SS10.01_新月に続く。
新月の女神、レイ。
終末世界を暗躍する、謎多き女神。
もう滅んだ魔法界より出でて、地球に住む人類に干渉している。
彼女の目的は、人類の進化。
本能に抗えず自滅する、愚かで愛しい子どもたちの、進化。
そのために、地球人に魔法界を発見させた。
そのために、楽園に”王”を遣わせた。
そのために、青い街の戦士に、啓示を与えた。
そして、世界は巡り。
そのために――。
◆
青石教会。
都市部と赤い町の境に立地する、オリーブが司祭を務める教会。
終末世界を生き抜くために興った青石教は、いつでも門戸が開かれていて、悩み迷える人々へ手を差し伸べている。
青石教に、祈るべき神は居ない。
けれども、青石教会は、祈りの場でもある。
ここでは皆、自分の信じる神に祈っている。
それで心が救われるのならば、そうすれば良いのだ。
人間には、寄る辺となる規範や、正義が必要なのだ。
ヒトは社会的な動物であり、正しくあろう、良くあろうとする。
例え正義が、この世で最も命を奪った兵器であろうとも、我々はそれ無しには生きられない。
――教会の扉を潜れば、外の喧騒が嘘のように静かになる。
セントラルの生活音である、銃声や爆発の音が、遠い場所のことのように感じて、天窓から差し込む陽光が心に沁みて、遠い昔の故郷に帰って来たような、安堵と安息を与える。
扉を潜り、ベンチの並ぶ教会の中を進めば、1人の男性が居ることに気が付く。
ベンチの1番前。神に、最も近くで祈れる場所。
そこに、スーツ姿の男が座っている。
スキンヘッドで、スーツ姿の、人相が悪い男。
「お祈りは、終わったかな?」
セツナは、ベンチに座る男へ声を掛ける。
声を掛けた相手は、ボルドマン。
かつて、「簡単な仕事」で戦い、倒した相手。
ボルドマンは、足音でセツナの接近に気付いていたのだろう。
後ろから声を掛けたセツナに振り返ることもせず、彼の問いに答える。
「ああ。ちょうど今、昨日の分が終わったところだ。」
セツナは、ベンチに腰掛ける。
ボルドマンとは別のベンチ。
真ん中の通り道を挟んで、反対側のベンチ。
「じゃあ、今からは一昨日の分?
――それとも、100年前の分?」
顔を合わせもしようとしなかったボルドマンが、セツナの方を見た。
同じく、セツナもこのタイミングで、相手の顔を見る。
ボルドマン。彼は、普通の人間ではない。
人類再起の都市、楽園で生まれた、新月の加護を受けて生まれた人間。
その血には、わずかだが、神の力が流れている。
この事実を知っている人間は、もう居ない。
‥‥居ないはずだった。
エージェントが、夢の跡地を暴くまでは。
夢の跡地で、彼の父と呼べる人物の記憶を、受け継ぐまでは。
セツナの一言からあと、それから互いに、口を開くことは無かった。
目で話しを少しして、その目まで離してしまう。
「なぜ、生きている?」とか、「なぜ、知っている?」とか、そういうのは、2人には無かった。
ただただ、互いの事情を、「そうなった。」と受け入れるばかりだ。
「あらあら、お揃いね。」
背後から、老齢の女性の声。
教会の扉を潜り、オリーブが姿を現した。
声に気付いたセツナはベンチから立ち上がり、振り返ってお辞儀をする。
「こんにちは。シスターオリーブ。」
「ごきげんよう、エージェントセツナ。
呼びつけておいて、出迎えも、もてなしも出来なくてゴメンなさいね。」
「いえ、お気になさらず。」
さあさあ座ってと、セツナに着席を促すオリーブ。
ボルドマンは座ったままだが、腕組みだけは解いている。
オリーブが、2人の前に立つ。
優しい表情で、ボルドマンの方を見て、セツナの方を見る。
「彼が生きているのに、ずいぶんと冷静ね。」
「薄々、そんな気はしてました。」
セツナが、ボルドマンの方を向く。
「ファンキー☆ヤマダさんには、電話くらいした?
