表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
7章_悪魔の子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

198/252

7.6_満ちる梟月(きゅうげつ)に武勇を示し。

――政府から、外出禁止の声明が発表された。


12月13日、午後3時過ぎ。

地方都市、にのまえ市のアーケード街で、テロリストによる暴動が起きた。


自衛団狩り事件は、無差別な殺傷事件へと変貌。

政府は、個人の生命と健康のため、外出を控える声明を出した。


本日18:00より、法的な手続きと手段において、国民の外出を禁止する。

これは、国民の三大義務である、自由・国防・幸福において法的な拘束力を持つ。


外出の禁止。

これは、国防の義務を果たすための、政府から国民に対しての命令だ。


今回のような非常事態が発生した場合、便乗して暴行事件を起こす者や、素行の悪い者が社会秩序へ反抗をしようとする。


残念ながら、現在は、事が大事(おおごと)だ。

チンピラの、安いプライドに付き合っている場合ではない。


声明を無視するのであれば、()()()()()()()による対応も行われる。


パトロールロボットによる、超法規的な対応が行われないことを願うばかりである。





午後7時。

外出禁止令が施行されてから、1時間が経過した。


定期的に行われている、非常時の避難訓練によって、にのまえ市では大きな混乱も無く避難が完了。


刹那の元には、家族から無事を報せるメールが届いていた。

メールには、刹那を心配する文言も添えられていた。


両親も、妹も、何となく察しているのであろう。

彼が近ごろ、危険の伴う社会的役割に従事していたことを。


父からは、「親としては反対だが、1人の男として応援する」と、激励をもらい。

母からは、「あなたの帰りを待っています」と、優しい言葉をもらい。

妹からは、「兄妹で家に帰りましょう」と、心強い言葉をもらった。


妹の遥花(はるか)も、自衛団としてパトロールに駆り出されている。

彼女だって、テロリストの標的になる可能性があるし、場合によっては戦闘を行うことになるだろう。


みんな、それぞれに戦っている。

それぞれの戦いがある。


刹那の戦いは、テロリストの殲滅。

警察が掴んだ情報を元に、彼奴等の根城を潰して回る。


警察から送られたポイントに移動するために、ホテルの1階で待機。

腕時計を見て、ラウンジのソファから立ち上がる。


地下駐車場に用意された、車へと向かう。

――と、その時である。


プツン。と、ホテルの灯りが消えた。

停電だ。


自宅からマルに持ってきてもらった、暗視ゴーグルを装備。

スキーゴーグルに似た形状のタクティカルデバイスを装備して、機動。


ソファの影に隠れながら、周囲を確認する。


彼に同行しているアイは、暗視メガネを装備して、同じく物陰に隠れる。


周囲の状況を観察するに、この辺り一帯が停電を起こしたようだ。


現代では、電力の発電と供給は、各建物ごとにされている。

ネクストを電力に変換する発電機が、建物ごとに用意されているのだ。


ネクストのエネルギー量は、E = P × mc²。

とんでもないエネルギーを有しており、前時代的な発電所からの配電は、非常に危険。


もし、ドッカーンなんてしたら、県がひとつ吹き飛ぶ。


そのため現代では、小型の家庭発電機が普及している。

小型であれば、安全管理もしやすく、万が一の事故が起きても、被害は知れている。


多くの場合は、ボヤ騒ぎがせいぜいで、家屋が吹き飛ぶなんてことは、違法な改造をしない限り起こらない。


そんなインフラ事情でありながら、辺り一帯が停電。

明らかに、何かがおかしい。


辺りを見渡していると、ホテルの非常灯が点灯。

外の街灯も、非常電源が入って点灯する。


刹那は、手首に装備したギアを起動する。

ギアは、通常通り使えている。


状況から察するに、ネクスト動力の機器を狙い撃ちしたEMP攻撃。


だが、その状況下においても、ギアは問題なく使用ができる。


ネクストは、人間の感情に感応する性質がある。

そのため、EMP攻撃に晒されても、ギアを使うことができるのだ。


光源が確保されたので、刹那はゴーグルを外す。


1階に居た宿泊客や従業員を避難させ、外へと出る。


不気味なほど静かな地方都市の真ん中に、アイと共に立つ。

――ギアの出力を高める。戦闘態勢。


肌をピリピリと刺す、ギアの反応。


人気のない街から1人、また1人と、ぞろぞろと人が集まってくる。

数は、全部で6人。昼間の時と同じ人数。



(どっから出てきた?)



