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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
7.5章_恐怖! 恐怖のクリスマスシャーク!

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SS12.01_クリスマスイベント

創作において、音楽は重要だ。


映画、ドラマ、アニメ、ゲーム。

音楽は、視覚的な情報に、目に見えない色を描き加える。


音楽によって、画面の中で紡がれる物語の "意味" を伝え、感情移入を促す。


これは、音の無い創作媒体である、マンガや小説にも通じるところがある。


キャラのセリフ、擬音、文章。

それも、広義の意味での、音楽と言える。


音楽とは、音を重ねて音色にして、音色を繋げてメロディにして、メロディを繋げて曲にしている。

突き詰めれば、音楽とは、音の重なりと繋がりなのだ。


そして、文字や文章もまた、根幹にあるのは音なのだ。


文字とは、口語を記号化したものだ。

文字の起源は言葉であるから、発音がある。


一般的に、文字には対応する発音があるのだ。


だから、我々は文字を黙読する時だって、心の中で文字を声に出して読んでいる。


なぜならば、人は成長の段階において、口語を先に覚え、文字を後に覚えるから。

文字を先に覚えて、後になって口語を覚える子どもは居ない。


よって、文字を読むという動作でさえも、広義には音楽と言える。


そう考えると、我々の生活は音楽に溢れている。

音楽を聴くだけでなく、音楽を使っている。


我々は、音楽の影響を日々、無意識に受けているのだ。

音楽を使えば、人々の感情を、無意識に誘導することができる。


例えば、クラシック。


例えば朝起きて、クラシックが流れて来たとする。

曲は、バッハの「G線上のアリア」なんてどうだろう?


バイオリンとピアノのみで編曲された、オリジナルでも良いし、様々な楽器を用いて演奏する、オーケストラでも良い。


ゆったりと、田園に流れる川を、二羽の白鳥が泳いでいるような‥‥、バッハを代表する名曲。


これを朝、寝起きに聞けば、なんだか熱いコーヒーが飲みたくなるし、朝食には、カリッカリに焼いたトーストに、バターを塗って食べたくなってくる。


うっかり平日の朝に聞こうものなら、今日は仕事や学校をほっぽりだして‥‥。

このまま白鳥の水浴びを、うっとりと眺めていたい。


そういう気分に、きっとなるだろう。


音楽は、人々の感情に働きかける力がある。

その力は、創作が織りなす物語の、シーンを演出するための、重要な役割を持つ。



‥‥さて、ではここからが本題だ。


もし、「G線上のアリア」が、ゾンビ蔓延る街で流れると、どうだろう?



