SS13.02_クリスマス・イヴ
にのまえ港水族館。
日本で最大級の延床面積を誇る水族館。
ウミガメのために人口の砂浜を作って、そこで産卵をさせている。
本物のサンゴを飼育し、サンゴ礁の海を再現した水槽がある。
などなど、水族館好きや、動物好きが聞くと驚くような設備を実現している、にのまえ市が誇る大水族館。
新エネルギーネクストの発見による技術革新により、本水族館はさらに発展を遂げた。
世界で初めて、生きた化石と呼ばれるシーラカンスの人口繁殖に成功したり。
魚を主食とする海の生き物たち用の、ペットフードを開発したり――。
情熱的な飼育員が集い、変態的な実績を世に送り出す、ちょっと様子のおかしい水族館。
研究施設との連携もしており、日本最大の海洋研究発表会は、この水族館で行われいる。
延床面積だけでなく、学術的にも日本の最先端を行く水族館である。
――水族館である。
なのだが‥‥。
地元民の多くは、この水族館がそんなにすごい所だとは知らない。
静岡県民が、誰しも富士山に登っている訳ではないのと一緒だ。
いや、正確には、富士山の逆とも言えようか?
なんか、小学校とかの遠足や、家族とのお出かけで頻繁に行っているから、ここがそんなにスゴイところだと実感が湧かないのだ。
なんか、でっかい水槽がたくさんある。
なんか、暗視ゴーグルを使って巡る、深海エリアがある。
そんな認識でしかない。
だがしかし、にのまえの外から来た人であれば、この水族館の設備は、きっと楽しめるだろう。
◆
「――と、言うわけで。
やって来ました、にのまえ水族館。」
「おー。」
当たり前のように年間パスポートを持っている刹那と、彼が事前購入していたチケットで入場するアイ。
にのまえスタジアムから、車でだいたい30分強。
2人は、最初のお出かけ場所である、にのまえ港水族館へと到着した。
水族館の開演は、09:30からなので、待ち合わせ時間と移動時間を含めて、ちょうど良かった。
入場ゲートをくぐって、来館者を出迎えるのは、さっそく大水槽。
この水族館は、様子が少しおかしいので、来館者は、でっかい生き物を見せれば喜ぶと思っている。
でっかい生き物を見せれば喜ぶと思っているので、来館者には、一番最初にシャチを見てもらう。
水族館に入ると、すぐ目の前。
ドンとデカい水槽があって、でっかいシャチが泳いでいる。
この水族館に初めて訪れるアイを、3頭のシャチが出迎える。
「おお‥‥!」
アイは、声の抑揚こそ少ないが、大きく目を見開き、シャチの大水槽に見入る。
シャチは、メスの個体でも体長が5メートルを超える。
これがオスになると、7メートルを超える。
人間の3倍はあろう海の王者が、大きな水槽を遊泳している。
水槽まで近づけば、ガラス1枚を隔てた向こうに大海原が広がっていて、海の王者がこちらを見ている。
大きい。
巨大恐怖症ではないアイも、間近で見る海獣の大きさに、王者の迫力と言い知れぬ威圧感を覚える。
「シャチ、本物を見たのは初めてです。」
「VRで見るのとは、全然違うでしょ?」
「はい。まったく。」
ここ100年間、技術の発展は凄まじく、ゲームは五感を使って体験ができるようになった。
真の意味での、バーチャルリアリティが実現されたのだ。
バーチャルなリアリティでは、目の前に泳ぐシャチと、一緒に海原を泳ぐことだってできる。
一緒に海を泳ぎ、一緒に遊ぶことだってできる。
ほぼ完全に生態を再現したAIによって、バーチャルな世界でだって、自然に触れることができる。
だがしかし、やはり現実で触れ合うそれは、ゲームのそれとはまったく迫力が違う。
バーチャルは、どこまでいってもバーチャルであり、いわばファンタジーなのだ。
本物のシャチに直接会うというのは、ネットやテレビの有名人に、直接会ったような感覚。
ファンタジーだと思っていた存在が、れっきとして、現実世界に存在している。
ひとつの種として、生きている。
人間は、ゲームでは無敵でも、リアルでは脆弱な種。
現実の生身で本物と会うことは、バーチャルの体験とは一線を画する。