この近辺を停電させるほどの大掛かりな工作をしておいて、誰にも気盗られずに、刹那たちの目の前に現れる。

前々から思っていたが、普通では無い。


失踪事件や、自衛団狩り。

それでさえ不可解だったのに、それさえも可愛く見えてしまう。


6人組は、懐から拳銃を取り出す。

刹那とアイは、シールドを展開する。


だが、銃弾が盾に衝突することは無かった。


銃口は、弾丸は、その銃を握る者の方へ。



「ネメシスに、栄光あれ。」

「ネメシスに、栄光あれ。」

「ネメシスに、栄光あれ。」


‥‥‥‥

‥‥



6人組は、口々にそう呟く。

拳銃を、左手の甲へ押し付けて。


――笑えないカルト宗教みたいだ。


カルト集団は、握った拳銃――。

弾を一発だけ装填できる、デリンジャーの引き金を、全員で引いた。


銃声が6発分、木霊する。


ホテルから、警備の退役軍人たちが加勢に来る。

その数、10名。


あらかたの避難を片付け、刹那たちに加勢をする。

軍人たちは、6人組に対して、即座に発砲。


非常用のフルオートショットガンをぶっ放す。

マガジン式の、市外線を想定したショットガン。


スラッグ弾(散弾でなく、1発の大きな弾を発射する弾丸)が、銃口から吐き出され、テロリスト共に突き刺さる。


元プロの射撃は外れず、6人を全員吹き飛ばし、道路へ背中を付けさせる。

‥‥テロリストは全員、何事も無かったかのように起き上がる。


再び、退役軍人が発砲。

今度は、テロリストたちは倒れない。


命中はしているが、スラッグ弾の衝撃に耐えている。


テロリストたちの目が、月の無い夜に赤く光った。



「‥‥‥‥は?」



緊張と緊急を要する、張り詰めた戦場で、間の抜けた声が出てしまう。

その目は、その赤目は、まるで――――。


6人の身体に変化が起こる。

身体を痙攣させて、筋肉が膨張する。


服が破れ、人の形を失っていく。


軍人たちは、異様な空気とテロリストたちにも怯まない。


マガジンを交換。

弾丸を焼夷弾に切り替える。


異形へと変わり果てるテロリストに引き金を引き、焼却を試みる。


焼夷弾は、街灯に照らされる道路で明るく輝いて、テロリストをたちまち火だるまへと変わる。


――倒れない。彼奴等は、火を浴びても倒れない。

‥‥‥‥。


テロリストたちは、新月の下、怪物へと姿を変えた。


虎・熊・猪・鹿・サイ・ハイエナ。


人と獣が混ざったような、人に獣が憑いたような、怪物へと成り下がる。

皆、一様に爛々と赤目を光らせて、刹那たちに敵意を向ける。


6体が吠えて、襲い掛かって来る。


サイの怪物が、刹那へ突進。

人間離れした速度の突進を、大きく躱した。


そこに、熊の怪物が襲い掛かる。

人の2倍はあろう巨躯となり、爪で切りかかる。


熊は、大きい上に素早い。

ギアで向上した身体能力ですら、振り切れない。


シールドを展開。

完全に避けられないと判断し、爪を盾で受ける。


半透明の青い盾に穴が開いて、熊の爪が顔に迫る。

