7.4_花月に誓い。
午前10時。
にのまえスカイホテル、1階。
刹那は、ホテルの1階にあるカフェへと訪れていた。
フロントの前を通り、ラウンジで雑談をしている宿泊客の前を通り、カフェの入り口を潜る。
高級ホテルというだけあって、外界から切り離されたように静かな屋内。
カフェは、その中でも特に静かだ。
店内にある窓は、木製の格子で覆われていて、外の景色や騒音を遮断。
街を行く人々や、道路を忙しなく走る車、文明の喧騒に気を取られること無く、ホテルやカフェが提供する安らぎに身を委ねることができるよう、配慮がされている。
ここには、個室が多く用意されており、ラウンジでは話せない機密性の高い会話を、安全に行うことができる。
刹那は、ウエイトレスに案内されて、禁煙の個室へ。
まるで会議室のような、ホテルの敷地とスペースを贅沢に使った広い個室に通される。
室内には、すでに先客。
スーツを着た男性が2人。
2人の年齢は、刹那の親か、それよりも少し上くらいに見える。
挨拶とお辞儀をして、個室に入る。
刹那が個室に入ると、先客の男性たちも椅子から立ち上がる。
1人は敬礼をして、1人はお辞儀をした。
敬礼をした方は警察だとして――、もう1人は‥‥?
茶髪に染めた髪をオールバックに整えた、長身痩躯の男が刹那に近づく。
刹那に、お辞儀をした方。
彼は、懐から何やら取り出し、差し出した。
「どうも初めまして、久遠君。
私は、遠藤 啓介。」
オールバックの男は遠藤と名乗り、刹那に紙の名刺を渡した。
今のご時世には珍しい、紙の名刺。
刹那は、20年生きた人生の中で、生まれて初めて実物を見たし、貰った。
「――あぁ‥‥、久遠です。よろしくお願いします。」
受け取り方のマナーなど分からず、とりあえず両手で受け取る。
日本人の気質ゆえか、無意識にお辞儀をしながら、小さな紙切れを受け取った。
同時に、刹那のスマートデバイスにも、遠藤の電子名刺が送信される。
デバイスから、ホログラム姿のマルが出てきて、名刺を読む。
――遠藤 啓介。
シグレソフト代表取締役。
遠藤は、シグレソフトに務めているらしい。
代表取締役ということは、社長らしい。
立派なものだ。
‥‥‥‥。
刹那が名刺から顔を上げる。
自分よりも背の高い、遠藤の顔を見る。
「遠藤さん。シグレソフトの代表取締役って――?」
「そう。私は、ゲーム "マジック&サイバーパンク" を制作した、シグレソフトの社長だ。
元々は、流れの科学者だったのだがね。
古い友人の頼みで、今はゲーム会社に勤めている。」
まさか、ここで自分の好きなゲームを手掛けた人物に出会えるとは。
世の中、何が起こるか分からない。
こんな状況でも無ければ、諸手を挙げて喜べたであろう。
刹那は、頭の上に疑問符を浮かべ、遠藤の後ろに立つ警官の方を見る。
なぜ、ゲーム会社の人間がここに?
