2.3_火薬と魔法
「一応聞くけど、知り合い?」
セツナが、JJに質問する。
自分達を取り囲むガラの悪い連中。その数10人ほど。
首を鳴らしたり、ナックルガードで覆われた拳を胸の前で叩き合わせたり、懐からナイフを取り出したり。
どう見ても、友好的な態度のそれでは無い。
カチコミである。
ぐるーっと、腕で悪漢共の顔を指してから。
顔に覚えのあるヤツはいないかと、セツナがJJに聞いた。
質問にJJが答える。
「セツナの知り合いじゃないなら、知らないな。」
2人の悪漢が、セツナとJJに殴り掛かった。
セツナは、悪漢の拳を両腕でいなして、間髪入れずに腹部に蹴りを放つ。
片膝を持ち上げて、折りたたんで、インパクトの位置を調整した一撃で、悪漢を静める。
JJは、その場から動かず、古武術の動きで機先を制する。
拳が振るわれたのを観て、胸部を半分に割る。
得物を担いでいる右半身の胸部を脱力、逆に左半身は背部を脱力。
胸部と背部、姿勢を維持する拮抗筋のバランスが崩れて、悪漢の繰り出す顔面へのストレートを、身体が勝手に避けながらJJの左拳が悪漢に命中して静める。
ひと息の間で悪漢を倒した2人は、互いに背中を合わせて構える。
「取り分はどうする?」
「半分半分、フェアにいこう。」
軽く作戦を立てて、2人は悪漢の集団に突撃して行った。
作戦の内容は、お互いが集団の半分を受け持つ。横取りは無し。
シューティングゲームにも言えることだが、キル数、キルカウントとは、有限で貴重な資源なのだ。
手練れ同士がチームを組むと、キルの奪い合いが発生してしまう。
なので、ここは昼下がりの運動も兼ねて、横取り無しの折半。
残りの悪漢が8人なので、1人で4人を相手する事とした。
JJは、肩から火薬鎚を下ろす。
片口のハンマー、叩くための面が1つしかないハンマーが、重力に従って地面に落ちて、舗装された道を少し削る。
片口の反対側、工具の金鎚であれば、釘抜きになっている箇所には、銃の撃鉄に似た装置が備わっている。
撃鉄を足で踏んで起こす。
ハンマーの頭部分に埋め込まれているシリンダーが回転して、火薬鎚に次弾が装填される。
火等火等と、撃鉄の起きた鎚を引きづりながら、事も無げに歩く。
地面を引きずる鎚は、火花を起こしながらJJについて行く。
悪漢の1人が、ナイフを片手に攻撃してきた。
片手で火薬鎚を振り上げる。
振り上げた瞬間、撃鉄が落ちて、鎚に込められた弾の雷管を叩く。
火薬が爆発して、そのエネルギーを鎚が纏う。
爆炎と黒煙をまき散らしながら、火薬鎚は悪漢の顎を打ち砕いて吹き飛ばした。
火薬術士、火薬の力を触媒として、爆発的な攻撃力を得る。
それが、このクラスの基本であり、全てである。
人は、火薬術士のことを、魔法使いでは無いという。
‥‥でも、分かっちゃいない。
コイツは、ロマンという魔法が掛かった武器なのだ。
火薬の爆発力を逃がすため、JJは後ろに回っていく腕を追いかけながら一歩後退。
火薬の炸裂による一撃は、爆発的な火力を生み出す反面、反動も爆発的である。
常に、攻撃した後のフォローも考えておかなければならない。
もし空振ったら、目も当てられない。
武器に込められる弾は全部で6発、武器を変えても残弾のステータスは変更した武器へ引き継がれる。
火薬鎚の残弾が1発の状態で、弾を消費していない「火薬刀」に武器を持ち換えても、刀の残弾は1発となる。
なので、適当なタイミングでリロードして、残弾を管理する必要がある。
現在、残り4発。
ガン! 力強く、撃鉄を踏む。
撃鉄が火花を散らしながら起き上がって、物言わぬ鉄塊の中に、悪魔さえ恐れる噴炎が宿る。
悪漢が殴り掛かって来る。
拳を振るうタイミングを観て、少しだけ後退。
空振った後に、肘打ちができるくらいの至近距離となるように、間合いを取る。
