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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
7.5章_恐怖! 恐怖のクリスマスシャーク!

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SS13.04_悪魔と魔女

「刹那‥‥。優しくしてくださいね‥‥。

 私、初めてなんです。」


「‥‥‥‥。」


「あっ――。上手、上手ですよ刹那。

 そこ、すごくイイです。」


「やめなさいって!?」



刹那とアイの、クリスマスデート。

割れ鍋に綴じ蓋カップルは、急遽お泊り会を開催。


晩御飯を食べて、チキンとケーキ。

――それと、ちょっとだけお酒。


オリチャーお泊り会を、存分に満喫して、そろそろ良い子は眠る時間。


2人ともお風呂を終えて、パジャマ姿のアイが、お風呂から出てきたところ。

お風呂上がりの彼女が、刹那に手渡したのは、ドライヤーとヘアブラシ。


髪を乾かして欲しいらしい。

恋人同士のスキンシップということで、刹那も了承。


温風の温度を、手の平で確認して、風を当てる距離の感覚を掴む。

リビングのソファに座るアイの髪を乾かしていく。


アイが、誤解を招くような言葉で揶揄ってくるが、それを聞き流しつつ、前髪に風を当てていく。



「髪、長いから、毎日大変じゃない?」


「そうですね。でも、慣れると楽しいですよ。

 マッサージみたいで、気持ちいいんです。」


「そっか。」



アイは髪を、腰まで伸ばしている。

女性でも、長く伸ばしている方だ。


全部乾かすのには、10分くらい掛かるだろうか?