キミが居なくなって、ショックを受けてたよ。」
「‥‥‥‥。アイツのラジオは、今でも聞いてる。
目の前の仕事に方をつけたら、会いに行くさ。」
「仕事?」
目線はオリーブの方へ。
彼女に呼ばれたということは、そういう事なのだろう。
人好きする笑みを浮かべるオリーブ。
「うふふ。話しが早くて助かるわ。
実は、ぶちのめして欲しいヤツが居るのよ。
――2人でね。」
「「お断りします。(断る。)」」
キレイにハモって答える。
ボルドマンが腕を組み、セツナは頭の後ろで手を組む。
各々、背もたれにもたれ掛かりながら、通り道を挟んで、メンチを切り始める。
「あらあら――。どうして?
強い仲間が居た方が、心強いじゃないの?」
オリーブは、わざとらしく驚いてみせて、若輩を諭しに掛かる。
若輩は、それに対して反論するし、食って掛かる。
「オリーブさん。コイツは悪党ですよ。
組ませるのなら、もっと別の人選があるでしょう?」
「アンタらの介抱には、感謝してる。この一張羅 (上等な服)にも。
――だが、それだけは聞けねぇ。」
セツナとボルドマン。
殺し合いをした仲で、殺し、殺された仲。
馬など、合おうはずが無いのだ。
取り合わない2人に対し、オリーブは、なおも優しい表情で接する。
「そうケンカしないで。
みんなで、みんなのセントラルを守っていきましょう?
少なくとも、今はそうしなきゃいけないでしょう?」
オリーブは、セントラルの英雄と評される女傑。
今から約30年前、「火の千日」という国家の危機を救った、セントラルの生きる伝説。
CCCの局長であるディフィニラとは、戦友であり親友である間柄。
彼女たちは、画策しているのだ。
次代を託せる者の育成を。
「火の千日」を超える悲劇となる、「赤龍と侵略者の厄災」を乗り越えられる組織体制を。
そうしなければ、世界中の人々を絶滅に追い込んだ厄災に、一国家が敵うはずもない。
守るべき人々のために、使えるモノは何でも使う。
悪党であっても。
「それにセツナさん。あなた、BBB幹部のヤマダちゃんとは、仲良しなんでしょ?」
「それは――。」
「聞くところによれば、最近有名な、不屈のマルちゃんとも、繋がりがあるらしいじゃない?」
「うぐ――!?」
「そのマルちゃんだけどね、どうにも、前にうちの酒に手を付けたクソ野郎なんじゃ――。」
セツナが、ガバリと立ち上がる。
勢いよく立ち上がって、オリーブの言葉を遮る。
「ご依頼、謹んでお受け致します!
――ほら! ボルドマン! なにグズグズしてんだ、さっさと行くぞ!」
セツナは痛いところを突かれ、手の平を180度返し、オリーブになびく。
ボルドマンは、仏頂面で座ったまま。
「そうそう、仕事の内容がまだだったわね。
2人にぶちのめして欲しいのは、アイディオット――。」
ボルドマンが立ち上がる。
「アイディオット‥‥! そいつの名は、アイディオット=モローンか?」
オリーブが頷く。
彼の態度からして、因縁のある相手のようだ。
年の功である。
2人の説得を、口数を少なくして、いとも容易くやってのける。
「うふふ。やる気になってくれたようで、助かるわ♪」
そう言って、手招きをするオリーブ。
2人を、自分の近くへと招く。
素直に近づく、セツナとボルドマン。
オリーブは、2人の肩に、手を乗せる。
「さあさあ、昔のことはひとまず置いといて、バディの結成よ。
仲良くしましょう? はい、友好の握手!」
物腰柔らかく、それでいて豪胆かつ強引に、即席凸凹コンビの仲を取り持つ。
渋々、2つの右手が差し出される。
渋々、右手が近づいて、ガッチリと組み合って、ゴリゴリと握り込み、バチバチとメンチを飛ばす。
友好の固い握手を交わして、両者譲らない。
退きもしないし、頭突きをかますように、デコをぶつけてガンくれる。
――カチャリ。
唐突に木霊する、ハジキが引かれる音。
銃が寝起きに立てる音。
視線はゆっくりと、音がした方へ。