拳が空を切り、目論見の通りの至近距離となる。
脚を振り上げて、顎を蹴り飛ばした。
ガタイの良さからは想像も出来ないほど柔軟な動きで、至近距離からハイキックを繰り出す。
そして、後ろから回り込んで攻撃しようとする敵に、火薬鎚の一撃。
横薙ぎに振るわれて、爆炎が横一文字を描いて、敵を吹き飛ばした。
残り3発。
残り1人。
残った悪漢に、突撃。
ラガーマンらしい低姿勢で、筋肉だるまがハンマーを構えて突進していく。
火薬鎚を刺股のように構えて、ハンマーの上側面を悪漢の腹にぶつけて、前に押し出していく。
押し出して、建物の壁に悪漢を叩きつけた。
JJは、火薬鎚の柄の尻部分を左手で反時計回りに回す。
火薬鎚の撃鉄が起きた。
「飛燕衝。」
全クラス共通で使えるスキル、 ≪飛燕衝≫ が発動する。
火薬術士の ≪飛燕衝≫ は、発動した武器によって効果が変化する。
火薬鎚の場合は、弾を1発消費し、火薬の炸裂する力を拡散させ、衝撃波を発生させる。
――シリンダーから噴出する、間欠泉のような衝撃が、悪漢の腹部を突き抜けた。
「――ぐはぁぁぁ!?」
哀れな火薬の犠牲者から、苦悶の悲鳴が上がる。
JJは、気にせず柄の尻部分にあるハンドルを、回したままにする。
火薬鎚には、銃のショットガンで言うところの「連続掃射」機能が付いている。
これにより、撃鉄を起こすギミックであるハンドルを回したままにすることで、疑似的な連続射撃が可能となる。
ズガンッ! ズガンッ!
シリンダー内に残った2発の弾を炸裂させ、衝撃を生み出し、男を攻撃する。
これで弾切れ。
火薬鎚の拘束から男を解放し、JJは左手で得物を縦に数回転。
西洋武器のフレイルみたく、遠心力で鎚のスイング速度を上昇。
重い鎚の遅いスイング速度をフォローして、速度と質量の乗った一撃を側頭部に叩きつけた。
強烈なインパクトは、成人男性の身体を易々と持ち上げて、地面に伏した。
悪漢が戦闘不能になる。
‥‥死亡してはいない、戦闘不能である。
あくまでも、戦闘不能である。
これで、自分の取り分は全て平らげてしまった。
火薬鎚のハンドル部分、槍で例えると石突に当たる部分を、左手で掌底をして押し込む。
すると、ハンマーの頭部分から、シリンダーが排出される。
リロードタイム。
シリンダーごと排出されたそれを、虚空から新しいシリンダーを呼び寄せて、装填し直す。
テレポート技術・テレポート科学様々である。
ガチャリと、シリンダーとヘッドの部分が噛み合う。
再び爆炎とロマンを吹く武器が蘇り、肩に担ぐ。
ちらりとセツナの方を見ると、彼も掃除が終わっていたようだ。
JJの方を見て、両手を広げる。
「今日は非番だったのに、とんだ休日だよ。」
今日は、JJと一緒に、セーフハウスの見学でもしようと思っていたのだ。
セントラルでは、所持金を使って、色んなものを購入できる。
一部のネタ寄りの銃器や、銃器のスキン。クラスで使用する武器のスキン。
このゲームは、レベルアップも無ければ、装備の更新も無い。
お好きなスキンでオシャレをしてどうぞ。
基本的に、クレジットとはキャラパワーに然程影響しない要素を解除するために使われる。
自身の隠れ家や拠点、または秘密基地だったりアジトだったりになるセーフハウスも、そのひとつ。
住まいのお探しは、色んな視点があった方が良いので、セツナとJJ、2人で互いの物件を探そうとしてのだが‥‥、思わぬ乱入が入った。
犬も歩けば棒にあたる。
エージェントは、三歩も歩けばチンピラにあたる。
それが、セントラルの日常。
日常なので、すなわち平和である。
これくらいで、いちいちオペレーターに報告することも無いし、連絡が入ることも無い。
それにしても、お出かけを邪魔されたこの恨み、どうしてくれようか?
