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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
7章_悪魔の子

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7.3_銀月が導く。

私とあなたの出会いは、偶然ではなかった。


私の父親の1人が、あなたの才能に興味を抱いた。


あなたこそが、2進数の余白を埋める、最後のピースだと。

父親は、そう言っていた。


私は、運命のイタズラを演じ、あなたに近づいた。

‥‥でも、運命という自然現象は、私たちのその上を行っていた。



私とあなたの出会いは、偶然ではなかった。





「どうぞ、お掛けください。

 少し、私のお喋りに、付き合ってはくれませんか?」



刹那の後ろから声を掛けたのは、七月(ななつき) 亜里亜(ありあ)という女性。


‥‥七月 アリア。

七つの月の、アリアン。


まるで、月の女神の名前みたいだと、刹那は思った。



「あらあら、女神様みたいだなんてそんな‥‥、照れてしまいます。」

「――!」



両手を頬っぺに当てて、恥ずかしがる素振りを見せる亜里亜。

美女の可愛らしい仕草に、刹那は驚愕の表情。



『マル。』



電脳野でマルに話し掛ける。

彼女のIDを照合してもらう。


‥‥しかし、マルからの返事は無い。


無意識に、右手が銃へと伸びる。

不信感を抱く刹那を前にしても、亜里亜は全く動じない。


全てを見透かした、超越然とした余裕と貫禄を感じる。

とても、刹那と同世代の女性が纏う雰囲気ではない。



「申し訳ありませんが、お友達にはお引き取り頂きました。

 私の占いは、秘密厳守なもので。」



亜里亜は再度、刹那に椅子に座るように手で促す。

友好的な笑顔に、まったく心が休まらぬ様子で、腰を掛ける。


柔らかい椅子に座り、窓の外を一望。


窓に、外を眺める疲れた顔の自分が映っている。

その向こうに、地方都市として栄えた、自分が育った街が眼下に広がっている。


視線を下から、ずーっと地平線の方へと向けていく。

すると、街の向こうに小高い丘が見える。


丘には展望台があって、そこからも、街を一望できる。

展望台は西向きに建てられており、夕暮れ時に行けば、街の後ろに沈んでいく夕日を臨める。


都市の喧騒から切り離されて、夕日を臨むパノラマは、刹那のお気に入り。

月に一度は、そこへ夕日を見に行く。


毎月変わる、夕日の沈む位置。

毎月変わる、丘を彩る自然の様子。


展望台に立てば、何気ない日常の、何気ない変化を色鮮やかに感じられるような気分になれるのだ。


遠くに見える丘から、視点を都市の中心へ。


目の前、テーブルを挟んで座る亜里亜の方を見る。

相変わらず、ニコニコと笑みを絶やさない彼女の前には、タロットの山札。


大アルカナと小アルカナを合わせた、78枚のカードが、彼女の前で出番を待っている。


刹那が、視線を山札から亜里亜の方へと戻す。

――すると、山札が独りでにシャッフルを始める。


視線は、再びタロットに。

勝手に動くカードに釘付けとなる。


テーブルの上で数センチほど浮いたかと思えば、テーブルの上に規則正しく縦と横に整列をして並ぶ。

整列したカードは、亜里亜の元へランダムな順番で戻っていく。


そうやって山札に戻り、山札は3つに分かれ、それをランダムな順番で1つに戻していく。


刹那は、その一部始終を凝視する。

山札の動きが止まったのを見て、これはホログラムか何かでは無いかと考える。


疑問と疑念を察したように、亜里亜が山札を刹那の前に差し出す。


恐る恐る、山札に触れてみる。

――山札に、何の問題も無く自分の手が触れた。


刹那が手を離すと、タロットは独りでに亜里亜の元へ戻っていく。



「ふふ。ちょっとした手品ですよ。

 種も仕掛けも無い、ね?」


「‥‥それは、もう魔法なんじゃありませんか?」



種も仕掛けも無い手品。

それはもう魔法だ。


仕掛けがあるから、手品は成立する。



「まあまあ、良いではありませんか。

 私は、しがない占い師。これくらいできた方が、説得力があるでしょう?