この青い地球だって、ファンタジーなのだ。
こんなに巨大な生き物が、海では群れを作って生活している。
海には、彼らが食べて生きていけるだけの、大量の生命に溢れており、我々はその全貌を理解することができない。
水槽を食い入るように見ていたアイが、振り返る。
「刹那が、同じ水槽の前で、1時間くらい居られるって言ってた意味。分かる気がします。」
「でしょ?」
この水族館には、いたる場所にベンチが置かれている。
刹那のような人間のために設置されたベンチだ。
ベンチに座り、ぼーっと海の生き物を観察する。
そうやっていると、シャチやイルカは、顔が分かるようになってくる。
何度も通っていると、それぞれの性格が何となく分かるようになってくるし、今日は機嫌が良いとか、ちょっと機嫌が悪そうとかも分かるようになってくる。
初手にシャチという、にのまえ港水族館の盛大な歓迎を受けたアイ。
シャチの水槽の右と左には、同じく海獣の水槽がある。
そこに居るのはバンドイルカと、ベルーガという白いイルカ。
ちなみに、このベルーガ。
野生の世界にでは、シャチと捕食者&被捕食者の関係。
そんな両者が、歩いて10メートルくらいの距離で、展示がされている。
人工繁殖で生まれたシャチとベルーガは、野生を知らないおかげで、仲良く暮らしている。
たまに、お調子者のベルーガが、シャチを煽っている所を見らることがある。
お調子者ベルーガは、今は子どもたちの前で、空気の輪っかを作ってギャラリーを喜ばせている。
アイが彼に近づくと、ベルーガが口を大きく開き、威嚇するような素振りを見せる。
ビックリして、後ろに下がるアイ。
驚いた彼女に、水槽の中で、笑う素振りをするベルーガ。
近づいて来た刹那に対しては、水槽を胸ビレでペチペチと叩いて挨拶をする。
刹那も、彼と同じ場所に手を置いて、挨拶をする。
アイが真似をしようとすると‥‥‥‥。
(わぁっ!!)
また口を開けて威嚇して、笑う。
すると、ベルーガを束ねるボスイルカがやって来て、彼に体当たり。
ボスに体当たりされて、水槽にぶつかり、柔らかいおでこを凹ませるお調子者。
お調子者は、水槽の奥へと連行されていった‥‥。
「‥‥色んな子がいるのですね。」
「みんなが思ってる以上に、賢いんだよね。海の生き物って。」
2人は、海獣ゾーンを離れ、奥へと進んでいく。
水族館は、人間にとっては、魚を観賞する施設。
しかし、魚たちからすれば、人間を観賞する施設。
――なのかも知れない。
‥‥‥‥。
‥‥。
「その昔、世界中でパンデミックが起こって、水族館の休館が続いたことがあったらしいんだけど‥‥。
その時、多くの魚が、うつ病になっちゃったんだって。」
「魚って、うつ病になるんですか?」
「オレも驚いたけど、人が来なくなって、食べるエサの量が減ったり、ストレスで水槽に体をぶつける魚が増えたらしいよ。」
「ほう‥‥。シャチたちだけでなく、魚も知能が高いんですね。」
「魚を飼ってる人は、魚は飼い主の顔を覚えるって言うから、思った以上に賢いよね。」
「‥‥‥‥。」
「ん? どしたの? アイ。」
「想像すると‥‥、魚を食べることに罪悪感が‥‥。
もう、イワシ食べられません。」
「ええ‥‥。」
イワシの大水槽を前に、そのようなやり取りをする2人。
1万匹を超えるイワシの水槽に、サメやタイなどの捕食者が放たれており、イワシの統率された遊泳を鑑賞できる。
なぜ、被捕食者と捕食者が同じ水槽に居られるのかというと、捕食者のお腹が一杯だから。
ただ、それだけ。
それよりも、アイの方を何とかしなければ。
「‥‥今日、ここでお昼ご飯を食べる予定なんだけど、大丈夫そう?」
「ご飯のおかわりが、1杯しかできません。」
「そっか。なら大丈夫だね。」
「むぅ~‥‥。もっと心配してくれても良いんですよ?」
「牛や豚を平気で食べてるのに、今更でしょ?」
「それは――、そうですけど――。」
アイは、頬を膨らませる。
めんどうくさい、かまってちゃんモードが起動する。
「分かってない。刹那は分かってません!」
「はいはい。」
――分かってない! 分かってません!
