2.6_道と魂
JJとバイク武者、両雄横に並び睨み合う。
西にJJ、東にバイク武者という立ち合い。
サポットのハッカクが、JJに抑揚の少ない声で耳打ちする。
「規定を超えた魔力量を検知、魔導兵器の可能性あり。」
「鎧が魔導兵器?」
「否定。バイクから、高濃度の魔力放出を確認。」
「――。武士には、相応の戦馬という訳か。」
JJは火薬武器を手に取り出す。
火薬刀、その名の通り、火薬の力を使える日本刀。
刀の鞘に火薬を扱うカラクリが備わっており、火薬の爆発力で居合斬りを放つことができる。
カラクリの構造は、鞘にリボルバーのシリンダー。
居合の邪魔にならぬよう、小口径のシリンダーが付いており、撃鉄を起こしたりシリンダーを回転させるためのコッキングレバーが備わっている。
それから、撃鉄を下げて火薬を爆発させる引き金。
シリンダー、コッキングレバー、トリガー。
この3つが、鞘を覆うように、居合の妨げにならないように装着されている。
カラクリが駆動する射撃機構は、リボルビングレバーアクションとでも形容できようか。
ガンマニアが聞けば、頭を抱えるか、涎を垂らすか? 反応が両極別れる銘品であり迷品である。
JJは当然、涎を垂らす方である。
左腰に納刀された火薬刀を置いて構える。
刀を差すための帯が無いので、刀を佩くことはできないが、結局のところ、この位置が一番居合をしやすい。
対するバイク武者、これを見て、自身も刀を取り出す。
どこからともなく大太刀を取り出して鞘を抜き放てば、のんべんだらりと管を巻く、鬼さえ酔いが覚めようか。
長巻と呼ぶそれ、刃渡り4尺(約120cm)はくだらない。
遠呂智の首さえ落としそうな銀鉛、青い空の血を吸って、ふいおんと風を裂く。
長巻四尺・長弓四町(約400m)、携えて武士を名乗りたるは、これ剛腕豪傑の証。
鉄の馬に跨り、長巻振るう姿は、まさに現代に蘇った侍。
迎え撃つJJ、生まれは古い武家の出、武芸には少し覚えがある。
先達の胸を借りるつもりで、ぶつかり稽古といざ候――。
今、火蓋が切られた。
JJが先行、先手必勝と鞘に込めた刀を、火薬の爆炎を伴って抜き放つ。
爆炎の発生によって攻撃の加害範囲が増え、相対する長巻とのリーチ差を補う。
バイク武者は、これを重心とハンドルを横に倒して回避。
初見で火薬のカラクリを見抜いて躱される。
今回は、大きく避けたが、次は間合いを見切られて、最低限の動きで躱されるだろう。
バイク武者が詰め寄って来る。
火薬刀を鞘に戻す。コッキングレバーを引いて、次弾の装填をする。
長巻の上段斬り。
火薬刀を、杖や棍のように扱い、両腕を使い上段斬りを受け止める。
JJのバイクがふらつく、ハッカクがバランスを取り、少し彼我の距離が開いた。
バイク武者は、刃渡り4尺に対して3尺(約90cm)はあろう柄を操って、長巻を薙刀のように振るって演武をしてみせる。
柄と刃がこれだけ長ければ、なるほど馬上で扱うには不足ない。
バイク武者、二度上段振り。
今度は、長巻を背中の方まで寝かせて打つ、大上段。
先の攻防にて、間合いと馬力を制しているのはこちらだと判断した。
ゆえに、剛よくの理合いでもって、将を馬から引きづり下ろす。
剛よくの大上段は、たいそう馬には堪えるだろう。
大上段の間合いへと、バイク武者が詰める。
「させるかッ!」
身体ひとつ分、JJが大上段の間合いへと身体と二輪の馬を押し込んだ。
火薬刀が火を噴く。
鎧武者の大上段が振るわれて、その籠手を切るように火薬と爆発で煤ける刃を滑らせる。
小手斬りと呼ばれる、日本の剣技において広く見られる技。
日本武術の体捌きは、攻防一体。それを象徴する型であり技。
ビデオゲームとは違うのだ。刀とは、別に振るわなくても、当たっただけで骨身を切り裂くのだ。
ならば、相手の振るった腕の先に刃先を置いてやれば、小手を切るくらい容易い。
爆炎が、大上段をすり抜けて、小手を切ろうと迫る。
しかし、バイク武者も一筋縄ではいかない。
手練れ通しの戦いは、狐と狸の化かし合い。
後の先、先の後と、其方がそうすれば、此方はこう。
変幻自在に刀を操って、間合いを盗んでいくのだ。
バイク武者は、左の背中の力を抜く。
拮抗筋のバランスが崩れて、左胸が丸まる。