セツナが左へと視線を向ければ、にこにこしながら、機関銃を抱えているオリーブ。
「あら、イヤだわ私ったら。
歳を取ると、どうも気が小さくなってね~。
ちょっとの殺気に、すぐ身体が反応しちゃう。
おほほほほ――――。」
‥‥あまり、オリーブを怒らせない方が良さそうだ。
「い、いやだな~、オリーブさん。
殺気だなんて――。あはは‥‥。」
セツナは、ボルドマンと肩を組む。
「ね? ほら? 仲良し! 仲良し! ね~?」
仲良しアッピルをして、機関銃の機嫌を取る。
2人とも、にんまりスマイル。
白い歯を覗かせる。
「あら、そうなの? なら良かった♪
もうそろそろ、外にお迎えが来るから、しっかりとお願いしますね。」
2人とも、片手でサムズアップ。
それから、肩を組んだまま踵を返し、出口へ向かう。
‥‥セツナは、ボルドマンを押しのけるように。
ボルドマンは、セツナを押しのけるように。
互いに肩で押し合いながら、出口に向かう。
しまいには、脚を引っ掛けあって、足を引っ張り合う。
「おほほほ――。頑張るのよ~~~♪」
柔和なオリーブと、厳つい銃口に見送られながら、2人は教会を後にした。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
「ああ――、念のため言っておくが、ケンカするなよ?」
「「大丈夫だ、問題ない。(心配するな)」」
輸送ヘリの中で、セツナとボルドマンの声がハモる。
「大丈夫だ」と言うセリフとは裏腹に、2人は向かい合う席に座り、睨み合っている。
今にも、くだらない因縁をつけて、殴り掛かりそうな勢いだ。
輸送室の様子をモニターで確認している、パイロットのブレッドは、ため息。
その横で、エージェントのジャッカルが苦笑い。
CCCのエンジニアであるブレッドが、ぼやく。
「ったく、オリーブさん。とんでもねぇ荷物を寄越して来たもんだ。」
「そう言うなブレッド。ガキの頃から面倒みてもらってんだ、断れんさ。
――それに、オマエの初恋の相手からの頼みだぜ?
断るってのも野暮だろ?」
ジャッカルの言葉に、ブレッドが操縦桿をトチる。
静かに飛行していたヘリが、左右に揺れた。
「おま――!? もう、30年近く前のことだろ!?」
「皆まで言うな相棒。オリーブさんは、俺たちのアイドルだった。」
「ディフィニラ局長と、派閥ができてたよな。」
「ああ。派閥同士でケンカして、2人にどやされたこともあったな。」
「いま思うと、本当にバカだったよな、俺たち。」
「ははは。今もバカやってる。
――じゃなきゃあ、ここの仕事は続かない。」
ジャッカルとブレッドが、昔話に花を咲かせる。
輸送機は再び安定を取り戻し――、再び大きく揺れた。
ヘリの後方で、内側から壁を強く叩く衝撃が走る。
モニターを見る。
そこには、床を転げて、のたうち回る大バカ2人が映っている。
――ため息を一服。
ブレッドは、ため息が出るのと一緒にぼやく。
「‥‥ああ、これは最近分かってきたんだが――。下には下が居る。」
モニターに映る大バカを見ながら、肩をすくめるのであった。
‥‥‥‥。
セツナとボルドマンが席に座り直す。
2人は、やれ「お前のマヌケ面が気に食わない」とか、やれ「オマエの目つきが気に入らない」とか言い合って、同じタイミングで手が出た。
でも、2人の中では、相手の方が先に手を出した、ということになっている。
輸送室の左右にあるシートに座り、仕切り直し。
これ以上ケンカしたら、教会の方から対空ミサイルが飛んできそうなので、オリーブの顔を立てて堪えてやることにしる。
「――で? これからぶちのめすに行く、アイディなんたらってのは、誰?」
そう聞くのはセツナ。
ボルドマンに質問をする。
「アイディオット=モローン。
ヤツは、ウールー=バスタードの秘書をしていたクソ野郎だ。」
「なに!? ウールー=バスタードの秘書、だと!」
席から立ち上がるセツナ。
――ウールー=バスタード。ヤツの秘書、だと?