――分かってる分かってる。
魚を観賞しながら、会話を弾ませる刹那とアイであった。
‥‥‥‥。
‥‥。
「刹那、刹那! ペンギンさんですよ! いっぱいいますよ!」
「ちょっと待って、いま集中してるから。
推しがどこに居るか確認しているから。」
「推し‥‥?」
目を皿にしてペンギンの水槽を見つめる刹那。
彼のを横顔を見つめるアイ。
自分も、視線を水槽に。
刹那の小さい時の夢は、「ペンギン屋さん」。(?)
ペンギンが好きなのは知っていたが、推しがいるのまでは知らなかった。
そのペンギンをいま、探しているらしい。
いつに無く真剣な表情の刹那。
(‥‥‥‥はっ!?)
その時、アイに電流走る!
(ひょっとして、これは恋敵!?)
刹那に続き、アイの表情も真剣になる。
「どこのどいつですか! その推しペンギンは!」
「アデリーペンギンの、じろう。」
「なるほど、アデリーペンギン。
‥‥アデリーペンギンって、どれですか?」
水槽には、4種類のペンギンが居る。
エンペラーペンギン
ジェンツーペンギン
ヒゲペンギン
そして、アデリーペンギン。
ペンギン初心者のアイは、名称と特徴が一致しないのだ。
なので、ペンギン屋さんに教えてもらうことにする。
「4種類の中で、イチバン目つきがヤバそうな奴が、アデリーペンギン。
ペリカンとか、カモメみたいな、キマッた眼をしているヤツがアデリー。」
「眼と言われても‥‥。」
普通、こういう時は、体が大きいとか、体毛の色とか、嘴の特徴とか、そういう見分けやすい箇所を教えてくれるのでは、なかろうか?
それが、遠くからでは分かりにくい、眼とは――。
言われるまま、じーっと、水槽を観察。
「‥‥‥‥。あ! 分かります分かります!
確かに、目つきが悪い、チンピラみたいなペンギンさんがいます。」
セントラルでよく見かけるような顔をしたペンギンが、岩山やプールのそこかしこにいる。
嬉しいやら、悲しいやら。
アイは、アデリーペンギンの見分けが付けられるようになってしまった。
「そのアデリーの中で、ぶっちぎりでヤバいのが、じろう。
隙あらば、岩山から、他のペンギンを突き落とす。
ロックなペンギンなんだよね。」
「悪い子なんですね。」
「そう。じろうは、ハナコと結婚してるんだけど、ハナコの妹のハナエと浮気してる。」
「‥‥‥‥。」
「あと、新人の加藤 (飼育員さん)が大嫌い。」
「‥‥‥‥。」
「元々、加藤のことが気に食わなかったんだけど、ハナエと加藤がイチャイチャしてるのを目撃してから、殺意を抱くようになって――。
それから、群れを率いて加藤をイジメてる。」
「‥‥あの、ペンギンの話しですよね?」
「ペンギンの話しだよ?」
良かった。
ペンギンの話しだったようだ。
‥‥‥‥。
――良かった?
ペンギン社会も、渡る世間は何とやら。
昼ドラや少女漫画のような、ドロドロなペンギン関係があるようだ。
「詳しくは、ペンギン相関図に書いてあるよ。
スマートデバイスで確認できる。」
「う、うん? うん???」
彼氏の趣味に、ちょっとついて行けないアイであった。
その後、刹那の推しである、じろうは見つかった。
今日も元気に、岩山からペンギンを叩き落としていた。
最近は、他のペンギンも学習してきており、水槽の中では、高度な駆け引きが行われているらしい。
「‥‥ちなみに、刹那が一番好きなペンギンの種類って、なんですか?」
「ケープペンギンっていう、アフリカに住むペンギン。
灼熱の砂浜に巣を作るんだ。」
「ほ、ほうほう。」
アフリカにもペンギンが居ることにも驚きだが、暑い砂浜に巣を作ることも驚きだし、食い気味に即答する刹那にはドン引きだ。
「ケープペンギンは、この水族館の外で見られるよ。
――お昼ご飯食べたら、見に行くから!