セツナが、地面で伸びている男の胸倉を掴んで、起こさせる。
「お兄さん、ちょーっと良いかな? 少し、お話ししようじゃないか。」
公務員たるエージェントが、チンピラ相手にカツアゲをし始める。
「いったい、誰に雇われた? それとも、ボルドマンの敵討ち?」
「くたばりやがれ、クソったれ! BBBに盾突いて、タダで済むと思うなよッ!」
唾でも吐いてきそうな威勢で、セツナ達を襲った男は啖呵を切る。
あまり口を割りそうに無いチンピラに、セツナとJJは顔を合わせる。
「BBBが絡んでるんだって。」
「BBBっていうのは、確か、CCCへの反抗組織だったな。」
BBB。裏組織を束ねる、CCCへの反抗組織である。
彼奴が、今回の奇襲に絡んでいるらしい。
ここで、「そう言えば」とJJが言葉を置いて。
「BBBって、何の略だ。CCCは、セントラル・シティ・コマンドだろ?
なら、BBBは?」
素朴な疑問に、セツナはチンピラの胸倉を掴んだまま考える。
考え込んで、視線が上にいく。
チンピラが隙を見て拳を振るったが、上を向いたままのセツナが裏拳をして、悪あがきを止めさせる。
はて、BBB。何の略だろうか?
「‥‥ビ。‥‥ビ。‥‥バ?」
「――バ?」
「バカ(B)・アホ(?)・マヌケ(!?)。」
「罵倒になっちゃった!?」
真顔で答えるセツナに、ツッコミを入れるJJ。
ぐったりとしているチンピラ。
煮え切ってきたところで――。
「B・B・B! バッド・ボーイ・ビート!!」
愉快な声色と、ファンキーな音楽が流れ始めた。
チンピラの方を見る、彼は意識を失っている。
しかし、声と音楽は彼から聞こえる。
「YO! YO! YO! セントラルのワルな野郎ども! BBBラジオの時間だZE☆」
チンピラのポケットを漁る。
小型のラジオ? が、出てきた。
疑問符が付くのは、実物を見たことが無いから。
リアルでは、新エネルギー「ネクスト」が、情報通信の媒体としても使われているので、電波を使う通信端末であるラジオは、知識でしか知らない。
ネクストは、エネルギーとしてではなく、物質資源としても使うことができ、これにより日本は、三度目の世界大戦後に、いち早く復興と遂げて鎖国を――。
「Hey! バッドでワルなピーポ―! 今日は、熱いニュースが舞い込んできたZE~!
近ごろ、CCCのあん畜生共が、羊狩りをしているのは知っているよな?」
セツナは、陽気なDJの語るラジオを片手に、聞き入っている。
JJは、別のチンピラの懐を漁って、同じくラジオを探している。
ラジオと一緒に、財布も見つけたので、失敬して拝借した。
「分かるぜ兄弟、猟犬にやられっぱなしは、面白くないよな。気分がサガるぜ!
そこで、BBBから楽しいイベントの招待だ!」
――イッツ☆ショータイ!
「今、セントラルを賑わせる、熱い新人。
エ~ジェント~、セツナ~&ジェイジェ~イ!
ヤツらを始末すれば、1人につきBBBから1億クレジットをプレゼント~。
さあさあさあブラザー、早い者勝ちだぜ~。
今こそ羊毛を脱ぎ捨て、猟犬を狩る、牧羊犬となるのだぁ☆」
ではここで、気分のアガる音楽をおとどケイ!
――――。
~ バッドボーイ・バッドボーイ、何処へ行く?
何処へ行って、何をする?
バッドボーイ・バッドボーイ、何処へ行く?
教会へ行って、黄金律をぶち壊す。 ~
街の遠くから、風を裂くエンジンの唸り声が聞こえてくる。
たくさん――、とても多い。