刹那の髪は、スポーツの邪魔にならないほどの長さしかない。

それでも、伸びてくると乾かすのが面倒に感じるのだ。


ロングヘアの手入れを毎日するなんて、ちょっと想像したくない。


‥‥その割には、風の当て方に小慣れている刹那である。


温風を一か所に当て過ぎず、髪の上から下に風を当てて、髪にダメージが入らないように配慮をしている。


もちろん、自分の髪にそんなことはしない。

適当にバーッてやって、タオルでゴシゴシして終わりである。


しかし、女性の髪となれば、話しは別。

髪は女の命と言うし、実際アイの髪は綺麗なので、玉のように扱う。


アイは目を細めて、刹那のドライヤーを受けている。



「なんだか、手慣れていますね。」


「小さい頃、ハルの髪を乾かしてたからね。

 昔から、やんちゃだったから、捕まえてドライヤーしてた。」


「ふふ。良いお兄ちゃんですね。」


「大変だったけどね。

 最初の頃は、母さんに監督されながらやってたから。

 あれが違うとか、これが違うとかね。」


「あらあら。」



一時期、両親の横で、兄妹がドライヤーを当てるという、不思議な光景が広がっていた。

あれも今思えば、異様なな光景だった。



「でも、おかげでこうやって、アイの髪を乾かせてるから、結果としては役に立った。」


「人にドライヤーを当ててもらうのって、気持ちいいですからね。

 耳かきをされてるみたいな気持ち良さです。」


「それは、少し分かる気がする。」



自分で自分の髪を乾かす、耳かきをする。

それを、人にやってもらうと、心地よさがまるで違う。


肌が感じる感覚が、まったくの別物だ。

人にやってもらった方が、なぜだか心地よく感じる。


自分の身体なのだから、自分が一番上手くできるはずなのに、なぜだか、人にやってもらった方が心地よい。


人にしてもらう時の、あの、少しだけこそばゆい感覚。

あれが、心地よさと、気持ち良さの正体なのかもしれない。


犬や猫が、撫でられてうっとりするのも、分かるような気がするのだ。



「風、当てて欲しいところがあったら、言ってね。」


「は~い。」



そう言いながら、刹那はアイの後ろへ移動。

後ろから風を当てて、乾かしていく。


髪の根元から乾かしていき、風で髪を揺らすようにドライヤーを当てる。

髪を揺らし、奥の髪まで風を当てて乾かしていく。


髪の中間までそうやっていったら、適宜、ヘアブラシを使って髪を整えていく。


オイルのトリートメントがされた髪に、スッと櫛が入って、摩擦を感じさせずに通っていく。

ふわりと、フローラルな香りが漂う。


刹那と違うシャンプーなどを使っているので、香りがより強く感じられる。



‥‥ちなみに、2人はこれが、初デートである。

初デートで、お泊り会をして、お風呂上がりの髪を乾かす。


一般的に見れば、ずいぶんと踏み込んだことをしているし、ずいぶんと手順をすっ飛ばしている。


が、刹那もアイも、この状況にあまり違和感を覚えていない。

少々の照れや初々しさはあるものの、自然体だ。


一種の吊り橋効果だ。


日本を襲った、テロリスト有事。

その事件において、2人は互いに命を助けられ、助けた仲だ。


2人で苦難を乗り切り、あまつさえ、2人は男女の仲となった。


戦友で恋人。

特別な絆が生まれるには充分だ。


歪な非日常によって、彼・彼女の清い関係は、一足飛びに進んでいる。



髪は、だいたい乾いた。

温風から、通常の風に切り替えて、仕上げに掛かる。


アイは、気持ちよさそうな顔で、うっとりとしている。


さっきから、されるがままのアイに、刹那はイタズラ心が芽生えるが‥‥、心に除草剤を巻いて駆逐する。


目を瞑っているアイが、リラックスした様子で口を開く。



「なんだか‥‥、生まれてきた頃を思い出します。

 姉に、こうやって髪をといてもらっていたんです。」


「アイに、お姉さんがいるのは、初めて聞いたね。」


「私は、秘密の多い女ですから。

 でも、刹那には教えちゃいます。

 私は、3人姉妹なんです。」


「アイは次女? それとも三女?」


「当ててみてください。」


「次女。」


「ぶっぶ~。‥‥ってあれ? 正解です。」



顔の前で、指でバッテンを作っていたアイ。

けれども、彼女の期待を裏切って、刹那は正解を言い当てた。



「ハルとの接し方が、何となく、年下の相手に慣れているような感じだった。」


「おおー。よく見てますねぇ~。

 ハルちゃんのこと、大好きですねぇ~。

 そ・れ・と・も! アイちゃんのことが大好きなんですかぁ~?」



ヘアブラシチョップ。

過ぎた口に、お仕置き。



「いたい!?」


「はい。ドライヤー終わり。

 乾いたよ。」


「じゃあ次は、ヘッドマッサージをお願いします。

 私の髪に、合法的に触らせてあげます。

 感謝してくれても良いですよ。」


「じゃあ遠慮なく。」


「え? ふわぁ~~~~――――!」



刹那は、ダイナ直伝の、ヘッドマッサージを披露した。


ダイナ曰く、女性アバターの皮膚は、男性アバターのそれよりも、薄く設定されているらしい。

なので、現実の感覚で力を入れたり、刺激を与えると、痛みを覚えることがあるらしい。


逆に、女性が男性アバターを使うと、感覚が鈍くなり、それでギャップを感じることがあるらしい。

電脳の世界は、奥が深い。



「肩甲骨はがしとかも、気持ちいいよ。」


「あぁ‥‥! そこは――っ!!」



JJ直伝の、肩甲骨はがしも披露。


彼は、いつもの3人の中でも、ゴリゴリのスポーツマンだし、肉体派。

武道を修めていることもあり、肉体のケアの方法も数多く知っている。


JJ曰く、自分で中々ケアができない部分が、肩甲骨。

正確には、肩甲骨の奥にある筋肉。


肩は心身の緊張が現れやすく、凝りやすい。

そのくせ、自力では解しにくい。


肩甲骨を軽く押されるだけでも、肩甲骨と肩甲骨のあいだに、指を添えられるだけでも、かなり気持ちいい。


思わず、猫が首元を撫でられた時みたく、ゴロゴロしてしまうほどに気持ちいい。



アイは、ヘッドマッサージと肩甲骨マッサージの虜となり、溶けた。

その後お礼として、刹那もヘッドマッサージをしてもらった。


お泊りセットからアロマオイルを取り出して、2人で香りも楽しみつつ、至福の時を過ごした。



‥‥‥‥。

‥‥。



「それじゃあ、お休みなさい。」

「はい、お休みなさい。」



気付けば、日付が変わっていた。

戯れるのはこの辺にしておいて、就寝の時間。


刹那は自室に戻り、アイは客間で1泊。

リビングで別れて、それぞれの部屋に。


自室に入り、ベッドに入り、目を瞑る。



(クリスマスプレゼント。渡しそびれちゃったな。)



本当は、アイを見送る時に渡そうと思っていたのだが‥‥、まさかのオリチャーお泊り会で、タイミングを逃してしまった。


また明日、渡そうと考えて、温かいベッドに身を委ねる。

羊が1匹、羊が2匹と、彼に睡魔をもたらし、眠りの世界へと――――。



(寝れない! 全ッ然! 寝れない!!)