ここは、寂れた喫茶店。

入り口を、机や椅子で築いたバリケードで塞ぎ、籠城をする。


左の脇腹から出血。

ヤツ等に付けられた傷口は、血が固まらない。


――もう、自分も長くは無いだろう。


入り口や窓を、無作法に叩く音。

死体の腐った声帯から漏れる、呻き声。


傷口から流れる血が、右手を伝って床へと落ちる。

赤い死の足音から逃れるように、飢えた死神から目を背けるように、古臭いレコードの前へと足を運ぶ。


レコードの横には、マスターの趣味で集めたレコード盤がズラリ。


その中から無造作に、ひとつレコード盤を取り出す。

ケースから円盤を取り出して、本体へセット。


針を落とす前に、専用のクリーナーで円盤の表面を拭く。


右手に付着していた血が、クリーナーにべっとりと付いてしまって、それでも、血がレコードを汚すことなく、掃除が終わる。


アームを動かして、円盤に針を落とす。


カウンター席の椅子を引いて、腰を落とす。


そうして流れてきた曲は、ヨハン・セバスティアン・バッハの名曲、G線上のアリア。


ゆったりと、田園に流れる川を、二羽の白鳥が泳いでいるようなメロディが、アンプを通じて、スピーカーから奏でられる。


ぼーっと、レコードの上で規則正しく回る円盤と、水辺の悠久を奏でるメロディに身体を預ければ、どうしてだか、足元に滴る血も、外の呻き声も、気にならなくなってくる。


――割れた窓も、雪崩れ込んできた飢えた客も、気にならなくなってくる。


満員御礼、盛況と繁盛に賑わう喫茶店の外では、銃声が鳴り響いている。


ゴツイ機関銃を握りしめ、際限なく湧いてくる死者に、ただ一人、立ち向かっている。



「うおぉぉぉぉぉおおおおおッッッ!!!」



機関銃に負けないくらいゴツイ男が、機関銃に負けないくらい吠えて、戦う。

生者に嫉妬し、群がるゾンビどもを、次々と薙ぎ倒し、ゾンビの絨毯を拵えていく。



――パシュン。

上から、竹の割れるような、大きな音がした。



ゴツイ男の左胸に、小さな穴が空いて、彼の後ろの地面が抉れる。

口から、一筋の赤い線が零れる。



「――――ッ!! おォォォ‥‥‥‥ッ!!」



アドレナリンに支配された身体で、銃の引き金を引き続ける。

力が抜けていく脚で踏ん張り、震える腕で銃を支える。


最後まで諦めずに、戦士として戦う彼にも、ついに神の()()()へと導かる順番が回って来た。

神の使わせた死者が、彼の背後から噛みついた。


1匹、首筋を噛んで。1匹、脚に噛みついて。

そこから堰を切ったかのように、前から後ろから寄って集り、男は雪崩に飲み込まれた。



‥‥銃声も、雄叫びも、聞こえなくなった。



男の最期を見届けるのは、サンタ服のスナイパー。

ハンバーガーショップの屋上から、急所を一発。


ゾンビの食事風景を、スコープ越しに観察している。


屋上に寝そべり、高みの見物を決め込むスナイパーの肩を、何者かが叩く。


この(かた)どなたと、スナイパーが振り返るまでも無かった。

肩を掴まれ、仰向けにされると同時、左胸をナイフで刺された。


右の頬と、白いコートを赤く染めた、小柄な金髪の女性。


ナイフを捻じり、左胸の中の臓器を完全に破壊し、ナイフを引き抜く。

狙撃手は死亡し、光の粒子となって消える。


女性は、屋上に残ったライフルを確認。

スコープを覗き、マガジン確認。


確認のために抜いたマガジンを、ライフルへ挿しなおす。


そこまで終えて、屋上に第2の刺客。

顔面蒼白の、身長3メートルはあろう大男が、屋上に現れる。


両腕は、カマキリのように鋭い鎌へと変質している。



――屋上に、大きな音が響いた。



ハンバーガーショップの看板に、何かが叩きつけられたのだ。

看板の裏を真っ赤に塗装して、腹に大穴を開けた女性が、もたれ掛かっている。


朦朧とする意識と、瞼を襲う眠気。

曇り濁る瞳には眩し過ぎる、西の空へと顔を向ける。



「――ああ‥‥‥‥。夕日が、しみるなぁ‥‥‥‥。」



夕日を眺めていると、右の耳が、爆発音を捉える。

喫茶店から火柱があがり、夕日に負けないくらい、真っ赤に燃える。


吹き飛んだ建物の残骸が、空まで届き、飛んでいたヘリコプターに直撃。

二次災害を起こして、ヘリが墜落し、三次被害を起こした。


‥‥‥‥。

‥‥。



サバイバー:セツナ(Dying)

サバイバー:JJ  (Dying)

サバイバー:ダイナ(Dying)



いつもの3人は、ゾンビアポカリプスとなったPvPサーバーで、生き残ること叶わず倒れた。


いったい、3人をどんな悲劇が襲ったのか?

