SS12.08_ユニーク
「生半可なナイトには真似できない、ホーリーィィィ!」
銃声は失せ、死者の声と足音だけとなった街に、ナイトの声が高らかに響いた。
騎士の剣が、闇へと堕ちる街を切り裂き、白い光が瞬く。
死者で覆いつくされた死地を、剣と盾と、黄金の鉄の塊でカカッと駆ける。
サバイバーが魔力を取り戻し、でくの坊と化したゾンビを次々と屠り、更地と化した喫茶店の跡地へとたどりつく。
「ジュースを奢ってやろう。」
白夜の騎士が魔法を唱える。
この世界では非常に珍しい、回復魔法。
力尽きていたセツナの身体に、生命力が戻る。
魔力が身体に流れ、起き上がる。
心臓が鼓動し、止まってしまっていた呼吸に咳き込みながら、ジュースを奢ってくれたナイトに礼を言う。
「――ごほっ! けほっ! ありがとう。」
「それほどでもない。」
セツナを助けてくれたのは、背丈が2メートルほどある、褐色肌の大男。
エルフのように尖った耳に、赤い瞳。
肌の色とは対照的な、真っ白い鎧。
使い込まれた片手半剣に、カイトシールド。
決して砕けぬ、唯一ぬにの盾は、ナイトの証。
セントラルのイチロー。
ランカー、フロントさんの姿がそこにはあった。
彼は、かつてハルたちと共に、地下ダンジョンの魔神級ボスを討ったランカー。
※「4.5章_2_銃士と狂戦士の、地下ダンジョン。」にて登場。
「俺はただの通りすがりの古代からいるナイトなのだが、どうやらサバイバーがたよりないらしく「はやくきて~はやくきて~」と泣き叫んでいる生き残りのために俺はとんずらを使って普通ならまだ付かない時間できょうきょ参戦すると「もうついたのか!」「はやい!」「きた!盾きた!」「メイン盾きた!」「これで勝つる!」と大歓迎状態だった。」
「‥‥‥‥。」
‥‥‥‥。
?????
「ところで、ナイトが最強なのは確定的に明らかなのだが‥‥。
ナイトはPTの中心となりタンクをすることで、リアル世界よりも充実したセントラル生活が認可される。」
「‥‥‥‥。」
「【一緒にやりませんか?】」
「hai!」
空から、人食いザメが降って来る。
フロントさんが、スキル ≪シールドスマイト≫ を発動。
盾をサメに投げつけて、ヘイトを集める。
セツナには目もくれず、一撃を入れたフロントさんを睨みつける。
よそ見をしているサメの脳天へ、雷撃。
≪魔女のライトニングアクセル≫ 。
フロントさんにヘイトが向いたサメを、セツナが一撃で屠った。
「ほう、見事な魔導拳士だと関心するが、どこもおかしくはないな。」
「それほどでもない。」
セツナを救出できた所で、フロントさんは一緒に行動していたチームへ通信を入れる。
「そっちはどうだ? はっちゃん。」
「はっちゃん言うな!」
はっちゃんと呼ばれた男性、八車は、生身のままでゾンビの群れを蹴散らしている。
ゾンビの側頭部に、回し蹴り。
遠心力を活かし、続けて回し蹴り。
後ろから襲ってきたゾンビを、ジャンプで回避。
その頭を踏みつけて、自分の体重で押し倒し、潰す。
左手に、アーマーバンクルを装備。
バンクルの部分を使って、バックナックル。
アーマーキーを、バンクルの鍵穴に刺す。
『アーマーバンクル、スタンドアップ。』
バンクルから電子音声。
空からサメの蹴撃。
クルクルと、ロングコートを靡かせながら回避。
コートのポケットから、コアレンズを取り出す。
レンズを、右手の人差し指と中指に挟んで取り出すと、レンズから怪しい煙のような光が立ち込める。
太陽の光すら食らいつくす、暗い光が発せされる。
「――シッ。」
息を細く吐き、右手を振るう。
暗い光が閃光となり、サメの腹を引き裂いた。
返り血ひとつ付いていない、穢れなき暗いレンズを、バングルに装填。
『――ファントム。』
八車の前に、魔法陣が展開。
魔法陣から、闇の業火が噴き上がる。
『アウェイキン――。チェンジ、ファントム。』
闇の鎧が魔法陣から顕れる。
業火が、ゾンビもサメも焼き払う。
クラス「魔導鎧士」、ファントムアーマー。
黒い装甲は、骸のようにも、鬼のようにも映る。
闇の炎の中から、赤い眼が光り、アーマーを装備した八車が現れる。