お散歩タイムに合わせて、見に行くから!」
「‥‥‥‥。」
ペンギン大好きな刹那であった。
その後、2人は様々な展示を回り、館内にあるレストランで昼食。
お昼のメニューは、サメのステーキ。
2日前、電脳の世界で戦ったサメ。
空を飛んで来て、食べられかけたサメ。
人差し指を食べられたサメ。
現実世界で、そのステーキを頂いた。
味は、白身魚と鶏肉を合わせたような味。
‥‥なお、クリスマスイベント中、プレイヤーの中には、倒したサメを焼いて食べた猛者もいたのだが、死ぬほどマズかったらしい。
死ぬほどというか、食べるとダメージを受けるので、文字通り死ぬくらいマズかったそうだ。
開発段階では、サメを食べて体力を回復できる仕様を考えていたのだが、プレイヤーの民度を考慮して、ボツとなった。
サメが食えると分かったら、お行儀の良いプレイヤーたちは、絶ッッッ対に狩りつくす。
闘争とエンタメに飢えている連中が、そんな面白い仕様を知ってしまったら、イベントそっちのけで、シャークハントをおっぱじめる。
運営の言うことなんて、ちっとも聞きやしないのに、こういう時だけ謎の連帯感と一体感を発揮して、絶ッッッ対にイベントもろともぶっ壊す。
ゆえに、クリスマスのサメは、クソマズイ設定が施された。
ホラーとは、追われるから怖いのである。
追う者を、追われる者が殺せては、ホラーはアクションになってしまう。
結果として、良い裁定であったと言えるだろう。
――ごちそうさまでした。
「よし! ケープペンギン!」
「はいはい。」
チャートの管理は完璧。
2人は、水族館の外にあるケープペンギンと触れ合い、お土産を購入して、にのまえ港水族館を後にした。
「この後は、ショッピングモールに行こう。
ぷらぷらして、喫茶店でお茶。」
「良いですね。」
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
「HA☆HA☆HA――――!
良い子の諸君! メリ~クリスマ~~~ス!!」
「「「メリ~クリスマ~~~ス!!」」」
「「‥‥‥‥は?」」
状況を説明しよう。
ショッピングモールに行ったら、ナイスデイが居た。
アンドロイドのサンタさんが、チビッ子たちに風船を配っている。
確認するが、ここは現実世界である。
セントラルではない。
刹那なんかは、スマートデバイスを取り出して、M&Cのメニューが開くか確認するくらいである。
スマートデバイスは、紛れも無く現実世界の物。
彼のサポットであるマルは、いまセントラルに居るそうで、刹那のログイン履歴は確認されていないと返事が返って来た。
デバイスから顔を上げて、アイの方を見る。
彼女は、首を横に振る。
広報も知らないらしい。
‥‥ならば、この男はいったい?
チビッ子の輪の外で、サプライズな表情をしている2人に、ナイスデイが気付く。
シグレソフト (M&Cの開発元)のサーバーにアクセス。
ユーザー情報を照合――。
「おやおや。誰かと思えば、そのマヌケ面は‥‥。
クリスマスイベントで、憐れにも女2人に捨られた挙句――。
ガッテム頭がおかしくなって、ジーザス、パンツ姿で公園をうろついていた、憐れな男じゃないか。」
「コイツ‥‥っ!!」
「おお! 怖い怖い!