それによって、刃先の軌道が変化。
大上段を振りかぶっていたにも関わらず、刃先は袈裟斬りの軌道となって、JJの小手斬りをすり抜けて、長巻の一撃が迫る。
日本の古文書に記載だけが残る、稲妻のように速く、刃をすり抜ける一太刀。
伝承にわずかに存在を残す、名も現代では忘れ去られた技。
先人の技と血で編み上げた一撃が、JJに迫る。
ハッカクがバイクを操り、スロットルを開ける。
前輪が浮き、バイクを前に押し出して、袈裟斬りから逃れようとする。
完全には逃れきれず、テールランプの部分が切り裂かれた。
「――ッ!!」
テールランプが斬られた衝撃で、バイクの前輪が着地すると同時に、前輪とハンドルが暴れ出す。
タンクスラッパー。シミー現象と呼ばれる、バイクの制御が効かなくなる現象である。
バイク乗りが最も恐れる現象で、多くのバイカーを怪我や死に追いやる現象。
暴れるバイクを静める。
下手にブレーキを踏むと、タンクスラッパーは悪化する。
グリップを緩めて、前傾姿勢となり、車体の前に重心が来るようにする。
暴れていたハンドルは落ち着きを取り戻し、なんとか小康状態となる。
安心するのはまだ早い、馬をなだめていたため手薄となった背中に、バイク武者が水平斬りの構えを取ってJJを追いかける。
バイク武者の跨る馬が嘶く。
青い粒子を纏わせながら、猪のように加速して突進してくる。
魔導兵器は、魔法は物理法則を無視する。
エンジンの限界を越えて、一気に前をよれて走るバイクを間合いに捉えようとする。
JJを、腰から両断するつもりのようだ。
急いで、火薬刀のコッキングレバーを操作して、次弾の装填。
バイクを操り、少し横に移動しながら、トリガーを引く。
「飛燕衝!」
アサルトゲージを使用し、強化されたAG版スキルの ≪飛燕衝≫ が発動する。
通常版の飛燕衝は、弾を一発消費して、刀身から時間差で起爆する粉塵を巻くスキル。
そのAG版は、粉塵が即爆発するようになる。
抜き放たれた刀身から、緋桜が舞い散るように、紅い粉塵が刀の軌跡をなぞるように飛来して、起爆する。
パッシブ「単純な製法」の効果で飛距離が伸びた飛燕衝の一撃は、背中を追いかけるバイク武者を追い払った。
コッキングレバーを引く。
残り3発。
バイク武者がJJの横にあっさりと追いつき、これで仕切り直し――。
そう思いきや、ここで一騎打ちに乱入者が現れる。
脇道から車が数台出てきて、二雄の進路を封鎖。
車をバリケードの代わりに使って、道を塞いだ。
車からチンピラが降りて来て、2人に銃撃を食らわせる。
悪党同士で、賞金の奪い合いをしているようだ。
「――チッ! 良いところだってのに!」
JJは銃撃を、アサルトシールドで防ぐ。
アサルトゲージを消費して、体力の消耗を抑える方向で動く。
バイク武者は、シールドを使わず、頭を前に下げる。
頭に被った兜が盾となって、銃弾を防いでいる。
そこに更なる乱入者、空から中型の戦闘ドローン。
ヘリコプターよりも、一回り小さいくらいのドローンが現れて、バリケードにしている車の上空からミサイルをバラ撒く。
ミサイルは、アサルトシールドでは完全に防げない。
ガードクラッシュ属性が付与されており、削りダメージが発生してしまう。
バイクを操り、JJとバイク武者は、ミサイルの嵐を捌いていく。
最中、一瞬だけ両雄の目が合った。
バイクを走らせる。
バリケードがどんどん近づいて来る。
近づくにつれて、バイクのスピードをグングン上げる。
ここで、バイク武者が仕掛けて来た。
三度上段斬り。それを鞘に納めた火薬刀で受け止める。
バイクを詰め寄らせ、車体同士をぶつける。
刀と刀、鉄の馬と鉄の馬で、鍔迫り合いをする。
頭上で受け止めた長巻を、横にいなす。
長巻を上から押さえつけて、刀を封じる。
馬の距離が更に近づく。
二雄、これに動じず、肩と頭をぶつけ、身体をも使って鍔迫り合いを始める。
人馬一体、剣身一体。
人・刀・馬。 心・技・体。
三位一体となって、互いの道がぶつかる。
交わった道は、交錯する魂は、結局勝負がつかず。
力に耐えかねた馬が、互いを弾き飛ばす。
――バリケードが、目前に迫っていた。
もう、ブレーキを踏んでも間に合わない。
アサルトダッシュを使用!
