SS9.01_監獄都市。
――セントラル。
日本諸島(※)と、ハワイの中心あたりに浮かぶ、厄災によって生まれた島。
※日本も、厄災の影響を受けて国土に変化が起き、列島から諸島になった。
国土は、日本の約5倍。
それを、東西南北の4つに区分し、統治がなされている。
セントラルで最も栄え、首都のセンターが存在する東部。
大小さまざまな諸島から成り、国の台所となっている南部。
セントラル第2の都市を置き、林業も担っている北部。
そして、クソの掃きだめ、西部。
西部は、最も面積が小さく、最も治安の悪い地方。
この地方自体が、監獄のような物であり、住むのは外道ばかり。
悪党ではなく、外道だ。
他の地方に住んでいる、悪党やチンピラとは、生態がまるで違う。
有り余るエネルギーを発散したり、自らが生きた爪痕を残そうとヤンチャをするような可愛げが、西部には無い。
西部では、人身売買や奴隷制はもちろん、違法な薬物、非道な兵器さえも合法。
合法とする法律さえない、無法地帯であり、治外法権。
金と力があれば、この世の全てが手に入る社会。
それが、セントラル西部だ。
――かつて、30年前。
セントラルでは、国家を揺るがすほどの大きな戦争があった。
西部の連中が一斉に武力蜂起し、他の地方へ侵略戦争を仕掛けたのだ。
彼らは、世界中のクソ共を結集し、技術と武力を束ね、セントラルをクソの楽園にしようとしたのだ。
この戦争は、「火の千日」と呼ばれ、セントラル史に大きな爪痕を残した。
戦争は、ディフィニラやオリーブと言った、当時の傑物によって収束し、以降、彼女・彼らはセントラルの英雄と称えられるようになった。
セントラル西部は、監獄都市。
救えない人間が最後に行きつく、クソの掃きだめ。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
「オイッ! 教会や! 開けんかい我ェ!!」
固く閉じられたシャッターを、教会の使いを名乗る男が激しく叩く。
2階建ての家屋の、1階にある車庫の前。
車庫のシャッターが激しく揺れて、乱暴な来客を拒んでいる。
‥‥‥‥。
使いの男のノックに、家主は応じない。
「オラ! 早よ開けんかいッお前ェ!
茶くらいだして、もてなさんかいゴラァァァ!!」
使いの者は、シャッターを蹴り始めた。
防弾防爆のシャッターを、足の裏で思いっきり何度も蹴り、家主を呼び出す。
‥‥‥‥。
使いの男は、留守が気に入らないのか、ついには助走をつけて膝蹴りまでし始める。
しかし、やはり家主は答えない。
「‥‥‥‥。オイ、カッター持って来い。」
使いの後ろで控えていた金髪の女性が、チェーンソーを取り出す。
使いの男をジト目で見ながら、チェーンソー両手にシャッターの前へ。
本来ならば、シャッターにはエンジンカッターを使うべきなのだが‥‥。
今回、取り出したのはチェーンソー。
戦車だって解体できる、刃渡り1メートルあるチェーンソー。
女性がスターターを引っ張るとエンジンが回り、パリパリと燃料を爆発させて、ボディが震えて弾む。
もちろん、これは脅しではない。
教会は、やると言ったら、ホントにやる。
スロットルを握る。
ソーチェーンが回転し、チェーンオイルが発火して、火花を上げる。
チェーンソーの排気口から、どす黒い煙を吹いて、刃がシャッターに襲い掛かる。
豆腐でも切るように、防弾防爆シャッターを切り裂いて、客を断る門番を切り刻んでいく。
真横に一文字を引いて、続けて右上から左下、仕上げに左上から右下。
横に1回と、袈裟斬り2回の、計3画。
3画で、下向きの三角形を、シャッターに描いた。
刃をシャッターから引き抜き、シャッターの三角形を蹴り飛ばす。
哀れ、分厚いシャッターに三角の穴が空いて、中に入れるようになった。
役目を終えたチェーンソーのエンジンが止まり、大人しくなる。
「姐さん、お疲れ様です。」
「‥‥いつまでやるの? それ?」
ハルが、兄であるセツナにツッコミを入れる。
彼女は、セツナと一緒に、教会からのお使いに来ていたのだ。
お使いの内容は、人探し。
赤い眼をした連中を探しに、ここに来た。
――セントラル西部のクソには、人権が無い。
人間じゃなくて、それはクソなので、そも人権の保障をしようがない。
人権が無いので、休日を満喫している傭兵が、お小遣い稼ぎに、クソの掃除をしている。
また、プレイヤーが金策として、掃除をすることもある。
ここでは、クソだけでなく建物にも賞金が掛けられており、暴れれば暴れるだけ社会のためとなり、金になる。
CEを出撃させ、クソも建物も一掃すれば、日頃のストレスも解消される。
何も考えず、建物を破壊できる爽快感は、さながら怪獣になれた気分。
しかし、清掃のボランティアに勤しむ傭兵たちによれば、最近、西部の様子がおかしいのだと言う。