それを、時間の遡り、順を追って見て行こう。


レコードの円盤から針を上げて、頭出し。

冒頭の目印された位置に、針を落とす。


‥‥‥‥。

‥‥。





12月22日。

クリスマス目前。



「可愛いは正義! やっほ~、ダイナだよ♪

 今日は、クリスマスイベントのために、PvPサーバーにお邪魔しているよ!」



現実世界のゴタゴタも山場を越えて、かつての日常が戻りつつあった。


これならば、クリスマスは家族や恋人、友人たちと過ごせる。

そう思えるほどには、混乱から回復していた。


そのようなご時世において、セントラルでは満を持して、クリスマスイベントが開催決定。

本日の夜から、イベントが始まる。


ダイナは、自分のチャンネルでライブ配信中。

‥‥サンタ服を着て、1人で。



『やっほ~!』

『わこつ(古の挨拶)』

『待ってた。』



ダイナの配信を心待ちにしているリスナーの、温かい出迎え。

その一方で‥‥。



『‥‥クリスマスぼっち』

「――うぐっ!?」



開幕早々、リスナーの心無いコメントに胸を押さえるダイナ。

そして、売り言葉に買い言葉。



「念のため聞くけど、キミたち、クリスマスの予定は?」


『ないです。(きっぱり)』

『は? なんでそんなこと聞くの?』


『おい馬鹿やめろ! この話題は、早くも終了ですね。』

『ダイナが俺らのことイジメる!』


『当日は、リア充を爆破するバイトがあります』



‥‥思った以上に、残念なコメント欄だった。

溜飲が下がるどころか、憐憫(れんびん)の表情。



「ま‥‥、まあまあ、このチャンネルに来てくれれば、ボクたちがいるから!

 みんなで、クリスマスを楽しもう~! お~!」



クリスマスぼっちで集まり、傷をなめ合う、ダイナとリスナーだった。



「――あ、そうそう。

 クリスマスの当日は、配信ないからね!


 ボク、予定があるんだ。」


『てめぇ!?』

『HQ! HQ! 裏切り者を発見! 繰り返す、裏切り者を発見!』

『コミュ抜けました。』

『低評価! 低評価! 低評価!』



‥‥前言撤回。

傷をなめ合うどころか、足を引っ張り合うダイナとリスナーであった。


さて、イベントの会場は、PvPサーバーのセントラル西部。

無法者の巣窟たる無法地帯。


荒んだ無法者の街が、目に痛いくらいのイルミネーションで飾りつけされている。


セントラル西部は、昼間にも関わらず、あまり身体によろしくない煙によって、なんだか薄暗い。

地上は、クリスマスの装飾でピカピカしているけれど、そんなラッピングでは隠せないほど、不穏な空気が漂っている。


今日は、いつもの3人とは別行動。


ダイナ・JJ・セツナ。

3人は全員ランカーで、自衛団やダイバーの中でも屈指の実力者。


その3人がチームを組んでPvPサーバーに乗り出すのは、些か(いささか)勝ちたいが過ぎる。

トリオ結成当初ならば兎も角、彼らとは既に何度も背中を預けあった仲。


いまの3人を止められるチームは、このセントラルにおいても指で数えられる程度しか居ないであろう。



『たまには、3人の無双が見てみたいぜ。』

『3人でPvP来るなら、凸る(とつる)(戦いを仕掛けること)わ。』


「う~~ん‥‥。ありがとう、考えてみるね!」



ダイナは、3人の冒険を動画で投稿している。

ライブ配信は1人でやることが多いが、動画のおかげで、JJたちの存在もリスナーに認知されている。


彼女の元に集まるリスナーは、目の肥えた視聴者が多い。


JJとセツナの実力もすでに見抜いており、ぜひ手合わせをしたいという、模範的な模擬戦民族もいる。


‥‥なお、地下ダンジョンでのPvPvEにて、ばったりセツナに出くわしたリスナーがおり、目と目が合って無言で戦いを仕掛けるも、彼にボコボコにされたとの報告があった。


トリオでは末っ子ポジションの彼だが、その末っ子ですら、並みのプレイヤーでは歯が立たない。


JJは、基本PvPをすることが無く、そんなレアキャラである彼の参戦を求める声も多い。


JJ曰く、PvPは現実でイヤと言うほどやっているらしい。

だから、電脳世界では、この世界でしか戦えない相手と戦いたいらしい。


強者の余裕なのか? 力を他者に誇示することのない男である。

武人の道とは、自分自身と向き合うことに本質があるのだろう。


――そう解釈すれば、なるほど聞こえはいい。

が、実際は、ただの火薬狂いのロマン廚である。


今日は、なんか「峠を攻める」とか言ってた。



「あ、そうそう。今日セツナはデートらしいよ、デート!