なんだい? 私を捕まえるかね? スキルでも、使ってみるのかね?」
セントラルの時と遜色ない、ポップコーンみたいに軽快な煽りで、刹那を挑発するナイスデイ。
右手を「はぁ!」と開いて見せて、 ≪炎撃掌≫ の真似をして煽り倒す。
「刹那、ガマンです。ガマン。
ここは、セントラルじゃありませんからね。」
「分かってるって。」
アイが刹那の手を握り、彼を制止する。
拳をしまい、謙虚な言葉使いで応対する。
「‥‥ここが、ゲームじゃなくて良かったな。
ゲームならお前はもう、ぶっ飛ばされてるぞ。」
どっかのプレイヤーを真似した奇天烈な口調で、ナイスデイの挑発を受け流す。
しかし相手が悪い。
相対している敵は、人間を煽ることに命を賭ける機械なのだ。
ナイスデイは大仰な動きで、刹那に耳を向ける。
「んん~↑↑?? 私を、何だって~~↑↑?
聞こえてない。
何か言ったの?
私のログには何もないな!」
刹那の謙虚な口調に、謙虚な返事が返ってくる。
――プッツン。
「‥‥‥‥ぶっとばす!」
「あーあー。刹那、落ち着いてください。」
成人した男性と、足長アンドロイドによるやり取りを、チビッ子たちは不思議そうに見ている。
‥‥保護者の視線が痛い。
茶番はほどほどにしておいて。
刹那は、ため息。
何かを察したように、ナイスデイが刹那の元に近寄って来る。
ひそひそ話ができる距離まで、チビッ子の輪を抜けて寄って来てくれた。
刹那が口を開く。
「おどかさないでよ‥‥。
オレは、現実で月の女神に会ってるんだから。」
「まあ、そう言うな。
こっちにも、事情があるのだ。社会貢献という、ナイスな事情がな。」
――そう。刹那とアイは知っている。
まだ誰も知らない、この世界の真実。
この世界には、月の女神がいる。
何を企んでいるのか分からないが、女神はこの世界に、魔法をもたらそうとしている。
そして、最初に”魔法”に目覚めたのが、刹那だ。
彼は、自分が悪魔と呼ばれていることを知らないが、科学者と女神に目を付けられていたことは知っている。
M&Cの世界、セントラルの電脳は――。
この現実や、この地球と、無関係ではない。
我々にとってはフィクションかも知れないが、何か繋がりがある。
だから、科学者は刹那に、引き続きセントラルを冒険するように助言した。
自分に目覚めた力と向き合うために。
女神の意思ではなく、人の意思で歴史を歩めるように。
このように、ただでさえ、ここ最近は色々とあったのだ。
そこに、ナイスデイまで現実に飛び出してくるんだから、気持ちはぞっとしない。
「案ずるな。私は純度100%、バーチャルな存在さ。
信じては、貰えないだろうがね。」
「取りあえずは、その言葉に納得しとく。」
「ああ。それでいい。
私との決着は、セントラルで着けよう。」
「分かった。」
悪魔とサンタのひそひそ話は終わる。
パーカーのマヌケなお兄ちゃんと、ノッポのサンタさんを、不思議そうに見つめるチビッ子たち。
ナイスデイが、チビッ子へと振り返る。
「HA☆HA☆HA――――! 待たせてしまったね、良い子の諸君!
さぁ、これから、こっちのお兄ちゃんが、手品を披露してくれるぞぉ!」
「‥‥‥‥は?」
「「「わ~~~~!!」」」
ナイスデイが拍手し、チビッ子がワイワイ盛り上がる。
子どもたちに引っ張られ、ナイスデイの横に立たされる刹那。
(ちょっと!? なに考えてんの!?)
(悪魔の力も、使いようだ。
いつまで経っても人を救わない神よりも、人のために動く悪魔だ。)
ナイスデイは、ここで使えと言うのだ。
彼が目覚めた、魔法の力を。
あの夜ほどの出力は出せないが、確かに刹那は、魔法が使える。
‥‥軽くため息。
息を吐き、観念し、腹を括る。
どんな力でも、使いよう。
自分は、あの夜のテロリストたちみたいには、絶対にならない。
なりたくない。
「さあ――、ご覧あれ! クリスマスの奇跡を!