羊の睡魔を振り切って、まだまだ刹那は元気いっぱい。

そして、ため息。


一日中デートをしたのに、まだ、体力は有り余っている。

普通なら、心地よい疲労感と充実感によって、10分も経たずに眠りにつけるだろう。


‥‥‥‥。

だが、今の刹那には、その普通さえ――――。



――コンコン。



自室のドアをノックする音。

ベッドから身を起こし、ドアを開ける。


そこには、アイの姿があった。

豆電球が照らすリビングに、筒形のナイトキャップで髪を覆うアイが立っている。



「あの――。刹那の部屋で、一緒に寝てもいいですか?」

「‥‥‥‥。」



黙って、扉を閉めようとする刹那。

動きを読んでいたかのように、扉を掴むアイ。


‥‥‥‥。

力が、力が強い。



「お邪魔しますね。」



アイが、客間の布団を持って、押し入って来た。





客間は、畳の部屋となっている。

刹那の部屋は、フローリング。


フローリングの上に、布団だけだと少々固い。


そこで、緩衝用のマットを敷いて、その上布団を敷く。

野郎どもの用の、フローリングマットが、まさかの活躍。


気を取り直して、いざ就寝。

フローリングマットの柔らかさに、アイはご満悦。



「ほうほう、良い物があるじゃないですか。」


「‥‥‥‥。」


「いや~、こんなに可愛い彼女と、一緒の部屋で寝るなんて!

 今日は眠れませんね~。

 きゃ~~~。」


「‥‥、お休み。」


「‥‥‥‥。」



刹那はマジマジとアイを見たあと、布団に潜り込み、彼女に背を向けた。

アイも横になり、布団を被る。


‥‥‥‥。



「‥‥刹那。」

「‥‥なに?」


「少し、お喋りをしませんか?

