。
10人の中には、今日勧誘されて事務所で説明を聞いていただけの人物も紛れている。
‥‥不幸なことである。
肩にパイルバンカーを背負ったJJが、事務所内を歩く。
デカい武器で、教徒を威圧。
滅多なことは考えるなと、牽制をする。
彼の横を歩くのは、エージェント3人組のシバ。
3人の先輩として、捜査の手ほどきをしてやる。
頭を下げて、鼻をスンスン。
匂いを嗅ぐ。
人間の何倍も優れた嗅覚で、床に染み付いた匂いという情報を集める。
人間の匂い、香水の匂い、プリンターの油の匂い――。
それらに紛れて、妙な匂いが混ざっている。
スンスンしながら、歩を進める。
JJが、先輩の横をついていく。
妙な匂いの出所を探る。
民間が運営する事務所には、カタギの人間が持っていることが、不適切な匂い。
シバは、事務所にある電子金庫の前で、足を止めた。
足を止めて、JJの顔を見上げる。
シバの意図を汲み、JJは金庫の扉をノックするように叩く。
「パスワード、知ってる人は?」
セツナが見張りをしている教徒は、誰も手を挙げなかった。
知ってる人が居ないのか? しらばっくれているのか?
そんなことは、エージェントにとっては関係ない。
インベントリから、武器を取り出す。
マルチツールナイフ。
電子金庫の基盤に、ナイフを突き刺す。
「アリサさん、ハッキングを頼む。」
「8秒ください。」
マルチツールナイフは、武器としての攻撃力は低い。
しかし、オブジェクトに与えるダメージが高く、ブリーチングの適性がある。
それだけでなく、オペレーターがハッキングをするためのバックドアを仕込むこともできる。
まさに、マルチツールなナイフなのだ。
アリサの助力により、軽々セキュリティを突破。
金庫の中身が明らかとなる。
「さてさて――、中身はなんだ?」
セントラルのにゃんこ。
「‥‥‥‥。」
セントラルのにゃんこ。
そう書かれた冊子を、死んだ目で手に取る。
パラパラとめくって、視線を足元に。
シバが口角を上げて、尻尾を振っている。
耳を後ろに畳み、飛行機耳。
自分の鼻をペロリと舐めて、プンスと鼻を鳴らす。
‥‥この食パンが、何を考えているのか、JJには理解ができない。
女心と柴犬心は秋の空。
誰にだって分からない。
ダイナが、2人 (1人と1匹)して遊んでいるのを、注意する。
「JJ、今は遊んでる場合じゃ――。」
「俺か!? これ、俺が悪いのか!?」
とんだと、ばっちりである。
ここで珍しく、セツナの洞察力が発動。
肩透かしを食らっているJJとダイナとは異なり、シバの本当の意図を汲み取る。
「――いいや、違うなダイナ。」
「!?」
「よく、観察をするんだ。」
「‥‥‥‥。」
「シバのあの様子。尻尾の振り方、耳の角度、鼻を舐める仕草――。
それが意味すること、それは――。」
(もうダメそう‥‥。)
「――それはつまり、その金庫にはキャットフードがある!」
「なにーーー!?!?」
ズバリと指を差すセツナに、わざとらしく驚くのはJJ。
ダイナは額に手を当てて、天井を仰ぐ。
JJが、金庫の中を漁る。
クレジット札 (セントラルの通貨)や、帳簿に名簿、その他の書類の下に隠すように、物があった。
地元猫と仲良しになれるキャットフードに、マタタビスプレー。
終末教は、犬派なので、これは重大な背信行為である。
シバは、JJが手に取ったキャットフードをガン見。
‥‥食べる気である、猫 (チーター)のエサを。
子分の取り分は、自分の取り分でもあるらしい。
「分かった分かった。後で食べような。」
おすわりをしたまま、尻尾で床の掃き掃除をしているシバを、そうやって諭す。
シバは、テンションがブチ上がった。
おやつタイム!