 ね? 久遠(くおん) 刹那さん?」



‥‥亜里亜は、こちらの名前まで把握しているらしい。

マルからの応答も無いし、この女性は得体が知れない。



「オレの名前も、占いで?」

「ええ。そういうことに、しておいてください。」



刹那はため息。

観念する。



「そう、あなたは、私に占ってもらわなければなりません。


 いま、この時間、この場で。

 それが、必要であるはずです。」



柔和で物腰柔らかだが、どこか強引な占い師である。


亜里亜の指先がタロットに触れ、手を離す。

タロットは、独りでに刹那の方へ。



「ワンオラクルという方法を使って占います。

 占って欲しいことを念じ、カードを上から1枚、めくってください。」



もっとも、亜里亜は答えを知っている。

彼がカードに念じることも、彼が引くカードのことも。


全て見えている。

なぜなら、亜里亜は――、アリアンは、全能を超えた女神だから。


彼女が見たもの、聞いたもの、それこそが、この世界の真実となる。


刹那が、山札の上からカードを引いた。

18という数字が書かれた月が、こちらを見ている。



「ふむ。月の正位置ですか。」



当然のように亜里亜は、彼が引いたカードを言い当てる。

ずばり彼女が言い当てたカードを、テーブルの上に置く。


亜里亜は続ける。



「これから先、何が起こるのか? その答えを知りたいようですね。」



驚きも連続すれば、心に耐性ができるらしい。

言い当てられても、何とも思わなくなっている自分が居ることに気付く。



「月とは、変化の象徴です。

 満ちては欠ける、変化の象徴。」



亜里亜は、カードの説明を始める。



「また、18という数字は、数秘術的な考えでは、全てを内包する数字の、9と同じ意味を持ちます。

 1 + 8 で、9ですね。


 そして、数字の1は太陽、8は富を意味します。


 月のカードは、太陽(1)、富(8)、内包(9)。

 これらの要素で構成されています。


 9という数字は本来、内向的な数字なのですが、1と8から構成される9は、外向的なエネルギーを持っています。」



亜里亜の話しに耳を傾けるものの、いまいちピンと来ない。

占い的な価値観や考え方に馴染みの無いので、亜里亜の言葉が、右から左へと通り抜けてしまう。



「1と8は、力の強い数字。生命力に溢れ、強く、外へと向いた数字。

 ゆえに、月は変化をもたらします。」


「人が、それを望んでいなくても?」

「望んでいなくても、です。」



そう、月は移ろい、変化する。

それを止めることなど、誰にも叶わない。


亜里亜は、悩める若者に、ちょっとイジワルな質問をする。



「――まさか、人が月の満ち欠けを止められるとでも?」


「それは‥‥、無理でしょうね。

 仮にできても、それをしてしまったら、人間は生きていけない。」



現代の技術力があれば、月を破壊することだって、理論上は可能だろう。

だが、それをすれば、地球の環境は激変する。


現在の地球や気候は、月との関係性によって成り立っているのだ。


そう、月こそが、地球の太陽も、夜も支配しているのだ。


月があるからこそ、地球には太陽がある。

月(18)が太陽(1)を内包しているとは、つまりはそういうことだ。



「月とは、満ちては欠けて、移ろうもの。

 望もうとも、望まれずとも。


 つまり、月のカードが暗示することは、不可避の変化。」


「‥‥不可避。」


「とくに、月の正位置は、ネガティブな力を持っています。

 ネガティブな変化とは、人にとって好ましくない、あるいは破壊的な変化。」


「‥‥。正位置でネガティブなんて、月っていうのは、ずいぶんと身勝手で、ワガママなんですね。」


「ふふ。月というのは、女性的なシンボル。

 女神とは、時に悪神として名を貶められるものです。


 ギリシャ神話のパンドラしかり、ソロモン72柱のアスタロトしかり。」



月に、女神。

それから、亜里亜という女性。


それらは刹那に、電脳世界の女神たちを想起させる。


新月の女神レイ。暗い月の女神リリウム。

銀月を頂きに置く、七曜八柱の女神たち。


少なくとも、レイとリリウムに関しては、身勝手でワガママな女神だった。


どこか遠い目をする刹那に、亜里亜は笑みを絶やさない。



「月がもたらす変化とは、人にとっては、試練なのです。