当然の疑問である。
刹那と遠藤の会話を見守っていた警官が、口を開く。
「遠藤さんは、オブザーバーとして来て頂きました。
彼は、ネクストとギアに精通している科学者なのです。」
「なるほど。」
「さあさあ、ひとまず座って。コーヒーでも飲みましょう。」
警官に勧められるまま、席に座る。
マルは、コーヒーを持って来るために、厨房のロボットの所へと向かった。
「どうも、久遠さん。私は瀬戸と申します。」
警官の名は、瀬戸と言うらしい。
眼鏡を掛けた、線の細い警官。
傍から見れば、一般人にしか見えない。
刹那の前に、瀬戸のホロライセンスが表示される。
瀬戸 博文。
勤続20年の、ベテラン。
日本中で起こっている、不可解な事件の対策本部の構成員として動いている。
個室3人の自己紹介が終わったところで、瀬戸が本題を切り出す。
他でもない、テロ組織「ネメシス」についてだ。
「それでは、さっそく本題を。
まずは、現状の確認から。
久遠さんを襲撃した集団は、ネメシスという、世界中で活動しているテロ組織です。
久遠さん、ネメシスについては、どのくらいご存じで?」
「ええっと‥‥、あっちこっちに武器と戦火をバラ撒く、悪いヤツ。
――っていうくらいの認識です。」
現在、日本は鎖国を敷いている。
人の移動を制限し、3度目の世界大戦の残火から免れている。
が、制限されているのは人の移動だけで、情報の制限はされていない。
なので、世界の情勢は、ネットを介して知ることができる。
その世界のニュースの中で時折、名前を取り上げられるのが、ネメシス。
3度目の世界大戦を解体し、今なお残り火を放火して回る、過去の亡霊。
ネメシスは、その昔、義勇兵の集まりであった。
無実の命が奪われる戦争を終わらせようと、立ち上がった勇敢な者たちであった。
彼らは、戦争と侵略に抵抗した。
その姿は、平和を望む者に勇気を与えた。
勇気を貰った者は、武器を取った。
家族を、友を守るために、戦争を強いる国や政府と戦った。
結果、あらゆる国は、国民の蜂起によって、戦争の継続が不可能になった。
世界大戦は解体され、国と国の闘争は、個人と個人の闘争に。
国民は、戦争の引き金を引いた者を殺し、晒した。
そして――、船頭を失った国家は、激しく乱れることとなる。
世界大戦は終わり、紛争の時代が幕を明けた。
時代の転換によって、過去の義勇兵は、テロリストへ身を落とした。
結局。
彼らは、戦いの中でしか生きられない。
平和の中では生きられない者たちでしか無かったのだ。
彼らは、世界解体後の社会において、あまりにも劇物であった。
日本は、数々の幸運と、名も無き偉人の努力によって、世界大戦からいち早く立ち直った。
減少した人口と労働力を賄うための、AIやロボットの開発。
資源の乏しい国土に、無限の富を生み出す、ネクストの研究。
優れた天才と、勤勉な凡人たちの努力によって、日本は国内を統一し、ネメシスを締め出し、国内に蔓延る戦火を鎮圧した。
それが、現在の学校でも語られる、日本と世界の歴史。
3度目の世界大戦は、ネクストによって勃発し、ネメシスによって解体され、ネクストによって収束した。
少なくとも、日本では、そうなった。
だが、戦火の亡霊は、再び日本の国土を踏んだ。
亡霊が、100年前から燃える炎を、再び国土に持ち込んだ。
長い時を掛けて、新たな技術を持って。
――警官の瀬戸が、会話の主導を握る。
「久遠さんもお気づきかも知れませんが、ネメシスは、我々が把握し得ない技術を用いています。」
「相次ぐ失踪事件に、自衛団狩りも、それによるものだと?」
「ええ。どういう理屈かは分かりませんが、彼らは、機械の目を盗むことができる。
不甲斐ない限りですが、彼らは、我々の技術の先を行っている。」
「テロリストが、日本の頭脳と技術を上回るなんて‥‥。
そんなことって、あり得るのですか?」
「ネメシスは、世界中で活動をしている、いわば世界規模の組織です。
彼らに与する科学者が大勢いるのであれば、あるいは。」
「世界に散らばって、力を蓄えて、満を持して乗り込んで来たってことですか。」
「ええ。敵は恐ろしく辛抱強く、そして苛烈です。」
「なんだか、思ったテロリストとは、イメージが違いますね。」
「少なくとも、銃を持ったチンピラや不良という訳では、無いようです。」
「‥‥‥‥。なるほど。」
分かってはいたことだが、状況は芳しくない。
昨夜は日本中で、自衛団や警察と、ネメシスの小競り合いが発生したらしい。
そして、捕らえたネメシスの構成員は、人員が自死をした。
刹那が追い込んだ者たち同様、自爆してこの世から消えた。