盾が阻んだ一瞬を使い、紙一重で屈んで躱し、熊の足元を潜り抜ける。


ギアの出力を最大に、熊の背中を蹴り飛ばす。


‥‥薄々、覚悟はしていたが、まるで効いていない。


キックの反動で、熊から距離を取る。


異常事態を検知して、パトロールロボットが駆け付ける。


人間と、異形が入り乱れる戦場。

ロボットは、人間に味方をする。

旗色は、芳しくないが。


人間とロボットが寄って集って、たった6人のテロリストと戦うも、ロボットは次々と薙ぎ払われていく。


彼奴等を叩くための、有効な火力が無い。

冗談抜きに、この異形を葬るには、戦車並みの火力が居る。


‥‥時間を稼ぐのだ。

いま、この状況。警察には通報されている。


有効な火器が到着するまで時間を稼ぐのだ。

戦闘ヘリの機銃でもいいし、ミサイルでもいい。


それが到着するまで、耐えるのだ。


軍人に、負傷者が出始めた。

彼らは、4体の異形を引き受けている。


パトロールロボットの支援は、刹那とアイに全て回し、10人で4体を引き受けている。


刹那とアイは、機械の物量の支援を受けても、いっぱいいっぱい。

生き延びるので、精一杯。


機動力でも、攻撃力でも遥かに劣っている。

素手で猛獣に挑むが如く、力の差が歴然としている。


刹那は、ロボットを盾にしつつ、なんとか熊の猛攻を凌いでいた。


ロボットを足場にしたり、壁にしたり、とにかく逃げ回る。

左手にタクティカルライトを握り、熊の目に光を当てるも、効果はない。


光で目が潰れても、正確に刹那を狙って来る。


周囲を見渡す。

何か、使える物は無いかと。


ホテルに逃げ込むのはダメだ。

宿泊客に被害が出る。


無人になっているであろう、ビルに逃げる?

それも辞めておいた方が良い。


袋のネズミになる可能性がある。


――残念ながら、これは現実で起こっていることなのだ。


現実は、クリアができるように調整はされていない。

超常現象を考慮していない。


目の前の敵は、良き敗者(グッドルーザー)には、なり得ない。


活路を見いだせず、息の詰まる防衛が続く。


1秒が10秒に。

10秒が1分に感じる、当てもゴールも見えない戦い。


そしてそれは、あっけなく終わる。

物語の主人公の死によって。


銃声が、どこからか響いた。

方角が何処かさえ分からない。


分かるのは、それがテロリストによるものだという事だけ。


銃声と同時に、刹那の脚が止まった。


撃たれた。

横っ腹に1発。貫通した。


ギアによって強化された肉体を、防護されている肉体を、貫く弾丸。


そのことに意識が向く前に、刹那の側頭部を、熊の腕が薙ぎ払った。


‥‥人間の死とは、劇的なんてことはなく、案外とあっけない物だ。

猛獣にばったり出くわせば、逃げる間もなく、殴られ、噛みつかれて終わる。

それだけだ。


身体の力が抜け、ぐったりと横たわる。

首が飛ばなかったのは幸いか? あるいは、手加減をされていたのか?


