SS13.01_リアルクリスマスイベント
「セツナさん――。今まで隠していましたが‥‥、私は人間では無いのです。」
赤い瞳の不思議な女性と出会って、半年ほど経った日のこと。
いつも奔放な彼女から、真面目な話しがとあると、一緒に遊んだあとに言われた。
電脳のプライベート空間で告げられた事実。
彼女は、人間では無い。
自らは、実験のために創られたAIだと、そう告白された。
「すいません。隠すつもりは無かったなんて言い訳はしません。
意図的に、ずっと黙っていました。」
この言葉を聞いて、セツナは何を思ったのだろう?
アイの人格は、彼女の言葉や行動は、すべて作り物だったと、幻滅したのだろうか?
人間の真似をするだけでなく、人間になろうとするAIを、気持ち悪いと嫌悪したのだろうか?
自分の友情を裏切られたと、心を傷つけられたと、怒り、憤ったのだろうか?
人間とAI、2つの距離は近く、それでいて遥かに遠い。
人間を中心にして世界が回っている社会において、人とAIは対等であっても、平等ではない。
対等ではあるけれど、同じではない。
AIが、人に取って代わろうなどと‥‥。
人を偽り、人として社会で過ごそうなどと‥‥。
セツナは、そんなことは一切感じなかった。
――ビックリした。
それが、最初の素直な感想。
次に、彼の感情は、アイへの同情へと変わる。
科学の発展や、人間の好奇心。
使命とエゴを背負わされ、生まれてきたこと。
「騙すつもりは無かった」とか「怖くて言えなかった」とか、いくらでも言いようはあったのに、「言い訳はしない」とか「意図的に黙ってた」なんて、自分だけ傷ついて、自分の心を犠牲にして悪者になろうとしていること。
セツナは、正義感でもお人好しでも、何でもなくって。
ただただ、何とかしなければと思った。
何か‥‥、こう‥‥、気の利いた‥‥。
自分が憧れたヒーローのように、カッコイイセリフを――。
「なんか、よく分かんないけど、メルカバーでも倒しに行かない?
ゲームに、人間もAIも関係ないよ。」
たぶん、顔に出るくらい、色々と考えていたと思う。
全力で考えた結果が、これ。
‥‥やってしまった。
相手の真剣な悩みを、よく分かんないと、そう返してしまった。
ほら見た事かと言わんばかりに、アイも、セツナの言葉にビックリしてしまっている。
「‥‥あ、ごめん。これは違くて――。」
「セツナさんは‥‥。セツナはまだ、私の友人でいてくれるのですか?」
「うぅ? うんうん。もちろん。
アイさんの悩みや、問題を理解できるなんて言わないけど、友達でいたいっていうのは、本当。」
「‥‥私が女の姿をしているから、美人だからそう言ってくれるのですか?
この見た目は、人の感情を利用するために、意図して創られた見た目なのですよ。」
「そこを指摘されると、とても痛い‥‥。
でも、ゲームには、中身が野郎の美人がわんさか居る。
それだけじゃ、答えにならない?」
アイは、セツナの言葉にうつむく。
彼女の言葉を待つべきか? 何か言葉を、気持ちを伝えるべきか?
セツナは後者を選んだ。
「それに、アイさんは、オレのためにこんなに悩んでくれたんじゃん。
外見は、もしかしたらキミの言う通り、色んな思惑があるのかもしれないけど――。
アイさんの心は、アイさんだけの物で、本物だって、オレはそう思う。」
「演技なのかも‥‥、知れませんよ?」
「人間だって、演技くらいするよ。」
結局のところ、そうなのだ。
アイは、コンプレックスで見えていない。
人間の中にも、どうしようもないバカ野郎は居る。
人間同士だから、仲良くなれるなんてことはあり得ない。
だったらセツナは、種族なんて関係なく、心を通わせられる者と一緒に、暮らしていきたい。
「えーっと‥‥。これは、自衛団の先輩の受け売りなんだけど――。
どんな能力や才能も、人の役に立てられて、はじめて意味があるんだって。
賢いとか、強いとかを威張っても意味が無くて、それを、人や社会のためにどう使うか?
