SS12.02_なぜ彼は、この街にいるのか?
12月22日。
クリスマスイベント初日。
多くのプレイヤーがPvPサーバーへと集まり、セントラル西部に集まる中、北部の峠を攻める者が1人。
セントラル北部。
大自然と文明が融和した、セントラルで最大の面積を誇るエリア。
東部に置かれた首都「センター」に続く、第2の都市「セカンドシティ」を構え、大自然に囲まれて人々は暮らしている。
犯罪者による犯罪も少なく、人々は、仕事の合間に酒を飲み、酒を飲む合間に労働に勤しみ、悠々自適に暮らしている。
東部から北部への入り口となるのが、セントラル中央山脈。
国土を北と南で分断するようにそびえる山々。
「セントラルの背骨」とも呼ばれる山々は、北部を象徴する自然が広がる山岳地帯。
標高3000メートル級の山々からなり、最高地点は5000メートルにも達する。
魔力の力場が気候に影響を与え、山脈の西側は永久凍土となっており、そこはウインタースポーツの聖地となっている。
スキー、スノーボード、バイクにスケート。
白く美しいゲレンデを滑ってもいいし、岩肌を下るように滑っても、森林の中を動物たちと一緒に滑っても良い。
年から年中、1年を通して良質な雪が降る降雪地帯は、セントラルでも人気のレジャースポットだ。
さらさらとして軽い雪は、滑りやすく、転んでもケガをしにくい。
時折、発生する雪崩だって、この国では自然が生み出す臨時イベントだ。
魔力で強化された身体と、年から年中、鉛弾のブリザードが吹雪く環境で育ったセントラル人のメンタルは、雪崩にだって負けない。
白い雪山が広がる、中央山脈の西部。
対する中央山脈の東部は、緑と森林が広がる山々で構成される。
ウインタースポーツの聖地である西部とは対照的に、東部はモータースポーツの聖地。
走り屋たちの楽園だ。
山の麓から山頂まで、植林限界などお構いなしに森が広がり、そこをアスファルトの道が貫いている。
3000メートル級の山を、愛車で走り越える爽快感は、ハンドルを握る者の心を捉えて離さない。
麓の広葉樹林を越えて、針葉樹林。
愛車が、広葉樹林の枯れてなお美しい落ち葉を巻き上げて疾走し、針葉樹林が作り出す木漏れ日、天使の柱の光を浴びながら、森の中を駆けのぼる。
時たま、視界の左右に川が現れて、山越えのドライブに変化を与える。
低地では、川は広く、流れが緩やか。
高地になるほど、川は狭くなり、細く枝分かれして急流となる。
川の様子で、自分が今どの高さに居るか?
その変化だけでも楽しめる。
それよりも一目瞭然なのが、山を見下ろせる絶景スポットだ。
東部山脈の一部には、「蛇紋岩地帯」に似た地質が確認されているポイントが複数ある。
蛇紋岩地帯は、植物の成長に必要な、窒素・リン・カリウムの含有量が他の土壌と比べて少ない。
そのため、標高が低くても、背の高い木々が成長できず、独特の植生が見られるのだ。
このような蛇紋岩地帯に自生する植物のことを、「蛇紋岩地植生群」と呼ぶ。
さて、ドライバーにとっては、地質学や植物学の蘊蓄なんて不要であろう。
ラジオのチャンネルを変えられる前に、この蛇紋岩地植生群が、ドライバーにとって何の益となるか?
これを語ろう。
‥‥と言っても、語るよりも、見た方が早い。
山脈を走っていれば、ドライバーは絶対に気付く。
鬱蒼と森が広がる東部山脈で、森が途切れている場所に。
そこが、蛇紋岩地帯であり、蛇紋岩地植生群だ。
高地にさえ森が広がる東部山脈において、高く伸びる木々が生長できない場所。
そこには、ジャモンタンポポ (架空の植物)が群生している。
タンポポの生長によって、黄色くも、白くもなる絨毯の向こうには、自分が上った山を一望できる大自然のジオラマが広がっている。
ドライバーは、タンポポとその向こうに広がる景色に、車を停めてもいいし、そのまま車を走らせてもいい。
地質と植生的に珍しい蛇紋岩地帯に腰を下ろし、缶コーヒーを飲んでもいいし、雄大な景色を前に、電子タバコで一服してもいい。
気の向くまま、風の向くまま、ハンドルが導くまま、走り屋の楽園を、走ればいい。
クリスマスイベントなんてお構いなしに、山に導かれたっていいのだ。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
JJは、野生のヘラジカと、下り最強の座を争っていた。
3メートルを超える大きなシカと、肩を並べ道路を走る。
動物のギャラリーの度肝を抜きながら、1人と1匹が、熱いレースを繰り広げている。
今日は峠を攻めようと、新車の軽トラを走らせたのが、数時間前の話し。
JJは、ふと思ったのである。
軽トラは、セントラルを走るのに適した車であると。
‥‥‥‥。
?????
彼の理論によると、軽トラは、セントラルのカーチェイスにおいて最強なのだと言う。
‥‥‥‥。
?????