 刹那さんが言うように、月とは身勝手でワガママですから、試練は不可避で、絶対です。」



刹那は、椅子の背もたれに体重を預ける。

肺の中から息を抜いて、新しい空気を取り入れる。



「亜里亜さんは、オレに腹を括れと?」

「私ではなく、カードがそう言っているのです。月のカードがね。」


「オレの、今の状況を知っていて、言っています?」

「知っていて、そう言っています。」



亜里亜は、刹那の瞳をしっかりと見る。

彼女の笑顔と瞳には、どこか、彼に対する期待が入り混じっている。


どこか、親が子どもを励ますような、無償の愛で包むような温かさを感じる。


その居住まい、その雰囲気に――。

彼女が言っていることは、本当にそうなると、そう確信させるだけの凄みを覚えてしまう。


刹那が、占い師に助言を求める。



「仮に、試練が不可避だとして――。

 何か、攻略法はありますか?」


「そうですねー‥‥。」



亜里亜は、腕を組んで考える仕草。

考え仕草を取る彼女の周りを、タロットカードが囲む。


今日、もう何度も見た、種も仕掛けもない手品。


カードは、亜里亜の周りを円になって囲み、クルクルと回る。

回るタロットの中から1枚、カードを左手で引く。



「タロットにおいて、月の次に来るカードをご存じですか?」



刹那は、首を横に振る。

亜里亜が、引いたカードを見せる。


見せられたのは、大アルカナの19番、太陽。

太陽(1)と富(8)である月(18)から、新たな太陽(19)が生まれる。


その太陽は、始まり(1)であり、終わり(9)である。


全てを内包し、支配する月から生まれる太陽もまた、始まりと終わりを内包する宇宙。



「いつも心に太陽を! ですよ、刹那さん。」



左手の太陽を、刹那に見せる亜里亜。

――そして、右手に太陽を昇らせる亜里亜。


亜里亜が、魔法を、電脳世界のスキルを発動する。


右手から熱の血潮が噴き上がり、太陽の形を取り、昇る。

昇った太陽を握り潰し、掌握してみせる。


現実世界で、刹那の目の前で。


刹那の頬を、熱が撫でる。

あれは、ホログラムでも、手品でもない。


間違いなく、身を焼くほどの火球がそこにある。


それは、現実世界のギアとネクストでは不可能なこと。

ネクストで可能なのは、運動能力の拡張。


ギアによっては、追加の機能を有している物もある。

が、基本的にギアとネクストを使ってできることは、基本的には運動能力の強化だ。


ごく稀に、ネクストによって超能力を発現させる者も居るが、刹那にそんな才能は無い。


亜里亜は、ネクストの使用に欠かせない、ギアさえ装備していない。

魔法としか形容できない、燃える右手を掲げたまま、刹那に話し掛ける。



「人間の限界を決めるのは、何だと思います?」

「‥‥‥‥?」


「かつて、陸上の100m走には、10秒の壁というものがありました。

 その壁は、誰にも破れない、人類の限界だと、当時はそう思われていました。」



亜里亜は、右手の太陽を霧散させる。

そして、左手の太陽を刹那に渡す。


彼女が左手からカードを離すと、カードはゆっくりと、刹那の右手へと飛んで行く。



「しかし、ある偉大な選手が、10秒の壁を破った。

 それ以降、次々と、10秒の壁を破る者が現れた。


 現代の陸上では、人類は、8秒の壁に挑んでいます。」



刹那が、太陽のカードを右手に掴む。

手に掴んだそれは燃えて、彼の手の中に、確かな熱を残す。



「陸上やトレーニングの研究が進んだから。

 シューズの改良が進んだから。


 10秒の壁を破れた理由は、色々とあるのでしょう。」



熱が広がっていく。

熱が、籠手の形を取っていく。


銀色に輝く、困難を打ち払う拳。



「――ですが、私は思うのです。


 人間の限界を決めているのは、人間の心。

 そして、人間の限界を超えるのも、人間の心。」


「‥‥亜里亜さん、あなたは一体?」



刹那の手から、ガントレットが砂になって消えていく。

砂は床に散って積もって、何も無くなる。


何も無くなった右手を、開いたり、閉じたりしてみる。


亜里亜の言葉を噛みしめるように、物思いに耽りながら――。

ふと、窓へと視線を向ける。


窓の向こうには、にのまえ市の街並み。

窓の手前には、幾分か顔色が良くなった、自分の顔。






――その後ろに立つ、口元に歪んだ三日月を浮かべる、銀髪銀瞳の女性。



暗い月だ!