 そのままでいいので。」



アイの口調が、真面目なものとなった。

刹那からは見えていないが、表情も真面目そのものだ。


話しがあるのだろう。

真剣で真面目な。



「――良かったです。食欲は、落ち着いたようですね。」


「あの時は、研究所の皆さんには、迷惑を掛けちゃったね。」


「気にしないでください。

 そもそも、我々が、あなたをそうしたような物なんですから。」


「迷惑に思って無いのなら、良かった。」


「どうですか? その後の暮らしは?」


「見ての通り、健康そのものだよ。」


「‥‥‥‥。その言葉、ダウトです。」


「‥‥‥‥。」



刹那が悪魔として目覚めてから、10日あまり。

その間、色々とあった。


瀕死の重傷から、たった3日で回復。

その後、退院と同時に、ヘリコプターで東京の研究所へ。


アイと、アイの父親のひとり、遠藤が居る研究所へと、彼は連れてこられた。


事情を知る遠藤の研究所で、刹那の検査をするとのことだった。


検査の前に刹那は、遠藤から真実を聞かされた。

アイとの出会い、遠藤の企み、月の女神の存在。


到底、信じられることができない、受け入れることができない真実の数々。


それを聞かされた刹那が感じたのは――、耐え難い飢餓感だった。

遠藤の話しを聞いている途中で、刹那は飢えを我慢できなくなった。


話しを中断し、食べ物を用意してもらった。


そこからは、夢中で食い物を貪った。


食べても食べても、飢餓は満たされない。

腹は、膨れない。


胃の中には物理的に入らない量の食べ物が、簡単に喉を通ってしまう。

それなのに、腹は一向に満たされない。


空腹と、飢餓は違うのだと、妙に冴えわたった脳が感じていたのを覚えている。


腹が空くのと、飢えるのは違うのだ。

日本では、日本人では、感じることもないだろうが。


飢えとは、感覚としては、喉の渇きに近い。

身体が干上がっていく、痩せていく感覚だ。


呼吸は浅くなり、脈拍は上がる。

軽い脱水症状のような症状が出る。


それを越えれば、精神が衰弱し始めて、思考能力が低下する。

軽度の飢餓から、重度の飢餓に変わっていく。



病院を退院した刹那は、この飢餓に苦しみ、苛まれることとなる。


遠藤の見立てでは、身体が魔力に適応をするために、大量のエネルギーを必要としているのだろう、とのことだった。


瀕死の重傷が治癒したことにより、本格的に身体の構造が変化し始めた。

そういう、理屈であるらしい。


魔力とは、ネクストと同様、物理空間の高次の次元に存在するエネルギー。

高い次元にパスを開き、アクセスするために、大量の物理的なエネルギーを消費している。


それが、強烈な飢餓という症状で現れている。


実際、彼が食物を食べれば食べるほど、ネクスト由来ではない情報エネルギーの増加が確認されていた。


現在、刹那が目覚めた力は、仮称として「魔法」とか「魔力」と呼ばれている。


まだまだ謎が多く、実験と検証を要するが、力の性質に対する研究が進めば、その正体も明らかになるだろう。


――と、科学者はそう思っている。

未知への恐怖よりも、未知への好奇心が勝る、遠藤の同胞たちはそう思っている。


だが、刹那はその限りではない。


魔法や魔力という、架空の存在だった力を手に入れた。

それに対する、期待や高揚もあっただろう。


未知の可能性に、まだ見ぬ力に、新たな地平への冒険に。

子どものように無邪気に、胸を高鳴らせもしただろう。



しかし。

それでも‥‥。それでもだ。


アイは、刹那の方は向かず、天井を見上げている。

灯りの無い天井を眺め、ポツリポツリと話しかける。



「夜、ちゃんと眠れてますか?」

「‥‥‥‥。」


「怖い夢を、見ていませんか?」

「‥‥‥‥。」


「教えてください。何となく、分かるのです。

 機械でも、人間でもない私だからこそ、分かるのです。」


「‥‥‥‥っ。」



少しだけ、刹那の肩が、震えた気がした。

彼は、アイに背中を向けたままだ。



「眠れなくて、目を瞑ったまま、考えることがあるんだ‥‥。

 朝、目が覚めたら、自分は、化け物になってるんじゃないかって‥‥。」


「‥‥‥‥。」



今度は、アイが静かに黙し、刹那の言葉に耳を傾ける。



「この身体は、もう人間のそれじゃない。

 本当は、自分はあの夜に死んでいて‥‥、いま生きている自分は、記憶を引き継いだだけの怪物なんじゃないかって‥‥。」



「それを否定したくて、家族や友達に拒まれるのが怖くて――。

 自分らしいことをしてみるけど‥‥。オレは‥‥‥‥っ。


 人だって殺したのに、殺人をしたのに――!

 なのに、そんなことはどうでもいいと思ってて‥‥、心が、そんな――ッッ。」



懺悔をするように、うわ言のように漏れる、刹那の本音。


彼は、苦悩を抱えていたのだ。


自分が、人間では無くなってしまった喪失感。

理解されぬ、理解されてはならぬ喪失を抱えたことによる、疎外感や孤独感。


そして、未来への大きな不安。

異常な食欲が、今度はどう発現するのかすら分からない。


食べて腹が膨れるならそれでいい。

だが、今度は、血を見たいと思ってしまったら?


抑えきれないほどの殺人衝動や、破壊衝動が芽生えてしまったら?


自分の手で、自分の大切なものを壊してしまったら。


妹の恐怖する顔、両親の静止する声。

虚ろな目でこちらを見る友人。


殺人鬼と化した怪物を糾弾しようと、殺そうと動く、社会や無辜(むこ)の民間人。

彼らの非難、殺意。



心に広がる闇から逃げるように、刹那は日常に閉じこもった。

久遠 刹那という、自分を守るために。


日常に染まり、自分は怪物ではないと、そう言い聞かせるために。


自分は、また何かを間違えれば、あの夜みたいに‥‥。

我欲のまま、破壊を振りまく怪物になってしまう。


畜生にすらもとる、テロリストどもよりも醜悪な、怪物に。



「昔、アイには無責任なことを言ってしまった。

 人間でいられない孤独感と、人を騙す罪悪感が、こんなに苦しいなんて‥‥‥‥!

 オレは――。」


「そこまでですよ、刹那。」



布団から起き上がったアイが、ナイトキャップを外す。

美しい髪が、刹那に整えてもらった髪が、しゃなりと枝垂れる(しだれる)


立ち上がり、刹那に触れる。

強張った彼の肩に手を置いて、耳元に顔を近づける。


彼女の長い髪が、刹那に抱きつくように流れていく。



「刹那。聞いてください。

 私は、ズルくて悪い女ですから、実のところ、うれしかったんです。

 あなたが、人間では無くなってしまったことが。」


「ああ、やっと――。

 私たちの理解者が、人類から現れたのだと、うれしくなったんです。

 しかも、その理解者が、私の大好きな人。」


「幸せでした。

 もう、まるで――。悪魔の召喚に成功した、魔女の気分です。」


「孤独感、疎外感、罪悪感――。

 私の痛みを、あなただけが知ってくれている。

 私の苦しみを、あなただけが理解してくれている。」


「今だって、そのことが聞けて、とてもうれしい。

 あなたの心に開いた傷口が、そこから流れる痛みが、愛おしい。」



2人の距離は、吐息が触れてしまう距離。

アイは、刹那の耳元で、言葉を送り続ける。



「――ですから、今度は私が、あなたを救います。

 かつて、あなたが私にそうしてくれたように。」



1人分のベッドに、アイが入り込む。

刹那の背中に身を寄せ、抱きつき、密着する。



「‥‥ねえ? 聞こえていますか? 刹那。

 私の心臓、ドキドキしています。


 大好きな人に好かれるために、大胆な行動をして、ドキドキしています。


 この私の心臓を、作り物の心臓を、そこに刻まれた呪縛を、そこを流れる呪いを――。

 あなたは、そんなの関係ないと、軽い調子で蹴っ飛ばしてくれたのです。


 分かりますか?