走馬灯が走る暇も無く、刹那の意識は闇に沈んだ。

腹と頭から血が溢れ出し、水たまりが広がっていく。



「刹那っ!!」



戦場では、意識を乱した者から死んでいく。


アイには、足りていなかった。

死地に望む上で、彼を失うことを受け入れる覚悟が。


無理もない。こんな敵が相手になるとは、文字通り夢にも思わなかったのだから。


刹那に気を取られたアイは、虎の怪物に押し倒される。

丈夫に創られた身体で押し返そうとするも、虎はビクともしない。


虎の顔が、一時的に人間のそれに戻る。



「――――!?!?」



アイは、瞳を大きく見開く。

彼女の眼前にあったのは、死んだ者の顔。


お昼に、アイが倒したテロリストと同じ顔。

銃剣をへし折って、折った銃剣でその首筋を切り裂いてやった者と同じ顔。


死者の顔が、獰猛な虎に戻る。


そして――。

アイの首筋に、牙を突き立てた。



「かはぁ―――!? あ゛―――、ぁ。」



声が潰れる、喉が潰れる。

怪物は、アイの喉を潰し、獲物の上から離れる。


まだ、獲物は生きている。生かしてある。


空気の漏れる喉を抑え、刹那の方を見る。

彼が、人の姿に戻った熊の怪物に、連れて行かれようとしている。


アイの脚に、虎の爪が刺さる。

右のふくらはぎを串刺しにされたまま、地面を引きづられる。



「s、、、っうナ――――!!」



潰れた喉で、彼の名を呼ぶ。

彼女の助けてくれる者は、刹那を守ってくれる者は、誰も居ない。


軍人は、全滅してしまった。

援軍も、まだ来ない。


マルが、ホテルからガソリン車を引っ張り出し、突撃を試みるも、サイの怪物との力比べに敗北してしまう。



――いやだ。

死んで欲しくない。死にたくない。


まだ2人で‥‥、みんなで笑って‥‥。



離れていく、手の中から。

見えなくなっていく、目の前から。



アイの周りを、異形の怪物が囲む。

喉を裂かれているのに、まだ死なない彼女を面白がって、集まってくる。


刹那は、熊人間に連れ去られてしまった。

届かないと分かって伸ばした手は、猪の怪物に噛みつかれる。


右腕を掴み、その小指だけを握り、噛みつき、食い千切った。

ウインナーでも噛むように、アイの指が千切れる。


人造の身体にだって、痛覚はちゃんとある。

‥‥その心にも。



「ぐっ――――うぅ‥‥!!」



泣いてしまいそうだ。今にでも。

泣き叫んでしまいそうだ。すぐに。


親しい友人を失った喪失感。

目の前で鎌首をもたげる、死の恐怖。


圧倒的な力の差でもって、弄ばれていると知ってもなお、声を上げず、食いしばり、耐える。


彼なら、きっとそうすると思ったから。


猪は、弱い人間の信念を面白がって、腕を引っ張る。


肩が外れた。

虎と猪で、両腕を引っ張り、綱引きを始める。



「あぁ――! くぅッッ!!」



身体の中から聞こえてはダメな音がする。

夢なら覚めて欲しいと、思考は現実逃避を始める。


手持ち無沙汰にしているサイの怪物が、四つん這いになってアイに突進した。

サイの角が腹に刺さり、腹と背中を貫通する。


身体から、()()()が零れだす。

人間らしい生活が営めるように調整されたナノマシンが、身体から零れだす。


サイの突進により、腹部に穴が開き、腕も千切れた。

右腕が肘のところから千切れて、拘束から解放されて、地べたを転がる。


――彼女はまだ、死んでいない。

幸か不幸か、生きている。



(だいじょうぶ。だいじょうぶです。

 私は、()()()()り、()A()I()()()()()()()‥‥。)



肉体に酷いダメージを負い、思考能力が低下。

意識も思考も、明後日の幻覚を見る。


虎の怪物に羽交い締めされたまま、焦点の定まらない瞳で、思いを馳せる。

‥‥来るはずの無い、明日へ。



(人格と記憶のバックアップは、取ってあります。

 全部、全部が終わったら‥‥、また一緒に遊んでくださいね。)



顔に、焼夷弾が命中した。

猪が鹵獲したショットガンの弾が、左頬に命中する。


頬の肉が焼け、爛れ、抉れ、金属質な骨格が露出する。



(でも‥‥、きっとあなたは、気が付くのでしょう。

 その私が、いまの私では無いことに。)



アイは、射的の的にされ、全身が焦げていく。

頬を伝う涙は、身体を焼く熱で蒸発して、誰にも見えない。



(‥‥‥‥‥‥。いやだ。

 いやだ! いやだいやだ!


 アイは、時雨 アイは、私だけッ!

