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Magic & Cyberpunk -マジック&サイバーパンク-  作者: タナカ アオヒト
6.5章_嵐へ続く

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SS10.01_新月に続く。

新月の女神、レイ。

終末世界を暗躍する、謎多き女神。


もう滅んだ魔法界より出でて(いでて)、地球に住む人類に干渉している。


彼女の目的は、人類の進化。

本能に抗えず自滅する、愚かで愛しい子どもたちの、進化。


そのために、地球人に魔法界を発見させた。

そのために、楽園に”王”を遣わせた。


そのために、青い街の戦士に、啓示を与えた。


そして、世界は巡り。

そのために――。





青石教会。

都市部(センター)と赤い町の境に立地する、オリーブが司祭を務める教会。


終末世界を生き抜くために興った青石教は、いつでも門戸が開かれていて、悩み迷える人々へ手を差し伸べている。


青石教に、祈るべき神は居ない。

けれども、青石教会は、祈りの場でもある。


ここでは皆、自分の信じる神に祈っている。

それで心が救われるのならば、そうすれば良いのだ。


人間には、寄る辺となる規範や、正義が必要なのだ。


ヒトは社会的な動物であり、正しくあろう、良くあろうとする。


例え正義が、この世で最も命を奪った兵器であろうとも、我々はそれ無しには生きられない。


――教会の扉を潜れば、外の喧騒が嘘のように静かになる。


セントラルの生活音である、銃声や爆発の音が、遠い場所のことのように感じて、天窓から差し込む陽光が心に沁みて、遠い昔の故郷に帰って来たような、安堵と安息を与える。


扉を潜り、ベンチの並ぶ教会の中を進めば、1人の男性が居ることに気が付く。

ベンチの1番前。神に、最も近くで祈れる場所。


そこに、スーツ姿の男が座っている。

スキンヘッドで、スーツ姿の、人相が悪い男。



「お祈りは、終わったかな?」



セツナは、ベンチに座る男へ声を掛ける。


声を掛けた相手は、ボルドマン。

かつて、「簡単な仕事」で戦い、倒した相手。


ボルドマンは、足音でセツナの接近に気付いていたのだろう。

後ろから声を掛けたセツナに振り返ることもせず、彼の問いに答える。



「ああ。ちょうど今、昨日の分が終わったところだ。」



セツナは、ベンチに腰掛ける。


ボルドマンとは別のベンチ。

真ん中の通り道を挟んで、反対側のベンチ。



「じゃあ、今からは一昨日の分?

 ――それとも、100年前の分?」



顔を合わせもしようとしなかったボルドマンが、セツナの方を見た。

同じく、セツナもこのタイミングで、相手の顔を見る。


ボルドマン。彼は、普通の人間ではない。

人類再起の都市、楽園で生まれた、新月の加護を受けて生まれた人間。


その血には、わずかだが、神の力が流れている。

この事実を知っている人間は、もう居ない。


‥‥居ないはずだった。

エージェントが、夢の跡地を暴くまでは。


夢の跡地で、彼の父と呼べる人物の記憶を、受け継ぐまでは。


セツナの一言からあと、それから互いに、口を開くことは無かった。

目で話しを少しして、その目まで離してしまう。


「なぜ、生きている?」とか、「なぜ、知っている?」とか、そういうのは、2人には無かった。


ただただ、互いの事情を、「そうなった。」と受け入れるばかりだ。



「あらあら、お揃いね。」



背後から、老齢の女性の声。

教会の扉を潜り、オリーブが姿を現した。


声に気付いたセツナはベンチから立ち上がり、振り返ってお辞儀をする。



「こんにちは。シスターオリーブ。」


「ごきげんよう、エージェントセツナ。

 呼びつけておいて、出迎えも、もてなしも出来なくてゴメンなさいね。」


「いえ、お気になさらず。」



さあさあ座ってと、セツナに着席を促すオリーブ。

ボルドマンは座ったままだが、腕組みだけは解いている。


オリーブが、2人の前に立つ。

優しい表情で、ボルドマンの方を見て、セツナの方を見る。



「彼が生きているのに、ずいぶんと冷静ね。」


「薄々、そんな気はしてました。」



セツナが、ボルドマンの方を向く。



「ファンキー☆ヤマダさんには、電話くらいした?