彼の手元で、アーマーバンクルが焼け付く。
ファントムレンズは、強力であるものの、別のレンズへの換装ができなくなる。
有象無象を、ファントムアーマーの力で焼き払い、白い灰が舞う道路では、JJが横たわっている。
全身、赤いエフェクトに覆われて、もはや人と判断できない状態となっている。
インベントリからサバイバルキットを取り出し、使う。
JJを覆う赤いエフェクトがどんどん消えていき、彼が目を覚ます。
八車が、何も言わず手を差し出す。
「――助かった。サンキュー。」
「‥‥‥‥フン。礼は入らん。」
「そうか。」
八車が右手を握り込む。
JJが、左手を握り込む。
闇の炎と、蒼い炎が混ざり、ストリートを突っ切る。
2人は、軽く視線を交わし、鼻を鳴らし、互いに背中を預けた。
「フロント、こっちは順調だ。
――ヤマブキはどうだ?」
「合流するために、今そっちへ向かってる。
フロント、ジュースの用意を頼む。」
「hai!」
八車とフロントさんの2人と通信をするのは、クラス「モノノフ」のヤマブキ。
3人とも、ハルやアイと面識のあるメンバー。
ヤマブキは、汗と血で濡れるダイナを背負い、フロントたちの方へと向かっていた。
巨躯の死人を、スキル ≪空蝉の術≫ とスモークグレネードで翻弄し、どさくさに紛れて逃走。
文字通り、煙に巻いてフロントたちと合流する。
通信から間もなくして、ヤマブキが合流。
建物の屋根を飛び移り、フロントさんとセツナの元へ。
力尽きたダイナに、フロントさんが ≪ヒーリングⅡ≫ を発動。
「ジュースを奢ってやろう。」
「‥‥‥‥。――ぷはぁ~~!?」
寝かされていたダイナが息を吹き返す。
瞼が開き、茶色い瞳を見開き、上体を起こす。
「ダイナ、良かった。」
「お目覚めかい? お嬢さん?」
「‥‥えっと、セツナに――それと~?」
「俺はヤマブキ。で、こっちがフロント。」
「謙虚だから、さん付けで良い。」
「あと、八車っていう、強くてスカした野郎も一緒さ。」
「謙虚だから、はっちゃんで良い。」
「ボクはダイナ、よろしく。
それと、ありがとう。ヤマブキさん、フロントさん。」
「‥‥俺に、さん付けはしなくていい。」
ヤマブキは、困ったように頭を掻く。
自分が助けた、ダイナというプレイヤー。
ヤマブキは、この小柄な金髪サイドテールの女性を知っている。
過去作のPvPで、ボコボコにされた記憶がある。
(俺だけ‥‥、もしかして場違い?)
屋上を飛んで移動していた時、彼は見た。
八車と一緒に戦っていた、火薬術士のプレイヤーを。
チラッとしか見ていないが、彼も相当な手練れだろう。
クリスマスイベント、生存者は6名。
うち、ランカー5名。
ヤマブキだけ、非ランカー。
化け物集団に、一般ピーポーが混ざってしまう事態となった。
「ブラボー! ブラボー! 良い子のサバイバー諸君!」
ゾンビと、サメの動きが止まった。
呻き声と、戦いの争乱が収まり、しんとした空気にナイスデイの拍手が響く。
ゾンビの群れの中から、アンドロイドの足長サンタが姿を見せる。
セツナの爆弾に巻き込まれて、彼のヘリが墜落したのだが、そんなハプニングをおくびにも見せず、堂々と振る舞う。
生き残った6人が、ナイスデイの元に集まる。
強制飛び入り参加をさせられた、JJと八車は、彼に感謝の気持ちを渡す。
黒と蒼の炎が迸り、地面と空気を焦がしながら、炎が合わさりナイスデイに迫る。
ナイスデイは、手近なゾンビの襟首を掴み、迫る灼熱へと放り投げる。
掴まれたゾンビは、全身に亀裂が走り、体内が赤く輝き、周囲に湯気が立つ。
暴走させられ、灼熱へ半ば突っ込むように激突し、爆発が起きる。
ナイスデイは、オーバーリアクションで爆風をやり過ごし、煤けたサンタ服の汚れを払う。
銀色の歯を見せつけ、ニカリと嗤う。
ここに来て、悪人面を披露。
人間を見下し、蟻や羽虫ていどにしか思っていない表情。
彼は、この街の人間を、残さずゾンビにしたのだ。
このイベントのためだけに、大量虐殺を行っている。
なぜなら、そっちの方が面白いから。
プレイヤーが、これから倒そうとしている敵とは、そういう人物なのだ。
「ここからが、クライマックス――!