 両手に花!」



『は?』

『は?』

『は?』


『悲報。銀腕の人、敵だった!』

『56せ! 見つけ次第56せ!』



本人の存じないところで、ヘイトを集める末っ子であった。





セツナは遅刻をしないように、イベントの会場であるPvPサーバーの、セントラル西部へ訪れていた。



「‥‥クリスマスのイベントってことは――。

 これ、アレだよね? ネタバレサンタと戦うことになるイベントじゃん。」


「あのネタバレサンタ‥‥、泣かす!」

「ハロウィンの借りを返しましょう!」



建物のヒビ割れや、割れた窓の目立つ街中を、物騒な会話をしながら、セツナは3人で歩いている。


セツナ、ハル、アイ。

今日は、このイベント攻略編成で遊ぶ。


PvPサーバーは、いつもの3人で乗り込むは、少し憚られる(はばかられる)

流石に、ランカートリオ編成は、勝ちたいが過ぎる。


なので、クリスマスイベントは、女性陣との参戦。


ダイナは、1人で参加して、ライブ配信をする予定らしい。

JJは、なんか峠を攻めるとか言っていた。


さすが、クリスマス勝ち確組 (JJには、幼馴染で美人の彼女がいる)は違う。

クリスマスイベントには参加しないという、余裕をアッピルしてきた。


‥‥なんてことはなく、JJは、先日のアプデで追加された車のパーツを試してみたいのであろう。

リアルがゴタゴタしていたせいで、すっかりお預け状態だったのだ。


思う存分、峠でも何でも攻めれば良い。


殺気を放つ3人組の前に、雪だるまの精霊さんが飛び出して来る。

物陰からバッと! 驚かせるように飛び出して来た!