 キミが居なくなって、ショックを受けてたよ。」


「‥‥‥‥。アイツのラジオは、今でも聞いてる。

 目の前の仕事に(かた)をつけたら、会いに行くさ。」


「仕事?」



目線はオリーブの方へ。

彼女に呼ばれたということは、そういう事なのだろう。


人好きする笑みを浮かべるオリーブ。



「うふふ。話しが早くて助かるわ。

 実は、ぶちのめして欲しいヤツが居るのよ。


 ――2人でね。」


「「お断りします。(断る。)」」



キレイにハモって答える。

ボルドマンが腕を組み、セツナは頭の後ろで手を組む。


各々、背もたれにもたれ掛かりながら、通り道を挟んで、メンチを切り始める。



「あらあら――。どうして?

 強い仲間が居た方が、心強いじゃないの?」



オリーブは、わざとらしく驚いてみせて、若輩を諭し(さとし)に掛かる。

若輩は、それに対して反論するし、食って掛かる。



「オリーブさん。コイツは悪党ですよ。

 組ませるのなら、もっと別の人選があるでしょう?」


「アンタらの介抱には、感謝してる。この一張羅(いっちょうら) (上等な服)にも。

 ――だが、それだけは聞けねぇ。」



セツナとボルドマン。

殺し合いをした仲で、殺し、殺された仲。


馬など、合おうはずが無いのだ。


取り合わない2人に対し、オリーブは、なおも優しい表情で接する。



「そうケンカしないで。

 みんなで、みんなのセントラルを守っていきましょう?


 少なくとも、今はそうしなきゃいけないでしょう?」



オリーブは、セントラルの英雄と評される女傑。

今から約30年前、「火の千日」という国家の危機を救った、セントラルの生きる伝説。


CCCの局長であるディフィニラとは、戦友であり親友である間柄(あいだがら)


彼女たちは、画策しているのだ。


次代を託せる者の育成を。

「火の千日」を超える悲劇となる、「赤龍と侵略者の厄災」を乗り越えられる組織体制を。


そうしなければ、世界中の人々を絶滅に追い込んだ厄災に、一国家が敵うはずもない。


守るべき人々のために、使えるモノは何でも使う。

悪党であっても。



「それにセツナさん。あなた、BBB幹部のヤマダちゃんとは、仲良しなんでしょ?」

「それは――。」


「聞くところによれば、最近有名な、不屈のマルちゃんとも、繋がりがあるらしいじゃない?」

「うぐ――!?」


「そのマルちゃんだけどね、どうにも、前にうちの酒に手を付けたクソ野郎なんじゃ――。」



セツナが、ガバリと立ち上がる。

勢いよく立ち上がって、オリーブの言葉を遮る。



「ご依頼、謹んでお受け致します!