まあ、話しを最後まで聞いてみよう。
JJ曰く、セントラルのカーチェイスにおいて大事なのは、小回りと火力。
小回りが利けば、敵からの攻撃を捌きやすくなる。
つまり、小回り = 防御力とも言い換えられる。
そして、車体が小さければ、歩道をショートカットに使うことだってできる。
チンピラどもは、歩道を車道とばかりに走る連中ばかりなので、チンピラ相手に戦車へ乗るのは、相性が良くない。
逆に、小さなボディにパワフルなトルクを持っている車両は、チンピラの相手にうってつけだ。
カーチェイスにおいては、火力も大切だ。
結局のところ、この土地のチンピラを止めるためには、火力でぶちのめす以外に無い。
その点、軽トラの荷台にガンナーを配置すれば、乗用車なんて目ではないくらいの火力を確保できる。
ゆえに、セントラルのカーチェイスにおける最適解は、軽トラ。
日本製であれば、尚よい。
彼は、そう結論づけた。
そして、自分の理論を証明すべく、峠を攻めた。
理論は、証明されることによって、はじめて価値を持つ。
祖母や母のおかげで、JJはそれなりに教養がある。
音楽しかり、絵画しかり、歴史しかり。
理論と実践。経験は、この両輪で磨き上げられる。
だから、理屈詰めで頭でっかちになることもないし、精神論や根性論で、身体でっかち(?)になることも無い。
峠へと繰り出すと、最初はニュービー (新星)のイノシシが勝負を仕掛けてきた。
『そんなちっせぇ車で、山を走れんのか?』と挑発する彼を、小さなボディに積んだモンスターでビビらせ、ぶっちぎった。
次は、イノシシの親分である、ヤクとのレースになった。
背中にコブを持つ、長毛の牛。
車を弾き飛ばすフィジカルと、コブに蓄積したエネルギーによるスタミナを持つ実力者。
彼は、軽トラと頻繁に接触をするダーティプレイで、JJを追い込んだ。
しかし、JJはヤクと車を接触させたまま、コーナーをアウトへと膨らみ、彼をコースアウトさせることによりぶっちぎった。
3度目のレースは、ハンドルを握るゴリラだった。
この峠屈指の実力者で、確かなドライブテクニックと豪快なハンドル捌きで、この峠の高みに君臨している。
彼は強敵だった。
なにせ、コーナーを膨らんでコースアウトをして、勝負あったと思ったのも束の間。
彼は運転席から飛び降り、車を軽々と担ぎ、道なき道を駆け下り、大胆なショートカットをしたのだ。
だから、JJは空を飛んだ。
軽トラの荷台に飛び移り、火薬籠手を装備。
人類の叡智を結集させた蒼い炎を噴出し、空を飛んだのだ。
森の木を飛び越え、ショートカットをするゴリラを追い抜く。
森の木を躱す都合上、最短距離を走れないゴリラに対し、JJは空を真っ直ぐ直進。
大幅リードを逆転し、道に見事に着地を決めてゴリラの前を走り、ゴールテープを切った。
そしていよいよ、峠の王者、ヘラジカのお出ましだ。
グリズリーすら手出しができない、北国最強の生物。
巨体に見合った馬力、偶蹄目の粘り強いスタミナ。
加速、最高速、ハンドリング。
どれを取っても、今までの強敵を上回る相手。
こちらを見下ろすほどに大きく、強大な相手に、白くて小さな軽トラが食らいつく。
レースは中盤から終盤に差し掛かる辺り。
両雄一歩も譲らず、デッドヒートを繰り広げる。
峠を下る道、肩を並べて走り、コーナーに差し掛かる。
アクセルを踏み、加速して、コーナーを膨らむ。
軽トラとシカは、眼下に広がる森へと突っ込んだ。
峠の強者にとっては当たり前の、森ショートカット。
10メートルほどの崖を飛び降りて、ヘラジカが落下の速度も使いつつ加速。
対するJJは、助手席の手りゅう弾のピンを抜く。
地面に投げて、着地の衝撃を軽減。
黒い土にハンドルを取られながら、ショートカットを走る。
軽トラがふらついた分、ヘラジカに先行を許した。
それだけではない。
針葉樹の木の根が、軽トラのタイヤを妨害して、車体が跳ねる。
エンジンが生み出すトルクが、地上へと伝わらず、ヘラジカとの距離がますます広がって行く。
マシンの性能も、コースへの適正も、相手の方が格上。
窮地に立たせられるJJ。
下り最速、峠の王者を引き摺り出して、ここでつまらない走りをしてゴールなんて、あり得ない。
最後まで全力を尽くすことが、王者に対するリスペクトであるのは当然として、なによりも――。
(俺は、俺が失望する走りをしたくない――!)
自分の人生を特等席で見ているのは、いつだって自分だ。
一番真剣に、誰よりも熱くスクリーンを見ている自分を、落胆させる走りはしたくない!