「ひッ!?」

「――――!?」


「‥‥‥‥。」



こういうのが苦手なセツナとアイが、ハルに抱きつく。

2人に挟まれ、ジト目になり、兄に離れろと肘鉄で軽く小突く。


大袈裟に兄が呻き、我に返ったアイが、ゆっくりと離れる。

――と、見せかけて、ハルに再び抱きついた。


仲良しコンビである。


道端に倒れたまま、2人の様子を見上げるセツナ。

彼の前に、雪だるまがのっそりとやってきて、のっぺりとした表情で見下ろす。



――――すっ。



雪だるまは、木の枝と手袋で出来た腕を使い、彼に何かを差し出した。

綺麗にラッピングがされた、小さなプレゼント箱。



「――ああ。ありがとう。」



雪だるまの足元から伸びる影の中で、セツナがプレゼントを受け取った。

貰ったアイテムの情報が表示される。



名前:クリスマスプレゼント


効果:サンタさんからの、良い子へのプレゼント。

   クリスマスが始まってから使おう。



現在は使用ができないらしい。

ラッピングの紐を引っ張っても、紐は解けない。


雪だるまは、同じようにプレゼントをハルとアイにも配っていく。


プレゼントを渡し終えた雪だるまは、路地裏へと消えていった。

3人で後を追い、彼の入った路地裏を覗いてみたが、そこには何もなかった。


プレゼントをインベントリにしまい、イベントの時間まで街中を散策。

ほどなくして、プレイヤーがたくさん集まっている場所に出た。


クリスマスの装飾が、周りよりも豪勢にされていて、賑わっている。


これ見よがしに、アドバルーンも空に浮かべて、プレイヤーへ「ここに来い」と、ランドマークとして使ってアピールしている。


セツナたちも、アドバルーンを目印に、ここへ来た。


プレイヤーが集まるこの場所では、道路を使って出店が営業されていた。

雪だるまの従業員が、食べ物を販売したり、プレゼントを販売したり、風船を配ったりしている。


通りの端っこには、ネタバレサンタこと、ナイスデイの似顔絵と、「クリスマス・イズ・ナンバーワン」という看板が立っている。


ハルが、露骨にそわそわし始める。

表に出していないが、セツナもアイも、そわそわしている。



「取り合えず、お店を見て回ろうか?」



セツナの提案に、2人が頷いた。

この催し、ナイスデイの罠であるのは確定的に明らか。


しかし、それはそれとして、イベントを楽しむことにする。

これだけプレイヤーが居るのだ、何が起こっても、ハロウィンみたいに何とかなる。


ここは楽観的になるべき場面で、3人はネタバレサンタの招待と策に乗ることにした。


雪だるまを模したソフトクリームを食べたり、お祭りにお酒は欠かせないのでホットワインを飲んでみたり、超巨大なプレゼントボックスを買ったり。


クリスマスらしいお店を楽しんだ。

中でも、超巨大なプレゼントは、電脳の世界ならでは。


2メートルを超えるサイズのボックスには、超ラージサイズのクマさんのぬいぐるみが入っているらしい。


お店の横に、デカデカと実物が置かれており、女性陣と、()()()()()たちのハートを鷲掴みにしていた。


クマさんの毛並みはフワフワで、抱き心地はお空の雲のよう。

モフモフなお腹へとダイブすれば、たちまち、すやすやとお昼寝タイム。


そんなクマさんが、お値段なんと1万クレジット。

ナイスなサンタさんの、出血大サービスによって、99%OFFの大特価でのご案内。


‥‥実は、この割引率には仕掛けがある。

期間限定のミッションをクリアしていたプレイヤーの数によって、割引率が変動する仕組みになっていたのだ。


クマさんの素材を集めるために、セントラルや天蓋の大瀑布を駆け回るミッション、「怪しい仕入れ」をクリアすることで、割引率が大きくなっていく。


イベントは、アイテムコンプリートに情熱を燃やす収集プレイヤーだけでなく、限定の敵と戦えることを聞きつけた模擬戦民族によって、素材アイテムは根こそぎ回収された。


プレイヤー心理を掌握し、利用する手口は、なんともナイスデイらしい。

おかげで素材はたくさん集まり、サンタさんもニッコリ、プレイヤーもニッコリのwin-win。


大特価、超ラージもふもふクマさんを、ハルとアイだけでなく、セツナも購入した。

明日には、空飛ぶセーフハウスの番熊(?)として、飛空船に座ることとなるだろう。


ハルが2杯目のホットワインを購入したところで、東の空から、ジングルベルの音色が響く。


ハロウィンの時は、あわてんぼうのサンタクロースがクリスマス前にやって来た。

だが今回は定刻通り。遅刻すること無くやって来た。



「ジングルベ~ル♪ ジングルベ~ル♪ 鈴がなる~~~♪」



12月の主役が登場だ。


‥‥なぜか、サンタの衣装を着たシベリアンハスキー (雪国の犬種)たちが引くソリに乗って、サンタさんがやって来た。



「良い子の諸君! メリークリスマァァ↑↑ァァァ↓↓!?!?!?!?」



ハスキーが、ナイスデイの言う事を聞かず、オーバーラン。

空でドップラー効果を起こしながら、空の果てまですっ飛んで行った。


ハスキーは、雪国でソリを引くための犬種。

寒さに強く、無尽蔵の体力を持つ。


犬らしい社交性とコミュニケーション能力も高く、人懐っこい。


柴犬と同じく、狼に近い血筋でありながら、柴犬と同じく、人類の良き隣人として人々に愛されている。


し・か・し――。

体力と社交性がカンストしているハスキーは、何事にも全力投球。


ドッグランで居眠りを始める柴犬と異なり、何でもパワーで解決しようとする嫌いがある。


クリスマスの空を、みんなで走ってテンションが上がったのか、ハスキーはナイスデイを連れて、空の果てまで行ってしまった。



「「「‥‥‥‥。」」」



イベント開幕早々、会場に微妙な空気が流れる。

オープニングセレモニーという、大事な掴みの部分で、ハスキーがやらかした。


しばしの沈黙。

再び、東の空からジングルベルの音色。


‥‥まさか、地球を一周してきたなんてことはあるまい?



「ジングルベ~ル♪ ジングルベ~ル♪ 鈴がなる~~~♪」



12月の主役が登場だ。(2回目)


今度は、ちゃんとソリが止まった。

‥‥止まった瞬間、ソリとハスキーを繋ぐハーネスが消えて、10匹編成のソリ部隊が尻尾を振りながら、ナイスデイに押し寄せる。



「Oops! 待ちたまえ! 後で一緒に遊ぶから、今は待ちたまえ!」



相棒のトナカイが産休を取っており、代役をハスキーに頼んだら、これだ。

‥‥やはり、空の旅はトナカイに限る。


ハスキーの雪崩から腕を出し、彼らを宥め、何とかオープニングセレモニーの挨拶へと漕ぎ付ける。



「――こほん。良い子の諸君! メリ~クリスマ~~ス!!」


「「「メリークリスマース!!」」」


「うむうむ。いい返事だ。」



ハロウィンとは打って変わって、ちゃんとナイスデイを歓迎するプレイヤーたち。

‥‥戦いが始まれば、フレンドリーな笑顔と一緒に拳を振るい、ぶちのめすことになるだろうが。


M&Cプレイヤーはお行儀が良いので (諸説あり)、号令があるまでは、「待て」ができるのだ!