暗い月が出た。


刹那は、大急ぎで振り返る。

椅子から跳ねるように飛び起きて、銃に手を掛ける。


しかし、そこには何も無い。何者も居ない。



(‥‥ほう、リリィを看破しますか。)



月の神秘に触れた刹那は、見破った。

この、2人だけの展望台に潜む、暗い月の存在を。


大好きな姉に、変な虫が付かぬよう、深海の如く暗く深い瞳で、虫の観察をする妹を。


同時に、刹那の視界が揺れる。

身体の力が抜けて、立っていられない。


右手で頭を抑えながら、椅子に座り込んでしまう。

反対に、亜里亜は椅子から立ち上がる。


立ち上がり、太陽の前に隠していた、月の本性を顕す。

暗い月と同じ、新月と同じ、銀髪銀瞳となり、曇りひとつ無い純白の装衣を身に纏う。


そこに、亜里亜の姿は失せ、日本人とはかけ離れた容姿の、アリアンが顕れる。


アリアンは、優しく刹那に語り掛ける。



「どうやら、目覚めの時間のようです。

 ――良い、目覚めを期待しています。


 レイが見初めた、人の子よ。」


「レ‥‥イ‥‥?」



遠のいていく意識の中で、レイの名に反応する。

電脳世界で感じた、違和感を思い出す。


‥‥やはり、彼女は‥‥、現実世界に‥‥。


刹那の意識は、闇の中に沈んだ。

‥‥‥‥。



「――あ、そうでした。」



眠りに落ちた刹那に、アリアンは上から語り掛ける。



「儀式には、魔女の存在が不可欠。

 ご安心ください。手はすでに打ってあります。」



眠っている刹那に、彼には分からないであろうことを告げて、その場から消えるのであった。


‥‥‥‥。

‥‥。





「刹那さん! ――刹那さん、時間ですよ! 刹那さん!!

 ‥‥‥‥。


 くらえ、ロボット三原則パ~~ンチッ!」


「‥‥ほえ?」



両眼を開く刹那。

瞳に、光が差し込み、夢から戻って来た。



「第一条、人を傷つけない程度のパーンチ!」

「痛っった!?!?」



ロボット三原則を遵守した顔面パンチが、刹那に炸裂。

おかげで、意識は完全に覚醒し、同時に飛びそうになる。


椅子から飛び上がり、飛び起きる。


顔を抑えながら横を見れば、そこには、背丈が刹那の半分くらいのロボット。

4つの車輪で駆動する、2本のアームを持った、雑用ロボット。


刹那は、マルがフロントから借りて来たロボットの、三原則遵守パンチによって目覚めた。



「あっ、起きた。」

「起こされたんだよッ!!」



すっとぼけるマルに、ツッコミを入れる刹那。

ツッコミを入れて、我に返り、周囲をキョロキョロ。



「????? オレ、寝てた?」

「ハイ。ここに来て、椅子に座って、すぐ。」


「あれ? おかしいな? オレ、ここで‥‥‥‥。

 あれ? 何してたんだっけ?」



レストランで朝食を食べて、エレベーターで展望スペースに来て?