その覚悟が、JJを大一番の大博打へと打って出させる。
コースを見極める。ラインを、見定める。
樹の位置、路面の状況。
ショートカットを越えた先。
――――!
JJが、ドアを開けた。
アクセルに重りを乗せ、荷台へとマジックワイヤーを駆使しつつ飛び乗る。
そして、火薬籠手を構える。
ホロディプレイで観戦するギャラリー。
森に先回りして、現地で観戦するギャラリー。
どちらからも、どよめきが起きる。
『まさか!? ターボで森を突っ切るつもりか!?』
『無茶だ! 車が持たない!』
『樹にぶつかって、おしまいだ!!』
蹄や肉球を持つギャラリーが口々に騒ぐ。
レースでの、自動運転は禁止されている。
今、軽トラはドライバーが居ない状態。
路面や、樹の根っこにハンドルを取られれば終わる。
それでも、JJは迷わない。
EXスキルを発動 ≪バレットタイム≫ !!
火薬籠手に、無限の力が、無限の火薬が供給される。
「ブースター‥‥、オン!!」
鉄の獣が、王者に向かって吠えた。
蒼い雄叫びを上げ、黒い爪が大地を掴み、速度を上げる。
無人の運転席など気にせず、ハンドルを握らずとも、圧倒的な火力で持って、森を突っ切る。
悪路を捻じ伏せ、木の根を切り裂き、大樹の幹をへし折り、直線最速の化け物が爆誕する。
ヘラジカとの距離が、ジリジリと縮まる。
王者の背中を捉えた!
ショートカットが終わる。
森を抜け、道路へと飛び出す。
ヘラジカと軽トラが、崖の上から道路に飛び降りる。
加速をし過ぎた軽トラが、道路の上で止まれない。
道の向こうまで飛んでしまう。
JJが、グレネードを投擲。
手動の窓を開けて、手りゅう弾を投げ、爆風でコースに復帰。
残すは、最終コーナーと最終ストレートのみ。
ヘラジカがわずかに先行し、コースのインを突く。
軽トラは、ヘラジカを追い抜くために、アウトへと膨らみながらコースを曲がる。
‥‥が、速度が乗り過ぎている。
ガードレールを突き破る勢いで、軽トラが大きく外へ膨らんでしまう。
勝負あった。
レースに関わった者全員が、そう思った。
――JJを除いて。
ありったけのグレネードを外へと放る。
バナナの束みたいになっているグレネードが宙を舞い、爆発。
軽トラのボディを黒く塗装しながら、爆風でコースへと押し戻す。
グレネードでコーナーを曲がり、速度を殺さず、そのままヘラジカに突進。
『――なに!?!?』
ヘラジカが、わずかにヨレた。
意識外からのアタックにより、一瞬、ほんの一瞬だけ減速する。
軽トラの鼻先が、王者の先を行った。
『ゴォォォォォォォォル!!!!!!』
レースの立会人を務めていたツキノワグマが、フラッグを全力で振るう。
『新たなキングの誕生だぁぁぁあああ!!
二本足のタフガイが、王者を下したァァァ!!!!』
JJは、軽トラを停めて、車から降りる。
頑張ってくれた相棒のボディを優しく撫で、労う。
そして、後ろから歩いてくる、ヘラジカの方へ。
『見事だ二本足よ。
侮りも、驕りも無かった。――完敗だ。』
ヘラジカはそう言って、右の前足を差し出す。
JJも右手を出し、固く握手をした。
レースの勝者を祝福するために、かつてJJと激戦を繰り広げたライバルたちが集まる。
今回のレース、勝てたのは、ライバルとの激闘があったから。
ライバルが、JJを強くしたのだ。
イノシシの、直線をぶっちぎる度胸。
ヤクの、ダーティなクロスプレー。
ゴリラの、ショートカットを使う知恵。
この勝利は、紛れも無くライバルがもたらしてくれた勝利だった。
ヘラジカは、ライバルに囲まれるJJの前で、頭を左右に振る。
彼の立派な角が、取れて道路に落ちる。
それを、見習いのヘラジカが手に取って、JJの元へ。
『王者の証だ。持っていけ。
俺は、自らを一から鍛え直す。
そして、再びこの峠の王者として、大自然の頂上で角を掲げる。』
敗者は、多くを語らず、ただ去るのみ。
最低限の言葉だけを告げ、背を向け、森へと消えていった。
JJも、車に乗り込む。
ライバルとギャラリーに見送られながら、東部山脈を後にした。
動物たちが見えなくなり、のどかな下り道を、のどかな速度で下っていく。
レースで火照ったパッションを、窓の外の風で冷ましていく。
――その時、不思議なことが起こった。
眩い、銀色と雪の結晶の光が瞬いて、思わず目を閉じる、
目を開けた時、そこに広がっていたのは――。
廃墟のように荒んだ建物と、それらが並び立つ、荒んだ街だった。
「‥‥ぬぅん?」
本日のクリスマスイベント。
現在ログインをしているランカーは、強☆制☆参☆加☆
ばっくれようたって、そうはいかないぞ♪
‥‥‥‥。
‥‥。
 




