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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
7.5章_恐怖! 恐怖のクリスマスシャーク!

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SS12.05_ダンシング・オブ・ザ・デッド

対数の法則という原理がある。


確率論や統計学を支える、大切な法則だ。

確率の心臓となる概念と呼んでも良い。


コイントスを10回やって、表がキッチリ5回だけ出る可能性は、案外と少ない。

しかし、コイントスを100回やって、表を50回。

1000回やって500回、1万回やって5千回――。


このように、試行回数を増やせば増やすほど、コインの表が出た回数は、計算で求まる数値に収束していく。


そして、コイントスの試行回数を、無限回まで増やした場合、コイントスで表が出る確率は50%となり、計算で求められる数値と一致する。


逆から言えば、計算で求められる数値とは、無限回のコイントスを繰り返すことによって測定できる数値とも言える。


もちろん、無限回行っても、もしかしたから、表が出る確率が50%にならないかも知れない。

50%よりも大きいかも知れないし、小さいかもしれない。


しかし、その誤差は、いわば無限小とも呼べるほどに小さな誤差。

とてつもなーーーく、小さい誤差であるので、無視ができてしまう。


だから、コイントスを無限回やれば、表が出る確率は50%。

これが、大数の法則であり、確率の肝となる部分だ。


この法則は非常に興味深く、また、注意深く観察する必要がある。


確率とは、その前提として、無限の試行回数をこなすことが求められている。

ここに、数学空間と、我々が住む日常空間のあいだに、大きな乖離(かいり)がある。


無限の試行とは、数学空間上では可能だか、日常空間では実現不可能。


ゆえに、確率とは得てして、机上と現実で乖離を起こす。


人は、無限にコイントスを出来ない。

‥‥つまり、コイントスの実測値は、上振れや下振れを起こすのだ。





世の中には、驚くほど運が悪い人間や、()の悪い人間が居る。


トランプゲームの大富豪をやれば、持ち札に5とか6が大量に混入したり、一番強いカードが10とかいう人間だ。


なぜかは分からないが、大富豪をすると、良いカードに好かれる人間と、そうでない人間に分かれる。


それを見ると――、大貧民が差し出すカードが、10とかJとかだった時を見ると。

この世には、確率で計れない、運や流れがあるのではないかと、信じてしまいそうになる。


では、大貧民が、死と血のクリスマスにおいて、プレゼントガチャを回すとどうなるか?


――きっと、見てる分には愉快なことになっているに、違いが無いのだ。



‥‥‥‥。

‥‥。



「だぁーーーー!!

