SS9.04_ビルドとアプデ談議。
『ばいば~い☆』
戦闘が終わり、カボチャの精霊は帰って行った。
肺の中の、熱くなった空気を入れ替えるために深呼吸。
東部の埃っぽい空気が入って、呼吸と心拍数が安定する。
体力が全快し、AGがゼロに戻る。
「ハル、お疲れ。」
ひと息ついているハルのところにセツナがやって来て、労う。
彼が拳を差し出しているので、グータッチで応える。
ハルは、インベントリから缶ジュースを取り出す。
氷点下まで冷えた、甘いソーダを2本。
1本をセツナに渡す。
「サンキュー。」
お礼を言って受け取り、缶の栓を開けてると、景気の良い音が、静かになった街中に響く。
栓を開けた衝撃によって、過冷却されたソーダがフリージング現象を起こし、中身の一部がシャーベット状となる。
運動のあとの、冷たいジュースは美味しい。
そして、冬に冷たいジュースも美味しい。
暖房の利いた部屋の飲むヤツは、格別。
2人は、ジュースを片手に休憩モード。
ロボットの残骸が転がる場所で、一服つき始めた。
そこに、教会の密偵が5名やって来る。
ハルとセツナを、裏でサポートするための人員だ。
その中には、かつてセツナが助けたシスターも居る。
空を走るトラックに轢かれそうになっていたところを、セツナとハルが助けたシスターである。
彼女は、2人にペコリとお辞儀をして、ロボットの残骸を集め始める。
データを解析して、情報を集めるつもりなのだろう。
アンドロイド紳士の口ぶりや、現在の状況から察するに、東部で目撃されている赤目は、このロボットたちと出所が同じである可能性がある。
残骸から足跡が掴めれば、捜査にも進展が見えて来る。
何か、掴めれば良いのだが。
密偵の邪魔をしても悪いので、2人は、大人しくしていることにする。
待っている間は、雑談タイム。
セツナは、ハルが倒したロボットの群れを一瞥。
彼女は、10を超えるロボット部隊を1人で倒したのだ。
もう、そんじょそこらのプレイヤーよりも、強くなっているかも知れない。
「すごいスピードで上達してるね。
あれを、デビュー2ヵ月で倒せるなんて。」
「ありがと!」
ハルは、にひっと笑顔。
「やっぱり、お手本がいいんだよ。」
「それはどうも。」
ハルの上達が早い理由は、複数ある。
彼女が元々、才女であること。
分からないことは聞く、調べるなど、素直であること。
電脳世界での出会いに恵まれていること。
そして、優秀なお手本が近くに居ること。
電脳世界で戦うにあたり、彼女が最も参考にしているのは、他でもない、兄であるセツナだ。
先ほどの戦いにおいても、チェーンソーを投げつけたり、カボチャをワイヤーに括りつけたり、どこかの誰かさんがしそうな動きが、随所に見られた。
凡人であるがゆえの、手段を選ばない泥臭い戦法。
どだいセツナは、持っている物に乏しいゆえ、必然的に周りの物を使う、相手の虚をつくという発想に行きつきやすかったのだ。
ランカーという、持つ者の立場となっても、その傾向は変わらない。
泥をひたすらに積み上げ、他の超人たちと肩を並べるに至っている。
――兄に追いつくには、まだ時間が掛かりそうだ。
彼は、いつだって自分の前を走っている。