「‥‥‥‥、誰? そのウールー=マスタードって?」
「はあ~‥‥。テメェが、第七ビルの屋上でぶちのめした豚だ。」
「あ~‥‥。アンダースタンド。」
セツナが、席に座り直す。
ウールーは、彼が「チュートリアル」で戦った悪党の名前。
赤龍に破壊された、セントラル第七ビルの屋上で、魔導ゴーレムに乗って襲い掛かって来た人物である。
今回オリーブから受けた仕事は、ウールーの元秘書、アイディオットがターゲットだ。
「ウールーの秘書――、いや、元秘書か。
なんか、キミと因縁がありそうな感じだったけど?」
セツナは、教会でのボルドマンの態度を思い出す。
アイディオット、その名前がオリーブの口から出たとき、ボルドマンの様子が変わった。
「ウールーもそうだけど、キミと同じBBB (西部の悪党組織)のメンバーでしょ?
なんで、身内を始末する仕事なんて受けてんの?」
「BBBは、相互扶助の組織であって、ファミリーじゃねぇ。
身内でも、縄張り争いくらいするさ。」
「じゃあ、ウールーとは仲が悪いんだ。」
「悪いなんてもんじゃねぇ。
消せるなら、タダでも喜んでやってやる。」
「‥‥嫌われ過ぎでしょ、ウールーとアイディオット。
何をやらかしたの? その2人。」
セツナからすれば、ウールーはチュートリアルでぶちのめした、いわば只の踏み台であり、通過点であった。
だが、ウールーは腐っても、センターの誇る摩天楼の主であったのだ。
そこそこ、裏では大物だったらしい。
ボルドマンが、ウールーたちの所業を話し始める。
「ヤツ等の一派は、東部の連中と繋がっていた。
汚く稼いだ金に物を言わせて、東部から武力を買っていた。」
「それって、なにか問題ある?
オレからすれば、BBBも、東部の連中も、おんなじだよ?」
「俺達からすれば違う。東部の連中は、子どもにだって値札をつけやがる。
分かるか? 売れるなら何でも売るし、買えるなら何でも買う。」
「ああ~――。それは、仲良くできそうにないなー。」
セツナが知るBBBのやり方と、東部のやり方には、やはり違いがあるようだ。
話しにはチラッと聞いていたが、東部のクソ共は、西部のワルにも嫌われているらしい。
「ウールーのゲス野郎は、金で武力を買い、武力をチラつかせて、BBBの席を得た。
それで、俺やヤマダの仲間が、何人も殺された。」
「そんなことをしたら、報復で潰されそうなものだけど?」
「言ったろ? ウールーはゲス野郎だと。
あの外道、川の街を人質にしやがった。」
「‥‥‥‥は?」
「報復をすれば、東部のクソを川の街に流す。
そう、脅してきやがった。
女も子どもも殺すってな。」
「なるほど‥‥。なら、ウールーは死んで正解だった。」
これほど、人の死を喜べることは無い。
終末世界には、死んだ方が良い人間というのが、一定数は居るらしい。
もしかすると、セツナがチュートリアルとしてウールーを追い詰めた裏では、CCCとBBBのあいだで取引があったのかも知れない。
局長のディフィニラは、平気でそう言う事をしそうだし、ロマンチストでリアリストなヤマダは、それに乗りそうだ。
ボルドマンが、話しを続ける。
「だが、とびっきりクソなのは、アイディオットの方だ。
ウールーは、アイディオットの操り人形に過ぎない。」
「スケープゴート、ってわけか。」
「ああ。ウールーは只のボンクラだが、その影でアイディオットが暗躍していた。
東部との取引も、西部での縄張り争いも、ヤツが主導で動いていた。」
「道理でウールーを楽に追い詰められたわけだ。
オレが乗り込んだ時には、捨てられてたんだろうね。」
「お前がウールーをぶちのめした後、ヤツをドローンで暗殺したのも、アイディオットの手引きだろう。