 ふざけやげって!!」



クリスマスイベント開始から、約40分経過。

セツナは、走る死体から逃げながら、プレゼントの開封を行っていた。


1辺30cmほどの箱を開封すると、その中に入っていたのは、靴下。

サンタさんがプレゼントを入れてくれる、クリスマスストッキングと呼ばれる靴下が入っていた。



――――


アイテム名:サンタさんの靴下

効果   :この靴下を持って生還すると、アイテムが貰える。


――――



「今は、それどころじゃないんだって!?」



残りの武器は、ヘレンダ93Rがラストマガジン。

リボルバーが5発。


なぜこんなに消耗しているかと言えば、プレゼントを開けても、碌なアイテムが入っていないからである。


それどころか、プレゼントには、開けるとデメリット効果が発動する物まであるらしい。

セツナはそれで、主力火器の弾を没収された。


その他には、蛇のオモチャが入ったドッキリトラップ。

クリスマスツリーの飾りつけに使えそうな、イルミネーションセット。

ナイスデイが使っている香水(?)。


などなど――。開ける箱、開ける箱、碌でもない物しか入っていなかった。

挙句、走るゾンビを召喚するボックスまで開けちゃって、現在逃走中。


オーブを壊すために動いているものの、中々思うように行軍が進まない。


走るゾンビと、少しだけ距離が出来た。

彼奴等は、パルクールで振り切ろうとしても、執拗にセツナを追って来る。


生意気にも、壁をよじ登ったり、前転着地などをして、走って飛んで追いかけて来る。

よって、倒すしかない。


ちょうど良い感じに、壁が崩れた建物を発見。

立ち止まって、小石を拾い集める。


拾った小石は、クリスマスのバカ野郎の靴下に詰め込む。

ブラックジャック。即席の暗器。


追いかけて来た4体のゾンビに、石の詰まった靴下を振り回しながら戦いを挑む。


先制して1体の側頭部を殴打。

頭が陥没し、動かなくなる。


遠心力を使い、別のゾンビの脳天へ一撃。

敵を倒し、靴下が破ける。


靴下を振るう。

破れて広がった穴から、中に詰めた石が飛び出る。


石の礫には遠心力が乗って、それなりの威力になっているらしく、残り2体のゾンビが足を止める。


1体に狙いを定め、跳躍後ろ蹴り。

回転をしながら、地面を蹴り、側頭部に蹴りを叩き込む。


後ろ蹴りをもらったゾンビは、首が変な方を向いて2度目の死を迎える。


破れた靴下を、右手に巻く。

拳の保護。


残り1体のゾンビの顔面を、右手で連打。

連続でジャブを放ち、細かいダメージを刻み、後退させる。


そして、トドメのテレフォンパンチ。

振りかぶった、大振りの一撃を、顔面に叩き込む。


ゾンビの頭は、拳と壁のサンドイッチとなり、潰れて動かなくなった。


戦闘状態を解かず、周囲を警戒。

不意打ちを狙うキラーは居ないか? ゾンビは居ないか? クリアリング。


歩く死人は居るが、キラーの影は見えない。


ボロボロになった靴下を捨てて、目的地へ。

もう、オーブの位置が近い。


通信機を案内に沿って走ること、3分足らず。

セツナは、比較的キレイなマンションの前に立っていた。


通信機が言うには、ここの最上階の部屋に、オーブがあるらしい。


小型のトランシーバーの中に入っているお姉さんが、そう教えてくれた。

お姉さんの名前は、メリッサ (Melissa)と言うらしい。


エントランスに入って、階段を上っていく。

マンションは5階建て。


道路を見下ろすように伸びている階段を、グルグルと上っていく。


右手には、ヘレンダを装備。

死角が多いため、銃を装備して戦闘に備える。


階段を駆け上がり、3階へ到着。

廊下には、これ見よがしに、プレゼントが積み上げられている。



「‥‥‥‥。」



無視して、4階を目指す。

もう、自分が箱を開けても、良いことは起きないと判断した。


こうなったら、キラーの武器を奪って、サバイバルの足しにする。

そう心に決めて、プレゼントを無視する。


3階の廊下から、4階へと上る階段に差し掛かる。



――カラン、コロン。



セツナの背後で、紙の箱が転がる音がした。



「――――!?!?」



ホラーが苦手な彼は、すぐさま音に反応。

自分でもビックリするほどの速さで、音がした方へと銃を向ける。


見ると、プレゼントの山から、手の平サイズの箱が、転がり落ちていた。

黄色い紙で包装された箱が、セツナに向かって転がっている。


‥‥山の向こうに、何か隠れているのであろうか?


ここの居住者が、襲って来る。

その可能性は、充分にある。


4階を上がる階段を引き返す。

銃を構えたまま、一歩、一歩と階段を下りる。


3階の廊下まで下りた。

プレゼントの山に近づく。


廊下に、乱雑に積まれたプレゼントボックス。

廊下を塞ぐほどに大量に、大小さまざまな箱が山積みとなっている。


その裏に回り込むように、クリアリングをしながら、プレゼント山から距離をとったまま回り込む。


1歩、2歩とを近づいて、もう後ろに回り込む。

そこまで進んだタイミング――!