 ――ほら! ボルドマン! なにグズグズしてんだ、さっさと行くぞ!」



セツナは痛いところを突かれ、手の平を180度返し、オリーブになびく。

ボルドマンは、仏頂面で座ったまま。



「そうそう、仕事の内容がまだだったわね。

 2人にぶちのめして欲しいのは、アイディオット――。」



ボルドマンが立ち上がる。



「アイディオット‥‥! そいつの名は、アイディオット=モローンか?」



オリーブが頷く。

彼の態度からして、因縁のある相手のようだ。


年の功である。

2人の説得を、口数を少なくして、いとも容易くやってのける。



「うふふ。やる気になってくれたようで、助かるわ♪」



そう言って、手招きをするオリーブ。

2人を、自分の近くへと招く。


素直に近づく、セツナとボルドマン。


オリーブは、2人の肩に、手を乗せる。



「さあさあ、昔のことはひとまず置いといて、バディの結成よ。

 仲良くしましょう? はい、友好の握手!」



物腰柔らかく、それでいて豪胆かつ強引に、即席凸凹コンビの仲を取り持つ。

渋々、2つの右手が差し出される。


渋々、右手が近づいて、ガッチリと組み合って、ゴリゴリと握り込み、バチバチとメンチを飛ばす。


友好の固い握手を交わして、両者譲らない。

退きもしないし、頭突きをかますように、デコをぶつけてガンくれる。



――カチャリ。



唐突に木霊する、ハジキが引かれる音。

銃が寝起きに立てる音。


視線はゆっくりと、音がした方へ。

セツナが左へと視線を向ければ、にこにこしながら、機関銃を抱えているオリーブ。



「あら、イヤだわ私ったら。

 歳を取ると、どうも気が小さくなってね~。

 ちょっとの殺気に、すぐ身体が反応しちゃう。


 おほほほほ――――。」



‥‥あまり、オリーブを怒らせない方が良さそうだ。



「い、いやだな~、オリーブさん。

 殺気だなんて――。あはは‥‥。」



セツナは、ボルドマンと肩を組む。



「ね? ほら? 仲良し! 仲良し! ね~?」



仲良しアッピルをして、機関銃の機嫌を取る。


2人とも、にんまりスマイル。

白い歯を覗かせる。



「あら、そうなの? なら良かった♪

 もうそろそろ、外にお迎えが来るから、しっかりとお願いしますね。」



2人とも、片手でサムズアップ。

それから、肩を組んだまま踵を返し、出口へ向かう。


‥‥セツナは、ボルドマンを押しのけるように。

ボルドマンは、セツナを押しのけるように。


互いに肩で押し合いながら、出口に向かう。


しまいには、脚を引っ掛けあって、足を引っ張り合う。



「おほほほ――。頑張るのよ~~~♪」



柔和なオリーブと、厳つい(いかつい)銃口に見送られながら、2人は教会を後にした。


‥‥‥‥。

‥‥。





「ああ――、念のため言っておくが、ケンカするなよ?」


「「大丈夫だ、問題ない。(心配するな)」」



輸送ヘリの中で、セツナとボルドマンの声がハモる。

「大丈夫だ」と言うセリフとは裏腹に、2人は向かい合う席に座り、睨み合っている。


今にも、くだらない因縁をつけて、殴り掛かりそうな勢いだ。


輸送室の様子をモニターで確認している、パイロットのブレッドは、ため息。

その横で、エージェントのジャッカルが苦笑い。


CCCのエンジニアであるブレッドが、ぼやく。



「ったく、オリーブさん。とんでもねぇ荷物を寄越して来たもんだ。」


「そう言うなブレッド。ガキの頃から面倒みてもらってんだ、断れんさ。


 ――それに、オマエの初恋の相手からの頼みだぜ?

 断るってのも野暮だろ?」



ジャッカルの言葉に、ブレッドが操縦桿をトチる。

静かに飛行していたヘリが、左右に揺れた。



「おま――!? もう、30年近く前のことだろ!?」

「皆まで言うな相棒。オリーブさんは、俺たちのアイドルだった。」


「ディフィニラ局長と、派閥ができてたよな。」

「ああ。派閥同士でケンカして、2人にどやされたこともあったな。」


「いま思うと、本当にバカだったよな、俺たち。」


「ははは。今もバカやってる。

 ――じゃなきゃあ、ここの仕事は続かない。」



ジャッカルとブレッドが、昔話に花を咲かせる。

輸送機は再び安定を取り戻し――、再び大きく揺れた。


ヘリの後方で、内側から壁を強く叩く衝撃が走る。


モニターを見る。

そこには、床を転げて、のたうち回る大バカ2人が映っている。


――ため息を一服。

ブレッドは、ため息が出るのと一緒にぼやく。



「‥‥ああ、これは最近分かってきたんだが――。下には下が居る。」



モニターに映る大バカを見ながら、肩をすくめるのであった。


‥‥‥‥。

セツナとボルドマンが席に座り直す。


2人は、やれ「お前のマヌケ面が気に食わない」とか、やれ「オマエの目つきが気に入らない」とか言い合って、同じ(おんなじ)タイミングで手が出た。


でも、2人の中では、相手の方が先に手を出した、ということになっている。


輸送室の左右にあるシートに座り、仕切り直し。

これ以上ケンカしたら、教会の方から対空ミサイルが飛んできそうなので、オリーブの顔を立てて堪えてやることにしる。



「――で? これからぶちのめすに行く、アイディなんたらってのは、誰?」



そう聞くのはセツナ。

ボルドマンに質問をする。



「アイディオット=モローン。

 ヤツは、ウールー=バスタードの秘書をしていたクソ野郎だ。」


「なに!? ウールー=バスタードの秘書、だと!」



席から立ち上がるセツナ。

――ウールー=バスタード。ヤツの秘書、だと?



