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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
7章_悪魔の子

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7.5_風月は靡き。

「アイ。君は、ここに残ってくれ。」



にのまえスカイホテルの外。

刹那と瀬戸との打ち合わせを終えた遠藤は、車で待機していたアイに、そう告げた。



「彼と一緒に行動し、支えてあげてくれ。

 彼には、今それが必要だ。」



アイは、遠藤の護衛として、ここに同行していた。

人間の性質を持つアイの目は、幽霊の影響を受けない。



「私のことは心配いらない。

 ――少なくとも、この事件が終わるまではね。」



遠藤は、アイの父親の1人。

彼女を創った、彼女の設計に関わった1人。


同時に、アイとセツナを引き合わせた人物でもある。


アイから見て、遠藤には、2つの顔がある。


優しく、穏やかで、娘の成長を自分のことのように喜ぶ、父としての顔。

冷酷で、自分の命すら駒として使う、倫理観を捨て去った、科学者の顔。


最近は、科学者の顔を見ることが多い。


彼は、アイも知らない、何か大きな事をしようとしている。

刹那を使って。



「アイ。何かあった時は、君が彼を守ってあげるんだ。」

「‥‥了解しました。――行ってきます。」


「ああ。気を付けて。」



遠藤が、何を考えているのか?

何を隠していて、何を目論んでいるのかは分からない。


けれど、大切な友人を近くで守れる。

それだけで、今のアイには充分だった。


アイは、運転席から降りる。


地下の駐車場を歩き、地下の入口へ。

その後ろで車が発進し、ホテルを後にした。





「こんこんこーん。セツナ~。アイちゃんですよー。」



ホテルの部屋の外から、聞き慣れた声が響く。

電脳の世界で知り合った、ちょっと変わった友人。


ドアのチェーンとロックを外し、開ける。



「‥‥アイ?」

「ふふ。こっちでは、初めまして、ですね。」



ドアを開けた先には、見慣れた赤い瞳の女性の、見慣れないスーツ姿。

電脳世界で見てきた外見と、寸分違わないアイが目の前に居た。


アイの横にIDが表示され、それをマルが精査する。

IDは本物であり、目の前に居る彼女が、本物であることを刹那に耳打ちする。



「改めて、時雨 アイです。

 今後ともよろしく。」



アイが、右手を差し伸べる。

彼女の自己紹介に、困惑気味の刹那。



「ああ‥‥、久遠(くおん) 刹那。

 よろしく。」



刹那も右手を出して、2人は握手を交わす。



「どうですか? 純度100%、本物のアイちゃんは?」



少し震えている手を握って、からかってみる。



「ええっと‥‥。想像以上に美人で、ちょっと戸惑ってる。」



握手を交わしている手は、まるで本物の人間のそれだ。

彼女が機械だなんて、とても思えない。


それほどに、全く区別が付かない。


だが、自分の目の前に居るのは、紛れもなくアイであると、確信する。

居住まいや雰囲気、それらは、電脳の世界で見てきたものと全く同じだ。



「アイは、なんでここに?」

「それはですね~。」



アイは、シレっと刹那の部屋に入る。

あまりにも自然な行動過ぎて、道を開けて通してしまう刹那。