ファイヤーボール!!」
刹那の右手から、太陽が昇る。
手の平が燃えたかと思うと、野球ボールくらいの火球が、手の上に浮き上がり、丸い形を作る。
子どもたちは、タネも仕掛けも無い手品に、大喜び。
まるで魔法みたいな手品に、目をキラキラとさせている。
先ほどまで、変質者を見る視線だった保護者の方々も、驚きに口を開く。
刹那が、左指を弾く。
右手の火球が火柱となり、3メートルほど上に伸びる。
この炎は、温度を調節してある。
見た目こそ、紛れも無い火炎だが、温度は40度ほど。
魔力とは、知覚さえしてしまえば、ある程度は自由に使える。
むしろ、なぜ今まで知覚できなかったのかと疑問に思えるほどに、知覚さえできれば、ある程度は自由が利く。
身体の血管や筋肉、細胞。
それらが、外へと広がっている感覚。
外に血を通してやる感覚。
身体の外に血が通ると、そこを自分の身体の一部のように、掌握することができる。
それが、魔力を操る基本。
‥‥前例が自分以外に存在しないので、体感の話しでしかないが。
刹那の手品は続く。
火球を3つ作り出して、ジャグリング。
大道芸のように、3つのボールを宙に投げてパフォーマンスをする。
――経験が活きた。
バスケの練習中に、女子の気を引くために練習していたジャグリングの、経験が活きた。
他にも、ナイスデイが手放した風船を、念動力で自由に操って見せたり。
ナイスデイを持ち上げてみたり。
指の先から、小さな雷を発生させてみたり。
様々な手品を、チビッ子の前で披露した。
最初、ギャラリーは子どもと保護者だけだったが、最終的に、ちょっとした人だかりができるほどに、観客は増えた。
が、刹那の本来の目的は、アイとのデート。
いつまでも、こうしては居られない。
そろそろ、お開きにさせてもらう。
「アイ。ちょっと手伝って。」
「‥‥? はい?」
彼氏がみんなの注目を浴びて、後方腕組みで気持ち良くなっていたアイは、我に返る。
言われるまま、刹那の元へ。
刹那の右手が、アイの左手を握る。
ギャラリーから歓声。
ませたチビッ子が、両手で顔を覆い、指の隙間からガン見している。
「アイの力、借りるよ。」
繋いだ手を、上に挙げる。
アイに流れる魔力を少し借りて、最後の大技を披露する。
刹那とアイの手が、白い光に包まれる。
光は上へと漂い、ぱーっと瞬いて、消える。
ここまでなら、刹那だけでできる。
けど、お楽しみはここから。
「クリスマスは、こうじゃないと。」
光の残滓が、人々に舞い散る。
白くて軽い、柔らかな結晶。
「雪だ!」
「雪がふってる!」
子どもたちが、結晶の正体に気が付いた。
12月24日、にのまえ市。
本日は、一日青天。
――ところによって、雪。
ショッピングモールの、イベントスペース。
そこに、少しのあいだだけ、雪が降った。
雪が降り、床を濡らすことなく、散って消える。
これは、手間の掛かったホログラム。
そういうことにして、刹那はお辞儀をする。
彼のパフォーマンスに、拍手が送られる。
温かい拍手に包まれ、アイと手を繋いだまま、イベントスペースを後にした。
ナイスデイは、前途有望で、多難な若者の背中を見送る。
そして、今日の自分の役割を、果てしていく。
「最後までご覧頂き、ありがとうございました。
本日、当ショッピングモールのドーナツベースにて、クリスマスキャンペーンをしております。
クーポンもここにありますので、どうぞご利用ください!」
サンタさんは、今日も大忙し。
良い子の諸君に、サプライズを届けるために、大忙し。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
「――で、次に彼女を連れて来るのが、ゲームショップですか?」
「うぐ‥‥っ! それはごめんなさいだけど、許して。
ちょっと調子に乗り過ぎて、恥ずかしくなってるから、一旦ここで落ち着かせて!」
お酒も飲んでいないのに、顔を真っ赤にしている刹那。