「‥‥‥‥、誰? そのウールー=()()()()()って?」

「はあ~‥‥。テメェが、第七ビルの屋上でぶちのめした豚だ。」


「あ~‥‥。アンダースタンド。」



セツナが、席に座り直す。


ウールーは、彼が「チュートリアル」で戦った悪党の名前。

赤龍に破壊された、セントラル第七ビルの屋上で、魔導ゴーレムに乗って襲い掛かって来た人物である。


今回オリーブから受けた仕事は、ウールーの元秘書、アイディオットがターゲットだ。



「ウールーの秘書――、いや、元秘書か。

 なんか、キミと因縁がありそうな感じだったけど?」



セツナは、教会でのボルドマンの態度を思い出す。

アイディオット、その名前がオリーブの口から出たとき、ボルドマンの様子が変わった。



「ウールーもそうだけど、キミと同じBBB (西部の悪党組織)のメンバーでしょ?

 なんで、身内を始末する仕事なんて受けてんの?」


「BBBは、相互扶助の組織であって、ファミリーじゃねぇ。

 身内でも、縄張り争いくらいするさ。」


「じゃあ、ウールーとは仲が悪いんだ。」


「悪いなんてもんじゃねぇ。

 消せるなら、タダでも喜んでやってやる。」


「‥‥嫌われ過ぎでしょ、ウールーとアイディオット。

 何をやらかしたの? その2人。」



セツナからすれば、ウールーはチュートリアルでぶちのめした、いわば只の踏み台であり、通過点であった。


だが、ウールーは腐っても、センターの誇る摩天楼の主であったのだ。

そこそこ、裏では大物だったらしい。


ボルドマンが、ウールーたちの所業を話し始める。



「ヤツ等の一派は、東部の連中と繋がっていた。

 汚く稼いだ金に物を言わせて、東部から武力を買っていた。」


「それって、なにか問題ある?