良い子の諸君には、クリスマスボスをプレゼン――。」
右手を挙げ、指を弾こうと、大仰なセリフと共に。
しかし、それは叶わなかった。
‥‥右手を失えば、指を動かすこともできなかろう。
突風が吹いた。
かまいたちが起きた。
ナイスデイの腕が、吹き飛んだ。
「な!? 何をして――。」
ナイスデイの胴が切り刻まれた。
ズルリと、胴体が脚の上から滑り落ちる。
悲鳴を上げる暇も無いまま、生首が切り刻まれて、スクラップとなる。
生き別れの同胞を見届けた脚は、同胞を追って、膝から崩れ落ちた。
巨躯のゾンビだ。
両手が大鎌へと変異したゾンビが、ナイスデイをスクラップへと変えた。
「――――!」
何かの気配に反応したのは、フロントさん。
口よりも先に、身体が動いた。
ダイナの横まで移動し、盾を構える。
甲高い音と共に、銃弾が跳弾し、道路に穴を開ける。
狙撃。
銃声の方へと視線をやれば、ダイナが心臓を穿ったはずのキラーが、ライフルを構え、スコープを覗いている。
空からは、どこからともなく、大ザメが姿を現す。
大量の銃弾を浴びたのであろう、頭の皮膚が剥がれたゾンビメガロドンが空を泳ぎ、巨躯のゾンビの元へ。
セツナたちが相手していた個体とは、違う。
腹に大穴が開いていない。
それに、ヤツは今、ビルの下敷きになっているはずだ。
‥‥少し、おかしいと思っていた。
イベント後半、明らかにサバイバーが脱落するペースが上がった。
――ゾンビメガロドンは、2体いた。
メガロドンが、巨躯のゾンビを空から飲み込んだ。
飲み込み、道路を滑り、咀嚼する。
サンタ服のキラーは、その様子を屋上から眺めている。
ゾンビがサメに食われたのを認めると、屋上から飛び降りて、メガロドンの前へ。
メガロドンが震える。
震えて、口から血を吐く。
体を、中から無理やり動かされている。
メガロドンの体内から、鎌が突き出て伸びる。
背中を裂いて、鎌が伸びる。
「ヒィィィィィハァァァァァァ!
オレ! 再臨ッッッ!!」
背を裂いて現れたのは、ダイナを執拗に追いまわしていたキラー、ノクターだった。
サンタ服に、白と黒の化粧。
メタルバンドのような、コープスペイントを顔に施したキラー。
人間サイズに戻った彼は、サメの腹から生還し、サメの背に乗り、舌を出しサバイバーを挑発する。
ビリビリとサンタ服を破る。
サンタ服の下から、黒いレザージャケットや、穴あきグローブ、レザーパンツ。
衣装チェンジ。
着替えが終わったら、長い髪を掻き揚げて、左手でメロイックサインを作る。
人差し指と小指を立て、その他の指を畳んだ形の、メロイックサイン。
ロックやヘヴィメタルで見られる、ハンドサイン。
「クリスマスのボスは‥‥、オレが頂いたァ!