「そう言えば――。」
ハルが話題を変える。
話題は、セツナの元カノの話し。
「アプデ (アップデートの略語)で、兄さんの想い人が帰って来たらしいね。」
「そう! 強くなって新登場!」
≪魔女の一撃≫ 、元 ≪銀腕の一撃≫ の話題が出て、露骨にテンションが上がるセツナ。
よっぽど、嬉しかったらしい。
「今回はね、サポートパッシブのいくつか登場して、ちゃんとビルドとして組めるようになったの!」
「むしろ、過去作には無かったんだ。」
「無かった。無かったから、手頃な汎用パッシブで誤魔化してた。」
汎用パッシブとは、AG最大値上昇や、AG増加量上昇などのこと。
とにかく、AGが溜まらないことには話にならかったので、AG関連盛り盛りビルドになりがちだった。
「だけど、今回はAG2本でも使えるようになったから、だいぶ使いやすくなった!」
「おお! ちゃんと痩せて帰ってきたじゃん。」
「それはホントにそう。AG100ポイント使ってぶっぱするのも、ロマンあったけどね?」
過去作にてプレイヤーから、散々「痩せろ」と言われたせいか、今作ではパッシブ「魔女の魔水晶」を装備することで、 ≪魔女の一撃≫ をAG2本で使用ができるようになった。
その分、攻撃の前に、無限の発生隙があるので、使いどころが難しいのは変わっていない。
なお、AG4本で発動させると、前隙は短縮される。
「いや~、銀腕ビルド使いからしたら、報われる嬉しいアプデだったね。」
「――調子に乗って、動画を作るくらいだもんね。」
「うっ!?」
「可愛い妹の、ゲームのお誘いまで無視しちゃって~。」
「う゛っ!?!?」
アプデ当日、彼はひたすらCCC支部にあるトレーニングルームで、 ≪魔女の一撃≫ の研究をしていた。
ハルが、自分のビルドの調整と練習に付き合って欲しいと連絡を入れても、音信不通だった。
ちなみに、調子に乗って作った動画は、再生数がギリギリ3桁に乗っていた。
みんな、散々ネタにするけど、誰も使わない。
銀腕ビルドとは、そんなビルド。
ハルの口撃は止まらない。
「しかも、兄さん動画で銀腕ビルドって言ったけど‥‥。
いま、スキルの名前、銀腕じゃないじゃん。魔女じゃん。」
「あぁ~! 言っちゃいけないこと言った!
今、全銀腕プレイヤー(※)が気にしてること言った!」
※そんなものは、居ない。
過去作では ≪銀腕の一撃≫ 、今作では ≪魔女の一撃≫ 。
名前が変わっている。
‥‥厳密には、≪銀腕の一撃≫も続投はしているのだが。
「もうね、その辺、散々ネタにされてるんだよ。
元銀腕とか、旧銀腕とか、新古品とか、左遷とか――。」
現役時代は、「痩せろ」とか「甘味たべてるだけ」とかネタにされ、復活したらしたでネタにされ。
逃れられない! イジられキャラの運命!
売り言葉に買い言葉。
やられっぱなしだったセツナが、反撃に移る。
「そういうガンスリンガーこそ、銃使わずに、銃剣ブンブンしてんじゃん!
もう、銃剣士に改名しちゃえば?」
「ああ~! 言ったなぁ!?
銃もちゃんと使ってるんですけど!? 強いんですけど!?」
「あれでしょ? ガンスリンガーの銃って、爆弾をしまうための、爆弾ケースでしょ?