 オレからすれば、BBBも、東部の連中も、おんなじだよ?」


「俺達からすれば違う。東部の連中は、子どもにだって値札をつけやがる。

 分かるか? 売れるなら何でも売るし、買えるなら何でも買う。」


「ああ~――。それは、仲良くできそうにないなー。」



セツナが知るBBBのやり方と、東部のやり方には、やはり違いがあるようだ。

話しにはチラッと聞いていたが、東部のクソ共は、西部のワルにも嫌われているらしい。



「ウールーのゲス野郎は、金で武力を買い、武力をチラつかせて、BBBの席を得た。

 それで、俺やヤマダの仲間が、何人も殺された。」


「そんなことをしたら、報復で潰されそうなものだけど?」


「言ったろ? ウールーはゲス野郎だと。

 あの外道、川の街を人質にしやがった。」


「‥‥‥‥は?」


「報復をすれば、東部のクソを川の街に流す。

 そう、脅してきやがった。

 女も子どもも殺すってな。」


「なるほど‥‥。なら、ウールーは死んで正解だった。」



これほど、人の死を喜べることは無い。

終末世界には、死んだ方が良い人間というのが、一定数は居るらしい。


もしかすると、セツナがチュートリアルとしてウールーを追い詰めた裏では、CCCとBBBのあいだで取引があったのかも知れない。


局長のディフィニラは、平気でそう言う事をしそうだし、ロマンチストでリアリストなヤマダは、それに乗りそうだ。


ボルドマンが、話しを続ける。



「だが、とびっきりクソなのは、アイディオットの方だ。

 ウールーは、アイディオットの操り人形に過ぎない。」


「スケープゴート、ってわけか。」


「ああ。ウールーは只のボンクラだが、その影でアイディオットが暗躍していた。

 東部との取引も、西部での縄張り争いも、ヤツが主導で動いていた。」


「道理でウールーを楽に追い詰められたわけだ。

 オレが乗り込んだ時には、捨てられてたんだろうね。」


「お前がウールーをぶちのめした後、ヤツをドローンで暗殺したのも、アイディオットの手引きだろう。

 足を引っ張られないように、始末した。」



セツナがウールーを倒したあと、ウールーは何者かに暗殺された。

光学迷彩を装備していたドローンに奇襲され、ミサイルの海に溺れて死んだ。


その後、ドローンはセツナに襲い掛かってきたが、あれは第三勢力を装うための演技だったのだ。


そして、CCCがアイディオットを追わなかったのは、彼が本部にコネクションを持っていたから。

本部をゆすり、CCCのアイディオット逮捕に、待ったをかけていたのだ。


‥‥まあ、当のCCCは、赤龍の出現で、それどころでは無かったのもあるのだが。


しかし、状況は変わった。


本部の腐敗は、蝶とハーマンの一件で洗浄された。

セントラルを守るという共通の目的の元、CCCとBBBには、暗黙の共闘関係が生まれつつある。


そしてついには、赤龍の撃退にも、一応は成功をした。


アイディオットを守る身代わりも、逃げ場も、確実に無くなっている。

だからこその、今回の仕事なのだ。


――セツナが、ホルスターからリボルバーを抜く。

暴発防止のために、1発だけ抜いていた薬室に、弾を込める。


シリンダーを回転させて、スイングイン。

リボルバーを振って、シリンダーを元の位置に戻す。


立ち上がって、ホルスターに収納。

もうじき、目的地に到着する。



「巡り巡って、羊狩りも大詰めか。」

「羊飼いを、今日、始末する。」



セツナに続いて、ボルドマンも立ち上がる。

すると、輸送室後部のランプドアが開く。


機内と屋外の気圧差で、背中を押すような気流が発生する。



「よう、お二人さん! 目的地だ!」



ブレッドからの通信。


伸びと、欠伸をひとつ。

開かれたリア側に向かう。


ここからは、いつものように、生身でのフライトだ。


セツナが、ブレッドとジャッカルにお礼を言い、2人は開け放たれたランプドアへ。


視線の下には、セントラル西部にある、高級住宅街が広がっている。

広い敷地に、大きな屋敷が建っている物件が、あちこちに点在している。



「よし! 行こうか。」

「‥‥ああ。」



セツナは、飛び降りる前に、装備の最終チェック。

ルーチンをこなし、意識を仕事モードに切り替える。


リボルバー良し、バックアップリボルバー良し、マルチツールナイフ良し、スマートデバイス良し。


確認終了。

ゲス野郎をぶちのめしに、レッツゴー。



「‥‥‥‥。」



――と、準備万端、張り切るセツナの横で、浮かない顔のボルドマン。

仕切りに目をパチパチさせたり、手で口を撫でたりしている。


助走を付けようと構えた姿勢を直し、引き続きボルドマンを観察。

一向に、彼は飛び降りる気配が無い。


これは――、もしかして――。



「ぬふふふふ――。おやおや、ボルドマンさんや?」



いやらしい笑顔で、気持ち悪い笑い方をするセツナ。



「BBBの幹部ともあろう大悪党が? まさか、高い所が苦手ぇ――!?」



ボルドマンが、セツナの背中を蹴り飛ばした。



「あっ゛!? テメェェェェ!?!?」



クルクルと、錐もみ回転しながら落ちていくセツナ。

ファーストペンギンを追いように、ボルドマンも飛び降りる。


口を撫でて、深呼吸でたっぷり空気を吸い込んで――。

息を止めて走り、飛び降りた。


飛び降りたら、すぐに空中で大の字に。

空気抵抗を受けて、落下速度を制御しながらフライトをする。


先に落ちた (落とされた)セツナは、背泳ぎの姿勢。

自分を突き落としたボルドマンを見上げる。


それから、空中を泳ぐような動作で空を泳いで、ボルドマンと高度を合わせる。



「よくも突き落としてくれたなぁ!?」

「黙れ! 今、集中してんだッ! 話しかけるな!」


「はん! チキンがさえずっても、何も聞こえませぇぇん!