ヒィィィィィハァァァァァァ!」
サバイバー6人の視界に、メッセージが表示される。
『ボス ”ノクター” と "メリッサ" を倒せ。』
道路の奥で、轟音が響いた。
セツナたちが、ゾンビメガロドンを埋めた方角。
ハルとアイから貰った武器を総動員して、ビルの下敷きにしたメガロドン。
セツナがアイから貰ったレバーアクションクロスボウは、榴弾の矢を発射する物であった。
脆い廃ビルにメガロドンを誘い込み、爆発物で生き埋めにしたのだ。
それで殺せたと思ってはいなかったが‥‥、案の定だったようだ。
JJのインベントリから、勝手に通信機が出てくる。
空へと浮かび、通信機の中から、女性が現れる。
半透明で青白い姿をした、ショートヘアの女性。
『皆さんをご案内できて、光栄に思います。』
そう言って、彼女はメガロドンに憑依した。
潰れたビルの中で昼寝をしていた、腹に穴を開けたゾンビメガロドンの死んだ瞳に、白い炎が灯る。
怒涛の急展開に、サバイバー6人は置いてけぼり。
地上には、ノクター。
空には、メリッサ。
もう、滅茶苦茶である。
「メタルバンドの――、オレ!」
「バイオリニストの――、僕。」
「「今こそ! ひとつに!」」
滅茶苦茶な状況を、さらに訳を分からなくするノクター。
彼は、ライフルを持ったキラーと共鳴する。
彼らは、2人で1人。
――らしい。
ノクターの中では、壮大なストーリーがあるのだろうが、それをサバイバーは知り得ない。
ノクターは、ゾンビメガロドンの亡骸の上で、両手を掲げる。
両手でメロイックサインを作る。
ゆっくりと、両手を近づける。
ノクターと、狙撃キラーの共鳴が強くなる。
そして――。
メロイックサインの、人差し指が、互いに交差した。
「ヒィィィィハァァァァァア!!!!」
強烈な光が柱となり、空を突き抜ける。
膨大な魔力が、ノクターの身体から溢れていく。
何万という大衆の歓声が響くような、人が大気と大地を揺らす圧力が、肌をピリピリとヒリつかせる。
「感じる! 感じるぜぇぇぇ!
デッケェ波をよォォォ!」
魔力が爆ぜた。
ノクターの身体から、黒い魔力が爆ぜ、衝撃波を起こす。
フロントさんが盾で受け、その他の者は吹き飛ばされて、地面を転がる。
「アァ‥‥。オレは今、生まれ変わった‥‥。
ユニークとして――――!」
ユニーク。
その単語に、6人は顔をしかめる。
M&Cに、ユニークは存在しない。
過去作から連綿と続く、世界の鉄則。
あらゆるクラスやスキル、アイテムは、すべてのプレイヤーに対し、平等に与えられる。
プレイヤーは、自らの個性を磨き、プレイヤースキルによる象徴的才能によって自己を表現する。
それが、この世界の鉄則。
それが、プレイヤーに与えられる、平等。
‥‥プレイヤーに与えられる平等。
つまり、ボスに関しては、プレイヤーと敵対するヴィランに関しては、その限りでは無い。
「これから死にゆくオマエ達に、教えてやろう――。
オレのユニーク。
この世界で、この歴史で史上初の、唯一無二ッッ!!!!」
ノクターは、マイクを握る。
「オレのユニーククラス!! それはッッ!
デス・ゾンビメガロドン・デス・メタルネクロマンサーッッッッ!!!!
ヴォォォォォォォォオオオ――――!!」
――揺れる。――揺れている。
マイクから放たれるデスボイスが、世界を揺らし、建物を破壊し、プレイヤーの膝を折る。
ここに、存在してはいけないボスが誕生した。
セツナたちの同類。自衛団とダイバーの上澄み。
プレイヤーの操るCEを、生身で軽く捻れるランカーが、ユニーククラスを手に入れた。
100人の歩兵と同等と呼ばれるCEを倒せる人間が、ユニーク属性とボス属性を獲得してしまった。
それは、この世界に存在してはいけないボス。
勝つことを想定されていないのではなく、勝たせることを想定していないボス。
彼の魔神級のように、つけ入る隙など無いのだ。
ランカーに至るほどのプレイングスキルで、強大な力を行使する。
この世界のバグ。世界の鉄則を侵す異物。
――それは、この世界に存在してはいけないボス。