スゴイ! 賢い!


セツナが周囲を観察すれば、ハロウィンの借りを返すべく、すでに武器を構えているプレイヤーが散見される。



「おおっと、そんなに殺気立つんじゃない。

 クリスマスのサンタさんには、もっと敬意を持つべきだぜ?」



あくまでも、余裕の態度を崩さないナイスデイ。


まだ、多くのプレイヤーは知らないが、彼は、とある闇組織の大幹部なのだ。

権謀術数だけでなく、単純なフィジカルも相当に強い。


しかし、サプライズを届ける方が彼の好みに合っているため、もっぱら裏に表に暗躍することを好む。


強者であるがゆえに、選択肢があるのだ。

――悪事に対して。


良い子の味方である、悪いサンタさんは、空で両手を広げる。



「まずは感謝をしよう!

 クリスマスを盛り上げるために力を貸してくれた、良い子たちに!」



大仰な態度から一転、恭しく(うやうやしく)紳士のお辞儀。

みんなの上から頭を下げて、下げた頭でみんなを見下ろす。


――それと同時、会場の至る所に、ホロディスプレイが出現。

お辞儀をしながら、悪い笑みを浮かべているサンタの顔がアップで映される。



「そして――、今ここに開会を宣言しよう!

 ‥‥プレイヤー同士で殺し合う、血のクリスマスをォ!!」



ナイスデイが空を仰ぐ。

クリスマスの空を、薄い結界が覆っていく。



「イッツァ――! デモニック・フィールド‥‥!」



西部の街が結界に覆われて、プレイヤーは状態異常に罹る。



状態異常:魔の領域 (聖夜)

効果  :あらゆるスキルと、ブレイブゲージが使用できなくなる。



殺気立っていたプレイヤーの手から、武器が消えた。

剣が消え、弓が消えた。


主力火器だけは、かろうじて封印を免れているらしい。

しかし‥‥。



(弾数制限が付いてる‥‥。)



武器を出そうとしているハルとアイの横で、セツナはリボルバーを手に取り、インベントリを見ていた。


インベントリには、リボルバーのマガジンが全部で4つ。

主力火器に関しては、2つのマガジンしかない。


セントラルでは普段、火器に弾数制限は無い。

テレポート技術の応用により、マガジンは無限にインベントリへ供給される。


スキルの封印に、火器の弾数制限。

一気に、サバイバルなバトルロワイアルの様相を呈してきた。


威勢の良かったプレイヤー陣に、混乱と困惑が広がる。


ナイスデイは、その様子を上からしたり顔で楽しんでいる。

みんなの驚く顔が、サンタさんへのご褒美。


指を弾き、鳴らす。

ホロディスプレイの画面が切り替わる。



「――さて諸君、この街には今、約1000人のプレイヤーに集まってもらっている。」



参加者は、全員で961人。



「チミたちには、これから2つの勢力に別れて、殺し合ってもらう。

 サバイバーと、キラーだ。」



サバイバーと、キラーという単語。

非対称PvPというゲームジャンルで聞く単語だ。



「サバイバーは、この街に隠されたオーブを破壊してもらう。

 この結界を解くためのオーブだ。


 全部で30個あり、その内20個を壊せば、結界は解ける。

 オーブを破壊し、力を取り戻し、ボスを撃破すれば、サバイバーの勝利だ。


 勝利した場合、――特典は特にない!」



プレイヤーたちは、ナイスデイの説明を聞きながら、各々火器の確認をしている。

さすがは、訓練を受けた民間人にして、模擬戦民族。


ハンデを背負いながらも、できる限りの備えに取り掛かる。

中には、店で武器として使えそうな物を購入する者もいる。


心強いこと、この上ない。


ナイスデイの説明が続く。



「キラー側は、サバイバーを全滅させれば勝利だ。

 手段は問わない。サンタの衣装にも負けない、真っ赤なワインが見れれば、それで満足だ!