プレゼントの山が崩れ、中から赤目の死体が飛び出して来た。


ヘレンダを発砲。

3点バーストの射撃が、ゾンビを捉える。


反動の大きなバースト射撃を、ピストルに装着されているフォアグリップを使うことで制御。


3発の弾丸のうち、2発がヘッドショットとなり、ゾンビは倒れる。

だが‥‥‥‥。


3階の部屋の扉が開く。

銃声に反応し、廊下に飛び出し、セツナを睨む無数の死体。


走って、上階へ。

相手をしていては弾丸が足りない。


さっさとオーブを破壊して、このマンションから、とんずらさせてもらう。


ヘレンダを右手で握り、腕を直角に曲げ、銃口を天井に向けた状態で走る。


銃口を上に向けるのは、マズルコントロール。

銃口を下に向けると、走る自分の脚を撃ち抜く危険性がある。


3階に背を向けるセツナの後ろで、小さなプレゼント箱が震える。

死体の呻き声に混ざり、カタカタと音を立てる。


音を立て、跳ねて、セツナに飛びついた。



「――――ッッ!? あぁ‥‥!!」



背後からの奇襲。

右手の人差し指に、痛みが走る。


走りながら、手の状態を確認。

そこには、箱の中から顔を出す、小さなサメの姿があった。



「くぅぅぅ!! このッ!!」



サメを指から引き剥がす。


銃のトリガーから離していた人指し指を噛まれた。

噛んだサメを、左手で引っ張って、はぎ取る。


サメを、人差し指と一緒に引き剥がして、足元に投げつけて踏みつける。

サメと人差し指が潰れた。


指が4本になってしまった右手を見ながら、ヘレンダを左手に持ち変える。

人差し指が無ければ、引き金を引けない。


幸い、セツナは左手でもある程度の射撃ができる。

射撃練習に付き合ってくれた友人に感謝しながら、階段を駆け上る。


4階を通り過ぎ、5階を目指す。

踊り場に着いた。


5階を塞ぐように、大きなプレゼントが陣取っている。


箱に向けて発砲。

箱のど真ん中に、3つの穴が空く。


箱が大きく跳ねて、3つの穴が空いた面に、大穴が空く。


1辺1メートルサイズの箱から、サメの頭が飛び出して来た。


ミミックシャーク。

指を食われたサメと同じ種類で、なおかつ大型の個体。


もう1回、ミミックシャークに向けて発砲。

弾丸は3発とも命中するも、しかし、サメを殺せない。


サメの頭は、プレゼントの体を跳ねさせながら、セツナに襲い掛かる。

踊り場に居るセツナに飛び掛かり、食おうとする。



「ゾンビの次は、サメかよ!?」



減らず口を叩きながら、階段を下りる。

4階へと戻り、3階へと繋がる踊り場へ。


3階の廊下から、マンションの住民がセツナを追って来ている。

プレゼントの山がバリケードになってくれていたおかげで、進行が遅い。


が、囲まれてしまった。


4階にはサメ。3階にはゾンビ。

‥‥万事休す。‥‥そして、計画通り。


踊り場で立ち往生しているセツナに、4階からサメが飛びつく。


セツナは、グレネードを足元に。

階段の転落防止用の壁に手を掛けて、飛び越える。


パルクールの見せ所。

壁を飛び越え、ぶら下がる。


ぶら下がり、手を離す。

下の階へ。


3階の踊り場から、一足飛びで2階の踊り場まで急降下。


2階踊り場の、転落防止の壁に着地。

すぐさま中に飛び込んで、階段を転がり落ちる。


同時に、3階の踊り場が爆発。


グレネードが、転落防止の壁を破壊し、爆風でミミックシャークを浮かし、道路へと放り投げた。


セツナは、階段を転がり落ちた体勢のまま、サバイバルキットを使う。

彼の耳に、サメが落ちた音と、銃声が届いた。


物陰に隠れ、指が再生するまで待つ。

踊り場へと上り、道路を見下ろす。


‥‥‥‥。

ミミックシャークの死体を確認。


死体は、マンションの前には見つからない。


首を右側に捻ると、建物から離れた場所に、死体が転がっていた。

ただ、サメの死体は、セツナが突き落とした1匹に留まらない。


ゾンビに混じり、海の暴れん坊の死体がそこかしこに転がっている。



「――――!」



嫌な予感がして、頭を下げた。

踊り場の、壁の後ろに隠れる。


セツナの頭の上を、空を泳ぐ人食いサメが通り過ぎる。


銃を、右手で発砲。

サバイバルキットによって回復した指で引き金を引き、サメを仕留めた。



「‥‥‥‥。はぁ~~~。」



ヘレンダの残弾は、あと8発。

三点バーストで使用すれば、あと3トリガーで弾が尽きる。


左手にヘレンダ、右手でリボルバーを抜く。


オーブを破壊するために、再び5階を目指す。