ナイスデイに乗せられて、少々派手にやり過ぎた。
思い出して、恥ずかしくなって、小さい頃から通っているゲームショップに逃げ込んだ。
ショッピングモールの一角で、長く営業を続けるゲームショップ。
顔なじみの店員さんが、顔を真っ赤にした刹那を見て、事情を知ってか知らずか、苦笑いしている。
刹那とアイは、ゲームショップの奥、人気の少ない所へ。
そこには、何かの部品が、大量に並んでいる。
棚から、部品をひとつ取り出すアイ。
「これは‥‥、ボタン?」
「そう。アケコン (アーケードコントローラー)用のボタン。」
カチカチと、ボタンを押すアイ。
ズラリと並ぶ棚を、すーっと見て回る。
「ここ全部、ボタンの部品ですか!?」
「そう。これ全部、アケコン用の部品。」
驚いた。
ゲームショップの広さは、少し大きめの本屋ほど。
本屋の漫画スペースほどあろう面積を使って、ズラリと部品が並んでいる。
‥‥これは、かなりマニアックだ。
「ボタンの大きさはもちろん、色とか、ストロークの深さとか、押下圧力。
それぞれ色んな物を揃えてるんだ。」
「‥‥そこまでして、何をするんですか?」
「何って‥‥、格ゲー? あと、スマスタ (大乱闘オールスターズ)。」
「??? スマスタって、アケコンでできるんですか?」
「久遠家は、親の代から、スマスタはレバーレス派です。
だから、ここには親の代からお世話になっています。」
「はぁ‥‥なるほど?」
アイの口から、関心の声が漏れる。
ゲーム会社の広報をしている手前、彼女もゲームをそれなりに触ってはいる。
が、まだまだ、自分の知らない世界がある。
それも仕方なし。
‥‥だって、アイちゃんまだ5歳だもん。
「ボタンで、操作感ってそんなに変わるものなんですか?」
「う~ん‥‥。好みが出るかな。
スマスタだと、歩きボタンは、誤作動しように、固いボタンが好み。
あと、全体的にしっかり押し込めるタイプの方がしっくりする。
でも、格ゲーするなら、ストロークは浅い方が好み。」
「なるほど――。私はパッド (ゲームコントローラー)派なので、知らない世界です。」
「パッドは、持ち運びしやすいから、便利だもんね。
他のゲームにも使えるし。」
「格ゲーだと、直感的に同時押しができますよ。」
「確かに。アケコンとかレバーレスは、同時押しがズレる時がある。
ただね‥‥、アケコンとレバーレスにしかない魅力があって――。」
刹那は、商品棚から、ボタンをひとつ取り出す。
取り出されたボタンを見るアイ。
「その魅力とは?」
「ズバリ! 打鍵音!」
カチカチ。と、子気味よい音が、ゲームショップに響いた。
世の中には、トレモASMRという界隈があるらしい。
アケコンやレバーレスの打鍵音を、睡眠導入に使っている界隈があるらしい。
世の中は広い。
自分のホームに入り浸り、すっかり調子を取り戻した刹那。
2人は、ショッピングモールを一緒に歩き、ちょっとお茶をして、おしゃべりを楽しむのであった。
空の太陽は傾き、そろそろ、夕暮れの時分。
楽しい時間とは、一瞬で過ぎ去っていく。
‥‥‥‥。
‥‥。
「ちなみにですけど刹那、スマスタでは何を使っていますか?」
「パフリンと、ガオカエン。」
「ポケマス勢‥‥。」
「他のキャラも使おうとしたけど、結局この2キャラがしっくり来るんだよね。
アイは?」
「私は、クロイとクロールですね!」
「ああ‥‥。なんかイメージ通り。とくにクロイの方。」
「はい。剣士のクロイがメインで、飛び道具を持ってる重量級でクロールです。」
「なるほどね。」
「ハルちゃんは何を使ってるんですか?」
「本人はゼロサム使いを自称してるけど、ぶっちゃけパップンの方が強い。
チクチク攻撃を徹底できずに、途中で飽きてブチ切れてぶっ放すから‥‥。
突っ込んで、スマッシュぶっ放せるパップンの方が怖い。」
「ハルちゃん‥‥。」
上手ぶりたい妹に、残酷なマジレスをする兄であった。