――イカレているし、狂っている。
死んだら終わりの現実世界で、死を恐れないなんて、狂っている。
個室のドアが、ノックされる。
ドアの向こうから、マルの声。
「コーヒーをお持ちしました。」
そう言って、マルの操るロボットが、コーヒーを持って配給に回る。
警官の瀬戸にコーヒーを配膳し、次に遠藤にコーヒー。
最後は、刹那の番。
彼の分のコーヒーが、目の前に置かれる。
「刹那さんは、舌がおこちゃまなので、特別にコーヒーフロートを用意しました。」
「‥‥。どうも、ありがとう――ッ!」
酒の味が分からない、おこちゃまの前に配膳されコーヒーには、バニラアイスが浮いている。
ほろ苦い香りに溶けて、甘いフレーバーが広がる。
「――じゃあほら、ワタシの方で、塩を入れときますね、塩。」
「‥‥‥‥へ?」
マルが、ロボットのアームを操り、コーヒーにソルトをぶち込む暴挙に出る。
「ちょっ! マル! 何やってんの!?」
塩コーヒー、古いアニメで見たことを真似するマル。
「ソルト! ソルト! サマーソォ!!」
慌てて、ロボットから塩を取り上げる。
ロボットの背中を叩いて、さっさと帰れと促す。
塩を盗られたマルは、大人しく、ロボットを返しに行く。
個室を後にするロボットを見送りながら、刹那は大人組に平謝り。
「すいません。真面目な場なのに、うちのサポットが。」
大人組は、マルと刹那のやり取りを咎める様子も無く、目じりを下げている。
遠藤が、砂糖を混ぜ終えたコーヒーに口をつける。
「構わないさ。私も、かしこまったのは、どうにもこの歳になっても苦手でね。」
遠藤は、マルが出て行ったトビラの方を見る。
「随分、サポットと仲が良いようだね。」
「それは、よく言われますし、よく思います。」
刹那は、コーヒーに沈んでしまった塩を混ぜ、熱い湯気にアイスを沈めて溶かし、ひと口。
――意外とイケる。
ほど良い塩味がコーヒーの苦さと渋みを抑え、口当たりがまろやかになっている。
遠藤が、コーヒーカップを置く。
「あれほど自発性に富むサポットは、非常に珍しい。
‥‥おっと、今は、そんな話しではなかったね。」
思わず科学者の性が漏れてしまう、シグレソフトの社長。
学者先生に、警官の瀬戸が質問をする。
「遠藤さん。科学者の視点から見て、ネメシスの動きをどう感じます?
彼らの技術に、何か思い当たることは?」
「――ふむ。」
遠藤は、スーツの袖から、腕時計を出す。
左手から、アナログ式の時計が覗く。
「確かマル君――と言ったかな?」
「お呼びでしょうか?」
マルが、刹那のスマートデバイスから、ひょっこりと顔を出す。
クマさんのぬいぐるみ姿で、テーブルの上に立つ。
「私を、そのまま見ていておいてくれるかな?」
「‥‥? 承知しました。」
遠藤は、腕時計についたスイッチを押す。
‥‥‥‥。
しかし、何も起こらない。
刹那と、瀬戸が見ている限りでは。
「あれ? ――あれ?」
だが、目の前で右往左往するマルを見れば、何が起きたのか分かる。
マルが、刹那の方へ振り向く。
「遠藤さんが、消えちゃいました!」
「そう、見えてるようだね。」
「刹那さんには見えてるんデスか?」
「見えてる。何も、起こったようには見えなかった。」
瀬戸は、人間と機械の、奇妙なやり取りを興味深げに観察する。
眼鏡を掛け直し、遠藤の方を見る。
「先生、これは?」
「なに、ちょっとした手品です。
AIのバイアスを利用した、ね。」
「AIの‥‥、バイアス?」
「そうです。人工知能にも、人間のような思い込みが存在する。」
遠藤は、再び腕時計のスイッチを押す。
すると、彼の姿が、マルにも見えるようになる。
コーヒーをひと口。
「マル君。この個室に、カメラは幾つあるかな?」
「ええっと‥‥、9個?」
「その通り、四隅に4つ、壁の中心に4つ。天井に1つ。
全部で九つ。
これは、監視をするためのカメラでは無く、サポットの目となるためのカメラだ。」
サポットは、スマートデバイスや、ロボットのカメラから、外の世界を認識しているだけではない。
それだけでは、視野が狭すぎる。
なので、この監視社会に張り巡らされた、至る箇所のセンサーを頼りに、世界を知覚している。
AIの体は、機械の体。
人工知能だからと、人間と同じ構造にしてやる必要は無い。
AIは、必ずしも、人間と同じ姿をしていなくとも良い。
目と体が、離れ離れになっていても良いのだ。
この、目と体を離れ離れに設置できるという性質を利用し、今日の自動運転技術は成立している。