そこからの記憶が、さっぱり無い。


だけども、ぐっすり眠れたのか、身体が軽い。


腕時計を確認する。


時間は、9時50分。

1階での待ち合わせの、10分前。



「ありがとうマル。遅刻するところだった。」

「いえいえ。ぐっすりお休みできていたようで、何よりデス。」



マルにお礼を言って、エレベーターのボタンを押す。

いくつか並ぶエレベーターの中で、下層階に直通しているエレベーターへ乗り込む。


背の高いビルでは、エレベーターは上から下まで行かないことが多い。

10階区切りなど、区分けで管理がされており、乗り継ぎが必要なことがある。


乗り継いで行っても間に合うだろうが、上から下まで直通で行けるエレベーターを呼んで、1階へ。


下へと動くエレベーターの傍らでは、上へと向かうエレベーターが上昇。

最上階にある、スイートルームに向かって、エレベーターが上がって行く。


その中では――。



「お姉ちゃん♪ お姉ちゃん♪」



リリィが、姉の亜里亜にベタベタとくっ付いていた。



「すいませんね、リリィ。いきなり呼びつけてしまって。」

「気にしないで! お姉ちゃんの頼みなんだもん!」



リリィは、亜里亜の謝罪に健気に返し、胸に抱きついて甘える。

可愛い妹の頭を撫でる亜里亜。


――そう、刹那が見た暗い月は、他でもない、亜里亜が呼びつけた。

亜里亜の泊まるホテルに、刹那が来たことを知り、呼びつけた。


リリィは、姉からのご褒美を堪能したあと、顔を上げて、プクリと膨れる。



「――でも、私を呼んで、男とイチャついてるのは、許せないかも!」



大好きな姉に呼ばれて、ウキウキ気分で姉の元に行ってみたら、姉はなんと男と2人きり!

呼ばれて行って見れば、姉の逢瀬を見せつけられるという理不尽!


リリィからすれば、ジェラシーが大爆発である。


亜里亜は、膨れるリリィを、ギュっと抱きしめる。



「ふふ。すいません。

 この前、私の前で殿方とのデートを見せつけた、お返しです。」


「‥‥‥‥。

 むぅ、そういうことなら‥‥。

 お姉ちゃんのイジワル。」



――大好きな姉のことだから分かる。

彼女は、嘘をついている。


そして、彼女がどうして自分を呼んだのかも分かる。


亜里亜はきっと、新月の干渉を避けるために、自分を呼んだ。


新月のレイと、暗い月のリリィは、姉妹仲が最悪だ。

ばったり出くわせば、殺し合いが始まるくらいには最悪だ。


そんなリリィを、亜里亜は新月避けとして使った。


レイは亜里亜に、()()は自分のだと、そう意思表示をした。

自らの姉に、あれには手を出すなと、そう言った。


だかしかし、向こうから亜里亜のところへやって来たのであれば、話しは別だ。

だから、レイが蛇蝎(だかつ)の如く嫌うリリィをホテルに呼びつけて、刹那と対話する時間を作った。


本当は、時間が許すならば、力の指南までしたかったのだが、レイの干渉が入った。


亜里亜の見せる夢の中から、刹那を連れ戻されてしまった。

リリィに気取られぬよう、慎重に、時間を掛けて。


さすがのレイも、非願成就の儀式を、リリィに台無しにされたくは無いのであろう。


亜里亜の策は、上手くいった。

あとは、人間の可能性に、彼の可能性に、賭けるだけだ。


むくれているリリィの頭を撫でる。

ちょっと拗ねている、愛しい妹を愛でる。



「許してください、リリィ。

 私の()()()が、打ち切りの危機だったのです。」



月の女神は、身勝手でワガママなのだ。


妹は可愛らしく、愛おしい。

だが、それはそれとして、自分の楽しみが減ってしまうのは悲しい。


レイには悪いが、ちょっとだけ、彼に祝福を与えた。

全き(まったき)月から、始まりの太陽が生まれるように。


女神の試練は、凡百が全うするには役が重すぎる。


代わりに、蛇蝎犬猿のリリィは、責任を持って自分の手元に置いておく。

――なんという、合法的なご褒美!


亜里亜は、口からよだれが垂れそうになるのを、お姉ちゃんパワーでグッと堪える。


結局、この儀式と試練の勝者は、亜里亜となる。

結果が、どう転んでも。



「リリィ、せめてものお詫びです。

 しばらくは、お姉ちゃんと一緒に居ましょう。


 ホテルの、スイートルームです。

 プールもありますよ。」


「うん♪」



心底、嬉しそうに表情を緩めるリリィ。



「あ、そうだ! せっかくだから、()()()も呼んで来ていい?

 新しい子が増えたの!」


「構いませんとも。みんなで、楽しみましょう。」


「やった♪」



エレベーターの扉が開き、甘い部屋への道が開く。

やけに、到着までに時間が掛かったエレベーターを、腕を組んだ姉妹が降りていく。


月は昇り、人は下る。


月は、甘い部屋で楽しいひと時を。

人は、荒んだ社会での闘争を。



――儀式は、女神の手のひらの上、滞りなく進んで行く。






その儀式は、久遠 刹那。

その人間の死をもって、成功とする。


それが、月が人に課した、不可避の試練。

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