弾も撃てる爆弾ケース。」
「この‥‥‥‥ッ!!」
ガンスリンガーは、銃剣士。
これもまた、ネットでネタにされている話題のひとつ。
「――で? 実際、銃って使用感はどうなの?」
「う~ん‥‥。対人では強い。」
「ボス戦は?」
「大型の敵がホントに無理、キツイ。」
「ほう。なんで?」
「火力とリゲインが低いから、ダメージレースで負ける。」
「なるほど。」
「だから、強い敵とかボスとかが相手だと、銃剣ブンブンしがち。」
ガンスリンガーは、銃剣士。
このネタには、ガンスリンガー使いにとって、切実な悩みが関係している。
ガンスリンガーは、クラスコンセプトとして、武器をとっかえひっかえしつつ戦うことを前提としている。
二丁拳銃と、3つの主力火器、徒手空拳。
それと、ビルドによっては銃剣。
この武器には、それぞれ特徴があり、強みと弱みを持っている。
銃剣は大振りだが威力に優れ、徒手空拳は守りを犠牲に、優れた近接火力を誇る。
そして、二丁拳銃は、高機動ロングレンジ・低火力の特徴を持つ。
機動力が高く、リーチに優れるため、ロータフネスの敵を狩ったり、1対1の対人戦では猛威を振るう。
が、逆に硬い敵が相手だと、強みが死に、弱みの低火力だけが目立つようになる。
結果、手強い敵には銃剣を使用することが多くなり、そのため、傍から見ると銃剣をブンブンしているイメージばかりが強く残ってしまうのだ。
この辺りの事情は、実際に使って見なければ分からないし、深い所までやり込んでいないと分からないことだ。
今作からの新クラスであるガンスリンガーの事情に、ちょっと明るくなったセツナであった。
「――そうなると、ハルがチェーンソーを装備してるのって‥‥。」
「二丁拳銃の非力を補うため。銃剣は、近寄られると何もできなくなるから。」
「へぇー、考えること多いね、ガンスリンガーって。」
「そこが、面白いところなの。」
あれこれと、ビルドや戦術を考えるのは楽しい。
ゲーマーあるある。
大真面目に構築した結果、物凄く中途半端で、物凄く弱い構築が出来上がることもある。
メッチャふざけて組んだ構築が、割りとガチでビビることもある。
FPSで、プライマリ枠にシールド、セカンダリ枠にRPG、グレネード枠に投げナイフなんて構築が、割りとイケるなんてこともある。
無限のスクラップ&ビルドと、トライ&エラーが、ゲームの世界にはある。
「ハルが、Ultをアンロックするのが、今から楽しみ。」
「Ultスキルもだけど、Ultパッシブも凄いらしいね。」
「うん、ヤバい。特にメイジがヤバい。
一覧見せてもらった時に、目を疑ったわ。」
「そんなにスゴイのがあったんだ。」
「うん。なんでも1作目で――。」
「あの――!」
雑談で盛り上がっている所に、シスターが走って来た。
解析が、ひと段落したらしい。
雑談を切り上げて、シスターの話しを聞く。
「解析をした結果、ロボットの生産場所が分かりました。」
セツナとハルは、互いの顔を見合わせる。
「オーケー。じゃあ、そこに行ってみよう。」
「決まりだね。」
「えっと‥‥、その‥‥。」
報告を受けて、即行動に移ろうとする2人に、シスターはしどろもどろ。
何やら、気に掛かることがあるのだろう。
シスターにハルが笑顔を見せる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。
罠かも知れないってことも承知で、行ってくるから!」
東部は、エージェントが普段過ごしている西部とは勝手が異なる。
現に、教会の密偵が解析をしているあいだ、何者もここに現れなかった。
これが西部であれば、闘争と抗争の気配を嗅ぎつけたチンピラが、乱入して乱闘になるのだ。
東部の連中には、それが無い。
ヤバそうな手合いには、手を出さずに隠れる。
そんなに用心な連中が、ロボットに製造元なんて情報を残すだろうか?
自分たちが逆の立場であれば、そんなことはしない。
そんなことをする時は、相手を罠に掛ける時だ。
十中八九、次の行き先には、罠があるだろう。
ハルとセツナは、それを承知で、解析で明らかになった場所へと赴くことにする。
シスターは、2人の意向を受けて、目的地の座標を送る。
「場所は、ここから北西に20km。そこに大きな工場があるようです。」
ハルはお礼を言って、移動の準備に入る。
目的地が、20km先なら、足がいる。
足を呼び出す。
道路に魔法陣が展開され、呼び出したのは、バイク。
軽トラと見紛うサイズの、ランドクルーザー。
セツナも、バイクを呼び出す。
オフロードもイケる、中型のバイク。
バイクに跨り、エンジンを点ける。
「工場、ねぇ‥‥。いったい、何を作ってんだか?」
「ロボットを作ってるだけ――。それで、終わればいいんだけど。」
赤目の製造元なんてことが無いのを、祈るばかりである。
ホロディスプレイのナビが起動し、2人は目的地までフルスロットル。
道交法の存在しない都市を、全速力で走り出すのであった。