小ザメに指を持っていかれた3階を通り過ぎて、踊り場。

やけに騒がしいと思えば、フライングシャークが、踊り場のゾンビを食っている。


グレネードで壊された壁から進入して、死体を食い散らかし、顔を真っ赤に染めていた。

最後の1体を平らげて、げっぷをしている。



「‥‥‥‥。」



ヘレンダを発砲。ヘッドショット。

踊り場から、動かなくなったサメを蹴り落とす。


何事も無かったかのように、踊り場から4階へ。そして5階へ。

地上では、脂の乗ったサメを食すべく、飢えた死体がのろのろと集まっている。



‥‥‥‥。

‥‥。



色々あったが、5階へ到着。

501号室へとお邪魔する。


鍵は開いており、罠の類いも無かった。


セントラルの家屋は、西洋式が主流。

日本からセントラルに移った人間も多く、和式の住居もあるが、このマンションは西洋式。


土足のままお邪魔して、リビングへ。

中は、死の街にしては驚くほど綺麗。


外の狂気などとは無縁と言わんばかりに、埃や汚れのひとつも無い。


リビングの真ん中には、黄色いオーブ。

サッカーボールくらいの大きさのオーブが、立派な台座の上に鎮座している。


銃をしまい、台座からオーブを失敬。

失敬して、粗相をガシャリ。


床に向けて、オーブを投げつけ、粉々に破壊した。


黄色かったオーブは、力を失い、無色透明なガラス片となる。


安堵の息をつく。

少々疲れた顔で、リビングを見渡す。


茶色いテーブルが目に入り、そこへと歩く。

家族で囲めそうなテーブルの上には、マジックインキのペンと、ヘレンダのマガジン。


マジックペンを手に取る。



(おれはやった!)



茶色いテーブルに、そうメッセージを残した。

ついでに、ヘレンダのマガジンを拝借させてもらう。


メッセージを残し、マガジンを回収し、通信機で次の目的地を調べ、マンションを後にした。

清潔な部屋を出て、風通しの良くなった階段を下り、死体が歩く狂気の街へと降り立つ。



「――見つけましたわよ!」



女性の声。


明らかに自分に向けられた声に、ため息。

次から次へと――。今日は厄日だ。間違いない。


腰に手を当てて、ため息を付くセツナにも構わず、女性は言葉を続ける。



「あなたは、セツナさん――で、よろしくて?」



セツナに声を掛けてきた女性。

外見は、絵に描いたようなお嬢様。


長い金髪のロールヘア。

翡翠のような、緑色の瞳。


赤く艶やかな口紅に、ロングドレスのような、サンタ衣装。

――キラーだ。


お嬢様系キラーが、陰気な街で、金髪をキラキラと掻き上げて、金色の粒子を靡かせている。


切れ長の瞳を持つ彼女に、セツナは肩をすくめて返す。

とぼける、というよりも、肯定の意味を込めたジェスチャー。


お嬢様は、鋭い瞳をギラつかせ、真っ赤な唇の口角を吊り上げる。



「失礼いたしました。わたくし、アンジェリカと申します。

 アンジェとお呼びください。」



ドレスの裾をつまみ、軽く一礼。

セツナは、のろのろと近づくゾンビをぶちのめしている。



「ごきげんよう、アンジェさん。」



ゾンビにマウントを取りながら、そう返した。

その辺に転がっている石を拾い、ゾンビの頭を殴って大人しくさせる。



「‥‥で? 何かオレに用事?」



会話をしながらも、周囲の警戒は怠らない。


アンジェはゾンビに襲われないかもしれないが、セツナは違う。

ついでに、逃走ルートも見繕うためにも、視線を左右へと振り、目で情報を集めている。


アンジェは、セツナの質問に、不敵な笑みを浮かべる。



「ふふ――。実はわたくし、とある方から、ある情報を頂きましたの。」

「とある方? ある情報?」


「ええ――。ふふ――。ふふふふふふ――。」



‥‥もう逃げたい!

会話なんか打ち切って、もう逃げたい!


そこはかとなく、イヤな予感がする。


アンジェの瞳に、殺気がこもる。



「ええ‥‥。ええ。ええ――!

 良いですわよねぇ! 両手に淑女を侍らして、イベントに参加するのはッ!!」


「‥‥? ――!

 ダイナだな~、アイツ~~!」



どういう経緯かは知らないが、今日のセツナのパーティ編成を聞きつけたダイナリスナーが、凸を仕掛けて来たらしい。


変則的なフレンドリーファイアが飛んで来た。

まさか、この局面でダイナに背中から撃たれるとは、夢にも思わなかった、


アンジェが、インベントリから武器を取り出す。

手に取った獲物は、レイピア。


高飛車なお嬢様らしい得物だ。(?)