それで、人間として器が決まるんだって。
いいじゃん。せっかく美人に生まれたんなら、それを思いっきり利用すれば。
手札を最大限活かすのも、悪用するのも、ゲーマーの常套手段でしょ?」
アイを元気づけようと、彼女の悩みに少しでも寄り添おうとして、出た言葉は、他人の受け売り。
‥‥経験が、彼にはまだまだ、経験が絶対的に不足している。
20年も生きていない若輩が、人生の重みを背負うには、まだまだ経験が足りない。
「‥‥‥‥。――ふ。ふふ、ふふふ。」
だが、アイは笑ってくれた。
セツナの情けなさと、必死さが伝わり、同情でもされたのか?
頑張った甲斐があるというのもである。
恥の上塗りも、たまには役に立つ。
「ありがとうございます、セツナ。
なんだか、気持ちが軽くなりました。」
「それは良かった。」
「では、美人な私からのお願いを、聞いてくれませんか?」
「オーケー。アイテム収集と、ホラー以外なら、何でも任せなさい。」
セツナの予防線に、アイは微笑みながら首を横に振る。
「友達として、これからは "さん" 付けはやめましょう。
私からの、お願いです。」
「――すごく、素敵なお願いだと思うよ、アイ。」
「ふふ、今後ともよろしくお願いしますね? セツナ。」
「こちらこそ。改めて、今後ともよろしく、アイ。」
‥‥‥‥。
‥‥。
これは、今から1年と半年前の出来事。
あれから時が経ち、セツナは、アイのことが少し理解できるようになった。
彼女の、人間ではない苦悩、人間としていられない恐怖。
そのことを、少し理解できるようになった。
――身を持って、自分の経験として。
そして、刹那は思うのだ。
自分はあの時、なんて無責任に、彼女へ言葉を投げかけたのだろうと‥‥。
◆
「じゃ~ん。こんにちは刹那。
あなたの可愛い可愛い彼女、アイちゃんですよ!」
「はいはい、こんにちは。
はいはい、可愛い可愛い。」
「マル君も、こんにちは。」
「こんにちは。」
セントラルでのクリスマスイベントから、2日が経過。
魔神を6人で倒したあと、記念写真を撮ったり、復活したナイスデイと、ごちゃごちゃあった。
最終的に、ナイスデイの祖母が登場して、四の五の言う不出来な孫を簀巻きにして、バイクで引き摺りながら連れて帰り、一件落着。
黒いグラサンをかけ、口元で葉巻を吹かしながら、デカいバイクを操り。
孫に容赦なくショットガンをぶっ放すファンキーな婆さんに敬礼をしてから、2日が経ったのだ。
今日は12月24日、時刻は午前9:00。
セツナは、アイとのデートのため、ドローンポートに来ていた。
ドローンによる、空の交通便。
飛行機ほどの大量輸送には向かないが、車のように融通が利く、エアドローン便。
アイは、ドローンに揺られること約1時間。
東京から、にのまえ市の郊外にある、ドローンポートに到着した。
「どうだった? プライベートドローンの乗り心地は?」
「最高ですね。王様になれた気分です。
空の眺めを、独り占めです。」
「へぇ~、それはスゴく良さそう。
空の旅も、選択肢だな~。」
刹那は、たまに遥花 (刹那の妹)に誘拐されて旅行に行くことがある。
その時は、車での移動がほとんどだ。
遥花いわく、自分でハンドルを握って、あちこち行くのが楽しいらしい。
プライベートドローンは、庶民でも手の届く、ちょっとリッチな移動手段。
家族旅行でも、使われることがある。
飛行機に乗ったことはあるが、エアドローンには乗ったことが無いので、興味がある。
大学の友人である、バスケ仲間のバカ5人で乗ろうとしたこともあるが、絶ッッッ対にハメを外して散らかすので、実現には至っていない。
「ふふ――。刹那が、私と東京へ行くのなら、一緒に乗れますよ?」
「それはとても良いアイデアだけど、また今後。」
お互いの挨拶も終わり、いざデートに出発。
‥‥と、その前に。
アイが、何かを期待する表情でこちらを見ている。
その期待には、もちろん応えることとする。
「今日の格好、よく似あってるよ。」
「そうでしょう、そうでしょう。」
だいぶベタなやり取りだが、大切なやり取りだ。
さっきまでの挨拶は、礼儀としての挨拶。
こっからは、男女の関係同士の挨拶。
「どこが、どう似合ってますか?」
ほら来たと、刹那はアイの服装を観察。