 そして――、キラー側には参加賞として、サンタさんからのプレゼントがあるぞ!」



一部のプレイヤーの手が止まった。

が、また動き出す。


同じ手は食わないと、ネタバレサンタの誘惑を振り切り、戦の準備を続ける。



「その参加賞とは‥‥、なんと! この!

 誰にでも使える、デート券だァァァァァァ!!!!」



一部のプレイヤーが、空を見上げた。

また一部のプレイヤーは、神がこの世に降りたかのように、膝を折り、祈りを捧げている。


‥‥‥‥。


この流れは、非常にマズい。

非ッッッ常にマズい!



「これを使えば、なんやかんやで不思議な力が働いて、セントラルのあの子とデートができちゃうぞ♪


 オペレーターのあの子から、裏社会の蝶、果ては女神まで!

 誰とでも、デートができるぞぉォォォォ!!」


「「「うおォォォォォォォッ! クリスマス最高! クリスマス最強!」」」


「イエスッ! クリスマスの予定は、これで決まりだぜッ!!」



片手で顔を覆うセツナ。


あかん。これは、あかん。

ナイスデイをぶっ飛ばすどころでは無くなった。



「キラーのみんなには、働き次第で、デート券を追加でプレゼントしちゃうぞ☆


 こんな素敵なサプライズができるなんて‥‥。

 サンタさんったら、なんてナイスなんでしょう!」



当の張本人は、お空の上でご満悦。


‥‥ちなみに、デート券を使えば、彼のリーダーであるルフラン (ep.191にて登場)ともデートが可能。

クリスマスパワーの前には、悪の総帥さえ形無しなのだ。


もちろん、本人の許可は取っていない。


すべては、クリスマスがイケないのだ。

心躍る祝祭が、ナイスデイをそうさせる。


彼のサプライズは、良い子のみんなに大好評。

ナイスデイに与する派閥が出来上がり始める。


さすがは、訓練を受けた民間人にして、模擬戦民族。

面白そうなこととなれば、変わり身と手の平返しが早い。


‥‥厄介な事この上ない。


セツナは顔をブルブルと横に振り、両手で頬を叩く。

気付けをして、気持ちを入れ直す。



「――オレたちも、始まるまでに準備を進めよう。」



そう、ハルとアイに声を掛ける。

‥‥しかし、返事は無かった。


空のサンタさんを見たまま、動かない。



「‥‥アイ? ‥‥ハル?

 もしかして‥‥‥‥?」



2人の顔が、ゆっくりと彼の方を見る。

それから、アイとハルで話し始める。



「ハルちゃん。アリサちゃんって、可愛いと思いませんか?」

「分かります。」


「いつも働いている彼女の、オフの姿とか見たくありませんか?」

「分かります。」


「いつも頑張っているアリサちゃんを、うんと甘やかしたくありませんか?」

「分かります。」


「‥‥‥‥。おい、そこの分かりますbot。」



虚空からチェーンソーが出てきた!