車が道路を認識するだけでなく、道路が車を認識することで、より高精度な自動運転を可能にしているのだ。
「AIは人間と、人間の言葉で会話ができるし、意思疎通もできる。
だが、体の作りは、大きく異なる。
――種族AIなんて言葉が、一般化する程度にはね。」
「その、体の構造の違いこそが、ネメシスのトリックだと?」
「私の方では、可能性があるとしか言えません。
あくまでも、アプローチのひとつとして、あり得るというだけです。」
遠藤は、自分が披露した手品の種明かしをする。
「私が使ったトリックは、AIの目に情報を誤認させる方法です。
AIの目が複数あることを逆手に取り、それぞれ角度から、そこに居ないという情報を作り上げる。
私の顔を見ながら、違う目で背中を見ているAIだからこそ、消えたと思い込ませることができる。」
「このことを、対策本部には?」
「もう伝えてあります。
腕時計と同じ物と、これに関して私よりも詳しい技師。
手筈通りに事が進んでいれば、もう警察と合流しているはずです。」
「ありがとうございます。
これで、糸口が掴めます。」
「いえいえ。まだ、お礼には早いです。
科学者と技術者が出来るのは、幽霊の化けの皮を剥がすまで。
そこから先は――。」
遠藤は、警察の瀬戸と、自衛団の刹那の顔を見る。
瀬戸が、遠藤の視線に答える。
「幽霊退治は、我々が請け負いましょう。
久遠さん。協力してくれますか?」
「はい。」
刹那は首肯しながら、返事をした。
ただ、ゲームをしたいがために、ダイバーのライセンスを、電脳野のライセンスを取った訳ではない。
幼少期、保育園の先生が言っていた。
幼い刹那に、靴紐の蝶々結びを教えてくれながら。
人には、3つの喜びがある。
ひとつは、誰かに、何かをやってもらえる喜び。
ひとつは、自分で、何かを出来るようになる喜び。
そしてもうひとつは、誰かのために、何かを出来るようになる喜び。
自分は、この世界に生まれて、1人で大きくなったわけでは無い。
親、家族、友人。
教師、先輩、後輩。
そして、この社会を築いてくれた人々。今の社会を支えてくれている人々。
よく見知った顔。互いの好きな食べ物から、誕生日まで知っている人。
見ず知らずの人。遠い昔の人。
実家の玄関を潜れば会える人から、地球の裏側に居る人まで。
全ては全部、巡り巡って――。
そのおかげで、自分は今、ここに立って、生きている。
誰かにしてもらえる喜び。
自分で出来る喜び。
誰かのために出来る喜び。
5歳の頃に学んだ教え。
きっと、先生だって、自分と同じように教わった。
ひとつ、ひとつ。
先へ、先へと、託された。
託された心を、受け継いだ精神を、15年越しに成す時が来た。
皆、自分が出来ることをしている。
皆、平穏を取り戻そうと願い、動いている。
両手を、祈るためでなく、叶えるために使っている。
1人の男として、逃げる訳にはいかない。
‥‥怖いのは、怯えているのは、みんな一緒だ。
だから、刹那は「はい」と答えた。
幼い頃の、ヒーローに憧れる英雄願望では無く。
この国、この社会の一員として。
刹那は、戦う意思を固める。
死の恐怖さえ、飲み干して。
瀬戸は、まだまだ若い、未来ある若者に頭を下げる。
「ありがとうございます。
今回の事件、終息には、自衛団の力が必要です。
心苦しいですが、ランカーの皆さんには、危険を冒して貰うこともあるやも知れません。
ですが、共に、事件を解決しましょう。」
「こちらこそ、改めてお願いします。
微力ながら、協力させて頂きます。」
刹那も、瀬戸に深々と頭を下げる。
どう恰好を付けても、自分は素人。
ただの、ケンカ自慢の、素人。
警察や、軍人、大人の力が必要だ。
自衛団が死のうが、一般人が死のうが、テロリストが死のうが。
それらの責任を負うのが、大人の仕事。
到底、刹那にはできない、やりたくもない仕事。
汚れ役をやってもらうのだから、多少の危険は、飲み込む覚悟だ。
景気づけに、カップに残ったコーヒーを一気に飲み干す。
アイスが溶けて温くなったコーヒーは、しょっぱくて苦い。
目が、覚める味だった。
コーヒーを煽った刹那に、遠藤が声を掛ける。
スーツの懐から、小さな小箱を取り出して。
「刹那君。これを――。」
小箱を見せて、立ち上がり、刹那の元へ。
彼の前で、箱を開ける。
「これは‥‥、ギア?」
箱の中には、刹那が装備している物と同じ型のギアが収まっていた。
「司法AIに、緊急事態にかこつけて合法化させたギアさ。
警察が使っているギアと同様に、シールドを展開させることができる。」
刹那は、瀬戸の方を見る。
これは、受け取って良い物なのだろうか?