足を引っ張られないように、始末した。」
セツナがウールーを倒したあと、ウールーは何者かに暗殺された。
光学迷彩を装備していたドローンに奇襲され、ミサイルの海に溺れて死んだ。
その後、ドローンはセツナに襲い掛かってきたが、あれは第三勢力を装うための演技だったのだ。
そして、CCCがアイディオットを追わなかったのは、彼が本部にコネクションを持っていたから。
本部をゆすり、CCCのアイディオット逮捕に、待ったをかけていたのだ。
‥‥まあ、当のCCCは、赤龍の出現で、それどころでは無かったのもあるのだが。
しかし、状況は変わった。
本部の腐敗は、蝶とハーマンの一件で洗浄された。
セントラルを守るという共通の目的の元、CCCとBBBには、暗黙の共闘関係が生まれつつある。
そしてついには、赤龍の撃退にも、一応は成功をした。
アイディオットを守る身代わりも、逃げ場も、確実に無くなっている。
だからこその、今回の仕事なのだ。
――セツナが、ホルスターからリボルバーを抜く。
暴発防止のために、1発だけ抜いていた薬室に、弾を込める。
シリンダーを回転させて、スイングイン。
リボルバーを振って、シリンダーを元の位置に戻す。
立ち上がって、ホルスターに収納。
もうじき、目的地に到着する。
「巡り巡って、羊狩りも大詰めか。」
「羊飼いを、今日、始末する。」
セツナに続いて、ボルドマンも立ち上がる。
すると、輸送室後部のランプドアが開く。
機内と屋外の気圧差で、背中を押すような気流が発生する。
「よう、お二人さん! 目的地だ!」
ブレッドからの通信。
伸びと、欠伸をひとつ。
開かれたリア側に向かう。
ここからは、いつものように、生身でのフライトだ。
セツナが、ブレッドとジャッカルにお礼を言い、2人は開け放たれたランプドアへ。
視線の下には、セントラル西部にある、高級住宅街が広がっている。
広い敷地に、大きな屋敷が建っている物件が、あちこちに点在している。
「よし! 行こうか。」
「‥‥ああ。」
セツナは、飛び降りる前に、装備の最終チェック。
ルーチンをこなし、意識を仕事モードに切り替える。
リボルバー良し、バックアップリボルバー良し、マルチツールナイフ良し、スマートデバイス良し。
確認終了。
ゲス野郎をぶちのめしに、レッツゴー。
「‥‥‥‥。」
――と、準備万端、張り切るセツナの横で、浮かない顔のボルドマン。
仕切りに目をパチパチさせたり、手で口を撫でたりしている。
助走を付けようと構えた姿勢を直し、引き続きボルドマンを観察。
一向に、彼は飛び降りる気配が無い。
これは――、もしかして――。
「ぬふふふふ――。おやおや、ボルドマンさんや?」
いやらしい笑顔で、気持ち悪い笑い方をするセツナ。
「BBBの幹部ともあろう大悪党が? まさか、高い所が苦手ぇ――!?」
ボルドマンが、セツナの背中を蹴り飛ばした。
「あっ゛!? テメェェェェ!?!?」
クルクルと、錐もみ回転しながら落ちていくセツナ。
ファーストペンギンを追いように、ボルドマンも飛び降りる。
口を撫でて、深呼吸でたっぷり空気を吸い込んで――。
息を止めて走り、飛び降りた。
飛び降りたら、すぐに空中で大の字に。
空気抵抗を受けて、落下速度を制御しながらフライトをする。
先に落ちた (落とされた)セツナは、背泳ぎの姿勢。
自分を突き落としたボルドマンを見上げる。
それから、空中を泳ぐような動作で空を泳いで、ボルドマンと高度を合わせる。
「よくも突き落としてくれたなぁ!?」
「黙れ! 今、集中してんだッ! 話しかけるな!」
「はん! チキンがさえずっても、何も聞こえませぇぇん!