「あなたと一緒に戦うためにやって来ました。刹那。」

「オレと――、一緒に?」



刹那は、内開きのドアにストッパーを噛ませ、部屋を内見するアイの背中を追う。

アイが振り返る。



「はい。カッコつけたがりの刹那が、プルプルしてる頃だと思って、会いに来ちゃいました。

 感謝してくれて良いですよ。」


「それは‥‥、ありがとう。

 心強いよ。」



本当に、心強い。

2人居れば、プレッシャーも半分個だ。


マルも居るから、3等分。


後方支援と後始末を任せられる大人組の存在も有り難いが、肩を並べてくれる仲間の存在も有り難い。

1人でないと分かるから、頑張れる。


アイは、胸の前で両手をグッと握り込む。



「こう見えて、現実でも強いんですよ! 私って。」

「へぇ~。」



刹那は、アイのドヤ顔から、彼女の両手へと視線を移す。



「見た限り、ギアを着けてないみたいだけど。」

「ちっちっちっ! 分かってませんね~。」



アイは、部屋にある、丸いテーブルへと向かい、右肘を立てる。



「腕相撲をしましょう。

 私の実力、お見せします。」



彼女の提案に乗り、刹那もテーブルに右肘を立てる。

アイの手を握り込む。


握った感じ、筋力や握力の強さは感じない。

通っているトレーニングジムで出会う、黒光りする筋肉の妖精たちのような、硬い皮膚の下に感じる筋肉の厚みを感じない。


細く柔らかい、女性らしい手だ。


刹那が、アイの実力を計っているように、彼女も彼女で、刹那の実力を計っている。



「おお! さすが男の子。ちゃんと鍛えてますね~。」



左手でペタペタと、刹那の手や腕に触れる。

ちょっと、照れくさい。


が、ここで照れたら、アイにどうやって揶揄われる(からかわれる)か分かった物では無いので、ポーカーフェイスを決め込む。


‥‥アイの前髪に隠れた左の眉が、小刻みに動いているのが見えた。


ポーカーフェイスが少し綻び、動揺を隠していた目が、ジト目に変わる。

彼女も彼女で、ちょっと照れてるようだ。


ここは現実世界。

いつも会っている場所とは、色々と勝手が違う。


刹那の微妙な表情の変化に気づいたのか、アイは咳払いをひとつ。



「――こほん。それでは、いきますよ~。

 マルさん。スタートの合図をお願いします。」


「かしこまりデス。」



刹那とアイは、左手でテーブルの端を掴む。



「レディ‥‥‥‥。ゴーーー!!」



刹那は、5割くらいの力を右腕に込める。

普通の女性であれば、簡単に捻れる程度の力。


男女の筋力差、特に、鍛えている男性との筋力差とは、普通それくらいの違いがある。

男同士であっても、トレーニングの有無による筋力差は大きいのだ。


それが男女となれば、中学生と小学生くらい違う。

成長期の前後くらい、筋力と運動能力に違いがある。


――の、はずなのだが‥‥。



「ふぬぬぬぬぬ――――ッッッ!!」



腕の力を、6割、7割、8割と上げるも、アイの右腕はビクともしない。

刹那の力に合わせて、アイも力を上げて、筋力の拮抗を保っている。


アイには、まだまだ余裕があるらしい。

目元と口元に、笑みを浮かべている。



「刹那、ハンデをあげましょう。

 両手を使って良いですよ。」



余程、腕相撲に自信があるらしい。

その自信のほどを確かめるため、両手を使わせてもらう。


10割と10割。

20割の出力で、アイの右手を倒しに掛かる。



「ぬぅ――! ふんぬッ! ふんぬッ!