なんでも、赤く瞳を光らせる連中を見かけるのだとか。
赤く光る瞳は、人間がディヴィジョナー化した時に見せる症状。
例えそうで無くとも、新種の病気や、魔力症 (魔力に由来する病気の総称)である可能性がある。
よって、原因究明のために、ハルとセツナの2人が、西部に派兵されたのである。
本来は、ハル1人で行く予定だったのだが、女ひとりだと舐められるという理由で、セツナも捜査に帯同。
東部では、ハルも大概ヤバい奴だとバレ始めており、知れ渡ってきている。
悪党との戦いの最中、ビルを3つ、バイクでぶち抜く。
魔神と不運にも遭遇して、勝つ。
厄災の幼体を倒す。
エトセトラ、エトセトラ――。
ゆえに、舐められることは無くなってきたのだが‥‥、残念ながら、西部にそこまでお利口なヤツは居ない。
教会もCCCも、ディヴィジョナー絡みなので、手練れを送りたい。
だからと言って、大勢で押し寄せては、赤目が隠れてしまう。
西部の連中に、「ダサい」とか「プライド」みたいなのは無い。
心が人の形をしていないから、連中はクソなのだ。
なので、そのためのセツナ。
ディヴィジョナーとの戦闘経験があり、ハルを任せられる人材として、教会の司祭であるオリーブから、直接の依頼があったのだ。
今日は、ハルのワールドを舞台に、教会の一員として西部の調査。
赤目に隠れられないよう、一介の傭兵に扮して、西部の都市にやって来た。
2人の周囲、そして道路には、たくさんのクソ共が伸びて倒れている。
捜査の邪魔をしてきたので、掃除をしておいた。
セツナとハルは、周囲を確認。
怪しい敵影が周辺に居ないこと、空からドローンが見ていないかを確認して、穴の空いたシャッターの横へ。
セツナがシャッターの中を覗き込む。
一瞬だけ中を覗き込み、すぐさま死角に隠れる。
クイックピークでクリアリングを行うも、屋内は、分厚いシャッターのせいで暗い。
インベントリからタクティカルライトを取り出し、覗き込む。
現実で使用している物と、同じモデルのライト。
テールスイッチを押して点灯。
駐車場を隈なく照らせるほどの光量が、ライトから発せられる。
自分たちは暗闇の中で視界を確保しつつ、相手には目潰しの効果を与えるための、高出力設定だ。
ライトの光を受けて、駐車されている2台の車が明らかとなる。
ライトの動きを追うように、車から伸びる影が形を変えていく。
リボルバーを引き抜いて、穴を潜り屋内へ。
クリアリング。
ハルが外からペンライトを投げてセツナの死角を照らし、彼が見ていない方向を、補助火器の拳銃を構えて援護態勢。
クリアリングが終わり、セツナがハンドサインを送る。
入って来いの合図。
ハルも穴を潜り潜入。
1階は、駐車場兼、物置のようだ。
1階には上に続く階段があり、これが2階の居住スペースに繋がっている。
2階は、クソ共の事務所らしい。
赤目の目撃情報は、この近辺で多く、この事務所絡みでは無いかと予想をつけたのだ。
ハルが階段前で後ろを警戒し、セツナが2階に進入。
騒がしかった屋外でのやり取りとは打って変わって、室内への潜入は、静かに素早く進めていく。
2人とも自衛団に所属している、訓練を受けた人間。
武力を持つ民間人である自衛団は、とくに市街戦や室内戦闘を重点的に訓練する。
訓練で染み付いた動作が自然と出て、適度な緊張感と真剣さで屋内の制圧を進める。
セツナが階段を上がり、入り口の死角に隠れつつ、ドアに手を掛ける。
ドアノブを回し、押すと、ドアは抵抗なく空いた。
2階の居住スペースにも、灯りはついていない。
窓にブラインドが落とされていて、1階同様に暗い。
死角から、ライトで中を照らす。
テールスイッチを押し、ライトを点灯。
スイッチから手を離して、消灯。
今度は、ライトを膝の高さに持って行って、中を照らす。
これは揺動。
もし、中に待ち伏せが居たとしても、ライトの光量によって、相手からはこちらの位置が分からない。
分からないなら、相手はどうするか?
ライトを狙って発砲するだろう。
別に、手に弾が当たっても、死にはしない。
頭に貰うよりも幾分もマシだ。
2階から、何者の気配も感じないので、頭を出してクリアリング。
クイックピークで素早く覗き込んで、今度は立った状態でもう一度。
進入。
2階は、荒れて散らかっている。
棚や椅子、鉢植えにガンロッカー。
元の位置から倒れて、散らかっている。
壁には、爪や剣で引っ掻いた傷や、弾痕。
戦闘があったのは、明白。
‥‥微かに、硝煙の匂いがする。
換気もしていないせいか、戦闘の残滓を鼻腔が嗅ぎつける。
どうやら、この戦闘の痕跡は、比較的新しい物のようだ。
ハルも合流し、2階を調べていく。
散らかった足の踏み場に気を付けつつ、隈なく探すも、人の気配はゼロ。
誰も居ない、何も居ない。
あるのは、争った形跡だけ。
‥‥争っていた連中は、何処に行った?