細い刃を、背後に一閃。

アンジェを食おうとしたサメの腹を下から切りつける。


レイピアがしなり、腹に横一直線の切り傷を与える。


サメが、ダメージで地面を転がる。

脳天に、突きを放ち、軽々と仕留める。


キラーやゾンビさえも、無差別に襲うサメを倒し、セツナへと向き直る。


アンジェがレイピアを、顔の前で垂直に立てる。

フェンシングで見られる、挨拶の構え。


フェンシングでは、「気を付け(ラッサンブレ)(サリュエ)」の構えだが、この場においての意味は‥‥。






――オマエを56す。



「リア充死すべしですわ! お覚悟!!」



アンジェ。彼女は、ダイナのチャンネルのリスナー。

同志たちと共に、強く気高く麗しい電脳の乙女を志す、道の求道者。


もちろん、中身は男である。


アンジェは、ダイナの何気なく放った一言により、執念と怨念でセツナを探し回っていた。

仇敵を前に、レイピアを構え、突っ込む。



「死に晒しなさい――!!」

「‥‥‥‥。」



銃声。2発。

リボルバーがホルスターから抜き放たれ、アンジェのどてっ腹に風穴を開けた。



「ぐはぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」



野太い悲鳴と共に、アンジェが仰向けに倒れる。

赤いサンタドレスが、雪も降っていないのに濡れていく。



「悪いね。アンジェさん。」



アンジェの右腕を踏みつけて、レイピアを奪う。

奪ったレイピアで、胸を2度切りつける。


剣に対して、銃でマジレス。

挙句、剣を奪って、奪った剣で嬲る。


どっちがキラーか分かったものではない。


トドメも刺そうと思ったが、サメの妨害が入り、アンジェから離れる。

セツナが離れたの見て、アンジェも横に転がってサメの噛みつきを回避。


サメは、セツナがレイピアで仕留めた。



「これ、借りていくよ。」



深追いは厳禁。

そそくさと、セツナは背中を見せて、路地裏へと入って行く。



「ま、ま゛ち゛なさ゛い゛! 待て゛‥‥、この野゛郎、ですわ――!」



サバイバルキットで回復しながら、セツナに手を伸ばすアンジェであった。



‥‥‥‥。

‥‥。



ESS(イズ)(スマートデバイス内蔵AI)さん。

 ダイナの配信にコメントしといて。


 素敵なプレゼントを、どうもありがとう! って。」


『かしこまりました。』



アンジェから逃げおおせ、武器まで奪ったセツナは、人気の無い路地裏を歩いている。

ESSに、ダイナへの感謝の伝言をお願いし、周囲を索敵しながら進む。


セツナの足が止まる。

道端に、プレゼントボックスを見つけた。


腕に抱えられるくらいの大きさの、箱。



「‥‥‥‥。」



レイピアの切っ先を向けて近づき、切りつける。

箱鮫の可能性もあるから、迂闊にスルーもできない。


切りつけた箱は、道端から道の真ん中へと転がり、細い路地裏の交差点で止まる。


交差点の右側から、プレイヤーが2人歩いて来て、転がって来た箱に足を止める。



「見つけましたわよぉー! 逃がしませんわぁー!」



後ろからはアンジェの声。

リア充の匂いをかぎ分けて、追って来た。


‥‥日が傾いてきた空を、現実逃避をするように見上げるセツナであった。





「アイさん。‥‥兄さんと、何かありました?」

「ぴゆゅい!?!?」



愉快な声が、アイの口から漏れた。

質問したハルまで、ビックリしてしまう。


2人は、手頃なサバイバーを狩りつつ、戦果を積み、報酬アップを狙い奮闘していた。


今は呼吸を整えるため、人気の少ない路地裏へと入り、歩いて休憩中。


タイミングも良いので、ハルは何とはなしに、アイとセツナの関係性について聞いてみた。



「べべべ、別に!? ナニモありませんよ!? 本当ですよ!?」



‥‥なんか、嘘のつき方が、兄にそっくりだ。

いつもは抑揚の少ない声が上擦っているし、表情の変化にも乏しい顔の上で、忙しく目が泳いでいる。


これで確信した。

ちょっとイジワルして、発破を掛けてみる。



「本当ですか~? 今日、いつもよりも、兄さんと目を合わせている時間が、長いですよ~?

 私の気のせいかな~~。」


「うぐ‥‥。それは‥‥。」



ジト目で詰め寄るハルの視線から逃げるように、視線を落とす。

アイの頬が、ほのかに色ずく。



「――そ、そんなに、態度に出てます?」


「出てます、出てます。

 もう、隙あらば2人の世界に入っちゃいそうなくらい。」


「ああ――。そうは――‥‥‥‥ごにょごにょ‥‥。」



‥‥どうしよう。

思った以上に、急にしおらしくなっちゃった。



(照れてるアイさん。‥‥可愛いかも!)



内心、テンションが上がるハル。

もっと揶揄いたいが、ここらで種明かし。



「まっ、ウソなんですけどね!」

「‥‥‥‥! もう! ハルちゃん!」



顔を上げたアイが、ハルに抱きつく。

身目麗しいサンタ美女が、路地裏で仲良くくっついて歩く。


今日の、セツナとアイ。

2人の様子がいつもと変わっていたのは本当だ。


そこまで露骨な変化は無かったが、ハルには分かる。ハルなら気付く。

セツナの妹で、アイの友人であるハルだからこそ気付けた。


この変化は、良い変化だ。


友人だった関係が、それとは別の関係性に変わった。

つまりは、そういうことなのだろう。


2人に何があったのか? 何が、今までの関係性を変えたのか?