 ふぅぅぅぅぅぅんッ!!!!」



両手で、体重も掛けて、反動も使ってみるけれど、アイの手はビクともしない。



「はい、ザンネンでした☆」



アイの右手が容易く動いて、あっけなく刹那の右手がテーブルに着く。

両手を持っていかれ、あわやひっくり返りそうになる。


勝負の結果は明白。

アイの圧勝だった。


頬っぺにピースをくっつけて、勝利のポーズ。



「どうですか? これが、シグレヒロインの実力です。」

「‥‥‥‥アイ。」



刹那は、起き上がりながら冷静な声。



「キミ――、ネクストの力を使ってたでしょ。」

「あらら、バレちゃいましたか。」



腕相撲をしているあいだ、皮膚にピリピリとした感触を覚えた。

ギアが駆動し、ネクストを取り込んでいる人間が放つ気配。


それを、アイから感じたのだ。



「私には、ギアと同じ機能が組み込まれているんですよ。

 まあ、それを抜きにしても、それなりに頑丈な身体をしてますけどね。」


そう言って、アイは右腕に力こぶを作ってみせる。



「‥‥‥‥。」



――ぷに~~~っと、そんな擬音が聞こえた気がした。

刹那が、力こぶを手で挟んだのだ。



「あうぅ!?」



力こぶが緩み、ぷにぷにとなる。

どこからあんな馬力が出ていたのか分からないが、アイは現実でも、相当動けそうなことは分かった。


アイは、刹那に触られた力こぶを、自分でもぷにぷにと触る。

それから――。



「さて、勝負は私の勝ちなので、刹那には何でも言うことを聞いてもらいます。」

「そんなルールだっけ!?」


「そんなルールです。いま決めました。」

「‥‥‥‥。」


「だいじょうぶ。安心してください。」



アイは、部屋の出口へと向かう。



「お茶をしましょう。

 刹那の奢りです。喜んでいいですよ。」


「――。はいはい。」



軽いため息を吐いて、アイと一緒に部屋を出る。


少しだけ、右手を見る。

――手の震えは、もう止まっていた。


‥‥‥‥。

‥‥。





刹那とアイは、ホテルの喫茶店でお茶をした。

時刻はお昼を過ぎたが、昼食は食べない。


軽食をつまむ程度に留める。


いつ出動命令が出ても良いように、いつでも動けるようにしておくためだ。

満腹では、充分なパフォーマンスを発揮できない。


これからすることは、スポーツでは無いのだ。

命の危険がある、戦いなのだ。


そう考えれば、小腹が空くくらい、なんてことは無い。


また、全部が終わってから、お腹いっぱい食べれば良い。


喫茶店でお喋りを楽しんで、展望台で景色を見ながら、軽く身体を動かす。

マルが言うには、出動はここからが、最速だという。


そして、午後3時。

冬の太陽が傾いて、白い日差しに橙色が混ざる時分。


刹那の元に、出撃命令が届いた。


暴動が起きた。

場所はアーケード街。


ここから、車で10分強の距離。


マルが、スマートデバイスから顔を出す。



「2人とも、こちらへ。」



先導するマルに、刹那とアイがついて行く。

アイは、自衛団では無いのだが、刹那に同行。


彼女には、人権が無い。

理由は、厳密には人間ではないから。


法律上、アイの身分は人ではなく、物として扱われる。


物なので、体内にギアに該当する機能を有していても問題ないし、本来ならばライセンスが必要な電脳野を脳に構築できる。


そして、物なので、自衛団と共に現場へ行くことができる。

人命を守るための道具として、ついて行くことができる。


元々は、研究倫理のつじつま合わせをするための法律と裁定なのだが、それを拡大解釈して、有事に適応しているのだ。


マルの案内で辿り着いた場所は、ホテルの非常口。


緊急事態における自衛団の権限により、非常口を開錠。外へと出る。


冬の冷たい風が、高層ホテルの上層に出た2人から体温を奪う。

高さ約150メートルで受ける風は、心なしか地上よりも強く、冷たく感じる。