 ほれ、ピヨピヨピヨピヨ~。」



生身でフライトをしながら、ヒヨコの真似をするセツナ。

ここぞとばかりに、ボルドマンを煽り倒していく。


いつもの2倍増しのマヌケ面に、右パンチ。

殴られても煽り倒すという、鋼の意思を貫くセツナにパンチが命中して、吹き飛ぶ。


錐もみしながら、マジックワイヤーを射出。

ボルドマンを捕まえて、手繰り寄せる。


彼我の距離が縮まり、互いの胸倉を掴み、デコをぶつけ合う。



「この俺を、チキンと言ったかぁ! マヌケぇ!」

「マヌケはどっちだ! ピヨピヨ野郎!」



今度は、セツナが右パンチでボルドマンを吹っ飛ばす。

そして、空中遊泳をして、距離を詰める。



「こういうのは! ノリとグルーヴ!

 着地する時だけキメれば、後は何とでもなるんだよ!」



そう言いながら、ボルドマンにキック。

自由落下しながら、自由すぎるセツナが、ボルドマンを攻撃。


フリースタイルのキックを、両手で受け止める。

そのまま、肩をぶつけるように身体を倒して、セツナを押し倒す。



「先に行ってろ、ペンギン野郎。」



押し倒して、顔面に拳をくれてやる。

命中して、セツナが勢い良く空から落ちていく。



「あら~~~~!」



マヌケな声を上げながら、距離が離れていくセツナを見て、ボルドマンは鼻を鳴らすのであった。


――マヌケの相手をしていたら、もう地上が近い。

身体を、青白い魔力が包む。


落下速度が次第に減速していく。

空気の粘性が上昇し、摩擦を強め、魔力が運動エネルギーを、熱エネルギーに変換してブレーキ。


2人が落ちたのは、とある屋敷の敷地内。

木々が規則的に並んでいる、緑道へと着陸。


黄色い葉を持つ成木の枝に乗り、身を隠す。

この樹は、魔法界の「天蓋の大瀑布」に自生している、常黄樹(じょうおうじゅ)


樹の枝に着陸する瞬間、テレポートを発動。

慣性を殺して、音を立てないように着陸。


地上には、先に落ちたマヌケが居る。



「手を挙げろ! キサマ、どこから入って来た!」

「待て待て待てMATTE! 話し合おう! 話せば分かる。」



‥‥‥‥。

運悪く、巡回していたアイディオットの私兵に見つかっているようだ。

私兵6人組に囲まれているマヌケは、言い訳を始める。



「いや‥‥、僕、怪しい者じゃないですよ?

 ほらこれ、CCCのライセンス。」



ホログラムのライセンスが表示される。

ライセンスを確認する私兵。



「取り押さえろッ!」

「ちょ!? タンマ! タイム!」



問答無用。

セツナは、マヌケ面を銃床で殴られて倒れ、上から取り押さえられた。


ボルドマンは、右手で両目を覆って、ため息。



「ちょい! ボルドマン! 見てるんでしょ! 助けて!」

「ボルドマン? 何を言っている? ヤツは死んだ。」


「生きてる生きてる! イタタタ、ホントだって!」

「ふん。最近のCCCは、レベルが落ちたな。こんな阿呆を雇うとは。」


「だからホントだって! ボルドマン! 助けて!