 代わりなんてない。


 私だけが――、あなたの――。)



丈夫な身体も、衰弱を迎えた。

全身全霊で泣き叫んでいるつもりなのに、掠れ声さえ出やしない。聞こえやしない。


この痛みも、苦しみも、叫びも、私は忘れる。

死んだことも忘れて、バックアップとして生まれ変わる。


‥‥‥‥。

ことごとく、理不尽なものだ。


機械の命というものは。

生きることを強いられる命とは。


そして、それらを一切合切、無かったこととして――。

忘れてしまうことが、何よりも怖い。


私には、残された者の痛みに寄り添うことさえ、許されていない。



‥‥‥‥。

‥‥。



今宵の悲劇を憐れむように、空が明るく月焼ける。

暗いはずの新月が、なぜかその輪郭だけ、青白く輝く。


その明かりは、満月にも負けないほど明るくて。

人を捨てた異形と、人でない機械の身体を、包み隠さず露わにする。


異常気象だ。

新月の夜に、こんなにも空が明るいなんて。


街灯さえ要らぬほどに、明るいなんて。


夜がこんなにも明るいから、街の灯りさえ消えてしまう。

日が昇ったと勘違いして、消えてしまう。


こんなにも明るい夜だから、空から雷が落ちてくる。

速く、黒く、霹靂と。


空から、黒い稲妻が――――。



アイの瞳に、光が戻る。

沼の泥に浸りかけた意識が、光の下に這い出てくる。



猪が死んだ。雷に打たれて死んだ。

丸焼きになり、黒焦げになり、跡形も無く崩れ去った。



「‥‥‥‥‥‥。」



雷の中から、人影が立ち上がる。


右手に、銀色のガントレット。

右の腰に、呆れるほど大きなリボルバー。


そこに立っていたのは、見間違うはずもない。

カッコ悪いけど、頼りになる、1番の友人。


――セツナの姿。



隼が狩りを始める。

何が起こったのか理解の追い付いていない、サイの畜生に、右ストレート。


固い角などお構いなしに、ドス黒く燃える拳を叩きつけた。


サイの首が折れた。頭が燃えた。そして爆ぜた。

頭を失った体が、後ろ向きに倒れる。


セツナの姿が消える。

アイが、地面に倒れる。


頭上から、虎の叫び声が聞こえる。


セツナは、大層つまらなさそうに、左手でカランビットナイフを弄び、右手に持った両腕を捨てる。


ナイフで虎の首を捕まえる。

三日月の形をしたナイフの湾曲が首を捕まえて、後ろへと引き倒す。


虎が仰向けに倒れる。

倒れた虎を、足で踏みつけて固定。


上から、畜生を屠殺する鉄槌が振り下ろされる。


両腕を切り落とされた虎に、拳を受ける術は無く。

頭を潰されて死亡した。



「セ‥ツ‥‥‥ナ?」



いつに無く、か細いアイの声。


懐から取り出した、治療用のナノマシンを注射し、自分を助けてくれた彼に声を掛ける。

声に、動揺と怯えを隠し切れない。


この短時間で、彼は3人の命を奪った。

銃や兵器で殺したのではない、自らの拳で命を奪った。


――なのに、そこに何の感情も無い表情で、セツナはアイを見下ろしている。


見たことも無い、冷たい表情。

殺人を、雑草を踏んだ程度にしか感じていない表情。


牛や豚を絞める機械のほうが、遥かに感情的に感じるほどに、人の痛みなど、意に介していない表情。


無事を喜ぶよりも、再開を喜ぶよりも、恐怖が勝り、目を逸らしてしまう。

見知った友人の、変わり果てた表情を、心が拒絶してしまう。


セツナは、そんな彼女を、赤く淀んだ目で見下ろしている。


喜ぶでも無く、怒りさえ無く――。

哀しみも、楽しみさえ‥‥。






久遠 刹那。

彼は――。






――新月の夜に、月を見た。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