転落防止用のフェンスの向こうに、ドローンが2機、飛んでいる。

フェンスの物理鍵を、マルが操るロボットが会場。


フェンスの扉となっている部分を刹那が開けて、ドローンに飛び移る。

高さ150メートルもある場所で、躊躇なくドローンに向かって飛ぶ。


続けて、アイもドローンに飛び移った。


ギアで強化した筋力で、ドローンの下部に取り付けられた取っ手を強く握る。

ドローンが動き出し、現場へと急行。


車であれば、到着までに10分掛かる距離。

それをドローンは、直線距離で、制限速度すら無視して現場へ直行。

3分足らずで現場へと到着した。


空からアーケード街を観察すれば、なぜか屋根の上に、小銃を持った人間がうろついている。

服装は一般人。


傍から見れば、武装した自衛団にも見える。


ドローンから手を離し、アーケードの上に飛び降りる。

刹那たちの降下に気が付いた屋根上の人間が、発砲。


空に向けて、小銃を乱射する。


日本の銃は、ナイフよりも安全だ。

センサーとロックが内臓されており、許可された対象以外への発砲ができなくなっている。


なのに、発砲を行えたということは、その銃はまともな銃ではない。

イコール、彼らは通報にあった暴徒ということになる。


刹那は、ギアに内蔵された機能を解放。

自分を覆えるほどのシールドを展開し、弾丸から身を守る。


実弾に当たっても、ギアで強化されしていれば、死ぬことは無い。

‥‥メチャクチャ痛いし、何発も浴びれば、痛みに意識が耐えきれず、気絶してしまうが。


刹那とアイは、ガラス張りの屋根に着地。

ガラスを割ることなく、音も衝撃も立てずに着地する。


屋上で暴れていた連中は、全員で6名。

なぜ、こんなところに陣取っていたのかといえば、上から彼奴等の味方を援護するためであろう。


ところどころ、アーケードのガラスが割れている。

地の利を得て、上から自衛団なり、警察官なりを撃ち下ろしていたのであろう。


一方的に上から撃ち下ろすテロリスト部隊と同じ目線に、刹那とアイは落ちて来た。


問答は無用。

即座に鎮圧へ動く。


刹那は、暴徒の1人に向けて突進。

盾を構え、身を守りながら走る。


彼の背中を守るように、アイも1人の暴徒に狙いを付けて走る。

過保護な親が装備させた、シールドを展開。


左手を前に出すと、身を守れる盾が出現し、弾丸を弾く。


走るアイの側面を、別の暴徒が銃で狙う。

盾で守れない、無防備な横合いから、銃撃。


照準を合わせて、引き金を――、引こうとしたところで、ドローンの突進。


2人をここまで運んで来たドローンが、突撃して射撃を妨害。

後頭部へ、全力の体当たりをお見舞いして、昏倒させた。


マルに、撃破カウントが1つ付いた。

残り5人。


マルは、もうひとつのドローンを使い、刹那たちの手が回っていない敵の気を逸らす。


アイが、暴徒の1人と拳の距離となった。

暴徒と目が合う。


相手の顔立ちは、日本人のものだった。

整形したのか、日本人のネメシス構成員なのかは分からない。


そんなことよりも、今は鎮圧が先だ。


暴徒が扱う小銃には、銃剣が取り付けられていた。

ギアという兵器が誕生して、戦場での戦い方は変わり、銃の価値も変わった。


銃で致命傷を与えることは難しくなり、近接戦闘の重要性が飛躍的に増した。

銃剣は、その近接戦闘を考慮した装備。


拳の間合いで、銃を槍のように扱うことができるだけでなく、相手に心理的なプレッシャーを与える効果がある。


銃剣をつけた銃は、近接戦闘において奪われにくいのだ。

銃口を握られるリスクが、格段に下がる。


暴徒は、銃に取り付けた銃剣でアイを狙う。

コンバットナイフとしても使える銃剣で、刺し貫こうとする。


射撃体勢から、スムーズに銃剣での攻撃へ移行。

切っ先で突きを放つ。


アイの胸を目掛けて放たれた突きは、避けられることなく――、左手で受け止められた。