 私にとっての大問題は、あなたにとっては、ちっぽけな問題だったのです。

 

 だから、おんなじです。

 あなたに、例え刹那に、悪魔の血が流れていても、刹那は刹那です。


 私を孤独から救ってくれた、私の大好きな人。

 ――私の、ヒーロー。」



刹那の肩から、力が抜けていく。

小さな震えが、止まっていく。



「アイ‥‥。もう少し‥‥、このまま‥‥。」


「はい。今日はこのまま、眠ってしまいましょう。2人で。」



アイが言葉に、刹那の寝息が返ってくる。


想像以上に、張り詰めていたようだ。

緊張の糸が緩んで、溜めに溜め込んだ睡魔に連れて行かれてしまった。


今ごろ、牧舎に詰め込んでいた羊たちの怒涛に飲まれて、夢の中だろう。



アイもアイで、なんだか眠くなってきた。

安心して、緊張の糸が切れた。


もう、だいじょうぶ。

刹那なら、だいじょうぶ。


彼ならきっと、力と正しく向き合い、使ってくれる。

なぜなら、彼はヒーローだから。



「おやすみなさい‥‥。刹那。」



まどろみ、目を閉じ、2人は同じベッドで、夜を明かした。





――翌朝。



「う‥‥、う~~~ん。」



久しぶりによく眠れた。

睡眠導入剤なんて丸で効かなかった不眠症が、ウソのようだ。


アイには、感謝してもしきれない。


心が軽くなった。

とても、とっても。


カーテンの奥から差し込む朝日に、瞼を開ける。

夜を明けさせた光が、瞳に差し込んでくる。



「――で、何をしてるの?」


「え~。刹那が言ったんじゃないですか~。

 ”今夜は、寝かさないぜ! ベイビー!” って。」


「言ってませんけど?」


「まあまあ、細かいことはイイじゃありませんか? ね?」



‥‥正直に言うと、朝は息苦しくて目が覚めた。

なんか、胸の方を締め付けるような、締め上げられるような息苦しさによって、目が覚めた。


目を開けると、アイに抱き枕にされていた。



「これでも気を使ったんですよ?

 昨日の今日で、朝、私が居なかったら、刹那が寂しくて泣きだしちゃうかも知れないじゃないですか。」


「‥‥‥‥。」



一緒に居て欲しいと言った手前、非難ができない。



「だから、朝ごはんを作る女子力アピールを我慢して、起きるのを待ってたんですよ?

 私の彼氏ったら、果報者ですね。」



アイのおでこに、軽くデコピン。



「いたい!?」



おでこを押さえて転がるアイ。

1人分のベッドで転がるから、転げ落ちるアイ。



「とぉ~!」



刹那の手を引っ張り、自分の代わりに刹那をベッドから転がり落とすアイ。


刹那が布団に背中から落ちて、アイがゆっくりとベッドから転がり落ちて、刹那のに乗る。


――本日も、2人は仲良し。

――今日も、2人はバカップル。



「さぁ刹那! 身支度を整えて、お出掛けに行きましょう!」


「――え?」


「ふふふ。刹那は知らないと思いますけど、クリスマスって、2日間あるんですよ。」


「‥‥え?」


「さあ出掛けましょう。

 今日は、そうですねぇ――。

 バスケットか何か、スポーツがしたいです。

 私に、カッコイイ所を見せてください!」



なんだか、自分が今まで悩んでいたのが、馬鹿らしく思えてきた。


孤独感、疎外感、罪悪感――。

失ってしまったものもある。


もう、元に戻らないものだってある。


だけど、変わらないものだってある。

手にしたものだって、ある。



そして――。

自分の手を、取ってくれる人がいる。


すべてを知り、それでもなお――、それだからこそ、分かり合えた人がいる。


それだけで。

たった1人の、温かい手が自分を受け入れてくれるだけで、こんなにも‥‥‥‥。



「朝は、どこかでモーニングでも食べる?

 甘いコーヒーと、フレンチトーストが食べられるお店がある。 


 お昼は、ラーメンかつけ麺。

 どっちも、美味しい行きつけがあるよ。」








7.5章_恐怖! 恐怖のクリスマスシャーク!  -完-

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