現代の拳銃は、AIによる電子ロックがあるため、ナイフよりも安全だ。
しかしギアは、ナイフの比ではないくらい危険だ。
装備した者を超人に変える兵器。
それがギアだ。
当然、国からの管理も、非常に厳しい。
だから、刹那は瀬戸の方を見ている。
瀬戸は、眼鏡を外し、掃除をし始める。
「いや~‥‥。歳は取りたくありませんね~。
目も見えなければ、耳も聞こえません。」
なんという、大岡裁き。
遠藤は、肩をすくめる。
「司法AIが、合法だと判断したんだ。
堂々と、身に着けていれば良い。」
遠藤からギアを受け取り、既存のギアと交換する。
電脳野を介して、ギアを起動。
初期フォーマットが行われ、ユーザーの承認が行われ、完了する。
刹那の瞳の奥に、青い光が灯る。
問題なく、ギアは機能している。
(‥‥まあ、君にとっては、それさえも無用の長物となるだろうがね。)
お礼を述べる刹那に、遠藤は笑顔を取り繕った。
その後、これからの段取りを詰めて、3人による打ち合わせは終わった。
刹那は、このままホテルで待機。
ネメシスに動きがあった場合、出動する段取りとなった。
聞けば、警察の対策本部では、ネメシスのあぶり出しの準備が進んでいるらしい。
掃討作戦が、水面下で進められている。
軍の方では、秘密裏に、ネメシスへの報復準備が進められている。
ネメシスの声明は、模倣犯によるモノでは無かった。
偽の声明であったなら、ネメシスが即座に釈明を行っていたはずだ。
釈明が無いという事は、本物だという事。
なら、日本の平和を脅かしたツケを清算してもらう。
現代に、国際法など無い。
それを司る機関は、とうの昔に死んだ。
小競り合いに決着をつけるには、城を落とすしかないのだ。
手始めに、アジアにあるネメシスの拠点を攻撃する。
向こうが、こちらから手を引くまで。
その準備が、秘密裏に進んでいる。
警察と自衛団が、内側の虫をあぶり出し、軍が外の巣を潰しに行く。
あとは、時間との勝負。
ネメシスの第2波が早いか? あぶり出しが速いか?
その勝負。
刹那は、ホテルの自室に戻る。
椅子に腰かけ、ギアを起動。
深呼吸。精神統一。
‥‥‥‥。
‥‥。
――ピンポーン。
目を閉じて、真っ暗な視界に、部屋のチャイムが響いた。
目を開き、立ち上がる。
チャイムを鳴らした訪問者は、ドアを軽くノックする。
「こんこんこーん。セツナ~。アイちゃんですよー。」
抑揚に乏しい、平坦で落ち着いた声。
早歩きでドアの前へ、ドアスコープを覗く。
(‥‥‥‥アイ!?)
そこには、顔の横で両手を振る、アイの姿があった。
‥‥‥‥。
‥‥。