闘志が鉄の馬に宿り、一時の魂を得る。
手綱を上に持ち上げる。
二雄の跨る馬は、主の意思に応えるように、その巨体を空へと駆り出した。
バイクに乗った状態でアサルトダッシュをすると、バイクに乗ったままジャンプすることができる。
空を駆ける脚となった鉄の馬は、バリケードを悠々と飛び越えて、空の支配者を気取る、戦闘ドローンまでたどり着く。
――火薬の爆炎と、遠呂智の首を落とす剛腕が振るわれた。
戦闘ドローンを左右から、互いの刀でもって横薙ぎに切り裂いて行く。
鉄の体をもろともせずに、刀は空の支配者を一刀にして撫で切った。
支配者は権力たる翼を失い、地に堕ちていく。
堕ちて、地上のバリケードや無法者をまとめて、爆発に巻き込んだ。
空を駆けた馬が地上に足をつける。
JJは、そのまま着地と同時にブレーキで馬を落ち着かせ、バイク武者はしばらく進んだ所で停止した。
向かい合い、相対する形となった。
互いに考えることは同じ。
このまま千日手を打っていては、野次馬に茶化されてしまう。
真剣勝負に横やりが入るのは、本意ではない。
JJが、鞘に込められた火薬刀を前に出し、口上を上げる。
「ケリ、つけようぜ‥‥!」
バイク武者の馬がひと啼きして、口上を受け入れる。
JJは、コッキングレバーを引く。
2回引くと、鞘のシリンダーが自動でイジェクトされた。
コッキングレバーを6回引くと、自動でシリンダーごと排莢されるカラクリになっている。
火薬が空になった火薬刀を、左腰に。
スキルに依るでも、クラスに依るでも無く、純粋な技量でもって、この好敵手を超える。
二頭の馬が走り出す。
速度を上げ、瞬く間に時速100kmの世界へと到達する。
バイク武者は大上段。
愚直で愚鈍な選択は、積み上げた鍛錬と武勇の証。
凡人が及ばぬほどの積み重ねこそが、技に威風堂々と命の息吹を芽吹かせる。
JJはあくまでも居合の構え。
死合いで刀を鞘に納める愚か者は、死んで然るべき。
しかし、彼もまた、愚直で愚鈍な鍛錬を積んだ者。
だからこそ、驕りとも呼べる行為は、道のぶつかり合いにおいて、正当化される。
大上段が、敵将を馬ごと薙ぎ払わんと、間合いを計る。
鞘に込められた刀は、身体の少し前に出た。
胸の前あたりに構えられる。
決着は近い。
道と道が交差する。
互いの白刃が、音も無く交差して、二雄は袂を分かった。
――先に膝を着いたのは、JJだった。
馬から振り落とされて、地面を不格好に転がっていく。
毛頭、勝つつもりでいたのだから、受け身の用心なんて、しているべくもない。
転がって、スーツの一張羅を砂で汚しながら、地べたを這いずり転がった。
彼の横で馬も倒れ、黒い煙と赤い炎を上げる。
勝負の行方は一目瞭然だった。
◆
バイク武者が、自身の腹を触る。
‥‥触った手には、べったりと赤い血糊がついていた。
甲冑の面頬から、血が噴き出る。
「‥‥‥‥天晴れ。」
鎧武者は倒れ、主を失った馬は、魔力を制御する術を失い爆発四散した。
JJは、空に仰向けとなり、大の字になる。
安堵の、大きな溜め息。
間合いを盗む、居合の妙理。
居合とは、そもそも不測の不意打ちに対応するべく生まれた技である。
不利な状態から、それを覆すための技。
剛よく、数の利、地の利。
単純な力を、覆すために練られたのが、柔よくであり技なのだ。
ゆえに、居合の道には、日本武術の真髄が随所に隠されており、鍛錬の手法として好まれている。