ほれ、ピヨピヨピヨピヨ~。」
生身でフライトをしながら、ヒヨコの真似をするセツナ。
ここぞとばかりに、ボルドマンを煽り倒していく。
いつもの2倍増しのマヌケ面に、右パンチ。
殴られても煽り倒すという、鋼の意思を貫くセツナにパンチが命中して、吹き飛ぶ。
錐もみしながら、マジックワイヤーを射出。
ボルドマンを捕まえて、手繰り寄せる。
彼我の距離が縮まり、互いの胸倉を掴み、デコをぶつけ合う。
「この俺を、チキンと言ったかぁ! マヌケぇ!」
「マヌケはどっちだ! ピヨピヨ野郎!」
今度は、セツナが右パンチでボルドマンを吹っ飛ばす。
そして、空中遊泳をして、距離を詰める。
「こういうのは! ノリとグルーヴ!
着地する時だけキメれば、後は何とでもなるんだよ!」
そう言いながら、ボルドマンにキック。
自由落下しながら、自由すぎるセツナが、ボルドマンを攻撃。
フリースタイルのキックを、両手で受け止める。
そのまま、肩をぶつけるように身体を倒して、セツナを押し倒す。
「先に行ってろ、ペンギン野郎。」
押し倒して、顔面に拳をくれてやる。
命中して、セツナが勢い良く空から落ちていく。
「あら~~~~!」
マヌケな声を上げながら、距離が離れていくセツナを見て、ボルドマンは鼻を鳴らすのであった。
――マヌケの相手をしていたら、もう地上が近い。
身体を、青白い魔力が包む。
落下速度が次第に減速していく。
空気の粘性が上昇し、摩擦を強め、魔力が運動エネルギーを、熱エネルギーに変換してブレーキ。
2人が落ちたのは、とある屋敷の敷地内。
木々が規則的に並んでいる、緑道へと着陸。
黄色い葉を持つ成木の枝に乗り、身を隠す。
この樹は、魔法界の「天蓋の大瀑布」に自生している、常黄樹。
樹の枝に着陸する瞬間、テレポートを発動。
慣性を殺して、音を立てないように着陸。
地上には、先に落ちたマヌケが居る。
「手を挙げろ! キサマ、どこから入って来た!」
「待て待て待てMATTE! 話し合おう! 話せば分かる。」
‥‥‥‥。
運悪く、巡回していたアイディオットの私兵に見つかっているようだ。
私兵6人組に囲まれているマヌケは、言い訳を始める。
「いや‥‥、僕、怪しい者じゃないですよ?
ほらこれ、CCCのライセンス。」
ホログラムのライセンスが表示される。
ライセンスを確認する私兵。
「取り押さえろッ!」
「ちょ!? タンマ! タイム!」
問答無用。
セツナは、マヌケ面を銃床で殴られて倒れ、上から取り押さえられた。
ボルドマンは、右手で両目を覆って、ため息。
「ちょい! ボルドマン! 見てるんでしょ! 助けて!」
「ボルドマン? 何を言っている? ヤツは死んだ。」
「生きてる生きてる! イタタタ、ホントだって!」
「ふん。最近のCCCは、レベルが落ちたな。こんな阿呆を雇うとは。」
「だからホントだって! ボルドマン! 助けて!