それは深く詮索しない。


兄は、つい1週間ほど前、全身ボロボロの大怪我を負っていた。

自分が肩を貸さないと歩けないほどの重傷だったのに、今はもう包帯が取れて、元の生活を送っている。


現代の最先端医療でも、そんな回復力を得られる治療法なんて無い。

1週間そこそこで、死に体から全快するなんて、ハルの知る限り、考えられない。


‥‥何かがあったのだ。

多くの人が知るべきでない、家族にも言えない、何かが。


でも、兄は生きている。アイも、生きている。

そして、セツナとアイが、ねんごろな関係となった。


それは、ハルにとっても喜ばしい。

今は、それだけで良しとする。


ハルに抱きついていたアイが、離れる。

人差し指を唇に当てて、ウインクをする。



「ハルちゃん。クリスマスは、お兄さんをお借りしますね。」

「どうぞどうぞ。――こき使ってやってください。」



大きな喜びと、ちょっぴりの寂しさ。

心が温かくなって、少し震えた。


アイの笑顔に、ハルまで笑顔になる。


呻き声と悲鳴が広がる街で、陽気なのろけ話。

幸せ気分の2人の足元に、裂けたプレゼントボックスが転がって来る。


カランコロン。

音に釣られて、視線を落とす。


落とした視線を上げると、見慣れたパーカーの男。

何やら、金髪の女性に詰め寄られている。



「ほら! 返しなさいッ!

 それは、わたくしのですってよ!!」


「い・や・だ、返さない!

 そんなに大事なら、ちゃんと名前でも書いときなよ――!」


「「は?」」



セツナと見知らぬ女性が、取っ組み合っている。

‥‥2人が、こっちに気が付いた。


アンジェがセツナに抱きついたまま、取っ組み合う2人は、ハルとアイの方を見る。



「に――。兄さんが――。」



ハルが、ゆっくりと自分の兄を指差す。



「兄さんが、アイさんに捨てられたから、別の女を捕まえてる~!!!!」

「ハル!? 誤解を招くようなことを言うんじゃありません!」



ハルと一緒にいたアイは、茫然自失。

大きく開いた瞳が映す、目の前の現実が受け入れられず、ふらふらと後ろに下がる。



「ア‥‥アイ? ――アイさん?」



引き攣った顔のセツナからの呼びかけも、彼女には届かない。


目と口を開き、茫然と――。

そして‥‥。



「‥‥‥‥‥‥‥‥ぐす。」



アイは、泣いた。

両手で目を覆って、しくしくと泣く――フリをする。


えんえんと両目で泣きマネをしている一方、口元には、思いっきり笑窪(えくぼ)ができている。



「アイ!? それ止めて!

 演技だと分かってても、メンタルに来るから!!」



しくしくアイちゃんの口元から、舌がべーっと伸びた。

息のあったやり取りに、蚊帳の外にされるアンジェ。



「――――! ふぅ゛ぅ゛ンン!!」



もちろん、彼女の胸中穏やかでない。

傍目で分かるほどに仲良しな3人を見て、堪忍袋が、袋ごと持っていかれる。


セツナを背負い投げで投げ飛ばし、地面に叩きつけ、レイピアを奪い返す。


彼の首元に、切っ先を突きつける。


アンジェの行動に、反応するアイとハル。



「おっと――?」

「動かないで。」



アイとハルが、アンジェに銃を向ける。


セツナをどうにかしようとしたら‥‥、この態勢でも、アンジェにはどうにもできないだろうが、もし彼に危害を加えるようなら、撃つ。


キラー同士にも関わらず、2人はアンジェを脅す。



「彼から、手を引いてください。」

「その人を倒すのは、私たちです。」



アンジェの唇が、への字に曲がる。

肩を、わなわなと震わせる。



「きぃーーーーーー!!!!

 憎いですわ! 羨ましいですわッ!! 悔しいですわぁぁぁ!!!」



どこからともなく、ハンカチーフを取り出して、噛んで引っ張るアンジェ。


最初は、半分ネタのつもりでセツナを探していたのだが、ここまで息が合っているのを見ると、なんだか無性に妬けてくる。


ダイナと肩を並べられるほど強いのに、人望もあるなんて、スゴイし憧れるし、妬ましい!