 オレたち、仲間だろ?」



――阿呆は放っておいて、屋敷を目指すボルドマンであった。


‥‥‥‥。

‥‥。





「ボス、ご報告が。」



部下が、執務室をノックする音に、アイディオットはビクリと肩を震わせる。

身なりを正し、部下に「入れ」と促す。


合図を受けて、扉が開き、執務室に部下が入って来る。


アイディオットは、大きな執務机の裏で、小刻みに貧乏ゆすりをしている。

そうとは知らず、部下が要件を話す。



「警備の者が、侵入者を捕らえました。

 なんでも、CCCの犬だとか。」


「そうか。尋問に掛けて、殺せ。」

「御意に。」



報告を手短に済ませ、部下は執務室を後にする。

1人になった部屋で、アイディオットは頭を抱える。


身代わりのウールーを捨て、本部の後ろ盾は無くなった。


彼は、セントラルにおいて、裏社会において、追い詰められていた。

かろうじて、高級住宅街に身を隠すことによって、悪党からの報復を免れている状態。


だが、CCCが動いたとなると、もう年貢の納め時だ。


セントラルの外へ高飛びする準備も進めていた。

「蝶」に高跳びの手引きをしてもらうはずが、決行を目前に連絡が取れなくなった。


どれもこれも、すべては、あの日――。

セントラル第七ビルに、どこの馬の骨とも知れないエージェントが、単身乗り込んで来たとことから狂った。


あれさえ無ければ、もっと上手くいっていたはずなのだ。

セントラルの、富と権力を、裏から操れていたはずだったのだ。


今となっては、すべては後の祭り。

捕らぬ狸の皮算用。



「ボス、ご報告が。」



執務室の扉を3度ノックして、またご報告。

「入れ」と、入室を促す。


扉が開き――、拳銃を構えたボルドマンが執務室に押し入った。

彼は、音も立てず、屋敷を守る警備を適宜無力化しつつ、ここまで掻い潜ってきた。


すかさず発砲。

消音機能のついた銃が、音を立てずに、弾丸を吐き出す。


弾丸は、アイディオットの右肩に命中し、ダメージを与える。


弾は貫通していない。


アイディオットが、そこそこ戦える人間であること。

それと、特性の防弾スーツのおかげで、小指をタンスにぶつけたくらいの痛みで済む。



「ああ――ッ!? くッ!? ボルドマン――!」

「よおゲス野郎。会いたかったぜ。」


「‥‥私は、会いたくなかったがねッ!」

「なら良かった。――今日でサヨナラだ。」



アイディオットが、机の裏に隠した銃を取り出す。

構えた銃を、ボルドマンは拳銃で撃ち抜く。


銃が弾かれて、床に転がる。

魔力が無ければ、指が飛ぶくらいの衝撃がアイディオットの手を襲うも、軽い捻挫で済む。



「くッ――!?」


「殺す前に聞く、俺の車をどこにやった?」

「ふん。あんな安物、どこかに捨てたさ。」


「そうか、分かった。」



そう言って、ボルドマンが銃口を、アイディオットの頭へ向ける。

アイディオットは、執務机を投げ飛ばす。


魔力で強化された身体で、机を投げ、弾丸の盾に。

懐から、身体能力を強化する、違法のサバイバルキットを取り出し、注射。


ボルドマンが机を拳で真っ二つにしているあいだに、窓を割り、外へと逃げる。


逃げながら、手に持ったスイッチを押す。


――瞬間、屋敷が執務室を中心に、爆発した。

閑静な高級住宅街に、小さなキノコ雲が発生する。



「おお!? なんだ、なんだ?」



屋敷の広い庭で、元気に追いかけっこをしていたセツナが、爆発に立ち止まる。

追いかけっこを放り出して、爆発炎上する屋敷の方へ。


ボルドマンは、瓦礫の中から立ち上がる。

覆い被さる、真っ二つにした机を押しのけて、周囲を見渡す。


それから、アイディオットを追う。

彼の私兵を蹴散らしながら、ケリを付けに。


アイディオットは、車庫に逃げた。

サッカーコートよりも広い車庫に逃げ込み、愛車のキーを回す。


すぐさまエンジンが掛かり、驚異的な馬力とトルクで加速。

広い車庫で、スピード違反になるほどの速度まで加速。


青い日差しが差し込む出入り口から、勢いよく外へと飛び出す。

飛び出したところで、ボルドマンと遭遇。


彼を跳ね飛ばして、そのまま屋敷の塀を車で破壊。

保身のために金を注いだ車は、石に突っ込んでもビクともせず、道路に黒い足跡を残して去って行く。


ボルドマンは車庫に入る。

その中に並ぶコレクション、その中の一台に目を付けて、乗り込もうと――。




乗り込もうとして、ドアに掛けた手を離した。


‥‥‥‥。

‥‥。


逃走劇から大分遅れて、セツナが車庫に到着。

車庫の中から、のんびりドライブに出掛けるように、ちんたら走るボルドマンが出てきた。


セツナは、車の前で通せんぼ。

運転席の窓を叩く。



「ドライブでもするつもり? 早く追いかけないと!」



車の窓が開く。



「‥‥仕事は、終わりだ。」

「はあ?」



――遠く、アイディオットの屋敷から、遠く離れたところを震源に、地面が揺れた。


爆発の衝撃。

衝撃の後、爆音と衝撃波。


一帯の屋敷の窓、ボルドマンが乗る車の窓を、激しく揺らす。


衝撃波には、魔力が混ざっている。

そして、この魔力の波長に、セツナは覚えがある。



(――ハーマンの爆弾!?)