あたふた、両手を身体の前でさせながら、尻もちをつくセツナ。


ガールズトークで盛り上がる2人。

今度は、ハルから話題を切り出す。



「あと、個人的に、ソフィアさん (アリサの師匠)もいいなあって思うんです。」

「分かります。」


「ああいうカッコイイ女性の跨るバイクの後ろに乗せてもらうとか~。」

「分かります。」


「眺めの良い場所で、手すりにもたれかかりながら、タバコを吸う彼女の横で、お喋りなんかしちゃったり~。」

「分かります。」



「‥‥‥‥。」



「おい」と言葉が出そうになって、飲み込んだ。

しかし‥‥。


ガチャリと音がして、電動ノコギリ (機関銃)がこちらを向いた。

地面を這う這う逃げ出し、店の裏側に隠れる。


お店の裏から顔だけ出して、恐る恐る、2人にお伺いを立てる。



「念のため聞くけど、オレがキラー(そっち)側に行ったら、ドン引きするんでしょ?」


「にひ!」

「ふふふ――。」


「ほらーーー!!」



スゴく、物凄く良い笑顔が、2人から返って来た。

笑顔の2人は、仲良しこよし。



「決まりですね、ハルちゃん。」

「はい。決まりですね。」


「ふふ。アリサちゃんと、ソフィアさんのダブルデート。

 師弟コスプレ作戦です。」


「ソフィアさんに、どんな衣装を着てもらおうかな~。」


「‥‥‥‥。」



出店の机から顔だけ出して、行く末を見守る。



「じゃあセツナ。そういうことですので。」

「ファイト! 兄さん。」


「あの――!? ちょっと――!?」



ハルとアイの手元に、ホロディスプレイが出現。

サンタに与するかの確認画面が表示され、2人は承認ボタンを押した。


すると、2人の姿が光に包まれる。


冬の聖夜をイメージした、銀色の光と、雪の結晶が散る光の中で、メイクアップ。

キラーとなった他のプレイヤーも、メイクアップ。


光が収まると、そこにはサンタ服に身を包んだハルとアイの姿があった。



「ちゃお!」



片手と片脚をちょんと上げて、ポーズを取るアイ。



「またミニスカ!?」



スカートの裾を抑えるハル。

気恥ずかしがるハルに、サンタさんから労いの一言。



『馬子にも衣裳だな。(やれやれスタンプ)』



メッセージと、やれやれと両手を上げるナイスデイのスタンプが送られてきた。

パーティチャットのチャンネルに割り込んで来たらしく、内容はセツナとアイにも共有されている。


青筋を浮かべ、右手をプルプルと震わせるハル。



(デート券が貰えるまではガマン! デート券が貰えるまではガマンッ! デート券が貰えるまではガマンッッ!)



心の中で何度も唱え、言い聞かせ、拳骨を宥める。

‥‥そして、ギロリと、じゃじゃ馬が肉食の眼光でもって振り返る。


セツナは、危機をいち早く察し、出店の裏に頭を隠していた。


肉食馬が、出店の裏までダッシュ。

鋭い眼光を光らせる。


そこに、セツナの姿は無かった。



「‥‥ちっ! 逃げたか‥‥。」



諦めて、アイの元へと戻るハル。



「くっそぉ‥‥、覚えてろぉ‥‥。」



ほふく前進をしながら、路地裏に逃げ込んでいたセツナ。

サバイバーとして、さっきまで味方だった2人と、ナイスデイの打倒を誓う。


装飾華やかなストリートでは、ナイスデイがゲーム開始を宣言する。



「それでは良い子の諸君! ゲーム開始だ!

 存分に、殺し合いたまえ。


 ――この、死者の街で‥‥!」



ナイスデイが指を弾く。

雪だるまが、内部から爆ぜる。


雪だるまの腹の中から、体の中から、呻き声が響く。

呻き声が立ち上がり、赤い瞳を爛々と輝かせ、サンタ服を着ていないサバイバーを襲う。


‥‥‥‥。

キラキラとしたイルミネーションは、真っ赤な塗装がされて、見えなくなった。



路地裏に逃げていたセツナを、クマさんの販売店員が追って来る。

建物の裏口から、悪臭と共に、生気の無い人間が飛び出して来る。



「くっそぉ! 覚えてろぉ!」



助走をつけるため前に走り、速度が乗った状態で横方向へ跳躍。


2人は並んで歩けない路地裏の壁を、左右に蹴って三角飛び。

建物の壁を蹴って登って、屋根へと上り、道化(ゾンビ)から逃げおおせた。


屋上から見下ろす地上は、阿鼻叫喚。


まだ、開始1分と立っていないのに、サバイバーにキラー、ゾンビが入り乱れる地獄絵図となっている。


2階建ての屋上に居るセツナに気付き、キラーが地上から射撃を開始。

銃声と、呻き声の追跡者から逃げるように、セツナは街の奥へと姿を消した。



――こうして、血のクリスマスイベントは幕を明けた。



武器も、スキルも、パルクールスキルさえも使えない。

ほぼ生身も同然の状態で、生き残りを賭けたサバイバルが始まる。





「‥‥ぬぅん?」


困惑の声と、白い軽トラがポツリと、死者の街に足を踏み入れた。


‥‥‥‥。

‥‥。

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