狩った連中も、狩られた連中も?
ここが襲われたから、別の事務所に移った?
部屋の荒れようから考えるに、逃げおおせた人間が居るとは、考えにくいが。
1階には、車が置きっぱなしだ。
車を使わずに逃げたとは考えにくい。
それに、1階が無傷だったのも気掛かりだ。
セツナは、偉い人が座る机の後ろ、その窓際へ移動。
ブラインドのコードを引っ張って、窓から外の光を入れる。
荒れた2階の様子が、スモッグの掛かった太陽によって赤裸々に照らされる。
これは、後片付けが大変そうである。
――と、その瞬間。
「ハル!」
セツナがハルを呼んだ。
駆け付けたハルと共に、2階の窓から外を見る。
彼女もまた、異変をすぐに認めた。
‥‥外の連中が居ない。
ここに入る前、ぶちのめした連中が、綺麗さっぱり居なくなっている。
屋内に進入してから、5分も立っていない。
昏倒から回復するには、早すぎる。
連中の仲間が、介抱に来た?
それも考えにくい。
車の音も、人の話し声も聞こえなかった。
忽然と姿を消した、西部の連中。
硝煙の匂いが残る事務所。
どれもこれも、事情を知っていそうな人物が居る。
大勢が失踪した道端で、1人だけ立っている男。
シワひとつ無いスーツに身を包み、テンガロンハットを被った紳士。
手には、紳士の身だしなみであるステッキをひとつ。
目はサングラスで隠されており、その隠れた目と、視線が合った。
紳士がこちらを指差す。
猛烈に、イヤな予感がする。
魔力野が、魔力の反応を検知。
上、上空から、大きな魔力の塊を捉える。
鉄のように冷たく、熱湯のように熱い感覚。
爆撃!
紳士が指差して間もなく、空から一発の爆弾が投下され、1つの家屋を、形も残らず吹き飛ばした。
真っ赤な炎が噴き上がって、圧力によって、壁も屋根も何もかもが、内から外へ吹き飛ばされる。
紳士は、爆風に攫われそうになる帽子を手で押さえ、スーツについた埃を払い、踵を返した。
‥‥‥‥。
‥‥。
◆
ステッキをカツカツと鳴らし、治外無法の街並みを歩く。
3分ほどの、束の間の散歩を楽しんで、路肩に停められている黒い車へ。
左ハンドルの車に、左のリアドアから乗り込む。
車内には、紳士と同じく、スーツとサングラスの者たち。
ドライバーが1人、後部座席に座る者が1人。
「出してくれ。」
紳士がそう告げると、ドライバーがキーを回す。
そして――。
後部座席の女性が、紳士に銃を突きつけた。
女性のスーツとサングラスが消えて、下から戦闘修道服が現れる。
ダミーホログラムの変装機能。
激しく動くと解除されてしまうが、欺瞞や工作に向く、スマートデバイスの機能。
ハルが変装を解除し、ドライバーに扮していたセツナも、変装を解除。
紳士にとっては、してやられた形。
奇襲を仕掛けたはずが、奇襲を返された。
手に持ったステッキを弄び、状況を把握。
「――ふむ。」
わずかばかり考え込んで、不意打ち。
ハルの構えた銃口を、ステッキで払い、逸らす。
そのまま、ステッキのヘッドを、ドライバーのセツナの方へ伸ばす。
背後から、ステッキの持ち手部分を使い、彼の首を絞めようとする。
左から伸びたステッキを、セツナはノールックで掴む。
右手で掴み、右手の太陽で焼き切ってステッキを破壊。
窓を開けて、焼けた木片を外へ捨てる。
ハルが、紳士のこめかみに、銃口を付ける。
勝負は決した。
最初、紳士に銃を払わせたのは、わざと。
わざと、払える位置に構えて、先に対処させるように誘った。
その様子をルームミラーで見ていたセツナは、紳士の後ろからの攻撃を、ノールックで対処できたのだ。
来るタイミングさえ分かっていれば、背中を見せていても、どうという事は無い。
珍しく、格好がついた。
「さあて、ジェントルマン。ちょっとドライブしようか。」
サイドブレーキを外し、ウインカーを点け、アクセルを踏んでハンドルを切る。
道交法なんて存在しない西部の道を、黒い車が走り出す。
窓を開けたドアに肘を置いて、塵っぽい風を浴びながら、車はひた走る。
ハルが、紳士からステッキを取り上げて、席に座り直す。
紳士は、サングラスを外し、青い目で彼女を見る。
ジロジロと、顔と、その下を、何度も。
「――ん? 君は、よくよく見れば‥‥女、か?
男かと思ったぞ。」
‥‥‥‥。
ハルの額に、青筋が浮かぶ。
瞬間湯沸かし、瞬間沸騰。
セツナは、ハンドルから両手を離し、両耳を塞ぐ。
車内に2度、銃声が響き、天井に穴が2つ開いた。
‥‥‥‥。
‥‥。