ハンカチを引っ張り、歯ぎしりをするアンジェ。


その足元を、歩けば棒に当たる男が、ほふく前進で、そろそろり。

どさくさに紛れて、脱出を図ろうとしている。


――息を殺す彼の前に、剣先が一閃ひとつ降りて来て、銃弾が2発、道に穴を開けた。



「‥‥‥‥っ!?」


「逃げようたって、そうはいきませんわよ!」


「兄さん、これ以上無駄な抵抗はやめて!

 自首しましょう?」


「‥‥‥‥。」


「大丈夫ですセツナ。私が、傍にいてあげますから。」


「‥‥‥‥。

 デート券にホイホイ釣られた人間に、何を言われても――危なッ!」



勘が良い男だ。


上から降ってきたレイピアと弾丸を、器用にセツナが躱す。

ダンスをやっているからか、寝転がっている状態から平気で攻撃を躱す。


胴体を狙ったレイピアを逆立ちになって避けて、逆立ちで歩いて銃撃を躱した。


危険が危なかった状態を脱出。

続けて、セツナが反撃。



「あっ! サメだ!」



空を指差す。

サメは、サバイバーやキラー関係なく襲う。


キラーにとっても、サメは脅威なのだ。


反射的に、セツナの声と指に視線が釣られてしまう。



「今だ!」



セツナは。地面に転がっているプレゼントボックスを抱え、逃走。

追って来る、サンタ服のキラー3人組との鬼ごっこが始まる。


背中に嫌な予感を感じて、前に飛ぶ。

前へとローリングをすると、銃弾が身体の上を通り過ぎて行った。


続けて、コークスクリュー。

地面を蹴り、身体を地面と水平に。


空中で3回転する動きで、縦の被弾面積を減らす。

まるで、後ろに目が付いているかのように、アイとハルの射撃タイミングを見切り、銃弾を捌く。


セツナは走りながら、プレゼントを開ける。

背は、腹に変えられない。


3人から逃げるには、手札が足りない。


この箱の中身で、対応することに決める。

なにせ、自分は歩けば棒に当たるのだ。


不運を逆手に取ってやる。

この中身が爆弾ならば、しめたものだ。


箱の包装をビリビリと破り、目の前に現れたゾンビを横から蹴って、サイドフリップ。

即宙をして、路地裏の壁に足を付き、もう一度サイドフリップ。


地面に着地。

背中を狙う銃口から逃げながら、箱の蓋を開ける!


中に入っていたのは――、黒い箱。


長方形のボディ。

左右についたスピーカー。


銀色のアンテナに、ボディ上部に並ぶボタン。



「‥‥なにこれ?」



いわゆる、ラジカセという機器である。

セツナは、見たことがないであろうが。


ただ、ラジオは見たことがあるので、ラジオの仲間だろうとの検討は付いた。



「‥‥‥‥。」



カチャリ。

ノータイムで、再生の矢印が刻印されているボタンを押す。


機械の中央で、黒いヒモがグルグルと回り始める。


‥‥‥‥。

‥‥。


――デッデン♪ ――デッデン♪ ――デッデン♪



(‥‥ん? このイントロは?)



ラジカセに挿入されている、カセットテープに録音されている音楽が再生される。

すると、後ろの銃声が止み、走る音も聞こえなくなる。



「か、身体が‥‥。」

「う、動きませんわ!?」

「勝手に踊ってる~!?」



――デッデン♪ ――デッデン♪ ――デッデン♪


アイたちは、ラジカセの音楽に釣られている。

釣られて。リズムを取っている。


‥‥いや、リズムを取らされている。

強制的に、踊らされている。


音楽に合わせて、首を右にクイッと傾けている。

‥‥なぜか、さっきセツナが蹴っ飛ばしたゾンビまで、踊り始めている。



「これはこれは――。」


「ちょっと‥‥! セツナ、何をしたんですか!?」

「うぅ‥‥。こんなの、私のキャラじゃ無いのに~!?」

「止められないですわ~。ダンシング・オブ・ザ・デッドですわ~!」



戸惑う女性陣など構わず、セツナはラジカセ片手に、大通りへと出る。



「よっしゃ、いくぞーーー!」


「「「やめて~~~!」」」



ラジカセの音楽に釣られて、大通りにゾンビが集まってくる。

サメも集まってくる。


空中に、尾びれで立って、胸ビレを腕の代わりにして、ビートを刻み、首を右にクイッ!