銃剣の刀身を、アイは躊躇なく素手で掴む。

刹那にも言ったが、この身体は、丈夫にできている。


ちょっと掴み方を工夫すれば、ナイフの白刃取りだってできてしまう。


暴徒に取っては、不幸なことだ。

アイに、人間的な常識は通用しない。


製造されてから5年。

彼女には、幼少期というものが無かった。


アイは、アイとして生まれ、生きてきた。

ゆえに、恐怖への感受性が、一般のものと異なる部分がある。


ナイフの白刃取りは、まさにそれで、生まれて間もなくギアの力を使えるようになった彼女に、恐怖心に付け込んだ牽制などは通用しない。


アイは、左手に力を込め、ナイフをへし折る。


まるで、化け物に遭遇したかのように動転する暴徒。


戦慄している暴徒に、右手でボディブロー。

暴徒は銃を握っており、脇腹へのガードが疎かになっていた。


そこに、丈夫な身体から繰り出された拳が炸裂。


すかさず、怯んだ暴徒の首筋を、そっと左手で撫でてやる。

へし折ったナイフを握った左手で、撫でてやる。


暴徒の首を裂いた。

敵は首から出血し、咄嗟に首を抑えて止血を行う。


無防備となった彼の背後に回り込み、盾として使う。


アイを狙う銃撃の盾として使い、その影からナイフの白刃を投擲。

折ったナイフが、銃口を向けた相手の顔面に目掛けて回転しながら飛んで行く。


咄嗟に、ナイフを避ける暴徒。


アイは、肉盾から銃を奪い、後頭部に一撃。

肉盾を横にして、大人しくさせる。


首から出血しているが、病院に搬送されれば、後遺症も傷跡も無く治療されるであろう。

これで、1人倒した。


マルが1人倒し、アイが1人倒し、刹那も1人倒している。

残り3人。


奪った小銃を構えて、引き金を引く。

走りながら発砲し、まだ立っている暴徒の1人を狙う。


相手も銃を撃ち返し、同じく走って来る。


互いに銃弾を何発か浴びせ、受ける。

アイの眉間に銃弾が当たるも、彼女は気にせずに突っ込む。


のけぞる頭が、すぐに前を向いて、突進。


彼我の距離が詰まり、近接戦闘の距離となる。


暴徒は、小銃を捨てた。

先ほどのアイの動きを見ていたのか、小銃は邪魔になると判断。


腰からナイフを抜いて、近接戦闘に備える。


アイは、小銃の銃口を持ち手に、力いっぱい銃を振るう。

銃を鈍器として扱って、暴徒を牽制。


迂闊に踏み込めば、ゲームさながらの怪力で、腕がへし折られる。

時代と文明が進もうが、いつだって単純な力こそが、死地では猛威を振るう。


小銃という金属塊を、易々と振るうアイ。

暴徒は、ナイフを取り出したはいいものの、リーチで劣り、中々踏み込めない。


ナイフでの攻撃を諦めて、ピストルを取り出す。

左手にナイフを持ち、右手で射撃。


アイの胸に弾丸が数発命中。

彼女の動きが止まる。


ナイフで攻撃。

距離を詰めて、ライフルを振り回せないように。


鈍く光る、鋭利な刃を、アイは腕で受ける。

防刃防弾のスーツが、刃を受け流す。


ナイフは素早く引いて戻り、即座に二撃目が伸びて来る。


ライフルを盾に、ナイフを受ける。

ナイフが銃の上を滑り、引いて戻っていく。


暴徒がピストルで射撃。

ナイフとピストルのコンビネーションで、アイにダメージを蓄積させていく。


ピストルの射撃によって後退させられつつも、アイは思いっきり小銃を振るう。

上から下へ、渾身の力を込めて。


大振りの攻撃は、暴徒に当たり前のように避けられる。

反撃として、冷静にピストルでの射撃。ダメージを蓄積させていく。


アイの攻撃は、勢いをそのままに、足場を強く叩きつけた。

‥‥アーケード街の屋根、ガラス張りの、足元を。


足元一帯に、ヒビが入る。

入ったヒビによって、光がガラスを透過できなくなり、ガラスが曇る。


暴徒の、足が止まった。

下手に動けば、足場が割れる。


この瞬間、勝負は決する。