これは、遊んでいる場合ではない。
さっさと仕事を片付けよう。
シバは、JJを連れて事務所内を歩く。
オフィスデスクが立ち並ぶ一角で立ち止まり、ここ掘れワンワン。
床に敷かれたカーペット。
チェック柄のカーペットの一箇所を、前足でホリホリする。
よく見ると、そこのパネルだけ、角が少し削られている。
――教徒のひとりが、懐に手を伸ばす。
ダイナが発砲。
ショットガンをぶっ放す。
懐から銃を取り出そうとした教徒は、3メートルくらい吹っ飛んで、気絶した。
シバが歩いて進んでいくたびに、瞳の動きが速くなっていた。
明らかに、エージェントの隙を伺っている動き。
ダイナはそれを目敏くマークし、彼が行動を起こしたと同時、制圧した。
セツナが、リボルバーを引き抜く。
左腿に装備している、バックアップリボルバー。
コンパクトで、威力の低いそれを、床に向かって発砲する。
口で脅かすよりも、無言でこうする方が、効果がある。
終末教徒を、ダイナとセツナが抑えているあいだに、JJは床を掘っている。
ナイフでカーペットを角をめくり上げて、剥がす。
その下には、隠し床。
床も剥がすと、中には長方形の小箱。
ティッシュ箱サイズのそれを取り出して、ナイフで南京錠を壊して開ける。
――中には、紫色の液体と、紙切れ。
スマートデバイスを取り出し、瓶詰めされた液体を、液晶画面の上に乗せる。
デバイスが成分を解析。結果を表示。
「――当たりだな。」
スマートデバイスから投影されるホロディスプレイには、サタプロフェンの表示がされていた。
◆
事務所に居た終末教徒は、全員チーターによって連行された。
事情聴取である。詳しいことは、署で聴くこととする。
事務所に残ったのは、エージェント3人と、1匹。
それと、銃を取り出そうとした教徒。
この男は、他の教徒たちとは違う。
他の教徒は、魔薬の存在を知らないようだった。
だが、この男は知っていた。
口封じのために始末されても面倒なので、この場で3人と1匹で事情聴取をすることにする。
気絶した男を、椅子に座らせ、ダイナがダクトテープでグルグル巻きにする。
湯沸室から戻ったJJが、男に水をぶっかける。
セツナは、シバにキャットフードをあげている。
子分たちにも、包に包んで渡した。
水を掛けられた男が、目を覚ます。
縛られた状態で、3人に睨まれている状況に、四の五の抜かす。
「お前たち、こんなことをして、タダで済むと思っているのか!」
ダイナが拳銃を発砲。
左腰に下げている凶器を抜いて、引き金を引く。
非殺傷弾が、男の腿に命中し、砕ける。
「ああッ! クソッ! クソッ!」
「JJ、給湯室ってどこ?」
「ここ出て右。」
「ありがとう。」
男の悲鳴など、我関せず。
ダイナはJJに給湯室の場所を教えてもらい、部屋から出て行った。
セツナは、アリサの指示を受けながら、ネットワークへのハッキングを手伝ったり、紙の書類をプリンターで片っ端から電子化して、オペレーターに送ったりしている。
残るJJは、腕を組み、男の正面に座り、尋問を始める。
「あの薬は、どこで手に入れた?」
「‥‥‥‥。」
「おたくらの目的はなんだ?」
「‥‥‥‥。」
「この薬を使って、何をするつもりだ。」
「‥‥‥‥。」
男は、何も喋らない。
こちらを睨むばかりで、口を割らない。
椅子の背もたれにもたれるJJ。
インベントリから、セントラルのにゃんこを取り出し、ペラペラと読み始める。
セントラルの地元猫を特集した写真が、ところ狭しと並んでいる。
‥‥どさくさに紛れて、ネコ耳グラビアの写真が紛れていた。
パタンと、セントラルのにゃんこを閉じる。
ゴロゴロと、台車が到着し、扉の無くなった事務所に入って来る。
台車を引くのは、ダイナ。
‥‥台車の上では、鍋が燃えている。
カセットコンロの上で、お湯が燃えている。
「んふふ――――♪」
ちんまいエージェントの、屈託の無い笑顔。
メラメラと燃える、お湯。
お玉を使い、お湯がコーヒーカップに注がれる。
男の顔が、青ざめる。
「お‥‥、おい。よせ、やめろ!
それを、どうするつもりだ!?」
「んふふ――。」
相変わらず、笑顔のままのダイナ。
燃えて煮えたぎるコーヒーカップ片手に、にじり寄る。
男の顔に熱気が迫る。
前髪が、チリチリと焦げ付く。
「さあ? これ、何に使うと思う?」
コーヒーを提供された男は、知っていることを洗いざらい話した。
コーヒーに、一度も口を付けることなく、男は解放された。
ガサ入れ1件目、終了。
終末教徒の協力によって、捜査は進展。
極秘の集会があるらしい。
今日、本来ならば、この男が参加するはずだった集会が。
場所は押さえた。
一行は、集会の場所へと、軽トラを走らせるのであった。
‥‥軽トラに乗ったシバは、テンションがブチ上がっていた。
‥‥‥‥。
‥‥。