JJは、火薬刀を胸の前に出していたのではない。
火薬刀の後ろに、体幹を退げていたのだ。
どだい日本刀とは、体幹を使って振るう物である。
鞘からの抜刀も、身体を割る動きが出来ないと、腕の長さだけでは白刃を抜くに足りない。
だからこそ、身体の中心部分を割る感覚が培われる。
これを用いれば、相手の間合いに対する感覚を、錯覚させることができる。
すなわち、体幹を後ろに引いて、待つ。
必然、相手は引かれた分だけ、深く踏み込む必要がある。
そこに、後の先の理合い。
引いた体幹を、今度は極限まで前にだす。
鞘を引くように、刀を前に押し出すように身体を割り、刀の間合いを最大とする。
引いた上体と、前に出た上体。
この落差によって、JJは長巻4尺の間合いを盗み、見事、横一文字に一太刀を浴びせたのである。
死合いの勝負は一瞬。
例え過程で押されていようが、一瞬でも相手に技量で上回り、必殺を成した方が勝者となる。
達人とは、武に愛されるとは、突き詰めると天命に恵まれた者を指すのかも知れない。
◆
決着の余韻と、名残惜しさを、四肢で感じるJJ。
そこに、やっぱり無法者がやってくる。
漢の一騎打ちを解さない、無粋な連中だ。
無粋な連中は、JJの前にぞろぞろと集まってくる。
JJは、それでも立ち上がろうとしない。
もう少し、余韻を噛みしめておきたい。
無抵抗のJJに銃口がいくつも向けられる。
「エレメンタルコア――、ファイヤーボール――。」
聞き慣れた、相棒の声がする。
EXスキルを発動させながら、川を駆けあがって、無粋者たちの上を取った。
スキルの力を引き出す、コア・レンズ。
エレメンタルコアは、スキルの”属性”を強化する。
――エレメンタルコア × ファイヤーボール = ‥‥‥‥。
「プロミネンスフレア!!」
セツナの右手に、彼の上半身はあろうという巨大な火球が生成される。
太陽の如き熱の塊は、流れ星が落ちるかのように無粋者たちの集団を、ことごとく焼き払った。
火球は地面に着弾後、爆風を起こし、地面に延焼を残している。
広範囲の爆風に晒されて、無粋者は一網打尽にされた。
‥‥かろうじて、1人生き残りが居た。
何が起きたのか理解できずに、立ち上げってキョロキョロしている。
そんな彼の肩が、横からトントンと叩かれる。
反射的に振り返る。
振り返った先には、セツナが拳を構えていた。
――――。
――。
「ナイスファイト。」
「セツナも、無事で何より。」
セツナが左手を貸し、JJが彼の手を借りて立ち上がった。
立ち上がり、身体についた砂を払う。
それを、セツナも手伝う。
‥‥セツナが濡れた手で触わるものだから、砂が固まって落ちなくなってしまった。
時間が経てば、汚れは勝手に落ちるので問題ないが、この辺りが、セツナがセツナたる所以である。
そんなトラブルヒーローが、今後の作戦について、提案する。
「ひとつ‥‥、提案があるんだけれど。」
JJは、聞く態勢に入る。
「お散歩しながら時計塔にいかない? 車やバイクは無しで。」
2人は、やや日が傾いてきた、レンガと木組みの街を歩きだす。
川から離れて、住宅や商店が立ち並ぶ道に入っていく。
人生の無駄を楽しめる、それもまたロマン。
くさくさと動きの無い水は、淀んでしまう。
せかせかと動きの速い水は、扱いに困る。
カッパは河で流されるし、サルは木から落ちるくらいが、愚茶愚茶石火々々せずに丁度良い。
男2人の旅も、少し寄り道するくらいが丁度良い。