どちらが、よりイカれているかを問う勝負だった。


アイは、ひび割れた足元なんて気にもせず、力強く踏み込む。

そして、小銃を振り上げて、叩き下ろした。


金属塊の打撃は、下に気を取られた暴徒の脳天に直撃。


ガラスを割り、彼奴を地上へと葬り去る。

同時に、屋根に空いた大穴に、アイも落ちていく。


慣性の法則により、ほんの一瞬だけ身体が宙に浮き、ふわりと浮遊感を内臓が感じて、地上へ真っ逆さま。


身体が屋根から沈み、頭の上に屋根がきた時、身体の落下が止まる。


刹那だ。

彼が、ベルトの裏に仕込んでいたムチをアイに伸ばし、彼女がそれを掴んだ。


およそ2年ほどの歳月で築き上げた関係性が、阿吽の呼吸を生んだ。

現実世界では初めましてでも、こういうところでは、よく見知った仲。


アイに脳天を割られた暴徒は、10メートル以上ある高さを、掴む蜘蛛の糸すら無く、落ちていく。


意識を失っている。

気絶し、無抵抗に落ちていく。


――その身体が突然、ぬるりと動く。


瑞々しい音を立てて、地面と激突するも、彼奴は動き続ける。



「ネメシスに、栄光あれッ!!」



気絶から覚醒し、そう叫び、彼は取り出した爆弾のスイッチを押した。


刹那は、大急ぎでアイを引き上げ、この場から離れる。

ドローンは、2機とも戦闘で潰してしまった。


ギアで身体能力を強化して、少しでも遠くへと離れる。


ガラスの屋根から離れ、手頃なビルへと飛び移る。

飛び移り、走り逃げる後ろで――、爆発が起こった。


黒い煙が空へと上がり、爆風でガラスが吹き飛ぶ。


粉々になったガラスが、辺り一帯に散らばって、空から落ちてくる。

ビルの屋上に伏せていた2人に、砂のように降りかかってくる。


爆発をやり過ごし、立ち上がる。


髪の中に入り込んだガラス片を、手で払い落す。


立ち尽くしていると、爆発によって電源が落ちていたはずの、アーケードビジョンが点灯し、映像が流れる。



『我々は、ネメシス。人類を解放する者たち。

 我々は、世界から抑圧を根絶する。


 我々は、世界を、日本を、救済する。

 そして、そのための闘争と、犠牲を厭わない(いとわない)。』



ビジョンから流れるのは、聞いたことのある、あの演説。

それを掻き消すように、サイレンの音。


警察に消防、それから救急車。


警察から連絡が入り、アーケード街に出没したテロリストは、全滅が確認されたことの報告を受ける。

ただ、重軽症者が、自衛団や一般人にも出てしまったようだ。


大人に子ども、お年寄り。

老若男女を問わず被害が出た。


おそらく、数時間の後、政府から外出禁止の声明が発表されることになるだろう。


街中での、テロリストとの抗争。

事態は、いよいよ相当深刻になってきた。


‥‥故郷が、生まれ育った街が、平穏が、壊れていく。


アーケード街を茫然と見ている刹那の手を、アイが握る。



「だいじょうぶ。私がついていますよ、刹那。」



何が大丈夫なのか?

根拠なんて、これっぽっちも無いけれど、「だいじょうぶ」の言葉に励まされる。



「うん。そうだね。オレは大丈夫。

 ありがとう。」



空から、新しいドローンがやって来る。

朝に話した、瀬戸のサポットから連絡があり、ホテルでの待機を言い渡される。


今夜、あぶり出しを決行するそうだ。

それに備えて、仮眠を取るなりして休息を取れとのことだった。


ドローンに掴まり、余燼(よじん)燻るアーケード街を後にする。


‥‥‥‥その後ろ姿を、双眼鏡で追っている人影にも気付かずに。



「ついに見つけたぞ――!。


 同志よ、◆◆を見つけた。この街に、にのまえへ集え!

 今宵、我々の悲願は成就するッ!」



要領を得ぬ言葉を残し、人影は形も無く、その場から消え去った。


‥‥‥‥。

‥‥。


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