大地の揺れは収まり、衝撃波は通り過ぎ、嵐は収まった。


茫然と立ち尽くすセツナ。

ボルドマンは、ドアに肘をつきながら、彼に話し掛ける。



「お前が仕掛けてたんだろ?」

「え? 何を言って――。」


「そうでなけりゃあ、俺が仕掛けてたんだろうな。」

「‥‥‥‥。」


「なんにせよ、俺かお前がやった。そう言う事になる。」



セツナは顔を上げる。

もう一度、爆発が起きた方向を見る。


火災が起きている、アイディオットの屋敷を背景に、熱っぽい風が、煙を引き連れて流れ込む。


‥‥‥‥。

‥‥。



「こちらシグマ2、ターゲットの排除を確認。」


「こちらシグマ1、了解した。

 シグマ2は、シグマ4と合流しろ。

 合流して、ポイントZ1(ズールーワン)へ向かえ。


 シグマ3は、その場で待機。

 私と合流後、ポイントZ1に向かう。」


「「「了解。」」」



‥‥‥‥。

‥‥。


一時(いっとき)の沈黙を置いて、ボルドマンが車のエンジンを吹かす。



「‥‥最後に忠告だ。」



呆けて(ほうけて)いたセツナが、運転席を方を見る。



「新月には、気を付けろ。

 月の無い夜に、神に願うな。」



新月。おそらく、レイのことを言っているのだろう。

彼女は、セツナたちの味方ではない、敵でもない。


‥‥今のところは。



「ご忠告どうも。肝に銘じとく。」



ボルドマンは、セツナの返事に、首を傾げる。

上手く伝わっていないが、伝えるほどの義理も無い。


車の窓を閉めて、アクセルを踏み、ドライブの速さで屋敷を後にする。


去って行く車を、セツナが見送る。

車は、爆発が起きた方向とは反対の方へ。


――買い物がしたい。

酒と、チーズと、タバコ。

葉巻でも良い。


ドライブのお供に、ラジオをつける。

慣れて様子でラジオを付けて、チャンネルを合わせる。


チャンネルからは、ご機嫌なMCの声。



「さ~て☆ 次のリクエストは、ペンネーム”ゆで卵野郎”から。

 BBBのテーマソングを頼む! ワルな奴らを熱くさせる――。」



MCの言葉が詰まる。

詰まって、マイクがMCの声じゃない音を拾う。


震える手で、サングラスを外したような、そんな音。



「ソーリー! ゆで卵野郎は、ワルな奴らを熱くさせるナンバーをお望みDA☆

 なら、聞かせてやろうぜ! オレたちのソウル!


 みんな聞いてくれ! 歌ってくれぇい!

 BBB、バッド・ボーイズ・ビート!!」



――サイドミッション、「羊飼いの最期」クリア。





――現実世界、にのまえ市。


この街で、一番高いホテル。

一番眺めが良くて、一番イイ値段がするホテル。


その最上階にあるスイートルーム。

屋上のプールに、銀髪の女性が浮いている。


温水プールに浮き輪を浮かべて、アランウイスキーを片手に漂っている。


銀髪の女性、アリアンは、天窓に向けてグラスを掲げる。


空には、下弦の月。

新月へと向かう、欠けて消える月。



「――はじまる、のですね。」



生まれ変わる月に乾杯して、ウイスキーを飲み干した。

飲み干し、グラスを口から離すと、(から)の杯に残された氷が、カロカロと鳴った。


――氷の音を聞いて、新月が双眸(そうぼう)を開く。


アリアンの上、天窓のさらに上。

天空夜空に浮かんで、人類の灯りに彩られる街を見下ろし、両手を広げる。



「‥‥始めましょう。

 進化の儀式、女神の試練を。」




――6.5章_嵐へ続く、完。



Next mission is ‥‥‥‥「悪魔の子」。

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