オレたち、仲間だろ?」
――阿呆は放っておいて、屋敷を目指すボルドマンであった。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
「ボス、ご報告が。」
部下が、執務室をノックする音に、アイディオットはビクリと肩を震わせる。
身なりを正し、部下に「入れ」と促す。
合図を受けて、扉が開き、執務室に部下が入って来る。
アイディオットは、大きな執務机の裏で、小刻みに貧乏ゆすりをしている。
そうとは知らず、部下が要件を話す。
「警備の者が、侵入者を捕らえました。
なんでも、CCCの犬だとか。」
「そうか。尋問に掛けて、殺せ。」
「御意に。」
報告を手短に済ませ、部下は執務室を後にする。
1人になった部屋で、アイディオットは頭を抱える。
身代わりのウールーを捨て、本部の後ろ盾は無くなった。
彼は、セントラルにおいて、裏社会において、追い詰められていた。
かろうじて、高級住宅街に身を隠すことによって、悪党からの報復を免れている状態。
だが、CCCが動いたとなると、もう年貢の納め時だ。
セントラルの外へ高飛びする準備も進めていた。
「蝶」に高跳びの手引きをしてもらうはずが、決行を目前に連絡が取れなくなった。
どれもこれも、すべては、あの日――。
セントラル第七ビルに、どこの馬の骨とも知れないエージェントが、単身乗り込んで来たとことから狂った。
あれさえ無ければ、もっと上手くいっていたはずなのだ。
セントラルの、富と権力を、裏から操れていたはずだったのだ。
今となっては、すべては後の祭り。
捕らぬ狸の皮算用。
「ボス、ご報告が。」
執務室の扉を3度ノックして、またご報告。
「入れ」と、入室を促す。
扉が開き――、拳銃を構えたボルドマンが執務室に押し入った。
彼は、音も立てず、屋敷を守る警備を適宜無力化しつつ、ここまで掻い潜ってきた。
すかさず発砲。
消音機能のついた銃が、音を立てずに、弾丸を吐き出す。
弾丸は、アイディオットの右肩に命中し、ダメージを与える。
弾は貫通していない。
アイディオットが、そこそこ戦える人間であること。
それと、特性の防弾スーツのおかげで、小指をタンスにぶつけたくらいの痛みで済む。
「ああ――ッ!? くッ!? ボルドマン――!」
「よおゲス野郎。会いたかったぜ。」
「‥‥私は、会いたくなかったがねッ!」
「なら良かった。――今日でサヨナラだ。」
アイディオットが、机の裏に隠した銃を取り出す。
構えた銃を、ボルドマンは拳銃で撃ち抜く。
銃が弾かれて、床に転がる。
魔力が無ければ、指が飛ぶくらいの衝撃がアイディオットの手を襲うも、軽い捻挫で済む。
「くッ――!?」
「殺す前に聞く、俺の車をどこにやった?」
「ふん。あんな安物、どこかに捨てたさ。」
「そうか、分かった。」
そう言って、ボルドマンが銃口を、アイディオットの頭へ向ける。
アイディオットは、執務机を投げ飛ばす。
魔力で強化された身体で、机を投げ、弾丸の盾に。
懐から、身体能力を強化する、違法のサバイバルキットを取り出し、注射。
ボルドマンが机を拳で真っ二つにしているあいだに、窓を割り、外へと逃げる。
逃げながら、手に持ったスイッチを押す。
――瞬間、屋敷が執務室を中心に、爆発した。
閑静な高級住宅街に、小さなキノコ雲が発生する。
「おお!? なんだ、なんだ?」
屋敷の広い庭で、元気に追いかけっこをしていたセツナが、爆発に立ち止まる。
追いかけっこを放り出して、爆発炎上する屋敷の方へ。
ボルドマンは、瓦礫の中から立ち上がる。
覆い被さる、真っ二つにした机を押しのけて、周囲を見渡す。
それから、アイディオットを追う。
彼の私兵を蹴散らしながら、ケリを付けに。
アイディオットは、車庫に逃げた。
サッカーコートよりも広い車庫に逃げ込み、愛車のキーを回す。
すぐさまエンジンが掛かり、驚異的な馬力とトルクで加速。
広い車庫で、スピード違反になるほどの速度まで加速。
青い日差しが差し込む出入り口から、勢いよく外へと飛び出す。
飛び出したところで、ボルドマンと遭遇。
彼を跳ね飛ばして、そのまま屋敷の塀を車で破壊。
保身のために金を注いだ車は、石に突っ込んでもビクともせず、道路に黒い足跡を残して去って行く。
ボルドマンは車庫に入る。
その中に並ぶコレクション、その中の一台に目を付けて、乗り込もうと――。
乗り込もうとして、ドアに掛けた手を離した。
‥‥‥‥。
‥‥。
逃走劇から大分遅れて、セツナが車庫に到着。
車庫の中から、のんびりドライブに出掛けるように、ちんたら走るボルドマンが出てきた。
セツナは、車の前で通せんぼ。
運転席の窓を叩く。
「ドライブでもするつもり? 早く追いかけないと!」
車の窓が開く。
「‥‥仕事は、終わりだ。」
「はあ?」
――遠く、アイディオットの屋敷から、遠く離れたところを震源に、地面が揺れた。
爆発の衝撃。
衝撃の後、爆音と衝撃波。
一帯の屋敷の窓、ボルドマンが乗る車の窓を、激しく揺らす。
衝撃波には、魔力が混ざっている。
そして、この魔力の波長に、セツナは覚えがある。
(――ハーマンの爆弾!?)