大通りを、セツナを先頭に、キラーとゾンビとサメの一団が練り歩く。



「ミュージック、スタート!」



デデーン♪ デーデーデーン♪


『もうすぐ真夜中。』

『影から何者かが、こっちを見ている。』


『月明かりの下。』

『心臓が止まるような光景を目にする。』



ラジカセから流れる曲は、不朽の名曲。

キングオブポップの異名を持つ、有名なシンガー&ダンサーの名曲。


1982年の12月に発売され、1億枚を売り上げた、伝説のアルバム。



『叫ぼうと試しても』

『恐怖のせいで口が動かない』



キングオブポップの名曲に、伝説的なアルバムに、人々が集まってくる。

大通りを行くグループに混ざり、踊る者が増えていく。



『恐ろしい”ヤツ等”のせいで』

『キミの心は凍り、身体は麻痺する』



――道端から、野生のマスクマンまで登場した。

肉体美を見せつけながら、セツナの後ろをついて行く。



サビが、来る!






『Cause this is wrestler(レスラー)! wrestler(レスラー) night(ナイト)!』



全員で、フロントラッドスプレッド!

両手を腰に当て、広背筋を強調するポーズ!



『誰一人として、この獣を止められない』



続けて、ダブルバイセップス!

下げていた腕を上に挙げて、上腕二頭筋を強調するポーズ!


セツナも、ラジカセから手を離して――。

全員の先頭で踊る。


その後ろでは、マスクマンがキレッキレの筋肉を弾けさせている。



『You know it's wrestler(レスラー)! wrestler night!』



今、ストリートは、一丸となっている。


サバイバーとキラー、立場を越えて。

ゾンビとサメ、種族を越えて。


100を超える群衆が、一糸乱れぬパフォーマンスを披露する。



『今夜、キミは恐怖に負けそうな自分を奮い立たせ――。』





『レスラーになるのさ!』





――決まった!

ストリートは、今ひとつになった。


最後はみんなで同じ決めポーズ。

超人スーパーデストロイヤーのポーズ。


右腕で力こぶを作り、左腕は斜め上45度。


超人のフィジカルを、この上なく強調する、弓を引くヘラクレスのように雄々しきポーズ。


パフォーマンスがピタリと揃い、ラジカセが止まる。



「――POW!!」



決めポーズで止まったバックダンサーの前で、セツナが動く。

右脚を華麗に振り上げて、虚空にハイキック。


後ろにいた、レスラー、サンタ、ゾンビ、サメ。

全員が後ろに吹き飛ぶ。



「それじゃ! シーユー!」


「きゅ~‥‥。」

「待ちさない‥‥!」

「くっ! このままじゃ終わりませんわよ。」



一目散に逃げ出すセツナ。


セツナに遅れて、キラーがうつ伏せの状態から起き上がる。

レスラーの背中を踏みつけて、サバイバーを追いかけるサンタトリオ。


セツナの前に、都合よくゾンビが飛び出してくる。



「うぅ~! ラリアットォ!!」



ラリアットで、ゾンビの首をもぐ。

そして、もいだ首を――。



「後ろに、ころころ~~。」



山地取れたて、もぎとった頭を、ボウリングの要領で投げて、道路を転がす。

ころころと生首が転がって、生首を3人のサンタさんへプレゼント。


――サンタさんの、足元の方へと、プレゼント。



「‥‥ヴぁぁぁあ゛あ゛。」



呻き声と共に、生首が空を見上げる。

スカート姿のサンタの近くで、空を見上げる。



「――!? ひっ!?」

「この! 汚らわしい!」



ハルがミニスカを抑え、アンジェが生首から離れる。



「‥‥‥‥!」



アイが、無言でゾンビを踏み潰しす。

下から見上げる不届きな視線は無くなった。



「「「‥‥‥‥。ふ、ふふ。ふふふ――‥‥。」」」



3人の目からハイライト消える。

暗い殺気を放つ視線の先に、もうセツナは居ない。



「泣かす! ぜっっっったい泣かす!」



ハルが顔に青筋を浮かべ、拳を震わせる。

その横でアイが、指をパキパキ鳴らし、首をコキコキしている。


アンジェは、ギロチンのような包丁を無言で取り出し、肩に担ぐ。


3人の心はひとつになり、3人のキラーは、ただ1人に狙いを付けて追跡を再開する。



「‥‥なんか、ヘイト管理ミスった気がする。」



背筋に寒気を覚えながら、次のオーブを目指すセツナであった。


‥‥‥‥。

‥‥。


◎クリスマスイベント

逃げ延び、生き延び、オーブを20個破壊しろ!


参加人数:961人

1時間13分経過


サバイバー:296/761

キラー  :128/200

オーブ  :10/30

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