今日は、セントラルでよく見るドレス姿や、このあいだ現実世界で見たスーツ姿でもない。
ベージュ色のトレンチコートに、紺色のスキニーデニム (細いジーンズ)。
肩に、動きを阻害しない、小さなショルダーバッグを通している。
コートはフロントリボンを結び、上着の下には、白いタートルネックが見えている。
コートの紐留めと、細いデニム。
ウエストと脚のラインを美しく見せ、彼女のスタイルの良さが強調されている。
‥‥が、刹那が一番思っていること。
それは――。
「コートがお洒落で似合ってるのもあるけど‥‥。
服装、オレに合わせてくれた?」
「ピンポンピンポーン。」
アイの足元を見て、服装を合わせてくれているのだと気づいた。
彼女の足元は、スニーカー。
刹那の足元も、スニーカー。
アイはデニムを穿いているし、刹那もジーンズを穿いている。
スニーカーは、綺麗めな服装を好むアイがチョイスするのは珍しい。
トレンチコートに、タートルネックという、大人の女性を演出する服装に、足元だけは活動的なスニーカー。
デートで歩き回るからという機能的な意味合いもあるだろうが、それ以上に、刹那に合わせる服装として、スニーカーを履いて来たのだろう。
それに気付けたおかげで、アイからは合格点を貰えた。
刹那は、内心ホッとする。
よかった。
アイシャドウがどうのとか、口紅がどうのとか言われたら、もう正解できる気がしない。
「刹那も、今日はいつもよりも張り切った服装ですね。
似合ってますよ。」
「ありがとう。」
張り切っている、と言われても、いつもとほぼ同じ格好。
パーカーの上に、テーラードジャケット (スーツの上着のようなジャケット)を着ているだけ。
パーカーの上にジャケットを着る都合上、パーカーを薄地の物にしたり、ジャケットの襟が細い物にしたりと、重ね着したときのシルエットがダボダボにならないように、工夫はしている。
ついでに、ジーンズもキレイ目で、色落ちがしにくい、しっかりと色が入っている物を新しく購入した。
‥‥昨日、妹が家に突撃してきて、服選びに連れて行かれたのだ。
おかげで、良い買い物になったと思う。
妹の荷物持ちをしていた時間の方が長かったとは、微塵も思っていない。
断じて、誓って、たぶんメイビー。
「わざわざ、新しい服を着てくれるなんて、うれしいですね~。」
「そうでしょう。そうでしょう。
‥‥? なんで、新しいって分かるの?」
刹那の疑問に、行動で答えるアイ。
彼の後ろポケットに、手を伸ばす。
「値札、ついたままです。」
「マジ!?!?」
値札は、携帯していた小型ナイフで切った。
スマートデバイスを収納しているベルトポーチに仕込んである、小型ナイフ。
カランビットナイフのように、指にリングを通して使う、刃渡り2cmほどのナイフ。
‥‥男の子は、こういうのの方が大好き。
一応、有事には車のフロントガラスを割るのに使え、簡易的なブリーチングにも耐えられるナイフとなっている。
男の子は、こういうのの方が大好き。
ともあれ、さっそく刹那がやらかして、アクシデントがあったものの、気を取り直して――。
「じゃ、行こうか?」
「はい。」
刹那が手を差し出し、アイが手を握る。
手をつないで、ドローンポートを歩いていく。
なんだか、エアドローンを利用しているお客さんの視線を感じる気がするが、たぶん気のせい。
バカップルな両親の、血は争えなくて、すでにバカップルの予兆を漂わせて、周囲の目を集めているのは、たぶん気のせい。
アイとの待ち合わせ場所になっていたエアドローン乗り場は、にのまえ市の郊外にある。
栄えた市街地から少し離れた所に、野球やコンサートをするためのスタジアムがあり、そこに併設されている。
アイが言うには、東京の調布という場所にも、スタジアムの近くに飛行場があるらしい。
12月の、午前の空気。
吐息を白く染め上げる肌寒さを、つないだ手で温めながら。
2人は、にのまえスタジアムの外周を回って駐車場へ。
久遠家の自家用車へと乗り込み、エンジンを点ける。
今日の行き先は、色々と考えた。
アイの喜びそうな場所、人気のスポット。
色々と考えた結果、最終的に刹那は、自分の得意で行き先を決めることにした。
助手席に座るアイが、シートベルトを締める。
「にのまえ港水族館、楽しみです。」
「きっと、水族館が好きになるよ。」