大地の揺れは収まり、衝撃波は通り過ぎ、嵐は収まった。
茫然と立ち尽くすセツナ。
ボルドマンは、ドアに肘をつきながら、彼に話し掛ける。
「お前が仕掛けてたんだろ?」
「え? 何を言って――。」
「そうでなけりゃあ、俺が仕掛けてたんだろうな。」
「‥‥‥‥。」
「なんにせよ、俺かお前がやった。そう言う事になる。」
セツナは顔を上げる。
もう一度、爆発が起きた方向を見る。
火災が起きている、アイディオットの屋敷を背景に、熱っぽい風が、煙を引き連れて流れ込む。
‥‥‥‥。
‥‥。
「こちらシグマ2、ターゲットの排除を確認。」
「こちらシグマ1、了解した。
シグマ2は、シグマ4と合流しろ。
合流して、ポイントZ1へ向かえ。
シグマ3は、その場で待機。
私と合流後、ポイントZ1に向かう。」
「「「了解。」」」
‥‥‥‥。
‥‥。
一時の沈黙を置いて、ボルドマンが車のエンジンを吹かす。
「‥‥最後に忠告だ。」
呆けていたセツナが、運転席を方を見る。
「新月には、気を付けろ。
月の無い夜に、神に願うな。」
新月。おそらく、レイのことを言っているのだろう。
彼女は、セツナたちの味方ではない、敵でもない。
‥‥今のところは。
「ご忠告どうも。肝に銘じとく。」
ボルドマンは、セツナの返事に、首を傾げる。
上手く伝わっていないが、伝えるほどの義理も無い。
車の窓を閉めて、アクセルを踏み、ドライブの速さで屋敷を後にする。
去って行く車を、セツナが見送る。
車は、爆発が起きた方向とは反対の方へ。
――買い物がしたい。
酒と、チーズと、タバコ。
葉巻でも良い。
ドライブのお供に、ラジオをつける。
慣れて様子でラジオを付けて、チャンネルを合わせる。
チャンネルからは、ご機嫌なMCの声。
「さ~て☆ 次のリクエストは、ペンネーム”ゆで卵野郎”から。
BBBのテーマソングを頼む! ワルな奴らを熱くさせる――。」
MCの言葉が詰まる。
詰まって、マイクがMCの声じゃない音を拾う。
震える手で、サングラスを外したような、そんな音。
「ソーリー! ゆで卵野郎は、ワルな奴らを熱くさせるナンバーをお望みDA☆
なら、聞かせてやろうぜ! オレたちのソウル!
みんな聞いてくれ! 歌ってくれぇい!
BBB、バッド・ボーイズ・ビート!!」
――サイドミッション、「羊飼いの最期」クリア。
◆
――現実世界、にのまえ市。
この街で、一番高いホテル。
一番眺めが良くて、一番イイ値段がするホテル。
その最上階にあるスイートルーム。
屋上のプールに、銀髪の女性が浮いている。
温水プールに浮き輪を浮かべて、アランウイスキーを片手に漂っている。
銀髪の女性、アリアンは、天窓に向けてグラスを掲げる。
空には、下弦の月。
新月へと向かう、欠けて消える月。
「――はじまる、のですね。」
生まれ変わる月に乾杯して、ウイスキーを飲み干した。
飲み干し、グラスを口から離すと、空の杯に残された氷が、カロカロと鳴った。
――氷の音を聞いて、新月が双眸を開く。
アリアンの上、天窓のさらに上。
天空夜空に浮かんで、人類の灯りに彩られる街を見下ろし、両手を広げる。
「‥‥始めましょう。
進化の儀式、女神の試練を。」
――6.5章_嵐へ続く、完。
Next mission is ‥‥‥‥「悪魔の子」。




